「ほんっとうに、申し訳ありませんでした」
「いいや、気にしていない。むしろ、いい警備体制だと感心したよ」
IS学園生徒会室。楯無に拘束されたギルバートは特に何かされるわけでもなく生徒会室のソファに腰掛けていた。ギルバートの服装はアロハシャツではなく、黄土色のスーツに変わっており、結い上げた髪とサングラスがなくなり露わになった素顔のおかげで先ほどの不審者同然の人物と同じには見えない。
これはギルバートが事情を話し、楯無が彼女の使用人である布仏虚に用意させた服であった。さすがに一度生徒会長が拘束してしまった以上、そのまま離すわけにはいかなかった。
「それに良い仕立てのスーツまで用意してもらった上に、これだけ上等な紅茶まで頂いている。謝罪はこちらがすべきものだ。大変申し訳ない。助かった」
「いえ、そんな」
頭を下げるギルバートに楯無は内心ため息をついた。一番まともだと思っていた来賓がこのザマだったのだ。彼女からすれば、表でも裏でも名の通るギルバート・デュランダルを締め上げてしまったというだけでも失態なのに、こんな頭を下げられては困ってしまうし疲れるだけだった。
できればこのまますぐお帰り願いたい。とまで思ってしまう。
「しかし、困ったね。今からツアーに参加をすると中途半端になってしまうね」
「そんなことはないと思いますが」
「時刻は10時を過ぎている。行ったところであまり聞けないだろう」
ツアーのスケジュールが頭に入っているギルバートはツアーへの途中参加は諦めると言い、楯無は困った。ツアーに参加しない、その間彼をどこに置いておくのか。それは警備上ここしかない。
どうやったらこの紅茶を優雅に飲んでいる人物を動かせるのだろうかと楯無は悩んだ。
「それにしても、君の名前は楯無、というのだね」
「はい?そうですが……」
「名はその者の存在を指し示すものだ。ならば、その名が偽りだとしたら、その者の存在も偽りということになる。更識楯無、いや…更識刀奈」
前触れなく、ギルバートの首筋に苦無が突きつけられた。それを行なったのは部屋から出たはずの本音の姉であり、ギルバートにスーツを渡した虚だった。
先ほどまでの生徒会長としての更識楯無は消え、ギルバートの目の前には彼がよく見知った世界の住人である更識楯無が立っていた。
「おや、家事だけでなく武芸にも秀でているのだね。君も優秀な使用人のようだ」
「デュランダル様は私のようなものを他にご存知で?」
「娘の友人にね」
いつ殺されてもおかしくない状況であるにも関わらずギルバートは平然としており、楯無は虚に苦無を下げさせる。今のはただの冗談のようなものだろう。それに過剰反応してしまった時点で楯無の負けであり、そもそも、これが彼の狙いだったのかもしれない。
「あぁ、断っておくとコーヒーを溢したのは事実であるし、スーツを忘れたのは本当で、アロハを着てきたのはわりと真面目だったよ」
「ご冗談を」
「ふふ。残念ながら、本当に、本当なんだ」
堂々と言うことではないでしょう、と楯無はツッコミたくなったが、これで乗ってしまうのは完全に彼の術中に乗ってしまう。彼女は咳払いして室内における主導権をニュートラルに戻しながら話を続けた。
「それで、わざわざ先ほどのようなことを仰られたのですから、何かお話でも?」
「あぁ、大したことはないんだ。まず一つ、娘のことは調べないでほしい」
楯無はやはり気が付かれていたか、と嘆息する。バレないわけがなかった。ただし、レイラが諜報員である以上、それをしないわけにはいかない。楯無にとってそれは義務であり責務だ。
「そちらの“諜報員”のことは調べましたが、あなたの御息女に関しては感知しておりません」
「おや、そうだったのかい。それは失礼をした。それと訂正を、教育機関に諜報員なんて物騒なものを紛れ込ませるほど、我々は騎士道精神を忘れてはいないよ」
あまりに白々しい発言だが楯無は何も返せない。単純に相手が上手なのに加えて、後手に回ってしまったことが響いていた。
「…それもそうですね。失礼しました」
「ならいいんだ」
元々、イギリスは超兵器とISの所有によりことIS学園の介入という点では警戒度が低い。今更男性操縦者など気にするような国家でもないのだ。
「ではもう一つ、君は“ネスト”と呼ばれる存在を知っているかな?」
