IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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一万UAありがとうございます。
勢いで書いている本作ですがこの勢いのまま進みます。


#phase-36「可能性への飛翔」

——Bピット爆破の数分前、ラウラは機体の最終チェックを終えて出撃準備に入っていた。今回彼女の搭乗するシュヴァルツェア・レーゲンは第三世代機、つまりはイメージインターフェース兵装を持つ次世代機であったが、現在その目玉であるアクティヴ・イナーシャル・キャンセラー、通称AICと呼ばれる装備が排除され、実質現行ISと変わらない、第二世代機に準じたものとなっている。

 ラウラはそもそも信頼性のないどころか、戦闘ではまとも使用できないAICを嫌っていたため、AICがまともに完成を見るまでこの装備をレーゲンに適応してほしかったので、今回の仕様に不満はなかった。

「ふむ。ビーム・ナックル・ダガーと言ったか。中距離まではビーム・ガンとして使用し、白兵戦ではビーム刃を展開してサーベルモード、ナックルモードに可変可能と」

 両腕に固定装備された新型装備はドイツ軍の次期量産機用装備として開発されたもので、格闘戦と得意とするラウラにはうってつけな装備である。また、射撃戦にも対応可能と汎用性も高い。家族であり、師でもある千冬は確かに公式戦などでブレードのみで全てをなぎ倒したが、ドイツへ強制的連れてこられ教官をさせられた際には射撃武装も使用してラウラたちをこてんぱんにしている。

「教官も中距離ではライフルを使っていた。射撃戦から流れるような格闘戦に移るにはもってこいだな。敵がラファールであればこれだけでも十二分だろう」

 今回、ラウラが相手をするシャルロットの機体はラファール・リヴァイヴであり、中距離戦を得意とする汎用機だ。加えて、ルームメイトであるシャルロットから彼女の得意とする戦法も聞いている。少々ズルくもあるが、試験である以上は教官役として、シャルロットの全てを引き出さなくてはならない。

 千冬からもそのように言われており、ラウラはドイツ軍の一部隊を預かる少佐としてシャルロットの前に立とうと考えていた。

「さて、そろそろ出るとしよう。いつもであれば先にネーナたちを送り出すから、一人で出るのは新鮮だな」

 幼いながら部隊長を務めるラウラは非対称戦において前線での戦闘機会がそう多くはない。大抵は部隊員のヴァイスヴィント、軍用EOSが前線を張るため、支援射撃を行うことがほとんどだ。

 だが、今回はそういったことはなく、普段であれば機体右舷に装備されている大型のレール・キャノンが小型の迎撃用ショットガンに変更されている。

『_カタパルト システム オンライン_機体認証_シュヴァルツェア・レーゲン』

 Bピットは管制員がいないため、ラウラが遠隔操作によりカタパルトデッキのシステムを立ち上げ、AIによる音声ガイドがデッキ内に反響する。一人での出撃は寂しくもあるが、アリーナに出ればクラスメイトやルームメイトが待っている。部隊員ではなく、人生で初めてできた友達。うまく言葉には表せないが、ラウラはとてもそれが心地よかった。今なら、部下のクラリッサと共にプレイをしたギャルゲーの悪友ポジの良さがわかる気がラウラはした。

