IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-37「戦いの始まり」

 黒騎士の乱入。それはすぐに千冬とユグドラシルに伝わった。

「黒騎士…!マコトか!」

 ユグドラシルと切り結び、一度弾いて距離をとった千冬はピットから光の翼を輝かせつつ飛び出す黒騎士を視認する。その装備は明らかに白騎士とは異なっている。同様のシルエットを持ちながら右手にはビーム・ライフルを所持し、背中には大型のウィングバインダーが展開され、バックパックとなっている非固定ユニットには折り畳まれた砲身と黒雪片が見える。籠手のような装備からビームの膜が盾の形を形成しており、おおよそ、インフィニット・ストラトスらしくない装備だった。

「同型機かい。それに、君は誰だい?」

 ユグドラシルが一瞬でマコトへと詰め寄る。ナックルダガーを構え、加速力と突き出しを合わせた強烈な正拳突き。マコトはそれを“知っている”。

「あなたは、あのときのっ!」

 ビーム・シールドを前に、ナックルダガーを受け止める。ユグドラシルの赤い瞳とマコトの赤い瞳が見つめ合う。ユグドラシルは千冬や束以外の人間に攻撃を受け止められたことに驚愕すると同時に、ユグドラシルはつい昨日の機械越しに戦ったマコトを思い出す。

「そうか…君は昨日の革新者か!」

「やっぱり、あなたがオニールさんを!」

「だとしたら?」

「ラウラさんを返して!」

「できない相談だね」

 ユグドラシルとマコトが同時に互いの腕を弾いて、ライフルとビーム・ガンを向け合う。トリガーは引かれ、青白いビームと緑色のビームが空中で衝突する。プラズマが発生しビームが弾けると、マコトはその時点で肩に装備されたビーム・ブーメランを投げていた。

「えぇい!」

「ブーメラン?面白い武器だ!」

 ショットガンを使い、ユグドラシルは投げられた二基のブーメランのうち一つを破壊し、もう片方をナックルダガーで弾いてみせる。相手に防戦をさせられていることにマコトは気がついて、千冬へと接触した。

「千冬さん!」

「マコト!何故きた!?」

「ラウラさんを助けたいんです!」

「もう無理だ!あいつはユグドラシルに取り込まれた!」

「確証はあるんですか!?」

「以前戦ったやつはそうだった!」

「戦闘中におしゃべりかい?」

 ユグドラシルがビームによる弾幕を放ち、一度マコトと千冬はその場から左右に分かれる。通信は繋いだまま、マコトは千冬への説得を続ける。

「少しでも、可能性があるのなら賭けるべきです!」

「そうでなかったとき、どうするつもりだ!?絶望しろと、悲鳴をあげろと!?」

 千冬としての本音が溢れてくる。マコトはわかった。千冬は怖いのだと。助けられるかもしれない、けれども、もしそうじゃなかったとき、その時の感情が怖いのだと。けれども、それは千冬らしくないとマコトは思う。あのとき、ミサイルを迎撃した時に、最初の一歩を踏み出したのは千冬だったのだ。

 彼女は一夏の姉で、一夏と同じでたとえ悩んで、恐怖に足がすくんだとしても、なすべき時は剣で未来を切り開ける人間だ。

「諦めるなっ!」

「!」

 気がつけば、強い語気で自然とそう言っていた。迫りくるユグドラシルに黒雪片を抜き放ち、その刀身からビームが迸る。かつて握った聖剣(アロンダイト)は堕ちたまま、けれども、持ち手は狂わずに、その剣を振るう。

「興味深いね。君は」

 まごうことなき人間が見せる、信じられない反応速度、技量。ユグドラシルはマコトに興味を抱く。織斑千冬や篠ノ之束のように、何かを犠牲に得ている力ではない。まっとうな“人間”がこの超越した次元に足を踏み入れていることに。