「ネスト?」
聞き覚えのない言葉だった。そのままの意味であれば巣だ。楯無は何かの隠語かと思ったが、違った。
「その様子だと知らないようだね…いや、我々も最近まで知らなかった情報だ。さて、私の目的を明かそう。私が今日、ここに来たのには2つ理由がある。一つはレイラに会うため。こちらがメインだ。そして二つ目が“ネスト”の話をあなた方に共有するためだ」
あくまでメインは娘の授業参観。それを本気で言っているあたり楯無はギルバートという人物を掴めない。楯無は自らも掴みどころがない姿を演じているため、同系統の人間が特に苦手だった。格下ならなんとかなるが、ギルバートは格上で、経験も豊富だ。
「それで、ネストとはなんなのですか?」
「簡潔に言えば非道な人体実験を繰り返す組織さ。その目的は“人類に無限の可能性を与える”というものだ」
「いかにもな団体ですね」
「あぁ。しかし、彼らは一度滅んだ。白騎士と、その創造主の手によってね」
「……まさかとは思いますが、母体は亡国機業とでも?」
「その通りさ」
破壊による再生。亡国機業を独力で、かつ暴力で「彼女ら」が滅したあとの世界で更識家は苦労を多くした。流れた裏の人間の抹殺や確保、その中で命を落とした者も多くいる。当時見習いだった楯無も何人か殺めている。
自身の生き方を決定づけさせた“8年前”の世界にとっては解放の日で、楯無にとっては逃れられぬ運命に囚われた日だ。
そんな忌々しい、滅んだはずのものたちの名がなぜ出てくるのか。
「残党がいると?」
「エクスカリバーをここに落としたのは彼らだよ」
「あれを…」
「困ったものだ。説明できない類のものの処理は扱いかねる。白騎士事件然り、ね」
「はい?」
なぜここで、突然白騎士事件が出てくるのか楯無は理解できない。あのミサイルは事故によるものだと決定付けられた。観測不能ななんらかの電磁波の影響を受け、地球上のミサイル基地が誤作動を起こした。ありえないが、そうとしか結論づけられなかった。
だが、ギルバートの言葉を借りるのであれば。
「まさか、あの事件も」
「まだ裏は取れていないがね。彼らは時折、歴史の影に身を潜めて探し求めていた。次のステップへと進んだ人類……ニュータイプを」
ニュータイプ。新しい型。直訳は決してその意味を正しくは示さない。
「または人の革新…超越者、天然素体とも言う。既存のヒトという種を超えた力を持つものたちを指すそうだよ。君にも、覚えがあるのではないかね」
言われてしまえばすぐに出てくる。
「織斑千冬に、篠ノ之束……!」
「そうとも。彼らは試すために日本を焼け野原にしようとした。ニュータイプであれば、生き延びれるはずだと」
「そんな無茶苦茶な!」
「だが、事実として彼女らは生き残った。それどころか、ミサイルさえ全て落として見せた。彼らは狂喜したそうだよ」
「待ってください。なぜそのような情報をあなたが」
あまりにギルバートは知り過ぎている。楯無は最悪の可能性を考えた。彼が、その“ネスト”に所属していたのではないかと。しかし、これはギルバート自身が否定した。彼はこの世界においては政治家にしか過ぎないのだ。
「この情報は消しとばされた彼らの研究所があった場所から見つかったコンピューターの残骸から得たものだ。内容を鑑みて記録後即時処分し、知っているのは母国でもごく一部。残党の情報もそこから抜き出せた。追いきれなかったがね」
「詳細を教えて頂くことは?」
「許可できない。取引もできない。……あのようなおぞましいものは“知る”だけで罪だ」
ギルバートが何を見たのか楯無は見当もつかない。だが、決して気分の良いものではないだろう。楯無にもサイレント・ゼフィルスの解析結果は届いており、人間の脳幹を使ったアンドロイドが襲ってきていたことを知っている。
「サイレント・ゼフィルスも、そうだと?」
「その通りだ。だから、用心してほしい。我々には…明確な“敵”がいるということを。特に、君たちが直接相対することになる。ここには織斑千冬がいるのだから」
ギルバートが紅茶を飲み切り、席から立ち上がる。
「さて、そろそろお暇させてもらおう」
「………なぜ、教えてくれたのですか?」
去ろうとする楯無がギルバートを呼び止める。ネストの存在をわざわざ教えたことがどんな意味を持つのか。楯無は知りたかった。ギルバートは襟元を直しながら彼女に振り向いた。
