時はほんの数分前に遡り、観客席にいるレイラはあっという間に馴染んでしまった1組の生徒達に囲まれて既にアリーナ内に待機しているセシリアを見上げていた。
「あれがセッシーのブルー・ティアーズだね、レイレイ」
「えぇ。我が国が誇る最新鋭のIS。彼女の専用機です」
レイレイとレイラのことを呼んだのはクラスの中で最も緩い空気を纏っている本音だった。人見知りせず、彼女の柔らかな態度に1組の生徒達全員が骨抜きにされており早くも彼女は1組のマスコットキャラのように扱われていた。
レイラも本音のような同い年の少女は初めてで、思わず簡単に気を許してしまうほどだった。するりと、人の内側に入るのが得意なのだろうとレイラは彼女の人の良さを評価していた。
「私、専用機って初めて生で見たかも」
クラスメイトの一人である相川清香がそう言ってセシリアを見つめる。1組全員が初めて生で専用機を見たのだ。レイラはその反応も止む無しと思う。特に。ブルー・ティアーズは今でこそ軍の最新鋭で機密情報の塊であり、メディア露出では戦闘機動などとったことがない。しかし、いずれ開発が完了すればホロモゲーションモデルとして改造され、メディアへの露出も増える。
それも見越して、今の時点でも装甲は磨き上げられ、武装のデザインも力を入れている。
「セシリアさん、綺麗だね」
「ほんとほんと。貴族だもんね」
そして、セシリアが持つ美貌が機体の美しさと相乗効果を生み出す。代表候補生として今、求められているものの一つである“華やかさ”に関しては国家代表にも劣っていないだろうとレイラは友人の贔屓目を除いても思う。
「レイさんも代表候補生だけど、あれに乗ったことがあるの?」
「いいえ。私の専用機として予定されているISはまだ建造途中です」
「へー、ってことはそのうち届いて乗れるんだ」
「はい。ちょうど、織斑さんのように」
織斑一夏。レイラの持つ“記憶”にある少年とどこか近いものを持つ少年。似ても似つかないがその真っ直ぐさは嫌いじゃない。そんな彼がタイミングよくアリーナ内に飛び出してくる。体勢を崩しながらもどうにかISによって墜落は免れ、セシリアの前に立つ。
「あ!織斑くん出てきたよ!」
「あれが織斑くんの専用機なんだ」
「打鉄…というか暮桜と似てるねー」
最後の本音の言葉に全員が「あぁ」と一夏のISに感じた既視感に納得した。織斑千冬のもはや悪鬼羅刹のようなモンドグロッソでの大暴れは世代関係なく知れ渡っており、暮桜の姿もまたよく覚えられている。
それ故に、リアルタイムで暮桜大暴れを見ていたもの達にはよく似た打鉄でも若干心理的なショックを受けてしまうほどで、打鉄のデザインが暮桜を踏襲しているのは単に後継機だからという理由ではなかった。
「大方、日本側の試作機を彼に回したのでしょう」
「そうなのかな〜、かっこいいね」
鎧武者、という出立ちの趣味はレイラにも少しはわかる。かっこいい、とほんのちょっとだけ内心思った。
「(しかし、男性搭乗者、こうして目の当たりにすると……やはり気になってしまいますね)」
レイラは本来ここには来ない予定の少女だった。それは彼女自身の存在が“本来はこの世界にない”ものであるからとは別に、単純に進路が違ったためだ。だが、こうして彼女がIS学園にいる理由は一夏にあった。
「(男性操縦者の観察…必要であれば接触し、遺伝子データの確保…この世界でも、ヒトの持つ業はかわらない)」
祖国から与えられた任務を彼女は唾棄すべきものだと判断し、ほぼ放棄している。最低限身を守るために観察している体でレポートこそ作成しているが。
「(仕事半分、興味半分。見させてもらいましょう、織斑一夏。あなたが…いや、お前が、私の“記憶”に残る彼のように、どこまでまっすぐなのかを)」
足を組み、レイラは一夏へ視線を向ける。真剣な眼差しに周囲はレイラの真意などしらず「本当に誑かされている(一目惚れしている)のでは」とセシリアの決闘理由が的外れではないと勘違いする。
一夏が出て数十秒後、続けてマコトもアリーナ内に出てくる。射出からの一連の機動に1組の生徒達から歓声と拍手がわき起こる。
