IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-EX3「妹(本当に)」

「んー!よく寝ましたわぁ!」

 クロエのIS“黒鍵”の単一機能によって昏睡状態に陥っていたセシリアの目覚めて第一声がそれであった。眠っていた時の死人のような血色の悪さはなくなり、いつもの健康的なセシリアとなった彼女は呑気な笑みを浮かべて上体を起こし、腕を伸ばした

 その様を見た箒やシャルロットは彼女が目覚めるまであった緊張の糸が切れるのと同時にあまりのことに吹き出してしまい、千冬は呆れ気味に息を吐いた。

「あら?皆さんどうされたのですか?」

 セシリアは周囲を見ると近しい関係の者たちが一堂に会していることに疑問を持ったのか問いかける。千冬がまさか覚えていないのか、と問おうとしたところで、しばねの姿をした束の横に控えているクロエがセシリアに飛びついた。

「セシリアさん…!」

「く、クロエ先輩?急にどうされたのですか?そもそも私たちはお茶会を…」

「な、なにも覚えていないのですか?」

「いえ、昔のことを夢見て、あとはなぜか夢の中でよく知っているような女性がいたりと…不思議な感覚はありましたが」

 セシリアはある程度夢の中のことを覚えていたが、それでも朧気でマコトたちと交戦していたという記憶は無く、過去の記憶と目覚める直線の――の意志との邂逅しか覚えていない。

 彼女に続いて目覚めたマコトたちはちょうどクロエからの質問を受けたところを聞いたのでそれならば無理に言う必要もないかと考え、4人は視線を交わして頷いた。

 セシリアが無事に目覚めた上、この様子ではなんの後遺症もなさそうだと束は判断する。手に持っているタブレット端末にはセシリアの脳波や夢にダイブしたマコトたちの脳波もモニターされているが異常は見えない。

「(でも、ブルー・ティアーズのコアが“一瞬戻ってた”)」

 しかし、束はコアの異常は見逃さない。ブルー・ティアーズが夢という仮想空間の中で本来のインフィニット・ストラトスへ戻ったことを観測していた。何が起きたのか外部にいた束が知る術はないため、マコトとレイラに聞くのが間違いないだろうと判断した。段階的にインフィニット・ストラトスを公表していく中で、この「回帰」は大きな不確定要素だ。

「(クラス代表戦の時のいっくんと白騎士とは違う。白騎士はあくまでリミッターの問題、このブルー・ティアーズは自力でコアの基礎に残ってるものから組み直したんだ、自分自身を)」

 コアの自我が、より強く出始めている。歓迎すべきことであると同時に、束は未知数になっていく“娘”たちに湧き起こる知識欲が止まらない。

「(最高に楽しいなぁ、人とコア。この掛け算でどこまでみんないけるんだろう)」

 果てない成層圏への挑戦に、人とコアは無限大の可能性を抱えている。今回の騒動はクロエの親代わりとしては肝を冷やしたが、束本人としては喜ばしい出来事であった。

「セシリア、無事でよかったです」

「レイラもどうしてこちらに?」

 心底不思議そうな顔をしているセシリアに、レイラはなんともいえない顔になる。無事目覚めてくれたのは嬉しいし、夢での苦労はセシリアに伝えることでもない。だが、レイラの“少女らしい”部分がほんの少しだけ彼女をムッとさせた。

「あなたは私がそこまで薄情な主だとお思いで?オルコット卿」

「ッ…!そ、そんなことは、姫様!滅相も——」

 レイラが突然、纏う空気を重圧なものに変えるとセシリアはさっきとはまた違った様子で顔を青くしたが、セシリアが慌てる様子を見たレイラは途端にくすくすと笑った。

「冗談ですよ、セシリア。でも、突然倒れた幼馴染を心配するのは当然でしょう?」

「レイラ…ごめんなさい。無神経なことを」

「いえ、私も意地悪が過ぎました。無事に目覚めてくれて何よりです」

 そうして、微笑みを交わす金色の姫君二人に、周囲のマコトたちはまるで絵画を見ているかのような空気に、周囲に百合の花が咲いているように思える。簪はまたしても、初対面の頃に感じていた「空気が違う」感覚がしてたじろいだ。

