ラウラが一夏と向かい合っていた頃、マコトと簪はテレビを見ながら就寝までの時間を過ごしていた。ベッドの淵に隙間なく一緒に座っている姿はどこからどう見ても恋人のそれだが、マコトは「女の子同士だしこんなもんでしょ」と特に気にしておらず、簪はそれをいいことにマコトの温もりを遠慮なく感じている。
「そういえば、明日授業参観だったよね」
「そうだったね」
「簪は誰か来たりするの?」
「明日のは海外の人たち向けだから…それに、学園にはお姉ちゃんいるし」
「それもそっか」
他愛ない会話が簪にとっては愛おしく、彼女はこの時間が好きだった。あの正体不明な教員よりも、ずっと私は先に進んでいる——簪はそんな自負がある。
さりげなく簪はマコトの手をとって指をからめる。マコトはこれも特に抵抗しない。マユとはよく手をつないでいたからだ。かなり大胆なことをしていると簪は胸が高なったが、それ以上にマコトのことを感じられることが嬉しい。
「……ねぇ、マコトさん」
「なにかな、簪さん」
「さっき、夢の中での動き、すごかった」
「あぁ、アレ」
「あの夜も見たけど、あれが、マコトさんの本当の機体なんだよね」
「そう、なるのかな」
黒騎士。簪からすれば正体不明なISで、明らかに既存の機体を超えた性能を持つ機体。それに、設計思想もまるで異なることが容易に想像できる。ビーム・ブーメラン、光の翼、驚異的な機動力と破壊力を待ち合わせたマコトの翼。
ブルー・ティアーズ・ステラドレスが放つビームの雨を残像を出しつつ突貫する姿はあまりにも格好が良かった。
何より、マコトの動きが「慣れすぎていた」ことが、それがマコトが“未来(過去)”で乗って何かと似ているのではと思った。既に、マコトがこの世界から去らないという確約を得ている簪は知りたいと思った。
「マコトさん。マコトさんは“未来”であのISに乗っていたの?」
簪に聞かれ、一瞬軍規…という言葉がよぎるがもはや世界が違うので気にする必要はなかった。なのでマコトは特に隠すこともなく簪にかつての乗機を伝えることにした。
「ZGMF―X42S、デスティニー。それがあたしの、未来…というか前世で乗っていた機体」
「かっこいい名前だね」
「ありがと」
マコトがはにかみ、簪は彼女がその名前を気に入っていることがわかったが、ここで簪は先ほど、保健室で千冬が浦ポロリと漏らしてしまったような言葉に気がついた。今、マコトは“未来”をなんと言っただろうか。
「……ねぇ、マコトさん」
「ん?どうしたの?デスティニーの装備は——」
「今、前世って言った?」
「あ」
もうマコトは簪に隠し事はしないと思っていたばかりに、あまりに自然に言ってしまっていた“前世”という言葉。簪はそれが意味することを正しく認識する。彼女はデスティニーを機体と言った。そんなことを言うのは、パイロット他ならない。兵器のパイロットというのは軍人がなるものだ。
そんな人物が前世、と言った。
「マコト、さん、まさか、マコトさんは死んで」
「あー、まぁ…そうなるね、簪さん」
死。その言葉をマコトが肯定した瞬間、簪はマコトをベッドの上に押し倒した。
「うわっ!?」
「なんで、どうして、だって、マコトさんは、今、生きて」
マコトの顔の上に、簪の涙が落ちてくる。愛しい人が一度死んでいた。そんな事実を、簪という少女が受け止め切ることなど不可能だった。目の前にいるマコトは生きている。感じていた温かみは嘘ではない。けれども、彼女は認めてしまった。
「えっと、まぁ、その…察してるかもしれないけど、あたし、軍人で……戦って、死んだんだよ」
いざマコトはそう口にしてみてもあまり実感が湧かない。デスティニーはエンジンが暴走して自爆したので、痛みも感じる暇がなかった。マコトからすれば気がつけば“飛鳥マコト”になっていたので、死んだことよりも性転換した方が実際の衝撃が大きかった。
だが、簪は当然本人ではないのでそんなこと知る由もない。マコトは失敗したと思った。簪は優しい子で、そんな子に自分が一度死にましたなんて言えばどうなってしまうのか想像に易かった。
ただ、こんな押し倒されるとは思っていなかったが。
