IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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というわけで新章に入っていこうと思います。


#phase-38「焦りは禁物」

 シャルロットの編入試験の結果は無事合格となった。学科の時点で合格判定が出ていたので、中止と実技試験に関してはそのまま受験不要となり、このことに関しては一夏もシャルロット本人も胸を撫で下ろした。

 しかし、素直に合格祝いをできない状況にあった。

「全く。何をそんな、今生の別れっていうほどではないのだぞ」

「けど、あんなことあってISも失くしたって状態で本国に“召喚”っていうのは流石の私も心配になるよ」

 ユグドラシルによる乗っ取り事件でシュヴァルツェア・レーゲンを千冬により“撃破”されたラウラはドイツ本国に一時帰国することとなってしまった。ただし、学園側からドイツ軍への通達で、ユグドラシルの件はある程度伝えられており、ラウラが接触したレオニー・シューゲルについての取り調べや所属部隊の再編が済み次第、日本に戻ってくる手筈になっている。

「教官や学園が既に状況を伝えている。悪い様にはならんさ」

「千冬姉も一緒に行ってくれるんだろ?なら大丈夫そうな気がしてくる」

「そうだな、一夏。それが何よりも心強い」

 この帰国には千冬も同行することになっている。ユグドラシルにまた襲われる危険性も排除できていないうえ、ドイツへの事情説明も千冬の口からする必要があった。IS学園の教師としてではなく——篠ノ之束の代理として、である。

「それにしても、織斑先生が白騎士だったのは驚いたよ。一夏は知ってたの?」

「…なんとなくそんな気はしてたよ。束さんとインフィニット・ストラトスの実験はしてたし」

「あ、そっか。マコトとか一夏は博士たちの幼馴染みなんだよね」

 幼馴染みだからといって全てを知っているわけでもなく、一番そういったことから遠ざけられていたせいで、素直に一夏は頷けそうになかった。ミサイルを迎撃した日も、千冬が世界の裏側で戦っていた時も一夏の前で千冬はいつも通り、姉として振る舞っていたのだ。

 それが悔しくてしょうがなかった。

「……あ、あー、えっと、ラウラはそういえば、ドイツではどう過ごしてたの?」

 シャルロットはやっぱり今はこの話題を出さない方がいいと判断して、強引にラウラへ話を振る。ラウラは急にそんなことを聞かれたので少し目を見開いてから「そうだな」と応えてくれた。

「基本的には基地で過ごしているな。一応は給金で郊外に家は買ってあるが年に1度帰るぐらいだ。普段はハウスキーパーを雇って整備させている」

「ラウラって私たちと同い年でしょ!?家持ってるなんてすごいよ!」

「金の使い道がなかったからな。今は部下の勧めで日本のゲームなどを買い込んでいるからそうでもなくなったが」

「ゲーム?」

「あぁ。今回の来日では仕事だからと持ってこなかったが、来週の帰りにはいくらか持っていこうと思っている。幸いにして、この学園の寮規定に遊具類の持ち込み禁止はなかったからな」

 意外な趣味にシャルロットはへぇ〜と声をこぼした。ラウラのイメージは最初のよくわからない自己紹介はともかくとして、幼く見えるが真面目な大人といった印象だったからだ。

「…だから、この前俺のことをお兄ちゃんって呼ぶの云々って話ができたのか」

「そういうことだ」

 一夏はこの前のラウラとの会話で、なんとなくゲームに詳しそうだと思っていたので納得がいった。一夏もゲームをするのは嫌いではなく、よく地元では弾や鈴音としのぎを削っていた。マコトは何故かどのゲームでも強すぎたため、別枠だ。

「ゲームっていえば、そういえばマコトもすごいけど、マコトの妹のマユが凄まじいんだよな」

「マコトの妹さん?」

「そうそう。マコトそっくりでさ。けど、アウトドアなマコトと真逆でインドア派で、今まで俺、一度も勝ったことないんだよな。対戦ゲームで」

「ほう…それは気になるな」

 ラウラがマユのゲームスキルに興味を持つ。ラウラは勝負ごとが好きだ。そのようなことを聞いてしまえば黙っているわけにはいかない。

「是非、紹介してほしいな。一夏」

「マコトに言えば会わせてもらえると思うぞ」

「なら、帰ってきたら早速聞くか。そのときは一夏もどうだ?」

「俺も勿論行くよ。地元帰るの、嫌いじゃないし」

「なら約束だ」

 一夏の表情が曇ったものから、ほがらかなものへと変わっていた。シャルロットはホッとする。シャルロット自身が気楽すぎるのもあるせいか、一夏の気の重そうな姿を見ているのは胸が痛んだ。正体を明かしても変わらず友人でいてくれる一夏には笑顔でいてほしいものだとシャルロットは思わずにいられない。

