IS学園、本校舎内のある一角にその部屋はある。名目上は用務員室とされ、実際に用務員が使用する道具なども収納され、出入りするのも年配の人のいい用務員だ。しかし、用務員室のクローゼットの奥にある扉から入れる地下空間はとても用務員がいる部屋ではない。
そこは執務室である。この学園を治める“理事長”の執務室として用意された地下室だ。だが、地下室といっても室内の全周囲を囲むモニターが森林や草原、果ては書斎のような内装を映像として出力し、地下であることを感じさせない造りとなっている。
この執務室の中心部にある応接間で、楯無は虚を従えて理事長である男性——轡木十蔵と顔を向かい合わせていた。十蔵は珍しくスーツ姿であり、普段楯無のよく知っている「用務員で優しいおじいちゃん」という学園内での姿はなりを潜めている。
「……理事長。それで、今、なんと」
「自衛隊、戦略研究所から七槻しばね…篠ノ之博士を召喚しろと要請があった」
「…まだ、“要請”ですか」
「そう。まだ“要請”だ」
学園の理事長として久方ぶりに外部に呼ばれた十蔵を待っていたのはこの国の国防の最先端をゆく、自衛隊“国防戦略研究所”と呼ばれるインフィニット・ストラトス運用部隊の所属研究所であった。そこで彼は簡潔に言えば篠ノ之束を呼べと言われ、学園に戻ってきた。
もとより、学園に束がいることは裏では公然の秘密として扱われており、これまでもポーズとして自衛隊や政府筋から似たような話があったが、ここ最近はその頻度が増えてきていた。
「やはり、アメリカでの一件ですか」
「だろうね。戦研自体がというよりは、そこからアメリカ行きというのが露骨に読めたよ」
楯無は十蔵の言葉に顔を苦いものに変える。これまで、数度のユグドラシルによる襲撃事件や暴走事件を起こされ、その度にマコトやその周りの生徒たち、果ては千冬——白騎士まで目覚めさせて事件は解決されてきたが、それらはあくまで学園の中だけの話であり、外部で起こされた事件は更識でも隠蔽などはできない。
特にアメリカでのブラック・ロータスによる襲撃はアメリカ軍側が甚大な被害を受けたせいで、これまで抑えられてきたアメリカ側の日本へのIS関連の圧力を強めることとなってしまった。
「楯無くん。わかっていると思うが博士を我々が制御することなど不可能だ。私が彼女に呼びかけたところで無視されるのが相場だ」
「私もそうですよ。簪……妹が彼女と仲良くなっていたとしても、むしろ、だからこそ、強引な手段はとれません」
「ただ、上はそのあたりを理解していないのだろうな」
「散々、更識から報告を上げても未だに家族を使えばと思っているようですからね。世界を100回は一人で滅ぼせる相手に何を考えているのだか」
楯無は束をその気になれば国益のために操れると考えている一部の政治家や軍人があまりにもお粗末であると思っている。最初から思う通りに動かせているような人間であれば、そもそも世界はここまで劇的な変化を起こしていないだろう。
なにせ、世界を操っていた組織をたった二人で滅ぼして見せた一人である。現に一度“世界を滅した”という実績があるため、楯無はもし政府から束の暗殺を頼まれた場合はその依頼者を抹殺しようと本気で考えているほどだ。
十蔵も同じ気持ちなのか、楯無の言葉には苦笑いだ。
「気楽なものだよ。彼らは。言えば呼べる、博士は女性だから尚更、そう思っているのだろう」
「もはやそこまでくると悲しいとまで思いますよ」
「まったくだ。ひとまず、学園としてはこれまで通り“七槻しばね”は特別学級の教員であり、要請は受ける必要はない、と回答しておく」
「それがいいかと。……しかし、アメリカ襲撃がこのように響いてくると、ユグドラシルというのは足に枝を絡ませるようなやり方がどうにも好きなようです」
楯無の言葉に十蔵は頷く。ユグドラシルの狙いがこうした外野のしがらみを利用したものであるのなら、なかなかに厄介であった。何より、水面下でアメリカは篠ノ之束の奪取を目論んでいる。楯無の所属するロシアと競争する形で、だ。