「うわっ!マコトすごい動きしてる!」
「教官倒したんだもんね。もしかしてマコトってIS乗ってたのかな、ここにくるまで」
「ううん、それは違うって本人が言ってたよ」
さやかがクラスメイトたちの言葉を否定し、レイラは一夏からマコトへと視線を向ける。懐かしさを覚える黒髪に赤い瞳。ただ、“彼”とは似ても似つかない愛らしい少女で、その瞳に宿しているのも“怒り”ではなく“希望”。
よく似た他人…レイラは“記憶”に残る“彼”とマコトを同一人物とは思っていなかった。
しかし、今の機動には引っかかるものが生まれてしまう。
「(対空戦闘時の出撃機動…今のはそれでした)」
“記憶”が間違いないと告げてくる。そして、その動きはこれまで何度も後ろで見てきた。
「レイレイ?」
「…っ、どうしましたか?」
「ううん、ずーっと、まこりんを見てたから」
「えぇ、つい。搭乗2回目であの動きをしているので、興味が」
レイラ・デュランダルとしても、“記憶”の中の誰かとしても、レイラはマコトに興味を抱いた。彼女は何者なのだろう。それは今、マコトと対峙しているセシリアと同じ気持ちであった。
「ねぇねぇ、レイラさん。誰が勝つかな?」
相沢さやか。その、マコトの前席の生徒から問われ、彼女はそれはもちろん…と席を立つ。
「セシリア。彼女に違いないでしょう。彼女はあぁ見えて、努力家ですからね」
不適な笑みを浮かべ、宣言する。生徒達は「おぉ!」とどよめく。
今の彼女。“レイラ・デュランダル”のこの世界における“相棒”であるセシリア・オルコットの在り方はレイラにとって好ましいもので…その勝利を信じている。
「(飛鳥マコト。あなたが私の“記憶”の語る“彼”だとしても、モビルスーツとISは違う。一朝一夕でどうにかなるものではないのですよ)」
レイラが、1組の生徒達が見上げる中、模擬戦は開始された。
戦闘開始。初撃を放ったのはマコトだった。右手に構えたガルム…アサルトライフルをセシリアに向けてフルオートで放った。
ロックオン警報がなく、突然の手動照準での攻撃にセシリアは舌を巻いて回避した。弾丸は正確にセシリアの胴体を狙っており、元いた場所を銃撃が通り過ぎていく。
「無礼な!」
首もたれず、いきなりの攻撃。セシリアはバックブーストから旋回機動をとってマコトに向けて二挺のライフルから機体名のように青いビームを連射。彼女に追従するビットからもレーザーが連射される。
その弾幕に素人であればすぐに圧倒され固まるはずだが、マコトは冷静に、それがただの弾幕であると理解し上昇し回避する。
「俺も忘れるな!」
一夏がセシリアに向かって一直線に向かってくる。機体が灰色なのは未だファーストシフトすら済んでおらず、機体が全くの未調整である証で、セシリアはそんな状態で出てきた一夏を最初から相手にならないと判断していた。彼が男性であるかなど全く気にせず、一人のIS乗りとして見ていた。
完全な素人。それが前のめりになるならばセシリアは当たり前のように腰部に搭載されているミサイルランチャーから単発のミサイルで迎撃する。
「あなたの相手は後でしてよ!」
「おわっ!?み、ミサイル!?」
ギャグ漫画のように空中でたたら踏んで慌ててミサイルから逃れようとする一夏を、セシリアの放ったミサイルが追尾する。彼の機体が暮桜の後継機と睨んでいるセシリアはブレードオンリーと白式の武装を断定して、そのまま意識をマコトに戻す。
「一夏!」
爆発音。それは一夏にミサイルが命中したわけではなく、マコトが放った弾丸によってミサイルが落とされた結果だった。
「わ、わりぃ!マコト!」
本当に素人なのか?セシリアはマコトを射抜くように見つめる。搭乗二回目の少女が高速で飛び、小型の目標を撃ち落とすなどありえない。セシリア自身もどうしようもない時でなければフレアをばら撒いて回避する。
セシリアのギアが一段階、早々にあげられる。飛鳥マコトを初心者相手と見ない方がいいと。
「…飛鳥さん。正直、あなたがそこまでおやりになるとは思っていませんでした」