「どうして、マコトさんは死ななくちゃいけなかったの?だって、こんな優しくて、いい人なのに」
「なんでだろうね。あたしにも、よくわからないや」
悲しそうに、不安そうに、赤い瞳を潤ませて、泣いている簪をマコトはよく見た。否、初めてマコトは“更識簪”という“女性”をまっすぐ見た。姉である楯無とは似ているようで似ていない、表情に乏しいように見えてこんな人を想った顔をできる。控えめに見えて、今こうしてマコトを押し倒してしまうような大胆さ。
依存するようなものではない、確かな“想い”と“力”をマコトは彼女に感じる。だからマコトは、素直にこう思った。
「簪さんって、素敵だね」
いや、言ってしまった。言ってからマコトは急激に顔が熱くなり、胸の動悸が激しくなる。戦いの中で感じていたものとは明らかに違う。別種の感情。人間として、正常な一つの感情。これをマコトはよく知っている。
「マコト、さん?」
「へ、あ、あれ、なんだろ、あたし、なんで」
泣きながら、突然くどかれた簪は頬を赤く染めながらも、まだ泣いていた。押し倒した相手は急に顔を真っ赤にして、簪から目を背けた。背けたのだが、マコトの目尻には涙が浮かんでいた。
「んっ…なんで、あたし、泣いて」
二つの感情をマコトは自覚する。一つは愛欲。二つ目は嬉しさ。
マコトの、シン・アスカの死は誰にも悲しまれることはなかった。レイラは悲しんでいたが、再会したときは出会えた嬉しさが勝った。直球に、ここまでの言葉を伝えたのは簪が初めてだった。
死を惜しまれた。ただの暴力装置と化したシン・アスカのことを。それが、マコトには嬉しかった。たとえ、前世の人生が誇れるものでなくとも、悲しんでくれる人がいると実感して、嬉しくて、感情が溢れて涙が流れていた。
その相手に、マコトはこの世界で初めて……意識を向ける。ただのルームメイトではない。一人の女性として。まだ恋にもなっていない。この世界に来てから眠り続けていた、誰かを愛するという感情が目を覚ました。
「か、簪さん、その、あの、離れてほしい、かな」
「あ、え、あっ、そそ、そうだね」
バッ、と二人は離れる。先ほどと違ってその距離は大きく離れた。簪は気がついてしまう。もう、甘えることはできないと。
「ご、ごめん。簪さん、あたし、もう、寝るね?」
「そ、そうだね」
ずっと眠っていたその欲求はマコトの思考を大いに狂わせる。これまでの行為が脳裏を流れていく。簪とは友人のつもりでずっといた。だから彼女を助けたり、励ましたりもしてきた。だが、その中で一つ致命的なものがあった。
シャルロットの騒動後に、マコトと簪は一矢纏わぬ姿で、抱き合っていた。そのときの、簪の体の柔らかな感触がマコトの中に蘇り——。
「(なにやってたんだ、あたしっ!彼女でもない女の子と、は、はだか、抱き合って…ッ〜〜〜〜〜!)」
意識してしまえばもう遅い。マコトは穴があったら入りたかった。幸いにして、簪はあれらのことがあってもまだ友達でいてくれているので大丈夫だと考えたが、それにしたって、マコトはどうにかなりそうで、声にもならない悲鳴が出る。
明日からどうすればいいのだろう。マコトは頭の中をぐちゃぐちゃにしながら寝ようとするが眠れない。
「う〜〜〜〜〜」
「(可愛い…)」
悶々として、唸るマコトに簪は可愛いな、と思った。前世も含めればマコトは簪より随分と年上だったが、少女としてのステップは簪の方が遥かに上だった。
「(……甘えられない、なんて思っちゃったけど、逆だ。もっと甘えてもいいかもしれない)」
これまで散々、ドキドキさせられてきたのだから、彼女が完全に“自覚”するまで今度は仕返しをしようと簪は考えた。そういえば、ずいぶん前に頼んだ髪留めはもうそろそろ届く手筈になっている。
それを使って、決定的にしてもいいかもしれないし、もっと近くに寄ってもいいかもしれない。
「マコトさん、まだ起きてる?」
「……起きてる」
「今度、どこかお出かけ、行こ?」
「…………いいけど……」
「やた♪」
簪の嬉しそうな声だけがマコトに届いた。
