九尾ノ魂のパイロットは本音だった。つまり、先ほどのまでの戦闘はクラスメイト同士で行われたことになり、マコトはショックを受けていた。飛鳥マコトから見た布仏本音はこんな争いから最も遠い場所にいるはずの少女で、奇襲をしかけ接射でクラスメイトを撃ち抜こうとするようなことは絶対にしないはずだ。
しかし、現実としてそこに本音はいるのだ。まだ、互いにロックは切っていない。臨戦態勢だ。
『こいつ…確か、前にれーちゃんが写真を見せてくれた』
「…クラスメイトの、布仏本音さんです」
『テメー…二人になんの真似だよ』
束は強い敵意を本音に向ける。状況が状況だけに本音は何も答えられない。相手は篠ノ之束で、本音が下手な返答をすれば即座にISをこの場で解除されて荒れ狂う海の下に落ちることになる。
「本音さん、なんで、どうして…?」
嘘だと、嘘だとマコトは言って欲しかった。クラスメイトが銃を向けあい、戦った。まるで、何かに大きく裏切られたかのように。レイラはまずい、と思った。今のマコトは“アスランに裏切られた時”と同じ精神状態だ。まさか、今世でもこんな状況になるとは思ってもみなかった。
「(……せっかく、彼女の心のしこりを一つ解せたところで…)」
余計なことをしてくれたとレイラは今すぐにでも目の前のクラスメイトを撃墜したくなる。
「…本音さん。あなたはするりと人の懐に入るのがお上手でしたね。それがあなたの、どこかの諜報員としての技能ですか?」
「ち、違うよ!レイレイたちとは本当に、友達に」
「無礼な!気安く我が名をそのように呼ぶな!」
泣きそうな顔を本音はして、怒気を孕んだレイラの声に身を竦ませる。このレイラの怒りは演技だ。本音の反応は演技が一分も入っていないことがレイラにはわかる。だからこそ、不可解だった。そう思っている相手に何故当たり前のように銃を向けられるのか。
「…更識簪の従者。あなたが、そうなのですね?」
「え…?レイラ……何、言って」
「更識家、現存する日本の暗部…語弊はありますが現代の忍者とでも言いましょうか。我々の界隈でも有名ですよ」
レイラから語られた内容にマコトは呆然とする。
「簪が……暗部の…?」
「えぇ。ただ、マコトと過ごしている姿を見るに彼女は距離を置いているのでしょう。正義感も強く、優しい方です。……そうなのでしょう?更識家の使用人」
レヴァリエを抜き、レイラは本音の眉間に向ける。マコトはよせ、とレイラを止めようとするが、レイラがそれを手で制した。
「答えなさい」
まるで、王のような威圧感を持ってレイラが本音に命じる。別の世界で言えばそれは“プレッシャー”と呼ばれる、サイコキネシスの一種だった。側にいるマコトも重圧のようなものを感じ、本音は心を鷲掴みにされる。
レイラが始めた問い詰めを静観していた束はこっそりモニターしているダイヴトゥ・ブルーのBTシステムが何か異常動作を起こしていることに気が付く。
『(脳波の観測が…できなくなってる…?)』
正確には、ダイヴトゥ・ブルーが受け止め切れる脳波の出力を超えてしまっているということだった。静謐な怒りが、レイラの身を焦がす。親友が手にしたものを、前世ではたどり着けなかったことを汚されたような気がして、レイラは…シン・アスカを喪った時のような心理状態になりつつあった。
「か、かんちゃんは、簪お嬢様は、この件に、関係、ない」
「よろしい」
レイラが怒っているせいか、徐々に冷静さを取り戻してきたマコトはレイラがおかしいことに気が付く。怒りに震えるレイラを彼女は見たことがなく、前世でもレイ・ザ・バレルが怒っている場面を見たことがなかった。正確には、死んでいたため見れなかったというのが正しいが。
本音の口から、簪は関係ないと言われマコトは少しだけ安堵する。
