IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-3「世界の歪み」

 IS学園にやってきて一週間が経過していた。そんな朝。

 マコトは朝陽を浴びながら目を覚ます。彼女は太陽の光で目を覚ますのが好きだった。上体を起こして周囲を見れば、まだ室内にダンボールがまばらに残っている。それら全ては隣のベッドで未だ深い眠りの中にいる簪のものだった。

「……理由、聞けるといいんだけどな」

 困っている、マコトは簪に対してそう思っていた。だから何か力になれればと考えてしまう。それは彼女が彼だった頃から変わらない、ある種傲慢とも言える本質だった。

「ん〜〜〜〜、とにかく、起きよう」

 学園に来ても彼女の日課は変わらない。朝のランニングだ。幼い頃から続けたおかげで基礎体力は軍隊にいた頃にも劣っていないと自負できる。それこそ、モビルスーツに乗っても以前と同じパフォーマンスが発揮できるはずだ。そこまで彼女が鍛えているのはマコト自身の若干の勘違いのせいもあった。

 インフィニット・ストラトスには年齢制限がかけられており、それは公表される前から束自身がマコトに言っていたことだ。幼い体で乗ると成長に悪影響が出る。正確には鍛えられていないとインフィニット・ストラトス自体に振り回されて怪我をする、と言われていたからだ。

 実際、現在流通している量産機も、オリジナルコア搭載の機体も、一律14歳まで搭乗不可とされている。マコトはその理由も同じだろうと思い込んでいたが実際には違うことを昨日の授業で思い知った。

「それにしても、まさか搭乗制限がただの年齢制限だったなんて」

 今のISにある搭乗制限はただの年齢制限以外の何者でもなく、白騎士時代にあった肉体的なものが理由ではなくなっていた。

 これは単に白騎士の時点では搭乗者のことなど考慮していない……それこそ、ミサイル迎撃時に見せた超兵器としての力を出すことができる現行のISとは隔絶した性能を出すためにはその超出力に耐えられる超人的な肉体の持ち主でないといけなかったからだ。

 当然、最初期の開発では束と千冬しかテストパイロットがおらず、両者とも超人的な肉体の持ち主であったため問題はなかった。このISの兵器としての性能の誤解はコアが配られ、実際に各国で試作機が出てきてから表面化したものだ。

 白騎士並の性能を再現しようとして各国では最初の栄誉ある搭乗者を皆傷物にし、全ての国家の結論が「白騎士に乗っていたのはアンドロイド=人間じゃない」と結論づけた。そう結論づけるしかなかったのだ。

 千冬はそのことに若干傷ついていたが、正体を見破られる可能性が薄くなったため半分安心していた。

「映像とかで見てはいたけど、現行のISはあそこまでの性能はないってことか」

 白騎士のスペックシートは今でもマコトの記憶の中にある。確かに公表されている現行のISの性能と比較すれば、白騎士とでは戦いにならないようなものばかりだ。そもそも、大気圏内での限定的な運用しかできない現行ISと外宇宙への航行さえ前提とした白騎士とではもはやマシンとしてのモノが違いすぎるのだ。

 マコトの前世で言って仕舞えばヤキン・ドゥーエ以前のジンタイプとG兵器の隔絶した性能差に近い。

「これもいいのか悪いのか…」

 本来の目的から外れているため、製作者サイドであるマコトは悪いことだろうなぁと思うがそれを声高に言ったところで聞かれないのがオチだ。ひそひそと、今は学園のどこかに潜んでいるであろう束のように自分たちは自分たちのインフィニット・ストラトスで空を目指せばいい。

「(それにしても束姉さんはどこにいるのやら)」

 ランニング用の服装に着替え終わったマコトは簪を起こさないように部屋を出て、あのメッセージを送ってきた束がどこにいるのか考えた。未だ接触の兆候はなく、鬼教官モードを頑張っている千冬に聞くのも悪いのでマコトは全く手掛かりがなかった。

