束との再会も果たし、約束の再確認と幼馴染みの置かれている状況を理解したマコトは模擬戦に向けてどのISを乗るか悩んでいた。千冬の計らいで、本来は二年生にならないと乗れないオリジナルコアを搭載した量産型のISに乗れることになったため、選べる範囲はぐっと広がっていた。
「ちなみに簪さんは何がいいと思う?」
「なんでも。あえて勧めるなら打鉄」
入学以来初めて朝食を共にしている簪にマコトは聞いていた。出ていく時間が偶然同じで、席がなかったため仕方なく席をともにしているのだが、マコトはなんの躊躇いもなく簪に話しかけ、簪も寝る前に何故か話しかけてくるマコトに慣れてしまったせいか、受け応えだけはちゃんとしてくれていた。
「打鉄かぁ」
「打鉄はよくできてる。第二世代最初期のISだけど堅牢性、信頼性、何よりインタフェースが日本人向けに調整されてるから初心者でも扱いやすい」
「あ〜、ハイパーセンサーの網膜投影の情報とかが日本語なのかな」
「そう」
簪の言う通り、打鉄と呼ばれる日本製のISは日本人向けに製作されたと言っても過言ではなく、鎧武者を彷彿とさせる外見からもそれは誰もがわかる。マコトが入試の際に使用したのはあまり流通していないアメリカ製の量産型コア使用のIS「アイアンレディMK.Ⅱ」で、装着時の網膜に投影される機体情報は全て英語で、操作説明もあまり充実していない。
おまけに量産型コアなせいで性能も限定的で、動作も人間がつけているパワードスーツにしてはぎこちない。
その点、打鉄は量産機でありながらオリジナルコア機も多く、とりあえず選んでおけば間違いのない機体だ。
「なら、打鉄にしようかな」
「いいと思う」
「…そういえば、簪さんってその言い方からして初心者って感じじゃない?」
「私は日本の代表候補生」
「初耳だよ……」
「私はどちらかといえば技術者志望だから」
どこか“そう決めつけている”かのような言い方にマコトは怪訝に思うも、深くは追求しない。だが、代表候補生、というもの自体は気になった。クラスメイトのセシリアがそうだが、まさかもっと身近にいるとは思ってもみなかった。
「ってことは簪さんは結構強いの?」
「公式戦の経験がない」
「それって…」
「単純になったばかりなのと、専用機の開発が難航してる」
疲れた表情で簪がそう言った。あまりいい表情ではなかったが、マコトは初めて彼女から生身の人間らしい表情を見た。……決して簪は感情が薄いわけではなくただ人見知り継続中で、実際はマコトが寝ている間にこっそり簪は“趣味”のDVDを見てそれなりに笑顔を見せているだが、マコトは夜の眠りが深いため見たことがないだけである。
「開発に難航してるって、大丈夫なの?」
「詳しくは機密だから言えないけど、大丈夫ならこんな顔してない」
専用機の製作は通常難しく、また大抵は新技術の試作機も兼ねるため完成に漕ぎ着けるのが難しいとマコトは聞いたことがあった。一夏の専用機はそもそもガワを変えただけなので別だ。
簪のISもなんらかの新技術を入れようとしてうまく行っていないのだろう。
「クラス代表戦、大丈夫?」
「難航してるのは“専用”的な部分だけだから、ただの高性能機として出すだけなら今でも動かせる」
「そうなんだ」
マコトはできることがあれば手伝ってあげたいと思ってしまうが、国家所有のISなど触れるわけがない。束のような規格外なら別だが、マコトはただの女子高生だ。
「…話を戻すね。打鉄にするとして、装備はどうしようかな」
「“葵”は剣術ができないといけないし、“夢幻”は槍術の経験がないと厳しい」
「刀と槍は確かに持ったことないから無理そうだね。普通の“剣”ってないの?」
「打鉄用のものでないものなら幾らでも」
「やっぱりそうなるよね…となると、イギリス製のISブレードとか?」
「アレは長すぎて重心の感覚が難しい」
「そこは大丈夫かな」
