IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-2「歪まされた世界」

 白騎士事件と呼ばれる、日本へ無数のミサイルが飛来したテロより世界は一変した。篠ノ之束という一人の少女が生み出したマルチフォーマルパワードスーツ、インフィニット・ストラトス。通称“IS”の存在が明かされたからだ。白騎士と呼ばれた試作一号機の所在こそ篠ノ之“博士”は明かさなかったが、単騎で何千発というミサイルを破壊しえた超兵器を博士は全世界に配布した。正しくは、その核とも言える基幹システム“ISコア”を。

 宇宙空間での作業を飛躍的に効率化、果てはコロニー建造や未開の惑星に直接降下し調査することもでき、宇宙空間での航行速度は亜光速にまで達し、人体への影響は皆無。まさに新たな人類のフロンティアのために生み出されたISは……その本来の要素は聞き流されて、全人類に受け入れられた。

 核に代わる、新たな超兵器。あらゆる攻撃を通さず、単騎で戦略さえ影響を及ぼす。人類の暴力装置の一端として。

 だが、ISコアをそのままの形で量産や解析することは叶わず…どこの国も篠ノ之束博士を欲した。彼女を手中におさめればこの夢の力は思いのまま。世界を、文字通り手にすることができると。

 しかし、既に彼女はこの世界のどこを探しても見つけることができなかった。彼女の近しい存在を利用しようとしても、阻まれ、篠ノ之束を誘い出すこともできない。

 気がつけば世界にはただ兵器としてのISだけが残り、本来の“無限の成層圏”という名は忘れられていった。篠ノ之束の存在もまた、一説には思うようにいかず、絶望して人知れず命を絶ったのではないかと自殺説さえ流れていた。

 極め付けとして、世界の歪みは女尊男卑主義というものによって決定づけられる。ISがインフィニット・ストラトスであった時から存在した唯一の不具合“女性しか反応せず、男性は乗ることができない”。当初は限られたISだったが、量産型コアと呼ばれるオリジナルの3割程度の機能を備えたものを搭載したISの登場によりISは社会に急速的に浸透。女性の権利をそれこそ、もはや強権といっても過言ではないものへと変え、世界は完全に歪み切ってしまった。

 束という少女を知る者たちはひどく嘆いた。明るく、ちょっと人見知りのケがあったとはいえ、街の発明家でしかなかった彼女がこんなものを望むだろうかと。それこそ、この世を去ってしまっても、おかしくないほどだろうと。

 けれども、もっと深く、彼女の側にいたものたちは知っている。篠ノ之束がまだ生きていて、諦めていないことを。

「それじゃあ父さん、母さん、マユ。行ってきます!」

「ちゃんと月一で連絡は寄越すんだぞ!」

「困ったことがあったらすぐに言うのよ!」

「お姉ちゃん、ちゃんと休みの日は帰ってきてね!」

 飛鳥マコト。彼女もまた、束を信じている一人だ。

「わかってるよ!じゃあね!」

 今日、彼女はある新しい生活へと向けて家を出た。身に纏うのは白を基調としたワンピースタイプの制服。肩に“ISHS”とワッペンがついている。

 IS学園と呼ばれる、IS発祥の地、日本に設けられたIS操縦者専門の養成学校。量産型コアではなく、オリジナルコアのISを扱うにはIS学園に通う必要があった。だから、彼女は歪められた教育だとしても行くしかなかった。

「(束姉さん)」

 空を見上げる。白騎士が空を飛んだあの日のように、澄み渡った青空の下のどこかに束もいるとマコトは確信している。世間は死んだ、などと言うがあの束がそんな簡単に物事を諦めないと知っていた。というより、知っている。

 インフィニット・ストラトスを発表してから会えなくなり、束の家族も政府の保護プログラムによって離散し、篠ノ之家との繋がりが断たれたマコトだったが、入学前に携帯電話に差出人不明のメールが入っていた。

 その内容は「待ってるから」という一言だけ。それだけで、マコトは誰が送ってきたのかわかった。進学先は別になってしまったが、一夏にもそれは伝えて、二人で束がIS学園にいると確信した。千冬も知っているのだろうか、とマコトは思ったが彼女はIS学園の教員で、何より束の親友だ。むしろ、当然とも言えることだ。

