IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-1「翼を広げて」

 その日はいつもと変わらない朝だった。マコトはいつも通り朝のランニングへと向かい、結局三日坊主となったマユを置いて、篠ノ之神社へとやってきていた。

「しくしく…しくしく…」

「束姉さん、しょうがないって」

「だってぇ、あれから箒ちゃん全然口聞いてくれなくて」

「謝った?」

「まだ」

「いや謝ろうよ」

 束はつい先日の「マユと箒を入れ替えちゃおう」という冗談を箒に聞かれてから未だに箒から許されていなかった。マコトはまぁ当然だろうな、と思いながらも束の愚痴に付き合う。

「父さんも何も言ってくれないし、母さんも笑ってるだけだし、うぅ、こんな世界、滅ぼしてやる」

「すぐに魔王みたいなこと言わないで。束姉さんが謝ればそのうち箒も口聞くって」

「でも私なんも悪い事してないよ」

「そうかもしれないけど、ほら、とりあえず謝っておくっていうのもさ」

 年上のはずだが、どこか子供っぽい束に、マコトはデカい妹のようにも彼女が見えてくる。前世と合わせれば束は年下の女の子で、今のマコトの自認は女なせいか意識することはほぼないが、少しだけ可愛らしくも思えた。

 いやいやと首を振り、マコトは心を鬼にする。こういうとき束の友人である千冬がいればさっさと解決していそうなものだが、千冬はつい昨日まで剣道の遠征でこの街にはいなかったのだ。

「それに、いつまでも箒ちゃんとこじれてると千冬さんに」

「ひっ、ちーちゃんの名前は出さないで!言ったら」

「言ったらどうなるんだ?」

 魔王、降臨。そんな言葉が一瞬脳裏に過ぎるほどの殺気がマコトの背後から発せられた。振り向けば、そこには箒と同じく絶対零度の笑みを浮かべた黒髪のセーラー服姿の少女がいた。織斑千冬。この町では束同様ちょっと有名人な剣道全国大会の覇者で、一夏の姉だ。

「ち、ちーちゃん、も、戻ってきたんだね」

「あぁ、昨日な。先生は息災か?」

「と、父さんなら今朝も箒ちゃんと、道場にいたよ」

「そうか。大会で優勝したことを伝えようと思ってきたのだが、来ら来たで年下の女の子に随分と情けない姿を見せる親友がいたものでな」

「アハハ、だ、誰だろうね」

「お前だ」

 いつの間に!?とマコトが言う暇もなく、束の顔面に千冬のアイアンクローが放たれていた。メキメキと鳴ってはいけない音が束の頭蓋から鳴っている。

「ちょっ、いたたたっ!ちーちゃん、だめっ、頭が、今世紀最大の天才の頭脳が、出る、出ちゃう」

「なぁにが天才だ。妹の機嫌を損ねてそれをどうこうともしない姉が天才なわけあるか。愚か者め」

「あ、あははっ」

 マコトは笑うしかない。このバイオレンスな光景が束と千冬のコンビの挨拶のようなものだ。マコトと会う前から束と千冬は親交があったようだが、今では完全に親友と呼べる仲のようで、二人の間には遠慮というものがない。

「全く…マコト、すまないな。この阿呆が面倒を」

「い、いいですよ、千冬さん。いつものことですし」

「まーちゃん!?」

「事実だろうが」

「ぎにゃぁぁあっ!」

 断末魔のような叫びが境内に響くが、他の参拝客は気にもとめない。いつものことだからだ。

 石畳の上に倒れた束を見もせずに手を払った千冬は改めてマコトに向き合う。

「久しぶり、といっても一週間ぶりぐらいか、マコト」

「千冬さんも、おかえりなさい。大会優勝したんでしょう?おめでとう!」

「あぁ、ありがとう。癪だが、この阿呆にも感謝しなくちゃならない」

「でしょ!?ちーちゃん!私の作ったスーパーソードマンMK.Ⅸのおかげでしょ!?」

「あぁ、ほんっとうに癪だが、アレのおかげで今回の相手の太刀筋が止まって見えた」

 詳細はマコトもよくはしらないが、束は千冬のために剣道の練習用ホログラムマシーンを作って、それを彼女に誕生日プレゼントとして渡していた。なんでも古今東西あらゆる剣術を詰め込んでおり、それらを繰り出すホログラムとVRで模擬戦ができるというシロモノだった。