簪の指摘した“ISブレード”の難点は生身では持てないほどの大型の直剣なため、重心が通常の剣とは違いすぎて扱いが難しいということだった。困ったことに通常の剣と違って、相手を砕くのではなく斬り裂くというものなので余計に素人がハマりやすい罠武装だった。
だが、マコトは前世で使用した兵装の中に長大な対艦刀があった。操縦桿を通してとはいえ、長い剣のような得物には心得がある。
「ならあとは射撃武器か。ここは無難にデュノア社製の“ガルム”とか?」
「本当に無難。だけどそれが正解だと思う」
IS用のライフルとしては最も人気の高い“ガルム”。単射からフルオート射撃まで幅広く対応可能で、オプションでショートバレルから狙撃仕様のロングバレルにもできる高い汎用性が魅力的だった。
あまりによく出来すぎてIS専用ではなく、戦車の上部機銃として採用されたり、テクニカルに搭載される場合すらある。マコトは思うところがあるものの、かつて軍人だったが故にガルムの性能を高く評価していた。入試で初めて使用し、彼女はその性能にちょっと感動していた。
「ガルムにISブレード。これだけでも十分な気がする」
「搭乗時間から考えても妥当だと思う。装備が多くなればなるほど、初心者には辛い」
簪のアドバイスは的確で、マコトは「ありがとう」と素直にお礼を言い、簪は照れたのか視線を食事に集中させた。ただ、マコトはその気になれば複数の装備を持つ機体であっても制御できる自信があるため、最後のアドバイスは無用だった。
「じゃあ、週末はこれで行こう。一回は練習の時間取れればいいけど、アリーナってあんまり空いてないよね」
「仕方がない。申請に時間かかるし、そのせいで後ろが詰まってるから」
「だよね。イメージトレーニングかなぁ、結局」
ISは既存のどんな兵器よりも、それどころか未来ともいえるコズミック・イラの兵器よりも感覚に依存した操作形態だ。だからイメージトレーニングも馬鹿に出来ない。
優れたAIが搭乗者の全てをサポートし、思うがままに機体を動かせる。オリジナルコアだけの機能ではあるが、それは束がインフィニット・ストラトスに託した夢の残り香だった。
広大な宇宙で、不安を感じないよう、自由に過ごすために。そのための機能の延長線上だ。
「私もずっとイメージトレーニングをしているけれど、シミュレーターの成績はちょっと上がった」
「やっぱり効果あるんだね。今日からやろ」
「……もしよければ、私の戦技本、貸そうか?」
「いいの?」
「まぁ、本自体は市販のだし…」
「ありがと!戦術とかはあんまり興味がなかったからさ」
あくまで宇宙を飛ぶためにISに乗るつもりなマコトにとって、IS乗りとしての戦い方は全く知識がなかった。入試の量産機はほとんどマニュアル稼働なところがあり、マコトは入試ではモビルスーツ乗りの動きをしていたのだ。
簪から本を借りられることになり気分が良くなったマコトは朝食を勢いよく平らげていく。簪はまだ一緒になってまだ日が浅いこのルームメイトを図かねていた。見た目は可愛らしく、元気がいいどこにでもいそうな少女だ。織斑一夏や篠ノ之箒という“1組以外の生徒から見れば異物にしか見えない生徒”とつるんでいるのがおかしいと思えるぐらいには。
簪の私物を全て見ても特に何も言わなかったり、少し同年代の者たちより落ち着いているのかもしれないが、それにしたって何か違和感を感じてしまう。
その違和感はかつて束が感じたものに近かった。違和感の原因の中身は違うが。
「……飛鳥さん」
「んっ?なに?」
「飛鳥さんはどうしてこの学園に入ろうと思ったの」
気がつけば直球で簪は問うていた。マコトは箸を止める。宝玉のように美しく赤い瞳が簪の瞳を射抜くように見る。威圧しているわけではなく、なぜそんなことを聞くのかと真意を測ろうとして。
「(この、目)」
そして、簪はそんなマコトに既視感を覚える。彼女が嫌悪する“生家”で見たものと同じ——。
