「織斑、お前には専用機が与えられる」
「え?専用機?」
「唯一の男性操縦者だ。データ取りのためにもな。有り体に言えばモルモットだ」
「言い方!」
決闘が決まった翌日の帰りのSHRでそんなことは千冬の口から語られ、もはや昨日の騒ぎもあり僅か一週間で驚きに耐性がついてしまった1組の生徒たちは一夏の専用機が用意されることに何も反応を示さなかった。せいぜい、本音が「おめでとー!ぱちぱちぱちぱち」と拍手しているぐらいだ。
「私がおかしいのでしょうか。専用機が素人に用意されるなど」
「私は気にしない」
「そうでしょうねぇ!戦うのはレイラじゃないですからねぇ!」
「どーどーセシリア」
もはや完全にクラスに馴染んだセシリアは周囲の生徒から宥められていた。千冬はその様を見てフッと一瞬表情を緩める。マコトはやっぱりこのクラスの生徒の選出は何か理由があるのではないかと考えた。
女尊男卑主義者かと思っていたセシリアが実際はただの高飛車なお嬢様でしかなく(IS乗りとしては間違いなくエリートだが)、レイ疑惑のあるレイラもやんごとなき身分なのだろうが身分など気にしていない。
一夏の推薦理由なども考えれば流石にマコトも察することができる。
「(このクラスの生徒は、女尊男卑のない生徒しかいない?)」
試しに前の席の相沢にそれとなく女尊男卑であるかと、中学校が共学だったか聞けば、答えは特に今の性差など気にせず、共学の中学校の出身だった。
もし仕組まれたものなら、それをやったのは千冬しかありえない。マコトは一週間この学校にいて千冬がそれなりの権力を有していることに感づき始めていた。いきなりアリーナを理由もなくおさえることなど本来は教員であろうとできないのだ。申請をして始めて受理される。それがルールだった。
「(いやダメでしょ。千冬さんに権力持たせちゃ)」
確かに見てくれはまさに出来る大人だが、中身はダメな二十代中盤の大人だ。一夏は今週末外に出れないため千冬の部屋を訪ねるという…隣室の住人(山田真耶)からの苦情を受けて。
そんなことなど全く知らない千冬は今日も何事もなくSHRを締め教室を出ていく。うしろについていく真耶がどんな気持ちなのかマコトは考えると少しゾッとしたが気にしないようにした。隣人間のトラブルなど関わりたくないのが本音だ。
「で?実際どうするのだ」
「何が」
「いや決闘でしょ、一夏」
「あぁ」
場所は変わって放課後の食堂。生徒で賑わう中で三人は隅の席に座っていた。箒に決闘に向けて何か対策するのか聞かれてこの返事である。何も考えていないのがありありと感じられる。
「まぁ、ISも生身の延長線上だ。斬ればなんとかなろう」
「ISってそうなのか?俺は二人ほど知らないし、束さんも研究所に入れてくれなかったからなぁ」
「まぁ確かにISは生身の動きを極力そのままできるようになってるけど…」
「マコトがこう言ってるんだ。一夏、明日から早速稽古だ」
「アリーナの予約、とれっかな」
「何を言っているんだ。道場でするんだぞ」
「稽古ってそっちかよ!いいけどさ」
マコトは頭を抱えた。幼馴染み二人のアホさ加減に。
「(鈴、鈴がいれば…)」
最強のツッコミ役がいればとマコトは願うが、残念ながら彼女のせいで歪んだこの世界の歴史では鈴音がこの学園に生徒として来ることは未来永劫ない。
思えば、かつてのミネルバでもボケとツッコミの比率がおかしかった。副長のアーサーですらボケ倒し、まともに艦橋でツッコミを入れていたのは艦長のタリアだけ。
そういう定めなのかとマコトはため息をついた。
「どうした、ため息なんぞついて」
「いやなんでもないよ。とにかく、本気で剣術だけしかやらないつもり?ISは飛び道具が主流だよ?」
「でも千冬姉、モンドグロッソでは刀だけで全員倒してなかったか?」