 束が進めている宇宙用のパワードスーツから技術を応用して作成したものらしく、その完成度は高い…と以前千冬が嫌そうな顔でマコトに言っていた。一夏はその実機を見ていたのでマコトに詳細を伝えようとしたが「なんかすげぇ機械で千冬姉がすげぇ動きしてた」としか聞けず、いまだにどういう形をした機械なのかわかっていない。

「いや〜照れちゃうな〜、親友の剣を支える幼なじみの美少女研究家、すごくおいしくない?」

「お前を選ぶやつはそうとうの節穴かお前と同じぐらいぶっ飛んだやつだろうな」

「それならちーちゃんもそうじゃん」

「私はお前ほど人間離れしていない」

 千冬のその言葉にそれは嘘だとマコトは言いたかった。千冬は明らかに人間的な肉体強度を超えたものを持っており、凄まじい怪力だ。軽トラックを一人で、台車を押すように軽々と動かしたことは衝撃的な出来事としてマコトの脳内に刻まれている。

 束と千冬は本人たちが思っている以上にお似合いのコンビだとマコトは思っている。

「…も〜、いいもーん、ちーちゃんが選んでくれなくてもいいも〜ん」

 マコトの背後にさっと回り込み、彼女を盾にして束は言う。千冬はただただ苦笑いしている年下の幼なじみに「お前だぞ、お前」と他人事だと思い込んでいるマコトに心の中で嘆息しながらも意識を切り替える。

「あぁ、別にそれでいいぞ。…っと、お前と遊んでいる場合じゃないな、先生に挨拶しなくては」

「さっきも言ったけど、父さんはまだ道場にいると思うよ」

「わかった。お前たち、学校には遅れるなよ」

「はいはーい」

 学校では風紀委員を務めているという千冬の言葉に、束はやる気なく返事をし、千冬も言ったところで意味はないだろうとその場を離れようとする。だが、千冬が二人に背を向けようとしたところで、束の体が跳ねるようにビクッとした。

「わっ、た、束姉さん?」

「う、うそ、え、なにこれ」

「ん?なんだ、束、どうした」

「や、やばい、やばいよ!まーちゃん、ちーちゃん!」

 尋常ではない束の様子に、マコトも千冬も真剣な表情になる。彼女が本当にまずいと思うような表情を見せたのはほんの数回で、今回の表情も、そうだった。

 一度目はこの街へ飛来しようとしていた隕石を見つけた時、二度目は千冬が剣道の試合で負けた時、三度目は箒が姉に反抗的な態度を取り始めた時。落差がひどいが、どれも彼女にとっては一大事だ。

「束。なんだ、また妙なことでも起きて——」

「ミサイルが!すごい量のミサイルが日本に飛んできてる!」

「「は?」」

 脅威はいつだって、前触れなく現れる。束がマコトを脇に抱えて走り出す。

「ぐえっ!?た、束姉さん!?」

「お、おいっ!束!待て!」

 超人的な肉体を持つ束の足は速く、あっという間に彼女の研究所へとたどり着く。同じく超人的な千冬も彼女についていき、研究所へと滑り込む。

 研究所の一画にある大型ディスプレイモニターへとやってきた束はマコトを下ろすと、即座にコンソールを叩いて世界地図を表示させる。

「軌道上の全衛星に接続、リアルタイムで情報を……移動する熱源、捕捉、予測進路…やっぱり!」

 理解が追いつかないマコトと千冬も、神速とも言える束の情報処理で何が起きたのか理解した。画面に映る世界地図。その中で強調された日本へと向かってくる幾本もの白い線。マコトはこれが即興で束が用意したレーダーだと前世の知識から察し、白い線の先端に表示されたものも見慣れたもので、何がきているのかわかった。