マコトは、何か、もう逃げられないような、妙な予感がした。これまではどこか一歩引いていたが、これ以上は引けない。レイラのように、完全にマコトはこの世界に足をつける。一人の少女が、彼女をこの世界に完全につなぎとめてしまった。
IS学園の裏口にはその日、次々と来賓が入場してきていた。
「はい、次の……」
警備員として来賓のチェックを行わなくてはいけないアキが職務を全うするために手早く来賓の荷物検査や事前のリストとの照合を行なっていたのだが、次に検査をしようとした相手の姿を見て固まった。
長い癖のある黒髪にサングラス、まだ時期は早いとしか言いようがないのにアロハシャツを上に着て、下は短パン。微妙に処理されてないスネ毛が覗いており履き物はサンダルである。バカンスにでも来た外国人か?とアキはどう見ても不審者な相手に言葉を失っていた。
しかし、そこはプロとして対応しなくてはならない。
「……えっと」
「おっと、これは失礼お嬢さん」
そう言ってどう見ても不審者な男性はサングラスをとった。すると、そこに現れたのはアキも思わず目を見開いてしまうほどの美形だった。琥珀色の瞳に切れ目で、顔つきは端正。この日本の文化である歌舞伎の女役をしていても似合いそうなほどだ。
そして、サングラスがなければ誰なのか一目瞭然だった。
「…い、イギリスからお越しの、デュランダル大臣でよろしいですか?」
「あぁ、その通りだよ。しかし、今日の私は大臣ではなく、いち保護者として来ている。ギルさんで結構」
浮かれてやがる、とアキは笑顔を崩さないようにしつつ内心そう思った。格好が明らかにふざけているが顔がいいことで帳消しにしている。アキはこのどうかしている要人に絶妙なイラつきを覚える。
「招待状をお願いします」
「これかな?」
胸ポケットから優雅に取り出す所作は彼が浮かれたアロハシャツの不審者ではないことを裏付けるほどに綺麗だが、全てが格好のせいで台無しになっている。アキは招待状を確認し、確かに彼がギルバート・デュランダルであることを確認した。
「(あ、ありえねぇ。これがあの、プリンセス・レイラの親父?かなりのキレものだって聞いてたがただの浮かれ親父じゃねぇか)」
招待状が本物である以上、それは疑いようがなかった。形がどうあれ、今回の訪問は授業参観であり、ギルバートがこのような格好をしているのはおかしいが、なんらおかしくない。そのため、アキは彼を通すしかない。
「……確認できました。ようこそ、IS学園へ。本学はその性質上、敷地内は女性がほとんどです。トイレなどは本館、1F隅にありますものを使用してください」
「了解した。では、入らせてもらうよ」
サングラスをかけなおし、ギルバートは校内へと入っていく。
「(ありゃ後で不審者の連絡が入るな)はい、お待たせしました次の方」
なお、ギルバートの名誉のために言うと、彼がアロハシャツで来ているのは宿泊先のホテルで本来着てくる予定の私服にコーヒーをぶちまけたからである。それも、行く直前に。
気持ちを切り替え、アキは次の保護者を迎え入れたが、今度も彼女にとって面倒な相手だった。
「失礼な警備員ね」
「テメェ…どの面下げて」
「あら、どちらでお会いしたかしら〜」
それはもういい笑顔で、ロゼンタ・デュノアがアキの前にいた。彼女はギルバート同様、シャルロットの保護者として来日しているせいか、普段フランスで着ているようなドレスなどではなく、ビジネススーツに身を包み、自慢の赤髪は後ろで結い上げ、ノンフレームの伊達眼鏡を身につけている。
アキからすれば組織を裏切った…もとい、抜け出した脱走者であり、どの面下げてと文句の一つは言う。ただし、スコールがそのことを気にしていない上に、今後ロゼンタには欧州の状況を探ってもらうという予定があるため言えたのはそこまでだった。
「チッ………ようこそ、学園に。招待状はお持ちですか?」
「はい、これね」
「確認しました。フランス、デュノア社取締役、ロゼンタ・デュノアさんですね」
「えぇ。それじゃあ、通してもらうわよ」
「ごゆっくり」
ロゼンタは特にアキに何かを言うことなく校内へと歩いていった。その後ろ姿を見て、ロゼンタが何も変わっていないと確信する。
「変わっていないようで変わっているかもしれないわよ」