ロシア国家代表である以上、楯無にもそういった話が来るが“取引上”、楯無はそちらには関与しないと決まっているため、楯無個人としてはアメリカにのみ対応を行っている。といっても、楯無はそんなことをしなくとも束がその気になれば特殊工作員など相手にならないと考えているが。
「だからこそ、真正面から潰すために襲撃をかけた、というわけですね」
「絡め手は博士には悪手だろう。だが、正攻法となると逆に博士には有効だ。現に、アメリカはついに“インフィニット・ストラトス”を独力で生み出したわけだ。100年は完全コピーがかかると言われたものを」
「例の銀の福音ですか」
更識の諜報活動により、アメリカで発生したブラック・ロータスとシルバリオ・ゴスペルの戦いは詳報が共有されていた。単純な加速力や攻撃性能は白騎士と同等であり、インフィニット・ストラトス本来の宇宙空間での行動も考慮されたため、弾道軌道をとることも可能とされる戦略兵器としては完成された最強のIS。
だが、それを得てもまだ篠ノ之束製のISには一歩及ばない。
「そんな機体でも基地は甚大な被害を受けた。篠ノ之博士の技術力を今一番欲しているのはアメリカだろう。あと一歩で“兵器としてのIS”は完成する…というところなのだから」
「状況は理解できました。更識としては契約上“学園内で襲撃を受けた場合、博士を護衛する”ということになりますので、これまで通り対応を続けますが」
「その点なのだが、今月末の校外学習に理事会からは特別学級の生徒も参加させるべきだと意見が出てきていてね」
特別学級。つまりは対外的には盲目とされているクロエのことであり、彼女が動くということはその担任である七槻しばね…束も合わせて動かなくてはならない。楯無はもう理事会にも手が入っているのかと舌打ちをしそうになる。
「思いの外、早かった。当然提案はアメリカの理事からだ。意外にもドイツは反対したが、理由を言えず、押し切られてしまっていたよ」
「ドイツは件の組織を滅ぼしてもらったという恩がありますから、それを考慮してかと思いますが」
「あぁ。だが、枢軸と連合、結局のところ理事会も国連の縮図となっているのが現状でね。それも、アメリカ襲撃から急速に」
「……本当に厄介なことをしてくれましたね。わざわざ、獅子の尻尾を踏んでいくなんて」
束が学園から外に出されることはもはや確定事項とみるべきだと楯無は判断した。今月末、つまりは7月末に計画されている1年生の校外学習。学園島から少し離れた同じく人工島であるトウゲン島での4日間、絶海の孤島で仕掛けるには十二分すぎるシチュエーションだ。
当然、更識の守備範囲から外れるため束は単独で身を守らなくてはならないが、ここで仕掛けてくるのが秘密裏にきた工作員ではなく、アメリカの正規軍となると束は無理をできない。
「偶発的な戦闘なんていくらでも可能です。何より、実の妹もいるのですから強引に表舞台に引きずり出せば向こうの勝ちです」
「でしょうね。楯無さん、学園側としては更識はここが引き際だと考えているが」
「更識楯無としては理事長の意見には賛成します。が……私、個人としては承服しかねますから」
「妹さんですな」
「えぇ。間違いなく、私の妹はこれから大きなうねりに巻き込まれます。アメリカとの抗争にも巻き込まれるでしょう」
「しかし、楯無さん。あなたはロシアの代表だ。あなたが表立ってアメリカと対立すれば、それは」
「……再来月にはロシアとの契約も満了します。それを機に私は代表を辞するつもりです」
「なんと。ロシアはそれを許すのですか」
「許させました。………更識楯無というIS乗りの技術全てを彼らに明かし、それと引き換えに」
楯無のIS乗りとしての全てをロシアに明かすことは当代の更識楯無の戦闘技術の一端を明かすという、暗部の頭領としては命を渡したも同然のものであった。もちろん、それだけではない。今現在、更識で掴んでいるアメリカ側の情報のうち、ほんの少し深入りしなければ手に入らない情報を——もちろん、肝心なものは隠しつつ——渡して叶った取引だ。
