「なんだこれは」
ただただ、目の前に広がる惨状にラウラはそう呟いた。
ドイツ連邦軍の基地であり、ラウラの所属部隊シュヴァルツェ・ハーゼの配属基地であるシュッツヴァルト基地の滑走路、格納庫区画にはまるで巨大な隕石でも落ちたのかのような深く広いクレーターが点在していた。
ラウラが到着する2日間で最低限の“掃除”は完了したのか、現在は現場の調査確認が行われているようだった。
この光景は同行している千冬でさえも驚くしかない。何をどうしたらこのような惨状になるのか。以前訪れたことのある施設なだけに衝撃は大きい。かつて千冬が教鞭を取った基地内の建物も何かの余波を受けたのか崩壊しており、無残な姿を晒していた。
「隊長!!」
「ん……?ネーナ!」
ラウラを呼び駆け寄ってきたのはところどころ包帯だらけの、ラウラと同じドイツ軍IS
部隊用BDUを羽織った赤髪の少女だった。ネーナ・フックス。勝気なはずの彼女は今、目に涙を浮かべながら向かってきている。
「隊長!隊長…!よかったぁ!よかった!」
「お、おい!落ち着け!フックス少尉!」
ラウラに抱きついたネーナは身長差もあり、胸にラウラの顔を埋めるとわんわんと泣き出す。千冬は以前会ったネーナがこのような泣き出す少女ではない印象があったため、本当に何があったのだと困惑する。
「フックス、久しぶりだな。その様子だと……大丈夫そうではないが」
「はっ!?お、織斑特別教官!?」
千冬が声をかけてようやくネーナは千冬に気がついたのか慌ててラウラから離れて敬礼する。が、千冬は「今は教官でもなくただの民間人だ」とネーナに敬礼を止めさせる。千冬の服装はいつものスーツ姿で、首からは入場許可証をぶら下げている。
「し、しかし、我々からはいつまでも教官は教官です!」
「……まぁ、いい。それより…フックス、というより少尉殿と呼んだほうがいいか」
「いいえ!大丈夫です!フックスで構いません!」
「そうか。ならそう呼ぶが、フックス。一体これは何があった」
ただただ通され、こんな惨状を前にされた千冬は容赦無くネーナに現状を問う。そうすると、フックスは露骨に表情を暗くする。ラウラは部下の精神状態があまりよくはないことに気がついているため、千冬に聞かれたとはいえ答えさせるべきか悩んだ。
「少尉、無理に答えなくてもいい。あとで我々は臨時司令部に顔を出すつもりでいる」
「いいえ、言います」
「………そうか。なら、無理はするなよ」
ラウラの気遣いにネーナは涙をまた浮かべながらも、語り出した。
「あのクレーターは、ISが自爆した跡です」
「………!」
ISが“自爆”。そう聞いた瞬間、千冬はどういった自爆をしたのかすぐにわかった。
「自爆だと?兵装を爆破させた、というレベルではないぞ、この跡は」
「自爆攻撃を受けたヴァイス・ハーゼ隊から回収した情報を分析した結果、敵は“ISコアを暴走させて自爆させた”ことがわかりました」
「…馬鹿な。暴走などありえないとされているISコアを…自爆させるなど」
ISコアは莫大なエネルギーを生み出しながらも、過剰にエネルギーを生産しないようAいにより徹底的に稼働がコントロールされ、余剰エネルギーはそもそもコアの核となる「ユグドラシルの欠片」が万能エネルギーである魔力——“第6のエネルギー”であり溜まったものは自然と空間中に無害なものとなって放出されるため、コアが爆発するという現象は絶対に起きないと、コアが魔力を生み出すような特殊な物質であることを除いて千冬は知っている。
そうでない者たちもコアの安全性は知れ渡っており、ブラックボックスが多いにも関わらず、女性限定とはいえ世界に広まったはそれが理由である。
にも関わらず、ドイツを襲ったISは自爆攻撃をした。千冬は早々に束にこれは伝えるべきだろうと思った。
「(こんな所業をできるのはユグドラシル…ネストの連中だけだな。何故自爆攻撃を)」
「待て、少尉。ヴァイス隊は全滅したと聞いた。まさかとは思うが」
「はい、隊長。彼女らは…その自爆攻撃でISを残して……」
鎮痛なネーナの表情にラウラは思わず顔に手を当てる。ヴァイス・ハーゼ隊はドイツ連邦軍の中でシュヴァルツェ・ハーゼ隊と同じくISを主体とした部隊の一つであり、EOSなどが混じったラウラの部隊と違い100%ISのみで構成されている精鋭部隊だ。
