——イギリス、デュランダル家。麗しきリトル・ホームズ、幻のプリンセスと呼ばれるレイラ・デュランダルの生家は郊外にあり、一時期はレイラの姿を見ようという観光客やマスコミが溢れたこともあったが、今は誰も訪れることもなくのどかな空気が漂っていた。
朝靄が漂う中、庭に置かれたロッキングチェアに腰け、新聞を読みながらモーニングティーを味わう男性がいた。長身で、スラリとし肩より下まで伸びる黒髪は癖がありながらも艶があり汚らしさなど一切感じさせない。加齢など知らないと言わんばかりの顔は若々しさを保っており、“娘”に負けない美貌も兼ね備えている。
彼の名はギルバート・デュランダル。レイラ・デュランダルの父であり、この世界においてはデュランダル家の長男として家を継ぎ、政治家として活躍している。レイラやマコトのように別世界の自身など知らない、“この世界”のギルバートである。
「……タリア、レイラはニホンで上手くやっているのかな?」
「えぇ、問題はないそうです」
娘の状況を問いかけ、それに答えたのはギルバートの妻でありレイラの母であるタリア・デュランダルであった。軍人として、現在はイギリス初となるIS部隊の指揮官を任せられている彼女であるが、IS部隊はいわゆる“儀仗部隊”の性質が強く、ある種閑職に回されたとも見える。
故に、こうして自宅に戻りゆっくりと朝を過ごすことができた。タリアからすれば与えられた役割をこなすのが兵士であり、現状に不満はあれど致し方がなかった。
そんな妻の現状はギルバートもわかりつつ、話題に出すのはたった一人の娘のことだ。
「なんでも、現地でそれなりの友人ができたみたいよ」
「それはよかった。こちらだと、なかなかね」
「仕方がないでしょう。レイラがどれだけ両腕を広げても、そこに飛び込んでくれる人はセシリアぐらいしかいないのですから」
「立場、というのは難しいものだ。名を捨ててもついて回ってくる」
「だから、あなたはIS学園に行かせたのでしょう?」
「そうとも。現に、友達も出来た。心の豊かさを育てるには大切なことだ」
ギルバートが知るレイラは何かとクールな印象が強かった。セシリアに対しては年相応な少女としての姿を見せていたが、ギルバートには畏った態度で小さい頃から接してきており、ギルバートはそうされる度にレイラのことを甘やかして来たが娘の態度は変わらずだった。
実際のところはレイラの前世の記憶や、単純にレイラを甘やかそうとするギルバートがウザいという十二分に年頃の少女らしい反応をしていたのだが、ギルバートはそのあたりの察しが悪かった。
そのため、ギルバートは男性操縦者の出現にこれ幸いと、諜報機関にいる友人にそれとなくレイラの日本行きをお願いし、レイラはIS学園に向かったのだ。彼女にセシリア以外の友人を増やさせるために。このあたりはレイラも知らないため、タリアはレイラが知ったら向こう1週間ぐらいはギルバートに口を聞かないだろう、と思っている。
「(……愛しさあまってついつい先走ってしまうのが彼の悪い癖ね)」
タリアは大物ぶって優雅に新聞を読みながら紅茶を口にするギルバートに仕方がない人だ、と嘆息する。
「それで、本気なの?」
「何がかね」
「保護者見学ツアーよ」
タリアが懐から取り出したのは一枚の招待状だった。差出人はIS学園で、内容は保護者向けの学校内見学ツアーだった。日本以外の国から来ている子供たちの親に校内を案内し、安心してもらう、というのが目的で毎年それなりの人数が参加している。
ギルバートは娘会いたさにそれに参加しようというのだ。
「本気も何も、レイラの父だぞ私は。行く行かない、という問題ではない」
「仕事はどうするのです」
「長期で離れるわけでもないし、問題あるまい」
「……秘書がまた倒れるわよ」
「まさか、そんなことはないさ。それに件の5号機落下の件もある。現地調査は必須さ」
「あなたが行かなくてもいいでしょう」
「現場を知らなくては物を言えんさ」
あぁ言えばこう言う。口がよく回るな、とタリアは夫がどうしてもレイラに会いたいのだと察してため息をついた。
「はぁ……わかりました。ただ、あんまりしつこくすると、レイラに嫌われますよ」
「わかっているさ。ところで、せっかくだからレイラにこちらのお菓子を持っていこうと思うのだが、いいものはないかな」
「……調査に行くのでしょう?」
「現地調査員への労いさ」
「チェルシーの作ったお菓子はあの子も好きです」