「親切心…というのではダメかな」
「かのギルバート・デュランダルが、そのような感情で動くとは思えません」
「ハッキリと言うね。だからこそ、信用できる。私は君たちが思うほど出来た大人ではないよ。だからこうして最前線まで来るしかないし、託すことしかできていない。私は娘を愛していてね。彼女が剣を持って戦っているというのに、後ろでふんぞり返っているなど耐えられないのさ」
「あなたは……」
「紅茶、とても美味しかったよ。スーツは帰り際に返却する。それでは失礼するよ、更識生徒会長」
一礼して、ギルバートは生徒会室から出ていく。終始、彼に主導権を握られていた。彼が敵であれば、とっくに楯無たちはこの世にいない。
「………底が見えませんでした。伊達ではありませんでしたね、彼は」
「えぇ。正直、今でも心臓バクバクしてるわよ。けれど、その価値はあった」
「ネスト、ですか」
「警備員の二人への聴取もそうだけど、全国に調査の指示を」
「承知しました、お嬢様」
「お願いね」
敵は存在する。立場が違えば正義が悪に見える、というものからは外れた、真の意味での“滅ぼされるべき者たち”。かつては本当の意味での正義の味方二人によってそれは滅ぼされたが、次はそうとは限らない。
「簪ちゃんは、私が守る」
いつだって更識刀奈の力は妹のためだけに振るわれた。
朝倒れたレイラであったが数分で起きたのでそのまま午前中の授業を彼女は受けきっていた。が、楯無に拘束されるギルバートという記憶は彼女からなくなっていたので1組全員があの光景を見なかったことにした。……ただし、他のクラスでは変質者が出たと騒ぎになっていたが。
午後の授業はまたしても2組との合同授業のため、マコトは珍しく簪とは長くいない1日になってしまいそうだった。ISスーツに着替え、校庭にいつものように一足早くやってきたマコトは入学初日の頃の一人きりだったことを思い出して、わずか数ヶ月のうちかなり濃い友人たちに囲われたんだな、と思った。
「あなた、確か1組の……」
「え?」
そろそろ他の生徒もくるだろう、そう思っていたマコトであったが、声をかけてきたのは珍しい人物であった。オレンジ色の髪がすぐに目に入る。2組のクラス代表であり、カナダの代表候補生であるファニール・コメットがそこにはいた。
あまりマコトも会話をしたことがない人物だ。授業で一緒になったとしても組になったりすることはない。
「ファニール・コメット…って名前ぐらいは聞いてるわよね?」
「えぇ、初めましてって言うのも変ですけど、話をするのは初めてです。あたし、飛鳥マコトです」
「知ってるわよ。校内じゃ結構有名だし。あと、別にそんな丁寧に話さなくていいわよ。私、年下だから」
「年下?」
「飛び級してるの」
日本国内にありながら飛び級が普通に行われるIS学園では珍しいことではなかった。マコトは詳細なプロフィールは見ていなかったので、コメット姉妹が飛び級をしているのを初めて知った。
以前、真耶との模擬戦をマコトは見たことがあったが、彼女らの動きは決してその幼さとは結びつかない洗練されたものであった。マコトの目線からしても軍人の動きをしていた。
「知らなかったの?」
「ISの動きも凄かったからね」
「ありがと。聞いていた通り、素直なのね」
プライドが高そうな気がしたのでマコトは素直にしているだけだが、好印象を受けたようだった。それに、マコトはどこか彼女が鈴音と似た空気をしているようでそういった人物の扱いは慣れていた。
何かに押しつぶされないように、誰かを守るために、強く気を張っている。ファニールから感じたそれは気のせいではないだろうとマコトは思った。
しかし、マコトは彼女が“聞いていた”とマコトの人物評を受けたかのような言動をとることが気になったので、これも率直に聞いた。
「聞いていた通りって?」
「ティナから聞いたの。彼女のルームメイトと、あなた席近いのでしょ?」
「あぁ、ティナさんからね」
ティナが2組なのは知っていたので、マコトは納得した。
「けど、どうしてわざわざ私のことを聞いたの?」
「あなた自覚ないの?自分が異常な実力を持ってることに」
