ここからオリキャラちょこっと増えます。
「なかなか上手くいかないね…やはり、無重力空間で精製するしかないか」
真っ白な空間の中で、レオニー・シューゲルの肉体を被ったユグドラシルは空間に浮かぶディスプレイを眺めながら言う。どこまでも無間に続くかのようなこの空間の天井は空が広がっており、まるで全てが漂白された地球の上のようにさえ見える。
そこでユグドラシルはただ、1個体として存在している。ユグドラシルは人類に可能性をという理念のもと生み出され、究極の存在となることを至上の目的としている以上、ユグドラシルという一個体さえあればよいのだ。
だが、今のユグドラシルはどこまでも無力であった。仮の肉体に押し込められ、知能は一般的な成人女性の脳を使っている以上、完全体よりも回転が遅く、体力はISコアを利用した絶大なエネルギーも得られない。ただの人間からすれば遥かに上等なスペックを誇っているにもかかわらず、ユグドラシルからすれば玩具にもならない肉体であった。
「しかし…まさかこの肉体に戻ることになるとは」
「けれど、その選択をしたのはあなた自身なのでしょう?」
ユグドラシル単独の世界。そこにもう一つの影があった。ユグドラシルは声のした方を振り向く。そこにいたのは二十代中盤程度の女性だ。魅惑的な肉体でありながら、見るものが見ればそれは鍛え抜かれた体であることがわかり、身を包む黒のスーツと手にはめられた革手袋が、彼女が“仕事人”であることを明らかにしている。
艶やかな黒髪は肩まで伸び、瞳は血のような赤色。顔立ちは穏やかであり、身に纏う雰囲気とは真逆の優しげな印象を与える。
「うるさいよ。人間。…君のようなものを“再生”させて使うのも屈辱的なんだ。喋らないでほしいな」
「あら、そうなの」
女性はユグドラシルの物言いに、どこから取り出したのか扇子を手に出し口元で広げると、扇子には“悲しい”と書かれている。ユグドラシルは一瞬、扇子に文字が描かれる絡繰を目にしてしまい、呆然とする。
「ふふふ。そんな人間に驚いているなんて…存外、あなたもまだ人間の範疇なのね」
「殺されたいのかい?」
「あらこわい。でも、私はもう死んでいるのですから、どうぞお好きに」
「チッ」
今度は“死人に口無し”と描かれた扇子を開き、ユグドラシルは苛立ちを覚える。この女性はユグドラシルが致し方なく、過去のユグドラシルの肉体を生み出す際に解剖し、脳髄と心臓だけの標本にされていたものから人格と記憶データを引き出し、手駒とすべくある程度の調整を施した人間であった。
「ユグちゃん、それで、私はこれからどうすればいいのかしら」
「君には私の代わりに動いてもらう。スペアの肉体を逃し、戸山キララが逃げ出した以上、私には元の体に戻るための準備が必要でね。」
「わかったわ。それで、何をすれば」
「まずは幾つか調べてほしいものがある。最初は、これだ」
ユグドラシルがそう言うと、ユグドラシルの背後にあるモニターに黒騎士を纏ったマコトが表示される。黒雪片を構え、光の翼を背にするマコトはまるである種の天使のようだった。
「あら、可愛い子ね。同じ黒髪に赤眼、運命を感じちゃうわ」
「運命か。なら、それはまさにそうだろう」
「どういう意味かしら」
女性が首を傾げると、マコトの写真が別のものに変わる。今度は、サイレント・ゼフィルス襲撃時に、サイレント・ゼフィルスの側から取られた——簪の前で剣を取るマコトの姿だった。
「…………何が言いたいのかしら」
「彼女の名は飛鳥マコト。一般家庭育ちでありながら軍人顔負けの戦闘力を持ち、私までも圧倒して見せた……天然素体だよ。“君たち”が持つデータベースを見させてもらったが、なかなか詳しく調べられていたね。交友関係やこの少女に恋慕するものまで」
ユグドラシルの目線が簪へと向けられる。