「では、何故、無力化したシャルロット・デュノアを撃った」
「…そ、それは、めいれい、で」
「誰からの?」
「…た、たてな——」
レイラの詰問に、本音がまるで自白剤を飲まされたかのように震えながら誰の差し金か答えようとしたと瞬間、マコトは黒騎士のハイパーセンサーがレイラの直下に何かを捉えた。
「ッ!レイラ!」
「え?きゃぁ!?」
咄嗟にマコトはレイラを抱きしめてその場から彼女を退かす。すると、レイラが滞空していた場所を鋭い水柱が貫いていた。ISを纏っていなければ即死していたかもしれないような一撃だ。
なんとか回避させたレイラをマコトは離す。レイラはマコトに助けられた際の急激な衝撃で我に返っていた。同時に、BTシステムがエラーを起こし動作を停止したことが網膜投影に表示される。
「(…私、何を。それに、システムが強制停止した…?なぜ…)」
本音への怒りはあったが、何故あそこまで燃え上がったのかレイラはわからない。それでも、その困惑を彼女は押し殺してシステムをそのまま封鎖。通常の制御システムを立ち上げ、即座に機体を復旧させる。
マコトはガルムを再び呼び出し、何が現れたのかと警戒する。
「へぇ、今の避けるんだ」
聞こえてきた声は、また聞き覚えのある声。暗い海の中から上がってきたのは一機のISだった。識別はなされる。
「…ロシア所属、ミステリアス・レイディ、ですか」
ラファール・リヴァイヴの形状を残しつつも改造され軽装になり、“水のヴェール”を纏った不可思議なIS。水流が渦巻く突撃槍を右手に持った、操縦者自身の容姿も相まってまるで主神の戦乙女のような姿。
「更識会長…!」
更識楯無。レイラを貫こうとした者の名前だった。
楯無は以前、マコトと会った時と変わらない笑顔を見せるが、マコトは簪の姉であろうと警戒を解かない。今、レイラを攻撃したのは彼女なのだから。
「覚えていてくれて嬉しいわ、飛鳥ちゃん。簪ちゃんとは仲良くしてる?」
「…それは、もちろん」
「あら、よかったわ」
扇子がないからか、くすくすと笑いながら口元に左手を当てている。マコトはどうするべきか迷う。本音のことを問い詰める、というのはマコトとしては避けたいことだが、シャルロットを攻撃した真意が知りたい。
命令したものを明かそうとしたタイミングで現れた楯無はあまりに怪しく、マコトは彼女がそうなのではないかと疑う。先ほどの更識が諜報に長けた家系だというレイラの情報からして、楯無が少なくともこの学園における現地の責任者である可能性が高いとマコトは推測する。
こんな十代の少女が…とは思うが、規格外な子供が多い学園の中ではおかしくはない。
「会長なんですか。シャルロットさんを攻撃するように本音さんに命じたのは」
「……それを知ってどうするの?」
「答えてください。なんでそんな酷いことを。あたしたちはクラスメイトですよ!?」
マコトの叫びに、楯無は一切動じない。それどころか、簪とよく似た赤い瞳でマコトを睨んでくる。その凄みはマコトも思わず気圧されそうになるほどだ。確かな修羅場を潜ってきたことを窺わせる。
「これで怯まないあたり、本当に君、何者?」
『…さっきから黙ってればお前、何言ってるんだよ』
「あら博士、お聞きしていたんですか」
黙っていた束が楯無の通信に割り込んで言った。マコトを何か疑っているような楯無の言動に彼女は我慢がならなかったのだ。
『なんで目標を攻撃したんだよ。答えろよ。まーちゃんが聞いてんだろ』
「うーん、クライアントの一人からそう言われると答えなくちゃいけないわね」
楯無は困ったわね、と全く追い詰められた様子もなく、あるものを左手に実体化する。武器か、と思わずマコトとレイラは構えたがそれは違った。円盤状の掌ほどの大きさの物体で、センサーのようなものが光っている。