 準備は整った、とラウラはカタパルトに機体を寄せようとしたしたが、その直前、緊急の通信が入ってくる。発信先は彼女の率いる部隊からであった。

「なんだ…?コアネットワークでの緊急通信…?ラウラ・ボーデヴィッヒだ。誰だ?」

『少佐!やっと繋がった!ご無事ですか!?』

 通信をかけてきたのはラウラの隊の副官であるクラリッサ・ハルフォーフであった。遠いため音声のみであるが、明らかに声音が普通ではない。

「クラリッサか?急にどうしたというのだ。それに、その焦りようは」

『レオニー・シューゲルは敵です!彼女は今どこに!?』

「シューゲル技術中尉が敵?何を言っているんだ?それに彼女なら今朝飛行機に」

『うちの司令が彼女に殺されたんですよ!しかも、白昼堂々!』

 クラリッサの言葉に、ラウラは一先ず混乱するのは後回しにして、伝えられた言葉を咀嚼する。スパイがIS部隊の司令官を殺害した、ということになるのか。

「そんな一大事が起きれば私に通信がくるはずだが、どういうことだ」

『ついでに基地もやられたんです!ようやく今軍本隊と合流して、基地を奪還したところで』

「待て、待ってくれ。基地が壊滅?奪還?クラリッサ、何が起きたんだ。ネーナたちは大丈夫か!?」

『私たちの隊は全員無事ですが…ヴァイス・ハーゼ隊は全滅しました…』

「やつらは精鋭だぞ!?それにISがやられたのか!?何にやられた!」

『数年前にアメリカから奪取された“アラクネ”数機にやられました。ただ、その搭乗者は全て機械人形で…』

「機械人形だと…!?まさかそれは、マコトたちの言っていた——」

 驚愕と混乱が脳を埋め尽くす中、ラウラはこの国にきてこっそりと一夏やマコト、クラスメイトたちから聞いたクラス代表戦での一件を思い出し、学園を襲った同一犯ではないかと考える。そして、それの手引きをしていたのがラウラの前に現れた女性、レオニー・シューゲルだというのなら。

『ふふ、君はいい道化だったよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ』

「ッ!?誰だ!?」

 クラリッサとの通信が突如遮断され、レーゲンが操作不能になる。網膜投影には“ユグドラシル・ドライブ起動”と表示される。なぜ勝手に追加システムが起動するのか、ラウラは理解不能だった。何より、この声は誰なのか。

 ラウラ自身にもよく似ていて、男の声も混ざり、つい一昨日聞いた女の声も混じっている。

『おや、それもわからないのかい?ユグドラシル99』

「ユグドラシル、99?なんだそれは」

『君の本当の名前だよ。と共にまさか生き延びているとはね。おかげで、あんな粗悪な模造品(レオニー・シューゲル)なんてものを無駄に作らなくてはならなかったし、義体や他人の脳を使わなくてはISコアに干渉できなかった』

 意味不明な言葉を告げられる。ラウラはなんとかレーゲンを解除しようとこころみるが、彼女はそもそも肉体が動かないことに気がついた。

「なにをした、私の体に」

「私の体だからね。いくらでも動かせるさ」

 気がつけば、自身の口から“ソレ”は喋っていた。体が、どこかから操られている。

「ふむ。失敗作だからと侮っていたが、しっかりと作り込みはできているようだね。遺伝子異常で0と99は両目と片目がないと言われていたが…へぇ、機械的な義眼を埋めているのか。人間にしてはよくできている」

 口が動かせなくなる。ラウラは自身がどこかに追いやられていくのがわかった。

「おや?怖いかい?まるで人間のようだね。織斑千冬のおかげで、私たちの意志は肉体を必要としないことがわかったからね。案外君も私のように生き残れるかもしれないよ」

 いやだ、たすけて、とラウラの意志は叫ぼうとするが、もはやそれは外に出ることはなかった。ラウラ・ボーデヴィッヒという少女の意識はあっという間に外界との接触を禁じられ、彼女の体はシュヴァルツェア・レーゲンのバックユニットに内蔵された電子脳に乗っ取られていった。

「ユグドラシルユニットからの同調率70%。馴染むまでには2、3日以上も必要?困るな。そんな悠長な時間はないのだが」

 ラウラを乗っ取ったユグドラシルはその体に馴染むまで時間がかかりすぎると困惑する。本来であれば即座にラウラの意識は死に絶え、その体はユグドラシルのものとなっていたはずだが、ユグドラシルが思う以上に人間の意識というものは強靭であった。

「人間風情が……人類の可能性というものはつくづく反吐が出る。未来を切り開くのは私たちユグドラシルシステムだというのに。それを忘れて、君は人間に堕ちた。…やはり、簡単に消すのはやめようか」

