IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-23「嵐の目の中で」

「千冬姉!開けてくれ!」

 シャルロットからの告白を受け、慌てて一夏は隣の隣にある寮母の部屋…学園における千冬の部屋をノックしていた。中からは特に返事がないが、時間的にはいるはずだと一夏は思い、勢いよく扉を開けた。

 が、瞬間中から何かが飛んで来たため咄嗟に一夏は回避した。

「うおっ!?」

「一夏!?」

 一夏についてきていたシャルロットが突然目の前で海老反り状態になったため驚いた夜中の廊下で声を出す。一夏の顔面すれすれで通り過ぎたそれは千冬の部屋の対面にある壁に鈍い音を立てめり込む。恐る恐るシャルロットが飛んで来たものはなんだと目を向ければ、それは空き缶だった。

「(空き缶が…なんでめり込むの!?)」

 潰れながらも空き缶が壁にめり込むというとんでもない光景にシャルロットはぶるりと震え、腰が抜けそうになる。なお、ラウラもついて来ていたが彼女は既に顔面蒼白だった。

「………一夏。貴様、いい加減私が教師だというのを体で覚えさせなきゃいかんか」

「ま、待ってくれ!話がある!千冬姉に!」

 なんとか復帰した一夏は開けた部屋の中…一夏のおかげで小綺麗な環境で晩酌を楽しんでいた完全オフモードの千冬に待ったをかける。酒が入っていることに加え強引に扉を開けたため、教師としてではなく姉としてキレている余計に容赦のない状態のため、流石の一夏も焦る。

「なんの話だ。とっとと寝ろ。私の唯一の楽しみを邪魔するつもりか」

「キッチンあるよな!?おつまみ作るから!」

「早く入れ。お前も飲むか?」

 あまりに見事な掌返しであった。一夏は安堵しながら部屋に入り靴を脱ぐ。そうして、彼の背後からシャルロットとラウラが姿を見せた。

「あ…………」

「…ど、どうも、こんばんは」

「きょ、教官、失礼、いたします」

 てっきり一夏だけかと思っていた千冬は二人姿を見て硬直する。もう部屋に入った一夏はそんな3人を全く気にせず、つい最近千冬のおつまみように色々と買ってあげて物が入っている冷蔵庫を漁っている。

「…………コホン。二人とも、消灯時間だが部屋に戻るように——」

「もう遅いだろ千冬姉」

「ッ…い、一夏……前々から人がいるときは言えと…!」

「セシリアには普通に会ったんだろ?じゃあいいじゃん」

「あれは緊急時で」

「もういいだろ。それに、地元の奴らにはとっくにわかられてるしいいじゃん」

「それとこれとは話が別だ!」

「そうかなぁ?それにいつかバレるでしょ。先生してる時もわりとノリいいときはいいじゃん」

「………はぁ、覚えておけよ……」

 目の前で繰り広げられた姉と弟の会話にシャルロットとラウラは呆然とする。あの世界最強が、ただの一人の男の子に窘められている。信じられない光景だった。特に、厳しく美しい千冬しか知らなかったラウラはもはやフリーズしていた。

「二人も食うか?豆腐と…とちりめんじゃこ作って乗せるけど」

「え、えぇっと……よくわからないけど、頂こうかな」

 シャルロットはかろうじで返事をしたがラウラは呆然としており反応がない。千冬は顔に手を当ててため息を深くついてから座っていた席を立つ。Tシャツ短パンというあまりにラフすぎる格好だった。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。何をしている。貴様」

「…っは!?教官殿!?し、失礼しました!私は!」

「落ち着け。うるさい。夜だ。静かに」

「……っ」

 一先ずラウラを強制起動させ、千冬はそのまま部屋の扉を閉めるべく出口に向かうが閉めようとしたところでヌッと扉の影から人が現れた。

「うおっ」

「先輩、うるさいですよ」

 現れたのは寝巻き姿の真耶であった。彼女は笑顔で、千冬を見ていた。千冬はなんとか平静を保つが、真耶が相当に怒っていることがわかった。部屋が汚いのもそうだがストレスが溜まると少々“うるさい”のが千冬であり、一夏が来た際に真耶は“弾けて”しまったのである。