「(それにしても、一夏。昨日から全然連絡つかないな。命な危険はないがヤバい。何かは言えないがヤバいことになったって、余計に心配なんだけど)」

 マコトは駅へと向かいながら、束のことから不可解な音信不通になっている一夏のことを考える。女尊男卑が蔓延る中でも小さい頃から変わらずな一夏との関係は良好で、今ではマコトの前世のレイやルナマリアのような親友と呼べるものになっていた。そんな彼が大変な目に合えば当然心配になる。まるで弟のような存在なのもあるかもしれない。

「(弾も連絡つかないって言ってるし、鈴もダメ。家に行ったら電気ついてるけどインターフォンには出ず、窓から腕でジェスチャー。ほんと何をしてんの一夏は)」

 中学時代の友人たちでさえ連絡がつかず、家を尋ねても直接声を交わせない。生きてるのは間違いないが一体何がどうなっているのかマコトはわからなかった。

「まぁ、本当にやばかったら千冬さんが家に帰ってきてるし、大丈夫かな」

 マコトは楽観的にそんなことを考えて、IS学園方面へと向かうために駅へと足を踏み入れた。

 

 

 

 が、そんな彼女は楽観したことを後悔した。

「なんで一夏がここにいるの」

「いや、まぁ、その、IS、動かしちゃって」

「…………」

 入学式前に、辿り着いたIS学園の1年1組に、その性質上ありえない男子生徒がいて、その男子が幼馴染の男子だったという理解不能な状況にマコトは前世でも感じたことのない混乱に陥りそうになる。

 周囲は二人の動向を見守っており、静まり返っていた。

「(なんで、男である一夏がISを?だってあの“不具合”は最後まで束姉さんでも直せなくて…)」

 マコトはISコアにある“不具合”を知っていた。女性しか乗れない、否、正確には「起動時に生態パターンのスキャンが女性でしか上手くできず、男性でしようとするとエラーを起こし起動に失敗する」という解消不能な不具合を。今の世界では特権となってしまったソレを正しくマコトは“不具合”と認識できている一人だった。

「(いや、そうか。ISコアの全ての原型。白騎士のコアに刻まれた最初の生態スキャンデータは千冬さんだ!だから、生態パターンの近い一夏を“女性”と誤認して起動できた…のか!?)」

 ありえる原因に思い当たり、マコトは頭を抱えそうになる。そんなマコトに一夏はなんの気兼ねもなし口を開く。

「あ、そうだ。マコト、お前って確かたばっ——」

「はいストップ!ストップ!ほら!あんまり喋ってると入学式の時間になっちゃうでしょ!式の次第とか、紙、机の上にあるし、見とかないと!」

 慌てて彼の口を押さえ、遮るようにマコトは言った。そう、マコトは篠ノ之束の次にIS

コアを理解している人間になってしまっていた。それを知るのは束本人と、織斑姉妹、飛鳥家のみだ。作成は不可能だが、未だ人類が見ることさえ叶わないISコアの最深部のブラックボックスでさえ見ることができる。

 それが露見したらまず、マコトの身も、家族も危険だった。

「何考えてんの…っ」

「……!ご、ごめん」

 耳打ちして、マコトの言わんとしていることを一夏は思い出し謝る。

 そんな二人を見ていた周囲はこう思うしかなかった。「あの二人、付き合ってるの?」と。

「……お前、なんでこんなところにいる」

「えっ!?」

 混沌としている教室の中を気にせず、一夏に声をかけてきたのはマコトも知る人物だった。黒髪をポニーテールにしたスラッとした少女。忘れるはずもない、一夏とマコトの幼なじみ。

「「箒!?」」

「声が大きい!それよりも、一夏、お前は男だろう!?どういうことなんだ!」

「いや、そ、それが、一昨日、千冬姉に忘れ物届けようとして学園に来たんだけど、偶然通りがかったISに触れたら」

「…起動、したのか」

「うん…」

 箒は盛大にため息をついて頭を抱えた。家族離散の上、姉に罪はないとわかっていても悩みながら、強制的にIS学園進学となり自らの人生を呪っていたところで教室に入ればいるはずのない幼なじみと、会えると思っていた幼なじみが密着していたのである、意味がわからず、感動の再会などできるはずもなかった。

 箒はチラリとマコトを見ると「あとで話す」というアイコンタクトをされる。変わらない少女に安堵しながらも、オロオロとしているかつては堂々とした剣士だった一夏にひとまずチョップした。