 ナックルダガーの連続突きを黒雪片とビーム・シールド発生器の出力調整で形成したビームソードでいなしながら、マコトはまだ口を開き続ける。

「あたしだって怖いですよ!けれど、それでも、あたしたちが“行こうとしていた場所”はその先にあったでしょう!?千冬さん!」

 機械的で正確なユグドラシルの一撃が左のビーム・シールド発生器を殴り潰し、マコトは掌底部に装備されたビーム砲の出力を絞って、ユグドラシルの正面で放つことで目眩しのように使い、怯ませてからユグドラシルから離れる。

 既存のインフィニット・ストラトスの兵装概念から外れた黒騎士の武器はユグドラシルにとって予測し難いものの数々だった。

 千冬は互角の勝負を演じるマコトに言われたことをただ反芻する。今、彼女が乗っている白騎士はもともと、どこへ行こうとしていた場所だったのか。何を為そうとしていたのか。

「束、聞こえてるか」

『………聞こえてるよ、ちーちゃん』

 束は千冬に呼びかけられ、反応を返す。

「あれの弱点はどこだ?」

『背中。非固定ユニットからISにはありえない反応がある』

「了解した。なら、それを潰せば止まるんだな?」

『うん。ただ、それでアレが戻ってくるかはわからないよ』

「それでもいい。…だというのに、お前は調べていたのだな」

 束にとって、ラウラはどうでもいい存在だ。千冬の家族となったとしても、かつては滅ぼすべき相手だった。クロエにしたって、長い時間が束に彼女を認識させた結果にすぎない。けれども、篠ノ之束という人間はどこまでも身勝手で、時に感情を優先する。

『だって、好きな人と家族が飛び出しちゃってるんだもん。それでじゃあ、しーらないってしてたら、まーちゃんにもくーちゃんにも嫌われちゃうから』

「くくっ…そうか。そうだな。私も、一夏やラウラに嫌われるのは嫌だからな」

 千冬の手にある零落白夜が光を失い、雪片へと戻る。

「白騎士。少し黙っていろ」

——単一機能を封印。

「そうだ、それでいい」

 マコトがユグドラシルと必死の格闘戦をするなか、千冬は白騎士の特権的な機能を停止させて瞑想する。かつて、世界を救った(壊した)暴力ではなく、ただ一人の剣士として、斬るべきものを見定めるために。

 白騎士も、黙っていろと言われたが千冬に影響され尽くした彼女は千冬が欲している力を渡す。千冬が望むのは剣だ。斬りたいものだけを斬るだけの、剣。

 機体の出力が加速力と膂力に絞られていく。

「このぉ!」

「そうか、君は——」

 ユグドラシルを蹴り飛ばし、マコトは背中のビーム砲を脇を通して展開する。デスティニーにも装備されていた長距離ビーム砲…のままに見えて、それはどこかデスティニーの試作機であるデスティニーインパルスの“テレスコピックバレルビーム砲”に似ていた。

 放たれたビームは赤く、血のような色。ユグドラシルは損傷した機体を強引に振り回しながら回避し、的確に黒騎士のウィングバインダーを狙うが、マコトは光の翼で機体をブレさせながら回避する。

「君は、彼女と——」

 マコトは千冬がトドメの構えをしていることに気が付く。そうならばと、マコトは膝に残されているビーム・ブーメランを引き抜くと、出力調整でビーム・サーベルに変換し、二刀流でユグドラシルへと仕掛ける。

 黒騎士はマコトに応えて、彼女の記憶の中にデスティニーの最大稼働モードを再現した。黒雪片のビーム刃が刀身の先端にまで展開され、光の翼は一層激しく輝き、機体を淡い光が包み込む。まるで、我こそがこの世界の一番先に行くもの、可能性を切り開くものであるかを証明するかのような速度で加速する。

「はぁぁあっ!」

 白騎士よりも早い、全てから解放された黒騎士の速度にユグドラシルは反応することができず、ついにマコトから致命打を受ける。振られた黒雪片とビーム・サーベルが左のアンロックユニットと右脚部ユニットを破壊する。