「おわ、びっくりさせないでくれ」
「ごめんなさい」
くすくすと笑いながらスコールがアキに言った。スコールもさすがに人手が足りない時は警備員の制服を着て受付を担当している。ただし、その美貌があまりにも目を引くため帽子を深く被り、マスクをしている。
「はぁ。あたしらが死にかけてた頃、あいつぜってー高笑いしてたぜ」
「まぁ、そこはご愛嬌ってところじゃないかしら。魔女ですもの」
「なんであいつのこと高く買ってるんだ?」
「本質的には一緒だからよ、私と彼女は」
「おいおい、冗談はよしてくれよ」
「本当よ?愛に狂える女ってところは、彼女も私も変わらないわ」
スコールにとって、ロゼンタは手放したくなかった類の者だったが、同じ“モノ”を持つ相手として尊重し、彼女を抹殺しようとはしなかった。かつては魔女と恐れられた彼女がこうして保護者として子供を見に来るというのは間違い無く変化だとスコールは思っている。それはとてもいいことだ。
「(例え世界が許さずとも、誰かが許してくれればそれでいい。ロゼ、あなたはそれを知っていたのでしょう?)」
遠ざかるかつての戦友の背中を見送りながら、スコールは「もっと早くそれを知りたかったな」といつまでも変わらない少女と大人の中間の姿で、愛する人と共に仕事へ戻るのだった。
保護者見学ツアー当日の朝。マコトと簪は珍しく別行動で朝食を取ることになった。簪がいつも通りに、と言っていたが今のマコトはまともに簪を見れなかった。彼女に恋した、とか好きだ、とかそういった感情はまだ定まっていない。ではなぜかと言えば単純に、彼女と裸で抱き合ってしまったという羞恥心からである。
「で、珍しく私と一緒に食べてると」
「うん…」
さやかが呆れた様子で言い、彼女のルームメイトであるティナは苦笑いするしかなかった。さやかは当然こちらから見えるいつもならマコトの座っているテーブルを覗くと、簪以外が心配そうにマコトを見ているのがわかった。ただ、若干1名ほどそれどころではないのか一心不乱にご飯を食べている姫君が見受けられた。
「いやおかしいでしょ。レイラさんどうしたのアレ」
「あ、確か今日、レイラのお父さんが来るから」
「あぁ、例の」
一先ずマコトを復活させるため、レイラのことを話題に出すとマコトはなんとかいつも通りの態度に戻って答えた。ギルバートが来るというのは1組に知れ渡っており、既にレイラから相当な親バカであることが判明している。さやかも含め、どんな父親なのかとイギリスなどのHPを漁りギルバートの対外的な姿を見ているが、大半は「こんなイケメンパパに愛されてるのは羨ましい」という意見だった。
が、レイラは「正気ですか!?」と珍しく声を荒げたので本当に、本当に相当な父親なのだろうというのが1組共通の見解である。
マコトも、さすがにレイラの評は家族に対してのオーバーなものだろうと想っている。別人とはいえ前世でのギルバートの姿を知っている以上、まさか公の場でとんでもないことはしないだろうと思っている。
「…えっと、飛鳥ちゃん?」
「なんですか、ハミルトンさん」
「あ、ティナでいいよ?それで、別に簪さんのこと好きとかそういうのじゃないよね?」
「す、好きかどうかで聞かれたら好きだけど…いやその、友達として、ねっ!?」
「なんで蒸し返すのティナ」
「いや、だってこういう話なかなか聞けないじゃん?」
IS学園での同性カップルなんら珍しくもなくごく当たり前の光景であるが、あまり恋バナになることは少ない。基本的に見守るスタンスが多いためだ。マコトやレイラがカップルか何かか?といったことがあっても周囲に噂が流れないのはそのためだ。
ティナからすれば同級生となると興味が湧くのでしょうがないといったところだった。
「うーん。でも、マコトそんだけ意識してるってことは異性?というかそういう対象に簪さん入ってるってことだよね」
「そういう対象って」
「いや性欲の対象」
「せ、せ、せいよっ」
マコトの顔は真っ赤になった。結局のところ、前世での知識はあったが今のマコトはこの世界における飛鳥マコトとしての意識が強いのだ。それは本人が前々から自覚していることであるし、前世での口調などは強く意識しないとできない。