「いでっ!」

「まぁいい。ともかく、積もる話は後でだ。入学式があるからな」

「そうだね。一夏いいよね」

「なんで俺は殴られたんだ?」

「腑抜けているからだ。そんなもの、父が見たら」

「うぅ、先生だったらやばいな」

 未だ篠ノ之父から受けた所業の数々を覚えていることに箒は安堵しつつ周囲を見渡す。奇異の目で見られているのがすぐにわかる。異分子である一夏と親しげに話していたのだから当然と言えた。一部からは訝しげな視線もあった。

「(女尊男卑主義者、か)」

 マコトもその視線に気が付き、内心あたりをつけていた。特に、金髪縦ロールの少女から視線が強く、その背後にいる同じく金髪の、こちらはストレートにしている少女は何か別の視線を向けていたが似たようなものだろうとマコトは判断した。

「うっし、とりあえず、来ちゃったもんはしょうがないから、やるしかないな」

「一夏のその切り替えの速さ、千冬さん譲りだよね」

「まぁな」

 能天気なのかどうなのかよくわからないが、一夏は既にここで過ごすことを良しとしたらしい。藍越学園という都立の学校に彼は、マコトとも共通の友人、五反田弾や凰鈴音と通うはずだったがそうでなくなってしまって大丈夫ではないはずだとマコトは思っていたがいらない心配だったようだ。

「そういえば、鈴と弾にはこのこと言ったの?」

「さっき行ったら弾は『うらやましいぞ馬鹿野郎!』って言って、鈴は『馬鹿なの!?なんなの!?意味わかんないだけど!?』って言ってた。あとどっちも週末店に来てとりあえず大盛りメニュー喰えって言われた」

「二人なりの罰ゲームだね」

「いや、なんで俺が罰ゲームを…」

「二人とも心配してたってことだよ。あたしもだけど」

「しょ、しょうがないだろ…電話も政府の人からとりあげられちゃって、戻ってきたの今朝なんだぞ…」

 うんざりしたような一夏に、再度箒のチョップが飛ぶ。

「いでぇ!」

「友人を心配させたんだから甘んじて受けろ」

「それ、箒が言えるか!?」

「いや、私の場合はちゃんとどこに行くかわかっていたし、お別れ会もやっただろう」

「そういう問題!?」

「そういう問題だ」

 一夏は理不尽に思いながらも、懐かしさを感じていた。この生真面目さ、確かに彼女は篠ノ之箒だ。

 それはマコトも同じだ。篠ノ之束の妹、真面目でちょっと堅物な篠ノ之箒。

 二人が変わらなかったように、箒も変わっていなかったのだ。

「お前らは変わらんな」

「箒こそ」

「それを言ったら三人とも、でしょ」

「「だな」」

 そうして笑い合う。教室の中は完全に三人だけの世界になっていて、周囲の生徒たち。男子生徒に良くも悪くも声をかけようとしていた生徒たちはそのまま入学式まで動くことはできなかった。

 

 

 

 入学式を終え、教室へと戻ってきた三人はそれぞれの席についた。マコトは廊下側、一夏は教室中央、箒は窓際だ。綺麗に別れてしまったとマコトは思ったが、席が近ければ授業中に雑談しかねなかったので良かったとも思った。

 今、マコトはかなり飛鳥マコトとしての自認が強く、シン・アスカだった頃の認識は薄れつつあった。記憶こそ間違いなく、胸を張って自分が生きた軌跡だと言えるがそれでも、それはもう遠い過去で、今の生活にはあまり関係のないものだった。シン・アスカがいなくなったわけではないが、ここにいるのはこの世界の少女飛鳥マコト。彼女はそう思うようになって、生きている。

「(IS学園って言っても、ザフトのアカデミーみたいに軍学校ってわけじゃないし、空気自体は結構ゆるいんだね)」

 教室に流れる空気は一夏がいるせいで微妙に緊張しつつも、それは進学時の初めての教室でのものと酷似していて、普通の学校と何ら変わりない。一夏への反応も普通の学校では珍しい外国からの留学生を見たときのようなもので、特段驚くほどのものでもない。

 今では兵器として扱われているISを学ぶ場所にしてはあまりに空気は緩く、当たり前の光景があった。

「(安心していいのやら、しちゃいけないのやら)」

 幸いにもマコトや一夏が過ごした中学校では女尊男卑など無きに等しく、むしろ男女共にたくさんのバカをやって遊んでいた。先ほど名前のあがった弾や鈴はその筆頭で、どちらも食堂経営の息子、娘で、マコトもよく二人の実家には食べに行っている。

