「冗談じゃねぇ!」
IS学園の警備員、アキは悪態をつきながら纏っているIS…学園の警備用に配備されているフリカアトラのスラスターユニットを全開稼働させ、強引にその場から退避した。彼女がいた場所を真っ赤なビームが通り過ぎていく。
「クソッタレがぁ!」
フリカアトラの標準装備である専用ライフル“イングラム オートカノン”を連射し、彼女は迫り来る黒い機影を迎撃するが、牽制にもならない。黒い機影は背に光の翼を生やしながら、分身しつつ突っ込んでくる。
その手には真っ黒な“雪片”に似た装備が握られていた。
「データでこれかよっ!」
接近され、振り下ろされる迷いのない太刀筋。アキは咄嗟に前部スラスターユニット二機に搭載されているミサイルベイから自爆覚悟でミサイルを発射したが、相手は全く意に介さずアキを爆炎ごと切り裂く。
シールドエネルギーは一気に5割以上が削られ、振られた一太刀が致死レベルのものであると理解させられる。
直撃を受け大きく飛ばされたアキは姿勢制御をするも、既に敵機は追撃として、一気に4つの“ビーム・ブーメラン”を投擲していた。回避など出来るはずがなく直撃を受け、シールドエネルギーは4割を切る。
「動け!動け!やられちまう!」
フリカアトラの持つスラスター全てをマニュアルコントロールするという離れ技で完全に体勢を崩しているにも関わらず更に飛んでくるビーム・ライフルの射撃を回避し、ハイパーセンサー越しに敵機へとオートカノンで反撃を行う。
命中。しかし、当然シールドに余裕のある相手はこの程度のダメージでは全く痛くも痒くもない。
「隙が無ェ!近距離はブレードとブーメラン兼サーベル、中距離はわけわからん分身と機動力で射撃戦、加えて遠距離はあのビーム砲…!」
アキは目の前の敵機を睨む。彼女の前にいるのはマコトがつい先日使用したばかりの黒騎士で、搭乗しているのは“マコト”の姿を模したホログラムだ。今、アキが戦っているのは黒騎士が読み取ったマコトの“記憶”に残る戦闘データから再現された“デスティニー”に近い形態を取る黒騎士のシミュレーションデータで、アキは追い詰められていた。
「畜生!あのガキの戦闘データなんだろ!?なんだよコイツ…滅茶苦茶強いぞ!」
恋人の“定期検診”に付き添いで来てみれば“主治医”から頼まれいきなりシミュレーター戦をさせられることになり、相手はアキ自身味見をしていたいと思ってた黒髪に赤目の少女のデータとなれば彼女は当然乗り気で戦いを始めた。
しかし、その結果はアキ自身が追い詰められるという信じられない状況だ。ちょっとセンスがあるから、などという次元ではない。アキが相対する“飛鳥マコト”はもはや素人という次元を超えている。
多彩な装備を迷うことなく使用する判断力。流れるような攻撃動作。こいつはプロだ、とアキはあまりに異質すぎる飛鳥マコトの幻にもはや恐怖さえ抱く。
「15、6のしていい動きじゃねぇ…こいつ、どんだけ修羅場くぐってるんだよ!」
瞬時加速を連続で行い、単機での包囲射撃というアキの超絶技巧でさえマコトの“記憶”はしのぎ切ってみせた。これはシン・アスカという兵士が常に多勢に無勢の状況で戦闘を行うことが多かったからだ。
黒騎士でも未だ全力戦闘をおこなっていないため、マコト自身もどこまで今世の自身が戦えるのかはわかっていないが、その答えが今アキの目の前にいるデータそのものだ。再現されたマコトの身体データと、生まれたばかりで愚直で純粋な黒騎士のコアが彼女の“記憶”見て再現してあげたいと、なんとかシミュレーター上で再現した武装類。それを黒騎士が考える“最高値”演算させたのが今の、黒騎士の戦闘力だ。
「おい博士!本当にあのガキンチョ…飛鳥マコトとかいうのは俺たちと同じ世界じゃないのか!?」
『そうだよ〜。まーちゃんはどこにでもいる女子高生だよ。ちょっとセンスがあるだけの』
「嘘つけ…!こんな女子高生がいてたまるか!」
束は何も嘘は言っていない。ただ、前世のタッパがあるだけ。モニターしている束は今のマコトではここまでの動きは“肉体”がついていかないと見ている。黒騎士が現在シミュレートしているのは最高値で、それはマコトがかつて持っていた“種”が弾けた状態をベースとしている。