信じられない、といった表情を見せるにファニールにマコトはまさか彼女からそんなことを言われるとは思わず固まってしまう。何かを知られたか、とも思うが少し考えればティナとは模擬戦もしたことがある。そこからティナが2組に話したのだろう。何より、ティナはサイレント・ゼフィルス戦の目撃者だ。一般人である彼女が口を完全に閉じることなど難しいだろう。
「えーっと、そんなに?」
「織斑先生レベルならともかく、一般生徒で瞬時加速を多用したり、高速機動を取りながら射撃と近接戦をおり混ぜてかく乱したり、射線を意識しながら白兵戦までこなす初心者がいるわけないでしょ」
「あー…………」
ティナとの模擬戦では簪を後衛においてマコトが普段通りに前衛となって動いていた。簪の援護は的確で、かつ正確なのでレイと戦っていた時のようにしっかりと後方の射線を意識しながら立ち回っていた。
考えてみれば素人がそんな視野を持っているわけではない。
「…まぁ、それを知って私たちもどうこう、ってわけじゃないけど。タッグマッチで当たる時は覚悟しときなさい」
「あ、そういう」
どうやらファニールはわざわざ宣戦布告のために声をかけたようだった。真っ直ぐでいい子だな、とマコトは思わず姉らしく撫でたくなったが、手を伸ばす前に彼女も姉だと思い出したので行動には移さない。
「そういうって、なに?私たちじゃ敵にならないってこと?」
「違う違う。むしろ、大変だなって。現役の代表候補生で、しかも飛び級。一回動きは見てるわけだけど、現役の軍人みたいな動きをしてたから。うん、本番ではよろしくね」
「……なんか調子狂うわね」
ファニールは年上とはいえ、同じ学年の女子を相手にしているのに更に年上の大人と話しているような気分になる。事実としてマコトはそのような存在なのだが、これは明かされることがない。
「そういえば、オニールさんは?」
「え?あぁ、オニールなら今日はおやすみよ。仕事でね」
「仕事?」
「ソロでの仕事もあるのよ、私たちは」
仕事、と言われてマコトは一瞬なんの、と思ったがすぐに思い出す。コメット姉妹はアイドルである。ソロでの活動というのもアイドルユニットではよくあることで、今日はそれでオニールがいないようだった。
「アイドルだもんね」
「その様子だと、あなたはそこまで興味がないって感じかしら」
「興味がないわけじゃないけど、あたしはどっちかというとバンドとかの方が好きだから」
「そう」
会話はそこまでだった。他の生徒たちもまばらに揃い始め、ファニールは特に声をかけることもなく2組の中に戻っていく。マコトもいつものメンバーが揃ってきたのでそこに混ざった。
「相変わらず早いですね、マコトは」
「レイラは逆に遅くなったんじゃない?」
「常在戦場……という気持ちにはもうなりませんね」
レイラに声をかけられたのでマコトはそのように返す。レイラはこの世界に完全に馴染んでいるせいか前世のようにスーツを即座に着るという気はもうしていないようだった。まぁ、そもそも姫様だから前に立つのもダメだよね、とマコトは思ったので何も言わない。
「そっか。それで、これから午後の授業だから……」
「…………やめてください」
「ご、ごめん」
よほど嫌なのかレイラが真顔でマコトに行ったのでマコトは若干、引きながら謝った。
「マコトさん、その話題は控えて頂くようにお願いします」
「そ、そうだね」
セシリアがレイラの傍で、まるで彼女の騎士のように立っている。セシリアからの注意は鋭く、この学園で出会ってから初めてマコトはセシリアの言葉を聞いて姿勢を正した。一夏や箒はその様子を見てなんとも言えない顔になる。二人とも親類が常に近くにいる状態のため気持ちはわからなくもないがここまでなのは想像していなかった。シャルロットやラウラもそうだ。
だが、朝の光景がある以上、4人もわからなくもない、という気持ちだった。
「あ、織斑先生が連れてきたみたいだよ」
2組からそんな声が流れてきて、マコトたちは校庭の端を見た。すると、いつもの教師姿の千冬が何やらガイドをしながら複数人の保護者を連れてきている。その中に、朝見かけたアロハシャツ姿の男性はおらず、代わりによく目立つ黄土色のスーツの男性が見えた。
「なんかすごいイケメンいない?あの黄色いスーツの」
「ほんとだ。誰のお父さん?というかお兄さん?」
「顔めっちゃ綺麗じゃん」