 だというのに、ユグドラシルの顔はいまだに余裕の表情だった。

「——君は、そうか、戸山キララと同じ」

「え」

 マコトがユグドラシルの語った名で止められたのと同時に、千冬の雪片がユグドラシルの電子脳を内蔵した背部非固定ユニットを刺し貫いていた。

「終わりだ。“御伽噺の果ては白紙”、発動」

 IS内部に達した雪片から滅びの力がシュヴァルツェア・レーゲンのコアを“殺す”。量子化された空間の中で、レーゲンのコアは悲鳴をあげることなく、塵となって消えていった。すると、ラウラの体からISは解除され、ユグドラシルの表情は消え失せ、瞳は閉じられる。

 千冬が即座にラウラを抱きとめる。

「………おかえり、ラウラ」

 千冬は確かに家族をその腕に抱き、安堵する。

 一方で、マコトは放心状態だった。

「どうして、あの人の名前を」

 8年前に消えたはずの彼女の名がユグドラシルから出てくる。それはあまりにも、最悪の部類だった。

「戸山、キララ」

 千冬と束の宿敵から呼ばれた彼女は一体どこで、何をしているのか。マコトはこれで終わりではないと、ユグドラシルを倒した実感が全くわかなかった。それでも、黒騎士は翼を畳み、強制排熱を行う。少なくとも、この場での戦いは決着がついた。マコトは飲み込み難い感情がありながらも、それを認めるしかなかった。

 

 

 

 ラウラ救出後、すぐにラウラはシエラの元に預けられ、今回の一件を目撃してしまったメンバーは全員が学園の外れにある普段は使用されることのない来賓用の食堂へと移動させられた。この食堂は学園がリゾート人工島「カグヤ」と呼ばれていた頃の名残であり、いわゆるVIP用のものとして用意されたものであった。

「学園にこんな場所があったなんて…」

 シャルロットは荘厳な飾り付けがされた食堂内を見て、本当に同じ敷地内にあるものなのか信じられない。セシリアやレイラは貴族の持つ屋敷などで見慣れたものであるため、大した衝撃は受けておらず、教師である真耶はその存在を知っていた。

 一夏は圧倒されるばかりで、口を開けずにいる。

「全員いるな。適当に座れ」

 千冬が室内にいる全員にそう声をかけ、彼女も室内に急遽円形に用意された椅子の一つに座る。マコトは当事者の一人であるため千冬の隣に座り、簪もマコトに席を寄せて座った。

 クロエは学生服からメイド服に着替えてマコトたちの後ろに控えている。

 レイラやセシリアは以前のエクスカリバーの一件で束とも知り合いとなっており、これから何が始まるのかも理解できた。そのため、特に異論なく席に着く。真耶はおろおろとしているが、生徒の大半が落ち着いているため、なんとか平静を取り戻し座った。シャルロットはまぁ悪いことにはならないだろうといつもの呑気さを発揮していた。

 そんな中、素直に座らないのは箒だ。隣にいる一夏が箒のことを座ろうぜ、と言うが彼女は黙ったままだ。

「篠ノ之、どうした。座れ」

「いいえ。そこにいる人が姿を現さない限りは」

「………だそうだぞ、束」

 箒が見つめる、全員が座る椅子に囲まれた空間に千冬がそのように呼びかけるとスゥと光学迷彩で隠れていた束が姿を現す。いつもの不思議の国のアリスをイメージさせるドレスに白衣を身につけている篠ノ之“博士”らしい姿で彼女はそこにいた。

「いやぁ、箒ちゃん。さすがだ、ねぇっ!?」

 が、現れた途端、箒の手刀が束の顔目掛けて突き出され、束は全神経を集中させて顔を横にずらすことでギリギリ回避をする。いきなりの箒の凶行に千冬以外の全員が呆気にとられる。クロエは主人を守ろうと動きかけるが、束は箒に襲われながらもクロエを制していた。

「……ひ、久しぶりだね、箒ちゃん。おっきくなったね」

「そういう姉さんは相変わらずのようだな。年齢を考えた服選びをしたらどうですか」

「ちょっ、ちょっとそれは、いっちゃいけないんじゃないかなぁ」

「事実でしょう。おまけに、家族離散させておいて自分は養子とはいえ娘をこしらえてここで過ごしていたと」

「何も言い返せないねぇ……」

「何か言うことがあるのではないのですか」

 絶対零度の視線に束はひっ、と露骨に恐怖を感じて即座に土下座の姿勢をとった。

「ほ、ほんとうに、ごめんなさい!!」

 篠ノ之家の昔馴染み以外の面々は「うわぁ…」と一瞬で地に堕ちたISの権威になんとも言えない顔になった。なったが、レイラや簪は以前に篠ノ之神社へ行った時のことを思い出し、束を博士ではなく、ただの箒の姉として見れば納得のいく姿であった。

