IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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本当はこの1話で終わらすつもりが無理そうなので分けました。
次回でセシリアが頑張る予定。


#phase-18「シャルル脱走」

 時は遡り、まだマコトたちがセシリアの部屋でコメット姉妹のデビューシングルを聴いていた頃、既に一夏は寝ており、シャルルは…いや変装を解いたシャルロットは一夏の毛髪を回収していた。ラファールに送られてきたガーディアン落下開始の情報はもはや猶予はない、とシャルロットに行動を起こさせるには十分だった。

「(…こんなに早いなんて。でも、母さんを、みんなを、死なせるわけには…)」

 ハサミで切りやすいところの髪を切って、彼女はもらっていた試験管の中に一夏の毛髪を入れる。それをISの量子格納庫に保存し、彼女はこっそりと部屋を出た。一週間過ごすと、一夏が寝始めるとなかなか起きないことに彼女は気がついていた。

「(……もう引き返せない。早く約束を果たして、あれの落下を止めてもらわないと)」

 彼女は暗い廊下を静かに走っていく。外は豪雨だが、寮の入り口まで出て即座にISを展開し、空へと飛び上がる。島の空へと上がったシャルロットは学園へと振り返る。たった一週間だったが、彼女には友達もできた。母は教師として馴染んできている。昨日も「可愛い子を治してあげたんだ」と楽しげにシエラは語っていた。

「(……ごめん…許してほしいなんて、言えないけど)」

 追い詰められると逆に冷静になり、シャルロットは前を向く。荒れ狂う太平洋。無限の闇の先に、彼女のことを操る人物が待っている。戻ってこれるかはわからない。それでもいくしかない。

 シャルロットは嵐の中、ラファール・リヴァイヴを加速させた。

 

 

 

 セシリアがレイラからの緊急コールに応答したのはいくらなんでもレイラの帰りが遅くなると箒と共に探しに行こうとした時だった。

『セシリア、聞こえていますか?』

「聞こえますわ!どちらにいらっしゃられるのですか!?」

 焦っていたセシリアは素が出てしまい、当主ではなく、ただのレイラの幼馴染みであるセシリアが表に出ていた。敬語になってよほど焦っていたのかと気がついたレイラは苦笑しながら彼女に説明する。

『詳細は省きますが最短15分で島にエクスカリバー5号機が落ちます。迎撃してください』

「はい!?そんな無茶な!?」

『手は用意してあります。場所は転送しますからそちらに向かってください。織斑先生も向かってくれるそうです』

「お、お待ちください!一体何が、エクスカリバーが落下なんてそもそも」

『時間がありません……オルコット卿、頼めますか?』

 セシリアはその頼み方は卑怯だと思った。いつもそうだ、とセシリアは都合の良い時だけ可愛こぶってくる幼馴染みにため息をついた。

「こういう時だけお姫様ぶって……変わらないですわね、レイラ様」

『ふふ、少し意地悪が過ぎました。お願いします、セシリア。あなたなら出来ると信じています』

「当たり前ですわ。私に不可能などありませんわ。詳しい話は後で聞きましょう!行きますわ!」

『頼みます。こちらはこれから戦闘も予想されます。通信はこれきりです』

「…相当、差し迫った事態のようですわね。わかりましたわ。レイラも御武運を」

『そちらも。では』

 セシリアはすぐに寝巻きを脱ぎ捨ててISスーツへと着替える。箒がいきなりどうしたと聞けば、彼女はいつもの自信満々の笑みで答えた。

「ちょっと落ちてくる星を落としてきますわ」

「何を言っているんだ。そして、どこへ行く」

「詳しいことはあとで!とにかく箒さんはここにいてください!」

「……よくわからないが、わかった。……外は雨だ。暖かい茶でも用意して待っている」

「助かりますわ!では、行って参りますわ!」

 セシリアが部屋を出ていく。箒は天井を見上げた。未だ彼女には翼がない。渇望するわけではないが、やはり、辛いものがあった。

「……剣で斬ればすぐカタが着く。しかし、届かなければ意味はない……姉さん、あなたは今、どこにいるのだ」

 

 

 

 寮の外に出たセシリアは即座にブルー・ティアーズを展開する。母国ではスクランブル対応の訓練も一通りこなしており、こういった緊急事態では指定区域外でのISの展開は許されている事を知っていた。