「(週末来いって言っても一夏の状況だと外出が許されるのかどうか。でもあの二人なら勝手に出前にして寮の部屋に送りつけてきそう)」

 IS学園は基本全寮制で、一夏も勿論寮暮らしになる。入学式後に少し見た生徒証には出前を頼んではいけないという校則はなかった。むしろ、出前を頼んだ場合は裏口の警備室を通して受け取るようにとまで逆に案内が載っていた。

 五反田食堂から凰中華料理店から、という出前の呼び出しが容易に想像できた。

「(まぁ、いいや。あの二人のことだし、あたしの分もついでに通常サイズでおくってきそうだし、今週末はおいしいお昼食べられそうだな)」

 罰ゲームを受けるのは一夏なのでマコトは気にせず、HRの開始を待った。

 しばらくして、教室の扉が開き、教師が入っている。が、入ってきたのは生徒たちとあまり変わらないぐらいの少女にも見える眼鏡をかけた女性で、出席簿をその豊満な胸に押し付けて持っていた。一眼で緊張しているのがわかった。

「(うわ、一夏ガン見してる)」

 仕方のないことであったが、一夏は正真正銘年頃の男子であった。箒も一夏の様子をしっかり見ており、マコトは南無…とあとで入るであろう折檻に念仏を唱えた。

「お、おはようございます!みなさん、初めまして!私はこの1年1組の副担任、山田真耶といいます!前から読んでも後ろから読んでも、やまだまや!です!」

 自己紹介が余計に背伸びしている少女のように見えてマコトはくすりとしたが、教室は静まり返っていた。これもよくある反応だ。マコトはさすがに挨拶はしたほうがいいだろうと口を開きかけたが、カツカツと足音が廊下から聞こえ、教室の中にもう一人の教師が入ってくる。

 黒のタイトな女性用スーツを纏った黒髪の、絶世の美女が現れた。

「(ち、千冬さん!?ここの担任なの!?)」

 入ってきたのは一夏の姉であり、箒やマコトからすれば幼馴染みと言っていい年上の女性だった。だが纏う雰囲気はいつも見せていたどこかズボラものではなく、抜身の刀のような剣呑なものだった。

「なんだ貴様らは、ロクに挨拶もできんのか。これは期待できんな」

 その声を聞いた途端、奥底にある恐怖を一夏と箒は思いだし、マコトもまた前世の“アカデミー”であったことを思い出して、三人は同時に席を立った。

『おはようございます!!師範/教官!!』

「遅い。座れ。それと私は先生だ。師範だの、教官などではない」

『すいませんでした!!!』

「……それで、なんだ。他の者たちは?お前らはこいつら以下の愚図なのか」

 教室を身の毛もよだつほどの恐怖が支配する。副担任であるはずの真耶も何故か目を回しそうなぐらい恐怖で震えていた。マコトたち以外の生徒も席を立ち挨拶をする。悲鳴のような挨拶だった。

 千冬はそれを見ると「座れ」と一言告げ、全員を座らせた。

「それでは本クラス最初のホームルームを行う。山田先生、進行を」

「は、はひぃ、先輩!」

「……コホン」

「す、すいません、織斑先生!はい!そ、それではこれからHRです!まず最初に出席番号順に自己紹介です!それが終わったら校内オリエンテーションに移ります!」

 マコトは一足先に恐怖から抜け、安堵する。千冬の口調や態度はまさしく軍学校の教官そのものだった。いや、まだ優しい方かもしれない。改めてマコトは千冬を見る。ISが世に出てから、誰よりも先に搭乗経験のある千冬はIS操縦者としての頭角をメキメキと表し、今では実質的ISを使っての戦闘行為を許されているISによるオリンピック『モンドグロッソ』の二年連続優勝者となっていた。

 その後、一時期ドイツ軍で何故か教官をやっていたことをマコトは知っているが、なるほど、これは軍隊仕込みなのだろう。ただ、真耶がもはや泣きながら進めているのを見るにこれがIS学園のスタンダートというわけではないらしい。千冬をよく知るマコトや箒、それに一夏は内心まったく同じことを考えていた。