 それからというもの、千冬はオフモードでは真耶に頭があがらないのである。元々、代表候補生時代からそのケがあったが今は完全に逆らえない。

「すまなかった…真耶。その、一夏たちがな」

「さっき内線で、私の向かいの部屋の子がすごい音がしたって苦情きましたよ」

「……すまない」

「…気をつけてください」

「はい…」

 真耶は手に持っていた潰れた空き缶を千冬の手に渡すと、そのまま去っていく。千冬は扉を閉めて大きく息を吐いた。千冬がこうして戦闘力だけを買われて学園にいられるのも真耶のおかげであり、彼女がいなければ首がいくつあっても足りなかった。

「…はぁ。それで、お前らは何の用だ。顔首揃えて」

「ハッ!我々はもむごっ——」

「…よせ…!隣の緑の悪魔をまた喚び起こすつもりかッ…!」

「あ、あはは……」

 大きな声で返事をしようとしたラウラを必死に止める千冬にもはや威厳のかけらもなくシャルロットは力なく笑うことしかできなかった。今の千冬はどうみたってお酒好きな近所のお姉さんのような雰囲気だ。

 一夏がフライパンでちりめんじゃこを作り出しあっという間に室内に香ばしい匂いが漂う。とりあえず全員座ろうと、室内に設けられた4人掛けの食卓に着く。一人部屋だが4人掛けなのは、この部屋でこっそり保護者面談などを行うためだ。

「ほい、お待ち。シャルロットとラウラは初めだろ?豆腐っていう大豆で作った…なんて言えばいいんだ?ケーキ?みたいなもんに小魚焼いたのを乗せたんだ。醤油かけるとおいしいぞ」

 3人の前に置かれたのはなんてことはない豆腐とその上にちりめんじゃこが乗ったおつまみであったが、それだけなのにとても美味しそうに見えた。シャルロットとラウラのことを考えてか、二人にはスプーンが渡され、千冬には箸だった。

「なんか悪いね…一夏」

「いいさ別に、大したもんじゃないし」

「本当にか?凄まじく美味しそうに見えるのだが」

「豆腐がいいやつだからな。ま、食べてくれ」

 一夏に勧められ、シャルロットとラウラは豆腐を口に運ぶ。食べたことのない二人は初めての掴み所のない食感と風味、それに絡む醤油の味が舌の上で踊った。

「おいしい……」

「不思議な味だ……掴み所がないが…なんだ…うまいな」

「水っぽくなくてしっかりしてる豆腐だから、ちゃんと風味もあるし美味しんだ。よかったよ、気に入ってくれて。千冬姉も食べなよ」

「あぁ。……うん、美味しいな。いつも通り、最高だ」

「そりゃよかった」

 一夏がそう言いつつ、千冬の隣に座る。目の前に並ぶ織斑姉弟にシャルロットは確かに二人は姉弟なのだと実感する。顔立ちがよく似ているし、髪質も近い。よく見れば千冬も教師としての険がないとまだ僅かにあどけなさのようなものもあり、愛嬌があるなとシャルロットは年上の相手ながら思った。

 ラウラは軍にいた頃の千冬とはかけ離れた緊張感の欠片もない彼女に驚きはしたが、失望はしなかった。誰にだって帰るべき場所があり、ラウラはそれが彼女の場合は一夏なのだろうと思った。

「そんじゃ、話聞きたいんだけど。いい?」

「構わん。予想はつくが」

「シャルロットが試験合格しないと退学ってホント?」

「そうだ」

 一夏の問いに千冬は真っ直ぐに答えた。シャルロットはやっぱり冗談じゃないなんだなと気分が重くなる。

「なんでだよ」

「一夏。彼女がここに避難しているのは知っているな?だが、先日のお前が髪の毛無くなった時点で彼女はある程度は身の安全を保障された。そのため、フランスに戻るというのが約束だったが……」

「残りたいって、言っちゃったんだ…」

 千冬の言葉をシャルロットが引き継ぐ。彼女は理由を語った。

「私の学籍はまだ、フランスの学校にあるんだ。今は休学中ってことになってる。けど、あの1週間で、そしてそのあとのみんなとの触れ合いで、私、ここにいたいなって…母さんも残るし」

