IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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#phase-45「リビングデッド・マザー(後編)」

 箱舟のアパレル店が集まるフロアにやってきたマコトたちはこの後の予定もあるため、早速水着選びに入っていた。もとより、二人はあまりウィンドウショッピングをせずに目的物をすぐに買う癖があるので、フロアに着いてすぐ、水着を見始めていた。

「うーん、ビキニとかは流石になぁ」

「マコトさん、鍛えてるから似合うとは思うよ?」

「でもこういうの、束さんとかの方が似合うと思うんだよね」

 赤のビキニを見ながら、マコトはそのように言うが簪はマコトの体つきは引き締まっているとはいえそれなりに出ているところは出ている。この赤ビキニをつけた彼女を想像して、簪は「アリじゃないか」と思った。

 ただ、自身とのデート中に束の名前が出るのは少し嫌だったので、簪は他のマコトに似合いそうな水着を探すことにした。

「(マコトさんは似合わない、って言うけどビキニ、合うと思うんだよね。だから、こういう紐っぽいのは避けて…)」

 簪にとって、誰かの水着を選ぶというのは初めてだった。まだ、姉との仲が疎遠になっていない頃も水着は母親が選んで、姉共々着せ替えショーをしていた。

「(……夏は、お母さんたちと一緒にこうやって、お店に来てたんだよね)」

 もう来ることのない夏は新しい夏に塗り替えられていく。隣にいる少女が、これからの夏を一緒に迎えてくれる人になってくれたらと簪は考えてしまう。

「あ…これなんか、どうかな」

「どれどれ?」

 簪の目についたのは先ほどマコトが手にとっていた赤のビキニより、明度の落ちた濃い赤色のホルターネックのビキニであった。通常のビキニよりは落ち着いていて、赤色も派手派手しさは全く感じさせない。

「悪くないかも。ただ、ちょっと大人っぽくない?」

「大丈夫だと思う。マコトさんは、普段から大人っぽいから」

「そう?」

「うん。そう見える」

 実年齢を考えれば二十代後半どころか、三十代だとマコトはふと前世からの年齢を考えてしまうが、そんなことはないんじゃないか、とも思う。実際のところ、幼い頃は年齢相応に悪ふざけもしていたり、飛鳥マコトとしての年齢は前世とは切り離されている。

 ただ、簪が似合うと言って選んでくれたものを無碍にするのも、と思ったのでマコトは一度試着してみることにした。

「…じゃあ、試着してみよっかな」

「ありがと」

 微笑む簪に、以前鈴音や妹と買いに行った際はこんな反応をされた覚えがなく、少し不思議に思いつつもマコトは簪から水着を受け取り、店員を呼ぶ。試着室に案内されると、何故か簪もついてきた。

「あれ、簪さんも水着選びは」

「まずはマコトさんのを決めたい」

「そ、そうなんだ。いいけど」

 心なし、興奮しているように見える簪にマコトは若干引きつつも、試着室に入り手際良く服を脱いで水着を身につける。前世の癖か、衣服を脱ぐのは素早かった。試着室の中で鏡の中にうつる自身に、マコトはほんの僅かに驚く。そこには、黒髪の夏だからと少し背伸びをした少女がいた。

 自身の容姿を改めてマコトは客観的に見る。前世で男性だった影響かはわからないが、マコトは鏡を見ていると自身の姿を別人のように感じることがある。

「(可愛い、というか綺麗系、なのかな。確かに、簪さんの言う通りかもしれない)」

 身につけたことで、何かが破綻しているようには見えず、マコトは弾あたりに見せたら面白い反応をしそうだなと思った。そして、鈴音がそれにツッコミを入れる。

「(また、みんなでプールとか行きたいな)」

 前世では享受できなかった長い平和。それがマコトの、今世における宝物の一つだ。これからも、きっとそれは増えていく。この水着もまた、そんな思い出の一つになるかもしれないと考えた。