そこまでして、ようやく楯無はロシア代表から降りることができ、それが意味することは更識楯無として本気でこれから戦うということだった。
「ISはどうするのかね」
「学園の打鉄をもう一機、九尾ノ魂に改造させていただければと」
「構いませんよ。あなた方があってこその学園の防諜です」
「…これまでの不手際がありながら、寛大な配慮、痛み入ります」
「相手が化け物とくればそれはあなた方の領分ではないでしょう。あなた方の敵は人間だ」
「えぇ」
楯無は頷く。彼女の敵はどこまでいっても人間だけだった。故に、楯無はそう遠くない未来、最大の敵と相対することになる。
「(誰であっても、私は負けない。簪ちゃんのために。“あの日”からそう決めたんだ。憎まれてもいい、恨まれてもいい、それでも、大切な人のために戦う。お母様が、そう願ったように)」
覚悟を決める少女を前に、十蔵はただただ穏やかな表情を浮かべながら、子供たちが戦わなければならないこの世界を寒く感じるのだった。
白く、降り積もる雪の上に一筋の川ができていた。それは赤く、赤く、命がこぼれ落ちて生まれたものだった。その川の源流へと歩みを進めれば、一人の少女が倒れ伏す女性を見下ろしていた。
——ちがう、ちがうの、かんちゃん、これは
——どうして
——ちがうのっ
——だいじょうぶだって、まもってくれるって、いったのに
幼い少女の悲鳴と、否定を繰り返す少女の手には血と苦無。倒れ伏した女性はただただ、血を流し、虚な瞳を曇り空に向けるだけ。
——おねーちゃんの、うそつき
それが、更識簪と更識刀奈の、終わりと始まりの記憶。
「ウッ…ぁ……」
最悪の夢見から目覚めた簪はガバッと体を起こした。ひどい寝汗をかいていて、寝巻きを湿らせている。
「(……また、見るようになった……)」
先ほどまで見ていた夢は鮮明に思い出され、簪は大きく息を吐く。実の姉との関係を最悪にし、最愛の母を目の前で失った人生最悪の、雪の日の記憶。姉への気持ちが少し好転したと思った途端にこの夢を見て、簪はまるで姉のことを嫌っていろと言われている気がした。
「(それは、やだ)」
楯無は簪のことを愛している。それは簪もわかっている。けれども、素直に愛情を返すには簪の心は強くなかった。8年前の雪の日、先代の楯無、つまりは母をその手で殺した姉を見て、簪はそれでも姉を嫌いになりきれなかったことが奇跡だとさえ思っている。
「………終わったこと。だから、気にしていられない」
時間はある程度、簪を前に進ませた。進み続けて、飛鳥マコトという恋を知って、愛情を得て、更識簪は母を失った痛みを徐々に塞ぎつつある。もう、とっくの昔に死んだ母を想っても、彼女は生き返りもしないし、簪を愛してくれるわけではないのだ。
隣のベッドに眠るマコトを見る。普段の意志の強い、けれども一歩引いた少しだけ大人の彼女は眠っている時だけは簪よりも随分幼く見える。普段から先に眠るマコトの寝顔を独占できているのは、今は簪だけだった。
「マコトさん、可愛いな」
自然と、聞かれていないからとそんな言葉が出てくる。優しく微笑む簪はまさに恋する少女だった。
いつも起床する時間より早いが、簪はベッドから降りて窓の外を見る。天気は快晴。雲が少しばかりあるが、青空と海のコントラストが美しい朝を演出していた。
「(そういえば、今日だっけ。ボーデヴィッヒさんたちが帰ってくるのは)」
つるんでいるメンバーになったラウラがドイツに行き1週間強。現地での仕事を終え、今日で再来日することが事前に伝えられていた。簪はリアル軍人であるラウラに浪漫を感じていて密かにいろいろと聞いてみたくはあったが、どうにもそんなことを聞けるような状況ではないことが昨日の一夏への電話でわかったので、控えるつもりでいる。
ドイツでのユグドラシルの凶行は千冬づてに一夏へ伝えられており、いつものメンバーに共有されている。非戦闘員すら容赦なく殺戮し、ISの絶対防御すら突破するほどの自爆攻撃。それを聞いたマコトが露骨に怒りを見せていたことに、簪は心配してしまった。
「(……けれど、もし大切な人の夢が穢されるって思ったら、私も同じ気持ちになりそう)」