 暖かい場所、シャルロットはこの学園の、一夏たちの周囲をそう思っている。心地が良くて、今はここに浸かっていたい。そう思わせる。だからこそ、約束には従わずここへの残留を願ったのだ。

「当然、そうなると話が違ってくる。元々、彼女は客としてここに来ているが今はもうそうではなくなりつつある。一応、角が立たないように女子に戻って1ヶ月が通うことになっていたが、それ以上ここで学びたいというのなら…必要なものはパスしてもらう必要がある」

「けど、それを言ったら俺だってなんの試験も受けてないじゃないか」

「一夏。この世界は残念なことに死ぬほど平等じゃないんだよ。正直に言えばお前にも私は試験を課すべきだと学校には言ったがそれはもっと上から拒否された」

 もっと上、それが指すのは“国”ということだ。日本からすれば徐々にIS発祥国としてのアドバンテージを失いつつある今、一夏の存在はまさに神風だった。そんな扱いは望んでいないと一夏は言いたかったが、それがなければどうなるのか彼は千冬からのある言葉を思い出して言えなかった。

 ——有り体に言えばモルモットだな。

 専用機を渡されると言われた際の言葉。あのときはふざけて流してしまったが、一夏は今の千冬の言葉などを加味すると自らの立場が嫌というほどわかる。

 一夏は特別な存在なのだ。それは……限りなく、最低な地位という意味での特別。一夏自身に主権はないのだ。

「しかし、シャルロットはそうもいかん。このままでは彼女は裏口入学となる。それは彼女の実家にも悪影響が出るし、教師の中にはそもそも避難としてここに潜り込むことを疑問視するものも多い。シエラ先生は元々技能があるから正規の手順で入っているから別だが」

「必要なこと、ってことか」

「あぁそうだ。お前のことだ。シャルロットがこのままじゃ退学になる、と言ったところでこちらに駆け込んできたんだろう」

「うっ」

「い、一夏、ごめん。私はその、確かにやばい、って思ってたけど必要なことだって認めてるから」

「じゃあなんだよ…俺の空回りかよ」

「ごめんね?」

 シャルロットが申し訳なさそうにすれば一夏は深く背もたれに体を預ける。避けようのないもの、そして、本人もわかっているとなれば一夏はもう何も言うことはなかった。

「まぁ、それがお前のいいところでもあり悪いところだ。返事も無しに女の部屋に踏み込むのは許せんが」

「怒ってたのそっちが理由?」

「当たり前だ、私はお前にそのような教育をしたような覚えはないぞ。なのに気がつけば箒とは野生児みたいに飛び回るわ。弾や鈴、マコトたちとは空き地で野球してガラスを破るだの……」

「それ関係あるか?」

「あるとも。お前の周りにあれだけ女子がいるのにお前はなにも反応せんのか」

「…………いやまぁ、みんな綺麗だなとは思うが」

「それだけか」

「それだけだが」

 一夏と千冬が無言で睨み合う。シャルロットは一夏が一応女性自体はちゃんと認識しているとわかって安心した。ラウラはよくわからない空気になっていたのでもしゃもしゃと豆腐を食べていた。

「はぁ。まぁいい。あの一撃を避けたということは箒との鍛錬は無駄ではないようだな」

「そりゃなぁ…箒も十分超人の域にいるぞ…俺かなり手加減されてるし」

「あいつは不器用だからな。だから姉と違って一つのことに打ち込みすぎた結果だ。ISを使っての剣術なら互角だろうな、私と」

 思いがけない千冬の評価に一夏は「なるほどな」と納得したがシャルロットは絶句した。世界最強と同格なクラスメイト。天才の妹、とはかけ離れた脳筋思考だと失礼ながら思っていたシャルロットだが箒の評価をちょっとだけ上方修正した。

