ロゼンタにその情報が入ったのはネリス基地が襲撃された翌日であった。デュノア社の日本支社で業務を行なっていた彼女にスコールから伝えられた。
「冗談はよしなさい。あの子たちは死んだのでしょう」
『間違いないはずよ。織斑千冬によって確実にね』
「じゃあ、そのアメリカを襲った連中はなに?ゾンビとでも言いたいの?」
『古巣の子が必死になって撃墜したから酷い破損状態だったけど、あれらを動かしていたのはIS学園を襲ったサイレント・ゼフィルスと同じ人形ね。採取された人形についてた脳幹のデータもらったけど、全部あなたの部下のものと一致したわ』
死者を蘇らせ使役する。それはまごうことなき悪であるロゼンタでさえも忌避するものだ。人の心を壊し、操る心理学術的なものではなく“魔術的”なものにも精通しているロゼンタからすれば禁忌に等しい行為でもあり、彼女は今回の一件の遠因となったことを後悔する。
「連中にユグドラシルの欠片の存在を知られたのは最悪ね」
『…必要だったことよ。でなければあなたはISに乗れなかった』
「そうね。けれど、それが結果的にシエラとシャルロットを危険に晒したわ」
『科学的には行き詰まっていた彼らからすれば私たちが持つ“裏側の理”はさぞ魅力的に映ったに違いないわね。その結果がISコアの核となっているユグドラシルの欠片と人工強化素体を組み合わせたIS人間“ユグドラシル”……守っていた人間が言うのもあれだけど、正直壊してくれてよかったと私は思っているの』
スコールがかつて、世界に仇なす悪党であった頃に防衛任務を請け負った“ソレ”は人類が生み出してしまった狂気そのものだった。鉄の子宮によって生み出された最高の肉体と、星によって育まれた無限のエネルギーを宿す奇跡の鉱石、人類を超えた思考を可能する電脳。いわば人類の可能性を無限大にしたと言わんばかりの人造人間。
生まれたばかりのそれは自らの存在した意味も、自らが創造主よりも優れた存在であることもわからずに、最強の人類と最高の天才によって滅ぼされた。半身を失いながらその現場に居合わせたスコールはその光景を未だに思い出せる。
地球という揺籠の——成層圏の内側であるにもかかわらず、重力から解き放たれた戦い。8年前に見せつけられたそれは気がつけば“魔法”で生にしがみついていたスコールを再び生き返らせるには十分すぎた。
「違いないわね。あんなものが残っていれば世界は更におかしくなっていたもの。していた本人である私が言うのもおかしいけれど」
『気にしたら終わりね、それは』
「でしょうね。…篠ノ之博士は知ってるの?ユグドラシルのこと」
『知らないでISコアを作っていたみたいよ。まだ本人には伝えてないけれど』
「なに?じゃあ物理的に鉱山から“ユグドラシルの欠片”を切り出してたってこと?」
『そうなるわね』
「無茶苦茶ね。シエラのルーセル家は5代前でそれが失伝して、私の方も同じ。スコールあなたは?」
『私はできるけれど、ダメね。大昔みたいに鉱山からの切り出しをしても受け継いでるもののように高純度のエネルギーを宿したものは作れないわ。体が半分機械になって体内の魔力が減ってるのも大きいけど』
「よく生きてるわね。それも欠片のおかげ?」
『えぇ。欠片の“正の作用”のおかげね。話を戻すけれど、科学・工学だけで博士は魔力で切り出さないといけない“ユグドラシルの欠片”を作り出してみせた。連中は博士のように作れはしないけれど、コアのブラックボックスをバラして欠片を見つけて利用してる』
「最悪ね」
『最悪よ。今は千冬たちに滅ぼされる前のような“素体”がないから人形で済んでいるけれど、手に入れば復活するでしょうね』
「でも、失敗作って呼ばれてた素体のうち2人は博士たちが回収して家族にしたのでしょう?それに手を出すほど馬鹿だとは思わないわ」
『えぇ——普通の人間ならね』
人間であれば、一度自らを滅した存在のことは怖れ、二度と近づくことはないだろう。だが、もし、“ソレ”が人間ではないのであれば……。
『私はね、アレが8年前の戦いで終わったとは思っていないのよ。兵器、核、ISにしてもそう。人類は生み出したものは易々と人類の想像を超える。“ユグドラシル”も同じ………私たちは向き合わなくてはならないのよ。私たち自身が生み出し、この世界の“歪み”と』