束は“種”のことをマコトから聞いていなかったため、これが彼女の全盛期の動きなのだろうとしか思わなかったが。
「現実だったら幾ら命があっても足りねぇよ!千冬並だぞこいつの動き!」
『みたいだねぇ。いやぁ、まーちゃんもこっち側だったかぁ〜』
「超人が3人…考えたくねぇよ!」
黒騎士が動き出す。黒雪片を正面に構え、光の翼を展開するとそのまま雪片を担いで一気に加速してくる。オートカノンでの迎撃を行うが、アキの視界に映るロックオンマーカーは“追いつかない”。
「ISの管制システムだぞ!?付いていけねぇなんてありえない!」
もはや主導照準で、とアキはしようとしたがもう遅い。黒騎士は今度こそ、アキのことを脳天から一刀両断していた。
「はい、フリカアトラ大破。操縦者死亡。状況終了」
アキの撃墜がモニターに大きく表示され、スコールは遠い昔のCP将校だった頃の記憶を思い出しながらそう言った。アキはVRユニットを頭から外し、座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、データを確認している束に詰め寄った。
「話が違うぞ!ただの記憶データじゃないのかよ!」
「だから記憶データだって」
このシミュレーターの目的は束が黒騎士のチェックを行なっていた際にコアが吸い上げていたマコトの戦闘記憶を発見し、どういった動きをしていたのか確認するためだった。コアはISがイメージ操作である以上、初回起動時にその人物がどういった思考をしこれまで体を動かしたり、何かを操縦していたのかを記録する。量産機の場合はこれが毎回行われるため、即時起動時に展開速度が専用機と違い2〜3秒のタイムラグを持つ。
この機能は白騎士の時点から搭載されているため、当然黒騎士にも存在していた。そのため、束は気になっていた前世のマコトの戦い方を見たくて、確認という名目でシミュレーターをアキに使わせたのだ。
「…まぁ、アキの言う通り、素人の動きじゃないわね……ISをいいえ、人型の機動兵器を扱うのに慣れた軍人の動きよ。あまりに凄すぎて、こうやって落ち着いてみないとわからないけど」
スコールはリプレイを見ながら、目を細める。飛鳥マコトの存在はあまりに異質に見えた。篠ノ之束の幼馴染みと言ってしまえばそれまでだか。
「これで一般人だって言うんだから自信を失うぜ…」
「ごめんね〜、強くってさぁ」
「絶妙にウゼェ」
全く悪びれた様子もなく束は言って、データの処理を横でずっと観測していたクロエに丸投げして、スコールたちの座っているテーブルに着く。
「さすが、博士の思い人ってところかしら」
「当たり前だよ。まーちゃんは私の好きな人だからね」
「おーおー、恋は盲目ってか」
マコトが好きなことを一切否定しない束に、アキは茶化しながらクロエに入れてもらった紅茶を飲む。スコールも彼女に合わせて飲み「美味しいわ」とクロエのことを褒める。
「…で、検診の結果は?」
「あと10年は一先ずいけんじゃないかな」
「あら、そうなの。もう2〜3年って思ってたけど」
「勿論“何もしなければ”って前提ね。今みたいにただの人間として生きるのならまだしも“力”を行使したり、ISで動き回れば1年と保たないよ」
「…そんな状態なのか、スコールの身体は」
「そもそも、そんな“生きてるのか死んでるのかわからない”状態で当たり前のように生理反応もあって、色んな欲求もあるのおかしいからね?人体の神秘だよ」
束の目の前に座るスコールという絶世の美女はまさに束から見ても面白い存在だった。身体の半分近くを「機械に置換」し、その姿さえも本来のものではない。“見える”ものは彼女が継ぎ接ぎのゾンビとさえ思えるような状態だ。
だというのにスコールには食欲も性欲も睡眠欲も、健康な人体と変わりなくあり、加えて束でも証明できない実家の“霊地”のようなスコールの“力”が束をスコールの主治医にさせていた。
「あなたでもオカルトは信じるのね」