「おや?人間というものは面白いね。君はもう“更識楯無”ではないのだよ。今の君は正確にはこの世から存在を抹消された“誰か”の肉体を塗りつぶして転写された、いわばコピーにすぎない。なぜ——そんな表情をするんだい」
「悪趣味ね」
「私は人間ではないからね。悪趣味というものがよくわからないよ」
「そう」
「フッ…よく似ている。ある種、人間が子を生み、残していくのは永遠性の証明とも言える。ただ、その度に失われていくものが多すぎるから、私としては褒められないがね」
ユグドラシルの顔は完全におちょくっている、とわかるもので、女性——更識楯無と呼ばれた誰かは扇子を仕舞い込む。
「さて、本題を話そう。この飛鳥マコトを……攫ってきてほしい」
「殺すのではなく?」
「まだそれは早い。それに、君のように死体から細胞の一つに至るまで解析するのではわからないものがある。それを確かめるまでは生かしておいてほしい」
ユグドラシルは思い返す。いくら機体の性能差があったとはいえ、マコトに対しユグドラシルは終始防戦するしかなかった。この世界のISの常識では考えられない固定装備の数々。まるでこの世界の理とは根本的に違うもの。
性能評価試験でユグドラシルが戦い、予備の肉体として保存された“戸山キララ”とどこか似ているヒトを超越した気配をマコトからユグドラシルは感じる。
「最悪の場合はアレを素体としてもいいと私は考えている。馴染むまでに時間がかかりそうだがね。やり方は任せよう。君のことはこれでも評価しているんだよ。私の前の試験体相手に生き残って逃げ延びたのだから」
「お世辞は言えるのね」
「飴と鞭が必要だろう。獣を飼うには」
「……結構。じゃあ、仕事に入らせてもらうわ」
「そうかい。期待しているよ……あぁ、邪魔するものは消してくれて構わない。勿論、誰であっても、ね」
“更識楯無”は拳を強く握る。もう既に、その身や記憶、心でさえも“偽物”であるにもかかわらず、確かに感じる痛みは“更識楯無”が死の間際まで持っていたものだ。遺してきたもの、愛するものへの悔恨、そして、それらへ殺意を向けなくてはならない苦しさ。
「(……私はもう、私じゃない。けれども、“私”だと、この記憶が告げている)」
ユグドラシルの言葉には逆らえない。そうなるようになっている。だが、心まではどうしたって操りきれない。ユグドラシルは心を理解できていないのだから。
「(……刀奈、簪……ごめんなさい。死んだあとも、これから、迷惑かけちゃうみたいだね。お母さん)」
与えられた肉体は冷酷な瞳を浮かべながら、死してもなお、失われなかったその心は涙を流し、“更識楯無”はユグドラシルへ背を向け、漂白された世界から霞んでいくように消えていく。ユグドラシルはそれを一瞥しながら凶悪な笑みを浮かべた。
「つくづく、人間というものは度し難いな。“個”であると同時に“群”であるせいで弱点が多すぎる。やはり、完全となるには唯一の“個”でなくてはならない。生物としてはそれが正しい姿だ。だから、インフィニット・ストラトスなどでは、人類はこの揺りかごから飛び出せないよ。篠ノ之束」
人類の可能性を賭けた戦いに、ユグドラシルもまた駒を並べる。対局相手はその頭脳だけはユグドラシルをも凌駕する天才。一手目はユグドラシルから。相手はどう差すのか。ユグドラシルは次なる手を待ちながら、宇宙を見上げるのだった。
学年別タッグマッチ。騒動は少々あったものの、予定通り完了し、その勝者となったさやかとティナは1年生の間では少々有名になっていた。専用機組に次ぐ実力者として、その容姿も相まってファンクラブができたようだった。
「疲れてるね、さやか」
「有名人ってこんな感じなのね……」
マコトの前の席であるさやかは机に突っ伏していた。ファンクラブの面々に定期的に襲撃(ふれあい会)を受けるさやかはこんなことなら優勝しなければよかったと思ってしまった。マコトはオニールの件などもあり、結果的にさやかたちの戦いを見ずに終わってしまったのだが、戻って観戦したというレイラからは中々の動きだったと聞いている。