タッグマッチの翌日、シャルロットの編入試験は予定通り行われることとなった。午前中は学科試験を受け、午後からは実技試験というスケジュールになっており、これまでのラウラによる授業でシャルロットはこの人生で一番勉強をしたという自負があり、自信に満ち溢れていた。
「一夏!私、やるよ!」
「おう!頑張れよ!」
朝、起きて早々にシャルロットが一夏にそう言ったのはどこかフラグっぽいとラウラは寝ぼけ眼で見ていた。徐々に学園に慣れてきたシャルロットの素が見え始めると一夏とシャルロットの仲は急速に縮まっていた。何かと事故で裸体を見たり、暴走して生乳を見せたり、背後から胸を掴んだり、ということがあったにもかかわらずだ。
「…はしゃぎすぎて間違えないようにな」
「大丈夫だって、ラウラ。この一ヶ月、ラウラのおかげで対策はバッチりだからさ」
「そうか」
能天気な笑顔はシャルロット本来の表情だが、ラウラは無性に彼女が心配になる。一夏はまぁ大丈夫だろうと不安は感じていない。努力すれば結果はついてくる、と一夏は信じてやまないため、シャルロットが必死に頑張っていた姿からよほどのことがない限り不合格にはならないだろうと考えていた。
「そういえばシャルロットのお母さんとかは午後観に来ないのか?」
「実技を?母さんは今日、用事があるみたいだし、ロゼンタさんも外せない会議で来れないって。ビデオレターは昨日の晩にもらってるけどね」
「へぇ〜、お父さんは?」
「父さんもだね。母さんはともかく、父さんとロゼンタさんは昔から忙しかったから、そういうの多いんだ」
一夏は両親がいないため、普通の家族とはそういうものなのだろうかと思ったが、これはシャルロットがかなり愛されているからこそのものであった。ラウラに関しては定期的に千冬から手紙がきていたので、なんとなくシャルロットの気持ちがわかる気がした。
「そうだ、忘れ物がないか確認しないと」
「その前に朝飯はいいのか?」
「今日は一人で先に食べに行こうかなって。集中したいし」
「そういうの大事だよな。わかる」
異常な精神統一と一緒にされるのはちょっと遠慮願いたいシャルロットだったが、あははと笑い流すだけにとどめる。なお、ラウラはどちかというと一夏のほうに理解があるのでうんうん、と頷いていた。
シャルロットは話しながらもバックに筆記用具などを詰めていく。テストは普段の教室ではなく、平時は進路相談室として使われる小部屋で行われるため荷物を持っていく必要があった。
「シャーペンと消しゴム、替え芯もあるね。あと、電卓…最後にこの一夏特性の鉛筆」
「なんだそれは?」
「試験の最終兵器だぜ、ラウラ」
まさかカンニングでも、とラウラはシャルロットの手に握られている鉛筆を凝視するが、よく見るとそれは端部が削られて、削られた部分に数字が書かれていた。何かの符号かと考えたがそうではなかった。
「試験はマークシートだからさ、鉛筆で作ったサイコロで神頼みするんだよ」
「ありがと、一夏。私、結構迷って時間食っちゃうタイプだから助かるよ」
「お前たちは何を言っているんだ」
ラウラはルームメイトたちが何を言っているのか理解不能であった。一夏もシャルロットもそんな反応を見せるラウラを気にしないことにした。
「他になんか忘れ物ないか?」
「ラファールは今朝から本音さんに整備してもらってるから大丈夫だし、これ以上はないかな」
準備が整い、シャルロットはバックを背負うと制服姿で部屋から出ようとする。
「それじゃあ、行ってくるね、ラウラ、一夏」
「あぁ!午後、観にいくからな!」
「うん!待ってるよ!」
「…油断はするなよ。期待している」
「ありがと、ラウラ!」
手を振って出ていくシャルロットを二人は見送る。一夏の髪の毛が切られた夜から一ヶ月。シャルロット・デュノアという少女がわかってきた一夏は彼女の裏表のない素直な笑顔が眩しく、まだ箒や束がいた頃の時や鈴音が来てから過ごした日々を思い出してしまう。ISなんて力に触れず、無邪気に、世界のことなど知らずに済んでいたあのときが異様なまでに眩しかった。
「……一夏?」
「え?なんだ?」
「いや…妙に顔が、教官がたまにする顔をしていたから」
「そりゃ姉弟だからな」