「わ〜、お姫様とお嬢様ってほんとうにぴかぴかしてるんだね〜」

 そんな空気をぶち壊すかのような発言したのはシエラである。シャルロットは思わず「母さん!」と天然すぎる母にツッコンでしまい、尊さのような何かがあった保健室内に一同の笑い声が響いた。

「ふふっ、いやはや。なんであれ、無事でよかった。オルコット」

「織斑先生も、ご心配をおかけしました」

「いや、いい。元はといえば、今回の件は私にも責任の一端はある。家族がしでかしたことだ。謝ろう」

 すまない、と千冬が頭を下げる。ここで、セシリアはそんな、といつもであれば声をかけていたところであろうが、千冬の言葉の中にとんでもない言葉が混じっていたことに気がついた。

 そして、それを指摘したのは——この空間の中で一番、その言葉を聞き捨てならない存在である、一夏だった。

「千冬姉、待って。今の、その、家族って、どういう」

「…遅かれ早かれ、言う気だったがこのタイミングは完全に事故だな」

 千冬は校内で、業務時間内にあるにも関わらず、教師としてではなく一人の姉として困ったような顔をしていた。それが先ほどの言葉の意味をより確定させていて、一夏は混乱しそうになる。しそうになるが、先ほど夢でこの世界には(もう滅んでいる)悪の秘密結社がいたことを知っているので、声を荒げたくなるのを必死に堪えて、冷静に千冬に問う。

「千冬姉、俺たちには、俺には、家族が千冬姉だけって、そう、小さい頃から千冬姉自身に言われてきた。じゃあ、さっきの、家族って、なんだよ」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。それは向こうでの、彼女の軍人としての立場を保障するために与えられた便宜的なものだ。彼女の本当の名…というかファミリーネームは織斑。織斑ラウラ、が戸籍上における彼女の本名だ」

「あいつが、ラウラが、俺たちの…家族?」

「血は繋がっていないがな」

 一夏は慌ててラウラがいたはずの保健室の一角を見るが既にいない。どういうことだ、と思えば箒が口を開いた。

「ラウラはさっき部屋に戻って行った。千冬さんに言われてな」

「一夏にこうして、ラウラとの関係を明らかにしたのもそうだが、それ以上に深刻なラウラの出生に関して本人に明かしてしまったからな…部屋に戻らせた」

 千冬が顔を暗くして言う。ラウラの出生。それはセシリアの夢に潜る前に彼女らが聞かされたものだ。ラウラはクロエのクローン。インフィニット・ストラトスが生まれる以前から動物では実験が行われていたクローニング技術が既に人間にも使われ、こうしてその結果が目の前にいるというのは改めて、簪や箒、シャルロットには衝撃的であった。事情を知らないセシリアは首を傾げ、コズミック・イラでは実例があり、そもそも一例であったレイラは平然としていた。

 一夏は家族というところも問題だが、ラウラの生まれのことを考えると正直こんなことは後にでも話し合えばいいだけの話で、もっと深刻なのはラウラのほうだ。いきなり自身のクローンが目の前に現れたらどう思うだろうか。一夏は自らがそうであったらと考えると悲鳴を上げそうになる。

 クロエは既にいつものゴーグルをつけているが、それでも見れば見るほど「穏やかなラウラ」といった印象が生まれてくる。

「ラウラが家族って言ったけど、それなら君も…」

「いいえ、私は違います。私はクロエ・クロニクルですから」

 まさかと一夏は思いクロエに聞くが、彼女は首を横にふる。事実として、マコトとレイラは束が彼女の保護者であり、この問題は箒も同じ立場に置かれていた。そのことに箒もこの流れで気がついている。生態同期型のISなど作れるものは姉しかいない。箒は一夏の今の気持ちが痛いほどわかった。