束の夢をマコトは信じている。だからこそ見せた怒りに簪は納得する。簪もうろ覚えではあったが、束がインフィニット・ストラトスを全世界にばら撒いた際の声明は記憶に残っている。
「(全ての人が宇宙に羽ばたくためのもの。それなのに、私たちは兵器として扱っている。自爆して攻撃するなんて…もっとひどい)」
無人機として自爆攻撃までさせる。もはやそれは望まれた使い方からもっとも遠く離れたもので、ユグドラシルがいかに歪かを簪たちに刻み込んだ。
「(これから、どうなっていくんだろう)」
ラウラが乗っ取られた事件があっても、学校は普段通りに授業が続いて、今月末には人工とはいえ南の島に校外学習をしにいく。当たり前となりつつある日常は、非日常が時折挟まっても続いている。まるで、ガラスの上を先の尖ったヒールで歩くかのような、不安な気持ちが簪にはある。
簪の学習机の上に置かれた携帯端末を手に取り、簪はメールを確認する。すると、受信したメールの中に、倉持技研からのものがあった。
「…!内容は……二式…!」
メールの内容は待ち望んだ簪の愛機となるべく生み出されたISの完成報告だった。まだ細部の微調整があるため、今日すぐにではなく週末の受領となる予定だが、ようやく簪の専用機である“打鉄二式”はあるべき主人の元へと戻ることができる。
「よかった…これで少しは、マコトさんについていけるかな」
量産機ではマコトの黒騎士にはついていくことさえできない。だから、二式ならきっと、少しぐらいはマコトの力になれることもあるのではないかと簪は思う。何より、インファイターであるマコトと元から支援よりの簪は相性が悪くない。そこに、中距離を得意とする打鉄二式があれば、今よりももっと連携がとりやすい。
「一安心……あれ?続き?」
だが、メールの内容はそれだけではなかった。画面をスクロールしていくと、あることが文面に記されていた。
「……これって……!」
「あたしが倉持の企業所属に?」
「うん」
メールの内容を見て、簪は慌ててマコトを叩き起こした。悪いと思いつつも、早急に内容を伝えたかったのだ。打鉄二式の完成報告に、追伸としてつけられたのはマコトを倉持技研のテストパイロットのしたいという旨の文面で、起こされて聞いたマコトは驚き半分、タッグマッチでの動きを見られていたならばと納得半分だった。
「……正直、どう?」
「いやまぁ、前世でもテスパはしてたから、勝手はわかると思うけど」
「そうなんだ。それなら、一度、私と行ってみる?倉持に」
「いいけど。いつ行くの?」
「今週末。水着を買いに行った帰りに、二式を受け取りに行こうと思って」
「水着…?って、そっか。校外学習の」
週末に水着を買いに行くことを聞いてマコトは校外学習のことを思い出す。思い出すと言っても3日前に真耶がSHRで1組に伝えたばかりで、校外学習の内容はざっくり言ってしまえば遊び半分、特殊状況下でのIS稼働訓練が半分といったもので、そこまで過酷なものではないという。
「うん。………あの、もしよければ」
「もちろん。一緒に買いに行くよ」
「っ…!うん、一緒に、いこ」
簪からの誘いをマコトは迷うことなく受ける。簪の顔が明らかな喜色に染まったことにマコトは可愛らしいな、と思いながら、枕元の髪留めを手に取り、前髪につける。簪からプレゼントされた桜の髪留めはもうマコトにとって付けるのが当たり前のものになっていた。
「ん〜、じゃあ早起きしたし、ちょっとランニングに行ってこようかな」
「いってらっしゃい」
「……えっと、一緒に行かないの?」
「そこは別」
マコトは入学当初から簪をランニングに誘っているが、断られ続けていた。簪がマコトを好きになってからもそれは変わっていない。理由は単純にマコトのランニングの速度が、簪からすればダッシュに等しいからである。簪はどちらかというと短距離型で、長距離は苦手であった。
「そっか。じゃあ、行ってくるね。二度寝はしないようにね」
「し、しないよ」
と言いつつ、簪は二度寝をして寝坊しかけたことがある。マコトはたぶん二度寝するだろうな、と思いながら着替えを始めた。こうして、いつもの朝を二人は迎えて、過ごしていくのだった。
