IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-24「ワールドパージ」

 シャルロットと一夏にラウラが勉強を教え始めてから約一週間が経過し、保護者校内ツアーの開催の前日の夕方。マコトと簪はようやくアリーナの予約が出来たため、それぞれISを纏ってアリーナ内にいた。効率的に練習を行うため、クラスメイト数名も一緒に練習を行うことになり、さやかもその中にいた。

「へー、二人がタッグって聞いたけど案外様になってるねー」

「そうかな?」

 まだ搭乗時間の少ないさやかや他の1組の生徒はまず基本の動作を確認していたが、マコトと簪はいきなり戦闘機動を取ってのイメージトレーニングを行なっている。マコトは打鉄に、簪は打鉄に二式開発の中で生まれた選定落ちパーツを組み込んで高性能化した打鉄丙型・火蜂を纏っており、さやかから見た二人は非常に強そうに見えた。

 マコトと簪の行った戦闘機動はそれこそクロスレンジでの衝突を防ぐための混戦想定のもので、周囲から見れば曲芸のような動きを主にマコトが連発していたため非常に絵になった。

「簪さん、どう?いけそう?」

「……問題はないと思うけど…マコトさん、あんなに動けるんだね」

「意外?」

「ううん。期待通り」

 簪から見たマコトの全開機動は驚くほど素早く、少々型は違うとはいえ同じ打鉄を扱っているとは思えなかった。これは簪の打鉄丙型が小回りを犠牲に加速力や非固定のスラスターユニット内蔵のビーム・キャノンで打撃力を高めたものであるため、その差もあったがそれにしてもである。

 さやかも代表候補生だと聞いている簪の綺麗な機動にさすがだと思っているが、マコトは明らかにこなれた動きで機敏な姿を見せていたことに驚いていた。

「こりゃ二人が優勝かな?」

「さやか、それはわかんないって」

「………他に、専用機乗りもいるから」

「だけど、結局こういうのって腕じゃない?」

 実力で高性能機をねじ伏せるというのは簪としては大変浪漫あふれるものだが、実際にこうして直面すると厳しいものがある。既に素人の一夏搭乗とはいえ、量産機以下の性能の打鉄二式でそういった状況の戦い辛さは実感している。

「まぁそうだけど。レイラあたりとか正直自信ないんだよねぇ」

「レイラさん?」

「そうそう。セシリアさんもすごいけど、レイラもビットの動き凄まじいんだよね」

 レイラというマコトが知る限り最強のオールレンジ兵器使いにマコトは頭打ちが早い打鉄でどこまで出来るのか不安だった。ビットさえ封じ込めてしまえば五分だが、ダイヴトゥ・ブルーは近接装備のナイフが非常に厄介で、射撃武装を失った途端にレイラとセシリアは中距離からの撹乱しつつの射撃戦から、レイラを前衛にセシリアを後衛へとフォーメーションを切り替えてくることだろう。

 セシリアは未知数だが、マコトはレイラが近接格闘戦も不得意でないことを知っている。何より、前世ではアカデミーのナイフ戦でかなり苦労させられた。

「おまけに身のこなしも隙がないし。どう攻略すべきか考え中だよ」

「へぇ〜、めっちゃ強いんだレイラさん」

「………マコトさん、彼女の評価が異様に高いの、気のせい?」

「え?そうかな?」

 簪にレイラへの評価が高すぎると嫉妬混じりに言われてしまい、彼女は言い訳をどう言ったものかと考える。前世のことは言えず、さやかがいるので脱走騒ぎ時のことも言えない。

「えぇっと、ほら、一夏の練習私も見学してたことがあってさ。そのときにレイラの動き見てたの。あとほら、クラス代表戦の時も」

「……そう」

 とりあえず簪は納得したのかそれ以上は聞いてこない。さやかは苦労してるな〜と友人のことを面白がりつつ、手に出したブレードを弄んだ。

「しっかしすごいよねー、剣でろーって思うとこうやって出るし」

「ISのイメージ操作って、画期的だよね」

 本来、量子格納庫に入っている武器を出現させるには練習がそれなりに必要なのだが、さやかはすぐにコツを掴んでいたのでこうしてマコトたちとお喋りを興じている。ちなみに、さやかのパートナーはルームメイトで1年2組のティナ・ハミルトンというアメリカ人の少女だ。