「千冬さんは正直言って超人だから」
レーザー、ビーム、ミサイル、砲弾、あらゆる射撃の雨霰を全てブレード一本で切り伏せた千冬は超人と呼ぶに相応しく、本来はモンドグロッソ覇者に与えられる戦乙女の称号が千冬にだけ与えられていない。強すぎるからだ。
結果彼女に与えられた名はなく…残ったのは「織斑千冬」という彼女の真実の名前だけ。名は存在を示すものだ、などと前世で誰かが言われたとかつての上司から聞いたがまさにその通りだった。最強の称号がそのまま「織斑千冬」になってしまっただけだ。
第二回大会を最後に、いやたった二回の世界大会で彼女が殿堂入りとされてしまったことにマコトはやっぱりなと渇いた笑いしかでなかった。白騎士事件では武装の性能だけで対応していたが、こっそり宇宙空間で行った隕石への対処テストで、千冬はギリギリ小惑星に届いていない岩石をなんのアシストもなく剣術だけで一刀両断してみせたことがあった。ハッキリ言って人間辞めてる。それがマコトの千冬への総評だった。
「まぁ、千冬姉が規格外なのはわかってるけど、俺は飛び道具からっきしダメで」
「そういえば祭りで射的するといつも財布空にしていたな」
「そういえばそうだったね…それでいつも弾にお金借りてまで…」
「懐かしいな…だが、それを踏まえれば剣術に専念するのもいいことだと思わないか?マコト」
「…まぁ、いいんじゃないかな」
もはやマコトも投げやりだった。
そもそもたった一晩明けただけで決闘自体がもはやどうでもよくなってきている1組の空気を考えると、かならずしも勝つ必要性は薄かった。負けても勝っても何かをセシリアが要求するわけでもない。
「それなら、あたしが勝っちゃうからね」
「うっわ、余裕だなマコト」
「そもそも、一夏は推薦で、オルコットはなんだかよくわからんがそもそも立候補もしていない」
「……あれ、言われてみれば」
マコトは昨日のSHRのことを思い返せば、セシリアは一言も立候補するなどと言っていないのだ。要約すれば彼女が言っていたことは「本当に推薦でそんなクラスのリーダーを決めていいの?」である。これはセシリアとさっそく仲良くなったさやかから聞いたのだ。まず間違いない。
「俺たち、なんか千冬姉に遊ばれてるんじゃ」
「ありうるな。千冬さんもそういうところがある。伊達に姉さんの親友をやっていない」
「箒、千冬姉尊敬してるけど結構容赦ないよな」
「剣士として憧れているのであって本人のダメなところはダメだからな」
「えぇ……」
箒の容赦のない評価に一夏はヒクつきながらも止む無しと思った。
「まぁ、話を戻せば、やる気に溢れているマコトがお前にはまず負けるわけがない。それに実際にマコトは教官を倒しているしな」
「倒したって言ってもすごい手加減されてたけど」
「そもそも手加減されてるなどISに始めて乗ったものが気が付くはずないぞ、必死だからな」
「そういう箒はどうだったんだ、実技」
「いや、時間切れで0点だったはずだが何故かあとからきた評価で9割の点だった」
「は?なにそれ、なにしたんだよ」
「飛び方のイメージが湧かなかったから地上で飛んでくる弾丸を切り払っていた」
「お前もおかしいよ」
「いや普通だろ」
もうやだこの幼馴染み。マコトは早く週末に鈴の待つ食堂に行きたかった。
それから一夏の罰ゲームや千冬の部屋が恐ろしいことになっていた事件など、筆舌にしがたい出来事が立て続けに起きた休日を過ごして、マコトは月曜日に学内のある場所に呼び出しを受けていた。
向かう先は学園内でも景観のために用意されているという森の中だった。そもそも、このIS学園は日本の領海内の太平洋側に作られた巨大な人工島だ。そんな場所で一年間いる生徒のことも考えて、学内には様々なスポットが用意されている。
この森もその一つだった。