そんないつも通りの朝を終わらせて、お昼にはラウラが空港についたという連絡を一夏が受け、明日からまた一緒になるなという話をいつものメンバーでして、そのままいつもと変わらない午後を過ごして、マコトは簪とレイラを連れ、束の研究所を訪れていた。
「いやいや、よく来たねぇ」
「こんにちは、束姉さん」
「お邪魔します。博士」
「こ、こんにちは」
「れーちゃんに簪ちゃんも、いらっしゃい」
マコトに加えて、レイラや簪も快く束は迎え入れ、いつものテーブルがあるモニター室に通す。そこではクロエが既に紅茶を用意し、メイド服姿で控えている。
「マコト様、レイラ様、簪様。お待ちしておりました。どうぞ」
クロエの完璧なメイドとしての姿にマコトやレイラはそれぞれの経験から慣れたものの、簪は未だ慣れない。本場のメイドをこんな学園で見れることに未だ若干、興奮していた。
3人はそのままテーブルに着くと、遅れて束もやってきて、空いているレイラの横に座る。マコトの隣は既に簪にとられており、束が座ることはできなかった。だとしても、束は内心悔しがりつつもどうにか大人の余裕を取り繕って口を開いた。
「いやあ、それにしても四六時中隣にいて飽きない?」
取り繕うことは一切できずに結局言葉がそのまま出ていた。
「飽きません」
「あそう」
バチバチと視線を交わしながら束と簪は笑みを見せあって、咳払いした。マコトは首を傾げ、レイラはもう慣れてきたので気にしていない。
じゃれあいはこんなものにして、と束は意識を切り替え今日ここに3人が来た理由——白騎士のことについて話すことにした。
「さてさて、まーちゃんから事前に聞いてたけど、白騎士のことを聞きたいんだっけ?」
「うん。あたしはまぁ、その、白騎士が白式のベースになってるってことは知ってたからあんまり驚きはなかったけど、まさかそのまんま呼び出せるのはちょっと驚いたから」
マコトも、まさか白騎士をそのまま稼働可能であることには驚いてしまっていた、何より、機体性能はあの頃のまま。むしろ、零落白夜がある以上、向上しているとも言える。
「…白式、びゃくしき、しろしき、アナグラムでしろきし、ですか。わかりやすいぐらいなのに、全く気がつきませんでした」
レイラはあからさまな白式の名前に気が付けなかったことが若干悔しかった。思えば、かつての白騎士の弟が乗る機体としてはこれほどまでにわかりやすく、お似合いのものはないだろう。
「まぁ、私、そういうの結構好きだからね」
「そうなのですか。では、やはり白騎士と黒騎士は黙示録から?」
「おっ、れーちゃん博識だねぇ。そうだよ、“騎士シリーズ“の由来はそこからとってるんだよ」
黙示録?とマコトが首を傾げれば、簪が素早くその意味を答えた。
「黙示録。終末予言の一種で、そこに登場する4つの騎士…というか、災害?のこと、かな」
「………えっと、さっぱりわからないんだけど」
「まぁ、マコト、日本ではかなりマニアックな部類のお話です。それに、白騎士、赤騎士、黒騎士、青騎士、というものが出てくるのです」
「つまり、あたしとか千冬さんの機体はそれモチーフなの?」
「そーゆーこと。ま、名前と色だけだけどね」
束のまとめに、とりあえず強引に納得したマコトはそういうものだと思って特にこれ以上の考えは浮かばなかった。だが、レイラは違った。
「ということは、残りの2騎士もあるのですか」
「…鋭いねぇ、れーちゃん」
束は少し声のトーンを落としてレイラの推測を正解だと頷く。言いつつ、彼女は手で空を切ってモニターを操作する。そうすれば、途端にモニターには2機のインフィニット・ストラトスが表示される。
「これって……」
簪が思わず声を漏らす。そこに表示された2機のインフィニット・ストラトスは明らかに“IS”寄りのものであった。
「紹介しよっか。赤騎士…こと、赤椿と青騎士だよ」
「赤騎士だけ名前違うのなんでなの、束姉さん」
「この子だけは私と、箒ちゃんが乗ること前提で作ってて、篠ノ之流剣術をIS戦で使えるようにするために作った機体なんだ」