 そのティナはまだアリーナの隅で基本動作の練習をしている。

 マコトはこのISの操作を画期的だと言った。前世でもモビルスーツの武装展開などはあらかじめ入力してあるモーションからセレクトして装備できたが、今世のISは想像すればもう手の中に装備があるのである。戦技の中にはラピッドスイッチと呼ばれるあらゆる武装を瞬時に展開し、入れ替えを繰り返し一人で飽和攻撃を可能とするものがあるがマコトは装備の好みの問題と打鉄の量子格納庫の容量の少なさから練習はしていない。

「この目に映ってる情報もさー、これ知りたいっていうのすぐに出てくるし、コンピューターが優秀なんだね」

「さやかは結構感覚派?」

「そうだよマコト。私結構、感覚でやっちゃうこと多いから、逆にティナみたいに理論的にやろうとすると慣れるまで大変みたい」

 マコトはなら感覚派よりの箒がなんで飛べないんだと考えたが、彼女が変なところ真面目なのを思い出して、論理的に人が単独で飛ぶということを理解できなかったのだろうと思った。脳筋気味とはいえ、この二ヶ月でISの理論的な部分にも触れてきたため、流石に入試の時のように飛べないということはないとマコトは思いたかった。

 でないと、箒は攻撃するたび、地走と跳躍を繰り返すシュールな絵になってしまう。

「ねぇ、マコト。せっかくだし私と模擬戦してくれない?」

「え?あたし?」

 突然、さやかがそんなことを言ってくる。マコトはまさか勝負を挑まれるとは思わず驚いてしまった。

「いきなり代表候補生に勝負を挑むのもね」

「ふーん。つまり私は前座と」

「いやいや、そんなつもりで言ったわけじゃなくてね。恐れ多いって意味」

 恐れ多い。そんなことを言われたのは簪にとって初めてのことでちょっと照れてしまう。マコトはさやかが侮っているわけではないとわかっていてあのように返したが、意外な友人への目線に気がつけて嬉しかった。華々しくはないが、ひたむきな簪の姿勢をマコトは知っている。その努力に裏打ちされたものが一夏との戦闘で見せた不完全な機体をコントロールして見せる技量だった。

「そっか。じゃあ、やろっか。下の子たちもISつけてるし、このまま」

「オッケー。ルールとかは?」

「実戦形式でいこっか。時間的にもちょうど1戦したらいい感じだね」

「それならせっかくだし、ティナも入れてやっぱり4人でやらない?」

「簪さんが恐れ多いんじゃなかったの?」

「まぁそれはそれ。うまい人と戦うだけでも勉強になるからね」

 前向きなさやかは通信で彼女のパートナーを呼ぶ。すると、上空に上がってくるフリカアトラが一機。乗っているのはアメリカの少女だとすぐにわかる金髪青目の少女だった。髪は肩より少し長く、顔立ちはIS学園の生徒に例を漏れず可愛らしい。肉付きの良い体のラインがスーツ越しに出ていた。

「さやか、どうしたの?」

「ティナ、今からこの二人と模擬戦しよ」

「えぇ!?そんなの無謀すぎない!?」

 ティナはさやかにそう言われ目を見開く。ティナはサイレント・ゼフィルス襲撃時に逃げるのが遅れた生徒で、最後にレイラとセシリアが逃した生徒でマコトがサイレント・ゼフィルスと戦ったことを知っている数少ない生徒だ。更にその相方が日本の代表候補生となればもはや戦いにならないとティナは思った。

「私、飛ぶのもフラフラなんだけど」

 ティナが言う通り、3人に合流するために上昇をしたがその動きは覚束なかった。おまけに操作イメージがまだ不完全なのかスラスターを一瞬誤操作して吹かしたり、戦闘機動が取れるかも怪しい。

