ギルバート襲来という忙しい、濃密な1日(レイラ視点)が終わった翌日の放課後、一夏はアリーナの地面に倒れ込んでいた。纏う白式はアリーナの地面の土で汚れ、唯一の獲物である“雪片”は離れた場所に突き刺さっている。
それが意味することは敗北であり、彼の喉元には雪片とよく似た、打鉄用のブレードの切先が突き付けられていた。
「これで終わりなのか?」
失望。それにも似た声音で、箒が彼に問いかける。千冬と彼女の父を除けば、最強格の篠ノ之流剣術の使い手がそこにはいた。無骨な打鉄がより、彼女を若武者として引き立てる。鋭い目つきは姉弟子である千冬のように倒れ伏す相手をそこに縫い付けるように向けられていた。
「ぐっ………ぅ、まだ、終わってねぇ、よ」
「なら立て。もう一度だ」
一夏は軋む体を強引に立ち上げて、よろめきながら雪片を拾いに向かう。突き刺さった雪片二型はその使い手と違い、全く汚れもなく白いまま。何にも傷つけられない最強の剣として主人を黙って待っている。
それを一夏は引き抜き、再度構える。視線の先には同じように構え直した箒がいた。加えて——学園で借りられるラファール・リヴァイヴを身に付け、ライフルを構えているラウラまでいる。
「箒、本当に一夏は大丈夫なのか?」
「問題ない。首がつながって剣を持っていればどこかがもげていてもいい」
「……し、熾烈すぎないか?」
箒のあまりの発言にラウラは「ゲームじゃないよね?」と内心思いながらも姿勢が厳しすぎると言うが、箒は無視した。
「50本目行くぞ。一夏!」
「ああっ!」
満身創痍な一夏にラウラは少々心を痛める。一夏が軍人であって、かつ部下であれば徹底的に——それこそ悪魔のように——しごくが、今のラウラと一夏はそういう関係ではなく、一夏はラウラにとって兄のような存在になる予定だ。
そんな人が追い詰められるほどの状態で訓練をし、ラウラ自身も手を下さなくてはいけない。ラウラにとっても辛い時間だ。
「…フゥ………いくぞっ!」
呼吸を整え、一夏が跳躍する。地面すれすれで、白式の特徴でもある他よりも速度の出る瞬時加速が行われた。ラウラは迫りくる一夏にライフルを向け、容赦無くトリガーを引いた。フルオートで弾丸がばら撒かれた。
さらに、箒も片手に打鉄用の無反動バズーカを持ち、無作為に放つ。一夏はそれを最小限の動きで避けていく。その回避の仕方はマコトがセシリアの夢の中で見せた、正面から弾幕を掻い潜る動きとよく似ていた。
「オオオオオオッ!」
雄叫びをあげながら、一夏は弾幕を、爆発を回避する。被弾は最小限に、受けても怯まない。身のこなしだけで回避して、速度は殺さない。正面の敵機に対し、三角飛びを繰り返す。時には水平にも動く。
「読めたな。そこだ」
箒が一夏の動きがパターン化したのを読んで、バズーカを撃つ。ライフルなど、エイム力を問われるものは箒にはまだ厳しかったが、爆発で範囲を攻撃するバズーカやミサイルなどの射撃武装には慣れつつあった。
彼女の放った一撃は見事に一夏の正面に着弾する。50本目、失敗。ラウラにはそう思えたが、それはラウラが箒に強引に投げ飛ばされたことで違うと否定される。
「おあぁっ!?」
爆煙の中から、白が飛び出してくる。一夏は健在だった。
「一瞬引いたか!」
「足捌きはお前にだって負けちゃいないんだよ!」
「言うなっ!」
好戦的な笑みを浮かべた一夏に、箒も凶暴な笑みを浮かべる。ラウラはなんとか着地しながら呆然と二人の衝突を見るしかない。その様は猛獣同士の衝突が目の前で起きたのを見てしまった小動物のようだった。
一夏は速度を生かし、そのまま切り抜けをしようと雪片を横に据える。そして、箒を間合いに入れた瞬間、雪片から零落白夜が閃いた。
必殺の間合い。ラウラもあの距離で振られる零落白夜を避けられないと思う。それどころか、彼女からすれば織斑一夏という“剣士”は十二分に超人の域にいる。わずか搭乗数ヶ月で、先ほどの弾幕をかいくぐり、直撃をワンテンポ進行速度を遅らすことで回避するなど、普通はできない。異常な成長スピードだ。