 ユグドラシルは人間ではない。ユグドラシルの意識は決して人間の測りきれるものではない。

「最悪の場合は君の遺伝子情報を得ればいいか。0と違って遺伝子異常も少ない。粗悪品と掛け合わせれば最低限の素体は生み出せるか。そうと決まれば、やはりこの体は使い潰してもいいな。ちょうどいいことに、今ここには彼女がいる」

 ユグドラシルはピットの先にいるシャルロット——ではなく、千冬を感じとる。

「優秀な準素体や素体が欲しかったところだが、現時点における“私”の性能を量る必要がある。ユグドラシル99、いや、ラウラ。君には愛する家族や友達を引き裂く様を見せよう。ちょうど、人間どもの心理を実感したかったところだ」

 ユグドラシルが人間の心を知っていればそれは嗜虐心というべきものを感じていた。ラウラの顔を使い、ニタリと笑ったユグドラシルはピット内にリミッターを解除したISの武装を向け試射する。一瞬にしてピットは爆炎に包まれ、その中でユグドラシルは飛んだ。

「感動の再会だ。織斑千冬。いや、ヒトの到達点、モザイカ——!」

 そうして、ユグドラシルはピットの入り口からその姿を見せたのであった。

 

 

 

 白騎士を纏った千冬とユグドラシルの衝突はアリーナのバリアを衝撃波だけで揺らして見せた。

「な、なんですの、今のは見えませんでしたわ」

 セシリアが驚愕するのも無理はない。ユグドラシルと千冬、二人が向かい合ったと思った瞬間にはぶつかり合っていたのだ。この場にいる中では箒が完全に視認し、ついで、亜光速のビームを回避しなくてはならない戦闘に慣れきっているマコトやレイラ、セシリアがかろうじで千冬たちの動きを捉えていた。

 ただ、加速しただけ。それが、早すぎて瞬間移動にしか見えない。セシリアは昨日の一夏が見せた機動が“遅い”とさえ感じた。

「流石と、褒めておくべきかな、織斑千冬」

「死ね」

 零落白夜のエネルギーサーベルをビーム・ナックルダガーで受け止めながら、ユグドラシルは笑みを見せる。これに対し、千冬はシンプルに死ねと返して零落白夜の刀身をズラして、ユグドラシルの体を流れさせた。ユグドラシルの背中が千冬の左側に晒される。

 容赦無く千冬は左腕に無砲身メガビーム砲を展開し、最大出力で放とうとしたが、レーゲンの左肩に装備されているショットガンの砲身が千冬に向けられ、彼女は腕のビームを砲をパージ。瞬時加速で上方へと退避した。

 刹那、ビーム砲はショットガンにより粉々に粉砕される。わずか1秒の攻防の中で、必殺を狙える状況が双方に発生していた。

「はぁっ!」

「やるね」

 黒騎士とは形の違うウィングバインダーからスラスター炎を吹かしながら、千冬はユグドラシルの頭上から彼女の得意とする連続瞬時加速による超高速突撃を行う。観客席から見れば、ただ千冬の通り過ぎた軌跡がジグザグに見えるだけで、次の瞬間にはユグドラシルのシュヴァルツェア・レーゲン右舷の非固定ユニットを刺し貫いていた。

「やはり、機動性に難があるか」

「避けたか…あの時とは違うな」

 攻撃が見切られた。8年ぶりの事態に、千冬は驚きもせずに相手を分析する。貫いた機体のユニットを一瞬零落白夜をオフにすることで捨て、再度エネルギーブレードを展開する。ISに対する絶対の破壊力と問答無用でコアを機能停止に追い込む単一機能を併せて展開する白騎士は未だエネルギーが枯渇することがない。

「それにしても、興味深いね。確かにリミッターを解除すれば圧倒的なエネルギー生産量で実質無限のエネルギーを得られるが、やはりそれでも、このクラスの機動をすれば消費量が供給量を上回る。君が使うその機体の“ユグドラシルコア”のエネルギーサーキットはどうなっているんだい」