 ブルー・ティアーズにはレイラから指定ポイントが既に転送されており、彼女は躊躇う事なくそこへと向かう。指定された場所は学園の裏手にある森林区画のうち、小山になっている場所で生徒や教員の誰もが知らないが本来はこの森林区画に予定されたキャンプ場の目玉区画となる予定の台地であった。

 広い学園とはいえ、ISで移動すればすぐに辿り着く。開けた小山の上の広場にはもうスターブレイカーを中心に5機の量産機が駐機状態で置かれ、ケーブルでライフルと繋がれていた。

 その傍らにはTシャツにスウェット姿の千冬が豪雨の中傘を差して立っている。

「織斑先生!」

「お、来たか」

 セシリアは到着し着陸と同時にISを一度解除し、千冬に駆け寄る。表情は勤務時間外だからかセシリアも初めて見るほど険がなく、格好もラフすぎるため教師というよりはどこにでもいそうな20代の女性だ。確かに、これならマコトが言うような近所のお姉さんというのも頷けるなとセシリアは思った。

「うっ、お酒くさい」

「あぁ、すまんな。ちょうど晩酌中に呼ばれてな」

「お、お酒を飲まれていたのですか!?」

「何を驚いているんだ?私も飲むぞ。ちなみに紅茶にブランデーを入れるのも好きだ」

「あら、そうなのですね。でしたら今度レイラに…ってそんなこと話してる場合じゃないですわ!」

「ははっ、期待通りの反応をしてくれる」

 千冬にからかわれた、とセシリアは顔を真っ赤にする。彼女の笑った顔は一夏とそっくりで、セシリアは改めて織斑千冬が一夏の姉であるのだと知った。

 足取りや目つきもしっかりしており相当酒に強いことがセシリアにはわかり、織斑千冬という一人の女性としては本来このような人物なのだろうと察した。

「よし、セシリア。状況は聞いているな」

「えぇ。というより名前…」

「あぁ、すまん。一夏の友達だからついな。嫌か?」

「いいえ、別に。“一夏さんの姉上”である今のアナタにはそう呼ばれてもよくってよ」

 セシリアも今の彼女は教師としてここにいるわけではないと読んで、口調を変えた。千冬は満足そうな顔をしている。

「また話が逸れたな。で、今からお前には衛星砲を破壊してもらうわけだが」

「……レイラに頼まれてつい安請け合いしてしまいましたが、これで迎撃するんですの?」

「あぁそうだ。計算上、この前のサイレント・ゼフィルスの出力で撃てるようにしたこの“スターブレイカー”で狙撃し、対象を消滅させる」

「できますの?」

「こういうのが得意な友人がいてな。理論上は間違いないと言っていた。問題は…」

「射手、ですか」

「そうだ」

 セシリアは地面に横たわるスターブレイカーに手を触れる。その名は“星を壊すもの”。レイラという姫君に与えられ“女王宣誓”と合わせて、彼女の最高のBT適正と合わせ、次期国家代表として華々しい戦果を上げていくはずだった。それが今ではこうして、なかったものにされて、セシリアの前にある。

 彼女はレイラを終生の友としたいと思っている。それは彼女が仕えるべき相手だからではなく、レイラ・デュランダルという人間が優しく友達想いな…レイラ風に言えば“好ましい”存在だからだ。

「……あなたの力、借りますわ」

 セシリアがブルー・ティアーズを展開し、スターブレイカーを装備する。火器管制は問題なくスターブレイカーを認識する。仕様は違えど同型機であり、センサー類も問題なく同期する。

「スターブレイカーは3門の砲を持ち、連射可能なガトリングバスターモード、長距離収束射撃を行うスティレットモード、広範囲に拡散を行うスプレッドモードがありますが。今回の場合ですとスティレットモードでしょうか」

 ライフルのモードを操作しながらセシリアは天に銃口を向ける。

「いや、違うらしい。束、いいか?」

『はいほーい!こんばんは!』

「えっ!?どちら様!?」

 突然、セシリアの視界を束が埋めた。セシリアはいきなり現れた兎耳をつけたおそらく千冬と同年代の女性に驚いたが、次第に更に別の驚きが起こる。

「し、しの、篠ノ之博士!?」

『やぁやぁ初めまして!君がセシリア・オルコットちゃんかにゃ〜?』

「え、ええ」

『れーちゃんのお友達なだけあって可愛いね〜』

「あ、ありがとうございます?」

『うんうん。素直な子は好きだぞ、束さん!さぁてお話たくさんしたいけど今は仕事しよう!ライフルは持ったね!?』

「はい!」

 1組の生徒らしい適応力で一先ずセシリアは突っ込むのをやめた。束の存在はひっくり返るほどのことだが、今はそんなことで固まっているわけにはいかないのだ。セシリアは束の説明に耳を傾ける。