「弾道ミサイル!?」

「そうだよ、マコトちゃん!」

「な、なんだ、何が起きてるんだ?ミサイル?ミサイルだと?」

「千冬さん、日本に、すごい数のミサイルが飛んできてるんだ!」

「なんだと!?この、白い線全てがか!?」

 千冬は固まりそうになる。こんな夥しい量のミサイルが日本に、住んでいる国に向かっているなど、ありえない、理解の範疇を超えている。束でさえも、悲鳴を上げたくなる。以前の隕石はまだ地球へ辿りつくまで余裕があり、どうにかできる手段を用意できる時間があった。だが、今回は時間がなさすぎる。

「予測進路、関東全域……!?どこの国がこんな…クソッ!色んなところから撃ってる!」

 束の悲鳴のような状況確認の声に、マコトは葬り去られたはずの過去の意識が蘇る。破裂しそうなほどに鼓動を訴える心臓とは真逆の、覚めた思考。戦場でのカン。

「テロだ、束姉さん」

「まーちゃん!?」

「狙いはわからない。けれど、誰かが、日本の、関東にある何かを狙ってるんだ。それも、こんな数のミサイルで根絶やしにしなくちゃいけないぐらい」

 まるで今の光景は、かつての血のバレンタインにもマコトには思えた。いや、事実そうなのかもしれない。この世界における血のバレンタイン、それは今起きているのかもしれない。

 怒れる瞳が、迫りくる脅威を睨む。しかし、今の彼女にかつての翼はなく、ただ、手を強く握るしかない。

「どうして、なんでこんなことを……!そんなに戦争をしたいのか!」

「まーちゃん……」

 その叫びは心の底からのもの。事情を知る束は重く心に彼の怒りと悲しみがのしかかる。だが、今の束にはまだ彼女に渡せるものがない。いや、渡そうとは思えないというのが正解だった。シン・アスカという一人の少年が駆け抜けた軌跡。聞いた時はなんとも思わなかった、悲しみと怒りに満ちた戦いの記憶は今の束にはあまりに重すぎる。

 どうか、マコトが、いつか平和な世界で無限の成層圏を跳べるように……そう願っている彼女は、マコトを無力なままでいさせていた。

「………束」

「ちーちゃん……?」

 マコトの叫びで静まり返り、警告音だけが響く研究所の中に、千冬の静かな声が何故かよく通った。

「白騎士を出す」

「ちーちゃん!?」

 親友からの提案に、束は目を見開く。白騎士、それは束が秘蔵する“来るべき時”のために作成した無限の成層圏へと到達するための、人類のための鎧だ。

 真名、インフィニット・ストラトス。その試作一号機。それがこの研究所の格納庫にあるのだ。

「アレに搭載されていた…なんだ、すごいレーザーがあるだろう。アレなら」

「無砲身レーザー砲のこと?確かにアレなら迎撃できるだろうけど……」

「なら、迷うことはないはずだ。ミサイルはここにも落ちるのだろう」

「そ、そうだけど、でも」

 束は直感した。今ここで、千冬を出せば世界は変わる。変わってしまう。かつて危惧したように。異世界の“調整者”が伝えたかったはずの言葉の意味が歪められて伝えられたように。束の目指す世界が歪む。

 マコトも、戸惑う束に、彼女が迷っているとすぐにわかった。インフィニット・ストラトスがどういったものかマコトもわかっている。宇宙で、ほぼ生身で行動を可能とするマルチフォーマルパワードスーツがインフィニット・ストラトスの正体だ。纏う事で存在している次元の位相をズラし、歪曲させることで肌を裸出させた状態でも宇宙空間に出ることが可能となる“シールド・バリア”を備え、宇宙空間で障害となるスペース・デブリ、隕石を破壊するために備えられたそこらの兵器よりも、下手をすればコズミック・イラの兵器よりも強力な様々な武装。

