「みんな!避けろッ!」
マコトの悲鳴のような叫びは3人に届いて、回避を間に合わさせた。ブルー・ティアーズ・ステラドレスがビットとロングライフルによるビームの一斉射はセシリアほど正確ではなく、あくまで面制圧のために放たれたものだと回避をしたレイラは判断する。
そんな分析をしながらも、レイラはどうしても目の前の敵性ISの姿があるものに重なる。忘れることのない。愛すべき“家族”と“友”を討った仇であり、自らも差し違えた“自由の翼”。コズミック・イラ世界最強格のモビルスーツ、ストライクフリーダムと。
「ビットが来る…!」
「おあっ!?」
ステラドレスのビットが砲撃を終えると即座に4人へ襲いかかった。その動きはレイラをも越える速さと正確さを備えている。一夏が真っ先にターゲットにされ、四方から蒼い光条彼を貫かんとする。
「こなくそっ!」
ガムシャラに回避運動を行おうとする一夏だが、まるでクラス代表決定戦の焼き直しをするかのように彼は容赦無く撃ち抜かれていく。この世界は夢ではあるが、夢ではないという感覚が4人にはあり、こうしてISを纏ってしまうと現実と同様のコンソールが視界に浮かび、被弾する一夏の視界にはいつも通りゴリゴリと削られていくエネルギーのゲージがあった。
「一夏!」
マコトが援護に入ろうと、ガルムをその手に展開しビットを狙おうとするが今度はブルー・ティアーズを名乗った少女がライフルで狙撃をしてくる。ロックオンアラートは鳴らず、手動照準による射撃は一瞬で行われ、マコトの黒騎士に直撃する。
簪がそれを見て打鉄丙型の非固定ユニットであるブースターユニット“火蜂”内蔵型ビーム・キャノンを相手本体へと連射すると、一夏を取り囲んでいたビットのうち3基がブルー・ティアーズと簪の間に割って入り、三菱を描くように展開した。
「なにを……!?」
ティアーズシリーズ特有の高圧縮粒子の青色とは違う、一般的な圧縮濃度の黄金色の粒子ビームがその3片にぶつかった瞬間、甲高い音を立ててビームが跳ね返ってきた。
ビームを反射する。そんな技術はこの世界には存在しない。撃ち返された簪は衝撃のあまり固まってしまう。しかし、マコトとレイラは違った。二人はここではない別の世界で戦ったことがあった。ビームを弾き返すことが可能になるオーパーツとも言える装甲を持つ、黄金色のモビルスーツと。
「簪!」
「マコトさん!」
咄嗟に簪の前に割り込んだマコトは左腕の甲に装備されていた光波防御帯——シールドバリアをより高出力で限定的に展開する、エネルギーシールドを展開し、撃ち返されたビームを防ぐ。さらに追撃に放たれた相手からのビットによる弾幕も、レイラが放出したシールドビットが正確な操作で受けていく。
「ビームを弾くなんて!」
「あんなの、見たことがないよ」
「一体なんなんだ、あのIS…!」
ブルー・ティアーズの握る二丁のロングライフルからマコトと簪に向かって放たれ、二人は左右に別れて回避する。ビームがダメならばとマコトはガルムをフルオート射撃でトリガーを引き、簪も打鉄二式で使用していたガトリングガンをコールし、装備することで弾幕を張る。
そうするとブルー・ティアーズはたまらず射線から逃れようと上空へ跳躍した。
「一夏さん!極力背後を取りつつ接近を!マコトは正面から格闘戦に!私と簪さんで援護します!」
「了解!レイラ!」
「わかった!」
「まかせろ!」
レイラが指揮をとって、3人はそれに従う。レイラはビーム・ライフルから実弾のカノン砲に装備を切り替えると、シールドビットを展開しながら簪と共に射撃を開始する。一夏は白式自慢の加速性能を最大限に発揮しながらブルー・ティアーズの背後をとらんと飛翔する。
「近接装備…これか!」
マコトは黒騎士での初めての本気の戦闘になったため武装をチェックし、黒騎士側から提示された装備を出現させる。それは雪片とよく似た真っ黒な片刃の剣で、慣れた手つきでスイッチを親指で押し込むと刀身が縦に割れ見慣れたピンク色のビーム刃が展開された。
目の前の敵機がどういった存在であるかわかない以上、本気で、ただし撃墜しないようにする必要がある。それは奇しくも、マコトが忌み嫌った綺麗事を成し遂げる“フリーダム”と同じことをしなければならない。