「けど、せっかくの時間だし戦ったことがないのにいきなり本番でっていうのも無理じゃない?」

「そうだけど」

「………ハミルトン、さん?」

「あ、はい。そうですよ」

 簪が珍しく初対面の相手に声をかける。マコトは少しだけ驚いたが、ティナとさやかの様子を見て、話しかけてもいいと判断したのかもと思った。

「えっと……どうして扱いづらい…フリカアトラを?」

 指摘したのはティナの乗るISだった。フリカアトラ、アメリカの第二世代機であり主力機。経験者が乗ればトリッキーな動きから堅実な動きまでこなすことができる限界性能の高さがウリだが初心者では性能をまとも引き出せない難易度の高い機体であり、ティナが選ぶにはあまりにも向いていない機体だ。

 簪は何故それを選んだのかまずは気になった。

「えっと、これ選んだのは……コニールちゃんが使ってるのと同じだから、かな」

「……それだけ?」

「そ、それだけ」

 簪は理解できないといった様子だが、マコトは思い当たるものがあったため、フォローするように口を開いた。

「簪さん。2組、みんなコメット姉妹のファンみたいだから」

「つまり、推しと同じものを付けたい、ってこと?」

「そうそう!そうなの!」

 的確な「推し」という言葉が簪から出たせいかティナは興奮気味に同意した。さやかは苦笑いしている。

「だからこの機体で頑張れたらなーって」

「……まぁ、練習すれば伸び代のある機体だから…」

「そうなんだ。じゃあ頑張らないとね」

「よしよし。それなら模擬戦、いいでしょ」

「いいよ、さやか」

 ティナが乗り気になってくれたおかげで、無事模擬戦が出来る流れになったとさやかは満足げだった。

 そうしてその後、時間一杯まで模擬戦が行われたが、結果はさやかとティナのボロ負けであった。しかし、さやかもティナも敗北から学ぶことが多かったのか、マコトにも簪にも模擬戦後、多く質問をし、簪はあまり普段はたくさん喋らないせいか練習後疲れ切ってしまっていた。

 だが、二人がそのまま夕食をとって寝るということはできなかった。マコトの元にレイラから悲鳴のような通信が飛び込んできた。

 セシリアが昏睡状態に陥った。そんな、凶報が。

 

 

 

 セシリアについての知らせを受けたマコトと簪は疲れた体を動かして運び込まれたというIS学園の保健室へと走る。放課後で校内にいる生徒はまばらのため、二人はスムーズに保健室まで向かうことが出来、到着すると勢いよく扉を開いた。

「レイラ!セシリアさんがって!」

「マコト…」

 息を荒くしながら中に入りマコトが言えば、保健室の一角にあるベッドに寄り添っていたレイラが不安げな顔をしてマコトの方へ振り向いた。前世でも見たことがない泣きそうな顔に、マコトは尋常ではない事態が起きていると悟る。すぐにベットまで駆け寄り、マコトはそこに伏している人物を確認する。

 セシリア・オルコットがまるで死者のように顔を真っ白にして息をしていた。

「ッ………」

 思わずマコトの頭に、看取った少女の顔が過ぎる。苦々しい顔をするマコトに、簪がまた知らない顔だと感じた。

 マコトはなんとか冷静になろうとこの場にいる人々を確認する。まずベッドの周りにいるのがレイラ、箒、一夏、シャルロット、ラウラ。そして、マコトと簪のいつものメンバーだ。あとは、7人から距離を少しとって、シャルロットの母であり今はこの学園の保険の先生であるシエラが白衣姿でおり、そこに並んで七槻しばね姿の束と千冬、こちらも普通でないまるで罪人のように丸椅子に座る制服姿のクロエがいた。