 ただ、宇宙という地球の外、無限の成層圏を飛ぶために用意された翼。この世界にとっては全てを変えてしまう劇薬。

 今、日本を守るために出撃し、ミサイルを迎撃すれば間違いなくインフィニット・ストラトスはただの翼から、違うものへと変質するだろう。

「ち、千冬さん、まだ、他に何か方法が」

「ないだろう。そこの天才が今こうして画面とにらめっこして、すぐに作業をしないのが証拠だ」

「それは……」

「マコト、束。お前たちが何を危惧しているのかは私でもわかる。アレは凄まじい力だ。何せ、私の親友が作った世紀の大発明だからな」

「ちーちゃん……」

「そして、力というものも。先生からの受け売りだがな、力とは無色、無色故に揺れやすいと。きっと、私が白騎士でミサイルを落とせば、アレは束が目指すものではなくなる」

 千冬もわかっていた。ここで出て、戦ってしまえばインフィニット・ストラトスが兵器となることを。それでも彼女はもう、行く気だった。目の前の親友と、弟の友人を守るために。

「それでも、私は。お前たちの命の方が大切だ。たとえそれが……束、お前の願いを踏みにじるものだとしても」

 覚悟はある、私は戦う。言外に、千冬はそう言った。マコトは俯く。前世の、最後に聞こえた青年の言葉が蘇る。

 ——あぁ、どうして、僕たちは…こんな、こんなところまで、きてしまったんだろう。

 もっと、やりようがあったはずだ。何かできたはずだ。そんな、後悔に溢れた悲壮な言葉。だが、もう状況が選択肢を与えてくれない。そうだ、いつだって、あの時もそうだった。古い、忌々しい記憶。故郷が、オーブが焼かれ、かつての家族がただの肉片と化したあの時も。

 世界は、運命は残酷にも、マコトの、シン・アスカの大切な人を踏みにじる。平和だったはずの世界は今、崩れていっている。

 マコトの隣に立つ少女は震えていた。今、彼女に課せられているものは家族を犠牲に世界を維持し続けるか、家族を、友を守るために世界を破壊するのかという葛藤だ。いくら天才といえど、いや、マコトと出会わなければ抱くことのなかったものだ。一人の人間として、当たり前のような恐怖。束はそれを正しく感じていた。

 どうするべきなのか、マコトはもうわかっていた。もう、猶予はない。やるしかない。だが、状況に流されて、ただ突き動かされたかつてのシン・アスカの時とは違い、自らの意志で。

「……束姉さん、大丈夫。あたしたちがついてるから」

 手を握る。震えていた手は少し、マコトよりも大きかった。

「まー、ちゃん」

「千冬さん。お願いします。あたしを、束姉さんを、マユを、一夏を…みんなを助けて」

 頭を下げる。無力な自身にできることは今、目の前にいるヒーローの背中を押すことだけだ。数秒後、わしゃわしゃとマコトの頭を千冬は撫でた。

「任された。……束、白騎士を出す。いいな」

「………本気、なんだね」

「あぁ。いつだって本気だぞ、私は。お前の頭を締め上げてる時もな」

「ぷっ……そうだね、すっごい、痛いんだからね!」

「当然だ。お前の石頭はあれぐらいせんと意味がない」

 軽口を叩き合い、いつもの調子を取り戻した二人にマコトは安堵してしまう。一瞬緩んだ空気はすぐに引き締められ、千冬はその場から格納庫へと駆け出した。

「束!準備を頼む!」

「うん!任せて!まーちゃん、ごめん、手伝って!」

「えっ!?」

「わかるよね!?」

「わかるけど!」

 束の研究所のコンソールはマコトも扱える。以前の隕石騒ぎのときに彼女を手助けしたからだ。不思議とコズミック・イラのシステムに近いそれらをマコトは手慣れた様子で叩いていく。二人がこれから行うのは千冬を、インフィニット・ストラトス“白騎士”を出撃させるためのシークエンスだ。

