IS -可能性の宇宙へ-   作:ババネロ

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今回もまた短めです。
これにてオリキャラの顔見せ回は終わりです。


#phase-46「終わらない追撃」

「うっ……」

 マコトが目を覚ましたのはまだ簪に抱きかかえられ、海上を飛んでいる最中だった。

「マコトさん!大丈夫!?」

「かん、ざし…?」

 青騎士を纏った簪が目に入る。マコトは首裏に感じるわずかな鈍痛を気にしつつも、状況の把握に務める。気絶したのは何故か。倉持の副所長に唐突にやられたからだ。そうだというのに、今簪に抱えられているということは、一応の危機は去ったということになるのだろう。

「……あたし、どうなって…」

「…マコトさんは、あのとき、私のお母さんに気絶させられたの」

「あの人が、簪さんのお母さん?」

「ううん、正確には副所長に変装していた。マコトさんを気絶させたあと、私を襲って、打鉄二式を強奪してマコトさんを拐おうとしたの」

「待って、どうして、簪さんのお母さんがあたしを拐おうとするの。それに、襲われたって」

 いきなり出てきた情報にマコトは混乱する。簪の表情は沈痛だ。マコトは今すぐにでも聞きたいことが山ほどあったが、今はマコトが言葉を詰めてはいけない。簪のほうがもっと辛いのだと悟った。

「……私のお母さんはね、8年前に死んだはずなの。私と、お姉ちゃんの前で、血塗れになって、死んだの。死体も、見たの」

「……そんな」

 簪の脳裏に過ぎる、雪の中で倒れ、死闘の果てに逃げ落ちた母の死体はよく覚えている。その前に立つ、まるで見殺しにしたかのような姉の姿も。

「死んだ理由はよくわからない。きっと、任務の最中で、何かと戦って、撤退したんだと思うけれど」

「確か更識は暗部、って言ってたよね。簪さんのお母さんも、そうだったの?」

「うん。先代の更識家当主…つまり、お姉ちゃんの前の“更識楯無”。それが、私たちのお母さん、更識柑奈」

「襲名なんだ…楯無さんの名前って」

「そう。だから、お姉ちゃんも本当の名前は“楯無”じゃないの」

 まるで時代劇のようだともマコトは思ったが、現代も続く伝統であり、簪たちにとっては今の出来事だ。

「話が少し逸れた。……お母さんは、間違いなく、死んだ。死んだ、はずなの。だけど、あのお母さんはこういったの、【“更識柑奈”の人格と記憶を再現された存在】って」

「人格と記憶を再現って…まるでそれじゃ完全なクローンみたいな」

「そうだと思いたい。でも、あの技も、動きも、匂いも、顔も、声も、全部、全部、お母さんだった」

 声が震える。会いたかった、もう一度声を聞きたかった。そんな相手に殺されかけた。それがどれだけ心にダメージを与えたのか。簪本人も測りきれない。マコトもまた、どう言葉をかければいいのかわからない。マコトからすれば前世のマユがそうなったとしたらパニックになる。

 もはや、恐怖としか言えない。

「……それで、お母さんはユグドラシルの遣いだって、そう言ってた」

「そんな…!それじゃあ、簪さんのお母さんは」

「ユグドラシルに、造られた……たぶん、そうなんだと思う」

「…アイツ…人の命を、なんだと思ってるんだ…!」

 まるでその怒りはロドニアの連合軍の施設を目の当たりにしたときのようだった。人の死は決して犯してはならないものだとマコトは思っている。彼女は前世の大戦で多くの人々と別れを繰り返した。家族、仲間、恩人、想い人——誰との別れも全て悲しく、苦しく、痛く、けれども覚えていなくてはいけないものだ。

 憶えて、それでもとらわれず前に進むために。生きている限り、明日は続くのだから。生き続ける限り、飛鳥マコトは別れた人々のためにも、明日へ進まなくてはならない。そんな思いを抱えている彼女からすれば、ユグドラシルの所業はとても許されたものではない。

「それに、家族と、殺させあうなんて…!許せない…!」

「マコト、さん…」

 怒りを見せるマコトに、簪はほんの少しだけ心が軽くなる。もし、一人だったら簪はこの出来事に耐えきれなかった。今こうして、マコトを抱えて飛べているのも束という恋敵の存在があったからだ。