「簪さん、どうかな」

 問題ないだろうと判断して、マコトは鏡に背を向けて、試着室のカーテンを開けた。すると、簪がマコトの姿を見た瞬間固まった。

「————」

「え、えっと、簪さん?どうしたの?へ、変かな」

「そんなことない。すごく、すごく、綺麗」

 簪の目に映るマコトの水着姿は直視するのが辛いほどに美しく、似合っていた。けれども、好きな人の綺麗な姿を見たいという欲求が、簪の理性を上回る。強く、可愛く、美しく、まるで物語から飛び出してきたかのような彼女に、更識簪は恋をしているのだ。

 そのことを簪は改めて自覚する。

「(どうしよう、すっごく、のぼせそう)」

 燃えるように体が熱く、簪はこんな感情になったのは初めてだった。

「簪さん?大丈夫?顔すっごく赤いよ」

「大丈夫、問題ない。私も水着を選ぶ」

「そ、そう?それじゃあ、先にこれ、お会計するから、ちょっと待っててね」

「うん」

 マコトが試着室に戻り、簪は大きくため息をつく。これ以上の直視は危険だった。

「(さて…私の水着はどうしよう)」

 一先ず、マコトの水着選びが終わり、簪は自身のものをどうするか、と売り場に戻るがそんな彼女に声をかけるものがいた。

「お客様」

「ひゃいっ!?」

 ショップの店員に声をかけられた簪は久しぶりに感じる人見知り故の緊張感に晒され、声が上擦った。店員は「失礼しました」と言いつつ、簪の横に並んだ。

「もしよろしければ、お手伝いさせて頂いても」

「え、えぇっと、ぅ、そのぉ」

「大丈夫です。彼女さんに似合うって言ってもらえるもの、バッチリ選んであげます」

「か、かのじょっ……!?」

 サムズアップして自信満々な店員に簪は押し切られる。女性同士のカップルが珍しくないせいか、店員は簪とマコトの初々しい様子を既に付き合っているものと判断したらしい。簪はそのまま、店員に言われるがままに水着を選び、マコトが会計を済ませた頃には試着に入っていた。

 そうして、簪と合流するために戻ってきたマコトは店員に声をかけられた。

「お連れ様のコーディネイトをさせていただきましたが、ご覧になられますか?」

「え?そうなんですか?もちろん」

 妙に鼻息の荒い店員に驚きつつも、マコトは試着室の前までやってくる。そうして、店員が容赦無くカーテンを開けると、そこにいたのは普段見慣れたルームメイトではなく——水着を身につけた、美少女だった。

「ぅえ、ま、マコトさん、ど、どうかな」

「……………」

 簪が身につけているのはオフショルダーの水着であった。シンプルで、主張しすぎない水色の生地と同系色の薄い花柄が簪の気質によく合っていた。代表候補生である以上、ひきこもりがちでも美容には気を使わざるえないため、しっかりと手入れをされた肌は綺麗で、マコトは見事に見惚れていた。

「ま、マコトさん、その、そんなにじっと見つめられると」

「ご、ごめん。その、すっごく、可愛かったから」

「か、かわっ…!?」

 固まる二人をよそに、店員は影の中に消えるように温かい目をしながらその場から離れていく。試着室の前に残された二人はそのまま数分、互いに見合ったり、目をそらしてしまった。

 その後、無事水着を購入した簪はしばらく言葉が出ず、マコトの後ろを雛鳥のようについてくるだけになった。マコトも妙な高鳴りを覚えつつも、箱舟を後にする。向かう先は本日最後の目的地である倉持技研、バビロン島だ。

「(……美少女が二人……ハッ!いや、片方恋敵!)」

 そんな二人を束も追いかける。マコトと簪が可愛らしかったのに加え、妙な尊さを覚えてしまっていた束はただ見守ることしかできなかった。いけない、と焦りを覚えながらも彼女は箱舟からマコトたちに続いて出ていくのであった。

 

 

 