思わずラウラを撫でてしまうがラウラは不思議と嫌がらず、彼女自身、どこか胸が暖かくなる。それは千冬にそうしてもらったときと全く同じ感覚であった。
セシリアとの戦いで得た“力”は一夏の中にある“力”に対する悩みをより強くしてしまった。剣を振るっている時はただ斬ればわかると、邪念を振り払っているが、こうしてその場を離れればいつでも彼の心は「何のために力を振るうのか」という悩みが巻きついてくる。
姉は“正義の味方”だったと言った。ならば、同じくその剣を振るう自分はなんなのだろうと。なんのために剣を振るい、なんのために勝利を得るのか。
マコトや箒にはそれがあるのだろうか——一夏は聞いてみたかったが、これは自らが見つけ出すべきものだと思って聞けないでいる。けれど、家族という枠組みにいるラウラにはそんな気持ちがこぼれてしまった。
「なぁ、ラウラ。なんでお前はISに乗ってるんだ」
「いきなりどうした?そんなことを聞いて」
「いや、なんとなく」
「なんとなく聞かれても困るが…そうだな。今の私は軍人だ。軍人の務めは国民の命を守ることであり、その手段としてISがある。それだけのことだ」
「つまりは、国の人を守るためってことか」
「そうなるな。……だが、お前が聞きたいのはそういうことじゃないのだろう」
ラウラは一夏の表情を見てそう言った。彼女は内心、わかりやすい人だと思った。一夏の表情はラウラの言葉を咀嚼していなかった。
「なんか、千冬姉みたいだぞ、ラウラ」
「それはそれで光栄だな。なら一つ、教官のように言ってやろう——悩むなよ」
悩むな。元も子もない言葉だった。しかし、一夏はそうだな、と頷く。
「いつか、そのうち、剣を振るっていれば見えてくるものもある。それが善なるものか邪なものかは剣が決める」
「なんだそれは?」
「昔、俺と千冬姉が剣を習ってた箒の父さんが言ってたことだよ。どうしたら師範みたいになれるのか聞いたら、そう言われた」
「要約するとどういう意味なんだ?」
「人生ずっと修行中ってことだと思ってるよ、俺は。だから、悩んで足踏みしてる時間があったら剣を振って、振るい続ければいいんだろうな」
そうして辿り着いた者たちが一夏には側にいる。千冬も、箒も、我武者羅に剣を振り続けて、それぞれが一つの通過点としての境地に至っている。それぞれがそこで得たものが何かはわからない。
「未来はずっと白紙、というやつだな。うん。教官の教官、言いことを言うじゃないか」
一夏はラウラの言葉に肯く。まだ、一夏は何にも至れていない。それは現状への絶望ではなく、希望となる。ここから先の未来は何もわからない。霧に閉ざされているわけではなく、可能性という光に溢れているのだ。
彼の腕にある“白式”もそんな未来を描くために幼馴染の女性が生み出したもので、流されてきたとしても、完全に激流に呑まれているわけではない。彼は荒狂う川の上を船で降りてきているのだ。
「うっし。俺たちも準備したらランニングして、飯食いにいこうぜ」
「了解だ。箒も誘うか?」
「もちろん」
気分を入れ替え、一夏も今日という1日を過ごすための準備に入っていった。
一方、朝早々にレイラを電話で呼び出し、部屋にはネグリジェ姿のレイラがいた。
「ん……マコト、こんな朝早くから…どうしたのですか?」
「ごめん、レイラ。ちょっと出来るだけ早く話したいことがあってさ」
「まぁ…あなたの呼び出しなら別にいつでも応えますが」
可愛らしいお姫様が目覚めたばかりのぽけっとした様子で凄まじい言葉を言っていることに簪は白目を剥きそうになる。そして、通信で空間投影ディスプレイに顔を出していた束は白目を向いていた。
「それにしても、レイラの寝巻き初めて見た気がするけどなんかすごいね。お姫様って感じする」
「ありがとうございますマコト。あなたは…昔とさほど変わらないですね」
「そう?」
「えぇ。納得ですが」
スウェット姿で髪がボサボサなマコトを見ているとレイラは目の前にシンがいるようで少し懐かしく、愛おしかった。こうして穏やかな朝を共に迎えることは前世ではついぞなかったのだ。
マコトとレイラのそんな様子に恋する少女の二人は非常に危機感を募らせる。その気がレイラにないとわかっていても、何がキッカケに“堕ちる”かわからないからだ。現に、校内ではマコトとレイラの様子が長年連れ添った恋人のようだと僅かながら噂になっている。