 会いたいかと聞かれれば会いたいと彼女は思っている。何せ、彼女の夢に共感しているし、色んなことも一緒に経験し、それに唯一自らの前世を語った相手でもある。

 千冬とともに、この世界の最初の戦友とも言えるかもしれない。

 なお、同時刻学園のどこかに潜んでいる兎は「それは違うよ!」と唐突に叫んだが現在の助手に引かれるだけでマコトには届かなかった。

 寮から出て校内を走り出せば少なくない生徒がランニングしているのが見えた。普通の学校と似た雰囲気だがやはりIS搭乗者を育成する学校だけあり、努力家が多いのだろう。実際に入学試験は難しく、倍率の高さもあり難関高校とIS学園は言われている。

 マコトが入れたのは素直にISそのものを深く知っていることと、前世のタッパがあるからだ。

「(ちょっとズルしてる気分になるな。しょうがないけど)」

 素直な彼女はそう思ってしまうが割り切る。

 しばらく校内を走っていると見知った顔が並んで走っているのを見つけた。

「箒、一夏!」

「む?あぁ、マコトか。おはよう」

「おっ、マコトも走ってんだな」

 箒と一夏もジャージ姿で走っており、マコトは二人の横に並んだ。一夏と箒は高身長でマコトと並ぶとマコトは幼く見えてしまう。それほどまでに差があった。

「うん。一夏たちもいつも通りって感じかな」

「そうだぜ。目が覚めるしな、走ると」

「あぁ。これで道場が借りられればな」

 箒は未だ剣道をやめていない。一夏もマコトも特別言うことはないが、特別保護プログラムで各地を転々とする間偽名を使用していても明らかに箒と思われる少女が各地の剣道大会を総なめしていることが噂として流れてきたからだ。

 弾は「間違いなく箒だろ」と断定し、面識のない鈴は「ナニモンなのよそいつ…」と慄いていた。

「まぁ、来週には部活の勧誘が始まるって山田先生言ってたし、すぐ剣道部入ればいいだろ」

「それもそうか」

 一夏の言葉に箒は同意する。一夏は真耶と仲がよくなったのか、よく話しているのを放課後に見る。単純に副寮母という真耶の立場もあるのだろうが、親しみやすい真耶と同じく親しみやすい一夏の相性はいいらしい。

 一夏が所帯染みていて、なんでも真耶の部屋に“害虫”が出たため、偶然通りかかった一夏がそれを駆除した上、潜んでいるものへの対策も徹底的にしたのも理由の一つだった。なお、真耶の部屋の隣室は千冬の部屋であり、話を聞いたマコトと箒は察した。

「で、今日は朝飯どうする?」

「焼き魚定食だな」

「おっ、いいちょいすだな箒。俺はサバ味噌で行こうと思う。昨日の晩飯で相川さんが食べてたけど旨そうだった」

「確かに、それも捨てがたい。マコトはどうするんだ?」

「うーん、あたしはパンとスープにしようかな」

 マコトの回答になんだそれはという顔を二人がする。が、マコトからすれば前世から向こう、パン食が根付いているので何がおかしいのかわからない。

「え、なんかおかしい?」

「おいおい、そんなんじゃ力つかないぞ」

「そうだぞ。確かにマコトがそれなりに鍛えているのはわかるが」

「二人とも脳筋すぎない?」

 前世のアカデミーや乗っていた艦であるミネルバにそんなことを言う者がいなかったのでマコトは正直に二人に思ったことを言ったが、一夏と箒は「失敬な」と口をそろえた。二人が脳筋気味なのはわかっていたがここまで進行していたのかとマコトはげんなりした。