「……アカデミーのサバイバルを思い出すな」
前世であった歩兵としての訓練で行われた森の中でのサバイバル。ルナマリアが悲鳴を上げ続けたことが昨日のようにマコトは思い出せる。
「といってもこの森そんなに深くないみたいだけど」
学園内向けのタブレット端末に地図を表示して進んでいるため迷うことなくマコトは指定された地点まで進んでいった。途中、何度か奇怪な野鳥の鳴き声や動物の気配に緊張感を持ちながらもあっという間に目標としていた場所に到着した。
「ここが…」
そこは突然開けた自然の広場で、真ん中に何故か切り株があった。近づいてよく見れば凄まじく精巧にできているがこの切り株が作り物であることがマコトにはわかった。なんとなくマコトは生えているように見せかけている枝を上へ持ち上げてみると切り株の上部が蓋のように開き、懐かしいコンソール画面が出てきた。
「これって…!」
自然と彼女の手が画面触れる。そうすれば、彼女の指紋を認識して、電子音が鳴った。地面がかすかに揺れ、切り株の後ろの地表が割れる。ゴゴゴと音を立てて現れたのは人参型のエレベーターだった。
マコトは迷うことなくそれに乗り、地下へと降りる。やく三十秒ほど降ったところでエレベーターは停止し、扉が開いた。
現れたのは人工的なトンネルでその突き当たりにはかつて裏山で見た研究所の入り口がそのままあった。マコトは駆け出す。間違いなく“彼女”があそこにいる。研究所の入り口までくればあとは知っての通り、セキュリティも変わらず網膜認証の後に個々に割り振られた暗証番号の入力。
マコトは昔の手順のまま研究所の扉を開き中へと踏み込む。
「うわぁ」
そこはあの頃と全く変わっていなかった。所構わず走る線やパイプ。青白く光照明。気持ち広くはなっているが、間違いなくマコトが小さい頃に束と出会い、千冬とも出会ったあの研究所のままだった。
「お待ちしておりました。マコト様」
「っ!?」
すうっと、何もない真正面の空間から染み出すように人影が現れた。マコトは思わず構えるが、現れたのはメイド服を身に纏ったマユと同じぐらいの銀髪の少女だった。お辞儀をしており、顔を上げれば常に目を閉じているかのように糸目だった。
「私はクロエ・クロニクルと申します。現在の束様の助手です」
「束姉さんの、助手?」
「はい。マコト様。あなたのことも束様から伺っております。幼馴染みのお一人と」
あの束が助手を雇えたことが驚きでマコトはよく言葉が入ってこない。
「束様はこちらです。ついてきてください」
クロエと名乗った少女に続き、マコトは研究所の奥へと進んでいく。途中、妙に生活感のあるかつて白騎士のオペレートをしたモニタールームを横切り、辿り着いたのは白騎士が格納されていた格納庫だった。
そこにはマコトの記憶のままの“兎”がインフィニット・ストラトスを整備していた。
「束様、ご友人をお連れしました」
「サンキュー、クーちゃん!休んでいいよー!」
「何かご用があればお呼びください」
顔を向けず、休みを与えられたクロエは再び空間に溶けるように消えていく。マコトはそんな彼女に驚きながらも、改めて目の前にいる人物を見る。白衣もあの頃と変わらず、髪色も何も変わっていない。頭につけた実は簡易インフィニット・ストラトス「時計兎」もそのままだ。
「…束姉さん?」
「……んっ。そうだよ、まーちゃん」
作業を止め、彼女はマコトに振り向く。スパナを手に、顔に機械油を少しひっかけた篠ノ之束が、あの頃より明らかに大人の女性となってそこにいた。ただ、彼女の見せた笑顔は何も変わっていない。屈託のない、子供のような笑顔。夢に向かって跳躍を繰り返すウサギのまま。
ゆっくりとマコトは彼女に歩み寄る。束はただただ待った。