「そうかな?一週間ずっとイメージトレーニングしてたことをイメージ通りにやったら、ISがそうしてくれただけだと思うんだけど」
「あなた、IS適正はどうでしたの」
銃を向けたまま、セシリアは問いかける。もちろん、この音声は観客席側にも流れており、1組の生徒達は「そういえば聞いたことがなかった」と口々に呟く。
マコトは問われ、素直に答えた。
「A+」
「なっ……」
「A+。あたしの適性。あたし自身も驚いてるよ」
「あなたも、レイラと同じ、最高値…」
「あの子も、そうなんだ」
世界に本当にごくわずかにしかいない初期適正値「A+」。マコトもそうだった。初めて乗ってもISが言うことをきき、思った通りに動くことができる。そんな存在。マコトに関しては最初機から開発に関わっていたこともあってそうなっている。
それが、マコトの素人とはかけ離れた機動が可能な理由の一つ。
「ならば、これは如何ですか?」
セシリアが上方に急加速し、マコトたちにビーム・ライフルで雨を降らす。マコトも一夏もそれぞれなんとか回避し、セシリアに接近しようと一夏が上昇しようとする。
「ッ!一夏!だめだ!」
「え!?おわっ!?」
背後から大きな衝撃。一夏は視界の隅にある「シールドバリアエネルギー」の残量が一気に減ったのが見えた。ISバトルにおいてはこのバリアエネルギーの残量で勝負が決まるルールで、いわばHPだ。
それが減った。攻撃を受けたということ。
一夏がなんだと背後を向けば、僅かに青い飛翔物が視界から外れていくのが見えた。
「なんだっ!?がっ!?」
今度は左側面から衝撃。エネルギーが削られる。幸にも痛みはまったくないが衝撃自体は体を揺らす。
「一夏!その場から動いて!…くっ!?」
マコトのほうへと向けば、一夏は今何が自分たちを襲っているのか理解する。ブルー・ティアーズから分離したビット兵器。それが直角機動で凄まじい速さでマコトの周りを飛び交い、一夏の周囲にも飛んでいる。
全部で4機のビットが二人に襲いかかっていた。
「さぁ、さぁ!そんなステップでは!」
機数は多くないためビームの檻に閉じ込められることはないが、一夏は次々と全身にビームが突き刺さる。
「くそっ!くそっ!わかっちゃいたけど、どうすりゃいいんだよ!」
悪態をつきながら、遮二無二に動いて回避を試みる一夏だがそれは叶わない。シールドの発生を知らせる表示に合わせて「絶対防御起動中」という表示も明滅する。必死に覚えているISの用語の中にそれはあり、一夏はかろうじで意味を思い出す。
絶対防御とは、ISの搭乗者をあらゆる外的事象から守るためのもので、物理的な装甲に例えれば二次装甲。バイタルパートを保護するための最後の壁だ。その性能は白騎士のものからシールドバリア同様一切変わっていない。ISコアの稼働エネルギーが尽きるまで一切の攻撃を通さない。それこそ、流星群の中に迷い込んでも、アーマーがダメになっても搭乗者だけは無傷でいられるほどのものだ。
だが、発動には夥しいエネルギーを必要とし、今のISコア自身が人類に合わせてセーブしている状況ではコアの発生するエネルギー供給量を消費量が上回り、いずれISが強制停止する。
白騎士のコアそのままな白式といえど、今の白騎士コアは“創造主”から与えられた命令を忠実に守り、ただのISと同等の機能に力を制限しているため白式も例外ではない。
「エネルギーがもうやばい!」
「おーほっほっほっ!そのまま地に落として差し上げますわ!」
あまりにらしい高笑いに一夏はムカつきながらも「マジで貴族ってあんな笑い方するのか」と衝撃を受けつつ、なけなしのエネルギーを使って無意味な回避運動を続ける。
一方、マコトは危なげなく回避をしながらどうしたものかと考える。
「(二機だけがこっちを向いているとはいえ素早くて正直それ以上の弾幕。相手には頭を取られてる。ブラストインパルスやデスティニーみたいに長距離攻撃できる武器があるわけでもない)」