「これが理由よ。本音ちゃんには言ってなかったけど」
「それは、なんですか?」
「発信器ね。ラファール・リヴァイヴの外装パーツに似せた」
『…わざわざそのために?』
「これねぇ、ちょっと面倒なのよ」
楯無がそう言うや否や、誰もいない方向に発信器を投げる。そうしてから指を鳴らすと、発信器が発光し、大爆発を起こした。
「「なっ!?」」
「起爆スイッチを押すと強烈な指向性の爆弾になるのよこれ。特殊なものだからビームで焼いちゃえば動かなくなるんだけどね」
「そんなものがシャルロットさんに!?」
「安心したところでドカーンってかんじでしょうね。趣味の悪いこと」
マコトはそこまでの悪意がシャルロットを襲っていたのかと愕然とする。
「そもそも、あれだけの数を接射したのにエネルギーはそこそこ残っていたでしょ?」
「…シャルルさんの様子を見ると、確かに」
「この子の尻尾のビームはそういう出力調整でスプレーガンモードにできるのよ。だから吹きかけるようにビームを当ててこの爆弾の機構を焼き切った、ってところかしら」
わかった?と楯無が悪戯っぽく笑うが、マコトは肝心なことを誤魔化されていると思った。
「けど、それならなんでその後に攻撃を続けたんですか」
最初のシャルロットへの攻撃で爆弾の解除がされていたのなら、そのあとはさっさと逃げればいいだけだったはずだが、本音は攻撃を続行したのである。楯無は「流石に聞くよね」と観念した様子で話し出した。
「攻撃を続けたのは君たちが理由よ」
「あたしたちが?」
「そう。特に飛鳥マコトさん?あなた、どこにでもありそうな家庭で、当たり前のように育って……篠ノ之博士の関係者とはいえ、いきなりあんなISの技量を持っている筈がない。だから、どこまでの技量があるのか確かめたくて、戦闘を続けさせたの」
槍の先がマコトに突きつけられる。マコトは言われてみればそりゃそうだ、と変に冷静だった。ある程度は身体能力を要求されるとはいえ、ISは操縦者のイメージで動かすことができるため、前世の経験がマコトの搭乗歴にそぐわない操縦技術を生み出していた。
だが、その理由を素直に答えたところで目の前の人物が納得するとはマコトは思えなかった。束は、彼女の天才的な頭脳のおかげもあり信じることができたが、他の人々からすれば転生し、尚且つ前世ではロボットに乗って戦っていたなど荒唐無稽もいいところだ。
「てっきり最初は、デュランダルさんの現地協力者かと思っていたけれど、違った。なら、あなたの生まれが…と探っても違った。じゃあ博士の助手としてテストパイロットを、と考えてもあなたの年齢を考えれば開発黎明期にそれをするのは難しく、考えれば考えるほど、あなたは異質なのよ」
楯無の疑念はもっともで、マコトは何も返せない。だが、これはマコト自らが答えなくてはいけないものだ。
「……操縦が上手い理由、知りたいですか?」
『まーちゃん!?』
「マコト、まさか」
束とレイラが慌てた様子を見せる。楯無はマコトが秘密を明かすと考えて、くすりと微笑む。マコトは真剣な表情で楯無を見つめた。
「教えて頂戴?あなたは何者なの?」
「あたしは……未来人です」
「……は?」
「今よりずーっと先、人類が宇宙に出た世界の人間です」
「ちょっと待って。お姉さん耳が悪くなったのかしら。未来人?そんなのありえないでしょ」
「えぇ、証拠もないですし、証明できませんね」
「ふざけているの?」
「いいえ、本気です」
赤い瞳同士が見つめ合う。マコトは多少の語弊こそあれど嘘は言っていない。コズミック・イラもこの世界ではないとはいえ西暦から地続きだった世界だ。故に、今は過去の世界とも言えるため、マコトが未来人と言うのも嘘ではなかった。