「よしマコト。今日の飯は私たちと同じものにしよう。そうしよう」

「あぁ、名案だぜ箒」

「いや別にいいけどさ」

 和食が嫌いなわけではないため、マコトは二人の提案を了承する。

「あぁそうだ、定食といえば弾が新しいの開発したらから来てって」

「マジか!?楽しみだな」

「弾?弾と言うのは五反田のことか?」

「そうそう。箒が引っ越したあとだったけど、弾、学校行きながら修行してるんだよ。あたしもたまに試食してる」

「ほぅ、あいつが…私も行きたいな」

「いいんじゃない?弾も箒に会ったら喜ぶと思うよ」

「だといいな」

「試食といえば、鈴のほうも最近してんの?マコト」

「そっちもしてるよ。この前餡掛け炒飯の新作食べたけどおいしかったよ」

「鈴?」

 箒が鈴音の名前で首を傾げた。マコトと一夏はそうだったと思い箒に鈴のことを説明する。

「あー、そういや箒は知らなかったよな。箒と入れ替わりで鈴音ってやつが中国から来てさ」

「で、鈴音の両親もお店…中華料理屋してて、鈴音も次の店主になるために修行中ってわけ」

「そうなのか。二人の様子を見るに気持ちのいいやつなのだろう?その鈴音というのも」

「あぁ、竹割った感じでな」

「そうだね。鈴は」

「ふふ、会うのが楽しみだ。期待しておこう」

 箒が旧友と、新たな友への期待を膨らませる中、三人は気がつけば寮まで戻ってきていた。一夏が腕時計を見ればもういい時間で、そのままそれぞれの部屋に戻るのだった。

 

 

 

 午前午後の授業もつつなく終え、放課後のSHRの時間になっていた。

 いや、午前午後の授業も突然この学校に連れてこられてしまった一夏が「なんにもわかりません!」と堂々と応え千冬に「知ったかぶりをせずに言い切ったのは褒めてやるが来週末までに覚えろ」と膨大な量の宿題を渡されるという事件があった。

 ただ内容自体はただの書き写しのようなもので、千冬の姉としての優しさなのかもしれない。

 そんなことなど脳筋な一夏には理解できず現在のSHRでも意気消沈しており、隣の席の生徒が呪詛を吐きそうな一夏に若干引いていた。

「さて、SHRを始める…前に、おいそこの」

「はい!すいません!元気です!」

「よろしい。では気を取り直して、SHRだ」

 鬼モードをなんとか維持していると見られる千冬と、強引に再覚醒した一夏にマコトは吹き出しかけながらも、千冬の口から語られる連絡事項をメモしていく。教室全体がメモをとっている音で埋め尽くされており、どれだけ千冬の恐怖政治が効いているのか物語っていた。

「——なお、一年生寮の浴場については来週以降、消灯時間後に男子の時間も設けることとなった。この措置により男子生徒の消灯時間が延びる」

 男子生徒、といってもそれは一夏しかおらず、千冬は一夏をジロリと見る。

「ただし、だからといって入浴以外の行動をとれば即刻ここから出て行ってもらう。わかったか、織斑」

「はい!」

「よろしい。なお、他の女子ども、諸君らも織斑の入浴時間に動こうものならわかっているとは思うが」

『はい!外に出ません!』

「よろしい。わかってきたじゃないか、諸君。そうやって息を合わせてこれから三年間励むといい」

 1年1組の生徒のほとんどが千冬には完全に教官として接しているせいか、マコトには「はい」が「サー・イエスサー」に聞こえた。

「では最後の連絡事項だが、本学では毎年4月末に1年生の各クラス代表者によるISバトルが行われる。そのため、このクラスからも代表者を選出する必要がある」

 マコトはごくりと生唾を飲んでしまった。もうISによる模擬戦が行われるのかと。代表者のみとはいえ、一夏以外の生徒は試験でISに乗った以外、二ヶ月はISに乗れない。ここで立候補すれば誰よりも早くISに乗れるのだ。

 その特権は是が非でも欲しい。だからマコトは千冬が「誰か…」と声をかける前に手をあげていた。

「はい!あたし!やります!」

「飛鳥、いいやる気だ。他に、誰かいないのか?自他推薦は問わない。これから五分ほど時間を与える。周囲と話し合っても構わん。始め」

 千冬が号令をかければ教室ないは少女たちの声で騒がしくなる。マコトの周囲の生徒たちはマコトの立候補に驚いていた。

「飛鳥さんすごい!立候補するなんて!」

「そうかな?だって誰よりも早くISに乗れるんだよ?」

「うわ、すっごいやる気。でも確かにどうだよね」

 彼女に声をかけたのは相沢さやかという一つ前の席の少女だった。黒髪サイドテールで、小柄で人形のような愛らしさだった。

「相沢さんはやらないの?」

「うーん、どうだろ。まだそんなに強い気持ちはないかなって」

「そっか〜」

「それにしても、あのイギリスの人たちも立候補するのかな?」

 さやかの言葉に、マコトは教室の角に座っているセシリアたちを見る。彼女らはまるで子供のお遊戯会を見るような視線で眺めており、目を向けているマコトに微笑みという名の嘲笑を向けていた。