 箱舟から更にバスでアクアラインを通り、到達したバビロン島はマコトたちが普段生活する学園島“カグラ”とは空気が違っていた。まるでビジネス街と工業地帯を混ぜたかのような様相を呈しており、街中には人気がそれほどない。

 バスで直接倉持技研の前まで乗り付けたマコトと簪は入り口で入所証明を受け取ると、事前に言い渡されていた格納庫へと向かうために中に踏み入った。

「ここが倉持技研…」

「そう。私の打鉄二式の開発母体で…織斑くんの、白式の開発元…ってされてる」

「今更だけど、束姉さんどうやってここに潜り込んだんだろう」

「そうだね…警備は更識の手が入ってるはずなんだけど」

 正門から見た倉持技研は敷地内に社屋のビルがあり、あとは工場が多数見える。なにも、倉持技研はISだけが自社商品ではないため、様々な研究施設や生産施設を備えていた。途中で工場付近を通るためか、マコトたちは正門の警備室からヘルメットを手渡され、被る。

「それで格納庫って、どこにあるんだろう」

「知ってる。ついてきてほしい」

「ありがと、簪さん。ついていくね」

 目的の格納庫は倉持技研の敷地内ではそれなりに奥地にあり、途中途中で、マコトは社会科見学のような気分になる。EOSの動作試験をしている研究所や、何かの機材を組み立てている工場、中には車両の分解をしているところも見受けられた。前世で深く関わったアーモリーワンの工廠エリアとはまた違った趣があり、新鮮だった。

「すごいね、こんなに色んなものを手掛けてるんだね」

「元々、IS以前から先進的な技術を先取りしてる。バビロン島とかカグラ島を作るときに、ここが作ったEOSが活躍してる」

「そうなんだ」

 確かな実績と技術力。それを感じて、マコトはこの企業が作る打鉄の性能に納得する。学園に来てからお世話になっている機体であり、その素直さには助けられてきた。実際に、ここに来るキッカケとなったタッグマッチの事件でも搭乗していたのは打鉄で、暴走するオニールのフリカアトラと互角に渡り合えたのも素直な操作性ゆえだ。

 お礼を言わなくちゃな、とマコトは思った。

 そのまま、しばらく歩き続け二人は指定された格納庫の前にたどり着く。格納庫が並ぶエリアで、周囲に明らかに重装備をした警備員が巡回していることから、軍事兵器を取り扱う区画であることがわかる。

「ここは、やっぱりそういうところなの?」

「ISをはじめとした兵器の格納庫。ここの裏に、演習用の施設がある」

「なるほどね。どおりで」

 納得しながらも、マコトは簪に先導されて指定されいている格納庫へと足を踏み入れる。中に入ると、そこにはいくつかのIS用ハンガーが見受けられ、見慣れた打鉄が何機も駐機されている。そのうち、一つに見慣れらない打鉄によく似た機体があった。

「あれが…」

 簪の歩みが早くなり、その機体の前へと進ませる。そこにあるのは、ようやく完成した打鉄二式であった。未完成状態とは見違えた姿であり、以前は搭載されていなかった一対のアンロックユニットには打鉄二式を第三世代機たらしめるマルチロック・ミサイルランチャー・システム、MLRSと高出力の過電粒子砲が搭載され、腰部後方に展開されるスラスターユニットや脚部に見えるスラスター類から明らかに原型機とは違うとわかる。