楯無は困惑する。真剣なマコトの表情に、とてもからかっているような意図は見えず、まさか本当に…?と一瞬信じそうになる。だが、未来人だからISの操縦が上手いというのは理由になっておらず、楯無は首を横に振る。誤魔化されない、と彼女はマコトをロックオンした。
「……っ」
「あまり私を舐めないでちょうだい」
『お前!ISを解除するぞ!』
「どうぞご自由に?ただ、それをあなたのご友人が許しますか?」
『コイツ…!』
楯無は千冬とはこの学園の守護を司る双璧だ。そこを束が崩すのは当然、許されない。束自身の身の安全にもかかわってくる。タチの悪い脅迫だ、とレイラはこの楯無という少女が実に面倒だと思った。しかし、同時にレイラは感じるのだ。悪どいことをしているはずなのに、楯無からは“好ましい”心が僅かに感じられることに。
ロックオンまでされ、いつ撃たれてもおかしくないのにマコトは武装を解除する。
「なにを」
「あたしは怪しいものじゃない、って信じてくれませんか」
「片手落ちね。証明もできないでしょう」
「そうですね。だから、撃ちたいなら撃ってください。抵抗はしません」
マコトは両手を広げ、抵抗はしないと楯無に言う。楯無は目を見開く。彼女の網膜投影にある警告がなされたのだ。“敵機シールド・バリア消失”と。
『まーちゃん!なんでバリアを!?』
「大丈夫だよ」
マコトは黒騎士に命じて、シールド・バリアを解除していた。さらに絶対防御さえも停止させる。今打たれればマコトは間違いなく挽肉になるだろう。ISの攻撃は生身の人間にはあまりにも強力すぎる。
「正気!?バリアを解除するなんて!」
「まこりん!危ないよ!お嬢様もそれ下げて!」
「マコト、やめてください!」
周囲の3人が慌てて言う。流石の楯無も「疑いも晴らせないので殺してください」とまで言われるとは思わなかった。
「確かに、あたしは怪しいですよ。でも、簪さんのことをどうこうしようとも思わないし、大切な友達です。……ふざけていたわけじゃないんでしょう、あの時カメラ渡したの」
マコトは楯無と初めて顔を合わせた時のことを思い出していた。簪の写真を撮ってほしいと疲れ切った様子で言った彼女は演技ではなかったと思っている。他に何か意図はあったのかもしれないが、瞳は嘘をついていなかった。
「あれは…!」
「それに、簪さんのお姉さんがそんな、酷い人なんて思いたくないですよ」
ね?とマコトは楯無に笑顔を向ける。マコトはどこまでも純粋で、真っ直ぐだった。だから彼女は楯無がマコトを怪しむのは簪のためだと思っていた。そしてそれは当たりだった。更識家の当主としても、簪の姉としても楯無はマコトの異常な操縦センスからどうしても何者かを知りたかった。ここ最近の妹の様子もあって、余計に。
「……あなたは、人を簡単に信じすぎよ」
「それが、私の親友ですから」
楯無がため息をつきながらそう言って、レイラは胸を張って自慢げに言う。とりあえずこれ以上は追求できない、と楯無は槍を下げようとしたのだが、ここで最悪の乱入者が到着する。
「なにを、してるの」
いつの間にか、打鉄を纏った簪が4人の近くにいた。彼女は打鉄用のIS用バズーカを構え、楯無を睨んでいる。
「か、簪ちゃん!?なんでここに!」
「それはこっちのセリフ。答えて」
簪がバズーカを楯無に向ける。本音も相当慌てているのかあわあわと、簪と楯無を交互に見ている。
『あ、まーちゃん。そろそろセシリアちゃんの管制に戻るね』
「え…この状況で…?」
『もう大丈夫でしょ。まぁ、気になることありすぎだけど、島吹っ飛んだら意味ないし』
「そ、そうだね…よろしく…」
『はいほーい』
束は当面の問題はないと判断してか、今一番の問題である落下物の処理へと戻った。マコトはレイラに目配せをするが、彼女は様子を見ましょうという視線を返す。