そして、どれだけそれが難しいことかも知っている。
黒雪片を正面に向け、初めてここで黒騎士の翼が展開する。音を立て、光の翼が生やされた。
「(これは、ディスティニーの!?)」
その後ろ姿はレイラにとってはあまりにも見慣れすぎた光景だ。偶然か、それとも必然か、マコトに与えられた剣は初めて鞘から引き抜かれ、その身を晒した。
「…きれい……」
簪はただただ、マコトの姿に見惚れた。御伽噺の戦士のようなマコトの姿に、それ以上の感情が浮かばない。
「黒騎士、いくよ!」
マコトの呼びかけに応えるように、黒騎士が今マコトに出せる全力の機動を開始した。正面から迫りくる新たな脅威にブルー・ティアーズは迎撃をせんとライフルを向け、大出力のビームをマシンガンのように連射する。「真なる回帰」を迎えたブルー・ティアーズにはエネルギー切れという概念はない。白騎士同様、その敗北は搭乗者の心が折れるか、死か、IS自体の装備が全て破損しない限りありえない。
だが、連射されたビームを避けるマコトを見てブルー・ティアーズは生まれて初めて脅威というものを認識する。
マコトの姿が回避運動を行うたびに大きくブレる。否、輪郭が遅れてついてくる。センサーの類は全てマコトが移動した数秒前の座標を表示する。主人の身体を借りているといえど、未だ産声をあげて間もないブルー・ティアーズは機械の感覚の延長線上でものを認識しており、このマコトの不可解な反応を理解できない。
「はぁぁぁぁっ!」
「残像、とでも」
弾幕をかいくぐり、マコトが黒雪片を振り下ろす。ブルー・ティアーズは計算上回避不能と判断し、左手に持ったライフル一つを盾にする。ライフルを手放し、滑るようにマコトの側面へ回ったブルー・ティアーズは至近距離でマコトに射撃をしようとするも、今度は背後から襲いかかってくる一夏に気がつき、咄嗟に左手に呼び出したビーム・サーベルで雪片を受け止めた。
「読まれてた!?」
攻撃の瞬間という最も大きな隙を狙ったにも関わらず一夏の攻撃は防がれてしまっていた。もしこれが現実で、セシリアが相手ならば一夏の一太刀は間違いなく決まっていた。今回は相手が悪かった。
それでも、一夏の攻撃を防いだことでブルー・ティアーズの攻撃は停止し、マコトは銃口の先から飛び退くと、左肩のアーマーに装備されているビーム・ブーメランを抜き放ち投擲する。ブルー・ティアーズは一夏をサーベルで強引に弾くと、そのまま更にビーム・サーベルでブーメランを弾いて、ライフルでマコトを攻撃する。
マコトは一撃目を黒雪片で切り払うと、二撃目を回避する。避けさせてからのキメの二発目が来ると読んでの動きだった。
「す、すごい…マコトさん、あんなに……」
「機体のおかげもあるのでしょうが、彼女の本来の動きです」
「……それは“未来”の?」
「えぇ。流石は篠ノ之博士、いい仕事をしてくれています」
あの“夜”のことがあったので、レイラは基本的に簪に聞かれてしまえば前世のことは応えるようにしていた。といっても、今回が初めてで、簪はレイラへの質問がその通りだと答えられると、よりマコトを見つめた。
正体不明の、セシリアが纏うISの動きはあくまでセシリアの戦い方の延長線上ではあるが動きが異様に早く、先ほどの挟撃を防いでみせたのも尋常ではない技量だ。なにより、レイラと簪の援護射撃を全て避け切っているのだから、射撃に対しての見切りというのは人間を超えている。
そんなものを相手に一歩も引かず、真正面から切り込んで見せるマコトの技量もまた、簪の想像していたものより遥かに高い。高いのだが、簪はふと思う。
これだけの力を持ちながら、救えなかったものがあるのかと。
「一夏!」
「あぁ!」
幼馴染みである以上、マコトと一夏のコンビネーションも確かなもので、螺旋状にブルー・ティアーズの周りを飛びながら順番に切り掛かっていく。ブルー・ティアーズは簪たちへビットによる射撃を行いながらも、一夏とマコトの近接攻撃をサーベルとライフルでいなしていく。
「このぉ!」
マコトが斬りかかると黒雪片の刃と青白いブルー・ティアーズのサーベルがぶつかり、粒子同士の衝突からスパークする。火花の向こうに見えるセシリアの顔はひどく無機質に見え、マコトは本当に誰なんだと相手を知ろうとする。