そうして、マコトは束に抱きつく。嗅ぎなれた束の匂いが確かに鼻腔をくすぐる。わずかに混ざるオイルの臭いが彼女が技術者なのだと思い出させる。
「久しぶり、束姉さん」
「久しぶり、まーちゃん」
妹と違って、間違いなく感動の再開を二人は果たしたのだった。
「どこいってたの、あのあと」
「んーと、色んな国でなんとか技術者に変装して潜り込んで、宇宙開発に誘導できないか試してた」
「でも、それは」
「失敗したよ。難しいね、人の考えを変えるのは」
「じゃあ、今はここで何してるの」
「もう一度作ってるんだ、インフィニット・ストラトスを」
「本物の?」
「そう。約束したでしょ、キミに翼をあげるって」
顔を上げて束を見上げれば、そこには優しい笑顔があった。昔のように、優しい姉のような笑顔。マコトは心の底から安心する。誰も、何も変わらなかったのだ。一夏も箒も、千冬も…そして束も。世界が歪んでも、狂っても、彼女たちは変わらなかった。マコトの手の中にある平和は何も、失われていなかった。
「あたしの、翼」
「そう。今風に言えば専用機って言うのかな」
二人はお互いを離して、改めて横に並んで以前は白騎士があったハンガーに目をやる。そこにあったのは灰色に背中には大きな翼を持つインフィニット・ストラトスがあったそれはどこか、シン・アスカの最後に乗った機体を彷彿とさせた。
「これって」
「正式名称はインフィニット・ストラトス試作二号機。愛称は白騎士とは対をなす“黒騎士”」
束が手元にいつの間にか用意していたボタンを押した。すると、灰色だった装甲は黒く染まっていく。
「フェイズシフト装甲…!?」
「それってまーちゃんの前世の?」
「そう、だけど。これ、どうやって」
「いやね、白騎士ではシールドバリアでデブリ全部弾いてたけど、さすがにそれだといずれ限界がきたり、不具合が起きたときとか怖いから、物理装甲もちゃんとしようかなって。でも、インフィニット・ストラトスの装甲は物理的に防ぐの無理だから、こうして表面を相違点させてしまえばってね」
「衝撃自体はシールド…絶対防御で防ぐことができるから」
「そう。つまりこの子は白騎士の欠点を埋めた子ってこと」
真の意味で、この黒騎士が束にとってのインフィニット・ストラトスの二機目なのだろう。
「これがあたしの…」
「まーちゃんの翼。ま、今はまだ調整中で、フィティングどころか装着さえできないけど」
「え、これで?形はできてるのに」
「うん、これでもまだなんだ」
束から言えばまだ黒騎士は完成には程遠く、マコトに触らせることすらできないのだという。今ここにあるのはガワだけで、中身は何もないに等しい。
「なかなかこの外装に合うコアが見つからなくてね、結局今新しく作ってる最中なんだ」
「新しいコアって、束姉さん、そこまで」
「まーちゃんにあげる子だからね。満足いくまでやりたいんだ」
真剣な彼女の顔を見てしまえばマコトは何も言えない。そこまでの想いで作られているのなら、マコトはもう待つことしかできない。デスティニーも、彼女のように誰かが想いを込めて作っていたのだろうか。そうなのだろうとマコトは思う。
不思議と、ザフト製のGは意味のある名前が多かった。フリーダム、ジャスティス、プロヴィデンス、デスティニー、レジェンド…果たして、乗り手たちは機体に込められた願いを果たすことが出来ただろうか。
「(できてない、か)」
でなければ、今ここにマコトは存在していない。運命から外れてしまったから、彼女は今ここにいる。なら、今度こそ、彼女は目の前にある黒騎士に、隣に立っている女性に誓いたかった。託された願いを、自分自身の想いに乗せて叶えてみせると。
「わかった。任せたよ、束姉さん」
「お任せ。まーちゃん。さいっこうに気持ちよく空を飛べる子にしてあげるから」
「期待してる」
笑顔を交わして二人は約束を再確認した。