「これが、簪さんの新しい機体なんだね」

「うん。長かった…前は未完成で、ひどいめに遭ったし」

「あはは…あれはまぁ、事故のようなものでしょ」

「そうだけどね」

 同時に、その事故が簪の運命を大きく変えた。まさに、打鉄二式は簪の人生を変えた機体といえるだろう。

「それで、ここで約束してるのって」

「この機体の担当をしてる、倉持の副社長さん」

「そうなんだ。まだ来てないのかな」

 約束の相手はまだ来ていないのか、姿を見せていない。どうしたものかと二人が考えていると、遅れて格納庫の入り口が開いた。

「あ、来た」

 入ってきたのは長い黒髪のビジネススーツに身を包んだ女性だった。二人の姿を認めると、女性は微笑んで「こんにちは」と挨拶してくる。

「こんにちは、副所長」

「えぇ、休みの日に悪いですね」

「いいえ」

 何故か、少し距離をおいて止まった副所長は簪にそう詫びて、マコトへと視線を写した。紫色の瞳がマコトを品定めするように見る。ここに来たのはマコトをスカウトするためであり、当然の視線といえた。

「あの、初めまして、あたしは飛鳥マコトと言います」

「えぇ、はじめまして。飛鳥さん。私は倉持佳子。ここの副所長をしています。今日はこんなところまで来てもらって、ありがとうございます」

「いいえ。いつも、倉持技研さんのISにはお世話になっていますので」

「あら、本当ですか。それは嬉しいです」

 マコトは対外的な言葉遣いをしながら彼女に歩み寄る。目上の相手となれば、そうするべきだと思った。副所長に近づくにつれて、マコトはふと気になった。簪の香水の匂いが消えないのだ。簪の香水の匂いはかなり仄かなもので、近くにいれば香りがするものであった。それが何故か、簪から離れても持続する。

「……どうかしましたか?」

 歩みを止めたマコトに副所長が首を傾げる。マコトは「いいえ」と不思議に思いつつも、もう一歩、彼女に近づいた。

 香りがまた、強くなる。

「あの、失礼ですけど、副所長さんも、簪さんと同じ香水をつけているんですか?」

 その質問は、場の空気を急激に変えた。

「そんなの、ありえないっ!」

 突然、簪が聞いたこともないような絶叫をした。マコトはあまりの声に驚いて飛び上がったかのように振り向く。

「か、簪さん!?」

「だって、この香水は更識家の人しか持ってない、それに、この香りは、香りは!」

「失敗だったわね。つい癖でつけてしまったのがよくなかったわ」

「え——ぐっ!?」

 気づいたときには遅く、マコトは突如背後から強烈な衝撃を受けてこの人生で初めて気絶する。マコトを気絶させたのは微笑みを崩さない、倉持技研副所長だった。

 簪は動けない。否、動こうとしない。同じ香水を持つものはこの世にもう、簪と楯無を含めて二人しかいない。何故ならば、それは本来消さなくてはならない先代更識楯無の存在した痕跡であるために。その匂いが目の前の、知っているはずの人間からしている。加えて、今のマコトを気絶させた動きは簪も可能なものだ。

 ただし、その精度と速度が桁違い…更識流の暗殺術の一つであり、加減すれば今のように対象を無力化できる強烈な手刀だ。

「久しぶりね——簪ちゃん」

「——え」

 バリ、と倉持技研副所長の顔面が脱ぎ捨てられる。カツラも落ち、そこにあったのはとうに失われたはずの、見ることができなくなったはずの、簪が、楯無との仲を決定づけたもの。

「どう、して、だって、だって、あのとき」

「ふふ。そうよ、私は死んだわ。間違いなく。刀奈ちゃんに看取られて」

 その名を知っている。それが、間違いのないことだと、目の前に現れた女性の正体を決定づけさせる。

 楯無と、簪の瞳によく似た赤い瞳。されども、髪色は黒く、楯無とも簪とも似ているようで似ていない、穏やかな顔つき。だが、その技の冴は当代の楯無とは比較にならない“工作員”としては最強とされた人物。

「おかあ、さん」

「そうよ、私はここにいるわよ、簪ちゃん」

 死んだはずの、簪の母親であり先代の楯無——更識柑奈がマコトを抱えて、簪の前に立っていた。

 パニックになる思考の中で、簪はなぜ死んだ母がここにいて、なぜマコトを襲ったのか、全くもって理解ができない。体が固まって、行動を起こせない。その様子を見て、柑奈は満足そうに微笑む。