「了解した。では、オルコット家に電話をしておこう。そういえばこれから日本はこれから暑くなっていくのだったな、何か夏向けのものも」
「まだ早すぎますよ」
夏ならアロハシャツでも着て旅行気分で行きかねないような浮かれようにタリアは空を見上げるしかなかった。真面目くさった顔と口調で言っているが中身は娘に早く会いたくてしょうがない親バカ中年である。これが政治家らしくポーズでもなく、本気で娘を溺愛しているのがいいようでタチが悪い。愛していないよりはマシだが…とタリアは思うがそのうちレイラにビンタでもされたら彼は世界を滅ぼしてしまうのではないかという気がしてくる。
「ギル、くれぐれもレイラに恥をかかせるような行動は謹んでちょうだい」
「はははっ、タリア。私に恥ずかしいところなんてないよ」
「顔がいいのはわかっていますが、見た目だけではどうにもならないこともあります」
「……それはいささか、辛辣すぎないかね」
「事実よ」
いい笑顔を浮かべて言うタリアにギルバートは苦笑いするしかなく、咳払いして話を仕切り直す。
「まぁ、気をつけておこう。それはともかく、フランスの件、結局首謀者はわからなかったよ」
「例のデュノアの娘に指示を飛ばしていたのも?」
「あぁ。向こうの政府や軍内にも疑わしいものはいなかったそうだ」
「ありえないわね」
「ありえないさ。しかし、結局のところ、人というのは確証がなければそれまでさ。今回は向こうのほうが1枚上手だった」
「初号機は“彼女”が預かっている起動キーとセシリアの認証がなければ動かせない……となれば、残りの2〜4号機はすぐに抑えるべきね」
「ドイツに関しては一時的にこちらのガーディアンに入れて欲しいと依頼が来た。制御が奪われどこかに落とした、なんてことになれば責任を負うのはドイツだからね」
「賢明なこと。国民にイギリスからの超兵器を譲り受けて、それが自国で制御に失敗したとなればわかるけど。残りは?」
「返答はまだないよ。そのあたりは待つしかない」
ギルバートは頭の中にチェス盤を浮かべながら、この世界の今の情勢を考える。状況としては膠着状態だろう。しかし、相手がどんな手を指してくるのかは見当がつかない。以前の敵のように明確な“利益”が相手側にあって、ある程度は手が読めた時とは違う。
「戦争では相手を滅ぼすつもりならそれこそ根絶やしにしなくてはならない。出来なければ終わりのないゲリラ戦、テロが続く。それが無理ならば“頭”は残して和平しか選択肢はない。……世界最強と天才はそれができなかった」
「……“彼女”たちは当時十代の子供でしょう。それこそ、どんなに優れた力と頭脳を持っていても……非情さまでは知らなかった」
「わかっているとも。だから我々大人が尻拭いをしなければならない。だからこそ、私は現場に行かなくてはならないのだよ」
捨てられない現場主義。ギルバートはもうそれはいい行為とは言えないとわかりながらも続けている。
「それに、年端もいかない娘を戦場に立たせて、後ろで剣も持たない親など私は耐えられない。時代を作る若者たちの道を整えるためにも、我々大人は率先して泥道を歩まなくてはいけない」
「立派な志ね」
「ありがとう。だが、君もそうだろう?タリア」
「さぁ、どうかしら」
誤魔化すように微笑みを浮かべるタリアにギルバートも笑みを溢す。
「フッ……では早速荷造りだ。できれば君とも行きたかったがね」
「私は結構。週に1度は必ずテレビ電話をしているから」
「……なん、だと」
タリアが席を立つ。彼女はテーブルの上に載せていた軍帽を被る。ギルバートは出勤しようとする妻に待ったをかける。
「どういうことかね?タリア。レイラとはそんなに電話をしているのかい」
「えぇ。今日何があった、とか、友達がこうだったとか。昨日もしたけれど、楽しそうに笑っていたわよ」
「馬鹿な…私には一度もかけてこないぞ。それどころか手紙も」
「年頃の娘よ。そういうこともあるわ」
「そんな……」
絶望に震えるギルバートを尻目にタリアはそのまま家を出ていく。タリアとレイラの仲はかなり良好だった。イギリスで飲んでいたお茶がほしいと、レイラからねだられたりして送っているのもタリアである。
いい加減娘離れしてほしいものだ、とタリアは思いながら脱力しているギルバートに苦笑いするのだった。
「ッ!」
「どうしたのレイラ?」
「いいえ、悪寒が」
「寒いの?ジャージ貸すね」
「ありがとう」