広報なども担当するラウラの隊とは違い、本当の実戦部隊であり、国連軍による紛争地帯での非対象戦における特例戦事項(テロリスト所有のISとの非公式戦闘)の経験もラウラの隊より遥かにある。
それが全滅。クラリッサから聞かされたことが事実だったことにラウラは頭が痛くなりそうになる。
「信じたくはないが、事実なんだな」
「…はい。ベルガー中佐たちは皆、ヴァルハラに」
「仇をとろうにも、敵はもろとも自爆か。やるせないな」
ラウラも全滅した隊とは面識がなかったわけではない。関係は良好、とは言い辛かったがその実力は認めており、相手側からも憎まれているわけではなかった。同胞の死を悼みつつも、ラウラは意識を切り替える。生きているのであれば、軍人は戦い続けなくてはならないとラウラは思っている。
「それで、お前たちは…ネーナ、無事で動けるお前でその傷だ。他のものは」
「ファルケが腕を折ってます。マチルダは内臓に損傷、イヨが一番ひどくて…」
「ひどくて、どうしたんだ」
「……お医者さんから命に別状はないとされていますが、意識が戻りません。イヨはヴァイス隊のホルン大尉にかばわれて、それで、大尉は目の前で」
「心理的ショックか……イヨ、エーベルハルト准尉は今年入隊したばかりだったな。乗り越えられるといいが」
「はい…」
クラリッサからの全員無事は命に別状はない、という意味での全員無事だったようだ。そこでラウラは肝心のクラリッサの姿が見えないため、ネーナに聞くことにした。
「少尉、ハルフォーフ大尉はどうした」
「今、事後処理に追われていてとても少佐をお迎えに上がれる状況ではありません。それで、唯一動ける私がお迎えにあがりました」
「そうか。……すまない。こんなときに不在で」
「いいえ!そんな!隊長だって、正体不明の敵に機体を乗っ取られたと」
「だとしてもだ。司令部に出頭後、ファルケたちに顔を出す。みんなはどこに収容されているんだ?」
「軍病院です。よろしければ私が車を出します」
「いい。お前だって無事ではないんだ。この状況だ。便乗できる車両も出るだろう」
「隊長…気遣っていただいて、申し訳ありません」
ネーナは今度こそ泣き崩れた。ラウラは黙って彼女を抱きしめ、背をさする。千冬はこの光景を見て、こんなことを起こさせないために8年前全てを破壊したはずだったのに、と拳を強く握る。手にしていたのは仮初の平和にしか過ぎなかったのだ。
「(ユグドラシル…ネスト。次こそ貴様らの息の根を止めてやる。私だけじゃない。世界がお前らを許さない。ISは…インフィニット・ストラトスは、こんなことをするために作られたものじゃない。これは束と、マコトが——みんなが宇宙に飛ぶための翼だ)」
何よりも自由の翼。それがインフィニット・ストラトスであり、誰かの命という可能性を奪っていいものではない。それを言う資格はないと千冬自身は思うが、そういった業は全て背負う覚悟だった。
「(…そして、一夏のためにも、お前と私のような“化物”は滅ぶべきなんだ)」
千冬の掌に食い込む爪は肌を破ることができない。それが彼女に与えられた“性能”の一端だった。
泣きじゃくるネーナを落ち着かせてから基地の司令部に出頭したラウラたちだったが、司令部はあろうことか設営された仮設テントとなっていた。二人が入室すると、出迎えたのは初老の長身の男性だった。
「エーリッヒ・ヴァルターだ。戦死されたゲーリング中将の後任としてここにきた。ボーデヴィッヒ少佐。よく戻ってきてくれた」
「いえ!司令!小官こそ、このような事態に何もできず」
「君が気に病む必要はない。人間は残念ながら同時に違う場所で存在できないんだ。……織斑元特別教官も、よくここへきてくれた」
「いいえ。そのような」
「とにかく今は何かを悔やんでいる時間はない、かけたまへ、二人とも」
新たな基地司令であるエーリッヒのことをラウラは聞いていた。温厚に見えてかなりのやり手であり、ここに回されたのはその手腕を考えてのものだろう。彼が温厚に見えるのはその方が「やりやすい」ということをわかってやっているという噂まである。
そんな彼がラウラを呼び出した張本人であり、これから何を聞かれるのか検討もつかない。
「さて…今回、少佐を呼び出した理由を話そう。前置きは必要ないだろう」