「うーん、そう聞かれると…インフィニット・ストラトスで空を飛ぶため?」
が、一瞬でマコトから嫌悪感はなくなる。同時に、簪の感じていた違和感の正体が明かされる。空を飛ぶため。ISであれば当たり前のことをするために、彼女は来たと言った。どこか冷めて、一歩引いた位置にいる簪はマコトが、簪の従者のようにのほほんとしているわけではなく、真剣に言っているのがわかった。
「ISなら空は簡単に飛べる」
「いや、なんて言えばいいのか……もっと、自由に、どこでも飛べたらいいなって」
「その目的を果たすなら、ISじゃなくてもいいんじゃ」
「インフィニット・ストラトスじゃなきゃ、ダメなんだ」
思わず、同性ながら簪はまっすぐなマコトに見惚れた。まるで、大きな夢を語る少年のようにマコトは見えた。燃えるような瞳が、そのまま彼女の熱情を表しているようで、簪は圧倒される。流されるままに生きて、ただの“スペア”と見られ、最愛の姉は簪の手をとることを許されず、全てを諦めていた簪にマコトはあまりに熱すぎた。
「……か、簪?」
「…はっ、な、なんでもない。大丈夫」
「そ、そっか。変かな、あたしの夢」
照れた様子で言うマコトに、簪は初めて、マコトの前で口を緩ませた。
「変」
「えぇっ」
「けど、素敵だと思った」
マコトはその言葉をどこかで聞いたことがあった。いや、彼女自身が言ったのだ。
束に。あの、夢を追い続ける。今でも少女のような女性に。あのときの彼女の気持ちがマコトはよくわかった。夢を、向かいたい未来を「素敵だ」と言われることがどれだけ嬉しいことか。
前世ではついぞ、そんなことはなかった。マコトはこみあげてきそうになるものをグッとこらえた。
「……簪、ありがとう」
「どういたしまして?」
「なんだか、今日初めてまともに簪と話した気がする」
「毎晩、一方的に話されてたからね」
「そ、それはごめん」
「まぁ、いいよ」
「…あ、そうだ」
「どうしたの?」
「名前、名前で呼んでよ。苗字じゃなくてさ」
悪戯っぽく、ねだるようなマコトの顔に簪は今度はくらりとくる。まるで漫画のヒロインか、主人公のような気やすさ。これまでの流れは本当に漫画のようだと簪は自ら思い返し、恥ずかしくなる。
だが、ここでそうせがまれて断れるほど簪は強くなかった。
「…ま、マコトさん。これでいい?」
「できば呼び捨てがいいけど。ま、いいや。じゃ、改めてよろしくね、簪さん」
「…よろしく」
こうして、簪とマコトは初めてルームメイトと言える関係になったのだった。
「で、紹介するね。あたしのルームメイトの簪さん」
「………」
僅か数時間で簪はマコトに気を許したことを後悔した。午前の授業を終え、いつも通り一人で昼を食べようとしていた簪をマコトがわざわざ4組まで迎えに来て半ば拉致し、簪は気がつけば食堂の席に座らせられていた。そこには当たり前のように一夏と箒がおり、人見知りの激しい簪は死にそうになった。
「へぇ、この子が。大人しそうだな。俺は織斑一夏、よろしくな簪さん」
「一夏、苗字がわからんとはいえいきなり名前で女の子を呼ぶのはどうかと思うぞ。篠ノ之箒だ。この隣の阿呆と、マコトの幼馴染みをやっている」
陽のもの、と簪は天井を見上げた。二人は明らかに「リア充」と呼べると簪は思った。実際は一夏も箒も親が蒸発していたり、一家離散していたりと到底そうは言えない人生を歩んでいるが、簪が知る由もない。
生きてるのが楽しそう。簪はそんな人間が苦手だった。マコトは特段そういったものを感じさせない「普通」な感じがあるのと、大抵は簪との初対面の数回の会話で距離を取らないどころか、つかずはなれずでいたため特別だった。
「簪さん?」
「……よ、よろしく。苗字はその、呼ばれるの好きじゃないから…簪で、いい」
「おっ、そうか。なら簪って呼ぶな」
「そうか、簪。よろしく頼む。マコトは気立てが良くて出来たやつだから、過ごしやすいだろう」