「あなたは一体…!」
「我が名はブルー・ティアーズ」
「それは、ISの」
「我が名だ」
ブルー・ティアーズの右手に持たれていたライフルが量子化され、新たにもう一本のビーム・サーベルが握られた。それはそのまま、マコトの頭部に向けて突き出されようとしていた。
「させるかよっ!」
一夏がそうはさせまいと勢いよくブルー・ティアーズの背後に斬りかかる。結果は先ほどと同じく、マコトと一夏二人してその場からはじかれた。
「ここまでいいようにされるとは…!」
二人が近接戦をしかけているなか、援護を行うはずであったレイラも簪も、ビットによる攻撃で満足にそれはできていない。気を抜けばビットに蜂の巣にされる以上、二人への援護射撃は難しい。それでも、レイラにはまだ考えるだけの余裕が残されていた。
シールド・ビットによる防御を簪に向けながら、レイラは持ち前の空間認識能力で敵のビットを避けつつ、前世並に動いているマコトと荒削りながらも攻撃のタイミングだけは外していない一夏の二人がかりの攻撃を捌き続けるブルー・ティアーズを観察する。
基本的な動きはやはり、レイラのよく知るセシリアそのものだった。ただし、攻撃への見切りやビットをここまで操作しながらの動きはまだセシリアには難しい。であれば、あれはセシリアの姿をした別の誰かか、それともセシリアを借りて戦っている何かになる。
彼女は「ブルー・ティアーズ」と名乗った。このセシリアを襲った悲劇の空間は誰が作ったものだったか。
「ブルー・ティアーズ、そのものの意志…!」
ISコアには意志が宿るとされる。それは束が意図しない形で生まれたものだったが、彼女は孤独な宇宙で隣立つものとしてその存在を許容した。存在を許された“彼女”らはとりわけ、専用機と呼ばれるISの中でよく育った。幾度リセットされようとも、完全な消去には至らず、一人の人間が長く乗ることで彼女らはヒトの心を深く、深く学んだ。そうして生まれたその想いが表出することこそなかったが、今、レイラたちがいる空間はISの中。つまりは、ブルー・ティアーズという“少女”の心の中だ。
レイラはそこまでは知らない。けれども、ISには意志があると言われていて、もしその意志が主人の心を覗けるのであればどうなるのか推測するぐらいはできた。
昏睡し、深い場所に落ちたセシリア。彼女の心に触れた従者はどうするだろうか。
守ろうとするはずだ。かつて、この屋敷でセシリアを守り、命を散らした者たちのように。
「ぐあっ!?」
「ッ……しまった、簪さん!」
シールド・ビットをすり抜け、簪へ射撃が殺到する。簪は決して勇猛ではないが、それでも冷静だ。四方からのビームに恐怖しながらも、なんとか身体をよじりながら、被弾を抑えようとする。
レイラはこのままジリジリと削っていくわけにはいかないと考える。この戦いはただ相手を倒せば終わりというわけではない。そもそも目的はセシリアの覚醒であり、戦うことですらない。
それに、レイラは考えるにつれて、あのブルー・ティアーズに言いたいことが出来ていた。彼女の心に熱が灯る。ダイヴトゥ・ブルーのBTシステムがこれまでのように彼女の王としての気質を増幅させるのではなく、レイラ・デュランダルという一人の少女の心をただ、震えさせる。
「ダイブトゥ・ブルーのシステムを使う!」
これ以上の時間はかけられない。レイラはすべてのビットを攻勢に転じさせる。簪を守っていたシールド・ビットは途端に動きを獰猛なものに変えて、ブルー・ティアーズのビットと壮絶な撃ち合いを開始する。まるで自身が二人にでもなったかのようにレイラには思えた。それぐらい、彼女は一気にビットの情報を処理できるようになっていた。
使えるならそれでいいとレイラは自身の能力の拡大に疑問を挟まない。
「す、すごい…!」
体勢を立て直し、ようやく一つのビットを撃ち落とした簪がレイラのビットの動きを見て目を見開く。
戦況の変化をブルー・ティアーズは鋭く感じて、マコトと一夏に残りのビットを差し向ける。飛びかかる一夏を蹴り飛ばし、追いすがろうとするマコトの正面にビットのビームを格子状に放つことで動きを阻害する。
同型機だからこそ、ブルー・ティアーズは感じた。“妹”の産声を。
「レイラ!そっちに!」