『(俺/私/あたしみたいな身内がいるからだろうな)』

 身内がいるから特別厳しく行く。箒が姉を反面教師として、千冬に似てしまったというのもあって千冬もなんでもかんでもな生真面目人物かと言われれば大間違いなことは私生活がダメという時点で三人ともわかっているため、贔屓しないように必死に押さえて至った結論が軍隊の真似事ということだったのだろう。

 三人とも見抜いているためあまり意味がなさそうだが。

 順番に自己紹介が行われる。一番最初に自己紹介を開始した相川という生徒がガッチガチに緊張したまま喋ったが千冬は別に何も言わず、仏頂面のまま自己紹介が終われば拍手した。至って普通の自己紹介で特に怒られもしなかったため、以降の生徒は大丈夫なのだろうと判断して特に震えることなく自己紹介を開始した。

 そして、あっという間にマコトの番になったため彼女は席を立った。

「はじめまして、飛鳥マコトといいます。藍越市汽車町から来ました。趣味はランニング…とにかく、体を動かすことが好きです。あと、よく真反対だねって言われるけど機械いじりもしてます。よろしくお願いします」

 一礼して、席につく。拍手が響いた。なお、マコト自身は全く意識していないがこのクラスの生徒の過半数ぐらいからはすごい可愛い子、と思われる程度には容姿が整っており、拍手の音は少し大きかった。

 そのまま順調に進み、一夏の番がやってくる。中学生の時は名前だけ言って終わった彼だったが、今回ばかりはそうもいかなかったようで勢いよく立ち上がり、元気よく自己紹介を行った。

「織斑一夏といいます!さきほど紹介のあった飛鳥さんと同じ藍越市汽車町から来ました!趣味は特にないです!昔剣術…剣道やってました!彼女いません!以上です!」

「(最後の情報、いる?)」

「(最後のはいらんだろ…)」

「(浮いた話の一つはないのかこの愚弟は)」

 マコト、箒、千冬、それぞれが緊張して明らかに不必要な情報を混ぜた一夏に呆れたがクラスは拍手喝采だった。少なくとも一夏は“イケメン”と言える顔立ちで体格も恵まれており、剣術を辞めても肉体労働でバイトをしていたおかげで体は締まっている。出会いのない学園の中に現れた一夏はまさに女子たちからすれば虎の折の中に放り込まれた兎も同然であり、彼女いませんはある意味最悪な不要情報だった。

 その後しばらくして、箒の番がやってくる。

「篠ノ之箒。出身は先ほどの織斑、飛鳥と同じく。趣味は剣。以上」

 短く、端的に。教室の中は「お、おう」といった空気になり拍手も疎らだった。あまりに短く、武士然とした雰囲気に生徒の誰しもが、かの篠ノ之束と同じ苗字を持っていることをこの時点では気にさせなかった。

 残りの生徒たちの自己紹介も続いて、マコトが視線を気にした金髪縦ロールが立った。

「セシリア・オルコットですわ。イギリスより参りました。イギリスでは代表候補生を務めさせて頂いておりますの」

 代表候補生。その言葉にマコトは驚く。それは世界でも数少ない500弱のオリジナルコアを与えられた者の一人ということ。束が生み出した本物のインフィニット・ストラトス、その乗り手。

 それが、彼女。

「以後、お見知り置きを」

 格が違う、そうとも言いたげな視線をクラスに向けつつセシリアは席に座る。拍手は気圧されたのか控えめだった。最後に、セシリアの後ろに座っている同じく金髪の少女が立った。均整の取れた抜群のプロポーションを持つセシリアと比べると幾らかスレンダーだが、顔つきは美女になることが約束されたものだった。

「レイラ・デュランダルです。セシリアと同じく、イギリスより留学しています。また、同じく代表候補生でもありますが、私は専用機のない、彼女の補佐のようなものです。よろしくお願いします」

 一礼して、静かに座る。不思議とマコトは彼女に既視感があった。それは同じ金髪で、長髪だった。最後の出撃でも一緒だった友、レイ・ザ・バレル。顔つきに彼の面影を感じた。加えて、デュランダルという家名。それは——。

「(議長の、ファミリーネーム)」

 ギルバート・デュランダル。最後にシンが剣を預けた、プラントの最高指導者。そのファミリーネームと一緒だった。

「(レイ、なのか)」

 確信は持てないし、聞くこともできない。マコトがこうして転生したように、他の誰かも転生しているのかもしれない。マユや両親は違ったようだが。

「これで全員か。では最後に、私が織斑千冬。このクラスの担任だ。諸君らとはこの一年、ないし、生徒によっては来年も担当する場合がある。あぁ、クラス替え的な意味でだ。この学園に留年という制度はない。落第はすなわち即刻退学を意味する」