 セシリアの後ろにいるレイラは静かに目を閉じている。

「(レイ……)」

 確証はまだないが、静かな様がどうしてもかつての友に重なる。

 マコトはかぶりをふって、さやかに向き直った。

「どうだろうね。オルコットさんは専用機あるだろうし」

「そうだよね。ブルー・ティアーズだっけ。動画で見たんだけど、すごかったね〜」

「さやかさんも見たことあるんだ」

 ブルー・ティアーズ。イギリスの開発している第三世代ISと呼ばれる最新型の機体の一つで、その試作一号機を任されているのがここにいるセシリア・オルコットなのだ。テストパイロットを任されるということはそれ相応の実力があってのことだとマコトは勝手に思っている。

 肝心の動画が、射撃訓練の映像しかなく戦闘機動が確認できなかったせいもあった。

「(いやまぁ、最新鋭機なんて軍事機密だし、条約で対人戦闘での使用はできないっ言っても、モンドグロッソのはホロモゲーションモデルだからなぁ)」

「マコトさんはどこのISが好き?」

「え?どうだろう、あんまりこだわりはないかな」

 完成されたインフィニット・ストラトスを見たことがあるせいか、今のISにはあまり興味がないマコトであった。

「私はフランスのラファール・リヴァイヴかな」

「あぁ、あの」

 ラファール・リヴァイヴ。第二世代ISの完成形とも言われる汎用型ISで、オリジナルコア、量産機コア双方での稼働数が最多の機体だ。

 このラファールを開発したデュノア社のように、欧州の民間企業開発機の多さは目を見張るものがあり、未だ軍主体での運用に限られ民間でのIS普及はIS技術を利用した義足やアシスト機能に限っているアメリカや、そもそも発祥国なのに民間利用がほとんど許可されていない日本とはその技術力に大きな差が出てきてしまっている。

「他にはロシアのフランカーとか」

「最近出てきたシリーズだよね。ラファールを研究したっていう」

「そそ。なんだ、マコトさん詳しいんだね」

 さやかがこだわりがないと言っているわりに知っているマコトに「やっぱり好きなのあるんじゃないの」と悪戯っぽく笑った。好きなインフィニット・ストラトスがないと言えば嘘になってしまうが、その機体が白騎士などとは口が裂けても言えない。

「まぁ、一応ここにきてるわけだし」

「それもそっか」

 インフィニット・ストラトスの開発にほんの少しでも関わっていたものとして、今を見届ける必要があるためにマコトはしっかりと調べていたのだがそんなこと言えるわけがなかった。

「時間だ。さて、飛鳥以外に立候補と推薦はあるか」

 千冬の声に教室がシンっと静まり返る。静謐な空間となった中で、最初に手を挙げたのは教室の真ん中の後ろに座っている布ノ仏本音という生徒だった。明らかに袖のサイズが合っておらず、いわゆる「萌え袖」の彼女は「はぁ〜い!」とどこか抜けた明るい声を出しながら立った。

「私は、おりむーを推薦しま〜す」

「お、俺!?」

 ガタッと音を立てて一夏が立ち上がる。まさかISに一秒も乗ったことがない一夏が推薦されるとは思ってなかったのだ。本音の推薦に、マコトが千冬を見れば明らかに不可解だ、という表情を浮かべていることに気が付く。

「一応理由を聞くが、何故だ?」

「えーっと、みんなで話したんですけど、おりむーは急にここにきちゃったから、ISのこと何もわからないだろうし、先に触れられた方がいいんじゃないかって」

「なるほど、一理ある。実際に乗った方が理解が深まる生徒もいるからな」

 完全な善意からの推薦だったようで、マコトもほっとすると同時にこのクラスあまりにいい子が多すぎると感じた。もう少しIS搭乗者の養成学校なら差別があってもおかしくないはずなのに、このクラスの生徒のほとんどが一夏に嫌悪感を持っていない。