何様なんだろう、箒は。そんな気持ちになりつつもいつもの調子なのでマコトは聞き流す。無条件でマコトを褒め出したりするあたりは束と似ているあたり、ちゃんと姉妹なんだなとマコトは思う。
「それで二人は何を話してたの?」
「あぁ、今週土曜のセシリア対策だな」
「セシリア対策?」
ほれ、と箒が視線を食堂のある席へと飛ばす。そこには1組の生徒が陣取っておりセシリアもその中にいた。レイラも彼女の隣におり、何やら楽しそうに談笑しているセシリアとは対照的に静かに食事をとっている。
「今日は肉じゃがに挑戦か。夜食べればいいんじゃないか?」
「そのあたりはおいおい学習していくだろうさ」
「なんの話してんの」
「????」
対策、と言いながら一夏と箒がしていたのはただの観察だった。マコトの鋭いツッコミが入り、いきなりこのノリを目の当たりにした簪は意味がわからないと頭にハテナマークを浮かべていた。
「いやさ、あいつの使うISの情報全然ないし、ならせめて普段の立ち振る舞いからなんかヒントをって」
「ISは人体の延長線上にあるからな。代表候補生ともなれば肉体に何らかの癖がしみついているかもしれん。武術を嗜んでいるもののように」
「あってるような、あってないような…」
元々剣術馬鹿な二人らしい結論だったが、その前にもう少し考えられるだろうとマコトは思った。
「調べたりしたの?他に何か」
「他に出てきたのはセシリアが爵位持ってる貴族なことと、おまけにあの年で当主なこと。ついでにレイラの情報も出てきて、レイラの家が貴族で、親父は議員だってことぐらいかな」
「思ったよりちゃんと調べてるね」
「って、山田先生に教えてもらったんだけどな」
「ダメじゃん!」
「わからないことがあったら先生に聞く。これは当たり前だろう、マコト」
馬鹿だ…こいつら…と幼馴染みたちのあまりの素直さにマコトは頭を抱えたくなる。簪はなんとなくマコトの日頃の苦労を察した。
「(鈴…なんでIS学園にこなかったの…)」
今世最大のツッコミ要員である鈴音はここにはいない。マコトはここで孤軍奮闘しなくてはならないのだ。
「けどさぁ、実際真面目に調べても、セシリアのブルー・ティアーズだっけ?あれなんか、所有権はイギリス空軍で軍事兵器で、しかも最新鋭。俺でもそんなもんの情報がネットに転がってるとは思ってないよ」
「流石にISについてはちゃんと調べたがせいぜい、SNSのイギリス軍広報アカウントに狙撃してる動画があったぐらいだ」
「よかったよ、そこはちゃんと調べてて…」
つまり二人もマコトと今同じ位置にいるということがわかっただけで、なんの対策もできていないということだった。その末の本人を観察するというもの。この二人なら行き着く当然の結論だった。
「なるようにしかならないんじゃないかなぁ」
「あぁ。ぶつかるしかないな、結局。なに、剣道の試合と同じだ」
「いやまぁ、そうだけど……」
マコトとしても最終的に二人と同じ結論なので、あまりとやかく一夏と箒のことを言えないはずだがそこは彼女の悪い癖が出てしまっていた。
しばらく、そのまま意気消沈して食事を進めていた三人だったが、そんな中さっきまでずっと人見知りゆえに黙っていた簪が口を開いた。
「…ビット」
「簪さん?」
聞き覚えのある単語が簪の口から出てマコトは驚いた。ビットといえば無線兵器の総称だ。マコトの前世で言うところのドラグーンがそれにあたる。
「なんだ、びっとって」
「ブルー・ティアーズの武器…無線兵器。簡単に言えば、空飛ぶビーム砲」
「どういうことだ?」
箒もビットがわからないのか首を傾げる。世界中継されるモンドグロッソでも未だにビット兵器は登場していない。IS関連の雑誌を見ればどこの国も研究中の難しい技術で、搭載されている機体はないと言われているものだ。彼女が知らないのも当然だ。