 特に、箒と同じ妹である簪は無茶苦茶な姉を持つ気持ちが非常によくわかり、マコトたちと同じく苦笑いになる。

「はぁ……謝ったところで、私が許すわけではないですが……姉さん」

「は、はい?」

「生きててよかった」

 顔を上げた束に見えたのは般若の形相をした箒ではなく、優しい“あの頃”の箒だった。それを見て、束は気がつけば目尻からぽろぽろと涙が出てくる。

「あ、ご、ごめんね?こんな」

 そのこみ上げてくるものがよくわからないが、束はなんとなく、箒の表情に“安心”する。あの日、世界を壊した時から失われていたと思っていた大切な妹の笑顔は何一つ陰ることなく、また目の前にあった。今にも泣き叫びそうになりながらも、ここにきた目的は感動の妹との再会だけではない。

 涙を拭いながら、クロエを手招きするとちり紙を渡してもらい、彼女は鼻をかんだ。

「ふぅ、ちょっとらしくないところ見せちゃったね。はじめましての人は初めまして。そうじゃない人は久しぶり!篠ノ之束だよ!」

 箒も席に着き、改めて束は自己紹介を行う。年齢は千冬と同じでありながらまるで夢みがちな幼い少女のような雰囲気を残した不思議な女性。というのが初対面となる真耶やシャルロットの印象だった。

 篠ノ之束の姿は実をいえばさほど広まっていない。というのも、ISコアを全世界に配った際、束はその顔を晒さず音声ファイルのみで全世界に声明を発表していた。そのため、声は知っているが顔は知らないというのが今の世界の篠ノ之束に関することだった。

 もちろん、調べれば篠ノ之束の学生時代の写真などは出てくるかもしれないが、それらは日本が篠ノ之束の存在を独占的なものとするため情報統制をかけていた。

 だからこそ、束にそっくりな従姉妹の篠ノ之菊代が篠ノ之神社の管理をこなせているという背景がある。

「といってもそこのシャルロットちゃんと、ちーちゃんの後輩ちゃんぐらいしか初めての人はいないね。いっくんも久しぶり〜」

「お、おう、束さん」

 一夏もまさかこんな形で再会するとは思っていなかったので戸惑いを隠せない。あの頃から束は大人になってはいるが何も変わっていないように一夏は見えた。もちろん、束も人である以上、変わってしまったものも多数ある。

「さてっと、なんでお前がここに?って人がたくさんだと思うから、さくっと答えよう。それはもちろん、さっきまーちゃんとちーちゃんがぶっ倒した“ユグドラシル”についてだよ」

 まるでマシンガンのように束は話を続けていく。身振り手振りを加えながら話すその様は実に研究成果を発表する学者らしく、セシリアは改めて彼女は学者なのだと思った。事実、束はこの学園で七槻しばねとして活動している以上は最低限の研究などをこなしている。

「さっき、あのラウラ・ボーデヴィッヒを乗っ取ったのはユグドラシルって言う、亡国機業……これは昔ちーちゃんと私が倒した悪の組織ね。そいつらが作った人造人間なんだ」

 人造人間。クローニング技術など生易しいその所業はこの部屋にいる半数は理解できない。そのため、束は容赦無くその内容を語った。

「説明しよう!ユグドラシルとは人工培養で作った最強の肉体と、その肉体を維持する最強の心臓、そして、その体を動かす最強の脳を合わせて作った“ぼくのかんがえたさいきょうのにんげん”のことを言うよ!」

 なんだそれは、というのが一夏や箒、セシリア、それに真耶やシャルロットの思ったことだった。そんなものを生み出して、何をしようとしていたのか。その疑問も、束は答える。