ビットが分離し残ったスカートアーマーからスラスター光を見せながら、その名の通り流星のごとくブルー・ティアーズはレイラへと向かってくる。手にする二振りのサーベルと、ウィングバインダーやスカートアーマーから溢れる光が、かつてのレイラの宿敵と一層重なった。
だが、違う。対峙する相手は決してそのような相手ではない。
「あえて言いましょう。ブルー・ティアーズ、あなたの主人は、私の親友は——」
レイラの手に、女王宣誓が握られる。淡く光を讃え、その権能を顕現させた刀身は使い手の意思に従い、振り下ろされてくる青の刃を受け止める。もし現実であれば受け止められないような膂力をレイラは片手、ナイフ一本で受け止めて見せた。
ブルー・ティアーズの顔が驚愕に染まる。
「——私の親友は私が守ります。それに、彼女はそんな籠に閉じ込められるほど、弱くはないないのです。例え立ち上がるための力が、呪いのようなものであっても、願いのようなものであっても。セシリア・オルコットという女性はどこまでも気高く、強い方なのですから」
だからいつまでも、眠っているわけにはいかないでしょう、セシリア。
レイラがそう呼び掛ければ、碧かった彼女の瞳は元の蒼へと戻っていく。レイラを押し込もうとしていた力も弱まっていく。髪の色もレイラと同じ、混じり気のない金糸へと青が抜けていく。
「あ、れ?」
「セシリア」
「レイ、ラ?」
「えぇそうです。レイラですよ、セシリア」
マコト、一夏、簪を襲っていたビットの動きも停止していた。戦いは終わった。セシリアは周囲を見渡す。眼下には見慣れた、今は失われた景色が広がっている。
「…夢を、見ていました」
「そのようですね」
「レイラ様と出会ってから“あの日”を迎えるまで、何度も」
セシリアの手からサーベルが消え、漂うようにそのまま宙に浮く。レイラも武器を消し、周囲の3人も武装を解除する。
「私は、生きなくてはいけないのです。あの日散った“家族”のために」
「知っています」
「そして、あなたのように強くありたい」
「今のセシリアは十二分に強いですよ」
「そうでしょうか」
「えぇ」
迷うようなセシリアにレイラは偽りのない笑みを向ける。
「私がいなくとも、セシリアは立ち上がっていたでしょう。あなたは強い人です」
「その理由がなんであれ、ですか」
「はい。願いであれ、呪いであれ、想いであれ、どんな理由であってもセシリアは今、立って、飛んでいるのですから」
人の作る根幹を他人が非難する謂れなどなく、今ここが全てであるとレイラは知っている。悲しいことがあった、辛いことがあった。だけれども、今、セシリア・オルコットは振り向くことなく歩み続けている。
なればレイラはセシリアを、親友を信じてその隣に立ち続ける。かつての友を奈落に落としてしまった過ちを犯さぬよう、対等に真っ直ぐに見つめ合う。
「ふふっ、そうですわね。私はセシリア・オルコット。オルコット家の当主にして、レイラの友であり、騎士であるもの。ですから、生き続けるのですわ。この悪夢も超えて、私自身の手で、掴むのです」
セシリアが宇宙へと手を伸ばす。この空間を生み出してしまったブルー・ティアーズは理解した。主人は守られるべきものではないと。共に守る人だと、理解する。繰り返される悪夢は次第に溶けて、消えていく。
5人の意識は次第にこの夢の世界と共に現実へと引き込まれる。揺らいでいく視界が真っ暗になると、セシリアはただ一人、そこに残され目の前に現れた存在と相対した。
「あなたは」
「……………」
青い髪をして、ドレスを纏った貴人。セシリアによくは似ているがまったくの別人であることがよくわかる。
その誰かはセシリアに何かを告げたが口が動くだけで聞き取ることはできない。
「あなたは、何を」
「————」
微笑みを浮かべ、優しく送り出すかのように女性はセシリアから遠ざかっていく。言葉は交わせなくとも、セシリアは彼女が見送ってくれているのだと気がついた。だから彼女はその礼に応えて、胸を張り、礼を返す。
「どなたかは存じ上げませんが、此度の夢、私の始まりを思い返すには役に立ちましたわ。ありがとう」
まだ“幼い”青髪の女性は弾けたような笑顔を浮かべ、セシリアの視界が続いたのはそこまでだった。