『いいかい?今回スターブレイカーは以前君たちが戦ったサイレント・ゼフィルスの発揮した出力と同等のものを出せるようになってる。正確には白騎士クラスの大出力だよ』

「そんな高出力を…保つのですか?」

『5発でドッカーン!腕がなくなるね!』

「冗談じゃありませんわ!!」

『だから撃てて4発、計算上は2発当てれば対象の衛星砲は消し飛ぶよ!』

 落下する衛星を狙撃する。セシリアはそんな高難易度の狙撃の経験はなかったが、保険があるというのは大きい。

「わかりました。対象物の落下予測軌道と落下地点は」

『そこだよ!』

「は?」

『今二人がいるところ!』

 セシリアは呆然とする。つまり、失敗すればいずれにせよセシリアもろともIS学園は全滅である。失敗はハナから許されないが、死ぬのが真っ先に自身であるとわかったセシリアは必死になって空を睨んだ。しかし、ここで気が付く。この豪雨で雲が厚く夜空が全く見えない。

 セシリアはブルー・ティアーズのセンサー類をフル稼働して狙撃するつもりだったがそもそもそれが出来ないのである。

「いま気がつきましたが、これはブラインドショットをするということでしょうか」

『そうなるね』

「……どうやって迎撃しますの?」

『一応、こっちのレーダーの類と同期して、タイミング合わせて射撃だね。あとは、私の指定した座標に照準を向けられるか』

「上手くいきますの?」

『そこは君の狙撃手としての腕前次第かな。一発目で雲が吹き飛ぶから、二発目は目視でいけると思う。三発目を外さなければ余裕かな』

「…一発目は外れる前提、と。余裕はないですわね」

『それでも、君はやるのかな?』

 束に覚悟を問われる。そんなもの、セシリアの中に答えは一つしかない。

「友に託されたのですから当然ですわ!私はセシリア・オルコット!逃げも隠れもしませんのよ!」

『ヒュ〜!かっこいいね!じゃあ、落ちてきたら教えるから待機しててね!』

「わかりましたわ!」

 全てはセシリアに託された。千冬はセシリアを見る。稀に見る、高潔でそれでいて少女らしさも失わず、優しい少女。弟の友人として、初めてクラス代表の一件で拳を交わした。千冬としては早いところ弟には身を固めてほしいと思っており、セシリアのような女性とは悪くない相性なのではと思ってしまう。

「(まぁ…そもそも異性として見るか微妙だが)」

 ククッ、と笑いながら千冬は空を見上げる。天から落ちてくる星は砕かれるだろうという確信が千冬には何故かあった。

 

 

 

 セシリアが千冬と合流しスターブレイカーの準備を始めている頃、マコトたちはIS学園の森林区画から既に太平洋側の海上へと移動していた。シャルロットを追いながら、マコトは黒騎士の性能を確認する。

 搭載されるISコアは束の予告していた通り新品の新しいコアで黒騎士専用にあらゆるアップデートが施されていた。白騎士では束や千冬といった超人が乗り込むことを前提にオーバースペック気味にされていた出力は先ほど出撃前に見た数値のようにマイルドになっており、マコトが乗っても体をISに壊される心配は無かった。

 ただ、出力制限は他の配布されたISコアのようにされておらず、白騎士時点では設定されていなかった搭乗者に合わせた出力に可変するようになっていた。マコトの専用機として製作されたが、確認すれば初期搭乗者の権限で許可したものは搭乗可能になるらしく、その者によっては白騎士並の出力を出せたり、逆に現行IS程度の性能しか出せなくなる。

 マコトが現在搭乗している状態での出力は現行ISの5倍近く、また、あくまで出せる最高出力がそうなっているだけで搭載ジェネレーターの出力は白騎士と同等で、エネルギーの需要に対してかならず供給量が上回る設定になっている。つまり、エネルギーは無限と言って良い。