「答えて…!どうして、マコトさんに槍を向けている!」
「あ、いや、違うの!これは!」
楯無が慌てて槍を量子化し、両手をバタバタとさせて弁明しようとする。しかし、簪はそんな楯無のことなどお構いなしに口を開く。
「それにさっきの爆発は何!?まさか二人と戦っていたの!?本音と一緒に!」
「わ、私は戦ってないわ!」
その答え方は最悪だとレイラは思った。
「じゃあ、本音は戦ったの!?」
当然、簪はそう返し、楯無はバツの悪い顔をする。本音は違うの、と言わんばかりに簪を見ていた。
「もう、もういい!どうして、どうしていつも私に干渉するの!?助けて欲しいときには来ないくせに!大切な人を傷つける時だけ現れて!あなたなんか、あなたなんか——!」
「ダメだ!簪!」
気がつけばマコトは叫んでいた。簪が続けようとした言葉を悟って、彼女は割り込んでいた。涙を流す簪はマコトにどうして、と目を向ける。姉を庇うのか、と。
「どうして、どうして止めるの!?この人たちは、マコトさんを、傷つけて!」
「違う、違うの!すれ違いが、誤解かあったの!」
「でも!それでも、マコトさんたちと戦ったのは事実で、槍を向けられていたのも見間違いじゃない!」
「決めつけないで!言葉を交わして!」
簪が続けようとした言葉がマコトにはわかっていた。あなたなんか、大嫌い。それを実の妹から告げられたらどう思うだろうか。どんな立場であれ…妹のことを大切に思っている姉であれば、もうそれは絶望と言って差し違えない。
それが、誤解も解けぬまま言われてしまえばもうおしまいだ。取りかえしがつかなくなる。前世で、わかり合うことが出来なかった“彼ら”とのように。
「マコト、さん?」
まただ、と簪はマコトの顔を見て思う。悲壮感に溢れた、普段のマコトからは想像もできない顔。簪が知らない、何かを抱えている顔。それを見てしまえば、簪は止まるしかない。
「……まだ、二人は……生きてるでしょ?言葉を交わせるでしょ?何があったのかは知らない。でも、傷つけ合う前に…壊れ合う前に……触れ合って、話し合って」
手を合わせて願うようにマコトは告げる。二人にはまだ可能性がある。完全にわかりあうことが出来なくなる前に、できることがきっとある。マコトの心からの言葉は簪の楯無への敵意を解く。
「……私…」
「……簪ちゃん、聞いて、私は——」
二人が言葉を交わそうとした瞬間、IS学園から青白く太いビームが放たれ、雲を貫く。その光は眩しく、4人にも届く。
「セシリアの砲撃です!」
「もう、落ちてくるのか!」
レイラの言葉にマコトもついに始まったのだと島へと視線を向ける。簪は何が起きているのかと頭が真っ白になる。
「な、なに!?何が!?」
「……本音ちゃん。戻りましょう」
「え?でも…」
「私たちにはやらなくてはならないことがあるでしょう」
楯無はこれ以上ここに留まれないと本音に撤退を促す。本音としてはもしかしたらこの場で楯無と簪の関係が少しは改善されると思っていたので、これには反対したかったが、楯無の撤退を促した理由も決してこの場から逃げ出すためではないことがわかっている。
学園の防衛を預かるものとして、あのような超出力のビームを放った以上、本州からも問い合わせは必須だ。
「……簪ちゃん」
「…あ…待って、どこに」
「ごめんなさい。私はやらなくてはならないことがあるの」
「お姉ちゃん…」
「……刀奈として、言わせてもらうわ。ごめんなさい、あなたのお友達を、傷つけて」
それは簪が人生で初めて“姉”からされた謝罪だった。
「……誤解も、何も、あなたとはまだ解けないのでしょうけど、私は当主である前にあなたの姉である。それだけは今、言っておくわ。じゃあね、簪ちゃん」