何より、マコトはさっきからガルムを収納している。ビットによる攻撃が始まってから、数度、セシリア本体からマコトの武器を狙った攻撃がされたからだ。実際のところ、この戦いでは全員模擬戦用武装の火力や判定はモード変更で本当に削られているわけではない。一夏の受けている衝撃も“ISが全身を膜のように包むシールドバリアを使ってシミュレートしている”結果だ。もちろん、エネルギーが減っているのも実際の数値よりは少ない。
射撃武装の被弾判定はシビアで、当たれば一撃で破損になってしまう。マコトは簪から前日までの話でそう聞いていたので、狙われた時点で武装を収納している。
「(くっ、思ったより動けるからいけると思ってたけど、逆だ。やれるから、できないこともすごくわかる!)」
打鉄の性能限界。それが如実に今のマコトにはわかってしまっていた。千冬の暮桜の後継機とはいえ、打鉄に求められたのは量産機としての安定性だ。故に、暮桜のピーキーな操作性からなされる俊敏性や、高い出力の内臓スラスターは調整されて相当にマイルドにされており、性能の頭打ちも早い。
拡張性が少ない。これも簪から聞いた話で、日本の第三世代機の開発が遅れに遅れているのは打鉄の突き詰められた設計によって引き起こされ、簪がちらりとマコトに語った彼女の専用機、打鉄の改良機はほとんど設計を見直して名前だけ同じの別機体になってしまっているという。
ひらり、ひらりとビットを避けられる操作性の良さはマコトも気に入ったが、今の上空にいるセシリアに突撃をかけることは難しい。
「(手はあるにはあるけど、瞬時加速の瞬間到達速度も平均より遅いから間違いなく迎撃される)」
打開策として、マコトは瞬時加速と呼ばれるISの戦技のうちの一つを挙げるが、この打鉄の加速性能の悪さがその案を却下させる。瞬時加速はシールドバリアにも使用されているエネルギーを機体の推進装置に回して一気に解放することで瞬間的に凄まじい加速力を得る戦技だ。
さきほど、セシリアが上空に一気に跳躍したのもその技だ。ISの操縦者としては出来て当たり前の技術で、候補生レベルとなれば瞬時加速の応用技も使ってくる。セシリアの本領が中距離機動戦であることはマコトも察しているため、未だ全力でない彼女が見せていないだけだろう。
「(時間をためてエネルギーを貯めても、それをすれば動きが鈍くなる。どうすればっ)」
正面から放たれたビットの一撃を咄嗟にマコトは剣で切り払う。ビームが拡散し、飛沫のように舞う。観客席からは「がんばれー!」と声援が飛んでくる。
「…そうか!剣で払えばいいのか!」
唐突に、そんなことを一夏が言い出した。マコトもセシリアも、観客席の全員も「は?」と呆けた。
一夏のシールドエネルギーは風前の灯で、セシリアはとどめとばかりにビットの全砲門とライフルの銃口を向けて、ノータイムで放つ。これで一夏は落ちるだろうと、観客席ではなくカタパルトの管制室にいる千冬と箒以外は思った。
「お、織斑くんが!一夏くんが!」
「落ち着け、山田くん。あの馬鹿はあれでは終わらんよ」
「そうですね、織斑先生。アイツは馬鹿ですからね」
信頼。千冬と箒は知っている。織斑一夏がどれだけ単純かを。ISが生み出され、千冬がISがらみの方向へ進んでも一夏は何も変わらなかった。単純なまま、いつも真っ直ぐに進んできた。だからあの束も、単純で、まず誰かを肯定する一夏に千冬と同じく心を許した。
「ここだぁぁっ!」
「なっ!?」
一斉砲撃。それは、一瞬とはいえ全ての砲身が固定された状態。一夏は本能的にそれを理解し、セシリアに向かって真っ直ぐ加速した。四方からのビットの攻撃をすり抜け、真正面から一夏を貫かんとするビームを彼は、その手に持つ『雪片二型』で切り払った。
「そんなっ!?」
観客席でレイラが驚愕の声をあげる。本当に、完全な素人が、今日初めてISに乗る人間が、亜光速のビームを切り払うなどありえない。信じられない。
「だから言っただろう、一夏。ISは人体の延長線上。斬ればなんとでもなる」
モニターを見ながら、箒は満足そうに頷いた。
「正気ですか!?真正面から!」
「斬ればなんとかなるんだよぉ!」