「いや〜、実家の土地で既に科学的には敗北してるからねぇ。不条理な力っていうのは信じてるよ」
束は実家の土地がおかしいことはわかっていてあらゆる方法で調べたが科学的にはなにも証明できず、結局現在に至っている。伝承に関しては一子相伝で父しかしらない上、束に当主をまだ譲っていないためわからずじまいである。聞きに行こうにもその覚悟が束にはまだない。
「ただ、証明できるものはなんでも証明しないとね。……で、あれの製造元はわかった?」
「十中八九“ネスト”の連中ね。もっとも、ただの残党でしょうけど」
スコールが呆れたように答えて、束はそうか、と頷く。
「組織が残ってた時のあいつらなら、脳髄をちゃんと生前のままにして、人間と同じ思考をさせていたわ。この前のはただの真似に近いわ」
「気味悪いがあいつらの技術はマジだったからな。千冬も苦戦しただろ、最後のドイツの施設潰した時」
「……あの化けもんね」
束は思い返す。目の前の女性二人を倒し、千冬と最後に飛び込んだこの世界の悪意の巣。その最奥で控えていた“少女”。最強の肉体と、最強の頭脳と、最強の意志。“彼ら”が考えうる限りの“人類の可能性”の果てを注ぎ込んだキメラ。
つい最近現れたサイレント・ゼフィルスなど生温い。束が絶対に認められず、唯一“我が子”を殺した戦い。
「……くーちゃんみたいに、不安定な肉体を安定させるためにコアを使うのは私自身がやってたから文句はない。でも、アレはそんな次元じゃなかったからね」
「IS人間。この前の人形はその眷属ね」
人が人のまま、無限の可能性へと羽ばたくために生み出されたインフィニット・ストラトス。束の持つ“人類の可能性は無限大だ”という思想と真っ向から戦いを挑んできた、人の殻を捨ててでも“人類の可能性を無限大に”と証明しようとしてきた“彼ら”。
その決着は、今彼女らがここにいることが全てを物語っている。
「肉体があるから…やれるのよ。人間はなんでもね」
スコールはおぞましいソレを思い返し、呟く。そんな技術の末裔がこのIS学園に姿を現した。束は故に、スコールに調査を依頼し、製造元を確認させていた。
「どこで作られたかはわからないけれど、人形の造りはネストの連中とよく似ていたわ」
「とっとと潰したいけど場所わからないんでしょ」
「えぇ。サイレント・ゼフィルスにフライトプランは残ってなかったんでしょ?だから無理ね」
肝心の脳も焼き切れちゃってるものね、とスコールはお手上げと言わんばかりに両手を上げた。束は人形の調査に関してはここまでだろうと判断する。脳の身元も探しはしたが20代前半の女性の脳であることしかわからず、DNAなども世界中のデータを探したが誰にも合致しなかった。既に消されている可能性が高い。
「残念だけど、しょうがない。じゃあ別件になるんだけど、BTシステムって知ってる?」
「ん?あぁ、確かイギリスの連中が開発したやつだろ?ネットの記事に載ってたな」
「無線、脳波制御であそこまでの微細な動きをできるのは見事ね」
アキもスコールもどんな過去があろうと現在は所詮高校の警備員でしかなく、世間に対してはその程度だった。特にスコールは世捨て人に近い。安静に過ごさなくてはいけないということもあるが。
だから、イギリスのティアーズシリーズに関しても今となっては大したことは知らない。ネットでの知識がせいぜいだ。
「で、そのBTシステムなんだけど、この前、まーちゃんの友達のれーちゃんが調べて欲しいって専用機を今貸してくれてるんだ」
「誰だ?」
「ん〜、あなたたちにはプリンセス・レイラ、って言った方がいいかな」
「……!あの子、この学園にいるのね」
スコールがレイラの名を聞き驚く。ニアミスした幻の姫君、ついぞ対峙することはなかったが、年齢にそぐわない推理力とカンの良さで裏社会ではそれなりに名の知れた要注意人物だ。
「おい、そいつって確か……」
「えぇ…“オルコット家”襲撃事件の犯人を捕まえた張本人よ」
「セシリアちゃん?」
「博士は彼女も知っているのね。そうよ、衛星砲エクスカリバーの初号機奪取を目論んだ連中がオルコット家を襲撃した事件…当時の当主と夫人は列車ごと爆殺され、使用人たちも次々に殺された。…特にある使用人の妹にされた仕打ちは凄惨で——」