白騎士の時点で既に実現されていた技術だが、束が配布したのはISコアそのものなので、IS自体を動かすOSやブラックボックス以外の外側のソフトウェアは実を言えば各国の独自開発なのだ。それが配布されたオリジナルコアの性能低下の理由の一つでもある。
それを知っているのは今この場ではマコトだけで、彼女は口をつぐんだ。ここでビットのことを知り得ているのは国家代表候補生として、おそらくは各国の最新機の情報を持っている簪だけだろうから。
「もっと簡単に言えば、銃が手を離れて勝手に浮いて、しかもそれを意のままに動かせて撃てる」
「嘘だろ…なんだそれ」
「つまり、なんだ?あいつはエスパーなのか?」
「的外れじゃない言い方。BT兵器…これは無線兵器の総称だけど、それを扱える人はみんなちょっと特殊な感覚を持ってる」
特殊な感覚、というところにマコトは覚えあった。レイもそうだった。人より少し、カンがいい。
「なるほど…でも、それ、言ってよかったの?簪さん」
「別に秘密じゃない。ただの“噂”。IS関係者の中での」
マコトに、薄く笑う簪は「少しは役に立った?」と言外に言っているようだった。いきなり距離感がバグっていることにマコトは気がつかなかった。
「噂ね、それならしょうがないね」
「あぁ、そうだな。…結局、それがわかっても一夏はどうすることもできんが」
「俺の専用機当日に来るらしいし、今ので余計に勝負できるかも怪しくなった」
別に一夏達のために教えたわけではなかったので簪は「そう」と淡白に反応を返すだけだった。
「まぁまぁ、知ってるのと、知らないのじゃ全然違うから…けど、そうなるとライフルとブレードだけじゃ厳しいかも」
「熟練者ならともかく、搭乗2回目となると」
「流石に難しいかもね。あとで装備見直そう」
「手伝う」
「ありがと、簪さん」
「仲良いな…二人とも」
一夏は明らかに態度を変えている簪に気が付きながらも、どこでも誰でも仲良くなるマコトにいつも通りの幼馴染みだと気が抜けた。
そうして時はたち、約束の土曜。一夏は箒と剣術に打ち込み、マコトは結局イメージトレーニングだけで当日を迎えた。
「それでこれが俺のISか」
「白式と言うらしいですよ、織斑くん」
ISスーツと呼ばれる密着型の全身スーツに着替えた一夏の前には灰色のスラリとしたフォルムのISがあった。白式というわりにはまるで、フェイズシフト装甲のディアクティブモードのような色合いの状態はいまだ初回起動前の段階で、搭乗者に合わせた調整もされていないからだ。
「かっこいいですね!早速乗ってみましょう!」
「はい!」
何故か真耶が一夏の隣で張り切っており、箒が首を傾げまくっている。千冬は無言でその光景を見守っており、マコトはなんなんだこの空気はと居心地が悪い。
一夏が白式に触れ、彼の体が白式の装甲に包まれていく。展開が終了すれば、そこには機械仕掛けの鎧を身に纏った若武者が立っていた。
「うわ、なんかすげぇ!視界に色々写ってる!これがハイパーセンサーってやつかな」
「正確にはハイパーセンサーの機能の一つ、網膜投影です。よくアニメとかでロボットのコクピットにモニターがあって、色々情報が載ってますけど、それと同じようなものです」
「なるほど。エネルギー…うわ、出てきた。これがシールドエネルギー、ってやつで、推進剤?ジェット燃料ってことか…すごいな、俺の思ったこと、すぐに出してくれる」
「ISコアに搭載されたAIの補助機能のおかげですね。搭乗者の意識に反応して、そのとき必要な情報を即座に提示してくれます」
正確にはISコアが本当に「これがほしいんだね!」と人間同様の反応を超速でしていることをマコトは知っている。おまけに、白式のコアはこの世界でもっとも稼働時間の長い白騎士のコアである。搭乗者の思考を読み取るのは慣れているだろう。なにせ一番長い付き合いの搭乗者があの千冬だ。無茶振りに次ぐ無茶振りで、白騎士のコアは恐ろしいまでの進化を遂げている。