「遅いッ!」
「ぐおっ」
しかし、対する箒はその必殺を容易くいなす。当たれば死、触れれば死、そんな最強の剣を箒は一夏の手に神速の小手を放つ。初撃は完全に防がれてしまい、一夏は即座に箒の前からズレる。ISだからこそ成せる慣性を無視した直角機動だ。
「もう一回…!」
今度は左右に、直角に飛びながら雪片を引き絞る。飛翔してからの高速突き。それはかつて、千冬が得意とした動きの一つだった。速度も、キレも、千冬には遠く及ばないが、そんな動きをされてしまえば“代表候補生”レベルでは一撃は受ける。ましてや白式の零落白夜により「一撃でも当てればいい」以上はその一撃だけでいい。
「単純な動きで何がしたい」
それほどの技を、ただの一般生徒である箒は見切って、突き出され、伸びた零落白夜をするりと避け、一夏は地面に激突した。
「い、一夏ァ——!?」
箒の背後にクレーターを作り、一夏はそこに倒れた。箒は武装を解除する。これ以上は無理だと判断したからだ。ラウラもそれがわかると一夏に飛び寄った。
「一夏!無事か!?生きてるか!?」
「生きてるよ」
雪片を量子化しながら一夏は立ち上がる。彼の顔は苦かった。
「…………どうでしたか」
「論外だ。かいくぐって、そこから先が何もない。確かに回避だけに目を向ければ、レイラやセシリアとの以前の訓練が生きている。しかし、そこからは何もない。結果があのクラス代表戦での刀を投げるという暴挙だ」
「ありがとうございます」
「はぁ……それで、どうする。明日以降もまだやるか?」
「やるさ」
「わかった。ラウラもすまないな、付き合わせて」
「い、いや、そんなこと」
ジャパニーズ・ブシドーとはこういうものを言うのか。ラウラは戦慄した。IS学園は軍学校でない以上、ある程度はカジュアルにISのことを学んでいくので、ISに対する意識は軍人などとは若干の差が出てくる。特に、ISバトルに対しては「試合」「戦闘」と認識が一番ズレている。
だが、目の前の二人はISバトルを「死合」と捉えている。
「(教官と、天才の弟、妹。普通であるはずがなかった……)」
侮っていた。ラウラはこの二人への認識を改めた。
「さて、使用時間はもう終わりだな。上がろう」
「おう」
「わかった」
アリーナの使用時間が迫ったので3人は一度退場することになった。
そもそも、何故このような訓練が行われたのかと言えば、一夏の要望が全てであった。開催が迫ったタッグマッチに、一夏は今の実力では一切通用しないのではと考えていた。相手はマコトや簪、セシリアとレイラ、そしてコメット姉妹。いずれも、高い実力を持ち一夏は逆立ちしたって敵いそうにない。
特に、マコトの実力は先のブルー・ティアーズ・ステラドレスとの戦いで見せつけられた。サイレント・ゼフィルスの時などとは違う全力での戦闘機動。正面からの攻撃を全て避け、そのまま格闘戦に入り、あの圧倒的な相手に渡り合った。
対して一夏は時折茶々を入れるだけに留まった。だから、一夏は夢から帰還して少し怖くなった。もしこのまま戦い、負けてしまうことがあればマコトに失望されるのではないかと。彼女とは十年近い友人同士で、戦ったことも喧嘩したこともなかった。
なかったからこそ、もし負けてしまえば、と一夏は考えずにはいられない。
だから彼はペア相手である箒、それにルームメイトであるラウラにお願いをして先程の訓練を行っていた。箒の訓練に対する姿勢は鬼のように厳しく、一夏はそれを臨むところだと思って打ち込み続け、ついぞ一太刀も浴びせることができなかった。
ラウラからすれば、一夏が悲観するほど実力は低くないのだが、箒という同じく幼馴染みに通用しない以上一夏はマコトにも通用しないと思い、鬼気迫る勢いで剣を振っていた。
「はぁ……まさか一撃も入らないとは」
「太刀筋は悪くないがお前は昔から正直すぎるんだ」
「それ、先生にも、千冬姉にも言われたよ」
「だろうな」
訓練が終われば二人はいつも通りに言葉を交わす。この切り替えの速さはラウラも見習いたいと思った。