 指切りをするラウラと一夏を見ながら、シャルロットは容姿が違えど兄妹なんだなぁ、と思った。シャルロットは一人っ子だが、若々しい母はどこかダメな姉の様な感じもしていて、ラウラのように義理でも兄というのはちょっとだけ羨ましかった。

「(私もラウラみたいな可愛い妹ほしいなぁ)」

 そんなことをシャルロットは考えるが、この歳になってそれを親にねだるのは……ねだったら本当に妹ができそうなので考えておくだけにする。それに、父が母に手を出したら今度こそロゼンタが父を去勢してしまう可能性がある。

「じゃあ、私は行くが、一夏。ちゃんとアニメの録画はしておいてほしい。今度の新番組はな」

「わかってるって。任せとけ」

「本当の本当に頼むぞ。できていなかったら許さんからな」

 指を差して言うラウラは可愛らしく、思わずシャルロットはにやけそうになる。一夏は完全に兄の様に振る舞っていて、ラウラを笑顔で送り出す。シャルロットもラウラを送り出そうと手を振った。

「行ってらっしゃい、ラウラ」

「あぁ。シャルロットも一夏のことを見ていてくれ」

「わかってるよ。お土産とか期待していいのかな?」

「旅行じゃないんだがな……合格祝いだ。期待しておけ」

「ほんと?嬉しいなぁ」

 流石の一夏もこのシャルロットの図太さには苦笑いするしかない。だが、彼女のおかげで一夏は不思議と考えてしまう自身の力の無さを考えずに済んでいた。シャルロットという少女は踏み込みこそしないが、隣にいる誰かの気持ちを理解できる稀有な人間だ。

 それに、一夏のことを特別気にかけてしまっているフシもシャルロットにはある。バレバレの男装が自ら胸を見せつけるまでちゃんと気がつかれなかった。そのことが、シャルロットにはなんだか負けたような気分で、一夏に対してある種の遠慮のなさも発揮させていた。

「ラウラ、無理に買ってこなくていいからな?」

「いや、最悪空港でも売っているものがある。そういうものでもいいなら大丈夫だ」

「全然平気。おいしかったらなんでもいいよ」

「食べ物指定なんだな…シャル」

「やだなぁ一夏。私が食いしん坊みたいじゃないか」

「前に、クラス代表戦の優勝商品がデザートフリーパスだったって聞いて悲鳴をあげてたの誰だったっけ?」

「私だね」

 これだよ、と一夏はやれやれといった様子で、ラウラはくすりと笑った。

「私も舌には自信がある。隊の連中はよく私にお菓子を作ってくれていてな、それが美味い。ちゃんとしたものを買ってくる」

「楽しみにしてるね」

「そうか。それじゃあ、今度こそ行ってくるぞ」

「「いってらっしゃい」」

「いってきます、だ」

 ラウラが扉を開けて、キャリーケースを引きずりながらでていく。その様子を見送った一夏とシャルロットは欠伸をした。現在時刻、ちょうど午前6時を迎えたところであった。

「ふあぁ。二度寝しようかなぁ」

「大丈夫か?また寝坊して起こすの俺いやだぞ?」

「えぇ〜それは困るなぁ」

「一緒にランニングいこうぜ。目も覚めるし」

 一夏が爽やかな笑顔で提案してくるが、一夏のランニングはおおよそランニングとは言えない速度でのものになるため、シャルロットは丁重にその誘いを断った。

「シャルロットもトレーニングとかしてるんじゃないのか?」

「いや、一夏と箒のはやりすぎだと思う」

「そうか?」

「自覚ないんだ…」

 瞑想もそうであるが、シャルロットからすれば一夏も十分に超人の域にいるように見えている。既にクラス代表戦から2日が経過しているが、週明けのクラスメイトたちの話題は当然一夏とセシリアの死闘だった。真なる回帰こそ二人はよくわからなかったので話してはいないが、一夏とセシリアの語る戦いの最中の話はどう考えても常人の反応では不可能な攻防が繰り広げられており、シャルロットも改めて1組の専用機乗りのレベルが次元違いなことに気がつかされた。