「それで?こんな朝に、しかもわざわざ博士まで通信で呼び出しをしたということは尋常ではないことなのでしょう?教えてください、マコト」
壁に寄りかかり、腕を組むレイラはマコトからすればレイそのもので、真剣なのだと伝わってくる。そうとわかればマコトは腰掛けていたベッドから立ち上がって、3人に向かって口を開いた。
「レイラと束姉さんはわかると思うけど…この世界に、キラ・ヤマトがいた」
「なんだと!?」
キラ・ヤマト。その名が語られた瞬間、簪や束が聞いたことのない口調でレイラが声を上げ、マコトに駆け寄った。
「本気で言っているのか!?」
「お、落ち着いて!レイラ!」
「あいつはお前を殺したんだぞ!何故そこまで落ち着いていられる!」
「っ…そういう意味なら、レイが仇を討ってくれただろ!?それで終わったんだよ!」
「…………それは……いえ、すいません。取り乱しました」
初めて簪と束に見せるシンとレイとしての姿に、簪は目を見開いて、束は目を伏せた。熾烈な世界を生きてきたんだと改めて理解した簪と、思い出して欲しくなかったと思っていた束の差が直視するか否かを分けていた。
「わかってくれたなら、いいよ」
「えぇ。もう、終わったのですから。この世界にまで持ち込む必要はない、そうですね」
自らに言い聞かせるようにレイラは言ってマコトから離れる。
「ごめん、話に割っちゃうけど……そのキラ・ヤマトって人が…マコトさんを?」
「…そうだよ、簪さん。あたしはその人と戦って死んだんだ」
決してマコトは殺されたとは言わない。最期には本当は分かり合えたはずだと、そう思えたから。簪はそれを聞いて、これ以上は聞かないと決めた。もう当人の中では終わった話なのだ。たとえ、その人がこの世界にきていたとしても。
『まーちゃん…大丈夫?』
「大丈夫だよ。束姉さん。それに、束姉さんがキッカケであたし振り切れたんだから、それを束姉さんが言う?」
『…それもそっか』
隠しきれない喜色が束の笑顔に滲み出ていた。
レイラは冷静になってから今この部屋は地雷原の真っ只中だと思い出した。仕方がないとはいえ、同時に二人の女性にそんな顔をさせているマコトはあまりにも罪深すぎる。
「(本当にいつか刺されないといいのですが)」
割と本気でレイラはマコトの身を案じたが、それを表に出すとあまりに危険なので表面上はただただくすりと笑っているだけにした。
「それで、話を戻すと、正確にはあたしやレイラみたいに女の子としてこの世界で生きてたみたいんだよね」
『生きてた?過去形ってことはまーちゃん、その人死んだの?』
「ううん。生死不明が正しいかな。なんでも、8年前に姿を消してみんなから忘れ去られたみたいなんだよね」
そこからマコトは他言無用とされたがファニールの語っていた内容を簪には改めて、レイラと束には初めて説明する。アイドルとして彼女が活動して世界的なスターとなっていたこと、それがある日突然姿を消し、世界中から記憶が消されたこと。
話を聞いた反応を返したのはまずレイラからだった。
「にわかには信じ難い話です。アイドル、戸山キララ…今マコトに言われて私も朧げに思い出しましたが、これまで気にもしませんでした。確かにおかしい。本国でそのような資料も見たことがありません」
「でしょ?ありえないよね。まるで魔法みたい」
「博士のご実家のこともありますし……そうだ、これも他言無用とされていますが、シエラ先生は“魔法”が使えました。そう考えるとありえなくはないかもしれません」
「ま、魔法…?」
簪が思わず声を出して驚き、レイラはシエラが不可思議な力で一夏を直したことを伝える。
「そんなことがあったの?」
「えぇ。博士が危惧した真なる回帰を使った一夏さんは体が耐えきれず死にかけたところを蘇生してもらいました」
『束さんは知ってたけどあんなすごい力だと思ってなかったし、それに…』
「束姉さん?」
『あ、ううん。それに、そういう力があるってわかってるから、その戸山キララが消えたのもそういう類の力かもね。今思い出せるのは“魔法”の効力が弱まってるとか何かあると思うよ』