3人はアリーナを出て、その側にあるベンチで小休止を取ることにした。そのあとにマコトたちと合流して夕食である。
「しかし、マコトがそのような強さだったとはな」
「俺も驚いたよ。マコト、争い事は苦手そうに思えてたからさ」
「セシリアとの戦いなどでも十二分に強かったが、その夢の中でのあいつは完全に戦士だな」
飛鳥マコトという二人にとっての共通の友人は自分たちよりも少し大人で、一歩引いている位置にいたストッパー役だった。だから、二人はこの学園にきて初めて見せたマコトの交戦的な姿勢に若干の戸惑いがあった。ただ、もしかしたら今まではそれを見せていなかった、それだけの可能性もあったので特に考えていなかった。
が、セシリアの夢の中での戦いは元からマコトが“戦士”であったことを裏付けるようなもので、今までの飛鳥マコトとは何なのかわからなくなっていた。
それでもマコトとの関係を特に変えないのは二人の真っ直ぐさがあってこそだ。
「で、お前はそれを見て負けていられないと」
「あぁ。今のままじゃ絶対瞬殺される。だから、強くなりたい……って思ったんだけどな」
「心の強さはあっても、技量というのは1日じゃどうにもならない。地道にやるしかないだろう」
「そうだな」
技術、一夏にはそれだけが足りない。どんな剣でも使い手が素人ではなまくらと変わりがない。今のところ、零落白夜が真に敵を捉えたのはサイレント・ゼフィルスとの戦いだけだ。しかも、そのときは相手が動いていなかった。
「ラウラ、ありがとな。手伝ってくれて」
「さっきも言ったが別に平気だ」
「それでも、ありがとうだ」
ニカッと笑う一夏に、ラウラも若干照れながら笑みを返す。彼女の兄の快活さは気持ちの良いものだった。
「とまぁ、俺は地道にやってくとして…シャルのほうはどうなんだ?」
道は長いが即物的な手段はないので一夏はそこまでで稽古の話題は切り上げ、ラウラにシャルロットの編入試験についての話を振る。大小の騒動はあれど、シャルロットの編入試験に向けての対策は今も進められている。
「結果から言えば順調だ。苦手教科を確実に減らしている。あとは当日の問題の運もあるだろう」
「ならよかった。これで落ちたらなんかほらさ…」
「あぁ、あれだな。クラスメイトが落ちて私だけ受かった、みたいなやつだな。一夏」
「そうそう。って、箒はそういうのあったのか?」
「ノーコメントでいいか?」
「あったんだな……」
「私のことは気にするな。順調ならそれに越したことはないな、ラウラ」
「私が教えているんだ。不合格になどさせんよ」
胸を張るラウラに箒と一夏は心の中で愛でた。こころなし、目もキラキラさせているように見えてラウラの愛らしさに箒は撫でたくなる。このあたりは無意識に姉とそっくりであった。
夕食後、マコトはレイラ、そして簪を連れて束の研究所へやってきていた。夢の中とはいえ黒騎士を簪は見てしまったのである。一夏は千冬の弟であるため説明は不要として、部外者である簪には必要だと思っての判断だった。
マコトとレイラには一昨日の出来事の報告をする必要があり、束本人からの依頼でもあった。
「ここが……」
「すごいでしょ?」
キャンプ場跡から地下の研究室前に降りた簪はまさにSF映画のような研究所の入り口に驚きを見せる。素直に良い趣味をしているな、と彼女は思った。
研究所の入り口はマコトによって解錠され、まずはマコトを先頭に中に入る。最初の扉を開ければそこで体のスキャンが行われ、次の扉で研究所の中に入ることになる。3人のスキャンが一気に終わり、またもマコトが研究所の扉を開いた。
「束姉さん!来たよ!」
「まーちゃーん!」
開いた瞬間、マコトは束の持つ柔らかなバストに包まれた。簪を意識した時点でマコトは束にも当然その意識を向けてしまっているため慌てる。年齢的にはむしろ束の方が近いため余計にだ。
「ちょっ、た、束姉さん!」
「うりうり〜、まーちゃんは可愛いなぁ」
抱きしめながら頭を撫でる束は簪を見る。ニヤリと、笑みを見せる。それは迎え入れた者のものではなく、明らかな威嚇行為だった。