 レイラやマコトは身を以ってそれを体感しているうえ、クラスが違うとはいえ、いつもつるんでいる簪も未完成の飛行ができる程度の機体で一夏を翻弄して見せたという。

 確かに、こんな少女たちに囲まれれば一夏はいろいろと考えてしまうかもしれない。だが、器用でない一夏はそれで何かをわめいたり、腐ったりもしない。ただ、地道に体を鍛えていくだけ。

「(不器用だなぁ)」

 姉の千冬と、そのあたりはよく似ていた。

「(父さんもそういえば不器用だもんね)」

 少し違うが、アルベールも決して器用とはいえない人柄をしていて、でなければこんな不可思議な家族にシャルロットはなっていない。ロゼンタが上手く家族として成立させたから今があるのだ。

「(一夏はちょっとだけ、不器用なところが似てるかな)」

 それはある種、男らしい、そんな風にもシャルロットは思えた。そこに惹かれる、というわけもでないが、一生懸命なことはシャルロットからすると好意的であった。

「じゃあ、俺は箒誘っていくから。寝坊すんなよ」

「大丈夫だって。…んっ〜、眠い。じゃあ寝るね」

「あぁ、おやすみ」

 シャルロットはベッドまで戻ると、そのままベッドの上に飛び込んだ。とにかく朝は眠い。シャルロットはすぐにまどろみ出した意識の中で、一夏が服を脱いでいる音が聞こえていた。箒のせいで一夏はどうやら下着姿ぐらいまでなら女子の前ではほぼ抵抗がないらしい。

「(箒さん…流石にこれはまずいと思うなぁ…)」

 勢いで胸を見せるというとんでもないことをしでかしたシャルロット自身は棚にあげつつ、今度こそシャルロットの意識は睡眠欲に負けて飲み込まれていった。

 

 

 

『なるほど、ユグドラシルが現れたか』

「はい、お父様。といっても、織斑千冬によって撃破されましたが」

『流石は世界最強といったところだ。映像はないのだろう?』

「えぇ。詳細なレポートは添付したもので」

『文章だけでも十分さ。そういった“脅威”がいると認識するだけで国防の質はあがる。あとでタリアに共有しておくよ』

「お願いします」

『そうだ。ところでレイラ、日本ではそろそろ夏だろう。水着は欲しく——』

「これから梅雨があります。そういったものは自分で買いますので結構ですしお母様に相談しますのでお父様は何も心配しないでください」

 ブツん、とレイラは目が笑っていない笑顔を見せながら通信を切った。何がよくて父親に水着を選んでもらわなくてはならないのかとレイラは思いつつ、確かに水着は買いに行かねばならないと思った。

「確か、来月でしたか。臨海学校は」

「レイラ様、じゃなかった、レイラ、お話は終わりまして?」

「えぇ、終わりましたよ、セシリア」

 レイラの通信が終わったことを確認すると、ヘッドホンで音楽を聴きながらモーニングティーを飲んでいたセシリアがヘッドホンを外す。既に制服姿に着替えている二人は寮の室内でテーブルをいつも通り囲んでいた。箒のおかげで朝が早くなりがちな二人はこうしてモーニングティーを飲むことが習慣になってきている。

「それにしても、先ほどは臨海学校と言っていましたが」

「えぇ。IS学園では1年生の7月中旬に、このカグラ島から少し離れたところにあるトウゲン島で3泊4日の課外学習を行うということになっています」

「トウゲン島?」

「このカグラ島がリゾート地からIS学園に変更されたのは寮の一階にある情報パネルに書いてありますが、その代替として作られたのはトウゲン島というらしいです。イギリスでも少しだけ旅行代理店のCMで流れていましたよ」

「そうなのですか?知りませんでした」

 そもそも、そこに行くぐらいならハワイに行くとなっているため、レイラはあまり人気のないリゾート地であると知っている。日本語以外に不安のある日本人が訪れる擬似ハワイというのが日本国内での認識であった。

「カグラ島の魅力は本州から車で行ける、というのがあったから期待されていましたが、トウゲン島は飛行機か船での移動です。おまけに敷地面積もさして大きくなく、目玉は海水浴場がせいぜい。埋立地なので文化もこれといってないと」