 かつてのナチュラルとコーディネイターでないにせよ、浅くない溝が今の世界にはあるはずだった。

「みんな…すまない…!先生!俺、やりたいです!」

「加えて、自推薦か。他にいないか?ならこのままこの場で飛鳥と織斑のジャンケンで——」

「お待ちください!」

 弟のことで気が緩んで若干素が出かけていた千冬を再度鬼モードに戻したのは今までただクラスを見ているだけだったセシリアだった。スッと席を立ったセシリアに全員の目が向けられる。彼女の後ろに座るレイラは「何をしてるんですか」と言わんばかりにちょっとオロオロとしていた。

「クラス代表と言えば、このまま一年間、このクラスの委員長も兼任するのでしょう?そうではなくて、織斑教諭」

「オルコットの言う通り、クラス委員長も兼任する。といってもこれは毎年決まってから言うのが通例だったんだがな」

「…ですから、そんな大役をただのお節介で決めていいものですか?」

 セシリアの言い分に、全員がなんとも微妙な顔をする。これはセシリアと今このクラスにいる生徒たちの認識の差異によるものだった。クラス委員長という立場など、一般の中学出身者がほとんどのこのクラスでは別に誰がやっても変わらない、いわば雑用に近い役割だだと思われている。

 対して、セシリアはまさにその意味通り「クラスの代表者」つまりは「リーダー」と思っている。であるのならば、皆の規範になれるべきものがやるべきだろう。マコトがそれに値するかはこの僅かな時間でもセシリアはわかると思っている。完全にISをただの遊園地のアトラクション程度にしか思っていない。セシリアはマコトの先程の立候補をそう判断した。

「セシリア、落ち着いて。織斑教諭の言う通り、一理ある話ではありませんか」

「まぁレイラ、あなたがそんなことを言うなど、どうしたのですか」

 セシリアと行動をともにしているレイラから出た意外な言葉にクラス中が驚いた。どこか1組全体を見下しているきらいがあるセシリアと四六時中、それこそルームメイトなので本当に一日中一緒にいるレイラも、セシリアと同じだろうと思われていたからだ。

「軍でも、足りないものには倍の訓練を課すものです。本人が諦めなければいずれ、技術は向上します。幸いにも彼は成り行きで来たのにも関わらずやる気があります」

 本当はレイラの言うほどやる気もなく、なっちゃったもんはしょうがない、知り合いもいるし、姉もいるしでやるしかないか、というさほど何かの決意があったわけでもなく一夏のどこか楽観的ながらやるからにはやるという信条があるおかげなのだが、レイラにそんなことはわからなかった。

「えっと、デュランダルさんだっけ?いいこと言うじゃん」

「レイ…レイラで結構です。織斑さん」

 容易く名前呼びを許したレイラに、セシリアは眉をひそめた。日本では苗字で呼び合うのが他人との距離感だと思っていたからだ。

「妙に肩を持つではありませんか、レイラ」

「彼のような単純な人は嫌いではないのですよ」

「それ…褒められてるのか…?」

 クラス中がくすくすと笑いに包まれる。一瞬詰まっていた空気は和やかなものに戻りつつあった。

「フッ…オルコット、まだ異存はあるか」

「……えぇ、えぇ!もちろんですわ!織斑一夏!」

「なんだ!」

「くっ…調子の狂う!決闘ですわ!由緒正しきデュランダル家令嬢を誑かしたあなたに、決闘を申し込みますわ!」

 このとき、セシリア以外のクラス全員が同じことを思った「何を言っているんだこの金髪ドリルは」と。

「決闘」

「そう、決闘です!」

「手袋を投げると決闘の合図、なんて言いますね」

 真耶がそんな豆知識を披露するとクラス中からへぇ〜と声があがった。千冬もふむふむと素が出ていた。マコトはもう千冬が面倒くさくなってきているなと感づいた。

「正確には左手の手袋を投げ、それを拾うと合図ですね」

「レイラ!解説しなくともよろしい!あいにく、今は手袋をつけていませんが代わりに言葉をあなたに投げさせて頂きます。さぁ、織斑一夏、お受けになりなさい!」

 もはや入学初日からあった「なんかエリート気取りのイギリスの貴族っぽい人」というセシリアの印象がちょっと面白い人になってきていることにセシリアは気がついていない。レイラがわりと普通っぽいとクラス中に知れ渡ったのも大きかった。