「マコト、大丈夫…じゃないな、その顔」

「当たり前でしょ、一夏。こんな友達がいきなり倒れて…それに、血の気が失せてるなんて…」

「ごめん。そうだよな……それで、デュノア先生、どうなんですか。セシリアの状態は」

 一夏がセシリアの容体を問えば、シエラは困ったような顔をしながら語り出す。

「……異常はない、かな」

「ですが、こんなにも生気がないのは…!」

「うん。レイラちゃんだっけ?シャルのお友達の。君が今握ってる手は温かいでしょ?」

「それは」

「私が“診て”もどこにも異常がなくて、えっとぉ、七槻先生にもバイタルとか診てもらったけど、なんにも異常はないんだよ」

 シエラの言葉にそんなはずはないとレイラや生徒たちは言いたかった。明らかにセシリアの状態が外から見ても異常だとわかるのに、数値や診察では異常がないというのだ。

 母に再確認するのはシャルロットだった。

「母さん……あぁいや、デュノア先生。本当に異常はなかったの?」

「うん、ないよ〜、シャル」

「そんな…」

 シャルロットは知っている。シエラがただのお気楽で能天気な母でないことを。シエラが持つ特別な“瞳”は看護師時代から人を“診る”ことで何かとその異常がすぐにわかるというある種の異能だった。それをこの場で知るのはシャルロットと本人だけだが、近侍するものとしては篠ノ之神社の霊地や束の“患者”であるスコールの“力”。IS存在以前からこの世にある不条理な力の一端だった。

 だから、そんな母がなんの異常もセシリアから見れなかったことが信じられないという気持ちでシャルロットはセシリアをちらりと見る。明らかに健康でない姿だ。

「…それで、そちらの教員は」

 ラウラが睨むように七槻しばねを見る。束は変装のせいで不機嫌そうな顔を更に不機嫌にしてラウラを睨み返す。束本人としても初対面の人物に…加えてこの状況を作った無自覚な元凶にそのような不遜な態度をするのは腹が立つ。

「織斑先生、そちらの生徒は随分と礼儀がなっていないようですね」

「七槻先生。今は礼儀の話をしている場合ではない。何がオルコットに起きているのか説明をお願いしたい」

 事情を知らない者が見れば千冬がお願いしているように見えるが、実態は千冬が「無駄なこと喋らずさっさと言え束」と言っている。束は千冬に言われ仕方がないとため息をつきながら話し始めた。

「……そこのセシリア・オルコットの状態だが、基本的にはデュノア先生の言う通り、あらゆるデータが“健康”と示している。決して脳死のような状態ではない。脳波も観測されている」

「しかし、昏睡しています」

「れ…デュランダルさん。あなたの言う通り、昏睡しているのも間違いではない。それも、データ上は異常がないが、異常な状態で彼女は今眠り続けている」

 七槻しばねはベッドの側まで歩み寄り、セシリアの首に触れる。確かな生者の温かみはあるが、その肌は陶器のように冷やかに見える。異常な状態、七槻しばねが言ったそれは誰でもわかる。

 では、何故診察で異常がないとハッキリ言い切れるのに七槻しばねは異常だと言い切れたのか。

「七槻先生……と言いましたか。まるであなたは原因を知っているようだ」

 箒の抜身の刀のような剣呑な瞳が七槻しばねを見る。箒はわかっている。一目見た瞬間に、この七槻しばねが“篠ノ之束”であることに。できることなら今すぐ斬りかかりたいが、友人の非常事態にそれだけは抑えている。

「彼女は私の友人だ。原因はなんですか、誰が元凶ですか」

 七槻しばねとしては箒に負けじと平静を装うが、内心は悲鳴をあげそうになりつつ束は唐突に指を差した。

「原因の一つは……君だ」

「なに?」

 しばねの指が差したのはラウラだった。全員がラウラに視線を向け、レイラは信じられないといった顔をする。いきなり犯人扱いされたラウラは病室であることを考慮してなんとか怒りを抑えつつも、ひどく憤慨した表情をしばねに返す。

「私はただ、セシリア、レイラ…あとはそちらに座っているクロニクルという生徒の近くを通りかかっただけだぞ。それだけで人をこのようにするなど、悪魔か何かなのか私は」

「何も君を犯人に仕立て上げたいわけじゃない。トリガーの一つだったと言いたいんだ」

 しばねがベッドから離れ、クロエの側に戻る。マコトがよく見れば、クロエは泣いている。静かに、しかし、涙を流しながら。外に出る時はしている外付けハイパーセンサーはなく、目蓋を閉じているため泣き腫らしているかはわからない。