「なんでそんなことを?って思うよね。ユグドラシルはね、私たちが生まれるずっと昔から作られてたんだ。美貌、強さ、寿命、知能、なにもかも、ヒトの願う永遠の可能性を求めて作られていたものなんだ。その作ってた連中がISコアに目をつけた。永遠のエネルギーを生み出すISコアの素材はちょっと不思議な鉱石なんだけど、それを知った連中は奪ったISコアを使って8年前に完成させたんだ。ユグドラシルをね」

 さらりとISコアの正体も語られたが、それよりも遥かにユグドラシルの正体の衝撃が強すぎた。

 人の業が生み出した完全なるヒト。それがユグドラシルであった。その在り様はレイラからすれば、キラ・ヤマトを生み出した科学者ユーレン・ヒビキが目指し完成させたスーパーコーディネイターによく似ていた。

「他者より前へ、他者より強く、他者より上へ……それだけの業を重ねて生まれたのが、あの“ユグドラシル”ですか」

 レイラはそう言わずにはいられない。同じ存在がどこかで語ったその言葉を。人間の捨て切れぬ業の果て。レイラの言葉に事情を知らないものたちは息を呑む。

「…より良くなりたい。長く生きたい。それは、悪いことではないのでしょう。しかし、そのために何でもしていいということはありません」

 セシリアの言うことは道徳的な考えがあれば誰しもが同意するであろう。束でさえも、それは納得する。

「セっちゃんの言う通りだね。そんなユグドラシルの存在を知った私とちーちゃんは元々戦ってた連中を本気で潰すことを決めて、8年前にあいつらの本拠地があるドイツに行って…ぶっ潰したんだ。跡形もなく」

 文字通り、跡形もなくドイツにあった亡国機業最大の施設は消え去り、与していたものたちも消された。その結果が今、マコトたちの生きる世界。箒は姉が何をしていたのかを知り、絶句する。逃げたわけではないとはわかっていたが、本当に戦っていたとは思ってもみなかった。

 束は確かに天才で学者であったが、決して身体能力が劣っているわけでもなく、むしろ千冬に匹敵する超人だ。故に、父に惜まれ、箒と同じ篠ノ之流剣術のある型は免許皆伝まで至っている。その力は使われることはないと思っていたが、彼女は剣を振ったのだろうと箒は察する。

「(姉さん…あなたは)」

 それが身勝手な理由であったとしても、箒は父が伝えた力が正しく振るわれたことにどこか嬉しかった。無茶苦茶な姉ではあり、家族の離散を招きはしたが、決して箒は束のことが嫌いではない。むしろ、好きなぐらいだ。幼い頃、箒のことを可愛がっていた束はなんてことはない、ちょっとぐーたらな神社の娘で、箒を甘やかしてくれる困った姉なのだ。

「そういうわけで、世界を裏で牛耳っていた連中を潰した私と束だったが、問題があった。それが当時、ユグドラシルの体のスペアとして残されていたラウラとクロエだ」

 その場にいる全員がクロエへと視線を移す。クロエはその視線を受けても身動ぎ一つせず、メイドらしく芯の通った姿勢で束の横まで歩み、スカートの裾を掴んで一礼する。

「ご紹介にあずかりました、クロエ・クロニクルといいます。と言っても、面識がないのはシャルロット様だけになりますが」

「は、初めまして」

「はい、初めまして」

 シャルロットは話を聞いているうちに理解の範疇を超えた事態だと思ってきていた。まるで映画の様な出来事だ。何よりもそれらが全て終わったことのせいで実感がなさすぎる。といえは、エクスカリバー落下や一夏の遺伝子情報奪取をしでかしたせいで、事実なのだと思わざるえない。

 シャルロットはふと、一夏を見た。すると、一夏は——まだ呆然としていた。

「(一夏……?)」

 なぜ、そこまでの衝撃を受けているのか。シャルロットはわからなかった。だが、同時に、彼女の中で一夏のこの様子が危ないと思った。直感的に、だが。

「千冬様の仰られた通り、私、クロエ・クロニクルの本来の名称はユグドラシル0。ユグドラシル用の肉体として生産された体の一つです。といっても不具合が多く、私は失敗作とされていましたが」