「(まるでNJC搭載機だ)」

 前世でのバッテリー駆動から外れたザフト製G兵器をマコトは思い出す。限りの無い力はまさに束が目指す無限の成層圏へと到達するためのもので、マコトはインフィニット・ストラトスが改めてどういったものであるか実感する。兵器では無く、人類が飛ぶための翼。既存のロケットや飛行機、それらを超えた無限の可能性を秘めた宇宙への希望を乗せるためのものだ。

 しかし、今はまだそれは叶わない。だからマコトは黒騎士をインフィニット・ストラトスではなく、IS…モビルスーツと同じ、人型の機動兵器として使う。

「(それでも、人が作ったものなら、人を救えるはずだ)」

 マコトは戦災地で、モビルスーツが重機として使用されている場面に出くわしたことがある。あれはまさに人の命を奪うために生まれたものが、人の生きるこれからを守っていこうとしている姿だった。だからできるはずだ。ISでも。

「マコト、どうですか?機体は」

 隣を飛ぶレイラが問いかける。レイラのダイヴトゥ・ブルーは装備を変えており、右手に所持しているのはセシリアが使用していたティアーズシリーズ用のビーム・ライフル“レヴァリエ”のバレルが延長されたもので、かつて運用していたレジェンドのライフルに似た取り回しになっている。

「装備変えたんだね」

「えぇ。新しいテスト装備です。加えて、こちらにはダイヴトゥ・ブルー用の新装備です」

 レイラが左手を掲げるとそこには菱形のシールドが装備されていた。よく見ると端部に砲身のようなものが見え、シールドそのものにパネルラインが走っている。

「シールド・ビット。そのままですね。これでティアーズ含め6基のビットを使えます」

 攻撃性能とそれそのものが変幻自在に防御装置として働かせるシールド・ビット。レイラはこの新しい装備を気に入っている。テストは既に済ませたが、格闘戦にも対応可能で応用範囲が広い。また、ダイヴトゥ・ブルー自体が突貫作業で組み上げられた機体のため、ブルー・ティアーズのように試作装備、試作システムの搭載が少なく、ビットの同時操作で処理落ちして機体本体が静止する必要などがない。

 量産機としてはこれぐらいの安定性があれば十分だということが偶然示され、レイラも兵器としてみればダイヴトゥ・ブルーでもうブルー・ティアーズの量産機仕様は完成されたと思っている。単騎による戦場支配は高いBT適正があれば6機のビットでも十二分に可能だ。

「足止めには持ってこいの装備で、間に合ってよかったです」

「助かるよ」

 レイラのビット操作は信頼できるため、マコトはシャルロットの無力化がしやすくなったと考える。戦わなければそれでいいのだが、シャルロットは落下物の破壊が不可能だと考えている以上、抵抗してくる可能性が高い。

「もうそろそろ追いつきます」

「最初は説得してみる。それでもダメなら、レイラのビットで進行方向を遮ってほしい」

「了解。フロントは任せますよ」

「もちろん。レイラなら、安心して背中を任せられるよ」

 雷が闇夜を照らし、マコトの視界の先に小さな影が見える。ついにシャルロットを視認したのだ。

「見えた!最大戦速!」

「同調します」

 マコトは黒騎士を一気に加速させ、レイラもそれに追従する。機体性能差からどうしても差が開くがフォーメーション的には問題が無かった。

 当然、二機の接近にシャルロットも気がつく。彼女の搭乗するラファール・リヴァイヴ・カスタムが警告する。

「追っ手が…識別、先頭のISは不明…!?もう一機はイギリス、ダイヴトゥ・ブルー。レイラさんか!」

 シャルロットはハイパーセンサーで前方を向きながら後方の視界も網膜に投影する。嵐の中、雲の下を飛ぶ2つの機影を捉える。接近する2機のうち一機、真っ黒な機体は識別不能だがシャルロットは既視感を受けた。

「黒い、白騎士!?」

 まるで堕天使のような印象さえある黒騎士にシャルロットは戦慄する。誰が乗っているのかと。レイラはダイヴトゥ・ブルーのままで、黒騎士のパイロットは彼女の協力者なのではないか。だが、それはすぐに違うと否定された。