もし、ここにいるのがマコトと出会う前の簪であったのなら、完全に縮み上がっていたであろう。それどころか逃げ出していたかもしれない。だが、今ここにいるのは恋する強い少女だ。恋する大人にも負けない、強い気持ちを胸に秘めている。
「…初めまして、更識簪です」
彼女にしては珍しく、初対面の相手にはにかみながら自己紹介した。それはまごうことなき宣戦布告。
「あぁ、君がまーちゃんの“ルームメイト”だね」
「はいそうです。これから“三年間一緒のルームメイト”です」
「………へぇ」
事前情報の人物評とは明らかに違う。束はここまで敵意を向けた相手が怯むことなく立っていることに感心した。簪の後ろにいるレイラは初対面の時の詰問で青ざめていたというのに。それは蛮勇か、それとも、本当の意味での勇気なのか。
きっと、後者だと束は思った。
「じゃあ自己紹介しよう。私は篠ノ之束。インフィニット・ストラトスの開発者にして、まーちゃんの幼馴染み。そして、まーちゃんに専用機も渡した天才だよ」
「よろしくお願いします、篠ノ之博士」
「うん、よろしく。簪ちゃん」
束が、あだ名で呼ばない時は2つの場合がある。一つは単純に相手に興味がない場合。二つ目はその人物を“競い合うものとして”認めた時だ。かつては千冬も「千冬」と呼び捨てていた期間が僅かだがあった。
簪は認められたのだ。唯一、この地球上で、最高の天才のライバルとして。
そんな二人の女性の戦いにレイラはマコトを半目で見ていた。なんて二人を誑かしたのだと。立場も片や世界を変えた天才で、片や現存する暗部の頭領の妹。常人なら挟まれた時点で逃げ出したくなる。
「ぶはっ、あれ、束姉さん、なんで簪さんのことあだ名で呼ばないの?」
そして、この後に及んで気がつかないこのトンチンカンな親友は本当にどうしてくれようかとレイラは思った。
「うーん、簪ちゃんは今は名前でいいかなって」
マコトが解放され、束が「どうぞ〜」と3人をようやく迎え入れる。先ほどまでの簪を中に入れるための試練のようなものだった。中ではクロエがメイド服姿で控えており、3人に一礼する。
「クロニクル先輩……?」
「ようこそ、簪様。この姿では初めてですね。改めまして、篠ノ之束博士の専属メイド、クロエ・クロニクルです」
ゴーグルをせずに、目を閉じていながら彼女は3人を認識している。クロエの丁寧な挨拶に思わず簪も一礼し、リアルに本当のメイドがいるんだ、と驚いた。しかもこんな学園の地下にだ。
「さぁて、簪ちゃんには一応説明しておくけど、ここでのことはぜーんぶ秘密。まーちゃんと部屋で話すぐらいはいいけどね」
「……つまり、二人の秘密……」
「ノンノン!他にも知ってる人がいるからそんなラブコメの波動は出させない!」
「束姉さん最近マユが読んでるようなラノベでも読んだ?」
「え?いや……まぁ、そうかな!」
「へ〜、意外」
クロエとレイラが思わず顔を合わせた。お互いに何を思っているのかすぐにわかった。もはやある意味最強なのはマコトではないだろうか。
確かにある程度、欲求に自覚こそしたがマコトはまだ簪のスキンシップも、恋心から来ているとは気が付いていない。むしろ、一昨日の自覚からこれまでの束のスキンシップも加味して、余計に気がつき難くなっている。
束も思わず困ったように誤魔化し、簪も理解する。ライバルではあるが同志だと。束のほうは年齢差に加わって、余計にマコトに振り回されている期間が長い。そういう意味では束は簪より先に進んでいる。進んでいる、と思わなければやっていけない。
「まぁ、ともかく。サクッと本題に入ろうか」
時間が時間なので、束もふざけているばかりにはいかないと3人をお決まりのテーブルに案内する。席は3つしか用意されていない。束はモニターを操作するため座らないようだった。
「簪様。紅茶は大丈夫ですか?」
「…え?大丈夫、です」
「よかったです。お砂糖は机上のものをご自由にお使いください」
「は、はい」