「クロニクル先輩、そんな自らをそのような」

「いいえ、セシリア様。私の体は以前お話した通り、束様によってISの補助がなければ日常生活を送れないほどに虚弱で、それに」

 ここでクロエは今まで閉じていた瞳を開ける。そこにはラウラと同じ様な赤い瞳があったが、マコトはすぐにその目の違和感に気がついた。精巧にできているが、その目は作り物めいていた。

「マコト様は気がつかれたようですが、私には生まれながら両眼がありません。この目は義眼です。同じく、ラウラ様には左目が」

「だから、眼帯をつけていたんだね」

「そうでございます。簪様」

 とても、今目の前にいるクロエはそのような壮絶な過去を背負っているようには見えない。両目も普段から糸目である上、普段は資格補助のバイザーをつけている以上、交流のあったセシリアはそもそも両眼がなかったことな気がつかない。

 マコトは思う。このクロエの存在こそ、この世界の業の証明だと。もし、この業が重なっていけばたどり着いたのは前世の世界だったかもしれない。

「………それで、二人とも。みんなにそんな話をして、どうするの?」

 マコトがようやく口を開いて、そのように束と千冬に問う。二人は視線を見合わせると、千冬が口を開いた。

「おそらく、先ほどの戦いで終わりではないだろう。束」

「うん。今回の戦いでわかったけど、昨日のまーちゃんが戦った暴走したフリカアトラとISへの干渉の経路が似てたんだ。あらかじめ仕込んだ何かに外部から入り込んで、対象を操る。今回はアレがユグドラシルの身体だったからあそこまで自在に喋ったし動いてたんだと思うよ」

「つまり、あそこまでの一撃を受けたにもかかわらず、逃げ出したと?」

「れーちゃんの言う通りだよ。ユグドラシルは逃げ出した。肝心のレーゲンのISコアはちーちゃんが完全破壊をしちゃったから検証はできないけど、モニターしてた限りだと、やられる寸前にコアの出力が落ちてたからね」

 敵はまだ生きている。そのことにマコトはやはりかと思った。あまりにもやられる時、あっさりとしていたのだ。

「そして、どうにもここ最近、色んな国でサイレント・ゼフィルスみたいな事件が多発して被害が出てるみたいなんだ。あのユグドラシル単独で動いてるとは思えないんだよね」

 束は言いつつ、モニターを空間に投影し、ネリス空軍基地での攻防やドイツ軍が基地奪還に向けて戦っている映像を映し出す。その光景はまごうことなき戦争そのもので、禁じられているIS同士による殺し合いだった。

「これは…イギリスでも掴んでいない情報です」

「だろうねぇ。アメリカは自慢の最新鋭機使ったのに死者多数だし、ドイツはISがバタババタ撃破されてる。アメリカはどうも最新鋭機狙いで襲撃したみたいだけど、ドイツへの襲撃は目的がみえないね。かく乱だったのかな?なんでもいいけど、とにかくこれから世界中でユグドラシルがドンぱちし始めるかもしれないからさ、用心しとくことには越したことないかなって」

 束はそう言って、続けて「ちーちゃんがそう言ってみんなを集めたんだよ」と告げる。千冬は席からたち、この場にいる全員を見渡した。

「お前たちにこれを伝えたのは全員がユグドラシルに狙われる可能性があるからだ。特にシャルロット・デュノア」

「え?私ですか!?」

「お前が特に危険だ。現に一度、母娘で狙われているからな」

「で、でも、私や母さん…母さんは確かに特殊だけど、私もですか?」

「準素体、というものにお前はあたる。ユグドラシルの器は優秀であればそもそも作り出す必要がないそうだ。ここにいる者たちは全員が何かしら特殊な力や強い身体を持っている。山田先生や更識妹はユグドラシルの好みからは外れるが、やつは人間ではない。何を考えているかわからんから用心しておくに越したことはないだろう」

 ラウラの変貌ぶりを見ていれば、誰しもがわずかにでも恐怖を抱く。あそこまで、人間から外れた力を持つものに身体を乗っ取られれば、何が起こるかわからない。少なくとも、事が終わったあとには無事ではすまないだろう。今回ラウラが救われたのはその場に千冬とマコトがいたからだ。