「デュノアさん!学園に戻って!」

「…っ!この声、飛鳥さん!?」

 通信の声はシャルロットのルームメイトとして短い時間を過ごした一夏の幼馴染みだった。顔はフェイスガードのせいで半分隠れているが口元は見えている。シャルロットは何故彼女があんなものに乗っているのか理解できなかったが、彼女が止めに来たのだけはわかった。

「シャルルさん。学園に帰投してください」

 レイラからもシャルロットは呼び止められる。あくまで帰るようにお願いをしている二人にシャルロットはそのまま返答する。

「ダメなんだ!私が行かないと、母さんが、みんなが!」

「わかってる!でも、帰ってきて!デュノアさん!」

「くっ!私は、みんなを心中させる気はないよ!」

 事情を知らない、とシャルロットは判断しマコトをロックオンした。当然、マコトにはロックオン警報が鳴る。

「待って!デュノアさん!あたしたちはあなたを――」

「私を行かせてよっ!」

 引き金は引かれてしまった。シャルロットは右手にガルムを展開し、マコトに向かって威嚇射撃を行った。マコトはそれを危なげなく回避するが、反撃も銃も向けない。まだ、大丈夫だとマコトは思っていた。

「マコト!」

「レイラ、まだ、大丈夫だから!」

 戦端はもう開かれた。レイラはそう判断し、武装の安全装置を全て解除したがマコトに発砲を止められる。目元は見えないが、スモーク処理されたバイザーの下で真剣な瞳がレイラを見ていることがわかった。

「デュノアさん、あたしたちは事情を知ってるから!あなたが何を恐れているのかも、私たちに何が落ちてくるのかも!」

「わかっているのなら、止めないでよ!」

「止めるよ!」

 マコトは瞬時加速を行う。途端に彼女の体にかかる殺しきれないG。息を詰まらせながら、彼女はシャルロットとの距離を縮めるどころか追い越してしまう。追い越し、シャルロットの進行方向へと割り込んだ。マコトはフェイスガードを上げ、素顔を晒す。

「あたしは止める!デュノアさん!望まないことをしなくてもいいんだよ!」

 両手を広げ、マコトはシャルロットを止める。シャルロットも前に出られてしまえば停止するしかない。飛鳥マコトという少女をシャルロットはまだよくは知らない。だが、一人の少女にあれだけ好かれているということは彼女はそれだけの愛情を注ぐに値することを見せたのだろう。警戒心が強い、簪の心を解いたマコトは真っ直ぐでいい人なのだということはわかった。

「けど、私が行かないとあの衛生砲が落ちる!君たちに何ができるの!?」

「あたしには何もできないよ!」

「ならっ!」

 シャルロットが再びガルムを向けるがマコトは目を逸らさない。彼女は引き金を引くことを躊躇う。手立てが彼女にはないのに、何故止めるのか。何がそこまで彼女をさせるのか。そもそも、そこまでシャルロットとマコトは親しくないはずなのに。

「そこを、退いて!」

「退かない!シャルロットさん、聞いて!確かにあたし一人じゃ何も出来ない!けど、今、みんなが動いてくれてる!」

「でもあんなものをどうにか出来るわけが」

「出来る!決めつけないで!」

 必死なマコトに、シャルロットは本当に止められるのか、と銃口を僅かに下げる。マコトはチャンスだ、と畳みかける。

「今、落ちてくる衛星の迎撃を準備してる。詳しくは…今のデュノアさんには言えないけれど」

 オープンチャンネルでの通信のため、マコトは詳細を省いた。シャルロットも冷静に今の通信の状態を察して大人しく話を聞く。レイラもこれなら大丈夫かとホッとする。こちらは一発の弾丸も撃たずに終わる。あの夜ではとても出来なかったことだ。平和に解決できるのならそれに越したことも無く、これから友達になりたいと思っている相手に銃を向けるのはレイラも流石に気が引ける。

「確実に、止められるの?」

「わからない。でも、やるしかない」

「……私は」

 シャルロットは迷う。彼女を信じるのか、それとも、彼らの言葉に従うのか。どちらにも悲劇を回避するだけの確証はなく、判断に必要なのはシャルロット自身の気持ちだ。フランスの高官も、目の前のマコトもシャルロットはよくは知らない。どちらもまだ、信じるには値しない。