『束!ついたぞ!装着する!』

「お願い!」

 格納庫内の映像が映り、千冬が安置されていた白騎士を纏う。その名の通り、純白の騎士甲冑を思わせる美しい装甲が開き、千冬を包む。顔はバイザーで隠され、まさにSFの騎士がそこに現れる。

「拡張領域とは別に両腕に直接無砲身レーザーをつけるよ!」

「展開時間も惜しいんだね!」

「そう!ちーちゃん!?拡張領域のは予備だよ!」

『了解した。近接装備は』

「一応入ってる!解析したらミサイルは全部普通の弾頭だから!レーザーを抜けたやつを始末するのに使って!」

『わかった!』

 白騎士に装備が外付けされている様はまるでマコトの前世で見られた、ウィザードパックの装着にも見えた。

「ハッチ解放!背部カタパルト接続!コア・ネットワークオンライン!」

 マコトの言葉に合わせて、千冬の頭上にある隔壁が全て開き、遠くに外の光が見える。千冬は身を預けた白騎士からわずかに強い想いのようなものを感じた。インフィニット・ストラトスの核をなす、ISコア。その中に治められた超性能AIには自我があるのではないかと、製作者本人である束が言っていた。

 偶発的に生まれた機能だったが、束はそれをそのままにしている。宇宙空間を一人で飛ぶのは寂しいものだと思ったからだ。…それが“ある不具合”を誘発させるのだが、今は誰もそのことを知らない。

「白騎士、お前も守りたいんだな」

『————!』

「そうか。……束、マコト、行ってくる。サポートを頼む」

『もちのろん!』

『千冬さん、気をつけて!』

「あぁ。よし、行くぞっ!」

『射出!』

 白騎士がカタパルトによって空へと射出される。裏山の小さな滝壺に設けられていた射出口から一気に飛び出した千冬は即座に機体にステルス機能を展開させ、周囲から姿を消す。

『電磁迷彩の作動を正常確認。ちーちゃん、迎撃ポイントを送るから、まずはそこに向かって!』

「了解した。場所は……霞ヶ関、議事堂上空か」

『レーザー出力は無制限!千冬さん、絶対に地表に向けて撃たないでくださいね!射程が無限になってます!』

「わかった。マコト。…レーザー砲のドライブを確認。目標ポイントに移動する」

 後に「白騎士事件」と呼ばれる三人の少女たちの小さな防衛戦が始まった。

 

 

 

 目標ポイントに到達した時には既にミサイルは射程内で、千冬は両腕に備えられたレーザー砲を空へと向ける。無砲身レーザーと呼ばれるそれは束お得意の次元制御を大いに利用した収束の必要のないレーザーと言いつつも超強力な荷電粒子砲で、あまりに高出力すぎてレーザー光線のように減退しないため便宜上レーザーと呼ばれているものだ。射程は長く、砲身がないためどんな方向にも撃てる白騎士唯一の射撃兵装にしてこれ以外は不要とされているものだ。

『あーもう、こいつら邪魔!』

「自衛隊の飛行機か」

『束姉さん、どうするの!?』

『退かす!』

 千冬の周囲には当然ながらこの国を守る自衛隊も展開している。まだ攻撃を行っていないため白騎士の姿は認識されていないが、いずれ晒すとなれば早いほうがいい。また、現状の問題として白騎士の射線に自衛隊も入っている。

『ちーちゃん、迷彩解いて!射線の警報と、合成音声で警告する!』

「わかった。迷彩オフ。戦闘モード」

 白騎士の姿が晴れ渡った空の下に晒される。純白の装甲が陽光を反射し、その姿は街中からも上空を飛ぶ飛行機からも視認できた。

『周辺の自衛隊機へ、直ちに現空域より離脱せよ。これより迎撃行動を行う。繰り返す——』

 束によって合成された音声が無差別に周囲へ放送される。同時に、束は自衛隊の司令部に白騎士の射線の情報を流す。そのおかげか、流石に撤退こそしなかったが、白騎士の射線からは外れて行った。