「レイラから聞いたけど、なんでも剣を投擲しまくったんだって?」
「そ、秘策でね。私、ソフトボール部でしょ?投げるの得意なんだよね」
「へぇ〜」
「あとはティナに後方支援してもらって突っ込んでガチャガチャしてたら勝った」
「すごくない?」
つまりさやかはブレードオンリーで戦い抜いたということになる。そのメチャクチャな戦法はクラスメイトの一夏に影響されてのものであるあたり、クラスの中では一歩引いた位置にいるさやかも1組の生徒であることをよくあらわしていた。
「いや、というか、マコトたちと模擬戦したときと試合だと、マコトたちのほうがキツかったからそのせいだよ。あれ基準にしてティナと特訓したら、本番の相手がなんか…まぁ」
「あぁ…なるほど」
どうやらさやかたちが勝てたのはマコトたちに原因があるようだった。マコトたちタッグマッチ前に行った模擬戦で、マコトと簪は一切の容赦をせずさやかたちと戦った。当然、前世では軍人であるマコトと代表候補生である簪の動きは素人であるさやかから見た際、凄まじいの一言に尽きる。
「あんな三次元戦闘しながら高速で連携する相手なんて本番じゃいなかったし、それをしてたマコトたちとコメット姉妹が退場しちゃったから結果的にさ……いや私たちが強すぎるとかそんなんじゃなくて“知ってる”のと“知らない”差だと思うんだよねぇ」
戦闘における知識はまさに生き死に直結するのはマコトも知るところであり、だからこそフリーダム討伐時にはあれだけの技量差があっても事前の分析のおかげで最終的には撃破できた。
だから、ISの戦闘を知っている新人と知らない新人で戦えば当然、前者に軍配があがる。
「そうだね。戦いって知ってるのと知らないのじゃ全然動きが変わるから。だから最新機なんて情報流れてこないし、ここで見た最新機の情報は明かしちゃダメってなってるでしょ」
「なるほどね。納得だ」
さやかは機密にするということがそういった側面もあるのかと納得した。
「まぁ、いいや、この話は。優勝してなんか商品あるのかと思ったらトロフィーだけってほんとさぁ」
「クラス代表戦と違ってそのクラスに、っていうのも難しいだろうしね」
得られるのが栄誉だけ、というのは確かにやだなとマコトは現金にも考えてしまう。仕方のないことだが、できれば食堂の食事券がもらえるとか、学費一部免除とか、練習機の優先貸与権などあってもいいのではないかと思う。
「はー、なんか腹立つからティナとケーキでも食べに行こうかな」
「さやか、ティナさんと仲良くなったんだ」
「そりゃね。いい子だし、おっぱいでかいし」
「……そこ大事?」
「大事でしょ」
「(なんか弾みたいなこと言ってるなぁ)」
中学時代に偶然魂の叫びを女子に聞かれ、せっかくあった恋愛の芽を潰した幼馴染みのことが頭に過ぎる。今週末に一度帰ろうとマコトは考えているので、彼にも会えるのだろう。
「マコトもくる?」
「いつ?」
「今日」
「あ、それならちょっと無理かも。同じ2組のコメット姉妹に誘われてるから」
さやかは「へぇー」と流しかけ、慌てて聞き直した。
「えぇ?なんで!?」
「ちょ、声大きい!」
当然、そんな大声を出せばクラス中の目が二人に向く。幸いなことに、今は放課後でいつものマコトとつるんでいるメンバーが誰もいない。残っているのはいつもゆっくりとしている本音のグループだ。
「え?まこりんとさやっち、どうしたの?」
「本音!聞いてよ!マコトがコメット姉妹に誘われたんだって!」
「まこりんが?へぇ〜、すごいねぇ、アイドルからお誘いか〜」
そこまで騒ぐことなのかとマコトは思ってしまうが、そういえば以前、影もなくいきなりCDが置かれていて聞く羽目になったことを思い出す。熱狂的なファンの仕業なのだろうが、もしそんなことが全校生徒にされていれば、おのずと知名度があがっていっているはずだ。