 一夏の返答はわざわざ制服のポケットから何かを取り出してのものだった。

「……それは?」

「軍手だが」

「なぜそんなものがポケットに」

「いやここに来たとき、ルームメイトの荷物が多くてさ」

「そうなのですね…って違う!何故今そんなものをわざわざ——」

 セシリアの見事なツッコミに合わせて、一夏は…手に持っていた丸めた軍手を見事なコントロールでセシリアの足元に投げつけた。その行為の意味はついさきほど真耶の解説でクラス全員が知っていた。

「……な、なな、貴方なにを」

「決闘、するんだろ。だからそっちのに合わせたんだよ。日本には郷に入っては郷に従えってことわざがあるんだ」

「無礼な!」

「いや決闘しかけたのはセシリアが先では」

「レイラっ!」

「わかった。黙る」

 もはやコントの様相を呈してきたが、全員面白がっているので誰も止めない。マコトも立候補したことを忘れ去られている気がするが止めなかった。中学生時代のクラスでの馬鹿騒ぎを思い出してしまっていた。

「そもそもっ、投げるなら左手だけ!レイラも言っていたでしょう!?全部投げてどうするのです!?」

「えっ!?怒ってるのそっち!?」

「それもありますが!そもそも、貴族である私に平民から決闘を挑まれるなど!しかも、令嬢をたぶらかしたうえでっ!」

「たぶらかしたの……箒、そうなのか?」

「あぁ」

「ほらみなさい!そちらの篠ノ之さんも仰っているではないですか」

 くくっ、と箒は笑っている。明らかに箒も引っ越し前のことを思い出したらしい。生真面目だが決して冗談を言わないわけではない。それが箒だった。マコトは面白くなってきたので自分でも立候補したことを忘れそうになる。

「箒ぃ!」

「そこまでだ。オルコット、織斑」

 流石にこれ以上は時間がかかりすぎると判断した千冬が二人を止める。マコトも姿勢を正して、千冬のほうを向いた。

「さて、これ以上は待たない。よって、候補者は飛鳥、織斑、オルコットの三名となった」

 そこは忘れていなかったのかとマコトは苦笑いだった。

「こうなってしまっては多数決では気持ちのおさまりもつかないだろう」

 特にオルコット、と言外に千冬は言いつつ真耶のほうを見た。

「山田先生。アリーナの使用可能な時間は直近でいつですか」

「え!?えぇっと……来週土曜日は1日第三アリーナが空いてます」

「押さえてください。今すぐ」

「は、はいっ!」

 クラスないがざわめき、マコトとセシリアがまさか、と声を合わせた。

「そうだ。決闘したいのだろう?いいだろう。特例で私闘を認めよう。ただし、IS学園らしくIS同士でな」

「マジかよ千冬姉」

 ガゴッ、と鈍い音が教卓の前から鳴り、気がつけば一夏が煙を吹きながら机上に伏していた。セシリアはなまじ動体視力がいいせいか何が起きたのか正確に理解してがちがちと震えていた。

「先生、あの、あたしは別に決闘は」

 一方マコトは見慣れているので特に気にせず発言し、セシリアが信じられない目をしてマコトを見た。

「ちょ、ちょっとお待ちを!い、いま、織斑さんが殴られて死——」

「飛鳥。貴様は確かそこの首席と実技では同点だっただろう?いい機会だ、首席同士の戦いをクラスに見せてみろ」

 おおっと、クラス中がマコトの実技の成績に驚く。実技、それは入試の際行われた教員との模擬戦等で、首席であるセシリアの点数は満点。つまりは元代表候補生や国家代表クラスがひしめく教員の誰かに撃墜判定を下しているのだ。

 それと同点。マコトもつまりは教員を撃墜している。

 マコトは千冬にISが戦闘兵器として使われるのは嫌だったのでは、と言いたかったが、千冬からすればまだ競技の中での戦いは剣道などの延長線上という認識でしかなかった。彼女が本気で嫌なのは非正規戦で使用されているISの姿だ。