なので、初回起動にしては明らかにおかしい処理速度をしているのだが、そのことに誰も気がついていない。
「織斑。フィティング…IS側の自動調整はすまないがぶっつけ本番だ。やれるか」
「やるも何も、やるしかないんでしょう。千冬ね……いや、織斑先生」
「その通りだ」
「わかった、ならもういくよ。箒、今週はありがとな」
「礼を言うならまだ早いぞ」
「それもそうか。マコト、先行くぞ」
「どうぞ」
一夏が今いるピット……この模擬戦の会場であるアリーナの中へと続く、カタパルトデッキの入り口へと歩んでいく。初めてのISなのに歩行をなんなく行えていることに真耶が驚き、関心している。箒も同様だ。
が、白式の中身を知る千冬とマコトは、きっとコアが頑張って補正しているのだろうと察した。ここまで献身的なのは千冬のせいなのだが直接的に会話をしたことはない千冬は、白騎士とはそういうものだと思っている。
「織斑くん!カタパルトに乗ってください!」
「はい!」
真耶がデッキ内のコンソールへと移動すると、一夏を管制する。一夏は指示に従い、カタパルト台に白式の足を乗せる。音を立ててロック機構が白式の足をつかんで、固定する。
「カタパルト接続確認、進路クリア。アリーナ側、コンディションオールグリーン。織斑くんに発進タイミングを移譲。いつでもどうぞ!」
「えっと、こういうときって…」
「一夏、こういうときは機体名と、自分の名前を言うんだよ」
マコトの助言は完全に前世の出撃時の決まりだったが、この世界でもそれは同じなようだった。
「そっか!わかった!…白式、織斑一夏でいきます!」
刹那、凄まじい勢いで一夏が射出される。彼の雄叫びのような悲鳴が響いたが、全員スルーした。
「さて、次は飛鳥、お前だ」
「了解しました」
マコトは白式の後ろに佇む打鉄に近づく。灰色の無骨な鎧武者という出立のISだ。装備は量子化され保存されているため今は丸腰だ。“あの時”はみていることしかできなかった。だがこれからは違う。
そして、怒りに流されることもない。自分のため、誰かのため。明確な意志を持ってマコトは打鉄に触れる。
量産型コア機とは違う、暖かな感覚がマコトを包み込む。はじめまして——打鉄がそう言っている気がマコトにはした。
「(これが、インフィニット・ストラトス…これが、宇宙にいくための、翼)」
気がつけば装着は完了していた。マコトは感動に身を震わせながらも移動式ハンガーから一歩足を進める。モビルスーツを動かすような感覚をイメージしながら歩めば、ISコアが補正し、彼女の思考に合わせて適切なバランサーを作動させる。
自動的に動かし過ぎているとマコトが感じればコアはあえて“あそび”を持たせる。
それは思考の会話。マコトは、これが宇宙でともに飛ぶ際の相棒になるのだと思い、最高だと感じる。一人じゃない。暗く、無限に広がる宇宙でこのコアの温もりは心強いことは間違いない。
「どうだマコト——初めてのインフィニット・ストラトスは」
名前で千冬は呼ぶ。今、彼女は教師としてではなく、かつて裏山の研究所にいた頃と同じ、近所のお姉さんその2である千冬としてマコトに聞いた。
「最高ですよ。こんなものを一足先に乗ってたんですね。ずるいですよ、千冬さん」
「フッ……これからも私は乗れるし、お前もこれから好きなだけ乗れる」
「…そうですね」
夢のような時間の始まり。マコトはそう予感した。
「行きます」
「あぁ、行ってこい」
一夏と同じようにカタパルトにマコトは乗った。
「スタンバイ。カタパルト接続、確認。進路クリア。オールグリーン。発進タイミングを飛鳥さんに移譲…やり方は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。山田先生」
真耶に微笑みながらマコトは顔つきを変えて前を見た。
かつての出撃のように、けれども、これから飛ぶのはあの時の空とは全く違う空。