「デュランダルさん。君たちは学園のテラスでクロエくんとお茶をしていて、そこの銀髪の生徒が通りかかった瞬間に彼女は倒れたと言ったね」

「えぇ……ですが、ラウラさんがそのような危害を加えたとは」

「だからトリガーだと言っている。……心苦しいが今回のセシリア・オルコット昏睡を引き起こしたのは彼女、クロエくん……正確に言えば彼女が持つ専用機“黒鍵”の単一機能のせいだ」

 全員が絶句する。クロエの泣き声は止まらない。

「わた、わたしの、せいで、セシリアさんが、セシリアさんが、こんなことにっ」 

 あまりに悲痛な声に、レイラもマコトも、他の面々も彼女に何が起きたのか問う気が起きない。何より、このクロエの様子を見れば、初対面である一夏や箒も何らかの事故でこんなことが起きているとわかるし、責めようという気はしない。

「ISだと?しかも単一能力?そんな人間を直接的に昏睡させるような機体など聞いたことも」

 ラウラが当然の困惑を示す。これまでのISはあくまで人型の機動兵器であり、このように直接人間に作用するようなものはなかった。だが、クロエの専用機はそうだとしばねは言ったのだ。

「……君たちを信用して言おう。クロエくんは決して目の疾患だけで特別学級にいるのではない。彼女のISはこの世に一つしか存在しない“生体同期型”だ」

「七槻先生、それは一体」

 マコトが震える声で問う。生体同期。それが意味することなどすぐにマコトには理解できる。だが、幼馴染みの助手がそんな状態なのだと信じたくなかった。

「読んでそのままだよ。クロエくんの体にはISがあり、そのISによってクロエくんの不安定な体をなんとか普通の人間と同程度の生活ができるように支えている。正確にはISとして組み込んだ生命維持装置と言った方が正しいか」

「クロエ先輩が、そのような」

 レイラも、ラウラとの関係性はある程度考えていたが、そんなことよりも信じられない情報にクロエを見つめてしまう。見た目は普通の少女だというのに、この華奢な体にISが入っているというのだ。

「そして、この彼女の体にあるIS“黒鍵”は性質上搭乗者のイメージ操作を強く受ける。これは生命時装置として必要な機能でもあり仕方がないものだったのだが、今回はそれが裏目に出た。そこの銀髪の生徒を見た瞬間、精神的ショックを受けたクロエくんが単一機能を暴走させ、セシリア・オルコットに使ってしまったのだよ」

「私を見て精神的ショックだと、どういうことだ!?」

「落ち着けラウラ」

「教官…しかし、いえ……理由が、全く見えません」

「君は自らの容姿に無頓着なのか?クロエくんを見て何も思わないのか?」

「何を……」

 しばねにまるでゴミを見るような目で見られ、ラウラはいよいよ噴火しそうになるが、言われた通りクロエをよく見る。ここに来るまでつけていたバイザーのようなものがなくなり、素顔が今はよく見える。

 銀糸のような髪に、整った愛らしい顔つき。だが、見れば見るほど“他人のようには見えない”感覚が彼女を襲う。

「……なんだ、あなたは。あなたは一体、なんだ。誰、なんだ」

「“君”だよ。銀髪の生徒」

「馬鹿な…!仮にそうだとしても貴様何故それをっ!」

「ラウラ!」

「ぐっ…!」

 千冬に止められ、ラウラは椅子に座り直す。今の問答でラウラとクロエの関係を理解できたのは最初から想定していたレイラ以外に、マコト、簪、シャルロットだった。

「……それって…」

 簪が思わず聞こうとするが、それをしばねは遮る。

「だが、それは重要ではない。あくまでトリガーでしかない。問題はクロエくんが暴走させてしまった“黒鍵”の単一機能“ワールド・パージ”のほうだ」

 しばねの口から出てきた“ワールド・パージ”という聞き慣れない言葉。しばねは説明を続ける。

「この単一機能の特徴はISを装備している相手にISコアネットワークからコアに接続している精神に直接働きをかけ、幻覚やISコアの演算機能を生かした“夢”を見させるというものだ」