「千冬姉、IS使わないほうが強いもんな」

「…えぇ…!?」

「え、シャルロット知らないのか?千冬姉、IS乗ると加減しないとIS止まっちゃうんだぜ」

 正確にはISのリミッターのせいなのだが、そんなことは千冬しかこの場では知らないため、シャルロットは千冬にとってのIS=拘束具であると理解した。ある意味間違っていないが。

「確か…教官は素手でIS用の武装が扱えましたね」

「そ、そんな無茶な。EOSとか量産コアISでないと体が…」

「鍛え方が違うのさ。武器は武器にすぎん」

 得意げに言う千冬に全員が「あっ、酔いがもう回ってるな」と気がついた。事実、千冬の頰はだいぶ紅潮していた。

「二人は豆腐食ったら戻れよ。俺は片付けてから帰るから」

「そ、そうするね」

「お言葉に甘えて、そうさせてもらう」

「なんだもう帰るのか。まぁいいが」

 一夏は完全に宴会を始めそうな姉を察して先手を打ったが正解だった苦笑した。とにかく一夏はシャルロットには頑張れとしか言う他なく…自分自身も頑張らなくてはいけないと気合を入れるのだった。

 

 

 

 翌朝、シャルロットの転入試験問題は朝食時に共有された。

「実際問題、一ヶ月ちょいで受かるものなの?この学園」

「いや無理だろう」

 マコトが思わずそう言ってしまったが、箒は箸を止めてそう言う。マコトはだよね…と納得せざるえない。当然マコトもこの学園を受ける際は座学を半年以上、実技試験に関しては座学が取れていればいいとそこまで重要視していなかった。IS試験の入試において実技、座学合わせて7割取れていれば大抵は合格ラインに乗るとされているが、その7割を取るのが難しいのである。

 試験の点数割合としては座学9割、実技は1割…というわけではなく教師を撃墜したり箒のように攻撃全てを切り払うなど実力を見せれば最高で4割まで追加得点が入る仕様で、マコトは座学5割、実技2.5割で合格していたことが合格通知の点数でわかっていた。

「ハッキリ言われるとだいぶクるものがあるね」

 シャルロットも無茶なのは承知だが、受けないことにはここに残れないためなんとか方策がないか聞きたかった。8人の中でまともに考える素ぶりをすぐに見せたのは意外にも簪だった。

「……座学、どれぐらいダメなの?」

「えぇっと……中学生の時にやった模擬テストだと3割がやっとかな……」

「……何がダメ?」

「私、数学とか理系がからっきしダメで」

 シャルロットの苦手分野はマコトも共感できる部分であった。マコトの場合はなんとか前世のタッパもあり明らかに高校入試レベルを超えているIS学園の必須受験科目である理系教科を突破できたが、もし特に前世の知識などなく受けるとしたらマコトも藍越高校に入っていたと考えている。

「理系科目がダメとなりますと、文系……日本の、受験英語はどうですの?」

「うーん、それはなんとか…」

「比率的に文系を集中的にやっても得られる点数は最大でも4.5割…レイラ、これは」

「残る可能性は実技での教官撃破ですね。うまく行けば2〜3割はそれで補えますから」

 セシリアとレイラも集中すべき箇所を定めるために言う。シャルロットはオムライスを食べながら脳内になんとなくの目標を考える。途中途中、絶妙な濃さのチキンライスが思考を「美味い」と邪魔してくるが我慢した。

「文系と…あと理系の出来るところ全部抑えて、教官撃破すればギリギリ…いけるのかな」

「……とにかく時間がない。シャルロットさんはすぐに勉強を始めた方がいい」

「そうだね、簪。そうするよ。みんな、たくさん迷惑をかけてる上で、さらに迷惑かけちゃうけど…勉強、教えてもらってもいいかな」

 シャルロットが頭を下げる。全員、彼女に対して嫌そうな顔をする者はいなかった。

「シャルロット、大船に乗ったつもりでいろよ。きっと大丈夫だ」

「一夏。お前は人に教えられるレベルではないだろうが」

「箒…そうだけどさ」

 あくまでその場のノリで言ってしまった一夏に箒は言えた立場ではないと指摘してしまうが特に場の空気がわるくなることはなかった。

「シャルロット、昨晩も言ったが一夏と一緒に勉強お教えよう。一緒に勉強するやつがいるとモチベーションがあがる」

「ありがとう、ラウラさん。そうしてもらえると助かるかな」

 座学に関してはラウラがそもそも教えるつもりのため、残る実技面をラウラ以外のメンバーが教えることとなる。タッグマッチがある以上、その練習も必要で時期的にはちょうどよかった。