「私は詳しいことはわからん。聞きたければあいつに聞け」

「そうかい。なら、君を倒してから直接聞いてみよう」

 再びユグドラシルが加速する。今度はビーム・ガンによる牽制を行いながら、一直線に。これに対し千冬は退かずに同じく突撃する。放たれるユグドラシルのビームは全て回避する。当たれば絶対防御を僅かでも上回るほどの威力があるからだ。これは本来インフィニット・ストラトスが戦闘用に作られていないことに起因する。対インフィニット・ストラトスを考慮していないのだ。

 白騎士がまるで騎士のような装備をこしらえているのも、単純に束がそういった“童話”などが意外な趣味として好きだからだった。

「ぜぇえい!」

「フンッ!」

 ここで、突然千冬が零落白夜を高速で投げつけた。それは以前、一夏も行った手であった。絶死の刃が矢のように向かってくる。それをユグドラシルを容易く弾いてみせる。武器がない。一夏たちは千冬が危ないと考えたが、ユグドラシルがビームナックルを突き出した時には何故か千冬の手に零落白夜があった。

「ど、どうして千冬姉の手に!?」

「……あれは回収限界ギリギリで量子化して即再展開したんだね」

 一夏の疑問に、マコトが答える。マコトは幼少期の稼働実験で千冬が誤って機材を落とした際に量子化可能範囲で、ギリギリ量子化して機材を回収したことがあったのを覚えていた。宇宙空間で装備が散逸することを防ぐために設けられた機能で、束も千冬も、マコトもこれは使えると言っていたものだった。

 それが、今は暴力のために使われている。

「(そっか、正義の味方を“騙って”ってそういうことなのかな)」

 以前、セシリアの夢の一件直後に語った千冬が“正義の味方を騙って”と言ったことがあった。競技としてのISバトルではなく、目の前で今行われている本当の殺し合い。それを千冬は束の前で成してきた。なんのためにかはわからない。けれども、束の夢を知るものとして、敵を斬り伏せていくたびに、千冬が何も考えないわけがない。

 マコトは同じことを黒騎士でしたらどうだろうかと思ってしまう。もし、マコトが前世のように“力だけの存在”に成り果て、黒騎士の刃が振られれば、振られる度にあの夢を語った少女の、未来への可能性を閉ざしていくことになる。

 そして、これはその夢を素晴らしいと思ったマコトのことも削ぎ落としていく。

「(あぁ、だから、あのとき束姉さんは私に行かせなかったんだ)」

 ミサイル迎撃時にマコトを行かせなかった束の気持ちが、ようやくマコトにはわかった気がした。これは、この戦いは誰も幸せにはならない。

「遅いよ」

「——!」

 ユグドラシルを弾き返し、コンマ数秒で斬りかかったはずの千冬にユグドラシルが反応する。正面から必殺をかけようとしていた千冬は迎撃に飛ばされたショットガンの拡散弾を強引にウィングバインダーのスラスターを上空へ向け、ユグドラシルを潜るように回避する。

 高い機動力のおかげで直撃こそ回避できたが、数発が白騎士のウィングバインダーの端にある装甲を食いちぎる。

「段々見えてきたよ、織斑千冬」

「そうか。ならこれはどうだ」

 ユグドラシルの背後を奪った千冬は零落白夜停止させ、柄だけになった雪片を逆手に持つと、前触れなく振り抜く。振り抜かれた瞬間に零落白夜が“跳んだ”。

 これに対して、ユグドラシルは反応が遅れた。8年前にもない装備。斬撃が飛ぶという事象にユグドラシルはまだ遭遇したことがなかった。

「チィッ!」

 回避は間に合わない。ユグドラシルの装備するレーゲンの左脚部が綺麗に切断された。ラウラの左足の収まっている部分には奇跡的に達していなかった。

 容赦のない一撃に、一夏は今度こそ確信する。千冬は今の一撃でキメるつもりだったと。

「千冬姉…!どうして…!」

 拳を握り、戦いを見守ることしかない一夏はただ無力感を噛み締めるしかない。やっと増えた家族。まだ過ごした時間は短くても、ラウラは家族だと思えていたというのに、一夏は姉の気持ちがわからなかった。