 知らない間に姉が子供を作っていたかのような感覚だ。言ってくれれば、と思わずにはいられない。

「……千冬さん。私からも聞きたい。そも、彼女とはどこで出会ったのですか」

 箒の問いかけは当然のものであった。全員の視線が千冬に集中する。

「気になるのは当然か。……詳しいことはそのうち話すが簡潔に言えば、私は一度“正義の味方”を騙ってある組織を滅ぼした。そこで彼女を救ったのさ」

「まさか、亡国機業のことなのか、千冬姉」

 夢の中でレイラから語られた悪の組織。その名を出せば千冬の表情が一夏でも見たことがないほどに歪んだ。

「なぜそれをお前が…!?」

「申し訳ありません。先ほど、一夏さんには訳あって説明致しました」

「デュランダル、貴様っ」

「既にあなたが滅したものを、何故恐れるのですが」

「そういうことではない!」

「——落ち着きなさい。織斑先生」

 明らかにいつもの冷静さなど吹き飛び、一人の姉として声を荒げる彼女にたばねは声をかける。しばねとして演技している間はこうして冷静に声をかけやすく、束は嫌いではなかった。

「七槻……はぁ。まぁ、いい。そうだ、私は8年前この世界の全てを操っていた悪の組織をこの手で、暴力の限りで滅した」

 暴力の限り。それを意味することをマコトとレイラはすぐに察した。つまりは…皆殺し。戦争を、争いを終わらせるにはもっとも簡単で、後ぐされを残さない方法。敵であるものを全て滅ぼしてしまうこと。

 そして、それにはきっと束も関わっている。マコトはこの世界をたった二人の少女がその手を血で染めて救っていたことを知ってしまった。思わずマコトはしばねを見る。見慣れた瞳の奥には悲しそうな、申し訳ないような、そんな感情が揺れていた。

「話を戻すが、その最後の局面で私はラウラと出会った。状況は話せないが、彼女を保護し、一時ドイツに預けようとも考えたがそれでは彼女を守れないと判断し、戸籍を与え私の家族とした。自称するは嫌だが、世界最強というものは役に立った」

 細かいことはわからないが経緯については納得のものだった。人間のクローン。そんなものが明るみに出てしまえばISに続いて世界がどうなるかなどわかったものではない。だからこそ、千冬は自ら後ろ盾になった。

「お待ちください。いまいちまだ、状況はよくわかりませんが、彼女が織斑さんお二人の家族であるのなら、なぜ軍人など」

 セシリアのもっともな質問に千冬はまたしても苦々しい顔をする。

「取引があった。力は…私には暴力こそあったが、所詮それが通用するのは同じような相手だけだ。当時ただの小娘であった私には政治など、どうすることもできなかった。だが、それでも…歪でも、あいつにはドイツで仲間ができて、昇進までしてあの若さで佐官にまでなった。だから、軍人となってしまったことを私はそこまで後悔していない」

 苦い顔をしても、最後は微笑んでいた。その表情に、一夏は姉の知らない顔を見て嫉妬した。嫉妬してすぐに、強烈な自己嫌悪に陥る。あんな、小さい子に嫉妬なんて、と。

「………事情はわかった。千冬姉。ならラウラを、俺はどう見ればいいんだ」

「お前に任せる。今回、あいつが日本に来たのはお前の近辺警護というのが目的でそれ以上のものはなかったんだ。ラウラも普段から私を姉とも母とも言わん」

「千冬姉はどうみてるんだ」

「そんなもの、家族に決まっている。呼ばれ方など、さしたる問題じゃない」

「なら、決まりだな。あいつは俺らの家族で…うん。俺の妹、そう思うことにする」

 真っ直ぐに、千冬を見ながら一夏は言った。先ほどまでの嫉妬など嘘のように穏やかな気持ちだ。ラウラは妹、そう意識すると一夏はほんのりと胸の奥が暖かくなる。家族が自分たち以外にいた。それが、一夏には嬉しかった。

「一夏、いいのか?」

 箒が一夏に問う。箒もいずれ直面する問題である以上、一夏の答えが知りたかった。

「あぁ、いいさ。確かに言わなくてひっでぇな、って思いはしたけど、そんなことどうでもいいんだよ。だってもう、ラウラは織斑で、俺と千冬姉の妹になっちまってるんだ。ネチネチ昔のこと、それに俺が大して関係してない話を気にしてもしょうがないだろ」

「一夏………」

 真っ直ぐさ、素直さ、思い切りの良さ。これがあるからこそ、箒やマコトは幼い頃から一夏との友情が続いている。状況に流されているかもしれない、けれども、その流れの中で彼は決して自らを呑み込まれさせていない。まるで滝の下に立つ者のように、そこに彼は在り続けている。