『正面、クリア。千冬さん、安全装置を解除、いつでも』

「解除を確認。エネルギー上昇……ハイパーセンサーに目標を捉えた」

『ロックは自動的にしてくれるから!ちーちゃんは!』

「撃つだけだな」

 引き金を引く、それが比喩に近いとわかっていても千冬は躊躇いを覚える。この一撃が、親友の夢を歪ませる。それをわかっていながら千冬は引き金に指をかける。やらねばならない。覚悟は決めてきたのだ。

「やるぞ、白騎士!」

『————っ』

 機体が応え、それは放たれた。黄金色の夥しい数の光が空を駆ける。まるでそれは真昼間の空を登る流星群のように。

 全てのミサイルに、ビームは命中する。空が文字通り爆ぜた。

『全弾命中!』

『後続のミサイルにも次々に当たってます!』

「このまま続けるっ」

 光は全てのミサイルを破壊するまで走り続ける。時間にして十数分、日本を狙ったミサイルはたった一機のインフィニット・ストラトスが迎撃しきった。

『全てのミサイルの撃墜を確認!やったよ!ちーちゃん!』

「あぁ、無事に終わったようだ」

 どっと、緊張が抜けて千冬は疲れを感じた。いくら千冬が超人でもこれは彼女にとって初陣なのだ。千冬のそのようすにマコトはお疲れ様と声をかけつつ、早く戻るように声をかけた。

『千冬さん、戻ってきてください。迷彩の起動を忘れずに』

「わかった」

 千冬はその場から去ろうと、迷彩を起動させようとする。しかし、全周波数で千冬に通信が飛んできた。

「こちらは自衛隊、ここの防衛を任された臨時部隊だ。所属不明機、ただちに武装解除の上、指定するポイントへと降下せよ」

『くっ!そりゃそうだよね!たたで返してくれるわけないか!』

「どうする。さっきから網膜投影にロックオン警報と出ているが」

『やっぱりそうなるよね…!束姉さん!ここで戦ってもしょうがない!逃げないと!』

『わかってるよ!ちーちゃん!いいから逃げて!無視して!』

「そのつもりだ。迷彩展開、帰るぞ!」

 白騎士の姿がその場から忽然と消える。混乱する自衛隊を他所に、千冬はそそくさと離脱した。

 

 

 

 研究所へと無事帰還した千冬はすぐに二人の元へと戻る。束もマコトも、5体満足で帰ってきた千冬に安堵した。

「おかえり、ちーちゃん」

「お帰りなさい、千冬さん」

「あぁ、ただいま。それで、どうだ。ミサイルは一発も落とさなかったか」

「うん。全部落とせたよ。ただ…」

「世界は大混乱、か」

 モニターにはあらゆる世界のニュース番組が白騎士の姿を移していた。束も、マコトも、その映像を黙って見続ける。そして、映像の全てにはかならず“謎の機動兵器”という文字が踊っていた。

「……あーあ、結局、こうなっちゃったか」

「ッ……すまない、束、私は」

「いいよ、ちーちゃんが悪いわけじゃないから」

「でも、これからどうするの、束姉さん」

 世界にインフィニット・ストラトスが露見した以上、もう逃げ道は残されていない。いずれあらゆる世界の諜報機関が束にたどり着くだろう。だから、その前に束は動く必要があった。

「……ISコアをばら撒く」

「なっ!?束姉さん!?そんなことしたら」

「わかってる。でも、このままこの国だけで発表したら世界のバランスが崩れる……あの“世界”のように」

「……束姉さん」

「束、仮にISコアを全世界にばら撒いたとしても、それは複製できるものなのか」

「完全に、となると今の世界じゃ無理。あと100年は必要だと思う」

「……だが、どこかに独占されたり、奪おうとこの街を襲うものが現れるよりはマシ、か」

「うん」

 世界の悪意が伸びる前に先手を打つ。それしかなかった。

「まーちゃん。大丈夫。私、頑張るから」

 束は気丈にも笑顔を見せて、マコトの頭を撫でる。マコトは歯噛みした。あぁ、これはあの時と同じだと。家族を失ったあのときと、同じだ。身を焼くほどの無力感。なにもできず、大きなうねりの中へ流されていく。