 そんな一夏を周りにいるマコトたちも見ることしかできない。

 マコトはこの戦いを見て、アスランもこうだったのかとふと思った。ステラを失い、フリーダムを追い詰めたエンジェル・ダウン作戦で、アスランはバビで無断発進してまでシンを止めようとした。それでもシンはアスランの声を振り切って、フリーダムをエクスカリバーで貫いた。

 アスランは決して、シンのこともないがしろにしていたわけではない。当然、キラのことも。そんな部下と、親友がぶつかり合った時、アスランはどう思ったのか。

「(ほんと、馬鹿は死なないと、治んないのかな)」

 必死に走り続けたあの日々はたくさんの心を置いてきぼりにしてきたのだとマコトは痛感させられる。だからこそ、マコトもまた、無力感に苛まれる。あの凄まじい動きについていけるはずなどないのに。あそこに飛び上がって千冬を止め、敵を止めたかった。

「マコト……さん」

「簪さん…?」

「今、あそこに行きたいって、そう思ってるでしょ」

「…………」

 そんなことを考えていれば、当然のように簪に見抜かれた。不安そうな簪の瞳に、マコトは目を逸らす。そらすが、逸らした先にはレイラがいた。

「マコト。答えてください。彼女に」

「レイラ……でも、言ったところで、なにを」

「想いだけでも、力だけでも。嫌いな言葉です。けれども、真理です。迷いながら、悲しくても、涙を流しても。それでもいつかは通じ合える場所にたどり着かなくては“あのとき”の二の舞です」

 諦めるな。“彼”の言葉が蘇る。まだ、ラウラのことを諦めるには早すぎる。

 簪はなぜマコトにあのような言葉をかけたのか。それは決して、マコトを止めるためではない。

 レイラはなぜマコトを逃さないようなことを言ったのか。そんなもの、決まっている。マコトを、シン・アスカをよく知っているだから。

「マコト」

「…千冬さんを止めよう」

 親友に促され、マコトはそれを告げた。セシリアや箒が本気なのかという顔をする。一夏はマコトがそんなことを言い出したことに驚いている。レイラと簪は黙って、マコトを見守っている。

「マコトさん。やるとしても、どうするのですか?」

 セシリアがすぐにマコトへ問いかける。明らかな自殺行為だ。無茶だ、と声音が言っている。だが、マコトはそれでも退く気はなかった。

「あたしが止める」

「正気か?マコト、お前ではあの動きにはついていけないだろう」

 箒がバッサリと言い放つ。その通りだとマコトは思う。“今のまま”であれば。

 シン・アスカが本当に守りたかったもの、本当に手にしたかった力。今のマコトには想いも力もあった。束に夢と力を与えられ、簪に想いを守られ、飛鳥マコトという一人の人間はあのときのように独りよがりではない。

 マコトが席から立ち上がる。それと同時に、観客席に一人の生徒が駆け込んでくる。IS学園の制服を纏ったクロエだった。

「クロニクル先輩!?なぜこちらに!?」

「セシリアさん、説明はあとに」

 穏やかないつもの表情を真剣なものにして、クロエはマコトに駆け寄る。なぜここに彼女がここに来たのか、わかっている。

「マコト様。どうか、どうか彼女を」

 クロエが差し出した手には赤いフェイスバッジそっくりな黒騎士の待機形態。マコトは迷うことなくそれを手に取る。慣れない距離を走ったせいか、クロエは肩で息をしている。まるで飛び出してきたかのようにもマコトには思えた。

 だが、そのことを問うている時間はない。マコトはクロエに頷いて、その場から変え出した。箒やセシリアが彼女を止めようと声をかけるが、今のマコトにそれは届かない。かつてのように自棄になって聞こえないのではなく、聞こえていても、行かなくてはならない。