 だが、姿の見えない相手と目の前でこうして必死の覚悟で止めに来ている相手。どちらを信用できるかといえば、後者だ。

 ラファールからのロックオンが解除される。

「ありがとう…シャルロットさん」

「……名前も…」

「うん。ごめんね。勝手に色々と聞いちゃった」

「最初から全部お見通しだったってこと?」

「……うーん、変装はちょっと無理があったかも」

「まぁ、そうだよね」

 シャルロットは無理のある変装がやはり通用していないことに苦笑する。アルベールが出した苦肉の策であったが、やはり無理があった。ガルムをシャルロットは量子化し、格納して武装解除する。

 そして、雷鳴轟く中、シャルロットは叫んだ。

「聞いているのなら聞いて!私はもう、あなたの言いなりにはならない!一夏の情報も渡さない!」

 それは決別の言葉。彼女の依頼主は答えない。だが、回答は成される。

『まーちゃん、れーちゃん!落下が始まった!』

「来たっ…こっちはシャルロットさんとこれから戻るから!」

『了解!出来ればそのままちーちゃんたちのとこに向かって!』

「わかった!」

 衛星の落下開始。シャルロットの依頼主が始めたのだ。あとはあの衛星を落とせばこの騒動も終わり、シャルロットは望まぬことをしなくても済む。ただの少女として、これから友達になることだってできる。マコトは前世で成せなかった、辿り着けなかった答えの一つを手にしたのだ。

「レイラ!シャルロットさん!衛星が落ち始めた!島に戻ろう!」

「わかりました、マコト!」

「わかった!」

 3人がその場から島へ戻ろうと身を翻す。しかし、その瞬間にレイラの脳裏に直感が走った。

「ッ!?シャルルさん!」

「え?」

 咄嗟にレイラはシャルロットを呼ぶ。感じたものはシャルロットへの害意。レイラの呼びかけにシャルロットは声を返せただけで、その場から動けなかった。彼女の全身に黄金色の槍のようなものが突きつけられた。

「がっ!?」

「なっ、シャルロットさん!?」

 マコトが咄嗟にISブレードでその槍を切り払おうとするがもう遅い。刹那、シャルロットに突き立てられた9本の槍のようなものの先端部が開かれ、開かれた場所から一斉にビームが接射された。

「ぅ、ぅあああああああっ!?」

 全身をビームで打ち付けられ、シャルロットのラファールは搭乗者を守るために全力で絶対防御を稼働させる。こんな至近距離からのビームを大量に浴びれば、遠からずISは解除され、シャルロットの体は焼き尽くされるだろう。

「(あれはビット…!?ならどこかに本体が…!)」

 レイラはシャルロットを撃っているものがイギリス以外は開発していないはずのビットであると判断する。夜と嵐に紛れているが、よく見れば9基のビット全てが“有線”であることに気がついた。ビットの繋がる先はどこだとレイラは線を辿る。

「…下ですね!そこっ!」

 レイラは“なんとなく”の方向にライフルとビット6基を全て展開し、一斉射撃を行った。そうすれば途端に9基の有線ビットはシャルロットから離れていく。

「シャルロットさん!」

「はぁっ、はっ、はあっ、し、死ぬかと思った」

 マコトが慌ててシャルロット寄れば彼女は恐怖に震え、息を荒くしていた。レイラが即座に対応したためかシールド・エネルギーもまだ7割ほど残っており、行動に支障はなかった。

「レイラ!すぐにシャルロットさんと後退して!」

「待ってください!あなたはどうするのですか!?」

「殿をやる!セシリアにはレイラがついていてあげた方が良い!」

「……わかりました。なら、すぐに…っ!」

 今度はレイラに直接敵意が飛ぶ。彼女は大きくその場で独楽のように回転して、貫こうと飛び出してきた正体不明機のビットを回避する。そして、マコトとシャルロットにも他のビットが襲いかかる。

「こいつら、一体!?」

「ビットはイギリスだけのはずじゃ!」

 マコトは無駄のない動きでビットを回避し、シャルロットはギリギリで回避する。しかし、回避した先にビームが飛び、シャルロットは被弾する。

「ぐあっ!」

「くっそー!どこから撃って!?」

 マコトはせめて牽制にとガルムを右手に呼び出しフルオートで海面に向かって射撃する。伸びてくるビットの全ては海面に近づけば溶けるように消えていく。シャルロットもそれを確認し、ハイパーセンサーをサーモモードに切り替えるが熱反応は見えない。