セシリアがライフルを連射する。しかし、一夏は何かが吹っ切れたかのようにひたすらライフルのビームを切り払い、接近する。ビットを一夏に当てたいが、それをすればマコトがフリーになるためできない。
「うおおおおっ!」
一夏の雄叫びとともに、白式の装甲が白く染まっていく。まるで雪が降り積もり、染み渡るかのように。一夏と白式の間の調整が完了した証拠だった。エネルギー残量が僅かに回復し、“白騎士”は一夏の声や勢い。感じる体温から判断する。
——あぁ、この人はあの剣術馬鹿(千冬)と同じだ、と。
『単一機能の発動を許可』
「なんだかわからないがいくぞ!」
ワンオフアビリティの起動の提案。白式からなされたそれを一夏は何も考えずに承認した。
「ッ!????!!?」
声にもならないマコトの悲鳴があがる。振りかぶり、雪片二型の切っ先がマコトに向いた途端それは顕現した。青白く、どこまでも伸びていく、無敵の太刀。それがマコトにまず掠めて、ついでに彼女のことを追いかけようとしていたビットにあたり、ブルー・ティアーズ本体から分離しているためバリアもないそれらは紙のように斬られる。
マコトのシールドエネルギーは僅かに刃が掠っただけでほぼ全損し、あと一撃でももらえば試合は続行不可能となる。
「ひっ!?」
セシリアは迫り来る白い鎧武者に以前見たトラウマビデオ映像を思い出す。黒髪の剣鬼、何もかも青白い太刀で斬り裂いた最強の戦士。白式の…日本のISの持つ“暮桜”と似た形状である視覚的性能が見事に牙を剥いていた。
「もらったぁぁぁ!」
自身が引き起こしている事態に気がつくこともなく一夏はセシリアに太刀を振り抜こうとする。視界には青空と、恐怖でしわくちゃになっているセシリアしかいない。いや、本当に“それしか映っていない”。
普通であれば当たらない間合いを青白い光の太刀が振られ、セシリアを斬り裂かんとする。セシリアは恐怖のあまり目を瞑った。が、一向に直撃によるエネルギー消失のアラートはこない。
なにが、とセシリアが目をゆっくりと開ければ、雪片を振り抜いた格好で固まっているのが見えた。
「……え?」
「……え?」
セシリアも、一夏も困惑とした表情を交わす。セシリアの視界には未だ8割近いエネルギーが残されていることを示す各種エネルギーマップが正常に動いており、ビットのうち3、4番機がシグナルロストしていることもわかった。
撃墜されていない。セシリアは状況を理解した。では何故、一夏がその場で固まっているのか。
『白式、エネルギー残量、ぜ、ゼロです!』
静まり返ったアリーナに真耶のアナウンスが虚しく響く。ここでようやく、一夏の視界に全ての表示が戻ってくる。
視界の邪魔になるほどの色んなゲージの0、0、0という数字。一夏もようやく白式の状態を把握する。
「ね、燃料、切れ?」
この状況をただ一人、白騎士の長きにわたる相棒だった千冬だけが理解していた。
「(はしゃぎすぎたな、あいつめ)」
オリジナルコアの数は限られており、新型機を開発するとなると、当然現行のものを解体し、ISコアも初期化される。このコアの初期化技術は束から開示されているもので、完全にコアを初期化できるのだ。それをしないとどうなるのかといえば、外装と制御システムの不一致やISコア自体の混乱などが起きてシステムダウンなどが発生する。また、専用機ともなれば以前の操縦者の癖に合わせてISコアが動くため、操縦者の意図しない動作が発生する。
今回、一夏と白式の間に発生したのはまさにそのコアと操縦者の意図の不一致だった。
白騎士のコアは一夏の生態パターンが千冬に似ていることに加えて、剣術の心得があることや思い切りの良さなど姉弟特有の似ている行動から「彼は千冬と同じだから同じ仕様でいいよね」と判断し、かつて千冬が暮桜でそうしていたように機体情報の表示を全てオフ。さらに、機体制御と火力に全エネルギーを白騎士時代の感覚で過剰投入。
その結果、僅か7〜8秒で、展開し長距離移動するなら半日は持つ程度には残っていたエネルギーを浪費し、エネルギー切れ。失格となった。