本音を連れ、楯無はその場から退いていく。簪は呆然と光が立ち昇る島へと戻る姉と幼馴染みの背を見送る。
マコトは今度こそ一安心だと肩の力を抜く。あとはセシリアが上手くやってくれるかどうか……それでこの夜がようやく終わる。
「セシリアは上手くやってくれるかな」
「マコト、彼女は私の親友ですよ?」
「なんだかレイラとセシリアって、微妙に似てるよね。自信満々なとこ」
「まぁ、姉妹同然ですから」
レイラの優しげな微笑みが、二度目の迎撃を見る。マコトも彼女に倣い、セシリアの成功を信じ、願った。今世の友人がみんなを救うことを。
少々時間は巻き戻り、束がセシリアの管制に戻るとすぐにセシリアへ大気圏突入を開始した衛星砲の軌道を共有する。
『ただいま!コース送るよ!』
「…受信しましたわ!」
『射程圏内まであと20秒!』
「座標固定、スターブレイカー、エネルギーチャージ!」
セシリアは砲口を指定された方向へと向け、エネルギーのチャージを開始する。といっても束によって改良されているせいかサイレント・ゼフィルスが使用していた時よりもチャージが早い。
「チャージ完了!」
『安定してるよ!』
予測コースを網膜投影に映し、セシリアは狙いを定める。一撃目は当たれば御の字だ。
「(エクスカリバーは表面に耐熱コーティングがされている。だから、博士は2射で仕留めることを前提とされた)」
セシリアは落ちてくる衛星砲のスペックを思い返す。そもそも“エクスカリバー”はIS以前より開発が進められ、白騎士事件より2年近く前に衛星軌道上で秘密裏に組み上げられたものである。初号機の開発はセシリアの両親が関わっており、それが原因でセシリアは両親を失ったのだ。
「(忌々しい…もはや呪われた聖剣……あんなものを作らなければ、お父様もお母様も、命を失わずに済んだ。エクシアも襲われずに済んだ。チェルシーも、悲しまずに済んだ)」
蘇る、オルコット家とその使用人たちを襲った悪夢。そして、現在に至るまでの苦労。それもこれも全て、今落ちてきている“聖剣”のせいだ。セシリアは己がその聖剣の“鞘”であることを自覚しつつも、狙いを引き絞る。
「(……破壊しますわ。まずは一つ。滅ぶべくして、滅ぶのです。行き過ぎた力は、人を狂わせるのですから)」
その手にあるのは星を砕くもの。凶星と化したソレを砕くには十二分な得物だ。
『今!』
「お行きなさい!」
トリガー。凄まじい出力のビームがスターブレイカーより放たれる。目を焼くほどの奔流はブルー・ティアーズが即座に遮光しセシリアの瞳を守る。発射の反動は膝立ちのセシリアが地面にめり込むほどで、それでもセシリアはライフルをブレさせない。暴れさせれば近くにいる千冬は蒸発し、学園にも被害を齎す。
雲を突き破ったビームの柱は順調に軌道上まで伸びていき、落下中のエクスカリバーに突き刺さる。だが、エクスカリバーの切っ先は一発目をコーティング剤で凌ぐ。だが、コーティング剤は剥がれたことで、大気の摩擦熱がエクスカリバーを襲い、その強度を急激に落としていく。
『命中!』
「二射目チャージ!ハイパーセンサー最大望遠!」
雲に穴が開き、星空が見え、セシリアは天から落ちるものを捕捉する。小さく、赤く光るそれが目標だ。
『あれ!?なんか1機調子悪そう!』
「なんですって!?」
「どういうことだ、束」
『ちーちゃん!えっと、登録番号7の打鉄!見てくれる!?』
「了解した」
ここで、スターブレイカーにエネルギーを供給している1機の調子が悪くなったのか、セシリアの方でも明らかにスターブレイカーのチャージ速度が下がったことがわかった。中途半端な出力で撃てば空中で対象が爆散する可能性があり、破片で学園が被害を受けてしまう。
千冬がライフルに接続している打鉄のうち一機を確認する。しかし、彼女は技術的なことに明るくないため何が原因なのかわからない。