「あー、そういえば箒が使ってた形が“赤椿”なんだっけ」
「ついでに言うと束さんもね。だからこの子だけ、赤椿に名称を変更したんだ」
赤椿、と名付けられた機体をマコトはよく見る。1、2号機である白騎士と黒騎士とはまた違う、流線型のラインが特徴的で、装甲ににはそれぞれスリットが見て取れる。それらは放熱用というよりは稼働するだめのものにマコトは見えた。
「赤椿の特徴は展開装甲、って言う可変機構を搭載した装甲で、状況によって様々な武装や防御機構に変形可能なんだ。例えば、背部のアンロックユニットは時にはビーム・セイバーに、時には独立稼働してビームランチャービットに、更には物理盾になったりと、いわゆる全領域対応機なんだ。元はただの補給機なんだけどね」
「………補給機というには無理がありませんか?」
レイラは表示される数々の攻撃的な性能に赤椿が元は補給機であったなど冗談のように思えた。だが、束は大真面目である。
「いやいや、本当だって。そもそも、“騎士シリーズ”のコンセプトって単独での惑星間航行と未開惑星への先行調査機だからね。白と黒を未開惑星での障害排除、赤を補給ステーションとして、青は到達した惑星の分析をする。4機でそういうオペレーションをするために作ってたんだから」
束の言葉で、レイラと簪は改めて、本当にインフィニット・ストラトスが外宇宙への発展のために作られたのだと理解する。あまりに攻撃的な赤椿に対して、そのように言われてしまえば、射撃戦が得意に見える“青騎士”はなんとなく、索敵機としての名残が機体左右に浮遊するレドームとシールドを兼用するアンロックユニットから察することができる。
「それで、青騎士は元々のセンサー機能を活かした高機動射撃機って感じだね。形も他の12、3号機とは違って直線的でかっこいいでしょ?」
「……確かに」
「お、簪ちゃんはそういうの好きなんだねぇ」
「まぁ…好きです」
「ならよかった。これ、君にあげようって思ってたから」
唐突に、束が爆弾発言をかます。マコトとレイラは衝撃のあまり固まり、簪は束が何を言ったのか一瞬理解できなかった。
「……あの、それは、どういう」
「だから、この青騎士は簪ちゃん乗ること前提で作ってるんだよ。機体バランスとか打鉄二式参考にしてるんだよ?倉持の連中の低レベルな技術力を束さんがブラッシュアップした上でね」
簪は改めて青騎士のスペックを見る。主兵装は黒騎士と同じビーム・ライフルを持ち、テールバインダーには打ち切り式のMLRS。格闘戦兵装としてビームを加速し螺旋状に固定した上で槍を形成するビーム・ドリル・ランス“螺旋”。極め付けは大出力のメガ・ビーム・ランチャーと大剣が複合兵装となっている特殊武器“バルムンク”など、機体の詳細スペックなどが全て“理想的な打鉄二式”となっている。
もし、この世界の簪が打鉄二式を自ら作ろうと固執していれば、それはあまりにも屈辱的に映ったかもしれないが、この世界における更識簪は多少いい気持ちにはならなかったが、素直に束の技術力に感心してしまう。
「……束姉さん、その言い方はよくないよ」
「うっ、まぁ、それは…」
「束姉さん」
「ご、ごめん」
とはいえ、箒の代わりにマコトが束を叱り、束は簪に謝った。簪は束の技術が隔絶したものであるのは事実であるので、謝罪を受け取りつつも、なぜこれを簪に渡すのか聞くことにした。
「どうして、これを私に?」
「いや、今一番危ないの君だからね?」
「え」
何を言っているんだ、といった表情で束に言われ思わず簪は呆けてしまう。レイラもマコトも一体どういうことだと束に視線を向ける。
「だって、まーちゃん、あいつに目をつけられたでしょ」
「……そういえば」
ユグドラシルが倒される寸前に告げた戸山キララの名でマコトは固まってしまっていたが、そもそも、あの発言はマコトにターゲットが向いたことの証左であった。束はユグドラシルの言葉をしっかりと聞いていたため、そう察したのだ。
「つまり博士。これからアレは簪さんを狙うと?」