「…はっ。して、小官を呼び出した理由とは」
「少佐。君は健康診断を受けたかね」
いきなり話が飛んだ、とラウラも千冬も思ったが、ラウラは質問に答えなければならないとすぐに回答した。
「う、受けました。日本へ渡る前に」
「そうか。……では、基地の被害状況を伝えよう。通常戦力は半減、基地施設は敵機の自爆により壊滅。主力であるIS隊は君の隊は生存こそしたが、ヴァイス・ハーゼ隊は機体全機大破のうえ、隊員は全員戦死した」
話がまったく繋がっていないが、やはり被害は甚大であった。もはや全滅と言ってもいい状況であり、これを世間に公表せずに済んでいるのはこの基地が秘匿性の高い基地だからであろうか。
「そして、だ。攻撃をしかけてきたISはアメリカ製の“アラクネ”と呼ばれる機体だ。正式名称は“スパイダー”だったか。8年前に全機強奪されたいわくつきの機体で、消息は不明のまま、機体の残骸が“機業”の跡地で見つかったはずだった」
エーリッヒが千冬をチラリと見る。裏の情報にも精通している相手に、千冬はだからラウラの事情説明役が許されたのだと悟った。アラクネは千冬が8年前に、現在は学園の警備員であるアキが使用していたISだ。蜘蛛型の初期ISらしい陸戦機で、それを亡国機業で独自改良したゲリラ戦を得意とする機体であった。
千冬の記憶では予備機もろとも8年前に施設を破壊したため、機体は大破、コアはアメリカに返還されたはずであるが、何故現れたのか。
「敵機はどこかで再生産されたものと見ている。残骸はかろうじで回収できた脚部の一つだけだが、アメリカに確認をかけたところ、当時のままの設計だと回答を得た。だが、このタイプの機体を生産する施設は閉じているらしい。現に、アメリカの最新機がゲリラ戦など不必要な機体だからな」
「司令、その、一体それが基地襲撃においてどのような」
「意味を持つか、かな?今回の襲撃で一番被害を受けたのは…ここの医務室だ」
「は?」
医務室が狙われる。そんなことラウラは考えたことがなかった。通常の戦闘であれば医療関係所は残すべきだ。そのほうが負傷者を増やした際のリソースがそちらに割かれるが故に。だというのに、真っ先に医務室が狙われる。戦術的にも意味がわからない。
となれば、狙われた理由はそこに目的物があったからだ。
「医務室に、健康診断の結果が…それが目的だと?」
「そうだ、少佐。貴官の部隊はその特殊性から遺伝子情報も管理されている。よって、健康診断のデータの中にはそれらの解析結果も存在する。軍医と看護師、全員を銃殺の上で、連中はそのデータをどこかに送信したそうだよ」
ラウラは思わず吐き気がしそうになる。非戦闘員まで容赦無く撃つ、さらにその先で自爆だ。ドローンなどとはワケが違う。自律する無人兵器のおぞましさをひどく感じた。千冬も、もしこれが公表されればインフィニット・ストラトスの世間からの評価は変わってくる。
「それを先導したのがレオニー・シューゲル元技術中尉だ。彼女が日本に高飛びできたのは前司令を殺害後、偽の司令書を発効したからだ。この事件のあと、一週間も彼女は死体を操り続けていた」
「し、死体を操り続けていた?」
「そうだ。死んだはずの前司令は基地襲撃のその日までいつも通り動いていたらしい。それが、襲撃が始まった途端に倒れ、とっくに死んでいることがわかった。…これが不可解で世間に公表できない理由だよ。そして、君を呼んだのは唯一事件後に彼女へ接触し……彼女が君を乗っ取ったと聞いたからだ」
ラウラが呼ばれた理由を明かされ、ラウラは神妙な面持ちで納得する。操られ。生きていた。そうであればドイツとして絶対に話を聞きたいだろう。といっても、ラウラが覚えていることは何一つない。ゆえに、千冬がここにいる。
「…司令。その件は私から」
「聞かせてほしい。もちろん、聞いた情報は機密とする」
そこから、千冬は学園で起きたユグドラシルの攻撃を語った。それをエーリッヒは時折考え込みながらも聞く。
「——以上が、ことのあらましになります」
「了解した。しかし、そこまでのものだったか。ユグドラシルというのは。8年前、それを未然に防げなかった我々にも責任がある。少佐、そのようなものに襲われながらよく戻ってきてくれた」
「いえ!小官は、何も…!」