実家でも本音に(態度は完全に友人のそれだが)お世話されていた身ではあったが、クロエの雰囲気は姉のメイドである虚に似通っている。一言で言えば瀟洒なメイドである。
3人が席に着くと、束はモニターを操作する。すると、表示されたのは所々欠損が見られるが夢の中で戦った“ブルー・ティアーズ・ステラドレス”のデータであった。
「これは、あのときの」
「れーちゃんに一応聞きたいんだけど、こういう開発プランはイギリスにあった?」
「いいえ、ありません。確かに形状はよく似た“ストライクガンナー”という迎撃用オプションが現在生産中ですが、あの夢で戦ったコレはそんなものとはかけ離れています」
キッパリ、ハッキリとレイラは告げる。それほどまでに異質だったのだ。束はうんうん、と頷きながら、戦闘してなんか気が付いたこととかあった?と問いかけると、簪が挙手した。
「はい、簪ちゃん。別に手を上げなくても良いよ?」
「……そ、そうですか……えっと、私の撃ったビームが、跳ね返されました」
「ビームが跳ね返るぅ?」
「束姉さん、本当だよ」
束からしてもビームが弾かれるというのは想定外なものだったようだ。発想からして束にはそれがなかった。シールドバリアや絶対防御は根本的には違うが、攻撃を受ける原理はマコトたちの世界のフェイズシフト装甲に近かった。
それにインフィニット・ストラトスのエネルギーは本来無限であり、わざわざ何かを跳ね返す、という必要がなかった。
「ビームを跳ね返す、というとただ跳ね返したの?それとも簪ちゃんにそのまま?」
「そのまま、ビームが直角にターンしたように跳ね返りました」
「ということはわざわざ跳ね返す瞬間に装甲表面の反射板の反射角を計算して、野球みたいに撃ち返したってこと?いやできるけどそれにエネルギーすごい裂くじゃん」
ISであるのならば明らかに稼働不能に陥るようなものだ。であるのにそれを生み出した。夢の世界だから、とは言い切れない。
「…やっぱり、ということは戻ったのは確実か」
束はブツブツと呟きながら欠けているデータに予測値を打ち込んでいく。その数値をマコトが追っていくと、彼女の顔は呆然としたしたものに変わっていく。特性の違いはあれど、その数値は間違いなく白騎士に匹敵するものだった。
「ま、マコトさん?どうしたの?」
「マコト、何かあの数値に問題が?異様な高さですが」
「…いや、あのレベルの性能は白騎士と同レベルなんだけど」
二人が絶句する。そんな化け物と戦ったのかと。
「よしっと、こんな感じだね。って、どうしたのさ固まっちゃって」
「いやだって、束姉さん。ISは全部、リミッターがあるって。ISコアがかけた」
「そうなんだけどねぇ、どうやらブルー・ティアーズは主人の危機に、それをはずしちゃったみたいなんだよねえ。あえて名付けるなら『真なる回帰』とでも言おうかな。この姿はそういう状態だよ」
リバースシフト。インフィニット・ストラトスへ戻った姿。その意味は簪にもレイラにもよくわかる。即ち、単機で国一つを焼け野原にすることさえもできるほどの性能があるということ。それを形態移行で、発揮することができる。
「まだ夢の中だけで、現実にはそうなってないけど、何かキッカケ次第で現実にも出てくるかもね。もちろん、これそのまんまじゃセシリアちゃんは耐えられないからだいぶスケールダウンすると思うけど」
「これは………とてもではないですが本国に報告などできませんね。最終的にどの国も欲しいのは“白騎士”です。もし今回の件が漏れてしまうと、どんなことが起きるかわかりません」
「その方がいいと思うよ。私としてもちょっとこれはまだ“早すぎる”ものだよ」
次第によってはセシリアの件は本国に伝えるつもりだったが、レイラは今回の昏睡の件を揉み消すことにした。
簪はとんでもないスケールの話に巻き込まれたと口を挟めずにいる。いかにこれまで世界の裏側にいながら周りを見ていなかったのか自覚し、怖さすら感じる。そして、姉も、好きな人もそこで戦っている。
「(目を背けちゃ、もう、だめだ)」