あまりのことに固まっていたマコトに、セシリアのビットが一発当て、マコトの打鉄もエネルギーが全損。彼女も失格となる。
『打鉄、エネルギーゼロ!オルコットさんの勝ちです!』
勝負していた本人たち、観客席にいた1組全員が「えぇ……」となんとも微妙な空気となった決着に声を漏らしながら、1年1組のクラス代表候補決定戦の幕は降りたのだった。
戦っていた三人が全員同じピットへと帰還し、ISから降りる。勝者であるセシリアも微妙な顔つきで、勝負がついたというのに三人を取り巻く空気は非常に陰鬱だった。
「…あー、三人とも、ひとまずご苦労」
『お疲れ様です』
「勝者はオルコットとなった。このまま行くとオルコットがクラス代表になるが」
「織斑先生」
「なんだオルコット」
「私はクラス代表に立候補するなど一言も言っていませんが」
「と言うのはわかっていたからな、撃墜順で言えば飛鳥になるのだが……」
マコトは千冬の言葉に首を横に振った。千冬は「おや」と僅かに驚く。
「立候補したときの威勢はどうした」
「いえ、その……正直、ISのこと、舐めてました」
「だとしても、そういった認識を正す機会にクラス代表戦はなると思うが?」
マコトは気持ちが逸るあまり今回立候補してしまったと模擬戦が終わり自覚した。ISに感じた高揚感は嘘ではなく、できるならばこれからどんどん乗って行きたかったが鼻っ柱を折られたような感覚がマコトにはあった。
「オルコットさんの動きに圧倒されました。あたしにはまだまだ、ISに乗る勉強が足りません」
「心構えもだろう」
「はい」
落ち着いているように見えて、マコトが真っ直ぐなのは千冬もわかっており今回の模擬戦が無駄にならなかったとこの時点でも満足だった。彼女に関しては束とのこともあり特に心配はしていないため、こんなものだろうと千冬は視線を一夏へと向けた。
「織斑。お前が最後に出したもの、何かわかるか?」
「えっ?あれですか?いやなんか光の剣…」
「阿呆か。発動直前に白式が何らかの提示をしなかったか」
一夏はそう言われて思い返す。心当たりがあった。
「確か、ワンオフアビリティ…単一機能がどうとかって」
「そうだ。それだ。ISコアには進化機能があるというのは今週の授業で習っただろう」
千冬はヒールの音をピット内に響かせながら膝立ちで置かれている白式へと歩み寄り、コンコンっと機体叩く。
「単一機能とは、操縦者とISコアの同調が高まり、極まったときにISコア自体が生み出すものだ」
「ですが織斑先生。織斑さんは今日そのISに乗ったばかりです。それで即座に単一機能の発現など。さらに、あの単一機能は」
「オルコットの疑問は尤もだ。さきほど織斑が発動させたのは“零落白夜”。私が現役時代に使用していた暮桜のものと同一だ」
「千冬姉と…そういえば、なんか青白いのでぶった斬ってた記憶が」
「ありえません!単一機能の継承など、現時点のISでは絶対に起こり得ません!コアを流用していたとしても——」
「——初期化されていれば、という条件がなければ、それはありえます」
セシリアの言葉をマコトが否定する。マコトもてっきり、白騎士のコア自体が成長しきっているため初期化されていてもそれは表面的なソフトウェアだけだろうと考えていた。が、どうやら実際には違うのかもしれないとマコトは推測する。
あの白式のコアは。
「(白騎士の時から、ずっと、そのまま)」
ナンバー0と呼ばれる白騎士のコアは表向きには束が所持していると言われ、白騎士自体の性能の隔絶したものからコア自体も配布されたものとは違うと言われている。それは事実でマコトもその全てを知るわけではないが、コアに内蔵されるジェネレーターやそれらを伝達する機能、コア自体の拡張性、何度も言うが性能制限の無さ。
偽装され、暮桜のコアに擬態しているとはいえ、なんらかの手を使い束自身が手を加えたとなればコアの初期化をせずとも不具合は出さない。結果、これまでの全てを引き継いだまま、今は白式としてここにある。
強くてニューゲーム。妹がそんなことを言っていたことがあったが、まさにそう言った状況なのだとマコトは思った。