ギルバート・デュランダルの事前情報がない2組からは絶賛の嵐だった。マコトたちもちゃんとした姿になっていたギルバートに驚いた。どこで着替えたのか、それを考えてマコトはすぐに生徒会室だろうと思い至った。一回捕まって、しかもそれを見られているのでこうするしかなかったのだろう。
「よかった…服はまともで」
「えぇ。タリア様に写真を送っておきましょう」
「そうしましょう、セシリア」
安堵したのかレイラが深く息を吐く。セシリアも同様だ。
「へぇ、写真のまんま、っていうかマジで若いな」
「そうだな。美魔女、という言葉があるが男性はなんと言えばいいんだ?」
一夏、箒もギルバートの容姿に関しては認めているようだった。
「まぁ、あんな感じだよね大臣さん」
「よくニュースで見る姿はあれだな」
同じ欧州で見る機会も多いのか、シャルロットとラウラは慣れた様子だ。
そのまま、来賓である保護者たちは生徒たちとは一定の距離をとる。紹介などはなく、本当に授業参観を行うようだった。マコトはふと保護者の中、ギルバートの隣に立っている赤毛の異様な美女に目がいく。誰の母親だろうと思ったが、その答えはシャルロットが手を小さく振っていることでわかった。
彼女がもう一人の親、ロゼンタ・デュノア。シエラも十二分に美女だったがロゼンタはなんだか魔性という印象がある。あまりよくない例えだな、とマコトは思いつつもラクス・クラインのようなカリスマと魅力の結びついた引きつけるものがあると思った。
一方で、ロゼンタはマコトの視線に気がついて視線は合わせずに彼女を視界に入れて観察していた。ロゼンタからすれば見た目こそ凡庸だが、あれが博士のお気に入りだと聞いていた。
「(確かに、見た目こそただの小娘だけど、目の“奥”が違うわねぇ。……一回壊れてるわね、あれは)」
人を壊し、人形に仕立て上げる魔女は怜悧にマコトの、シン・アスカとして一度壊れてしまったことを見抜いた。そこから回復できたのはなんなのかも理解する。
「(愛、ね。ふふふ……面白い子ね)」
敵対することはまずないが、もしロゼンタが現役だった頃であれば面白いことになったかもしれないと彼女は考えた。
「皆さん!揃いましたね?それでは午後の実習を行いますよ!」
千冬が案内をしているため、授業の進行をするのは真耶だった。彼女もISスーツに着替えており、背後には8機のISが並んでいる。ラファールと打鉄、半々だ。
「今日は低空での移動と上昇、下降の訓練です。代表候補生やクラス代表の人が教える側になって6組に分かれましょう!」
真耶がテキパキと割り振りを決めていき、セシリア、レイラ、ラウラ、一夏、マコト、ファニールの6人がリーダーとなってそれぞれ10人程度に生徒たちが分散する。シャルロットは一夏の班に入っていたが、これは彼のフォローのつもりだ。
マコトがリーダーとして真耶に指名されたのはクラス代表を決める戦いや、真耶は当然ながらサイレント・ゼフィルス戦での出来事を知っているのでそのためだ。さやかや違うクラスのティナがマコトの班にいるが、それ以外の生徒たちもマコトに対して特に何か疑問を抱いていることはない。
真耶から貸与された打鉄をマコトは引っ張ってきて、班員たちに順番に乗らせていく。
「よっ、と」
「やっぱり上手だね、さやかは」
「褒めてもなんもでないってば」
1組の中では専用機持ちやマコトに次いで実力もあり、センスも高いさやかは難なくホバー移動とそこからの跳躍、下降し着地せずにノータイムでホバーに移行してみせる。以前の模擬戦では武装こそ扱い慣れていなかったが、回避運動などは磨けばすぐに即戦力になりそうで、マコトは心底この世界が平和でよかったと思った。
前世ではマコト自身もそうだが、子供が当たり前のように前線に出ていたプラントである。今世の日本の状況に慣れると、明らかにそれは異常に感じていた。
「よし。じゃあ、さやかが終わったら次の人——」
「きゃあっ!?」
二人目の搭乗者を呼ぼうとしてマコトは悲鳴を聞き、瞬時にその声の方へと反応する。まさか衝突や落下などの事故が起きたのか?と彼女は思ったが、違った。
悲鳴の元は一夏の班で、なんだとマコトがよく見ればとんでもない光景がそこにはあった。
「…………うわ〜」
ティナがそんな声を出す。何が起きたのか……単純に言えば、彼はシャルロットの乳房をを背後から掴んでいた。