「そんな単一機能がありえるんですか!?」

 シャルロットが驚愕するのも止む無しだ。ISの開発企業としては単一機能というものは喉から手が出るほどほしいもので、作り出すことができない、専用機のみが長い間搭乗者と戦い続け発現するしかない。

 代表的な千冬の“零落白夜”も千冬が戦い続け、彼女を理解した白騎士コアが生み出した“この世全てを斬り裂く剣”なのだ。武器でない単一機能など彼女は考えたこともなかった。

「一つ講義をしよう。単一機能のことは話しましたか、織斑先生」

「いいえ」

「では……単一機能とは量産機のように搭乗者が固定されていないものには生まれない特殊な能力だ。専用機のみにしか発生しない、ISコアが搭乗者を理解し、無から生み出す概念装備…故にその機体以外では再現できない。搭乗者の持つ心象風景を起動トリガーとするからだ」

 しかし、このしばねの説明には矛盾が生じる。一夏の白式という別の搭乗者の発現した単一機能を使用可能としたISがあるからだ。当然そこは一夏に突っ込まれた。

「けど、七槻…先生だっけ。俺の白式は織斑先生のと同じ能力を使えますよ」

「君の場合は例外なのだろう。織斑先生の弟だからなのかどうなのか……」

 束は実際の理由を知っている。千冬と一夏の生態データが一切変わらないのと、白騎士のコアAIの成長度合いが他のコアと比較にならず、人に対しての理解度が高いためだ。一夏の場合は白騎士が判断して一夏に使わせている面もある。

 だがそれは言えないため、あたりざわりない言葉で濁される。

「……一夏の場合は男性操縦者、だから未知数なのかもしれない」

 シャルロットはしばねの言葉に納得したのかそう言う。彼女のおかげで一先ず場は一夏は例外と落ち着き、しばねは話を続ける。

「話を戻そう。心象風景…つまりは搭乗者の心と距離が近ければ近いほど、その発現は早くなる。加えて、クロエくんの単一能力の発現は戦場とは遠く離れた場所でのことだ。……何故このような機能になったかは彼女のプライバシーに関わるので伏せるがね」

「……戦場とは関係ない場所で生まれた単一機能。それはわかりました。では、何が彼女に起きているのですか」

 通常の単一機能とはかけ離れた能力はわかったが、ではその力がセシリアに何をしたのか。レイラはしばねに問う。しばねを…束を見つめる青い瞳には怒りと悲しみと、束に向ける信頼が見えた。この状況をどうにかできるはずだ、という。

「(……大丈夫だよ、れーちゃん。私は薄情だけど、外道じゃないからね)」

 本当は声を大にしてなんとかできると束は言いたいが、この状況ではそうもいかない。だから七槻しばねとして冷静に答える。

「今、セシリア・オルコットに起きているのは“ワールド・パージ”による“夢見”だ。より具体的に言えば、ISコアの演算機能を使った仮想現実世界にダイブしている状態だ。VRゲームというものを君たちは知っているかな?」

 しばねの問いかけに、簪だけが手を挙げた。

 マコトのルームメイト、として一方的に知っている存在と言葉を交わすのはこれが初めてだと束は思いながら簪を見た。

「君は」

「……更識、簪です」

「そうか。君はVRゲームがわかるようだね」

「けれど、あくまでそれは視覚で訴えかけるようなもので…精神をフルダイブさせるようなものはまだ空想の域…のはずです」

 簪の言う通り、この世界においてもVRゲームはあくまでヘッドギアを頭につけて視覚的に訴えかけるものでしかなく、精神を直接ゲームに取り込むようなものは出来ていない。

「だが、実際に起きていることはそういうことだ。言わば、セシリア・オルコットの精神はブルー・ティアーズの中に閉じ込められている状態だ」

 セシリアの耳に付けられたブルー・ティアーズの待機形態であるイヤーカフス。そこに今、セシリアはいるのだとしばねは言う。だが、それでも解決策はわからない。一夏は「じゃあ外せば…」と言うが、しばねは「そんなことをすれば彼女は植物状態になる」とはっきり告げた。