格納庫から研究室へと戻ったところで、ふとマコトは気になったことがあって束に尋ねた。
「そういえば白騎士はどこいったの?」
「ずっとちーちゃんが使ってたよ」
「え、でも千冬さんが現役時代に乗ってたのって“暮桜”だよね」
暮桜。千冬の現役時代の搭乗機で、オリジナルコアを持つISのひとつだ。当然、束制作のものではなく、日本の倉持技研という半官企業が開発した第一世代ISの一機。織斑千冬が刀一本で世界最強を勝ち取った白騎士の次の相棒だ。
「だから、コアだけ入れ替えちゃった」
「え」
「ちーちゃんって、白騎士のコアが馴染みすぎて他のつけるとコアが逆についてけなくなっちゃうんだよね」
それは、千冬が史上初めてのインフィニット・ストラトス乗りだった弊害だった。なんの制限もない超人しか扱えないインフィニット・ストラトスを乗りこなし、乗り潰す勢いでテストを重ねていたせいで、千冬がISに求める動きは今世界に配布された制限のかかってしまったISコアではできないのだ。やろうとすれば、ISコアは搭乗者を守ろうとして強制的に機能を停止させる。
白騎士という特別なインフィニット・ストラトスのコアは今のISコア全てをつなぐコア・ネットワークシステムからも隔離され、千冬が超人であることがISコアたちに伝わらない。だから、束は「全く動かん」と困っていた千冬に暮桜のコアを勝手に交換して渡していた。もちろん万全の偽装工作をしたうえでだ。
結果、生まれたのが最強「織斑千冬」。人間を辞めた剣士が、限界などない外宇宙までひとっとびできるマシンに乗ってしまえばどうなるのか想像にたやすい。マコトは顎が外れそうになった。
「それでまさかちーちゃんがあんな大暴れしちゃうとは思わなくて……ワンオフアビリティなんてものも生み出しちゃったから慌ててそれだけISコアの子たちに共有させたり。ちーちゃんは本当に規格外だよね」
天才さえ匙を投げる超人に束も笑うしかなかったようだった。
「それで、今は」
暮桜はとうに解体されている。そのコアは日本政府の所有物だ。
「もちろん、暮桜本来のコアと入れ替えて戻したよ。白騎士に」
「でもここに白騎士、ないよね」
「うん。なにせ、今度はいっくんのものになるからね」
マコトは今日の帰り際の千冬の言葉を思い出す。専用機、一夏のための、専用機。
「まさか専用機って」
「そう。白騎士のISコアをまたまた変装させて、外装もいじくって暮桜の後継機っぽくした白騎士……改め“白式”。それがいっくんの専用機だ!」
ばばーんと口でいいながら、束は空間投影モニターで“白式”の概要図を表示する。表示されたスペックはISそのもの。第二世代機、暮桜のマイナーチェンジのような機体。だが、隠された真のスペックは全て計測不能を示している。完成されたインフィニット・ストラトス、白騎士の本来の性能だ。
「一夏これつけて大丈夫なの?」
「もちろん。いっくんが使ってる間はちゃんとISの範囲内だよ。いっくんがちーちゃん並みになったら別だけど」
「なんで白騎士を一夏に?」
「念のためかな。白騎士はもともと外宇宙探査用。非常時は待機状態でも最低限の生命維持装置を起動してくれるし、付けてれば深海でも銀河系の果てでも食料さえあれば一ヶ月は行きてられる。まーちゃんも知ってるでしょ」
そこまで言えばなぜ一夏に白騎士を与えるのか理解できる。
「一夏、そんなに狙われてるの?」
「うん。唯一の男性操縦者…まーちゃんも察してると思うけど、ちーちゃんの生態データと“ほぼ一致してる”いっくんは最初からただ一人、インフィニット・ストラトスの不具合の例外なんだ。でも、世界はそれを知らない。だから今のいっくんこそが“不具合”そのものと見られてるんだ」
「そんな、そんなこと」
「まーちゃんなら、怒るよね」
「そんなのっ」