だから、あからさまに生娘な反応をしてしまうのは致し方ないことだった。
「と、友達をそんなふうに、見ちゃうのは」
「しょうがなくない?それに女子同士でもそういう気持ちはあるし」
「そーだね。たまにさやか、私のこと見る目いやらしいもん」
「不可抗力ってもんだよ、ティナ」
あけすけな二人の様子に、マコトは考える。もしかして、これはそんなに恥ずかしがることではないのかと。女子同士ならこんなもの、とこれまで自覚がなかったのも手伝ってそうしてきた。さやかとティナの様子を見ると、肉体的な接触は珍しくもないことなのかとマコトは思った。
「えっと、その、変なこと聞くけど、さやかとティナさんは一緒にお風呂入ったりしたの?」
「え?入るよね、たまに」
「うん。たまにさやかおっぱい揉んでくるし」
「だってティナのでかいし」
でかいし、という言葉につられて思わずマコトはティナを見てしまう、確かにそのバストは豊満であった。
「飛鳥ちゃん、視線が」
「あ、ごめん」
「いーよ別に、よく見られてるし」
日本だと視線がよく飛んでくるからね〜と慣れた様子で言うティナにマコトは謝りつつもなんとなく心の整理がつきそうだった。
「まー、マコト。女の子同士だからちょっと触りあったりとか、そういうの問題ないって。特に私たちみたいに全寮制で女子校だとさ、人によっては恋愛ごっこ、みたいな感じでわりと軽い人もいるしさ」
「恋愛ごっこ、って…」
「そういうこともするし、けれど後腐れなくって感じだね。先輩とか結構多いみたいだよ」
「う〜…なんか、知らない世界だ」
「そこらへんは人それぞれだからね。ただ、今のマコトみたいに過剰反応しちゃうと大変だよ。だってこれからも基本的には3年間同棲ってことなんだから」
「い、言い方ぁ」
「あはは……飛鳥ちゃん。でもほら、織斑くんは全然そんな感じじゃないでしょ?異性なのに」
「それはあいつがおかしいのっ」
マコトが珍しく一夏をあいつ呼びするあたり、本当に参っているのだろうとさやかもティナも苦笑する。確かに、草食どころかもはや絶食ではないかとさやかは常々思うが、悲しいことに一夏の場合は幼い頃から異様な美女、美少女に囲われ更にそのほとんどが変人か超人だったので気がつけばあまり恋愛をするというビジョンが一夏に浮かばなくなっただけである。
強いて言えば鈴音が一夏の中で、普通で、家庭的で好感度は高いがまだまだ悪友といったほうが彼の中でのイメージは強く、恋愛への発展は厳しいところであった。
「ま、そういうことで、避けるのはやめておきなよ。それに二人ともタッグマッチ出るんだし」
「そうだね…」
なんにせよ、マコトと簪はタッグマッチでペアな以上、避けることはやめたほうがよく、マコトは気持ちを入れ替える。女の子同士ならくっついても、抱き合っても、いたずらで乳繰り合っても特に問題はない。……最後は人を選ぶし、そもそも珍しい部類なのだが、マコトはそう思うことにした。
「落ち着いた?」
「うん。ありがと、二人とも」
「よかったよかった。じゃあ、今からみんなのところに戻るんだね」
「え、なんで?」
さやかは首を傾げるマコトに「これは重症だ」と思わざるえない。彼女は何か致命的に鈍感のようだった。先ほどから注がれている簪の視線がどうみたって恋愛ごっこではなく、本気で恋している相手へのものなのに。ティナも簪の視線の熱さには気がついており「これが本物か〜」と呑気に考えていた。
「……ま、いいけど」
「ほっ」
ただし、相沢さやかという少女は深入りをしないため、ここで強引に彼女を行かせない。それに、友人とはいえなかなか交流できないマコトとの時間は貴重なので元より行かせるつもりはそこまでなかった。
「(ま、簪さんは頑張ってねって感じだ)」
健闘を祈るにとどめて、さやかは朝食を進めるのだった。
朝食の時間が過ぎればSHRである。結局、マコトは簪とそのまま朝は言葉を交わすことなく1組に入り、現在校内ツアーのほうにかかりきりな千冬に代わり真耶の朝の連絡を受け、授業に入ることとなった。保護者らの授業参観は午後からとなるようで、1組は午後、校庭でISの実機訓練授業が予定されている。