 それはマコトも知っている。生徒証に記載があったからだ。だが、他の生徒は息を飲んでいる。一夏もだ。

「これより諸君らが学ぶのはこの世界を実質的に支配している最強の戦略兵器の運用方法だ。生半可な気持ちで学習されては困る。諸君らが過ちを犯せば世界は荒れ、諸君らの家族などそれこそ、世界から非難される。私は決して諸君らを特別扱いしない平等に接する。何故ならば、今はまだ貴様らに価値がない、平等に無価値だからだ」

 脅しのような言葉の裏に、戦略兵器という言葉を発した瞬間の千冬はひどく表情を歪めていた。彼女からすればそれは間違った呼称で、言いたくはないのだろう。だが、それが今の世界のISであり、ISを教える機関の教師故に言わなくてはいけない言葉なのだとマコトは理解する。

 やっぱり、変なところで真面目な幼馴染みだとマコトは千冬も変わっていないと思った。

「以上。意義のあるものは放課後にでも寮の寮長室を訪ねるといい。一年生の寮母は私だ。諸君らにとってこの一年が有意義なものであることを切に願う。…では山田先生、あとを頼みます。私は会議に」

「はい!よろしくお願いします!」

 千冬が教室を出ると、瞬時に空気が緩む。真耶もため息を露骨についていた。それでいいのかとマコトは嘆息した。

「では、オリエンテーリングを開始します!まずは校内の各施設について私から——」

 

 

 

 1日のオリエンテーリングを終えて、マコトは寮にやってきていた。一夏と箒は何故か同室で、それはいいのかと考えたが二人とも同じ剣術を学んでいた弟子同士で男女というよりはむしろ男同士の友情に近いものとして縁を結んでいるため問題ないだろうとマコトは考えた。

「で、私の部屋はここかぁ」

 真耶から鍵を渡されてやってきた部屋にマコトはノックをして入る。室内には初日ということもあってかまだダンボールが山積になっていた。

「失礼します〜…っと、誰かいないのかな?」

「……います」

「うわっ」

 段ボールの山の陰から、ぬるりと水色の髪をした少女が出てくる。型までの長さで揃えられた髪だが、前髪は長く、赤枠の眼鏡が彼女の印象を暗くしていた。マコトは面食らいながらも彼女がルームメイトだと察して自己紹介する。

「えっと、1年1組の飛鳥マコトです」

「1年4組の更識簪です」

 静かな声で彼女、簪はそう応え、そのまま段ボールの開封作業に戻ってしまう。マコトはどうしたものかと頭をかいた。まずは自身の荷物を探そうと室内を見渡し、すぐ入り口に実家から送った衣服類などが入ったダンボールが見つかった。しかし、それらはこの部屋の段ボールの五分の一にしかすぎず、残りは簪の荷物だとわかった。

「え、ええっと、更識、さん?」

「簪」

「へ?」

「簪でいい。苗字は嫌い」

「あ、はい」

 ピシャリと、簪はそう告げた。マコトは思わず言葉を止めてしまうがこれでめげる彼女ではない。マコトは幼少期、まだ他人をゴミ程度にしか見ていなかった束との邂逅という経験があった。この程度では折れない。

「簪さん、でいいのかな?荷物すごいね、手伝おうか?」

「いい」

「いやでも」

「一人でやれる」

「……そ、そっかぁ」

 この時点で簪という少女が何かあるなとマコトは察してそれ以上話すのはやめた。意固地になっているのが見え見えだった。

「じゃあ、私は荷物自分のを開けたら食堂にでも行ってるね。ベッドとか、どっちがいい?」

「どっちでも」

「じゃあ、あたしが窓際ね」

「わかった」

 話せば返答してくれるあたり、初対面の頃の束より遥かにマシだった。マコトはささっと荷物を開けて仕舞うと部屋を出る。寮内の廊下は賑やかで、入学初日の興奮が生徒たちから抜けていないようだった。