束はファニールが8年前に周囲に話しをしても今のマコトたちのように思い出せないのは、当時は術の効力が強かったからだと推測する。
『それにしても、その双子はいい判断してるね。もし世間にこれを言ってたら彼女たち消されてただろうし』
「十分に考えられることですね。それにしても、戸山キララ…キラ・ヤマトが消えた理由がわかりません。私たちの例を見るに、彼女はこの世界でスーパーコーディネイターというわけでもないでしょうし」
マコトはレイラの言葉に頷く。写真で見たキララの容姿は確かに前世のラクスなどにも劣らぬものであったが、この世界ではそこまでのコーディネイト技術は民間に出ていない。もしかしたら彼女がその第一号という可能性もなくはないが、そうだとしてもあの写真にあった笑顔はとても、作られたものではない、彼女自身のものに思えた。
『うーん。束さんでもわかんないのはちょいっと気持ちが悪いね。ただのアイドル拉致って身代金も請求するまでもなくみんなの記憶から消しても人体実験の素材にしかならないと思うけど』
「ぅえ…」
平然と人体実験と言い出した束に簪は涙目になる。だが、マコトとレイラは可能性としてはそれもなくはないと思った。
「束姉さん。千冬さんと一緒に戦った“亡国機業”はそういうこともしていたんでしょ?」
『そーだよ。クーちゃんとアレはその生き残り。本当は消すつもりだったけど、ちーちゃんが私のこと止めてね』
さらりと言われたが、あれだけクロエを愛している束が彼女を殺すつもりだったことに3人は息を呑む。篠ノ之束は庇護下に置いたものや愛している相手、仲間となった人物たちの前では無邪気で、少女と大人の女性が同居している不可思議な人物だが、そうでないものの前ではどこまで冷酷で冷徹な人間だ。
「……戦っている際、それらしき話を聞いたことはありませんか?博士」
『ないね。時期的にぶっ潰し始める前、というか直前に起こってたっぽいし、そのときは連中潰すために世間のこと全然見てなかったから』
故に、興味がないことには徹底的に知識がない。束は素でアイドル戸山キララのことを知らなかった。剣一筋な家庭環境的に知る機会がなかったのもあるが。
「そうなんだ。けど、こんなおかしなことするの、そいつら以外にありえなさそう」
『そうだねぇ。他にやりそうな連中って亡国のやつらにほぼ吸収されきってたし、まさに世界の闇を濃縮還元した感じの組織だったから、アレ以外はないと思うよ』
「なるほど。となれば…生存の確率は薄いですね」
レイラは容赦無くそう言い切った。もともと、不倶戴天の敵であったのも大きい。それに加えて、この世界ではアイドルになっていたということが改めて考えればなんの冗談だとレイラは滑稽にさえ思った。あの力だけになった男が今更言葉で何をしようとしていたのか。その果てが何者かに存在ごと消されて、なかったことにされた。レイラは当然の報いとも思った。
『(ひえー、れーちゃんヤンデレかよ…)』
レイラは完璧に隠しているつもりだったが束はその心情を見抜いていた。目元が明らかに暗くなって、美少女が昏い雰囲気を出していれば嫌でもわかる。簪も同じくレイラの恐しい雰囲気に圧されていた。
キラに殺された本人であるマコトはといえば、レイラとは逆にどうすることもできないとはいえ“戸山キララ”のことが気がかりだった。ファニールの様子を見れば、そこまで人に愛される人物が世界の闇に呑まれてしまうことが許し難かった。救えるのであれば、救いたいとまで考えてしまう。
「(どうしてあなたは…そこまで優しいのですか?)」
レイラは親友の気持ちを察して、そのように心の中で問いかけた。言い聞かせても、レイラの中で憎悪はまだ残っている。あの世界のことは持ち込まないと決めていても、この地に生きると決めたレイラ・デュランダルとは違って、レイ・ザ・バレルの残痕は未だ燻り続ける。
「(あぁ、でも、そんな優しいあなたを……私は“殺した”のですね)」
それと同時に、罪悪感もまたあった。何度も、何度も、目の前の親友を壊した事実がレイラを苦しめる。その苦しみは決して、マコトに悟られて救われてはいけない。キラ・ヤマトへ憎しみを向ける資格など、あるのだろうかとレイラはどこか遠い気持ちになる。
「…えっと、それで、マコトさん?その、キララさんのことを今日は二人に伝えたかった、それだけなの?」