1時間目の授業が始まるまでの間、マコトは流石に尋常ではない様子の親友が心配になったので彼女の席に歩み寄った。
「レイラ」
「…………あぁ、マコトですか」
反応が明らかに鈍い。目がどうみたって死んでいるが彼女は頑張って笑顔を浮かべていた。余計にマコトは怖かった。大丈夫なのか、とセシリアに視線を向けるが無言で首を横に振られる。
「あはは、すごいことになってるね…レイラさん」
すぐ近くの席のシャルロットがなんとも言えない表情で言う。彼女もロゼンタが来ることは聞いているが、シャルロットはロゼンタの外でのビジネスマン然とした姿を知っているし、フランスでは何度か授業参観にシエラと共に来ているのでなんら問題はない。
いろいろな親御さんがいるんだなぁ、とシエラ譲りの能天気さでシャルロットは漫然と授業の準備をし始める。
「デュランダル議員の手腕はドイツでも聞いたことがある。優秀な人物であるという、そこまでなのか?」
シャルロットの隣にいるラウラはレイラの様子が解せなかった。母、と呼んだことはないが千冬はラウラにとって尊敬に値する人物である。多少酒癖が悪かったり部屋が汚い程度は仕方がないと割り切っている。
ラウラの言葉を受けてようやくレイラが反応を返した。
「優秀で、それだけなら、どれだけよかったことか」
遠い目をしてレイラは外を見る。1組の教室からは校内の広場が見えるのだが、そこで妙な光景を目にした。一人の女生徒が何やら慌てて走っていた。まるで逃げるかのように。マコトもセシリアも、レイラの視線に気がついて外を見た。
なんだとマコトは外を見ればとんでもない光景が見えた。
「…………えっと、レイラ」
「………………」
「あの、アロハシャツの……楯無さんに関節技喰らわされてるサングラスの、男の人って」
「…………………」
「レイラの、お父さん?」
「ひゅっ……」
「あぁ!?姫様ぁっ!?」
短い息を吐いて、レイラは気を失い、セシリアが慌てて抱きとめた。マコトは顔が引きつっていた。顔は遠目でもよくわかる。知っている顔だ。あの世界のギルバート・デュランダルと瓜二つ。しかし、格好がアロハでサングラス。おまけにサンダル。
挙句、こちらもよく知っている楯無が真っ当に職務をこなしている。
「あぁ、おいたわしや……って、こんな時に電話…」
あまりにあんまりな光景を見せられて気を失った主君を介抱するセシリアに電話がかかってくる。
「…はい」
『久しぶりね、セシィ』
「こ、これはタリア様。ご機嫌麗しゆう」
『あなたも元気そう……には聞こえないわね。何かあったのかしら』
セシリアは迷った。かけてきた相手は現在気を失っているレイラの母であり、商売相手でもあるタリアである。周囲の視線が注ぎ込まれていることなど気が付かないぐらいセシリアは思考に沈む。
何を、どう伝えればいいのか。
「な、なにも」
『そういえば、今日ギルバートがそちらにいったのだけれど、見かけたかしら』
見かけているし現在進行形で不審者扱いされている。おかげさまで娘は気絶までしている。主人の名誉と、その父上の名誉、セシリアは天秤にかけ、即座にどちらをとるか決めた。
「………み、見かけましたわ」
『そう。変な格好はしていなかったかしら。あの人、スーツ持っていかなかったのよ』
「し、私服でしたわ」
『どんな?』
「えぇ、えぇっと、わ、若く見えますわね、ええ」
間違ってもアロハシャツなどとは言えなかった。だが、この誤魔化しはタリアに聞かなかった。既に彼女はギルバート自身の言葉で最悪な格好を知っていたからだ。
『なるほど“休暇気分”ということね』
バレている。レイラの鋭さはタリア譲りであった。
『レイラに変わってもらえるかしら。ギルの姿を見る前に言っておかないと』
「………た、タリア様。非常に申し上げにくいのですが」
『何か?』
「…もう、遅いです」
こうして、レイラ・デュランダルのIS学園の思い出の中で唯一思い出したくない1日が幕を明けた。
マコトはまだ簪を(恋愛的な意味で)好きになったわけではないです。
議長はどうしてこうなった。