「いい子よ、簪ちゃん。そのまま動かないでね」

「あぁ、あっ……」

 声も出せない。意識のないマコトを引きずりながら、柑奈は簪のほうへと歩み寄ってくる。今の柑奈は仕事人としてそこにいる。だから簪は動かなくてはならない。でなければ、もうマコトとは会えなくなる。

「(なんで、どうして、お母さんは死んだのに、マコトさんを襲って、こっちに、きて、だめ、お母さんとすれちがったら、すれちがったら、私は)」

 柑奈の右手が開かれる。僅かにキラりと反射する糸状のもの。それを認識してしまえば、もう助からないことを簪は知っている。断末魔も、悲鳴も、走馬灯も、最期に愛する人の名前を呼ぶことができずに、更識簪はただの肉塊に成り果てる。

「(わた、し、はこんな、ところでっ)」

「させるもんかぁ!」

「ッ!?」

 そんな、窮地に格納庫の天井が破られ、突入してきたものがいた。柑奈がマコトを持ったまま素早く簪から飛び退き、簪の前には赤い騎士が降り立つ。まるでそれは再現だった。サイレント・ゼフィルスに撃たれそうになったときと全く同じ。

「博士……!?」

「簪ちゃん、無事!?おいお前ェ!私のマコトに何をしてんだよっ!」

 現れたのは赤椿を纏った束だった。片手に専用の刀を装備し、簪の前に立つ束は箒とよく似た鬼神の如き威圧感を持って柑奈に相対する。束の登場に柑奈は邪魔が入ったわね、と少し顔を歪めつつも、余裕は崩さずに対応する。

「あなたが篠ノ之束ね。初めまして、私は更識柑奈。ユグドラシルちゃんの遣い、といえばわかるかしら」

「お前が…アイツのッ」

「ふふ。娘が世話になっているようね。せっかくだし、お礼をさせてもらえないかしら」

「お前、さっきその娘を殺そうとしていただろっ!」

「そうね。でも、それが今の“私”なのよ。更識家の当主ではなく、ユグドラシルという化け物に作られた紛い物。“更識柑奈”の人格と記憶を再現された存在。だから、正確には娘、とは言えないかもしれないわね」

「なにを、いってるの、お母さん」

 目の前にいるのは間違いなく母親であるのに、柑奈の言葉をそのまま信じるのであれば彼女は本人ではなく、本人の写身のような存在だ。

「簪ちゃん。理解する必要はないわ。知っているでしょう?目撃者に口はないのだから」

 飛ばされる殺気。簪は気を失いそうになる。母親が、大好きな母親が、どうしてこんなことをしてくるのか、簪の脳は理解を拒む。ただ、現実として、柑奈はマコトを拐おうとし、簪を殺そうとしている。

「しっかりしろっ!恋敵!」

「ッ!」

「そんなんじゃ!私がまーちゃんをとっちゃうぞ!」

「…ぁ」

 辛い現実は強引に束が認識させる。

「この子、あなたにも愛されているのね。モテモテじゃない」

「当然っ!その人は私の“運命”を変えてくれたんだからっ!」

「だったら尚更……奪い返せるかしら?この私から」

 柑奈が動く。マコトを抱えたまま、信じられないような速度の跳躍を果たす。一瞬で二人の背後に回った柑奈は打鉄二式の上に立っていた。

「強制解除♪」

 そして、本来であれば簪しか乗れないはずの打鉄二式を柑奈が纏う。愛機が奪われ、愛する人も奪われようとされている。簪はどうすればいいのかわからない。わからないが、先ほどの束の言葉が強引にでも突き動かす。

「——青、騎士!」

 簪を射抜こうとした荷電粒子は既のところで展開された青騎士のバリアが防いだ。簪の姿は様変わりする。赤椿と並び、まるで銃士のように青の鎧を纏い、簪は史上4人目のインフィニット・ストラトス起動者としてここに顕現した。