 食堂にひとまず行こう、そんなことを考えていたマコトだったが携帯電話が鳴る。誰かと思えば幼馴染みである鈴音だった。

「もしもし?」

『お、繋がった。もしもしマコト?元気?』

 つい先週どころか一昨日にも聞いた声である。マコトは特段感慨もなく応える。

「元気だけど、どうしたの?急に」

『いや、そっちはどうかな〜って』

「鈴こそ。藍越はどう?」

『え?いつも通りかな〜、弾のやつ自己紹介でいきなり彼女募集中です!とか言ったわよ』

「バカだね」

『ほんとバカよね〜!おかげでクラスの男子とはすぐ打ち解けたけど、女子からはまぁお察しって感じね』

「あははっ、なんか二人ともいつも通りで安心した。で、電話の用件はこっちのおばかと」

『正解〜。というか、あんたらニュース見た?すごい騒ぎになってるわよ』

「お昼見たし、マユからも電話きたよ」

 時刻は既に夕方で、昼食時にマコトたちは食堂で一夏がISを起動させたことを報せる報道を見ていた。報道を見た一夏は「とりあえず保護って名目でここに入れられた」とIS学園に在籍している理由を述べた。つまりは受験せずに入学したわけだが、1年1組の生徒たちはほとんど一夏の境遇に同情し、裏口入学などと因縁をつけるものはいなかった。

 マコトはこのご時世珍しい生徒たちだなと感心した。

『いやほんと、電話も繋がらなかったのこれが理由だったわけね』

「あたしも朝会った時びっくりしたよ」

『いきなり学校行って一夏がいたあんたのほうが余計に驚いたでしょうね。それで学校自体はどうなの?』

「千冬さんが厳しい以外は普通の学校と変わらないかな」

『え?千冬さんが厳しいとか嘘でしょ、何その冗談』

「いやたぶん身内の担任になったから変に意識してるんだと思う」

『あ〜、そういう』

 鈴もまた千冬の本性を知っており、一夏が食事を作れない時はかならず弾か鈴の実家に千冬は出没していた。まったくの余談だが、両店の大盛りメニューの最速完食記録を持っているのは千冬だった。

『ま〜、落ち着いたらまたみんなで食べにきてよ。父さんと母さん、一夏のこと爆笑してたわよ』

「あ、そこは爆笑なんだ…」

『いやだって何を間違えたら女子校に行く羽目になるのよ。あたしと弾はキレたけどさ。あ、そうだ。一夏週末こっちこれそう?』

「たぶん無理じゃないかな。身の安全的に」

『ですよね〜、じゃ、あんた当てで一夏用の特別メニュー、弾と一緒に送っとくから。マコトもなんか食べる?』

「それなら鈴の炒飯が食べたいかな」

『……りょーかい。任せときなさい』

 電話の向こうで「弾!賭けはあたしの勝ちね!」「チクショォォォ!」という声が聞こえたがマコトは聞かなかったことにした。次代を担う二人の料理をマコトが何度か試食していることとは関係のないことだろう。また、二人の実家が雑誌でライバル店扱いされてることも関係のないことだろう。

『じゃあまたね、マコト。あんたは帰ってこれるんだから顔出しなさいよ』

「うん。そうだね。またね、鈴」

 電話はそこまでで終わった。

「…ん、なんだかお腹減ってきちゃったな」

 鈴と話していたからか、マコトはお腹が鳴ってしまった。別に羞恥感がないのは前世のおかげか。彼女は食堂へと足早に向かうことにした。昼食で食べたラーメンは学校の食堂にしては本格的でおいしく、夕食も期待できるからだ。

「料理がおいしいのは大切なことだよね。そうだ、一夏たちも誘って行こう」

 マコトはそう決めて、一夏たちの部屋へと向かった。

 が、

「そこに直れ」

「やめ、やめろ!箒!」

 何故か廊下に上半身裸で尻餅をつく一夏と、上半身サラシで下はスカートという何も知らないものが見れば一夏が箒を襲って返り討ちにあっている場面にマコトは遭遇。どうせまた一夏がラッキースケベでもしたのだろうと箒を宥めて二人を食堂に連れて行くことに成功した。

 学園1日目から彼女ら三人の濃い空気に周囲の生徒たちは置いていかれていた。また、怒れる箒を簡単に宥めた手腕から何故か翌日から彼女を「飛鳥先輩」と呼ぶクラスメイトが増えた。マコトは意味がわからないと思いながらあだ名だとすぐにわかったので気にしないことにした。

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