「そうだよ、簪さん。いろいろ思うところはあるけど、二人には教えたほうがいいかなって」
『うーん、とりあえず、まーちゃんがせっかく教えてくれたし、私も動こうかな』
「いいの?束姉さん」
『もちろん!頼れる束お姉さんにお任せあれ!双子ちゃんの記憶に残ったってことは世界のどっかには戸山キララの痕跡が残ってるはずだから探してみるよ』
「ありがと!」
「ふふん!もっと頼っていーよ!」
胸を張る束に、簪は自身の胸をちらりと見て、負けたような気分になる。束と比較してしまっただけで、簪も一般的な胸囲と比べると十二分なサイズで、直接触れさせたという点では簪の勝ちだった。
「はぁ。とりあえず、お話はこれで終わりでしょうか?」
「うん。ほんとごめんね、朝早く」
「いいですよ。…と言いましたが、やはり多少はお返しを頂きましょうか」
「えぇ!?」
場の空気が穏やかなものに切り替わり、レイラも一先ずは抱えた感情を仕舞い込んで普段通りに振る舞う。たまには修羅場に付き合わせられる仕返しをしてもいいだろうとレイラはマコトに微笑みながらそう言ったのだった。
シャルロットの編入試験はつつなく午前中の日程を終え、午後の部に移っていた。午後の実技試験は校内のアリーナで行われ、マコトを初めとしたいつものメンバーが観戦に訪れていた。正確には今回の試験のことを知っているものたちだけだが。
今回の試験の試験監督は真耶が務めているらしく、千冬はマコトたちと同じ観客席にいた。その理由は、この実技試験の試験官がラウラだからだった。
「それにしても千冬姉、なんでラウラが試験をやるんだ?」
「学園からの指示だ。教員よりも現役の軍人のほうがいいだろうとな」
「そういうもんなの?」
「あぁ。こういうのもなんだが、ラウラはなんだかんだと言ってもプロフェッショナルだ。少佐という階級も伊達ではない」
千冬の説明に、その通りですね、とレイラが補足する。
「ドイツ軍は積極的にISを軍に配備しています。EOSもです。過去にはEU内で軍事演習も行なっていますが、ドイツ軍は通常兵器との併用も上手です」
そのような国の代表候補生で、1部隊を預かるラウラの実力は推してはかるべきだとレイラは言う。一夏を始めその場にいる全員が納得する。普段はちみっこくちょっと偉そうだが、物わかりがいいため1組の本音に続くマスコット感があったのは誰も否定しない。
「…シャルロットさんのISは本音が今回整備してる」
「え、そうなの?簪さん」
「うん。お願いされたんだって」
簪は本音からシャルロットのISの整備を請け負ったことを聞いていた。ラウラと一夏はシャルロットから直接聞いていたので既に知っていた。この場に一夏は本音にそんな一面があることに聞いた時とても驚いた。普段は穏やかな本音が精密な機械を弄っている姿が全く想像できないのだ。
「(更識家の工作員として最低限の整備技能はあるのですね)」
ただし、本音の事情を知るレイラは納得の人選だと思った。なにより、拙かったとはいえ夜間で嵐の中、ビットもどきを苦もなく操っていいたのだから、もしかしたら既に整備課の生徒以上にISのことは知っているかもしれないとレイラは思った。
「それにしても、シャルロットさん、学科のほうは大丈夫だったのでしょうか?」
セシリアの心配する言葉に午前中の試験監督と採点を任されていた千冬は反応をしたかったが我慢する。ここにはラウラの保護者としてきているが喋ってはいけないことは喋らない。
「まぁ大丈夫だろ、セシリア。ラウラにみっちり教えてもらってたし」
「だといいのですが」
「楽観的すぎないか?」
「それぐらいがちょうどいいと思うぜ、箒」
「……まぁ、そうだな」
どうにもフラグではないか?と箒は考えたが当人たちがそう言うのであればと強引に納得した。
「む、そろそろだな…出てきたぞ」
千冬が時計を見てそう言った直後、アリーナ内にオレンジ色が特徴的なシャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムが現れる。現行量産機の専用機でオレンジといえば、どうにもマコトは前世で失った上司であるハイネ・ヴェステンフルスのことが過ったが、彼女は全く似ても似つかない。