「あら、流石にこれは想定外。けれど、逃げさせてもらうわよ」

 柑奈はマコトを抱えたまま、瞬時加速で強引に打鉄二式のハンガーを引きちぎり、束が開けた天井の穴から脱出する。当然、そのまま逃すことなどありえず、束と簪は追撃にうつった。

 格納庫から飛び出した瞬間、二人にはけたたましいアラートが届く。先に飛翔した柑奈が打鉄二式のMLRSのミサイルを全弾発射していた。これを迎撃させて逃げるつもりだと踏んだ束は止まらない。

「簪ちゃん援護!突っ込む!」

「わ、わかりましたっ!」

 赤椿の装甲が稼働し、背部のスラスターベーンが全て展開、束の強靭な肉体ゆえに全ての制限が取り払われている赤椿はまるで瞬間移動したかのように打鉄二式を追い越して、頭上をとった。

「早いわね」

「まーちゃんを返せぇ!」

「はいどうぞ」

「ッ!?」

 斬りかかる束に、柑奈は言葉に答えてマコトを束に投げつけた。衝突すれば生身のマコトはシールドバリアに弾かれ即死する。束はとっさに、空を蹴って跳躍し、マコトを回避するが、そうしてしまえばマコトは地に落ちる。

「まーちゃん!」

「余所見をしていていいの?」

「邪魔すんな!」

 薙刀“夢幻”を展開した柑奈が遠目の間合いから束に斬りかかる。束は付き合っていられないとバックステップを踏みながら、右手に持った刀を振り抜く。すると、その太刀筋からエネルギーが発生し、斬撃が飛翔した。

「えいっ」

 が、その初見殺しとでもいうべき一撃は容易くいなされる。弾かれた斬撃は倉持技研の社屋を破壊する。

「あら、いいのかしら?こんなところで戦って」

 マコトは、と束が動こうとするが、なんとか彼女は簪に回収されていた。

「ちゃんと受け止められたのね、簪ちゃん」

「死ねっ!」

「おっと」

 こちら側にマコトが戻った、となれば束は遠慮する必要はない。全力の一太刀を柑奈に振り下ろし、柑奈は夢幻の柄を切断される。そのまま後退しながら柑奈はビーム砲を牽制につかい、束と距離をとる。

『博士!私は、どうすれば!』

「モードセレクト、ハイパースケイル!」

 簪からの声に、束は管理者権限で青騎士を遠隔操作し、白騎士同様の強力な光学迷彩を発動させる。マコトごと透明になった簪を束は確認するとすぐに逃げるように指示する。

「簪ちゃんはすぐ学園に!私はここで抑える!」

『は、はい!』

「すごいわね。どこにいるか見えないわ」

 関心したように言いながら、束は柑奈がライフルを呼び出し見えないはずの簪に射線を合わせているのを確認する。撃たせない、と束は赤椿の装備である擬似BT兵器をシールドビットモードで展開し、ライフルに向かって飛ばした。

「やらせない!」

「学者さんらしい動きね。無駄がなくてまっすぐで」

「舐めんなよ!」

 ビットを回避した柑奈に今度は距離を保ったまま、束が高速で刀を突き出す。今度はその突きに合わせて、ビームが連射される。それらを初乗りのはずの機体で柑奈はこともなさげに回避する。

「ISってこんなに自由に動かせるのね。面白いわ」

 余裕そうな柑奈に束はどうしたものかと考える。今の攻撃で簪は離脱に成功している以上、相手側にも束側にもこれ以上の戦闘は不利益だ。何より、束がこうして表舞台に晒されてしまったことが痛かった。