 彼女に叱咤されて、簪は強引にでもその身に鎧を纏った。

「そうだ…それで、今、私は博士のおかげで、こうしていられているの」

「博士…って、束姉さん?まさか、束姉さんは」

「うん。戦ってる。私のお母さんと」

「大丈夫かな…」

「わからない」

 簪は母親の全てを知らないし、束のことも全ては知らない。どういう戦いになるのかも見当がつかない。マコトは束の実力をある程度知っているが、実戦での動きは知らない。ただ、不意をつかれたら不利になるとは考える。

「……マコトさん、今、戻ろうと思ってる?」

「わかる?」

「ダメだよ。博士が、稼いでくれた時間なんだから」

「けど…」

「今回、敵はマコトさんを狙ってきた。私や、博士ではなく、あなたを」

 想定外の出来事であり、マコトもそう言われれ沈黙するしかない。マコトは彼女たちを守る側であると思っていた。それが現実として守られてしまっている。

「今、あたしたちはどこにいるの?」

「学園から十数キロの海上。飛びながら青騎士の機能を確認してたら光学迷彩以外にも電子戦装備があったからそれを使ってレーダーとかの反応を切ってる」

「そうなんだ」

 簪は青騎士の全てをまだ把握できているわけではなかった。機体の両側に備えられたレドームとシールドを共有する狂気的な装備とテールバインダー内蔵のMLRS。未だ手にできていない専用バスターランチャー内蔵の大剣バルムンク。他にも装備があるが、十全に使いこなせる自信がない。それでも、元々が惑星探査用の調査機として開発されているせいか、電子戦機能が充実しており、システム類もかなりわかりやすく作り込まれ、簪は初見でも迷わず操作できた。

「(本当に……インフィニット・ストラトスは戦闘用じゃないんだ)」

 青騎士のシステムの作りが明らかに戦闘用とそれ以外で違っていることに気がついた簪は束が抱える葛藤をほんの少しだけわかった気がした。

「ひとまず、学園に着いたらマコトさんは保健室に連れて行く」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 束が気がかりではあったが、窮地は脱している。今は戻るしかないと二人は笑みを交わしてから水平線の先を見る。うっすらと、遠目に学園の影が見え始めていた。

「ここまでくれば————ッ!?」

 学園に近い、安堵した簪に突如アラートが届く。視界にあるレーダーが何かを捉えた。高速で上空から接近する機体反応。

「簪さん!?なにがあったの!?」

「何かがくる!」

「黒騎士を呼ぶから離して!」

「でも…!」

「敵かもしれない!早く!」

 マコトにせっつかれ、簪はマコトを自身の影に入れる形で手放し、マコトは離された瞬間に黒騎士を展開する。すると、確かにマコトにも接近警報が届く。高熱原体。黒騎士と青騎士が向かってくるもののデータをライブラリから呼び出す。

——接近する機影_照合_倉持技研所属_打鉄二式

「打鉄二式…!?そんな、どうして!」

 二人が上空へと目を向ければもう敵の姿は捉えられた。黒髪の女性——更識柑奈が間違いなくそこにいた。

『見つけたわよ、簪ちゃん』

「あ、ぁ、あ、お母さん、どうして」

『任務はちゃんと遂行するの。プロだからね』

 マコトは柑奈が確かに楯無の母親であることを認識する。口調と雰囲気がよく似ている。そして、簪がここまで震えているのも初めて見る。触れてはならない彼女の“傷痕”をユグドラシルは穿り返し、こうして突きつけている。それがマコトは許せない。

「簪さん、ここは任せて、学園に」

「でも、それじゃあマコトさんが!」

「大丈夫。さっきは油断したけど、真正面からならあんなふうにはならないよ」

 黒雪片を抜きながら、マコトは簪の前に立つ。確かに、前世も含めパイロットとしてはこの世界では最高峰にいるかもしれないマコトであれば柑奈と互角に渡り合うことができるかもしれない。けれども、彼女の狙いはマコトであり、このまま戦わせるのは相手の思う唾だ。

 そうとわかっていても、簪は母親と戦うことなどできない。

『勇ましいのね。飛鳥マコトさん』

「……あなたが、どういう存在なのかはわからない。けれども、今は敵だってことはわかってる」

『へぇ。なら、どうするの?実の娘の前で……私を殺せるの?』

「殺さない。でも、退いてもらう」

「マコト、さん」

 簪の不安そうな声が、マコトの覚悟を決めさせる。守るべき少女を背に、戦士は今再び翼を広げた。

「もう誰も、悲しませない。あなたがどんな事情で、どうして敵対するのかもわからない。でも、あたしは簪さんの悲しむ顔を見たくない。だから、あたしも拐わせない。あなたも殺さない」