「生き残る。これが兵士にとってどれだけ難しいことか。現に、多くの勇士たちがヴァルハラに旅たった」
「…私共も同じ気持ちです。司令」
「かのブリュンヒルデにそう言ってもらえるのであれば、彼ら彼女らも報われるな」
呼ばれるはずだった格闘部門最強の称号で呼ばれ、千冬はよく知っていると彼が男性でありながらIS搭乗者に偏見を特に持っていない人物であると理解する。
「さて、少佐に起きた状況も理解した。これらの対策は課題だが、今後の対応を話そう」
「はっ。司令、失礼ながら、私は隊に戻るべきであると考えております」
「ラウラ、お前は…」
「教官。確かに…一夏たちに戻るとは言いましたが、このような状況で一人戻るなど、とてもできません」
想像以上の惨状に加え、部下が手ひどくやられたことでラウラは日本に戻る気がなくなっていた。ここで彼女らを見捨てるような真似はとてもではないができそうにない。そんなラウラの姿を見て、エーリッヒは「なるほど」と肯く。
「理由は聞かずとも、隊を預かる者であれば当然の結論だ」
「はい、ですから」
「だが、君には日本に戻ってもらう」
「し、司令!」
「待ちたまえ。このまま、命令だ、と言うのは君も承服できまい。理由を答えよう」
そう言いながら彼は仮設テント内に備えられたテーブルの上にある一枚の書類を手に取り、ラウラへ渡した。それは命令書だった。中身は——。
「ユグドラシル、追撃、任務?」
「そうだ。話を聞くに、どうやら敵は日本で仕掛けてくる可能性が高そうだ。故に、この任務を少佐に託す。ドイツのIS部隊は実質壊滅だ。——君が最後の隊員なのだよ、少佐」
ラウラは書類に目を通したあと、即座に姿勢を正し敬礼する。彼女の中にある理念は立ち止まることを許さなかった。何より、自身も部下も、ここまでやられて何もしないでいるほうがラウラは部下に顔向けできないと考えた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐、任務了解しました!」
「頼む。日本の…サラシキ、といったか。そちらを通して君がワンマンアーミーとして動くことは許可してもらった。今の日本にはあれほどの化け物を退治できるIS乗りは皆無だそうだからな」
「なるほど」
「機体を受領後、少々基地の復興作業を支援したのち、日本に再着任してほしい。いいかね?」
「無論です。かならずや、目標を討伐致します」
「もちろん、現地で偶然同じ目標との交戦をしている戦力と協力してもいい」
現地での戦力、といったところでエーリッヒが千冬を見る。どこまで相手はこちらを把握しているのか、と千冬は苦い顔をしそうになる。ラウラの様子を見るに敵討ちに駆られて暴走、ということはないだろうが、ただラウラを日本に戻すだけの理由にしては物騒な任務だ。
「では、行ってよし。…部下たちへの見舞いもあるだろう。軍病院へ向かう車両はあとで出る。それに便乗するといい」
「お心遣い、ありがとうございます。失礼いたします!」
「っ…失礼しました」
「少佐、武運を祈る——それとあなたも、ブリュンヒルデ」
千冬はその名を再び呼ばれ、退室直前に立ち止まる。彼には振り向かす、ラウラがテントから出たタイミングで口を開いた。
「あまりその名は好みません」
「なら、ジークフリート、のほうがいいかね」
「………あまり、我々のことを探られても困る」
釘を刺すように彼女はエーリッヒを僅かに睨んでテントから出ていく。彼は大きく息を吐きながらテントの天井を見上げた。
「危険より遠ざけるにはこうする他あるまい。——ハルフォーフ大尉、これでよかったのかね」
『司令。感謝いたします。我々の我が儘を聞いていただき』
「いい。そもそも、ISというものを兵器として利用し、年若いものたちを戦場に駆り立てている大人にはこの程度のことしかできない」
『司令は、インフィニット・ストラトスとして認識されているのですか?ISを』
「あぁ。10年前、その存在が広まったときのこと、よく覚えているとも。皆忘れ、歪められてしまったが……“この翼が、人類の希望をどこまでも運ぶものと信じて”。かの博士が語ったあの声明は忘れられないとも」
『司令は博士のファンなのですか?』
「そうとも。彼女らのことを知っているのは…ただ、それだけだ」
歪められた世界でも、その名に込められた想いは確かに残っていた。