「そんな…そんなこと、可能なのですか?」
「倉持の技術者からはそう聞いている」
千冬はそう言ってポケットから一枚の手紙をひらひらと見せつける。
「といっても、難航していて諦めようとしていたら偶然不具合が解消していて、このIS以外はうまくいかなかったそうだ」
「偶然ですか…」
「まぁ、ISには未知の領域が多すぎるからな。唯一わかっている開発者もこの世にいるのかわからない。そういった不安さも手伝って、データ取りには最適で、私とは血縁のある織斑がこのISの操縦者として選定されたわけだ。最初は私がテストパイロットをする予定だったんだが、そのあたりはもっと上の意向だろう」
しれっとした態度で千冬は白式の「カヴァーストーリー」を語りきり、セシリアは納得するしかなかった。
マコトはこのほとんど嘘な話を考えたのは束だと確信する。千冬が話きったとき「面倒だった」と言わんばかりに彼女の癖である側頭部に手を当てる仕草を見たからだ。箒もその仕草をするときがどういった状況なのかわかり、白式が姉の手によって何かされているのだと察した。
「それで、だ。消去法でクラス代表は織斑になるのだが、いいか」
「…いいのかなぁ、なって」
一夏は悩んでいた。こんな自滅紛いのことをしてしまうほど一夏はISをよく知らない上、戦闘の内容は散々である。むしろ、一夏の一撃がなければほとんどダメージを受けていなかったマコトのほうがいいんじゃないかと思った。
しかし、その一夏の迷いを絶ったのは意外なことに彼の代表推薦を止めようとしたセシリアだった。
「織斑さん。あなたが代表になるべきです」
「え?オルコットさん、嫌だったんだろ?」
「……私は一言もあなたが代表に相応しくないから辞退なさいと、言っていませんが」
「…言われてみればそうだな」
「先ほどの最後の突撃。見事でした。初めての戦闘ともなれば誰しも相手の攻撃に恐怖し、動けなくなるのが常です」
「オルコットさんもか?」
「恥ずかしながら私もそうでした。ですが、あなたは初陣で光を切り裂き、振り切って私まで刃を届かせかけた。あなたのISが特殊なのもあるでしょう。ですが、それ以前に、あなたのその胆力は認められます」
セシリアは先ほどの一夏の思い切った突撃を称賛する。剣で弾を弾けば損傷の判定は出ないと気が付き、それをいきなり実行しようとする者がいるだろうか。それも乗った初日で。確かに彼の動きはおぼつかず、回避すらまともに出来ずセシリアの攻撃は全て彼に直撃していたが、それでも戦意を衰えさせていなかった彼に、セシリアは畏怖さえ感じる。
「へへ、なんか嬉しいな」
「そうやって、称賛を謙遜せずに受け切ることもリーダーには必要でしょう」
「ってことはつまり」
「認めましょう。織斑一夏。IS乗りとして以前に…人としてその真っ直ぐさ、強さを。あなたには1組のリーダーになる資格がある」
セシリアは微笑みながら一夏を認めて、そう言った。箒が一夏の肩を抱いた。
「やったな一夏!勝負には負けたが、試合相手に認めさせたぞ!」
「あぁ!やったぜ!オルコットさん、あんためっちゃいい人だな!」
「この国の言葉では信賞必罰と言うのでしょう?あなたは私に認めさせるだけのものを見せてくれた。であれば、下々の上に立つものとして、認め、与えるのは当然と言えるでしょう」
「ノブレスオブリージュ、というものですね!」
真耶の補足に「その通り、ですわ!」とセシリアがまた高笑いした。マコトはクラス代表にはなれなかったがこれにて一件落着、と安堵した…のだが、リーダーの件に加えてもう一つ決闘の理由が、むしろそちらの理由がメインだったとマコトは思い出してセシリアに問いかけた。
「オルコットさん、そういえばデュランダルさんがどうのって理由で一夏に決闘をふっかけてたよね」
「あぁ、そのことですか?流石にあのような負け方をすればレイラも考えを改めるでしょうし、気にしていませんわ」
「……なるほど」
勘違いは勘違いのままセシリアの中で解決したらしかった。これ以上聞いて藪蛇になるのはごめんなのでマコトは何も言わなかった。