ここに簪は戦いに来た。束とも、これまで避け続けたものとも。だから彼女は俯きそうになった頭を支える。
「……他の専用機で、こうなる可能性は?」
「いい質問だね、簪ちゃん。回答としては“ある”だよ。ただし、コアのAIの成長度が相当、もしくは今回のブルー・ティアーズみたいな特殊な状況に陥らないと無理だね」
「ということは一夏の白式は」
「いや、まーちゃん。あの子はそもそもモード変えるだけで、戻るとかそういうのじゃないから例外かな」
白式がサイレント・ゼフィルス戦でリミッターを解除したのはブルー・ティアーズとは違い単純に内部にある白騎士のデータをアンロックしただけだった。
「他にありえそうなのは……黒騎士はそもそも白騎士の色違いだから元のまま、他のコア見てみようか」
束がまたモニターを操作すると、今度は画面いっぱいに大量の番号とゲージのようなものが出てくる。
それらはこの世界に存在しているほとんどのコアのAI成長度合いだった。
「こ、これって…!」
「博士、これは」
「察してると思うけど、全コア…白騎士と黒騎士を除く、世界中にあるコアのAIの成長具合を出したんだよ」
コアネットワークは本来干渉ができないものであるが、そこは管理者権限で束だけが自由に閲覧できた。さすがにコアがどこにあるのか詳細な追跡はできないが、番号さえ照合できればどこの所属かはわかるのだ。
「これを見ると、コアナンバー103、102、340が可能性あるね。102はブルー・ティアーズだから、もう二つは」
コアナンバー103は所属国がイギリス、現在稼働中“ダイヴトゥ・ブルー”と表示され、340はアメリカ合衆国、現在稼働中“シルバリオ・ゴスペル”と出る。
「ダイヴトゥ・ブルーが?」
「うーん、夢の中で共鳴でもしたのかな?」
「…博士も、そのあたりは、未知数なんですか…?」
「そうだよ。開発者だけどAIは偶然の産物で私も研究中だからね」
「……なんだかISが怖くなってきました」
「大丈夫、大丈夫♪」
簪の中でISの認識がどんどん変わってくる。実感していたものよりも遥かに凄まじいものだった。
「まぁ、れーちゃんのはまだちょっと足りないかな。問題はこっちの340。すごいね。稼働期間はわずかなのにもう白騎士並の成長。よっぽど搭乗者に愛されてるのかな」
「このシルバリオ・ゴスペルってどういう機体かわかる?束姉さん」
「ペンタゴンに入るのはちょいっと面倒だけど、あとでやっておこうか?」
「い、いや、そこまでしなくていいよ?」
出来ないとは言わないあたり束の力がよくわかるが、そんなことをしなくとも知っているものがいた。レイラである。
「マコト、私は任務で知っています。教えましょうか?」
「いいの?」
「私はあなたの味方ですよ。昔も今も………」
見惚れてしまうような笑みを浮かべるレイラにマコトはありがとう、といつもの笑みを返す。この二人の間には簪も束も入れそうになかった。死が二人を別っても、再び巡り合った相手なのである。
「さて、このシルバリオ・ゴスペルですが、詳細な情報こそ不明ですがそのコンセプトは誘導式多連装ビーム砲による領域支配機、だそうです」
「やるねぇ。ビームを誘導する演算機積んでも動くんだ」
束はビームを誘導する兵装を実用化しているアメリカを称賛する。イギリスも似たようなフレキシブルを実用化しているが、結局セシリアの例の通り、実戦では使用できない代物だ。それだけにレイラもその凄さを知っている。
「はい。元々は重力下での超音速機動を可能とし、更には弾道軌道を単独でとって敵基地を撃滅するという、核に代わる超兵器として開発され、実際にそこまでは出来ていましたが、そこからその誘導ビーム砲を搭載し、完成した…と噂されています」
「噂…?」
「噂になってしまっているのはアメリカが徹底して秘匿しているからですね。当然と言えば当然ですが」
アメリカ合衆国の力はこの世界においても絶大であった。集合知によって、単純なカタログスペックこそ白騎士には遠く及ばないが単独で成層圏まで到達しうるISを開発してしまっている。