「織斑くん、何やってんの」
さやかの信じられないような声にマコトは額に手を当てた。大方、つまずいた彼女を助けようとしてやってしまったのだろう。中学生時代はそんな不慮の事故、もといラッキースケベがよく彼を襲っていた。かくいうマコトもその被害にあってしまったことがある。
幸いにもその時は彼を下敷きにする、という程度のものであったがアレはまずい。
何故ならば、今ここにはロゼンタがいるからだ。
「織斑一夏!私のシャルの、ど、どこに触れてるの!」
「うっ!?」
悲鳴のような怒声が校庭に響き渡り、美女が怒髪天をついていた。凄まじいプレッシャーをマコトは受け、声をあげることすら出来ず、シャルロットは胸を揉まれているという状況が吹っ飛ぶほどの恐怖心をロゼンタに抱く。彼女は怒ると怖い、それはシエラ同様シャルロットに叩き込まれていた。
「(泥団子当てちゃった時並みに怒ってる——っ!)」
過去に自身がロゼンタを激怒させた時のことを思い出し、シャルロットも固まる。ここで彼女がすぐに一夏から離れていればこれで済んだかもしれない。
「シャルの体に触れていいのは私の認めたものだけよッ!あなただけは許さない…!」
保護者列からズンズンと歩み寄ってくるその様は彼女の異名である魔女よりかは鬼であった。なにがなんだかよくわからないが、生徒たちは皆「終わったな」という哀れみの視線を一夏に向け、真耶は「あわわわわ」と震えていた。
肝心の千冬は何をしているのかと思えば明らかに笑いを堪えていた。それでいいのだろうか。
「そちらのご婦人、聞こえているなら止まりたまえ。このままでは我々は大切な娘たちの姿を見続けることができなくなってしまう」
「くっ!?」
優雅に、静謐に、紳士らしくロゼンタに歩み寄ったギルバートが声をかける。穏やかな声はロゼンタの怒りを貫いて届く。
「(うっ………私としたことが………)」
「あなたも見ていたとは思うが、彼は彼女が転びそうになってしまったのを支えただけだ。ISをこれから使う以上、あぁいった場面は致し方ないと考えるが、どうだろうか」
「…………わかっています。取り乱してしまいましたわ」
「よかった。ただ、気持ちはわかりますな。嫁入り前の娘に彼がもし不埒なことをしてしまったら逆だったかもしれません」
穏やかなギルバートの説得にロゼンタは少々彼が上手だと感じる。言葉という武器を使い人間を意のままにしてきたロゼンタだからこそわかる。ギルバートは、この男は立場で向かっている方向性が決まっているが、世が世なら詐欺師にも、夢想を語る革命家にも、なっていただろう。
言葉の内容ではない、するりと、心の中に入り込んでくる彼の声はとても心地がいい。信じたくなる、聞きたくなる。そんな気にさせてくる、強い声だ。
「(子が子なら、親も親。これがイギリスきっての見えていながらの切り札ってところね)」
ロゼンタの勢いが削がれたことで、一夏とシャルロットは動くことができるようになり二人は体を離した。ギルバートの冷静な姿に数人の女子生徒が見惚れており、レイラは助かりはしたが余計なことをしたなとため息をついた。
「やっぱりレイラさんのお父さんかっこいいし、いい人っぽいよ?」
「レイレイ、本当にあのお父さんが大変な人なの〜?」
相川や本音からそのようにレイラは聞かれたが、彼女は珍しく答えずに、何事もなかったかのように授業を再会した。
その後は大きな混乱もなく、授業の半バに差し掛かったところで千冬は来賓たちを連れ校舎へと戻って行った。なんとか乗り切ったとレイラは最後に深い深い、息を吐いたのだった。
終わった、と思っていたのだが午後の授業が終わり帰りのSHRをこなした後、一度寮へと戻ろうとしていたレイラは一人で校舎から離れていたのだが、その道すがら目の前にアロハシャツにサングラス、おまけに朝と違い袖をまくってノースリーブ状態となったギルバートが現れた。
「………………」
「レイラ、そんな虚無に満ちた顔をしないでおくれ」
「そう思うならもっと、マシな、格好を、してください」
レイラはなんの躊躇いもなくキレた。周囲に知り合いがいないせいもある。
「ちゃんと今回は休暇で来ているんだ。となると、それに合わせた格好をしなくてはならないだろう」
「もう用は済んだのでしょう?お帰りになられては?」