朝のランニングを終え、クールダウンのため歩いていたレイラは突如感じた悪寒に身を震わせ、心配したマコトが彼女の肩に着ていたジャージを被せた。普段は一夏、箒と朝のトレーニングを行なっているマコトだったが、今日に限ってはレイラとやっている。
レイラとマコトの組み合わせは校内でも比較的目につきやすく、通り過ぎる他の生徒たちも二人をチラ見していた。
「にしても、レイラはよく見られるね。もしかしてさっきのもどこかから見られたんじゃない?」
「いいえ、違うと思いますが……それを言えば、マコトだってわりと視線を向けられていますよ」
「あたしが?ないない」
ありえないよ、とマコトは手を横に振って言うがレイラは自身の容姿の良さに無自覚な親友にため息をつきそうになる。艶やかさをしっかりと保った黒髪を肩までの長さで切りそろえ、赤い瞳はくりっとしていて、顔つきは可愛らしく、スタイルもバランスが取れている。箒のようにあからさまなファンこそいないが、一夏が来るまで女子校だったIS学園では女性同士のカップルがわりと一般的で、マコトに早くも憧れを持っている生徒がいる。
どこからか漏れたサイレント・ゼフィルス戦の話が尾鰭をつけて噂になっており、王子様のように女の子を守ったなど、明るいマコトの気質に合わせて人気があるらしい。
噂を探るのが得意なレイラは親友にそれを伝えようかとも思うが、伝えたところで「冗談でしょ?」と言い始めるのがやまやまなので言うのをやめた。
「(それに、人の恋路を邪魔するとこの国では馬に蹴られるのでしたね)」
簪がマコトを好いていることはいつもの7人の中ではもはや公然の秘密であった。セシリアや箒ともこれは間違い無いとレイラは判断しており、間違いなくその原因はサイレント・ゼフィルスの一件だろう。
「(…私でも、あのように助けられたら少しはときめいてしまうかもしれませんね)」
前世でも何かとピンチが多く、それを切り抜けて来たからこそ、マコトはそう言った場面がよく似合うとレイラは思う。オーブ沖での“覚醒”は今考えれば敵から見れば狂戦士そのものであったが、味方からすれば救世主そのものだ。そういえば、彼が使っていたインパルスの武器は“エクスカリバー”だったな、とレイラは今世の祖国に出てくる伝説の聖剣と名前が被っていたことにくすりとする。
ただ、その後の愛機の武器が“アロンダイト”なあたり、色々と笑えないが。
肩にかけられたジャージはマコトの匂いが染み付いている。不思議と嫌とは思わず、レイラは身を包むようにジャージの襟口を掴んで温かみを逃さないようにする。それは端から見ればまるで恋する乙女が想い人の服を被っているようで、通り過ぎる生徒たちはレイラのあまりに可愛らしい表情に見惚れていた。
「臭う?」
「まさか。戦闘後のようなことはないですよ」
「それ、前は臭かったって言ってない?」
「さぁ?」
くすくすとレイラは笑う。しょうがないな、と特に咎めないマコトは彼氏面もいいところであった。
「そういえば、何故この学園の体操着はこのような…ぶるま?というものなのでしょうか」
「知らない。今時珍しいというか、確かなんか使われてないはずだよね」
「元々女子校だから特に問題はないということでしょうか。加えて、短パンだと万が一ISに乗った際何か不都合が……」
「そんなこと言い出したらこの前の夜、あたし制服で乗ったよね」
「それもそうですね。じゃあなんでしょう。学園側の趣味?」
「それはそれなんかヤダな……」
今、彼女たちが身につけている学園指定の体操着はいわゆるブルマである。廃れ切ったはずのそれが何故学園では現役なのかわからないが、運動着として特に不都合は感じていないのでマコトは気にしていなかった。一緒に走っている一夏も特に反応はなかったので余計にだ。
「制服は改造し放題なのに各種体操着や水着は学園指定と……よくわかりませんね」
「だね。そういえばレイラも制服改造してるよね。なんか意外」
「そうでしょうか?せっかくなら着たい服でモチベーションを上げるべきだと思って」
マコトは制服を改造していないが、レイラは改造制服である。ミニスカートにしがちな生徒たちの中で珍しいロングスカートへの改造で、貴族令嬢らしさをよく演出している。わりと溌剌なセシリアとは好対照だとマコトは思っている。
「マコトは改造しないのですか?」
「うーん、なんか別にいいかなって」
「改造といえば…ルナマリアは改造していましたね」
「あー……あれね、思いっきり軍規違反だけど」