「あー、やめて。そういうの、聞きたくない」
スコールが語り出したことを束は遮る。止められなかった過去を聞かされても束はタイムスリップができるわけではないため、ただただ胸糞が悪いだけだ。スコールは「そう?そこからの逆転劇がすごいのに」と悪人らしく笑っていた。
「とまぁ、イギリスではあまりに酷すぎて衛星砲の件が伏せられても現代稀に見る一家殺人事件よ。それを解決したのが当時、まだ王家から外れていなかったタリア・デュランダルの娘、レイラ・デュランダル。まさに頭脳は大人、体は子供って感じで、一部ではリトル・シャーロックなんて呼ばれてもいるわね」
「へぇ〜。興味なかったから知らなかった」
「あらそう……レイラ・デュランダルはセシリア・オルコットと幼馴染みで、親友同士。当然、両家の付き合いは良好で、事件時は憤怒していたそうよ。その怒りを力にしてレイラ・デュランダルは犯人たちを突き止め、父と母が持つ権力を利用し捕まえた…彼女があの年でイギリスの諜報機関にいるのと、好き勝手できるのはそのせいね。元々の身分とかもあるでしょうけど」
裏社会にいる者として仮想敵の設定は事欠かない。スコールからすれば目の前の束もそうであったし、レイラも同じだ。だから、一切の過小も過大もせずにスコールは人を評価する。
「あぁ、それで話が逸れてしまったわね。そのプリンセスが自国に黙ってインフィニット・ストラトスの最高権威であるあなたに相談をしてきたと」
「そうだね。まぁ、私もちょっと調べたかったし丁度よかったんだよね」
束はそう言いつつ、空間投影ディスプレイを展開し、二人にあるデータを見せる。そのデータとはつい先日のシャルロット追撃戦後の九尾ノ魂との戦いで観測されたBTシステムの異常値だった。
「このグラフがれーちゃんの脳波をシステムが受信した量の推移ね」
「安定しているわね。冷静な彼女らしいわ。ただ…ここで急激に上昇してグラフから振り切っちゃってるわね」
「そう。このタイミングでれーちゃんの脳波システムの許容限界を超えたんだ。そのときに、不可思議な現象が起きてさ」
束は念のため、当時レイラと戦闘をしていたマコトからも状況を確認していた。本音というクラスメイトに対して、レイラが怒り、まるで本音の心を言葉で完全に操るかのような動きを見せていたこと。その場の重力が増したような感覚があったこと。
「なんか相手の心を操ったり、その場の重力が増したんだって」
「フォースでも使ってんのか?」
アキはあまりに非現実的なことにそんなことを言うが、束が次のデータを出した瞬間言葉を失った。
「それで、本当にそうなのか黒騎士とダイヴトゥ・ブルーのログを見たら——ここ、機体の推力システムが脳波の受信量増加に比例して出力を上げてる形跡があったの」
「……つまり、まさか怒りのあまり、その場の“重力”を支配したってこと?」
場が重くなる、と言う言葉があるが示されたデータは本当にレイラがそれをしたということしか述べていない。束は「信じられないけど、そうだよ」とスコールに頷く。
「で、それがどうBTなんちゃらと関係あるんだ」
「結論から言うと、れーちゃんのBTシステムは改良型…低いBT適正の人でもシステム扱えるように脳波の増幅装置が組まれてたの」
「画期的ね。確かにそれがあれば量産最大の壁である搭乗者の選出が不要になるわ」
「束さんも、まぁそうなるよね、ってそこは納得したけど問題はこの増幅システムの造りだよ」
モニターに新たに表示されたのはダイヴトゥ・ブルーに搭載されているBTシステムのハードだった。基幹システムを内蔵したそれはBTシステムの正式名称である“ブルー・ティアーズシステム”の名に違わない涙型の箱をしている。
「見た目は独特だけど、何かおかしいところが?」
「……中身の回路周り、見覚えない?」
ハードが分解され、中身の画像が展開される。それらを眺めたスコールは徐々に冷や汗を吹き出す。
「おい、スコール。なんだよ、どうしたんだよ」