「具体的な対策はひとまず、コアネットワークのチャンネルを切り替えちゃうことかな。そもそもコアネットワークって二階層に分かれてて、私が作ったオリジナルのインフィニット・ストラトス、これは白騎士とか黒騎士、あとはくーちゃんの黒鍵がいる階層で、あとはみんなが使ってるISのいる階層があるんだ。だから、専用機ならそれに切り替えちゃえばいいかなって」

「私としてもこれは推奨する。切り替えたところでプライベートチャンネルはこれまで通り使用可能で、そもそも弄るのがこの世で一番インフィニット・ストラトスを理解しているこいつだ。問題はないと思う」

「なるほど。切り替えることでそもそも接触をさせないということですか」

「れーちゃんの言う通りだね。束さんとしてもスマートじゃないやり方だけど、現状これしか方法がないかな」

 ユグドラシルは言ってしまえば反乱を起こしたISコアそのものだ。故に、根本的な防御方法を構築することが難しく、今はこのような方法でしか外部からの乗っ取りを防ぐ手段がない。

「そういうことであれば、私は篠ノ之博士に一度、この子をお預けします。レイラも、よろしいですわね?」

「えぇ、無論です」

 まず動いたのはセシリアとレイラだった。二人は面識があるのが大きい。

「そ、それなら私も!」

 シャルロットが次に手をあげる。流されてのものだが、やはり乗っ取られるというのは怖かった。

 といってもここまでで、残りの面々は専用機ではなく、一夏とマコトは元々インフィニット・ストラトスに乗っているため調整の必要がない。

「残りのものは量産機なので難しいが……一瞬でもおかしいと思ったらISを強制解除しろ。更識姉の証言から剥離剤を使用すれば支配下から抜け出せることがわかっている。それだけは覚えておいてくれ」

 オニールの一件で剥離剤による強制解除は有効であることが証明された。一回限りとはいえ、最悪の場合のセーフティがあることは大きかった。

「話したかったことは以上だ。当たり前だが、今日の出来事は他言無用だ」

「ユグドラシルって存在は明かされるだけで束さんのインフィニット・ストラトスの邪魔になっちゃうからね。お願いだよ?」

 世界最強と最高の天才からのお願いは有無を言わせず全員の首を縦に振らせる。完全に巻き込まれただけの真耶は何度も首を縦に振った。

 

 

 

 千冬と束からの説明が済んだあと、千冬から「それぞれ整理したいこともあるだろう」と告げられ、クロエを除く生徒側の面々はその場に残された。真耶は千冬に直接確認をするつもりなのか、千冬が出た後に彼女を追いかけて行った。

 残されたマコトたちを沈黙が支配する。

 この沈黙を最初に破ったのは一夏だった。

「マコトたちは、全部知ってたのか」

 声が震えていた。答えるにしても、全部知っていたのかと言われるとそうではない。マコトとレイラだけでもそれぞれの所属によって知っている情報量が違うし、セシリアはサイレント・ゼフィルスの一件しかユグドラシルに絡んだことを知らない。

 簪はマコトと同じ情報量しかわからない。シャルロットに至っては本人の気質も合わさって家族を襲ったものたちのことはよくわかっていない。

 箒は一夏と同じで、これまでの事件の背後は知らない。

「全部って言われるとなんと言えないかな。みんな、所属してるところがあったり、追ってるものが一緒とは限らないし」

 なので、マコトが代表して答えるとそのようにしか言えない。一夏がどういうことだと目で訴えてくる。

「簡潔に言えば、マコトと簪さんは篠ノ之博士の所属…になりますか。私はイギリスの諜報部の工作員ですし、セシリアはオルコット家の当主でティアーズシリーズの出資者。シャルロットさんは巻き込まれただけで、詳しくはしらないでしょう。敵のことを」