「実技面に関しては……私とレイラが教えましょう。一夏さんに教えている実績もありますし」

「教官を倒せるレベルとなると少々厳しいものになると思いますが、いいですか?シャルロットさん」

「うん!代表候補生に相手をしてもらえるなんて光栄だよ」

「お任せくださいな。どなたが試験官かは知りませんが、目にもの見せてあげられるようにさしあげますわ!」

「ならそういうことで」

 とりあえずのシャルロット勉強方針が定まったところで、話題は別のものにうつる。次の話題を切り出したのはマコトだった。

「実技…といえばタッグマッチ、みんなどうする?」

 タッグマッチの出場をどうするかと全員に問えばまず答えたのがセシリアであった。

「当然、私は出ますわ。レイラと共に」

「学生相手でもこちらの機体のデータは取らなくてはいけませんし、出ない、という選択肢はありませんね」

 セシリアに続きレイラもそう言って、二人がコンビを組んで出場することも判明する。マコトはレイラをパートナーの候補と考えていたので早速アテが外れてしまったが、一般人であるマコトと違い、セシリアとレイラは新型機のテストパイロット。前世ではインパルスという新型機のテストパイロットと専属パイロットを担当したマコトは仕方がないことだと判断する。

「セシリアたちが出るなら俺も出たいな。それに、あんときはエネルギー切れで負けたけど今度はそうもいかねぇ」

「あら一夏さん、リベンジですの?」

「おう。負けたままじゃいられねぇからさ」

 クラス代表を決める模擬戦でエネルギー切れという敗北を喫した一夏としてはタッグマッチはリベンジの場として丁度いいらしい。セシリアも受けてたつ、といった表情でマコトはいいライバルだなぁと思った。

「なら私も…と思うが、一夏は誰とタッグを組むんだ?」

「箒でいいんじゃね?」

「そうだな。それでいいか」

 あまりにあっさりと箒と一夏のタッグが完成する。マコトは、それはいいが気になったことがあったため箒に問いかける。

「箒、確か飛べないんじゃ」

「そうだな」

 マコトが聞きたかったのは箒がISで飛行できないという点だった。箒は入試の際、どうしても飛行するイメージがわかず、地上に仁王立ちのまま空中から銃撃を全て切り払うという神業で実技を突破しており、それからISには乗っていないため当然飛行はまだできないのである。

 箒もわかっているのかさも当たり前だと言わんばかりの表情で答えた。

「そんな自信満々に答えなくても」

「しょうがないだろう。事実だ」

「飛べないとキツくね?」

「跳躍して斬ればいいと考えていたがそれでは隙も大きいな。何か手を考えよう」

「後で千冬姉に聞いてみようぜ」

「だな」

 二人の会話を聞きつつ、あぁいつもの脳筋で全部片付けそう…と察したのでマコトはこの二人組はいいやと考える。シャルロットに次は視線を動かすが、彼女は首を横にふる。

「え?シャルロットは出ないのか?」

「一夏、試験もあるし…あと、立場的にあんまり目立っちゃうとね」

 シャルロットは本国でもデュノア社のテストパイロットとしては非公式の存在なためあまり目立つことはできない。一応、彼女に与えられ、脱走未遂の際使用していたIS“ラファール・リヴァイヴ・カスタム”はデュノア社の最新機種の一つであるためイギリスの二人同様に戦闘テストはこなさなくてはならないのだが、父からは急ぎでなくていいと言われているためタッグマッチは出ないことにしていた。