束も、一人でかの国の工業力と戦えと言われたら尻尾を巻いて逃げるしかない。ただの悪の組織と、国では規模が違いすぎる。
マコトやレイラからすればアメリカの印象は地球連合の一部であり、G兵器の開発などを考えれば納得の技術力であった。結局のところ、マコトたちが乗ったインパルスやザクはその連合の機体の模倣に近いのだから。
「ただまぁ、アメリカなら妙なことにはならないかなぁ。暴走、って意味でね」
「私たちがいたコズミック・イラのロゴス……こちらで言う亡国機業は既に滅んでいますから、そう思っていいでしょう」
レイラはネストの存在が一瞬過ったが、残党程度がアメリカのIS関連の部署に入り込めるはずがないとわかっている。シルバリオ・ゴスペルのことを知れたのは向こうが意図的に流したからだったのだから。
「ま、だから私たちが見守るのはセシリアちゃんだけでいいかな」
「わかりました」
「わかったよ、束姉さん」
「はい」
一先ず方向性は決まったので、これで解散になるようだった。ただ、レイラはふと気になったので束に聞くことにした。
「……博士、一つお聞きしたいのですが」
「何かな?」
「ユグドラシル、とは一体」
「れーちゃんもそれ聞くの?」
「私以外にも聞いたものがいるのですか?」
「簪ちゃんのお姉ちゃんにも昼聞かれたよ」
ここで楯無の名前が出てきて簪は目を見開く、姉は束の存在を知っていた。当然と言えば当然だが。
「レイラ、なんだその、ユグドラシルって」
マコトは当然それを聞く。束は聞いて欲しくなかったことを聞いてくれたな、と思った。
「簡潔に言えば、エクステンデッドよりもタチの悪いものと思ってください」
「……ッ!」
「え、えくすてんでっと?」
「簪さんは知りませんよね。もっと言うと、強化人間…薬物、改造手術、マインドコントロール。考えうる限りの非人道的な方法で作り上げられた名前通り、強化された人間のことです」
「そんな、ものが……!?」
「本当に、あいつらはロゴスだったのか…」
「えぇ。昨日お父様から報告を受けて、確信しました。この世界におけるロゴス…その前身だったのでしょう、彼らは」
並行世界、というものがありうる以上はわかっていたことであった。束は幼い頃のマコトからロゴスの存在は聞いていたので、なるほど、と思うだけだった。しかし、そのテのアニメや漫画も知識にある簪は考えてしまう。
「………因果が、収束してる……?」
「ん?どうしたのかな、簪ちゃん」
「あ、いえ…漫画みたいだなって」
「漫画?」
「うん。過去に飛んだと思ったらそこが並行世界で、本当はその世界で起きなかったことが、その世界に主人公が“因子”を持ってきたことで、起きてしまう、そんな話」
漫画の話か、と楽観視できるほどマコトやレイラ、束は呑気ではなかった。特に束は実家やスコールの件で“超常”の存在を知っている。コーディネイターのような技術は既に潰されているため、この世界が直接コズミック・イラに繋がることはないが、似たような他の事象が起きている、存在していたというのは偶然とは思えなかった。
「元から全てあったものだけど、もしそんなことが現実にあったら怖いね」
「最低限の警戒はすべきでしょうか」
「あたしもそう思う」
サイレント・ゼフィルスの襲撃があった以上、敵はまだいる。ならば、警戒はしなくてはならない。
「えっと……」
「ありがとう、簪ちゃん。おかげで何か大切なものを見落とさずに済みそう」
「あ、ありがとうございます」
「うん。素直でいい子だね。いろいろ抜きにして、友達にもなりたいな」
「は、博士と、友達?」
「うん。嫌かな」
「い、いえ、そんなこと」
「なら、今日から君も友達だ」
束が簪に手を差し出してくる。簪はおそるおそるその手をとった。その手は想像していたよりも暖かく、優しかった。束の顔を見れば、彼女の顔はどうみたって世界を変えてしまった科学者ではなく——以前訪れた、篠ノ之神社の娘にしか、見えなかった。
次回からタッグマッチ……に入れるといいな!