 目を閉じ、マコトはイメージする。体の奥に眠る“種”を。あのときの、ユグドラシルの時のように、弾けさせるのではなく、芽吹かせるように。

 意識した通りに、マコトの中で種は再び発芽する。思考がクリアになり、体が軽くなる。黒騎士はマコトのSEEDが覚醒したことを感知して、全ての性能の制限を解除する。

『欲張りなのね』

「欲張りでいいです。それぐらいがきっと、ちょうどいいんです」

 人の一生は短い。だから、できることをする。助けたいと思う人がいれば全てを救う。それぐらい、してもいいはずだ。マコトは目を見開き、それに合わせて黒騎士の背中から光の翼が広がる。

「さっきは不意を突かれたけど、今度はそうはいかない」

『…これは確かに、少し、頑張らないといけそうね』

「……いくよっ」

 戦端が開かれる。マコトが一気に加速し、柑奈に斬りかかった。柑奈はその速度に目を見開く。下手をすれば先程の束と同等。しかし、その目はただ敵を見るだけではない。柑奈がどうくるかの先まで読もうとしていることが見て取れる。

 目標の少女は間違いなく戦士だと判断する。

「ふふっ…これは少し、骨が折れそうね」

「はああああっ!」

 振り下ろされた黒雪片を柑奈はギリギリで回避すると、右手に持っていたビーム・ライフルを即座にマコトに向けトリガーを引く。マコトはほぼ接射にもかかわらず、残像を残しながら回避する。あらかじめこれは読んでいなければできない動きだ。

「経験豊富なのね!」

「それは、どうもっ!」

 ここまでの移動の間に、娘と同じように機体を学習していた柑奈は打鉄二式が中距離戦機であることを理解しており、即座に距離をとり、アンロックユニットからビームを放ちつつ、牽制にビーム・ライフルも撃つ。

「射撃戦をしようっていうの?なら!」

 そっちがその気なら、とマコトは黒雪片を格納すると、即座に右手にビーム・ライフルを呼び出し、前にブーストしながら弾幕を張る。マコトを狙う柑奈の射撃はそこまで正確ではない。戦いを見守ることしかできない簪は母親がもしかして飛び道具が得意ではないのかもしれないと考えた。

「(お母さんは、確か体術と鋼糸術が得意って聞いたことがあった。だから、飛び道具は…ダメなのかな)」

 その簪の見立ては当たっており、柑奈は決して飛び道具が得意ではなかった。ただし、マコトは前に進みながらも避け辛さは感じている。アンロックユニットを含め、3門から放たれる敵機のビームは全て、うまくマコトの回避運動を誘導し、強引な回避を誘発させている。

「うっ…!」

 数発は直撃コースであり、それはビーム・シールドで防ぐ。

「へぇ、すごいわね。光学防御?便利なものね」

 柑奈の言葉に合わせて、再び打鉄二式のMLRSが展開する。少なくない数のミサイルが放たれ、マコトを左右から狙ってくる。爆発で巻くつもりかとマコトは感じて、多少の被弾は覚悟しつつ右手のライフルを格納し、両手の甲にあるビーム・シールドを最大出力で展開。光の壁を作り出して、前方に瞬時加速した。

「前に出てくる…!?」

「あたしの経験値、舐めないで!」

「確かに、これは侮っていたわ…!」

 柑奈にとって、マコトの動きは想定外であった。確かに、ユグドラシルからは記録を得ていたが左右、前方からの攻撃に対し上昇、下降、後退を選ばず更に加速して突っ込んでくるなど思わない。

 大胆なマコトの動きに柑奈は右手に新たな武器を展開する。今度は長いランスだった。

「こんっ、のぉぉぉ!」

 ビーム・シールドを解除し、マコトは再び黒雪片を抜き柑奈に向かって振り下ろす。それを柑奈はランスで受け止める。西洋の馬上槍のような武器は打鉄二式の新たな装備であり、簪もデータは知っていた。