「ふふ。そうだね、最後にこうしてレイラと話せた。それでここに来た用は全て済んだよ」
含みのある言い方だとレイラは思ったが、父が本当に、ただの親バカではないことも理解している。何を、どうしていたのかまではわからないが、既に何かを仕込み終えたのだろう。
「さて、レイラ。一つだけ君に伝えなくてはならないことと、聞かなくれはならないことがある」
「なんでしょうか?」
「では伝えなくてはならないことから。——ユグドラシル。それが君の相棒となるべきものを操っていた正体だ」
「ユグドラシル……それがあの“人形”の名前ですか」
「正確にはその眷属、といったところか。ドイツの例の研究所跡からデータが引き出せて判明したが、おぞましいものだった。“完成体”の性能は織斑千冬や篠ノ之束に匹敵したらしい」
彼の言っている内容をレイラはしっかりと理解していた。これが、彼女がかつてマコトに告げた“この世界の業”の正体。
「人工のニュータイプ。それが完成していた。しかし、天然の彼女らによって否定された。故に、彼らはまだ動いている」
「それがこの前のエクスカリバーということですか」
「察しがよくて助かる。いい子だ」
「そういう言い方、好きじゃないですよ、お父様」
「すまない、ついね」
「サイレント・ゼフィルスの件は了解しました。それで、私はどうすれば?」
「追加の指令は特にないよ。これまで通り過ごしてほしい。ただし、用心はしてね」
「わかりました」
伝えなくてはいkないことは、これで終わりのようだった。
「聞かなくてはならないこととは?」
「あぁ、そちらはね……時にレイラは、この近くで大きな複合商業施設を知らないかい?」
妙なことを聞いてきたが、母譲りの勘がギルバートが何故そんなことを聞くのかすぐに察する。
「対岸に“レゾナンス”という名前の大きな施設がありますが?」
「よかった。行ったことは?」
「ありません」
「……そうか。わかった。それを聞けただけで十分だ」
ありがとう、と父親としての笑顔を見せたギルバートにレイラは息を一度吐いて、しょうがないといった笑みを見せる。
見せておいてから、容赦無く言った。
「母様にはお土産程度でなんとかなると、そんなことを考えているのですか」
ギルバートの表情筋が固まり、彼の顔には冷や汗が流れていた。
「ダメかな?タリアは結構、それで機嫌を直してくれたのだが」
「ダメでしょうね」
「レイラ」
「なんでしょうか?」
「だいぶ、タリアに似てきたね」
「それは嬉しいことです。お父様、ご覚悟を整えたほうがいいでしょう」
「まだだ、まだ——」
「写真は既に送らせて頂きましたので」
何の写真かは言わないが、レイラはギルバートに鎌を振り下ろした。彼は乾いた笑いを漏らしながら身を翻し、夕焼けの中、去っていった。レイラはそんな父の背中を見届けつつ、困った人だ、と決して見せない慈愛に満ちた表情で彼を送り出していた。
——東京、某所。
「コニールちゃん、お疲れ様」
「はい、ありがとうございます、プロデューサーさん」
仕事で学校を休んでいたコニールはちょうど本日の仕事であったラジオ番組への出演を終えて、その収録場所にある控室でプロデューサーから労いの言葉をかけられていた。日本での単独の仕事はこれが初めてではなく、コニールは慣れていた。
「内容は特に問題なさそうね、局の人も特に指摘はないって言われたし」
「よかったぁ」
「この調子で、次の仕事も頑張りましょう」
「はい」
そもそも、コニールはアイドルとしてデビューしたのが先で、代表候補生はその後についた肩書きだ。こちらが本業のため、姉と共に力を入れているので上手くいくと嬉しかった。
「あ、それと本国から連絡だけれど、タッグマッチには“機体”は間に合わないけれど“システム”の最新バージョンは間に合うから二人の機体に搭載するって」
「わかりました。お姉ちゃんには?」
「コニールちゃんから伝えておいてあげて」
「了解です」
コニールのプロデューサーはカナダから彼女らを監督している元国家代表で、本国との連絡員を兼任している。そう、彼女はただの連絡員。だから、気がつくことができなかった。
その“システム”が二人のうち片方に、大変な目を合わせることに。
「えへへ、お姉ちゃんと一緒に試合、滅多にできないから楽しみだなぁ」
本作では何かと姉妹が苦労しますね。