「なら、どうすりゃいいんですか。このままじゃセシリアが」

「一夏、お前も落ち着け。そのために先生を呼んだんだ」

「待たせて申し訳ないが、解決策を教えよう。クロエくんのこの単一機能だが正常作動すれば危険なく起こせるが、今回のように暴走すると外部から単一機能で起こすことに大変なリスクが発生する。具体的に言うと精神が崩壊する。それを避けるためには、内部から対象者を起こす必要がある」

 内部から起こす。意味不明な内容だがレイラは「まさか」と声を漏らす。

「七槻先生。まさかとは思いますが、我々でセシリアの夢の中に入り込むということですか」

 レイラの答えに、しばねはにやりとした。

「正解。その通りだ。細心の注意を払い、セシリア・オルコットのISの待機状態端末にこのコードを繋ぎ、同じく今ISを持っている者たちの端末に繋ぐ。その上で、クロエくんが単一機能を使用し、繋げたものたちをセシリア・オルコットの夢の中、正確にはブルー・ティアーズが展開している仮想空間へ飛び込んで、彼女の精神を救出してもらう」

 しばねが取り出したのは待機状態のISをメンテナンスするための接続用コードで、通常であれば片方がISの差込用、もう片方がパソコンなどのUSB差し込み口に対応したものになっているが、彼女が今持っているのは差し込み用の端部がどちらもIS用になっているものだった。

 人の夢の中に入る。そんなことができるのかと全員が半信半疑だが、現状それしか方法がない。

「七槻先生。策はわかりました。じゃあ誰が行くんですか」

 マコトが問えばすぐにしばねは回答する。

「彼女に近しいものが一番いいだろう。デュランダルさんは絶対だ。あとは……そうだな、知り合って期間が短い、出会って一ヶ月も経っていないものは避けるといい」

「何故でしょうか」

「デュランダルさん。他人に自らの心を晒すのだよ。出来れば君だけが行ってほしいが何が起こるかわからない。だからこの基準だ。加えて、今ISを持っているものが行ける。そうなると……」

 今この場でISを持っていて、かつ基準を見たしているのはレイラ、一夏の二人しかいない。

「待ってください。私も」

 簪が名乗りあげる。打鉄二式は確かにないが、倉持技研から預けられている打鉄丙は量産機でありながら待機状態を持つ専用機仕様のため、簪はネックレス状態にして持ち歩いている。

「なら君もだ。あとは…いないか。なら飛鳥さん、君にこれを渡すので一緒に行くといい」

「え?どういう…」

 いきなりしばねが白衣にポケットから投げたものをマコトはキャッチする。それは赤い羽のようなものがあしらわれたバッジのようなものだった。それはどこか、前世で身に付けていたフェイスバッジに似ていた。

「一時的に貸すこちらの教室の備品だ。ISだが展開はしないでほしい、機密なのでね」

 マコトはしばねの……束の目を見る。そうして、確信する。この待機状態のISがなんなのかを。

「(黒騎士の待機状態……ありがとう、束姉さん)」

 真新しいそれはマコトの今世の愛機となった黒騎士の待機状態に間違いなかった。友人の危機に待ってはいられないというマコトを想っての束の図らいだった。

「さて準備を始めようか。行けない生徒たちには申し訳ないが彼女たちを見守ってあげてほしい」

 しばねがマコトたちを見て言う。ここに、セシリア救出作戦が開始されたのだ。

 

 

 

 そうして、救出に赴くことになったレイラ、マコト、簪、一夏はセシリアのISとそれぞれのISを接続し、目を閉じ、クロエが「ワールド・パージ」と唱えたところで急激に何かに吸い込まれるように意識が一瞬飛ぶ。

 そうして、気がつけば先ほどまで保健室らしい消毒液のような匂いが消え、気持ちの良い太陽の日差しと芝生の匂いが広がっていることに気が付く。マコトが目を覚まし、体を起こすと周囲の風景は一変していた。