「授業で数度見てはいますが、一般仕様機とあまり変化はなさそうですわね。せいぜい、股間部の補給用コネクタぐらいでしょうか」
「セシリアの言う通りだな。授業の補足になるが、デュノアの機体は一応デュノア社のカタログ載っているものの一つだな。といっても現行機と誤差の範囲のようだが」
何かと専用機や特殊な機体に乗っているマコトたちの中ではシャルロットは唯一量産機を専用機としてカスタマイズした機体に乗っている。その点は簪にとってちょっとロマンだなと思った。打鉄二式はラファール・リヴァイヴ・カスタムと比べれば別機体となってしまっているがゆくゆくは次期量産機となる予定で、簪はこの試験をよく見ようと思った。
しばらく、シャルロットが滞空しているが、反対側のピットから出てくるはずのラウラがなかなか出てこないことに全員が気がついた。
「おかしいな。機材トラブルか?………山田くん、Bピットの管制室に通信を頼む」
『わかりました。Bピット聞こえますか?ボーデヴィッヒさ』
真耶が呼びかけたその瞬間、Bピットと呼ばれたピットのアリーナ内に迫り出しているカタパルトデッキの口から爆炎が吹き出した。
『せ、先輩!B側のピットが!?』
「事故か…?とりあえず君はそのまま待機。一夏、お前たちもその場で待機だ。デュノア!貴様もそこで待機!いいな!?」
『はい!先生!』
千冬は生徒たちに待機を命じて、Bピットに向かおうとするが、動き出そうと瞬間にその場で固まる。爆発もそうだが、ここまでピタリと動きを止めた千冬の姿にマコトたちは驚いた。
駆け出そうとしていた千冬はその姿勢を正し、Bピットから吹き出す黒煙へと顔を向ける。
「ち、千冬姉!?どうしたんだよ!?ラウラのとこに行かないと」
「一夏」
「え?」
「貸せ」
顔を向けず、千冬が一夏にそう言った瞬間——白式のガントレットが突如、光を発して解け、粒子となって千冬へと移動する。その場にいる全員が目を疑った。ISにそのような機能はないはずだった。
「管理者権限で起動」
千冬の周囲を浮遊する粒子は彼女の全身を包み、すぐに弾けた。
光がはじけて、そこに立っていたのはスーツ姿のIS学園教師、織斑千冬ではなく、機械仕掛けの白い鎧を纏い、黒騎士とよく似た…否、黒騎士がよく似ているシルエットをした騎士だった。
マコトを除く、全員が絶句する。それは皆が知っている。世界初のインフィニット・ストラトスであり、完成された唯一のインフィニット・ストラトス。宇宙を人類が自由に羽ばたく無限の成層圏とした、ヒトの可能性は無限大だと証明するための翼。
インフィニット・ストラトス1号機。愛称は“白騎士”。
「…誰だ。姿を現せ」
底冷えする、その容姿とは真逆の声音を千冬は発する。その声に呼応し、ソレは姿を現した。
「やだなぁ、教官。私ですよ、私」
爆炎の中から飛び出してきたのはラウラの皮をかぶった、何かだった。声も容姿も、全てがラウラ・ボーデヴィッヒ。搭乗する機体も漆黒のIS。シュヴァルツェア・レーゲン。レイラも念のために一部起動したダイヴトゥ・ブルーで確認するがIFFはドイツ軍であり、機体名も正常に表示されている。
だが、千冬の視界に表示されたものは違っていた。
「貴様、ラウラに何をした」
「だからぁ、私はラウラ」
「その顔で、その声で、その名を言うな。貴様はなんだ?」
音もなく、千冬の手に白式の装備であるはずの雪片二型が展開され、いきなり零落白夜が起動する。無限のエネルギーを持つ白騎士ではこれが常時展開される。
ラウラのようなソレは千冬の言葉を受けてくひひ、と不気味な笑いを浮かべながら、正体を曝け出した。
「余裕がないね…だから君は正義の味方にもなれないのさ、織斑千冬」
超然とした、薄い笑みを浮かべたソレは間違いなくラウラとは別の何かであった。
「私はユグドラシル。かつて君と、君の友人に殺された者だよ。覚えていないかい?」
千冬を除く全員が何を言っているんだと呆然とする。
「馬鹿な。確かに貴様は私たちが滅したはずだ」
「私もそう思ったよ。しかし、ISコアをベースに作成された私の意識は器を失ったことでコアネットワークに流れたのさ。もちろん、そのままでは代わりの体を手に入れるのも難しかったのだけれどね」
「なら貴様はあの時戦ったものと同一存在ということか」