「ありがとう。おかげさまで、目的の一つは達成できたわ」

「どういうことだよ」

「わかっているのでしょう?こうして私と戦うこと自体、間違ってるって」

「最低だな。お前ら。人の恋路を邪魔して」

「馬に蹴られるわね。でも、今はそのときじゃないわ」

 束が構える。ここから逃すわけにはいかない。何しろ、ユグドラシル以外の初めての敵である。それにマコトを狙った相手だ。今すぐにでも束はここで柑奈を殺したかった。

「逃すと思ってるの?あんたはここで私が殺す」

「怖いわね。恋は盲目というけれど、そこまで恋に狂えるのは幸せね」

「煩い。とっとと死ね」

「嫌ね」

 柑奈が再び瞬時加速をかける。今度はその手に専用のブレードを持ちながら。束は格闘戦に付き合う気はなく、赤椿の性能にモノを言わせて振り切ろうとしたが、簡単に追いつかれる。

「お前、リミッターをッ」

「私、人間じゃないからね」

 柑奈が強制解除したのは使用権だけでなく、コアのリミッターもであった。接近を許した束は振られた刃を新たに左手に呼び出した刀で弾くと、そのまま柑奈を蹴り付けて距離を取ろうとするが、それを柑奈はアンロックユニットのビーム砲を至近で放つことで防いだ。

「ぎっ!?」

「銃が感覚で打てるのも、便利ね!」

 容易く突き出された刃は赤椿の脚部ユニットを貫いた。内部構造が破壊されるが、なんとか束の脚は絶対防御が無傷とする。

「つーかまえた」

「はな、れろっ!」

 束はこのままではやられると、赤椿の展開装甲を操作し、機体の全身のスリットからエネルギー刃を放出。全身凶器と化した赤椿から柑奈はすぐに退いた。

「必死ね。けど、すぐに楽にしてあげるわ。あなたを倒して、簪ちゃんを追えばいいのだから」

「行かせないって、言ってるでしょ」

「いくら最強の武器があっても、あなたは素人でしょう?多少は心得があるみたいだけど。それじゃあ、私には届かない」

「束さんに、不可能なんてないんだよ」

「若いわね。でも、もう終わりよ」

 強がってはいるが、束は実際のところ劣勢であった。いくら赤椿が高性能といっても、束の本領は千冬がいてのもの。単騎での戦闘はあまり得意ではない。おまけに、相手は千冬並の達人であり、束が超人の域にいて、常人以上の武芸があってもまだ届かない。

 せめて学園にたどり着くまでの時間稼ぎを、と束は覚悟する。

「じゃあ、さようなら」

「それはこっちのセリフだぜ!」

「なにっ!?」

 勝負を決めようとした柑奈に、突如、四方からビームの霰が降り注ぐ。爆炎が上がりつつある倉持技研の敷地内から九尾ノ魂を纏ったアキが有線テールビットを展開しながら柑奈に攻撃を加えていた。

「増援…!?」

「お前、どうして!」

「あたしらはあんたの護衛だぜ?来るに決まってんだろ!」

 答えつつ、アキはテールビットを格納し、モーターブレードを展開。柑奈に一足飛びに斬りかかる。性能は圧倒的に劣っているはずであったが、その勢いに柑奈は不利を悟る。束は武芸者であっても戦士ではないが、現れたアキは明らかにプロだ。

「……ここまでね。よし、逃げる!」

「ぐおっ!?」

 容易くモーターブレードを蹴り上げて、そのまま一気に雲の中へと消えた柑奈。束は捉えていたレーダーの範囲から即座にロストしたことで、追撃を諦める。何より、機体の状況や実力差からも今は行くべきではなかった。

「あ〜、クソ。久々に楽しめそうな相手だったのに。博士、無事か?」

「………平気だよ」

「そうかい。ならとっとと離脱しな。ここに来るまでにカメラとか映像記録は焼いたからよ」

「そう」

「世話が焼ける。ほら、いけよ」

「……」

 光学迷彩を起動し、束はそのまま姿を消す。アキも別方向に飛びつつ迷彩を起動した。

「(こりゃ荒れるな。世界も博士も。ついにおっぱじまるワケか。IS同士によるトンデモねぇ戦いがよ)」

 

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