「そっか。そういえばシャルロットがIS乗ってるの見たことないんだよな。マコトとレイラは見たんだっけ?」

「まぁね。悪天候でもあれだけ飛ばせるならすごいと思うよ」

「ありがと、飛鳥さん。でも、それを言ったら飛鳥さんも」

「そうかな?そんなことないよ」

 お互いに謙遜し合うマコトとシャルロットに、レイラが「少なくともシャルロットさんも代表候補生並ですよ」と決着を付け、一夏は彼女の実力を認識する。

 一夏には、思うところがあった。これまで、サイレント・ゼフィルスの一件では火事場の馬鹿力でトドメを刺したものの、ついこの前のシャルロット脱走未遂事件では前髪を切られた挙句、彼女を止めることもできなかった。それは誰も一夏を責めることでもないし、周囲も泳がせていたということもある。

 それでも彼は少なからず心の奥で考えてしまう。力がない、と。姉と同じ剣を持ちながら、自身が弱すぎると。誇りや、何かの気持ちがあるわけでもない。ただ、本当にこのまま、ただ流されるだけ流されていいのだろうかと。

 姉が世界で剣を振るっていた時、何かに悩んでいたことにも気がつけず、全てが終わってしまい知ることができなくなっていたことに一夏はこのままでは同じことになると思っている。

 マコトも箒も、そんな一夏の内心には気がつけない。近すぎて、見えていない。

「それで、マコトはどうするんだ?」

 心のうちなど全く反映していない声と表情で一夏はマコトにタッグマッチのことを聞く。マコトはレイラという候補が先に取られたので、そうなってしまえばもうパートナーは一人しかいない。

「うん。あたしも出るよ。簪さん、いいかな?」

「…っ!え、ぁ…うん」

 横にいる簪に顔を向けてマコトが誘えば簪は頬を赤く染めて頷く。ラウラを除く二人以外の全員が簪に同情してしまう。マコトがあまりにも鈍感すぎる。一夏ですら簪が明らかにマコトのことを(恋愛的な意味で)好きということがわかるレベルの反応だと気がついているにも関わらずである。

「よかった。簪さんなら安心だね」

「……わ、私も、マコトさんとなら、頑張れる、よ?」

「ほんと?嬉しいな」

 ニコニコとしているマコトに簪も微笑み、一気にテーブルの空気が甘くなる。レイラは内心「頑張ってください」と簪に言うしかない。

 これで残るはラウラだが、彼女は「警護任務があるから無理だ」とそもそも出場する気はないという。それもそうだと全員納得し、このテーブルにいるメンバーからは3組が出場することになった。

「しかし、簪さん?そちらの専用機は直りましたの?」

 セシリアがふと簪に聞く。打鉄二式が大破しているのはセシリアもサイレント・ゼフィルス戦に居合わせているため知っているので気になっていた。簪はセシリアの質問に首を横に振る。

「ダメ。まだ直ってない。この際だからって不足していた部分も完成度8割まで持っていこうとしてるから、タッグマッチが終わった後かな……来るの」

「それは残念ですわね。となると本戦時はお二人とも量産機でということですか」

「そうなる」

 タッグマッチの規定は昨日時点で配布されており、特に専用機勢への制約はない。そのため、専用機持ちが勝ちやすい。ただし、IS学園に持ち込まれる新型機は実験機のようなものが多いため、レイラのように逆に実戦装備が施され持ちこまれる例は稀で、大抵は弱点をつけば量産機でも勝利の目はある。

「マコトもそうなると量産機ですが、どうするのですか?」

「うーん。打鉄になるかなぁ。ラファールも悪くないんだけど、小回りが打鉄ほど利かないから」

 レイラに聞かれマコトは搭乗機を答える。現状、一番搭乗している機体で、頭打ちこそ早いが機体の操作性という点では気に入っているための選択であった。

「ラファールはよく出来てるとは身内の贔屓目抜きに思うけど、やっぱり日本ほど追従性がよくないからね」

 自社製品が選ばれなかったせいかシャルロットがそんなことを言う。代表的なラファール・リヴァイヴ、フリカアトラ、打鉄の3機の中で機体操作の反応が一番いいのが打鉄である。シンプルでかつ、ダイレクトな操作感のため近接格闘戦を得意とするIS乗りにはその点が好まれている。