 そうとは知らないマコトはため息をつきながらも、ここまで言われてしまえば受けるしかなかった。

「わかりました。やります。みんなのお手本になれるかはわかりませんけど」

 拍手に包まれる教室。マコトはちょっと照れ臭そうに笑った。

「いえおかしいですわよ!?」

「何がだ?」

「だって織斑さんが明らかに殴殺され…ってえぇぇええっ!?」

 いつの間にか復帰して一夏は拍手してセシリアの様子に首を傾げていた。セシリアはマコトが自身と同じく教師を撃墜していたという驚きなど簡単に上書きされ幽霊でもみるかのように一夏を見ていた。

「お、織斑さん、死んだはずでは」

「いや生きてるし。いつものことだよ」

「いつものこと!?」

「あぁいつものことだな。それは私とマコトが保証しよう。オルコット」

「……crazy……」

 箒の肯定にセシリアは席に力なく着いた。レイラはそんなセシリアに「大丈夫。私は気にしない」と言っていた。マコトはもうほぼ確信した。絶対レイラはレイだと。真面目くさっていて、ちゃんと仲良くなっていくと彼は意外とボケるのだ。箒とは似ている。

「織斑先生。予約取れましたよ」

「ありがとうございます。では来週土曜の午前9時より、3名による乱取りを…あぁ、わかりやすく言うと同時に3名で戦うこととし、勝ち残ったものをクラス代表とする。いいな?」

「はい」

「臨むところだぜ」

「…わかりました」

 三者三様の返事を聞き届け「それでは本日はこれにて解散。日直、号令」と何事もなかったかのように千冬はSHRを締め、挨拶のあと真耶を伴って教室を出る。去り際「あぁ、そうだ今の3名は明日からアリーナの使用を特例として許可する。練習に使用してよし」と告げ、今度こそ去っていった。

「うっし、じゃあ飯食いに行くか」

「あぁ。マコト、行こう」

「了解」

 さすが姉弟とでも言うべきか、一夏も何事もなかったかのようにそう言って、クラスも何事もなかったかのように放課後の喧騒に包まれる。そんな中、セシリアは完全に意気消沈していた。

「私がおかしいのでしょうか」

「気にしないほうがいいですよ、セシリア」

「レイラ…あなたも…あちら側なのですか」

「郷に入っては郷に従え、いい言葉ですよね」

「やはり誑かされているのでは?」

 セシリアの言葉に首をぶんぶんと横にふるレイラは茶目っ気があり、周りの生徒も認識を変えたのか話しかけ始めていた。ついでにセシリアもセットで連れ出されていき、マコトたちは何故だか安心を覚えた。

「これで、あいつらもクラスになじめっかな」

「だといいな。一皮剥けばあの通り、私たちと変わらなかったわけだ」

「二人ともわかってたの?」

「いいや」

「流れに身を任せただけだ」

「あ、そう」

 マコトはもう少し二人とも頭が良かったはずだが、と天井を仰いだがひとまず丸く収まったのでよしとした。

「(何はともあれ、レイラ…いや、レイなのか確かめないと)」

 本当にそうする必要があるのかマコトはちょっと疑問に思った。あの様子では今のマコトのように現在の生活に馴染んでいるし、今更あの世界のことを話して何をしようというのか。傷を舐め合うのか。

「(いや、寂しいのかな)」

 どれだけ飛鳥マコトになっても、彼女はシン・アスカと地続きなのだ。彼女の中のシン・アスカがどうしても孤独を訴えかけてくる。

「ま、今はいっか」

 だがそれはすぐじゃなくてもいい。マコトはそう思いながら、一夏たちの後に続いて食堂へと向かうのだった。

 

 

 

「ってことがあったんですよ、簪さん」

「そう」

「4組の代表は誰になったんですか?」

「わたし」

「そうなんだ!」

 その日の晩、眠る前に恒例となった一方的に簪へと行われるコミュニケーションをマコトは行っていた。なんだかんだで、簪も彼女の話に反応はしていた。

「じゃあ代表選では戦うこともあるかもしれないんですね」

「……まだ決まっていないんでしょう」

「ううん。あたし、勝つから」

 簪はその自身はどこから湧くんだ、とこれまでは見もしないマコトのほうへと寝返りを打って向く。

「ッ………」

「だってあたしは、強くならなくちゃいけないから」

 そう言って天井へ手を伸ばすマコトの顔は…ひどく好戦的な笑みを浮かべて、赤い瞳を闘争の炎に輝かせていた。

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