 否、ある一定の範囲内に移ると消えることがわかった。

「ハイパーセンサーを誤魔化すほどのジャミング…!?レイラさん、飛鳥さん!今から指定するポイントを掃射して!」

「わかった!」

「…そういうことですか、いいカンです!」

 二人はシャルロットの指示に従い、一斉射撃を開始する。そうすれば途端にビットの動きが鈍り、姿の見えない敵機は迷彩を解く。

「見えた!」

 暗闇に浮かび上がるのは白い機影。展開していたビットが全て戻っていき、まるで尻尾のように格納される。マコトはそのシルエットがまるで“九尾の狐”のように見えた。

「どこのIS!?」

「IFFの識別は…IS学園!」

「友軍機なのか!?」

 素早い確認を済ませてマコトとレイラはシャルロットを庇うように左右に並ぶ。また、レイラはシールド・ビットをシャルロットの周囲に展開し、ビットの奇襲に備える。IS学園所属という敵機は海面付近から3人のいる高度に一気に上昇する。

 至近距離で見たことで、そのISの姿が露わになる。白色や黒で塗装され、動物的なシルエット、狐のような造形で先ほど3人を襲ったビットは九尾の狐の尻尾だとわかった。手には和をイメージした形のくせをして、デュノア社製のIS用ハンドガンを右手に、左手に同社製のモーターブレードソード“ブレットスライサー”を左手に装備している。

 3人のハイパーセンサーに眼前の機体の情報が表示される。

 ――IFF識別 IS学園

 ――機体識別 九尾ノ魂

「九尾モチーフのIS…!?でもこんなもの、見たこともない!」

「……いえ、IS学園で開発されているという新型機でしょう」

「こいつが…!?」

 校庭にクレーターを作っていたIS学園の学生が作った新型機。IS学園所属で、明らかに日本製だというのに見覚えのないIS。この機体がそうなのかとマコトは構える。

「誰だ!」

 3人がそれぞれの銃口を九尾に向ける。九尾の搭乗者の顔は狐の面を模したアーマーに覆われており、アイセンサーが黄金色に輝いている。髪型は後ろで結い上げており、これだけでは誰だかわからない。ISスーツに出ている体のラインはグラマラスなのはわかる。スーツのカラーリングはIS学園仕様の初期カラーだ。

 九尾はマコトの問いかけに声では答えない。返事の代わりは光信号で行われた。センサーが発光し、3人のISがそれを翻訳し、機械音声で伝わる。

『シャルロット・デュノアを渡せ。学園側で預かる』

「学園側だというのは了解しました。こちらを攻撃した真意を聞きたいのですが」

 レイラの当然の疑問に、九尾は銃口を向け突如発砲した。レイラは軌道を呼んでいたかのように避けず、弾丸は彼女の頬を掠っていく。バリアによって傷などは残らない。九尾は驚いたように発光信号をまた行う。

『何故避けない?』

「見えていますから」

 営業的な笑顔をレイラは浮かべて挑発するかのように答える。またレイラは今の相手の質問で九尾のビット兵器がどういうものなのか悟った。

「マコト、シャルルさん。敵機のビットは疑似BTシステムのようです」

「どういうこと?レイラ」

「操作はほぼIS側に任せ、大体の軌道を指定しているのでしょう。私やセシリアのように1から10まで脳波で動かしているわけではないようです」

 レイラは知っている。BT適正持ちがいわゆる前世で言うところの“フラガの血”に近いものであるということを。適性が高まれば高まるほど、カンがいいというどころか、予知に近い力を持つ。それを知らない。無線でビットを制御するには脳波が今は必須で、有線ということは脳波を少なくとも親機から飛ばすことができない。そして、有線であればビットというより最早副腕に近い。

「私が避けない理由がわからないということはあなたは適正がないのでしょう。であれば、やりようはあります」

「レイラ、どうするの?」

「マコト、よかったですね。あの機体、あなたの戦い方と相性悪いですよ」

「どういうこと?」

 九尾がもう待てないと距離をとり、9基のビットを展開しながら後退しつつ、ライフルをセミオートで撃ってくる。読み通りだとレイラは微笑んだ。

「つまりあの機体は接近してしまえば、ビットは使えません!」

 レイラがシャルロットにビットを残しながらレヴァリエを格納し、右手に大型のナイフを持つ。マコトはそれに見覚えがあった。九尾に向けられた刀身が淡く桜色に光る。

「我が前に立ち塞がるな、“女王宣誓”!」

 瞬時加速。レイラは一気に九尾に飛び込んだ。九尾の機動力は然程高くない。隠密性を重視したからか、スラスター数が少ないようだ。それに、先ほどまでのビットの動きは見事だが、反応が遅い。IS乗りとしては然程経験が無いように見えた。