「その通りだとも」
「そうか。なるほど。ならばもう一度お前を殺せばいい。そういうことだな?」
「出来るかな?人間風情が」
「できるとも。私は人間ではないからな」
千冬が零落白夜でアリーナのバリアをIS一機分ほど切り開くと、彼女はふわりと浮いてアリーナの中に侵入する。
「ち、千冬姉!」
なんとか、一夏が声をあげる。だが、千冬から返って来る言葉はない。
「やつらに手は出すな」
「出さないとも。この体が戻った以上、わざわざただの人間に構うほど私は暇じゃないんだ」
「そうか。それはいいことを聞いた」
千冬が“構えた”。場の空気がまるで、絶対零度に達したかのように感じられる。
「これ、は……なんて、殺意…!」
「これが、世界最強の本気…!?」
意志を感じられるセシリアとレイラはモロにこの千冬の剣気に呑まれる。生きていることさえ許されない。そんな絶界にアリーナ内が変わったようだった。
「うっ…!千冬姉、ラウラをやるつもりなのか…!」
「あれは本気だ…!わかるだろう、一夏!」
一夏と箒は久しく感じていなかった千冬の本気の迫力に座っているにもかかわらず膝をつきそうになる。ラウラの体を乗っ取ったソレを千冬はラウラごと殺すつもりだとわかった。
「マコト、さん」
「簪さん、しっかりして!」
簪は耐えきれず、マコトに倒れかかる。マコトでさえも、ここまでの壮絶な気迫は受けたことがなかった。千冬が白騎士を纏うのは何度も見てきたが、彼女の戦士としての姿をマコトは知らなかった。ここまでのものなのか、とマコトは千冬が隔絶した存在だと再認識した。
『デュノアさん!後退してください!』
「は、はい!」
シャルロットは気絶しかけるほどだったが、なんとか真耶の一言で耐えて、アリーナ内からピットに逃げこむ。こうして、アリーナ内に残されたのは白騎士とユグドラシルだけになった。
『ちーちゃん!大丈夫——』
「束。白騎士の単一機能を解放する」
『ッ!?ち、ちーちゃん、それは』
「お前もわかっているのだろう?私の目の前にいる存在を」
『……………わかった』
「頼む」
束との通信はそこまでで、次の瞬間には千冬の視界に普段は白騎士が表示させていないコンソール類が表示されていく。
「何をする気だい?」
「元々は貴様らのものとはいえ、家族の体を使えば多少の躊躇はすると思っているのか?貴様は」
「それが人間ではないのかい?」
「言っただろう。私は——人間ではないと。貴様らと同じだと」
白騎士が青白い光を纏い、千冬の視界には白騎士からいつも、一夏にそうしていたかのように呼びかけがくる。
——単一機能の使用を許可。
零落白夜。それは本来「暮桜」に発現した、迷っていた頃の千冬が迷いを断ち切りたいという想いで剣を振り続けた末に得た力だ。その力は今、白式へと受け継がれ、同じく彼女の弟の迷いを振り切るために振るわれている。
しかし、単一機能を初めて発現した機体がなんであるかといえば、白騎士他ならない。稼働時間は他のISなど大きく引き離し、また、本当の殺し合いという強く想いが溢れる世界を生き抜いた白騎士は千冬のために、一つの単一機能を生み出した。
「“
余裕の表情を浮かべていたユグドラシルはゾクりと、濃密な死の気配を感じた。彼女は思い出す。8年前、細切れにされたあの瞬間を。
「そうか、それが、君たちの切り札。そして、私を殺した力か!」
「お前はISコアがベースと言ったな。だから、
「わざわざ説明をありがとう。ただ、当たらなければどうということはないよ」
ユグドラシルもようやく構える。シュヴァルツェア・レーゲンはそのままの装備で、両腕に固定装備されたビーム・ナックル・ダガーが起動する。そのビームは青白く高出力化されている。リミッターが解除されている証拠だった。
「君を倒すことは私の存在意義、しいては人類の可能性を無限大にできると証明できる」
「貴様をもう一度殺すことで、私たちはどこまでも飛べることを証明できる」
8年の時を経て、視線が交わった。
「ユグドラシル、行く——!」
「白騎士、貴様の全て、もう一度出し切ってみせろッ!」
かつて世界を救った日が、再演される。それをただ、マコトたちは見ていることしかできなかった。今は、この瞬間だけは。
前作のラスボスが新作で出てきたりするのが好き