 それが嫌だった。もう、二度も、同じ過ちを繰り返したくない。マコトは束に気がつけば抱きついていた。

「うわっ、と。まーちゃん?」

「作って」

「な、なにを」

「あたしの、あたしだけの、インフィニット・ストラトスを。束姉さんを、マユを、一夏を、千冬さんを、みんなを守れる、力を」

 夢を踏みにじる行為だと、マコトはわかっていた。それでも、今は欲しかった。伽藍堂なあの時とは違う、確かな想いを持って、守るべきものを守れる力が欲しかった。

 束はあぁ、とマコトを抱きしめながらひどく悲しくなった。また、きっと、彼女は戦うのだろう。あの語られた世界でのように、誰かのために、身をすり減らして、全てを失っても。束の夢を、素晴らしいと言ったときのマコトはまるで、死人のようだった。もう手が届かない輝きをみているかのような。

 それが、今の束の心の奥に刻まれている進み続ける理由の一つ。彼女に、彼に、平和な宇宙をあげたい。跳ばせてあげたい。今、マコトの願いを叶えれば束の夢はきっと叶うのだろう。でも、それは、ダメだ。叶うのは“マコトがいなかった束の夢”だ。

 今の彼女は一人ではない。弱くなった、否、彼女は強くなった。自身の夢に、誰かを乗せられるぐらいに。

「……ありがとう、まーちゃん」

「束っ、待て、おまえ」

「でもね、それはできないよ」

 千冬が息を呑んだ。見たこともない、親友の表情に。

「(なんて、顔をしてるんだ)」

 愛しさと、哀しみを混ぜたかのような、研究一筋な篠ノ之束という少女が見せることのなかった、恋する少女のような表情。

「束姉さん、でもっ、でもっ!」

「“マコト”、私はね。君にもあげたいと思ってる。インフィニット・ストラトスを」

「ならっ!」

「でも、今、“マコト”に与えたら、キミはどんな空を飛ぶのかな」

 あだ名ではなく、名前で呼ばれ、マコトは硬直した。束の声は僅かな震えを伴っていた。それは最後の戦いへと赴く前に、別れを告げた赤い少女のようだった。

 ——シン、シンはもう、どこにいるのか、わからない。

 どこにいるのか、わからない。でも今、翼を手にすればどこを飛ぶのか、そんなこと、わかりきっている。

 飛鳥 マコトは死ぬ。シン・アスカが黄泉の国から戻ってくる。そして、“彼”が飛ぶ空はひどく濁って冷たい、命など価値のない空だ。

「(それは——ダメだ。ダメだよ。束姉さんの飛びたい空は)」

 争いなんてない、自由な空。そんな空を飛びたいはずだ。

「……わかってくれた?」

「…うん」

「ごめんね」

「いいよ、別に」

 二人は離れる。互いにひどい顔だった。束は今にも泣きそうで、マコトは悲しさに顔を染め上げている。

「約束」

「え?」

「約束しよ。いつか、まーちゃんのための翼をあげるから」

「…わかった。束姉さん」

 束とマコトは指切りをする。それを黙って千冬は見届けた。二人の少女の願いを破壊したのは自らだとわかっていたから。

 しばらく、研究所の中は動作しているモニターの音だけが響いていた。

「……っと、よしっ!これから忙しくなるぞ〜〜!」

 まるでこれまでに別れを告げるかのように、束が声をあげた。

「束。できることがあったら呼んでくれ。テストパイロットぐらいならできるからな」

「ありがと、ちーちゃん!」

「束姉さん、あたしも!」

「うん!まーちゃんも、お願い!」

 世界の運命が動き出す。三人の少女たちから始まった、世界の運命が動いていく。歪んでいく、壊れていく。それでももう止まることはできない。だが、心に秘めた思いは見失わず、少女たちは無限の成層圏を目指す。

 いく末に、いくつもの壁を前にしても、飛び越えて。

 




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