当たり前だった。世界の都合で振り回される理不尽をマコトは誰よりも嫌っている。だからこそ、束に共感できた。彼女に降りかかる理不尽に怒ることができた。
そんなマコトの存在がだんだんと大きくなって、理解した束もまた、マコトと同じように理不尽へと争いたくなっていった。だからこそこうして今もインフィニット・ストラトスの作成を止めていないし、微々たる力でも世界の歪みを正そうと、強引な手を使わず潜入などを繰り返していた。
ゆえに、大切なものへ降りかかる理不尽を防ぐために束は最強の備えを持って迎え撃つ。白騎士。もはや、伝説と化した唯一無二の真なるインフィニット・ストラトス。どのコアよりもAIが成長し、主人との意志さえ交わすことのできる、宇宙を旅する人類のための隣人。
「だから、大丈夫。いっくんのために、白騎士は全力で守ってくれる。もちろん、私も」
「……あたしだって、そうとわかれば」
目の前の平和を脅かすのならばマコトは剣をとることをいとわない。以前とは違う、自分自身の意志で。
「ありがとう、まーちゃん」
「千冬さんだって、箒だってそう言いますよ」
「だろうね。いや〜、本当に束さんはいい人に恵まれたな〜」
理解者。たったひとつ、まるで差し込まれた栞のようなものが、篠ノ之束をただの天才にして、運命を変えたことなど誰も気がつかない。気がつけない。紛れもなく、今ここにある全てが現実なのだから。周りの人に恵まれた。そんなこと本来の束であれば言うことはなかっただろう。
それでも篠ノ之束はもう、人の温かみを知ってしまった。だから戦うことも、守ることもできる。人と人の間に立つ、人間。異世界で誰かが本当に伝えたかった、真の意味での調整者。無限の宇宙へと人類を導くために奮闘する、真の意味のコーディネイターとなっていることに、誰も気がついていない。マコトでさえも、気がつかない。
「さて、そんなわけでいっくんの専用機も、まーちゃんの専用機も鋭意開発中というわけで」
「一夏、来週模擬戦するんだけど、間に合うのかな」
「大丈夫でしょ。こっそり束さんが倉持に潜入して製造の最終工程まで終わらせてあるから、あとは最終調整を残すのみだし」
「流石。それなら大丈夫かな」
「そういえば、まーちゃんも模擬戦なんでしょ?大丈夫?」
「まぁ、モビルスーツの時と、空間把握の感覚は似てるから、あとは慣れかなって」
「そっか、まーちゃんそもそもそういうのに乗ってたんだもんね」
「まさか今世で役立つとは思ってもいなかったよ」
転生して最初は穏やかな人生を過ごして、次第にシン・アスカという人間は完全に消えるものだと思っていたが蓋を開ければ未だにマコトの中にシン・アスカの記憶はあるし、そもそも人格こそちゃんとマコト自身だと言えるがそれはシン・アスカという存在があってこそだ。
経験は嘘をつかない。
「それにしてもよく知ってたね」
「ちーちゃんが教えてくれたんだ」
「なるほど。千冬さんとはよく会うの?」
「うん。よく愚痴を言ってはくーちゃん愛でてるね」
「うわ……そういえばくーちゃんってさっきの」
「そう。この世界の…遺伝子操作的な意味でのコーディネイターだよ」
「あの子が…」
「消えたりするのは白騎士にも使ってた迷彩の機能だけどね」
「なんでつけたの?」
「いやだって影も音もなく現れる従者って、かっこいいじゃん」
束の感性は相変わらずだが、本人たちはなんやかんやでうまくやっているのだろうと思ってマコトは特に何も言わない。
「じゃあ、そろそろ戻ろうかな」
「そっか。帰り道はわかる?」
「大丈夫」
「よかった。それなら、またね、まーちゃん。いつでも遊びに来ていいから」
「またね、束姉さん。……けど、そんな頻繁に来ていいの?」
「ちーちゃんは週一で来るね」
もはや何も言うまいとマコトは思った。