「そんな島に旅行を?」

「我々が行く理由は学習です。余計なものがなく都合がいいのでしょう」

「なるほど」

 ただ、自由時間もそれなりに取られ、海水浴を楽しむ暇はあるとレイラはこれまでの記録を調べて知っている。なので水着ぐらいは用意しようという気にはなっている。前世で行った海にはロクな思い出がないが、今世では家族旅行での思い出もあり泳ぐのは嫌いではなかった。

「それで水着が必要ですか」

「聞こえていたのですか?」

「レイラ、ギルバート様へ何かをいう時は声が大きいものですから」

「……気を付けましょう。えぇ、自由時間はそれなりにあるようですから、泳ごうかと」

「でしたら、私も用意いたしましょう。いっそのこと、皆さんで買いに行きましょうか」

「それもいいかもしれませんね……マコトは少し考えたほうがいいかもしれませんが」

「あぁ…それは…そうですわね」

 夏、海、水着、バカンス、とくれば非日常で盛り上がってというのはよくある話であり、レイラは迂闊にマコトを誘わないほうがいいと考えた。簪に限ってそのようなことはまずないが、地雷原の中で踊るつもりはレイラにはなかった。

「マコトさんも、どうされるおつもりなのでしょうか」

「何も考えていないと思いますよ」

「レイラ、マコトさんには容赦がありませんわね」

「セシリアにも遠慮がないでしょう?そういうものです」

「………罪作りなお方ですこと」

 セシリアはレイラもマコトのことが好きだと盛大に勘違いしかけていたが、レイラはまさかセシリアがそんな勘違いをするわけがないと思い、罪作りというところに自身が含まれているとは思っていない。

「なんであれ、落ち着いたら買いに行きましょう。せっかくですし、鈴音さんを誘ってもいいかもしれません」

「あら、それは素敵ですわ。そういえば、この前チャットで水着がほしいと仰っていましたわ」

「ならちょうどいいですね」

 鈴音とセシリアの交流は順調なようで、レイラは何度か電話をしているのを目撃している。セシリアもその役割上、同年代の友人が出来辛かったので、これはいい傾向だとレイラは思っている。かつてレイラがセシリアの友人となれたように。

「さて、そろそろ今日の準備をしましょう。織斑先生がいないとはいえ、遅刻などすればやる気満々な山田先生を泣かせてしまいますから」

「そうですわね」

 

 

 

「はぁ〜、やっと終わった〜」

「お疲れ様です、会長」

「ほんとね」

 IS学園の生徒会室では早朝だというのに疲れ切った楯無が机にもたれていた。彼女の従者である虚も気丈に振る舞っているが疲れが見えており、楯無は「今日はいいわよ、虚ちゃん」と楽にするように促した。

「…はぁ、じゃあ、お言葉に甘えて……刀奈、本当にお疲れ」

「えぇ、本当に疲れたわ。連続で賊が暴れるの許したらそりゃ温厚な理事長もキレるわよね。事情説明したら納得してくれたけど」

 楯無は学園の警備責任者としてこの学園の理事会から査問会議にかけられてしまっていた。二日連続でユグドラシルによる襲撃を許したことは当然ながら楯無の整えた警備態勢を疑うものであり、査問会の厳しさはもはや処断も視野にいれたかのようなものであった。

 結果としては束の解析結果やドイツに行く直前の千冬が急いで纏めた交戦記録などから楯無に落ち度がないとなったが、それらが出てくるまで更識家の“上部”まで話をするということになりかけていた。

「危うく物理的に首と体がおさらばするところだったわね」

「冗談でもいわないで、刀奈。肝が冷えたわ」

「冗談だったらどんなによかったか……まぁ、なんだかんだで首の皮一枚つながったし、ユグドラシルがなんなのかわかったから、よしとしましょう」

 相手が人間ではなく化け物となればもうそれは更識の範疇を超えており、軍の仕事になってくる。それが討伐できるかはわからないが、せいぜいその仕事が回ってこないことを祈るしかない。

「それと、アメリカやドイツの件、どうするの?」

「そんなの対応は外務省の仕事でしょう。博士を出せって言われてるみたいだけど、博士は無関係ってわかってることなんだから。最悪、本人から声明引っ張り出して、ウチから投げれば終わりよ」