制服の改造といえが頭を過るのは過去の同僚でありマコトにとっては前世で、最初で最後の恋人だったルナマリア・ホークの改造軍服である。男世帯な軍艦内において、過度なセックスアピールは艦内風紀を乱すため禁止されている筈だがルナマリアは何故かピンクのミニスカートを履いて無重力空間を飛び回っていた。悲しいことに前世では性に逆えずマコトは何度か彼女のスカートの中を見てしまったことがある。
付き合ってから何故スカートなのか聞けば単純に制服がダサいという理由でそうしていたと答えられていた。
「ダサいから…そんな理由で許されてたの、謎すぎる」
「ミネルバ隊は他の隊に比べそのあたり緩かった気がします」
「まぁ、考えてみればあの艦って新人乗せてデモンストレーションがてら進宙式して…ってなるはずだったんだもんね」
「今考えてみると若干の愚連隊さがありますね」
そもそも艦長が国家代表者と不倫をしていたり、外国のVIPに代表権限とはいえ艦載機を貸したり、挙句最終局面までは遊撃隊に近かった。通常の艦隊構成に加えられても、その頃には何度も逆境をくぐり抜けたせいか周囲からはエース部隊扱いされ、旗艦となってしまうことが多く周りからとやかく突っ込まれることはなかった。
艦内で大きないざこざはなかったが、艦内風紀はどうだったのか振り返ると……マコトは乱していた張本人の一人として何も言えない。
「ま、まぁ、今はもう考えてもしょうがなくない?」
「えぇ、それもそうです。ただ……マコト、勿論艦内と同じく、学校内での不純な交友は当然避けるべきですよ」
「いや女の子しかいないでしょ。一夏はそういうのないし」
「………そうですね」
隙だらけすぎる、とレイラは嘆息する。そのうち簪に押し倒されたらどうするんだ、とレイラは声を大にして言いたかった。少なくとも今世紀最大の天才もあなたに恋をしているんですよ、どうするんですか?とも言いたい。脳天気に「今日の朝飯どうしよっかな〜」と伸びをしながら言っているマコトには残念ながら呆れが先に来てしまった。
「そういえば、あの黒騎士はどうするのですか?」
「え?どういうこと?」
「あなたの専用機になるのですか、ということです」
レイラは話題を変えようと、シャルロット追跡に使用したマコトの機体の今後の処遇を聞いた。マコトは周囲を少し見てから、問題ないと考えて話す。
「またしばらくは調整で研究所かな。それに大っぴらに乗れないし、そもそも」
黒騎士はコアの登録もされていない、外界に存在が出てしまえば篠ノ之束の健在を証明するものとなってしまう。なので、当然ながらシャルロットの追跡をした時のように嵐で遠くから観測できないような状況でないと飛ばすことはできない。
「それもそうですね。ただ、またあなたと飛びたいですよ、私は」
「嬉しいこと言ってくれるなぁ。あたしも、レイラなら安心して背を任せられるよ」
「ふふ、お世辞を言っても何もでないですよ」
平和な空を飛ぶのもいいが、やはりこの前の夜のように共に戦うほうがレイラは何故だか嬉しかった。それは今世のマコトの願いを踏みにじるとわかっていても、この世界に生を受けてから感じていた寂しさ埋めてくれていた。
「着替えたら朝ごはん食べに行こう」
「えぇ。そういえばそろそろメニューが変わると書いてありましたね」
「6月のメニューだっけ?1年間あそこで世話になる人もいるから飽きないようにって考えてるんだね」
「楽しみですね。ただ今日はまだ変わっていないですし、焼き魚定食でも食べましょうかね」
「レイラ、だいぶ和食慣れてきた?」
「えぇ。箸も。マコトは“前”も箸を使っていましたね」
「まぁ、オーブは若干日本の影響も受けてた国だからね」
朝食を終えたマコトはレイラ以外のメンバーと合流し1組のSHRを迎えていた。なお、最近は時間ギリギリまで簪が教室の中にいることもあり、さやかとも簪は知り合いとなっている。
出席を取り、千冬が教壇に立つ。
「諸君、おはよう。本日は一つ連絡事項がある。つい最近デュノアも転入したが、また転入生だ。ボーデヴィッヒ!入れ!」
「ハッ!」
いきなり転入生がいると言った千冬が教室の外へと呼びかけると、マコトやレイラにとってはよく聞き慣れた返事をして、教室に幼げな少女が入ってくる。少女は教壇の横に立つと、ふわりと美しい銀髪を舞わし、教室全体を“赤い片目”で見た。
「(…眼帯…?)」
マコトは少女が隻眼であることに驚く。だが、すぐに見覚えがあることに気がついた。銀髪の少女は気をつけの姿勢を取った上で、見事な敬礼をする。