実際、マコトもそのせいで二人のことを調べてそれなりの知名度があると知って、それなりのアイドルなのだとコメット姉妹を認識している。また、彼女らがプライベートである校内でもアイドルであることを辞めていないことが好印象だった。
「飛鳥さん、あの妹さんとの戦いすごかったもんね」
「いや、あのときは必死で」
静寐に褒められ、マコトは思わずそう言ってしまう。怒りによって発現したSEEDでの動きはマコト自身、暴走状態であると今は認識しているので、あまり褒められても困ってしまう。それに、ユグドラシルとの戦いでは通常のSEEDとは違う、頭の中で何かが生まれ変わるような感覚と共に理性を失わずに力を得ることができた。
「(想いだけでも、力だけでも、か)」
周囲がやんやと話す中、ふとマコトは前世最期の戦いを思い起こす。既に風化しつつあるが、未だデスティニーの操縦桿を握り、キラと言葉を交わしたことは忘れられていない。力だけになった結果があの最期であり、マコトは前世におけるSEEDとは人類を獣へと戻すものではなかったのかと思ってしまう。
本来のSEEDは今のように、もっと先へと行くためのものではないのだろうか。
「(争いのない世界。みんな自由に飛び立てる世界。あたしは今度こそ、そこにたどり着けるのかな)」
束の目指す夢の先。そこへ行くためにはユグドラシルが邪魔だ。だからマコトは決意を新たにする。
——あたしは戦う。人が人のまま、無限の成層圏に飛び立つために。
今、周りにいる少女たちもまた飛び立てるように。飛鳥マコトはあともう少しの間だけ、戦士で在り続ける。
「飛鳥さん?」
「え?」
「いや急にボーッとしだすから」
「ごめんごめん。呼ばれてるけど、コメット姉妹に何をされるのかなぁって考えてた」
「そりゃ、アイドルからのお礼なんて」
「さやか、なんか最近考えがおじさんみたいになってない?」
「失礼な!」
くすくすとクラスメイトたちと笑いあいながら、マコトはコメット姉妹の部屋へ行く時間がくるまで、雑談に華を咲かせるのであった。
コメット姉妹の寮の部屋はいわゆるVIP用とされる高層階にあるもので、寮母は千冬とは別の教員が務めている。入るためにはその寮母の許可が必要であり、マコトは事前にファニールから許可証を受け取っていた。
IS学園の寮は元々、この学園島がリゾート地として予定されていた際に作られた高層型のホテルで、本来は二十数階建てになるところが十六階建てで完成し、その上層部がVIP向けのセキュリティが設置されたフロアだった。芸能人である以上、コメット姉妹もそこに部屋が用意されている。
目的の階にやってきたマコトは事前に渡された許可証であるカードキーをエレベーターを降りた先にあるゲートの読み取り機にかざし、エレベーターホールから寮の廊下に入る。マコトたちがいる階層とは明らかに異なる豪奢な作りで、まるで高級ホテルのような様相をしている。
「うわすご…鈴とか卒倒しちゃうんじゃないかな」
そんなわけあるか!と鈴音のツッコミを脳内に流しながら、マコトは伝えられ得ている部屋番号を探して歩く。人気はない。部屋の扉横には大抵入寮者の名前が書かれたプレートがあるのだが、どの部屋もついていない。
「(そういえば、レイラとかセシリアはここに部屋がないとおかしいんじゃ)」
マコトはふと、そんなことを思った。レイラは前世のせいもあってあまり気にしていないが、今世では歴とした元お姫様であり、セシリアもお金持ちな当主だ。マコトからすれば十二分にVIPである。だというのに今はマコトたちの住む下層に同じく住んでおり、それどころか箒まで部屋に迎え入れている。一応はスイートルームだったそうだが、恐らくこの上階にある方が更に豪華に違いないとマコトは考えた。
「えっと…ここかな?」