「わかんないよ?でも、どうにもアイツ、無駄に知識つけてるみたいだから、何してくるかわかんないんだよ。人間とは根本から思考回路違うし」
「改めてそう言われると、あたし、とんでもないものと戦ってたね」
「それを圧倒したマコトさんはすごいと思う」
「あ、ありがと」
隙あらばいちゃつき出す二人に束はこめかみがひくひくとしたが、今は大事な話の途中なので流す。
「ま、まぁ?そういうわけで、自分の身を守ってもらう&まーちゃんの足手まといにならないよう、簪ちゃんの専用機として青騎士は調整してるわけです」
「……ありがとうございます」
「簪ちゃんは礼言わなくていいよ。勝手にやってることだし」
「それでも、です」
「うーん、いい子すぎて困っちゃうな」
マコトのことを好きになるのだからむしろ、こうでなくてはと束は思ったが、事実勝手にやっていることなので、簪に感謝されなくてもいいと束は思った。何より、流石に束も打鉄二式の超高性能版をいきなり渡すのは若干気が引けた。もし束が打鉄二式のスタッフで同じことをされたら確実にキレている。
「それにしても、調整ということはもうできているのですか?」
「そうだよ。元々非戦闘用に作ってあったのを改造しただけだからね」
レイラからの質問に束はそのように答える。非戦闘用を戦闘用に作り替えたことは束としても不本意であったが、今は夢を続けるために力が必要だったからこうするしかなかった。
「……束姉さん」
「やだなぁ、まーちゃん。そんな顔しないでよ。戦いが終わったら元に戻せばいいし、ちょっとだけの間だよ」
「……だったら、こんな戦い、早く終わらせないと」
「マコト。焦ってはいけないですよ」
「わかってるよ、レイラ。でも、あたしは」
「ユグドラシルを討つ。そうすれば本当にこの戦いは終わります。前世のように、複雑ではない…シンプルなものです」
マコトとレイだけのわかる会話であった。前世の戦いとは違い、明確な“悪”がいて、それを討つのは明確な自らの“平和”を持つものたち。純粋な戦士として剣を持って、敵を討つ。マコトは兵器を作り出さざるえなかった束のためにも、ユグドラシルを討つことを誓う。
「……マコトさん。私も、手伝わせてほしい」
「簪さん……でも」
「大丈夫。私は、ずっと守られてるほど弱くないから」
そんなことは知っている、とマコトは思ったが口にはしない。そっか、と頷くだけにとどめる。一連の流れを束は見て、うんうんと頷いて「じゃあいいかな?」と懐から何かを取り出し、簪に差し出した。
束の手に乗っているのは橘の花を模した髪留めだった。
「これが青騎士の待機形態。簪ちゃん、君に託すよ。インフィニット・ストラトスを」
「………託されました。博士」
簪は躊躇なく、それを受け取る。ISではなく、インフィニット・ストラトス。宇宙を羽ばたくために生み出された翼は今しばらくの間だけ、その羽を失い、撃ち抜くためのものとして簪の手に委ねられた。
「……インフィニット・ストラトス4号機。愛称は青騎士。それが、君のもう一つの剣だよ、更識簪」
改めてその名を伝えられ、簪は髪留めをマコトとは逆の右側につける。
「さぁて、そんなわけで白騎士の話のついで簪ちゃんにこれを渡したので、あとは私が赤椿を調整して、箒ちゃんに渡せばいいかな」
「束姉さんも乗るんじゃないの?」
「いや、実を言うと束さんは8年前から使ってる子がいるからさ」
これね、と束が指を指したのはいつも頭につけているウサ耳型のヘッドギアだ。マコトはそれが簡易IS「時計兎」と知っていたので、簡易から装備を組まれたものになったのだろうと思った。
「博士の専用機ですか……凄まじそうですね」
「れーちゃん、気になる?」
「いいえ。好奇心は猫をも殺すと、日本では言うのでしょう。遠慮しておきます」
「うーん、賢明な判断で好きになっちゃうね。れーちゃんにもあげよっか?」
「世界が平和になったときにお願いします」
「オッケー」
冗談のつもりでレイラは言っているが、束は全く冗談ではなく、後にレイラはこのときの言葉を後悔することになるがそれはまた未来の話。
ペイルライダーはデザイン自体は好きです。