「IS学園1年1組の諸君、初めまして。ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ軍の最年少の左官。同時に代表候補生でもあり、実力者。マコトが以前、箒の不審者探しに付き合った際、学園の下見をしていた少女だ。ついぞその時は姿を見ることができず、簪がネットの写真越しに容姿を確認したが、その写真よりも僅かに成長しているように見える。
「彼女はドイツ軍より本学に“出向”という形で転入となった。1生徒として諸君らとは学ぶこともあると思うが、現役の軍人として彼女から学ぶことも多いだろう。特に織斑」
「え!?俺!?」
「本学では赤点などとればどうなるかわかっているだろう。男性操縦者だろうが特別扱いはされない」
名指しで言うあたり相当千冬は一夏の心配をしていることがマコトも箒もわかった。クラス中は一夏の座学がかなり危ういことを知っているため言われるのも致し方なしといった様子だ。一方、ラウラは一夏のことを若干睨んでいる。
「…以上だ。ボーデヴィッヒの席は一先ずデュノアの横だ。1時間目の授業はこの教室で行う」
千冬がそこまで言うとスタスタと真耶を連れて教室を出ていく。ラウラは敬礼を解いて直立不動。教室の中は妙な緊張感に包まれた。
ラウラが動き出し、座席に向かうために一夏の前に来たところで彼女は立ち止まる。なんだ、とマコトが思った時には一夏がデコピンされていた。なんてことを、などという前に千冬をよく知るもの…この場には箒とマコトしかいないが、そのデコピンの動作があまりに千冬に似すぎていることに気がついた。
「いってぇ!?なにすんだよ!」
「貴様が織斑一夏か」
「そ、そうだが、いきなりデコピンってなんだよっ!」
「気をつけェ!」
「うっ…!」
張り上がった声もマコトと箒には芯に響いてくる。特に箒は近くにいるせいもあって、ラウラの姿に強い既視感を覚えた。
「(このボーデヴィッヒが発するものは…!)」
一夏はラウラの言葉に体が硬直する。もはやそれは遺伝子レベルで刻まれた反応だった。
「(この子…なんだっ!?この感覚は…!)」
「教官から話は聞いている!貴様は座学の成績が振るわないそうだな!」
「なんで知って!?というか教官って誰だよ!?」
「教官は教官だ!よってこれより貴様にみっちり知識を注ぎ込む!覚悟しろ!」
「な、なんだよ!?何がどうなって…!?」
いきなり初対面の少女にデコピンされた挙句成績が悪いから勉強を教える、と言われても混乱するのは目に見えている。周りから見てもラウラが言っている内容を理解するのにラグがあるのに、一夏本人はわけがわからないと右往左往するしかない。
「おい」
「……なんだ?」
そんな一夏に助け舟を出そうと箒が立ち上がる。ラウラは背の高い箒を見上げる形となるが全く怯んだ様子がない。
「そちらが千冬さんの弟子か何かなのかはわかった。しかし、いきなりデコピンをしてそのように怒涛な勢いで言葉を並べても混乱させるだけだ」
「ではどうしろと。というより貴様は」
「私は篠ノ之箒。一夏と千冬さんとは古い仲だ」
「了解した。篠ノ之女史。なら、ご教授願おう。どう言えばいい」
二人の会話が硬いためか教室内はピリピリとした空気だ。シャルロットはどうなっちゃうの?といった感じでマコトに視線を飛ばしてきており、レイラとセシリアは何やらこそこそと相談し合っている。
マコトはさてどうしたものかと考えたが、実際のところ箒とラウラは別にバチバチとしているわけではなく素で口調が硬いだけである。
「ご教授……と言われてもな。もっと砕けた言い方はないか」
「砕けた言い方だと……ふむ………ならば…」
思案するラウラに、レイラは猛烈に嫌な予感がした。まるで戦場で死角からの攻撃を受けた時のように、脳裏に稲妻が走る時と同じ感覚だ。セシリアは何も感じていないのか事態を静観している。
何か、取り返しがつかないことが起きる。レイラはとりあえず1時間目の準備もありますし、と珍しくクラス全体に呼びかけようと椅子から腰を浮かせたが、手遅れだった。
「コホン……お兄ちゃん!成績が悪いってお姉ちゃんから聞いたよ!だから私が勉強を教えてあげるね!」
教室内の空気が間違いなく凍った瞬間だった。対する一夏は何故か冷静に——。
「え……俺に妹がいたのか……?」
——と、あまりに的外れなことを言うのだった。
今か明かされる衝撃の真実!