伝えられた部屋の前に立つと、確かにプレートには英字でコメット姉妹の名前が記されていた。マコトは遠慮なくノックをした。
「こんばんは。飛鳥です」
『ちょっと待ちなさい!今開けるわ』
中からファニールの声が聞こえ、すぐに扉が開かれる。
「こんばん——わっ!?」
開かれた瞬間、オニールがマコトに抱きついてきた。
「マコト、お姉ちゃん」
「はい!?」
柔らかな体の感触がマコトを前から包む。体の大きさは年下ということもあって、マコトの全てを包み込むほどではないが、その身に宿す暖かさをマコトは感じて、思わず顔を赤くする。何よりオニールのマコトを見上げる顔が…愛らしい。アイドルである、ということを事前に2組の生徒たちのせいで刷り込まれていたマコトはよけいにオニールを意識する。
「な、なに、なんで!?」
「ちょ、オニール!?」
ファニールもこの事態は想定外だったようで、部屋の中で固まっていた。そんな双子の姉と、命の恩人が固まる中、オニールはそこそこ豊かなマコトの胸に顔を埋めていた。なにをどうしたものかとマコトは混乱した頭で考えようとするが、どうすればいいのかわからない。
「(こんな時に弾がいれば“このラキスケがー!”って突っ込んでくれて仕切り直しを)」
「このラキスケ!人たらし!浮気者―っ!」
混沌とした状況を更に酷いものへと変えるものがこの場にエントリーした。
ガタン、と大きな音を立て、天井点検口が外れ、そこから一人の少女が俗に言うスーパーヒーロー着地を決め、怒りの形相でマコトを見た。マコトのルームメイトであり、最近少し気になる相手と同じ赤い瞳と青い髪の少女。
「人の妹に手を出した癖に、天才までひっかけ、更に今度はアイドルにまで!見境いがないの!?あなたは!」
「ちょ、な、なんでここに楯無さんが!?」
「そんなことは、どうでもいいの!」
マコトの困惑など知らない、と言わんばかりに楯無はマコトに詰め寄る。その顔はわりと本気で怒っていることがわかり、マコトの処理能力は完全にオーバーフローした。
「……あなたは」
が、ここでマコトに抱きついていたオニールが楯無をじとりと見る。オニールは覚えていないが、楯無こそ本当の命の恩人である。ファニールは後からそれを聞かされ知っていたので顔面蒼白となった。そもそも、オニールがそのことを知らないのは事情聴取の類は妹を守りたいとファニールが全て受けたためだが、それがここで裏目に出た。
「なにかしら、泥棒猫ちゃん」
「あなた、なんなんですか?この人の」
「は?そんなの決まってるでしょ、私は——」
マコトのことを好きな妹の姉、と言いかけて楯無は固まった。いや、これは言ってはダメだろうと。もし言ってしまえば妹の恋が御破産になる可能性だってあるし、もしそうなれば楯無と簪の関係はもはや修復不可能となるだろう。たたでさえ、人の生き死にから始まったものであるのに、これ以上kじれたら血で血を洗う可能性だってありえるのだ。
「私は?」
「うぐっ、わ、私は、そ、そうね、そうね」
「た、楯無さん?」
一瞬にして楯無は追い込まれた。裏社会でどれだけ揉まれたとしても、少女としての更識楯無はあまりにも脆く、抜けていた。こうして勢いのまま現れてしまったことで、楯無の敗北は決定していまっている。
こっそりこの様子をモニターしている布仏姉妹からは頭を抱えられていることを楯無はまだ知らない。
「わ、私はその、そう!飛鳥ちゃんの!彼女!」
の姉!と心の中で叫んだ。
何を言っているんだ、とその場にいる全員が思った。楯無は言ってしまった瞬間、いやこれはダメだと頭を抱えた。
「お、オニール!その人あんたを助けてくれた人!そんな態度したら不味いわよ!」
「え?そ、そうなの?」
「そう!」
楯無が沈黙したところでファニールはオニールに声をかける。姉に声をかけられたオニールは正気を取り戻したのかマコトから離れる。それを機だと判断したファニールは一気に畳み掛ける。