「ここはっ!?」

 辺りを見渡せば、そこはどこかの郊外で長閑な空気が流れている場所だった。マコトの周りにはレイラや簪、一夏が倒れており、彼女は慌てて3人に声をかける。

「さっきまで保健室にいたんじゃなかったっけ」

「……そのはず」

 一夏と簪もこの状況に驚愕し、しきりに周囲を見ている。だが、レイラだけは違った。起こされると周囲を見て、何かを納得したかのような顔をする。

「レイラ?」

「……皆さん、私についてきてください」

 マコトが問い掛ければレイラはそう言って歩き出す。3人が慌ててついていけば、彼女の足は4人が倒れていた芝生の上から整備された道に戻る。歩けばそこそこの一軒家がまばらに立っていることに気がついた。

「レイラ、ここはどこなの?」

「イギリスのある郊外です。……とても長閑でしょう?」

「そうだけど…」

 懐かしむようなレイラの顔に、マコトはどういうことだと怪訝な顔をする。しかし、レイラはそれを察しても何も言わなかった。

「ここは私たちにとっての思い出の地。出会い、別れ、そして忌まわしい記憶が眠る街」

 語り出すレイラ。そのまま彼女の歩みと口は止まらない。

「セシリア、何故彼女が時折私に仕えるよう態度をするかわかりますか?何故私が彼女を大切にしようとしているかわかりますか?」

 それは3人に向けて質問はしていなかった。レイラはずっと、上を見上げながら言っている。

「ただ…あの碧い宇宙に行きたいと…どこにでもいる少女のように父と母に言ったあの子が……何故、奪われなくてはいけなかったのでしょう。親の業は子の業でもあると、そう言いたかったのでしょうか」

 歩き続けて、4人の前に現れたのは大きな洋館だった。城にも見えなくもないその洋館の門の前に立つと、レイラはマコトたちに振り返る。3人の目に映ったレイラの顔はあまりに悲哀に満ちていた。

「ここは、オルコット家。今はもうない……心無いものたちによって彼女の大切な家族諸共焼き払われた悲劇の地……21世紀最大の一家殺人事件“オルコット事件”の現場」

 レイラの言葉に、一夏は震えながらも「どういうことだよ」と問う。

「前に、セシリアが言っていたでしょう。両親がいないと」

 マコトは嘘だと思いたかった。事故で亡くなったものだと思い込んでいた。しかし、違う。今のレイラを言葉が正しいのなら。

「……セシリアさんは……奪われたの?家族を」

 怒れる瞳が目を覚ます。脳裏に過ぎる、ぐちゃぐちゃになった両親と、身体中がおかしな方向を向いて、千切れた腕がまるで助けて、と伸ばされたように“彼”に向いていた。平和な世界のはずなのに、すぐ側にいたのだ。マコトと同じ、世界の理不尽に襲われた少女が。

「マコトさん……」

 簪が思わずマコトの手を掴む。マコトは彼女の体温を感じて、どうにかぐつぐつと煮えたぎるものを押さえ込むが、それでも抑えきれないほどだ。

「レイラ。これが……前に言ってた、この世界の“業”なの?」

「えぇ、そうです。私の、今世の生き方を決定付けさせた……この世界の業です」

 レイラが再び空を見上げる。釣られて3人も見上げたが、何の変哲もない夕焼けが広がっている。

「忘れるはずもない。この空を。あの日の、あの時間の空」

 

「今、我々がいるのは、セシリアの住む屋敷が襲撃された日…襲撃時間はこの日の晩」

 

「どうすればいいのかはわかりません。ですが、何をすればいいのかはわかります」

 

「この“悪夢”に捕らえられたセシリアを救い出す。それが今、私たちの為すべきことです」

 

「力を貸してください。お三方」

 

 決意を秘めたレイラの瞳が3人に向けられる。大切な友を救いたい。そんな気持ちが強く伝わってくる。マコトたちの返事は決まりきっていた。

 

「当たり前だ、手伝うぜ」

「……頑張る」

「任せて、レイラ」

 

 3人の友からの言葉を受け、幻の姫君は自らの騎士を救うため、今再び悪夢の中へと足を踏み入れた。

 




束「詳しい救出方法はCMの後!」

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