 マコトも前世の戦法から打鉄の操作感が気に入っているということもあった。

「…私はラファールも嫌いじゃない。けど、フリカアトラはダメかな…」

 簪がシャルロットにそのように言えば少し嬉しいのかシャルロットは照れ臭そうに「ありがとう」と応えた。簪がフリカアトラを苦手と言ったことがISは白式しか知らない一夏は気になったのか全員に聞くように質問した。

「なぁ、その、フリカアトラってやつ、この前の授業で2組のコメットさんたちが使ってたけど難しい機体なのか?」

 この質問に応えたのはラウラだった。

「あぁ、難しい。コメット姉妹…というのはカナダのか?ここにいるのだな。…まぁ、それはともかく、フリカアトラは現在主要な3機の中で一番操作が難しい。なんせ、一部からは飛行機扱いされるぐらいだからな」

「どういうことだ?」

「簡潔に言うと、ISだがイメージだけで動かそうとすると失速などを起こしやすいということだ。管制制御システムのおかげで墜落はしないが、機動中バランスを崩してしまうということが多い。慣れてくるとわざと崩してスラスターを強制噴射、高速で多角移動もできるが曲芸の類だな」

 なんとなくだが一夏はラウラの言っていることがわかり、コメット姉妹の軌道を思い出す。初動は確かに直線的な動きを連続して行なっていた。その後も、ISというよりはもっと別の、それこそ戦闘機のような動きがあったような気がした。

「ラウラさんとシャルロットさんはいなかったけど、前に山田先生と2組のコメット姉妹が戦った時、初動はドッグファイト狙ってたもんね」

「マコトさんはよく見ていますわね。フリカアトラの十八番といえば追撃戦です。機体を相手に垂直に向けられれば最大火力を発揮できますから」

「つまり、俺には絶対無理ってことでいいか?」

 一夏の出した結論に隣にいた箒も「戦闘機を飛ばすイメージはわからん」と同意して頷いている。マコトは一夏が最初からISに対しての搭乗イメージを人形と固定しているため無理だろうなと思い、そうだねと頷く。

 しかし、今の話を聞いているとマコトは前世でコアスプレンダーを使用して渓谷の洞窟抜けという経験があるため、以外とフリカアトラもいけるのでは?と考えたが、足並みをそれでは簪と揃えづらいと考えて打鉄しかないと思い直す。

「そういえば、今話題に出た二人もタッグマッチは出るのだろうな…」

「そうですね、箒さん。むしろ、あの二人にとっては本領発揮というところでしょう」

 箒の言葉にレイラが答える。最初からコンビネーション前提で戦っているコメット姉妹。彼女たちが最大のライバルだとここにいる3組は考える。

「ふふっ。だとしても、私とレイラも祖国では“蒼の姉妹姫”と呼ばれておりますの。負けませんわ!」

「だからこそ、足元を掬われないようにしましょう。あの二人はすばしっこそうですから、こちらのビットに捕まるかどうか」

「弱気ですわね、レイラ。私があなたに勝利をしっかりプレゼントしますわ」

「そう言って頂けるのは嬉しいですが…まぁ、仮想敵はあの二人にしておきましょう」

 自身満々なセシリアにレイラは苦笑いしつつも、彼女のためにしっかりとこれからのことを考える。ここまで彼女が張り切っている理由をレイラは知っている。

「(……そろそろ——も近いですし…いいご報告をしたいのでしょうね。そのあたりの話も、来週くるという父上にも聞いてみましょう)」

 年に一度の特別な日。決して祝事ではないが、この場にいる中でセシリアとレイラしか知ることのないある意味、この世界おけるレイラ・デュランダルとセシリア・オルコットの生き方を決めた日。

 堂々と胸を張り、明るく笑うセシリアにレイラは彼女の進む先に憂いがないよう、タッグマッチは万全を期して挑もうと決めるのだった。たとえ、マコトが相手であっても遠慮する気はこれっぽっちもない。むしろ、逆だ。

「(アカデミーではモビルスーツ戦、負け越していましたね。今度はそうはいきませんよ)」

 レイラにとって、マコトは親友でもありライバルだ。今世では余計なしがらみもなく、彼女と戦うことができる。条件はマコトに不利だが、マコトは逆境であればあるほどその力が増すとレイラは今まで目にしている。