「……冗談がすぎるわよ」
「冗談じゃないんだよねこれが」
「なら、あの襲撃は」
「マッチポンプ、ってことになるね」
スコールが動揺するのも無理はない。レイラのBTシステムの回路の構成が、スコールも調査した“人形”の脳波を拾うための装置と全く同じものだったからだ。人形の場合は微弱な脳波を拾うために増幅する必要があった。目的は違うが使った手段は同じ。だからだといって、ここまで配線から何まで全て一緒というのはあまりに不自然すぎる。
「欧州…まだあるのね“巣”が」
「そうみたいだね……何度つぶしても虫みたいに湧きやがって…ちーちゃんがまたキレるぞ」
倒したはずの相手が生きていた。束は怒りしかわかない。親友と共に、箒や一夏、マコト。そして故郷の人々のために影で戦い続けたあの日々はなんだったのか。全てを否定されたような気分だ。
「…ロゼンタ、彼女は確か日本にくるのでしょう?」
「らしいな」
「誰それ?」
「ここの学園の保護者様、といったところかしら」
名義だけとはいえ警備員のスコールも完全な隠遁状態は嫌なのかアキの手伝いとして書類整理はしており、来訪予定者のリストに彼女は懐かしい人物の名前を見つけていた。欧州に唯一残る、スコールたちの派閥の人物だ。
「まぁ、あれだ。あたしらに付き合い切れなくって抜けたやつだよ。今は大企業の社長夫人さ」
「で?そのロゼなんとかさんが何?」
「欧州での情勢を彼女づてに探ってもらいましょう。博士も調べものは得意だけれど、諜報は苦手でしょ?」
「する必要がないからね」
「だから、専門家にそういうのは任せましょう。軍でもそうでしょ?適材適所」
人差し指を立てて、まるで教鞭を振るうかのようにスコールは言う。彼女の癖だった。
「スコール、素が出てんぞ」
「ごめんなさい。年下の子にこう言ってるとついつい、昔を思い出してしまうわ」
「あんたが先生はちょっと束さんやだね」
ストレートにそう言ってくる束をスコールはスルーして、席から立つ。もうこれ以上の話は不要だろう。
「そろそろお暇するわね。博士」
「行くか」
「えぇ。検診、ありがとうございました。次はいつくれば?」
「2ヶ月後」
「わかりました。では」
二人が研究所を去っていく。出て行ったところを確認すると、束は大きくため息を吐いた。
「はぁぁぁっ、あいつら、ほんっと苦手」
「…お疲れ様です、束様」
クロエがサッと紅茶のおかわりを注ぐ。
「くーちゃんありがと。ちーちゃんの頼みがなかったらぜってーみないよ、あんな人」
「敵だった…のですよね」
「そ。束さんも何度か戦ったよ。よわっちいのに何度も出てくるから、最後はあの金色ババアは体半分消し済みにしたのにまだ生きてるし」
「執念、でしょうか。そこまで生きるのは」
「そうなんじゃない?知らないけど。束さんはあんな風にしがみつかず好きな人と一緒に逝きたいけどね」
束からすればスコールの行き方など、どうでもいいことだ。人それぞれに向かうべき場所があり、少なくともあの二人と束は違う場所に歩んでいる。だから、その結末など知ったことではないのだ。
「……ただ、このままですと束様」
「うぅ、そうなんだよ〜、このままだとまーちゃんとられちゃうよ〜」
BTシステムの分析依頼ついでにレイラとお茶をした際、マコトのルームメイトが確実にマコトを好きになり、更に何らかの肉体的な接触を伴った触れ合いがあった可能性があると束は教えられたのである。気が気ではなかった。
「ですが、束様、躊躇されていらっしゃるように見えますが」
クロエが主人の心を正直に言い当てれば束は食卓に沈んだ。
「うう…だって、約10歳差だよ?いっくんとちーちゃんだよ?まーちゃん年上がタイプって感じじゃなさそうだし」
「どうでしょうか…私は恋愛経験がないのでなんとも」
「くっ、このままだとヒロインとしてフェードアウトしてしまう…何か手を考えないと……」
天才、とまで言われた篠ノ之束の目下の悩みはなんとも小市民的なもので、先ほどまでの物々しい空気はとっくに雲散していた。クロエは悩む母親のような存在を前に微笑みを浮かべながら、傍に控えるのであった。