 ある程度の被弾を許容しながら、レイラは九尾の懐へと入り込む。九尾はモーターブレードでナイフを受け止め激しい火花が散る。

「こう懐に入れば、ビットは使えないでしょう!」

 通常のビットのように自機へのフレンドリーファイアを避けた射撃を、九尾のようなプログラム制御では防ぐことが出来ない。結果、近接戦を挑まれた九尾はビットの制御が疎かになる。マコトは隙が出来たとシャルロットに撤退を促す。

「シャルロットさん!後退を!」

「わかった!」

 シャルロットが瞬時加速をかけて勢いをつけると、そのままIS学園へと飛び去っていく。九尾のビットはレイラに潜り込まれたせいで中途半端な射撃をシャルロットに行うが全てが外れる。

流石にパワーは上なのか、レイラが弾かれる。しかし、九尾にシャルロットの追撃はさせまいとビットを九尾の背後に展開し一斉発射。直撃を受けた九尾は大きくよろめく。そこにマコトがISブレードを展開し、急接近する。

「このぉ!」

 通常のISの5倍近い出力で振られたブレードを九尾はモーターブレードで防御しようとするが、元々鍔迫り合いを考慮していないブレットスライサーはモーターブレード部分がISブレードを防いだことで歪み、破損する。

 さらに、レイラがビットを操作し九尾のライフルを撃ち抜く。弾薬が誘爆し、小爆発を受けた九尾は少なくないダメージを受けたのか瞬時加速で後退し距離を取る。まだ九尾状のビットは展開したままだが、うねうねと九尾の周囲に浮くだけだ。

「手持ちの武装は破壊した!これで言い訳つくでしょ!?」

「学園側であるのなら攻撃する意図がわかりません。ここは退いてくれませんか?」

 マコトとレイラの前世から続く絆がコンビネーションとなり、そもそもの実力の高さも合わさって九尾との戦力差は圧倒的だった。二人は九尾のパイロットはまだ経験が浅く、弱いと踏んだ。最初の奇襲は見事だったが種がわかればそうでもない。

 おそらく九尾のパイロットは学生だ。しかも、1年生の可能性が高い。マコトもレイラも、同級生を討ちたいとは思わない。

『まーちゃん、れーちゃん!どうしたの!?目標の後退は確認したけど…二人はまだ戻ってこないの!?』

「束姉さん!ごめん、正体不明機に襲われて」

『レーダーには2機分しか映ってないよ?』

「目の前にいるよ!狐を模したのが!」

『えっ!?なんで九尾ノ魂がそこにいんの!?』

「知ってるの!?」

『知ってるも何も、それ困ってた学生君たちを手伝って、私も作ったやつ!』

 束は「ほらこれデータ!」と目の前のISの詳細データを二人のISに流す。基本スペック自体は原型こそ残っていないがベースとなった打鉄と同等で、コンセプトは隠密行動用という学園の機体というよりはどこかの特殊部隊向けの機体だ。武装も現地調達を前提としたセキュリティクラック機能を搭載し、理論上全ISの装備が使用可能になっている。

 極めつけは迷彩と高性能ジャミング・ステルス機能だ。マコトはこの機能のベースに気がついた。

「この機能、白騎士のだよね!?」

『正解!そうそう、狐ってこう、暗部っぽいから忍者みたいだと格好いいなって!』

「これのせいでシャルロットさん大変な目にあったんだけど!」

『あー、それはごめん。というか、なんで二人を襲ってるわけ?乗ってんの誰だよ』

 まさか自身の関わった者が二人を襲っているとは思わなかったのか束は遠隔で九尾のコアに介入し、装備のうち多機能ハイパーセンサー、七規しばねとして研究している技術を搭載した狐面を量子化する。

「あっ」

 面が消え、現れた顔は二人のよく知る人物だった。

「そんな、どうして」

「何故、あなたが」

 困ったような顔をして、布仏本音が九尾を纏ってそこにいた。

 

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