「とにかく、こんな廊下じゃうるさいから部屋に入りなさい、マコト。それと…生徒会長さんは」
これからマコトにキララのことを話そうとしていたが故に、ファニールは迷うような素振りをみせるが、楯無はファニールの雰囲気を察してかため息をついてから首を横に振った。
「はぁ。ごめんなさい。取り乱しちゃったから出てきたけど、私は帰るわね。……飛鳥ちゃん。簪ちゃんのこと、よぉーく考えておいて」
「え?あ、はぁ」
マコトを若干睨みながら楯無はその場から離れていく。なにがなんなのかよくわからず、マコトはひとまず今の騒動をなかったことにしてファニールたちの部屋へと入った。オニールはマコトの後ろについてきており、まるで憧れの先輩を見るかのような視線をマコトに向けている。
「はぁ。改めて、ようこそ、マコト」
「あ、うん。ありがと、呼んでくれて」
「いいわよ。約束でしょ」
コメット姉妹の部屋の玄関は広く、そこで靴を脱ぎスリッパへと履き替え、まず通されたのが異様に広いリビングであった。お洒落な家具で纏められ、落ち着いた、芸能人らしい内装だった。
「綺麗な部屋だね」
「えぇ。しばらくはここを拠点にすることにしてるから、家から幾らか運び込んだのよ」
「そうなんだ」
リビングにあるソファへとマコトは通され、そこに座る。ソファの前にあるテーブルには音楽プレーヤーと紅茶が湯気を立てて用意されている。紅茶の匂いはマコトがよく嗅ぐレイラたちからするものとは少し違う。
「じゃあ、早速聞きましょ、キララさんの曲」
「あ、もう聞くんだ」
「だってそれが目的でしょ?」
「マコトお姉ちゃんにも聞いて欲しいな。私とお姉ちゃんの原点」
「う、うん」
コニールの距離の近さにマコトは面食らいながらも、とにかくキララの歌を聴きたいのでスルーする。
ファニールが音楽プレーヤーを操作すると、すぐに曲が流れ出す。それはどこか聞き覚えのある静かな曲調だった。ピアノの伴奏から始まり、穏やかな旋律がスゥっと心に入り込む。それがまるで、器を温め、満たすようにしたところで、その“歌声”が注がれた。
『——♪』
「(……この、感じ……)」
聞こえてきた歌声は優しく包み込むような少女のもので、マコトはこの歌声が誰かに似ていることに気がついた。もちろん、この声の主が模倣をしてそうなっている、というわけではないこともわかったが、目指している方向性が同じなのだと、マコトは思った。
「(ラクス・クラインに似てる……)」
ラクス・クライン。かつての敵であり、運命を否定した自由の謳い手。そのラクスが、まだただのアイドルとして、活動していた頃の歌声に、このプレーヤーから流れ出す歌声がよく似ていた。
「いいでしょ?これ、キララさんのデビュー曲なんだ」
「これが、デビュー曲?」
「とてもそう思えないでしょ?けど、圧倒的な歌唱力がこれを歌わせてるの。戸山キララが最強のアイドルとなれた理由のその一がこれ。生歌による圧倒的な歌唱力で、聞くものを捻じ伏せて、虜にして…ファンにしたの」
嬉しそうに語るファニールを横に、マコトはその言葉に納得する。あまりにも、戸山キララの歌は素人であるマコトでさえも驚くほどに上手いとわかるものだった。
「初めて聞いた時、お姉ちゃんも、私も、びっくりして固まって、気がついたらたくさんのキララさんの記事を見ていたんだよ」
オニールが懐かしむように言い、ファニールが頷く。マコトはここまでの完成度の歌を聴き、ファンにならないわけがないと思う。マユもきっと好きになるだろうなと彼女は思った。
そうして、しばらくするとその歌は終わる。
「終わりね。どうだった?」
「……正直、想像以上だった。すっごく、綺麗で、暖かくて、優しくて…心がぐっとする」「でしょう!あんたいい耳してるじゃない!」
ファニールが心底嬉しそうな顔をする。完全にその表情に、推しのアイドルのことを語る妹を思い出し、マコトは苦笑いだった。
「じゃあ次は目よ!」