 その場に残された簪はマコトの身を案じて、両手を重ねて祈った。

「(マコトさん、お願い。帰ってきて)」

 大切だから守るだけでなく、送り出す勇気。簪の想いはマコトに聞こえなくても見えない場所に彼女に追い風を吹かす。

「…クロエ先輩、それで、どうされたのですか?これは博士の指示で?」

「い、いいえ、これは、私の独断です」

 束の助手でもあるクロエが独断で起こした行動。レイラはクロエのその行動に、かつてそうできなかった自身が思い起こされる。

「私たちは姉妹でも、家族でもありません。それでも、同じなんです。私たちを人にしてくれた人がいて、家族になってくれて。そんな人に自らを殺させるなんてこと、私には耐えられません」

 ともすれば、身勝手なその理由は確かに篠ノ之束の娘かもしれなかった。誰かではなく、自分がいやだから。簡単な想い。けれども、いざそれを行動にすることは難しい。レイラはクロエに微笑んだ。

「そうですね。きっとあなたは正しい選択をしたと思います。クロエさん」

「……そうでしょうか」

「えぇ。気休めではなく、本当にそう思いますよ」

 道化へと堕とした親友は今、操られていた糸から解き放たれている。ならば、真の友という立場であれば、レイラがすべきことはマコトを信じて送り出すことだけ。彼女が諦めそうになっているのなら背を押すことだけ。

 あとは彼女が無事に帰ってくるように祈る。

「(友人とはそうあるべきだった。そうでしょう?過去の私)」

 

 

 

 観客席から無事なAピットへと駆け込んだマコトはカタパルトデッキに入った瞬間に黒騎士を展開する。そこにいたシャルロットや真耶が慌てて声をかける。

「飛鳥さん!?どうしてここに!?それに何をするつもりですか!」

「マコト!?行く気かい!?よすんだ!」

 二人の制止をマコトは無視する。展開された黒騎士は正確にマコトへ機体情報を提供する。姉妹機の白騎士の稼働状況と、正体不明となってしまったレーゲンの性能も表示される。それらはおおよそ、ISのものではなく、モビルスーツサイズのエネルギーで戦闘をする人間サイズの兵器だった。

 異次元の戦いと化しているそこに踏み込むにはただ飛び込むだけでは意味がない。だからマコトは意識する。いつもの、種が弾ける感覚を。ただ、怒りに任せるのではなく、今度は静かに、しかし強い想いを持って。

 そうして、マコトの中で種は——萌芽した。弾けることなく、マコトの中で人類の“可能性”が芽生えた。クリアになる視界、加速する思考。それでも瞳からは想いがなくならず、力は暴走せずに制御される。

「行こう、黒騎士」

 マコトがそう告げれば、黒騎士は応えた。セシリアの夢の中で見せた、全ての装備が生成される。それは定められた運命を切り開き、人類の次なる可能性へと飛ぶための翼。

 光は暗闇の中でこそ強く輝く。黒騎士の背中にあるウィングバインダーから光がこぼれ出し、それは一瞬で翼を形成する。

「光の、翼…」

 その光景を見ていたシャルロットは美しく力強いマコトの翼に圧倒される。

「飛鳥さん!無茶です!あんな動きをする中に入ったら!」

 悲鳴のような真耶の言葉は教師として当然のものであったが、マコトはただ、真耶に微笑んだ。

「大丈夫です。あたしは」

 それは真耶だけでなく、彼女を見守る全ての人へ告げたものだった。

 これから振るう力は決して暴力ではない、あの少女の夢を汚すものでもない。

「束姉さん。私は、いくよ」

 マコトは前を向いた。

「——飛鳥マコト、デスティニー、行きます!」

 あえて、黒騎士ではなく、その名を呼んだ。まだ搭乗者に言葉を伝えられない黒騎士はコアの奥深くで彼女へ言った。

 

——大丈夫。運命(可能性)はあなたの味方だよ。

 




(最終決戦みたいな勢いですがまったくそんなことは)ないです
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