「それで退いてくれると思う?どっちも被害が甚大だけど」

「ドイツはそもそも、亡国機業をあんだけ自国内で好き勝手させちゃった負い目があるから滅多なことしでかさないわよ。たたでさえエクスカリバー返却やらなんやらで国民に知られちゃいけない爆弾あるし。何より織斑千冬が直接出向いて事情説明するのよ?それで責任とれなんて言えないでしょ、こっちに」

 外交なんて更識からすれば本当に知ったことではない。スパイとして情報を取ったり、といった面はあるが、本当の外交はちゃんとした面々に任せるべきだ。

「けれど、アメリカは」

「どこにも属さない単発的なテロリスト。それで片付けるみたいだから大丈夫でしょう。けど、それとは別口でそもそも手を出してきてるんだからそっちの警戒はし続けるわよ」

「ならいいけど」

 楯無は“そっち”の防諜はしっかりと全うしていた。アメリカからの篠ノ之束奪取作戦。それらを実行させまいと水際の防衛を続けている。何より、学園にはそれを得意とし、古巣としていた人物が警備員として所属している。故に、強硬な手段は未だ取られていない。

「はぁ。篠ノ之束とか一夏くん、ネストにユグドラシル、他にも諸々…今年は始まったばかりのはずがもう6月終わりそうだし、忙しすぎて嫌になるわね」

「そういう節目なんでしょ」

「嫌な節目だこと。おかげで簪ちゃんとも全然会えないし」

「それは元からじゃない」

「そーんーなーこーとーありませんっ」

 そんなことあるだろうと虚は思ったがいつものことなのでスルーする。そして、彼女は簪が更識の名工に「縁結」の品を作成させていたことも本音から小耳に挟んだがそれは本音にきつく秘密にするように頼んでいる。

 もし楯無にこれがバレようものなら、仕事を放り出してしまいかねない。

「(私も人のことを言えないけれど、この子の妹馬鹿っぷりも困ったものね)」

 ため息をつきながら、虚は座ったソファから立ち上がり、伸びをすると姿勢を正した。休憩時間は終わりだ。

「では、お嬢様。私は仕事に戻りますが、お嬢様はお休みになられてください」

「そうさせてもらうわ。流石にこの状態で授業なんて出らんないし、クラスメイトからも色々聞かれちゃうだろうから」

「そのほうがよろしいかと。本音に九尾ノ魂を携帯させる件、そのまま進めますが?」

「前の飛鳥ちゃんたちとの戦いと、この前あなたとさせた模擬戦ではちゃんと動けていたんでしょう?大丈夫よ。あの子もちゃんと、布仏の子でしょう」

「…わかっています。では、その通りに」

「お願いね」

 楯無も席を立ち、虚にその場を任せて生徒会室から出る。早朝の生徒会室周りの廊下は静かで、楯無は遠慮なく体を伸ばした。

「簪ちゃんが卒業するまでは何事もなければいいけれど…そうでもないんでしょうねぇ」

 8年前、世界が変わったあの時と同じく、今世界が大きく動こうとしていると楯無は予感していた。それは彼女の周囲も、もっと大きい世界もだ。

「……まったく、虚ちゃん。私が気がつかないと思って?」

 楯無は携帯を手に取って、ある画像を開く。それは簪が更識の名工に依頼している姿を写した写真だった。相手が誰なのかは当然把握しており、楯無は正直に言ってしまえば仕事を放り出してしまいたかった。

「ほんっとうに、仕事したくない。今すぐ飛鳥ちゃんに問い詰めたい」

 妹をたぶらかした未来人(仮)のことをどうしてやろうかと楯無は思いながら、寮の自室へと向かうのだった。

 

 

 

 そんな楯無からのゾッとするような気持ちをぶつけられていたマコトはそのようなものを感じることができないほど困惑していた。

「おはよう、まーちゃん」

 語尾にハートマークがついていそうな声音であった。

 何故かエプロン姿の束が部屋におり、マコトを起こしていた。マコトの隣で寝ている簪も目を覚まして信じられないものを見たような表情で束を見ている。

「えっと、おはよう?」

「何故疑問形!?このプリティな束さんがおはようと言ってるんだよ!?」

「いやいや、おかしいでしょ。なんでここにいるの束姉さん」

 マコトはガバッと起き上がり束と向かい合う。改めてマコトが束を観察すれば、エプロンを着ていることもそうだが、珍しく纏っている服が真っ当な年齢にあった服装で、マコトは素直に彼女の可愛らしさと美しさを兼ね備えた姿に見惚れてしまった。