テンションがあがったファニールがそう言うと、今度はテーブルの上にあるテレビのコントローラーを動かし本体の電源をつけると、付属のDVDプレーヤーを動かし、何かの映像が再生される。
画面に現れたのは煌びやかなステージの中央に立ち、ピンク色のドレスを身に纏った戸山キララだった。動きやすいように膝丈のスカートであるが、破廉恥さはなく綺麗に纏まっている。リボンやフリルがいかにもアイドルとしての彼女を際立たせており、愛らしい顔の造りが更に彼女へ見るものを引き込ませる。
「(す、すごい可愛い)」
相手が元々仇敵であったことさえ忘れてしまうような姿にマコトはただただ驚く。
「失神しないでよ。もっとすごいんだから」
ファニールがそんなことを言った瞬間、マコトの覗きこんでいた画面の中が“輝きで爆発”した。
『いっくわよー!みんな!準備はいい!?私はオッケー!それじゃ、一曲目!』
先ほどの、穏やかな歌を歌っていた声の主と全く同じ声なのに、まるで“人が変わった”かのように画面の中の戸山キララは“アイドルらしいアイドル”であった。マコトが呆然とするまま、映像は進む。一曲目の音楽が流れ始め、戸山キララは体を揺らしながら、手に持ったマイクで歌い出す。
その歌唱力はさきほどまでの曲と同じく高く、しかもそれは曲が進むごとに激しいダンスまで入れても、全く崩れない。口パクかと一瞬マコトは思ったが。音に一切のズレなどがない。間違いなく生歌であった。
「すごいでしょ?すごすぎるでしょ!これがキララさんが人気の理由その2!圧倒的なダンスパフォーマンスと踊っても一切損なわれない歌唱力!」
「本当にすごすぎるよ。こんなの、誰もマネできないんじゃ」
「残念ながら、私たちもここまでの動きをしながらのこれは無理。キララさんがすごいのよ」
「それに、さっきまでの歌とは全然違うね、すごいアップテンポだし、アイドルらしい歌だよね」
「そこが人気の理由3よ。もはや無限の表現力。さっきみたいな静かな歌からこういう可愛い曲まで、一時期双子説とかなりすまし説なんてものが出たぐらいすごいんだから」
「ほんと、まるで人が変わったみたい……」
マコトはそう言ったところで、ふと何か引っかかるものがあった。同じ歌声、同じ容姿、けれども静かな歌とアップテンポな曲。どこか、どこかでそれと似たようなものを見たことがないかとマコトは思い、すぐに出てきた。
「(そうだ。議長のラクス・クラインと、本物のラクス・クライン……!)」
それは、マコトが前世の世界で目の当たりにした、本物とほとんど見分けがつかない、声まで同じの影武者。マコトはついぞ知ることのなかったラクス・クラインそっくりな——“ミーア・キャンベル”。
「(聞けば聴くほど、それにあの振り付けとか…ディオキアで見た時と同じ……どういうことなんだ!?)」
まさかなり変わり、なりすましは本当なのではないか、とマコトは思ったものの、それは1曲目が終わり、2曲目の間に入った挨拶で打ち砕かれる。
『ふぅ——みんな、今日は私のライブにきてくれて、ありがとう』
先ほどまでの底無しに明るい“アイドル”の戸山キララとは別の印象をマコトは受ける。穏やかで包み込むような、そんな少女に戸山キララは様変わりする。
「はぁ〜…ほんと、キララさんすごい。この切り替えのすごさ、私も真似したい」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだし、そこはいいんじゃないかなぁ」
「オニール。けど、やっぱり憧れちゃうよ」
コメット姉妹の声を聞きながらも、マコトは頭の中をぐるぐるとさせる。どういうことだ、と。戸山キララのこの変化、なんなのかと。
「(まるでこれじゃ、二重人格みたいじゃないか)」
かつての宿敵の不可解な姿に、ただただマコトは困惑するしかなかった。
ミーア・キャンベルはめちゃくちゃ好きなキャラの一人です。