「束、見てくれは何も変わらんぞ」
『えぇ!?うーん、こっちから見る感じだとコアの出力が不安定に…エネルギーの吸い上げの分配率がズレてたのかな』
「どうする?格納庫から持ってくるか?」
『それじゃ間に合わない!こうなったら、コアのリミッターを解除してあげて…』
束は最終手段としてISコアの一つをインフィニット・ストラトスの状態に戻そうとするが、手を付ける前にその場に1機のISの反応が現れる。
「セシリアさん!大丈夫!?」
「あなたは…!」
現れたのはシャルロットだった。彼女はセシリアたちの側まで降りると、千冬に問いかける。
「織斑先生!すいません!何かできることは!?」
「束」
『いいタイミング!その子のISを不調な子と切り替えて!』
「了解した。デュノア!こっちに来い!」
「はい!」
まさに最高のタイミングでの合流だった。千冬に呼ばれてシャルロットは不調なISの側まで行き、周囲を見て何を求められているのかをすぐに理解した。
「織斑先生、私のISには補給用の接続口があります。そこに直接そのケーブルの接続口を」
「了解」
千冬は手早く不調なISに乗り込み、接続されていたケーブルをシャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムの股間部に設けられた補給口へと接続する。途端に、セシリアの視界に映っていたスターブレイカーのエネルギーが跳ね上がった。
「チャージ完了!行けますわ!」
『標準補正!右に0.5度!』
「了解!…修正完了!」
照準のど真ん中に、落ちてくる流星が収まる。セシリアはトリガーに指をかけた。
「…消えなさい!スターブレイカー!」
発射。二度目の射撃は星空に吸い込まれるように伸びていく。そしてIS学園を襲った悪意は星を砕く光によって消しされたのだった。
『……命中。目標は消失!』
「…ふぅ……終わりましたのね」
セシリアは赤熱化し砲口が真っ赤になったスターブレイカーを下げる。銃口が地面に触れると急激に銃口が冷やされ音を立てて蒸気が沸く。
千冬とISを解除したシャルロットがバシャバシャと音を立てながらセシリアに駆け寄った。
「セシリア!よくやってくれた!」
「セシリアさん!ありがとう!」
「ふふ、やりましたわ」
スターブレイカーを地面に置き、ISを解除したセシリアは二人に笑いかける。
「……って、え?シャルルさん…?その、お体は?」
「あ……」
が、セシリアはシャルロットの本来の性別を知らなかったため、今の彼女を見て困惑する。
「セシリア、気にするな。色々と訳がある。詳しい話はまた明日にでもしよう」
「……はぁ、まぁ、そうですわね」
「えっ!?いいの!?」
「えぇ、あなたは、あなたなのでしょう?」
人の本質は変わらない。だからセシリアは千冬の言葉に素直に従い、シャルロットへの追求はしない。
「それに、この一週間、あなたは心から笑っていましたわ。…改めまして、セシリア・オルコットですわ。お名前は?」
セシリアが手を差し出す。シャルロットはその手を見て、セシリアの蒼いサファイアのような瞳と見つめる。美しく、澄んでいて、何もかも見透かしていそうな。けれども、決してそれは不快感などなく、人の心に優しく触れてくる。
「……私は…シャルロット。姓はルーセルでも、デュノアでも構いません」
「なら、あなた自身のお名前を呼ばせて頂きましょう。よろしくて?シャルロットさん」
「はい!」
手は繋がれる。
この嵐の夜で、失われたものはついぞ無かった。かつて、どこかの、いつかの夜で破滅的な運命を決定付けてしまった翼は無限に広がる可能性の未来へ、ようやく羽ばたき始めたのだった。
次回でシャルロット編は後処理をしておしまいです。