「(…あたしは、ここにいる。ここから、飛ぶんだ。束姉さんの目指す、成層圏の先へ)」
瞑目し、マコトはこれまでのことを思い浮かべながら、再び目を開いて射出口の先を見据えた。
「飛鳥 マコト、打鉄!いきますっ!」
どこか懐かしいGに押されながらもマコトは飛び立つ。射出口から出てしまえば、彼女は“いつもの癖で”打鉄をくるりと横回転させて上空へと飛び立つ。そのまま、ピタリと停止し、その場で滞空する。
1組の生徒達しかいない観客席から歓声があがった。
「マコト!きたか!」
「一夏、きたよ!」
マコトの眼下に同じように滞空している一夏が好戦的な笑みを浮かべて呼ぶ。マコトも同じように笑みを浮かべながら応える。
「本当に、これが2回目の搭乗なのですか」
「そうだよ!」
青いISに身を包んだセシリアがマコトの発進時の機動に驚きを隠していない。素質がある、なんてものにはセシリアは見えなかった。少なくともかなり乗り慣れている…そうにしか見えない。
「……なんであれ、約束の決闘です!織斑一夏!」
「あぁ!本気で行く!」
「それ以外ないでしょう!あなたを倒し、レイラの目を覚まします!」
セシリアが両手をバッと広げれば、その手には彼女の前腕より少し長いぐらいのライフルが握られていた。ここで一夏とマコトはあれっ、と思った。
「(スナイパーライフルじゃない…!?)」
ネットに上がっていた動画で装備していたのはビーム・スナイパーライフルだったが、今セシリアが装備したのはライフル。おそらくはビーム・ライフルと思しきもの。ビット兵器に、青い機体色、二挺のライフル。
マコトの脳裏に、不倶戴天の敵が過ぎる。
「フフ…お二人とも、私の動画を見ていたのでしょう?ですが、あれはあくまで広報用のものです。本来の私の戦い方はあのような狙撃手としてものではありませんの」
1組に溶け込んで、表情豊かになっていたセシリアの顔に、入学当初見受けられた完全に相手を見下す表情が浮かぶ。徐々に場の空気が、変わっていく。ヒリヒリとした、戦いの空気へと。
「さぁ、一曲、お付き合いくださいまし…このセシリア・オルコットと、ブルー・ティアーズの奏でるワルツを!」
バシュ、とセシリアの左右を飛ぶ非固定のバインダーから涙が落ちるように二つの装甲板…否、ビットが射出される。それらの先端が二人の顔を向く。
「…いいぜ、やってやる。答えは剣の中にありってな!」
一夏が量子化されていた武装を呼び出し、その手に身の丈以上の真っ白な太刀を構える。それは今のISに関わるものならば誰もが知っているであろう伝説の一振りと酷似していた。
「雪片……」
マコトがその名を呼ぶ。正式名称は対岩石破砕ブレード。元々は白騎士のスペースデブリ排除用だったものが、暮桜に擬態していた際に変化し、ある特殊な“固有能力”を発揮した千冬が最強のIS乗りたる所以の一つ。
セシリアも目を見開くが、すぐに表情を真剣なものへと戻す。固有能力の顕現はその機体のみ。一夏の白式がただ暮桜の後継機か何かだろうと思ってだ。もし“固有能力”引き継いでいると知っていたらセシリアはもっと険しい顔をしていたはずだ。
「オルコットさん、一夏。あたしはクラス代表になりたいんだ。だから」
武装をコール。マコトの両手にライフルとブレードが装備される。初心者に難しいはずの装備が左手に見え、セシリアはやはりマコトはただの初心者ではないと判断する。そもそも、いろんなことがあってセシリアは今の今まで忘却していたがマコトも教官を入試で破っているのだ。只者ではない。
「だから、悪いけど。勝つつもりでいくよ」
「期待していますわよ」
「マコト、俺も負けないからな!」
一瞬触発。観客席にいる1組の生徒達は三人の間に火花が散るのを幻視した。
『ではこれより、1組クラス代表決定戦を開始する。怪我だけはしてくれるなよ——始め!』
三年間、元1年1組の生徒が語り継ぐある意味伝説の戦いが幕を開けた。