「あれが、“螺旋”…!」

 専用バスターランス、螺旋。データとして知っているだけでない、簪自身かなり気に入っている武装だ。その特性はなんといっても、ただの“槍”で終わらない。

「パワーは少しそちらの方が上のようね」

「このまま、押し切る!」

「けれど、こんなのはどう?」

 黒雪片の刃と拮抗するランスが突如、回転し始める。マコトは驚愕し、流される黒雪片ごと弾かれないように、一度弾いて、距離を取ろうとする。

「逃さない」

「くっ…!」

 が、柑奈もそこまで甘くはなく、螺旋の先端部をマコトに突きつけ、ランスの持ち手部分についたスイッチを押し込んだ。刹那、ランス部分が回転しながら、射出された。

「避けて!」

「間に合う…!?」

 予想外の攻撃に、簪の声を聞きつつもマコトはなんとか回避しようとするが、回避しきれず左背部に懸架されている超射程ビーム砲が破壊される。それと同時に、射出されたランスが爆発し、マコトは強烈な衝撃を全身に浴びる。

「うわぁああああっ!」

「マコトさんっ!」

 爆炎に包まれるマコトに、簪は救おうと動くが、それを柑奈が見逃さない。容赦無く彼女は娘にトリガーを引く。

「ひっ!?」

「ダメ、簪ちゃん。動かないでね?」

 かつて向けられた笑顔は殺気に満ちている。簪はその場に釘付けにされる。

 爆発の直撃を受けたマコトはSEEDのおかげもあって気を失うことこそなかったが、全身を爆風で打ち付けられたことで痛みがあった。絶対防御を貫通するほどの強烈な爆発。黒騎士でなければやられていたとマコトは思いながら爆炎から飛び出す。

「これぐらいでぇ!」

「まだ動けるのね…流石といったところかしら!」

 迎撃に放たれたビームをマコトは回避しつつ、丁寧に戦っても無理だと判断する。彼女には今の“全て”をぶつけるしかない。

「絶対に、あなたを退かせてみせる!黒騎士!」

 愛機の名を呼び、マコトはまずはライフルを連射する。その射撃は全て柑奈の動きを制限させるもの。

 次に、両膝、両肩のブーメラン全てを引き抜き一気に投げつける。

「当たらない!」

 柑奈は当然のようにビーム・ブーメランを全て回避するが、回避した時にはマコトがもう目の前にいた。先程見た時よりも遥かに早い。光の翼が更に輝きを増していた。

「はああっ!」

「くぅ!」

 咄嗟にブレードを呼び出し、柑奈はマコトの振るう、リミッター解除状態のビーム刃を発した黒雪片を受けようとするが簡単にブレードは破壊される。そのまま切り裂かれるわけにもいかず、柑奈は振るった勢いのまま力の流れを変えてマコトにタックルをかける。

 だが、最大出力稼働の黒騎士の勢いには勝てず、逆に弾き飛ばされた。

「きゃぁっ!?」

 そこに、先程回避したブーメランが戻ってきて、柑奈の打鉄二式を切り刻む。アンロックユニットが損傷し、左側が脱落する。柑奈の視界に映る機体情報が幾つもの警報を表示する。

「ここまでやるの…!?」

「それで言い訳つくでしょう!今は退いてください!」

 戦闘能力は落とした。ならばとマコトはそう呼びかける。事実として、打鉄二式にこれ以上の戦闘は不可能であり、柑奈は引き下がるしかない。

「……そのようね」

 体勢を立て直しながら柑奈はマコトと向かい合う。赤い瞳はそれぞれ同じような色に見えて、全く違う色に互いには見えていた。

「なら、今日はここまでにさせてもらうわ。お仲間も来たようだし」

 柑奈の言う通り、マコトの黒騎士も簪の青騎士も、学園島方面から飛んでくるISの反応を捉えていた。手負いの状態では柑奈は太刀打ちできる数ではない。

「……また会いましょう、簪ちゃん。今度は、刀奈ちゃんも一緒にね」

「………お母さん、どうして…!」

「さようなら、またね」

「お母さん!」

 簪の必死の呼びかけも、柑奈には届かず、柑奈は今度こそ雲の中に撤退した。マコトは黒騎士が背中に発信器があると警告してきたので、確認すると確かに小さな発信器がつけられており、それを剥がして海に捨てた。

「……更識柑奈さん…か」

 俯く簪を見つめながら、マコトは敵の名を呼ぶ。こうして戦った以上束が気がかりであったが、そう簡単に彼女がやられるとは思えず、もしかしたら更識柑奈は撤退を装ってこちらに来たのだろうとマコトは考えた。

 その予想は当たっているが、今マコトが優先すべきは学園へ簪と一緒に帰還することであった。

 




(キャラは極力味方だけどISが敵側に渡るとは)言っていません
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