「それでいいよな、千冬姉」

「……ありがとう、一夏」

「おうさ」

 織斑家の話が終わってしまえば、ちょうど下校時間を知らせる放送が廊下から漏れてくる。タミングよく話のキリがついたので、それぞれが解散の方向で動き始めた。

「さて……ひとまず、オルコットも目覚めたのでここは解散だ。大事をとってオルコットはデュノア先生の診察を受けること。他のものは下校だ」

『はい!』

 事件は解決したのである。新たな問題も表出したが、これに関しては一夏とラウラ次第のためマコトやレイラ、簪にシャルロットはどうすることもできない。セシリアや箒もだ。

「七槻先生も彼女の診察をお願いします。クロニクルと合わせて」

「勿論、するつもりだよ」

「お願いします」

 じゃあ、と一夏が立ちセシリア除く者たちが保健室から出ていくことになる。だが、その前に束がマコトを呼び止める。

「飛鳥さん、先ほど貸したものを返してもらえるかな」

「あぁ、そうだった。すいません」

 マコトは先ほど貸し出されていた黒騎士の待機状態となっているバッジを束に手渡す。束はしばねの姿でも薄く微笑みかけてくれたので、マコトも微笑み返す。それは簪は目ざとく見ていて、しばねとマコトが一朝一夕の関係でないことを見抜いた。

「(誰?)」

 一言、それだけが心の中で凄みを持って呟かれたが今世では恋心に妙に鈍感なマコトは気がつかなった。

 一方で、束は気がついたが特に視線は向けない。恋敵への宣戦布告はこの姿ではできないからだ。

「(ふふ…こっちも楽しみだね。学生時代、こういうのなかったし)」

 青春のロスタイム。束はそんな気持ちだった。

 

 

 

 保健室から出たのち、夕食を経て部屋に戻った一夏と箒は部屋に入ると意外にも平然としているラウラが出迎えてくれていた。

「ラウラ、大丈夫なのか?」

「あぁ。落ち着いた」

 ベッドに腰掛けていたラウラの横に座った一夏は「そっか」と頷いた。

「ラウラのこと、聞いたよ。千冬姉から」

「……そうか」

 ラウラはこのとき、一夏が彼女の出生を気にしているのかと思っていた。クローン、そんなもの冒涜的だと。そう思われてもしょうがないと考えていた。しかし、残念ながら彼はラウラが思うような“小難しいこと”はわからない知らないと投げてしまうタチだった。

「お兄ちゃんって、呼んでもいいぞ」

「は?」

 感動的な姉と弟の家族受け入れから僅か数時間での出来ごとであった。

 箒は色々と、姉のこともなどもあったが、それらのことはひとまず置いておいて、思い出していた、一夏のことを。

 クラス代表戦の際、零落白夜を飛び道具としてぶん投げるという暴挙に出たのは何も彼が万事休すでそうするしかないと破れかぶれでしたわけではない。一夏は昔からそうであった。

 彼はときおり、色々と大事な過程をすっ飛ばしてしまい、時にとんでもなく口下手になってしまうことがあるのを。

「待て、一夏。お兄ちゃん?なぜお前をそう呼ばなくてはならない」

「え?だって戸籍上で織斑ラウラだって」

「まて、待て。確かにそうだ。だが、常識的に考えろ、いきなり同年代の相手をお兄ちゃん、などと呼べるか?」

「え?ダメか?」

「ダメだろう。ギャルゲでもよく義理の妹にそう呼べと言って気持ち悪がられるのがよくあるがちょっと今その気持ちわかったぞ」

「気持ち悪いとは失礼な。俺だって千冬姉って呼んでるからその流れで」

「下心はないのはわかるがいきなりは無理だ」

「そっか。じゃあ慣れたら」

「一夏兄さん、で勘弁してほしい」

「………なんかいいな、それ」

「…私も言っておきながらそう思った」

 確かにラウラは自らのクローン、もしくは自らがクローンであることをわかって不安になった。しかし、こうして家族と……兄と言葉を交わすことで彼女の精神は不思議と安定した。軍人で、どれだけ大人びていようとも、彼女はまだ少女だった。

 

 

 故に、彼女を蝕もうとする“ソレ”は一時的に足踏みする。光が増せば影も深くなるが、その境界はより、明確になるのだから。

 




次回、レイラ恐怖の父、来日。
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