 改めて各々の所属を見返せばまとまりのない集まりであった。マコトとレイラの前世での繋がりがなければ、無かった繋がりもあっただろう。箒はマコトが姉の指示などで何かをしているのは察していたものの、レイラが他国の工作員というのは驚きだった。もっとも、レイラの普段の様子やマコトとの関係を見るに、本当にその活動をしているのかは怪しいものだと思った。

 事実、真っ当な工作員としての活動をレイラはしていない。

「それで、各々の知っていることはいずれも、ユグドラシルと亡国機業…細かい内容の差異はあれど、概ね先ほどの説明で話された情報が全員の全ての情報と思っていいのではないかと思います」

 結局のところ、先ほどの説明はマコトやレイラにとっては答え合わせであった。亡国機業、ネスト、機械人形の襲撃、オニールの暴走。それら全てがユグドラシルという存在に集約され、明確な敵の姿が顕になった。

「一夏さん。知っていた、と聞かれれば一部知っていた、というのが正解です。私やセシリア、それにマコトもまさかあそこまでのものが敵だとは思ってもみませんでした」

「………そっか」

 ほんの少しだけ、一夏の心持ちが軽くなった。何か置いていかれた様な、そんな疎外感が一夏にはあった。何よりも、家族を救えない無力感が辛かった。

「マコト、さっきはありがとう。千冬姉とラウラを助けてくれて」

「いいよ別に。幼馴染みでしょ」

「……それでも、ありがとう」

「どういたしまして」

 それでも、礼は返す。一時の悔しさに流されて、くよくよとしたくはなかった。男として、と一夏はそんな気持ちで心の中で歯を食いしばる。あまりにも自分は弱すぎる。それに比べ、周りの少女たちは過酷な状況や生と死が紙一重の状況を渡ってきている。同じだと思っているマコトでさえも。

 今の織斑一夏は平和な世界の中にいるただの少年にしかすぎなかった。例えISを世界で唯一使えようとも、それだけでしかないのだ。

「(今の俺には力さえもない。こんなんで、あぁだこうだ言えねぇよ)」

 故郷の鈴音と弾も言葉は違えど、同じことを言うだろう。特に鈴音であれば厳しく「しゃしゃり出るな」とまで言うかもしれない。

 一夏以外の全員は、一夏が何かの葛藤を抱えていることを察したがそれを指摘しない。彼が自分で向き合うと決めたのなら、周りからとやかく言うことではないのだ。

「なんであれ、私たちには“敵”がいるということか。それをどうするかはわからないが」

「箒さんの言う通りだと思う。…こっちから相手を叩く、っていうのはお姉ちゃんたちがすることだと思う」

 簪は姉が動くと信じている。現に、昨日は動いたのだ。ここまでコケにされて、更識家がノーリアクションとは思えない。簪でさえも、実家の力を考えればほんの僅かに悔しさがある。

「楯無さん…生徒会長は確かに動くかもね。これだけ学園の警備がザルみたいになってると」

「マコトは生徒会長とも面識があるのか?」

「まぁ、簪さんとルームメイトだから」

 それは説明になっているのか、と箒は思ったが、簪の露骨な態度などを普段見ていればなんとなく察しはつくのでツッコミは入れなかった。レイラもセシリアも、シャルロットでさえも同じことを考えた。

「(というより、目下の問題はマコトと簪さんの関係では?)」

 ユグドラシルに関しては現状後手に回るしかないので、レイラは一番の問題はマコトの恋路ではと率直に思った。あの髪飾りなど、いつの間につけていたのか。箒は絶対にマコトの趣味ではないと看過し、レイラも簪から渡されたものであろうと判断する。

「(戦いで死ぬか後ろから刺されて死ぬのか。冗談にしてはタチが悪いですが、早いところ決着をつけてもらわないと困りますよ、マコト)」

 当の本人が自らの愛すべき相手を見つけるのはいつになるのか。それは誰にもわからなかった。

「えっと、それで私たちがすべきことは、ないかな?」

 シャルロットがまとめるように言うと、全員が頷く。今は備えるしかないというのがこの場にいる面々の結論だった。

 

 明確な敵の出現と、様々な謎の表出。人類の可能性を巡る戦いはようやく幕を上げた。

 




しばらくは事後処理をしながら日常回を挟みつついきたいところです。
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