 可能性。たった1%でもそれを掴み取り前へ進み続けたシン・アスカ。それを継ぐ飛鳥マコト。レイラの瞳がマコトを見る。かつてのように自身を愛する少女を連れ、いずれ相対するマコトに、レイラは僅かながら気分が昂るのであった。

 

 

 束は鎮まり返った夜中の研究室であるデータを確認していた。画面上には数値やグラフが幾つも浮かび、人体のマップも明滅している。

「……興味深いね。この機械自体はオモチャだけど、れーちゃん自体の“力”。BT適正なんて呼ばれてるけどこれそんなちゃちなモンじゃないでしょ」

 そこにいたのはマコトや千冬、一夏や箒などが知らない狂気的な研究者として束だった。一人の時に顔を覗かせるそれは、別世界では本来の束の姿であり、この世界では興味深い事象があると現れる“徹底追求”したくてしょうがない時の顔だ。

 コズミック・イラから来たレイラ・デュランダルという少女だからこその力なのか、それとも“今世”におけるレイラ・デュランダルの体が持っていたものなのかはわからないが、束は“あの夜”以来、久々に不条理な力に対して頭を働かせている。

 実家には敗北し、今診ている患者も解明できない。ならば、と新しいものに彼女は手を出している。

「…コアのジェネレーターが出してる“粒子”を拡大化された脳波で制御してる…?天然の重力制御ってこと?それがもし極限まで高まれば…」

 キーボードに手を走らせ、束はデータを打ち込んでいく。レイラ・デュランダルという少女が…もし全てを犠牲にしてでもその“力”を解放したらどうなるのか。

「……あは♪」

 画面の中で、めまぐるしく数値は動き、次第にエラーを連鎖させる。それでも束は機材に演算を続けさせる。そうしていけば、ゆっくりとエラーは消えていき、数値が可視化される。叩き出された結果に、束は満足げに笑みを浮かべる。まさにそれは彼女にとって最高の結果だ。

「もし覚醒したれーちゃんが黒騎士に乗れば……うん、すごいことになりそうだね」

 思い人に次ぐ“可能性”の塊をレイラに束は見た。できれば束はここで、レイラに頼まれていたBTシステムの解析どころか、秘密裏に改造までしてレイラの“覚醒”を促してみたかったが、マコトの友人であるためやろうとは思わない。

 それに、強制的に何か改造してそこまでするのは束のポリシーに反するのだ。

「将来が楽しみだねぇ。あのクソ野郎どもと違って自然にいろいろ生まれるのが一番だ」

 滅した者たちの理想よりも遥かに自らの方がいいと束は自負しており、レイラはまさに彼女の理想的な存在だった。

「…ま、それは置いといて。一昨日のお昼にも異常値が出たと。無意識に発動してるみたいだし、ちょっと抑制させたほうがいいかな」

 別のデータを束が開き、そこに一昨日の日付のBTシステム稼働ログが表示される。ちょうどお昼時にシステムが稼働し、シャルロット追撃時のような異常値を叩き出している。

「あのクソ野郎どもの手がかかってるし、やっぱ抑制しとかないとそのうち、れーちゃんの魂が持っていかれちゃいそうだね。そもそも魂ってものの概念がわからないけど…」

 なんの証明もできないが束はこのレイラの状態が危険だと判断している。魂という不確定なものだが確かに存在するそれから直接発せられているような力だと束は思うのだ。それが脳波として出てきている。出るということは何かを削ってしまっている可能性もある。

「ま、そもそもあんな可愛い子にクソ汚いもん付けとくの嫌だし、こっそり増幅装置壊しとこ」

 レイラが次に来る時はいつだったか。束は日付を確認しつつ、予定を組む。

「…そうだ。せっかくだし、れーちゃんにくーちゃん外に連れて行ってもらおう。ここんところ篭りっぱなしだし」

 それはちょっとした親心から出たものだったのかもしれない。だが、束は知る由もなかった。その選択がとんでもない事態を引き起こしてしまうことになるとは——。

 




そろそろ明かしたいセシリアの身に降りかかったこと。
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