「………マコトさん」

「ひぅ!?」

 そのようなことをしていしまえば簪も黙ってはいない。スッとマコトの横に立った簪はマコトの柔らかな横腹をつまむ。マコト越しに簪は束を睨むと、束はふふん、と余裕の表情を見せる。

「(ふふ、ちゃんとした服を着ればこんぐらい余裕のよっちゃんなんだよ、簪ちゃん)」

「(不意打ちは汚い。汚すぎる)」

 乙女の勝負は朝からバチバチに始まってしまった。

 マコトはひとまず首をブンブンと振って正気に戻ると、束が何をしていたのか知るべく、部屋を見渡した。すると、室内にあるテーブルには3人分の朝食が置かれていた。パンに、サラダ、スクランブルエッグやハムなど、朝食らしい朝食がそこにはならんでいた。

「あれ、束姉さんが?」

「もちろん!くーちゃんに教わったからあぁいうのぐらいは作れるよ!」

「へぇ。あたし、料理は苦手だからすごいなぁ」

「まーちゃんのお母さん、料理上手なんだよね、確か」

「そうそう。束姉さんはそういえばウチ来る前に引越し、というかいなくなっちゃったから食べたことなかったね」

「鈴ちゃんとか弾くんの家行ってるけどね〜。珠代ちゃんになって今更行くのはおかしいから、ちょっとそこは残念」

 それはマウントであった。束はマコトの髪飾りの存在を知った瞬間にもうこれ以上、歳の差だとか、そういった障害は気にしていられないと焦ってここにきてしまった。本来であればユグドラシルの件や学園などへの説明の仕事などもあるのだが、そんなことはマコトよりも重要ではなかった。

 よって束は早急にマコトとの距離を縮めるべく行動を起こし、早速幼馴染みの特権「昔はこうだったよね〜」というマウントを発動させていた。

「……マコトさんのお母さん、料理上手なの?」

「そうだよ。よかったら簪さん、今度ウチくる?」

「…!いいの?」

「もちろん。マユも喜ぶとおも——」

「ダメー!」

「うわびっくりしたぁ!」

 しかし、簪も負けじと返す刀で飛鳥家への切符を手にしようとするが束がそれを強引に止める。あまりに強引すぎて、これは“天才“篠ノ之束らしくない悪手であった。

「た、束姉さん?」

「と、とにかく、せっかく作った朝ごはんが冷めちゃうから!お話はあとで!」

「それもそっか、じゃ、食べようかな」

「うん!愛情込めて作ったからたんと召し上がれ!」

 目一杯の笑顔で束はそう言ってマコトを席に着かせる。着かせてから簪のほうを向く。少しだけ別の笑顔を浮かべながら。

 だが、簪はまだ余裕だった。

「……博士」

「なにかな?」

「私は普通に料理ができる」

「!」

「だから今日の夜はご馳走しましょうか?」

 簪が「ね?」となんともわざとらしい笑顔を浮かべて言う。束は悔しさのあまりぐぬぬ、と言いそうになるが「冷静に、大人の余裕。大人の余裕を見せるんだ」と心の中で呟いて、なんとか笑顔を維持しながら応えた。

「そ、そっかぁ、じゃあ、せっかくだし、まーちゃんと一緒に食べようかなぁ」

「何の話?」

「今日の夜、私がご飯を作るから、マコトさんと博士に食べてほしいって話をしていた」

「簪さんの料理かぁ、楽しみだけど、ごめん」

 まさかの断りに簪の笑顔がピシリと固まった。これには流石の束も何故、と思ったがその答えは束諸共オーバーキルするものだった。

「今日の夜、鈴音の夏の新作料理が届くんだよね。その試食があるから今日は一人で食べようかなって。あと明日のお昼は弾のも来るから、ごめんね?」

 マコトの胃袋をとっくの昔に射止めていた鉄腕二人によってこの不毛な争いは一瞬で終了することとなった。

「(……そうだった。まーちゃんの舌は)」

「えっと、先食べるけど、いい?」

「ど、どうぞ」

「いただきまーす………んっ……うん、普通かな」

「(めっちゃ、肥えてるんでした)」

 焦るのはよくない。束は痛感した。

 




篠ノ之束本格参戦(後手後手)
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