「ということで1組のクラス代表は織斑くんになりました。1組、一夏、で1と1。語呂がいいですね!」
模擬戦後、特別SHRで真耶がクラス代表の一夏就任を発表し1組は拍手で湧いた。マコトもなれはしなかったが納得はしているので拍手する。一夏自体の立場もあるため、むしろこれでよかったかもしれないとマコトは思う。
「本日は授業のない中でよく全員集まったな、暇なのか?」
千冬が土曜で今日は授業でないせいか珍しく冗談を言うと、クラスのほとんどが「そうです!」と元気よく応えた。
「そうか。ならこの後は空いているな」
突然のその言葉に教室は静まり返る。マコトもまさかこのあと授業でもするつもりなのかと思わず身構えるが、違った。
「毎年、私が受け持ったクラスではどうにもクラス代表を決定する際一悶着起きるからな、こういった決定のあとはかならずパーティーをすることになっている。会場は食堂の一角だ」
千冬の唐突なパーティー開催の宣言に全員が喜んで声をあげた。鬼教官はどこいったのか、とマコトは苦笑する。箒も一夏も苦笑いしていた。おそらく、維持することに疲れたのだろう。
「さて、本日のSHRはここまでだ。食堂ではしゃぎすぎないように注意すること。あとは自由にしてよし。解散!」
『ありがとうございました!』
千冬の号令に全員が我先にと教室から出ていく。千冬も真耶も苦笑いしながらその様を見届けて教室を後にする。マコトもさやかに手を引かれ教室から連れていかれそうになるが、彼女はさやかに待ったをかけて教室に少し止まった。
「一夏、箒も、行こうよ!」
「おう!もちろん。ただ、その前に」
「一夏?」
箒とマコトが首を傾げるなか、一夏は席を立ってセシリアたちのほうへと歩み寄る。セシリアも席を立ち、一夏と向かい合う。
「オルコットさん」
「何か?」
「一緒に飯、食べようぜ」
まだ教室に残っていた生徒たちが全員、ババっと二人の方へと向いた。全員が「ナンパ!?ナンパなのか!?」と目で訴えている。
「まぁ、そのような下手な誘い方では乗れませんわね」
くすくすと、セシリアらしい冗談で一夏に応える。
「日本じゃ、喧嘩したらそのあと、飯食うもんなんだよ」
「あら、そうなのですか?初耳ですわ」
「それとも、跪かないとダメか?」
「そこまでしなくても結構ですわ。いいでしょう、お受けしますわ、そのお誘い」
セシリアが手を差し出す。一夏は躊躇いなく彼女と握手を交わした。
「っ……い、意外と、握力強いな」
「そ、そういう、あなた、こそ」
友情だ…と見ている1組の生徒たちは二人の様子に「尊いものが見れた」と心の中で拝んでいた。
「ふぅ、っと。これから、よろしくな。オルコットさん」
「えぇ…それと、セシリア、でいいですわよ。一夏さん」
「おっ、そうか。というか、俺の名前を呼ぶのは許可とらないんだな」
「あなたの言う日本での、というのはそういうものなのでしょう?」
悪戯っぽく笑うセシリアに一夏は思わず固まる。あまりにその顔が可愛らしく、一夏は心の中に感じたことのないものが疼いた。
「(一夏……お前…)」
「(一夏、チョロすぎる……)」
幼馴染みであるマコトと箒はすぐに一夏の様子に気がついた。これは間違いなくときめていると。一夏が女子にときめくことはこれまでも一度もなかったのだ。マコトも箒も、ここにはいない鈴も一夏とは馬鹿をやる友人でしかなく、男女の関係などまかりまちがってもなることはありえないと思っている。一夏自身、明らかにマコトたちを異性とは見ていない。
そんな彼が初めて見せて表情に彼女らはすぐに勘付くことができたのだ。
「で、セシリアが行くってことはデュランダルさんも来るんだよな?」
「えぇ、もちろん。ここで断るほど、私も空気が読めないわけじゃないですよ」
レイラも立ち上がり、セシリアの隣に立つ。そうして、一夏に手を差し出す。今度は一夏も普通に握手を交わす。
「それと、私のこともレイラ、で構いませんよ」
「そっか。じゃあ、俺のことも一夏でいいよ。レイラ」
「よろしくお願いしますね、一夏さん」
セシリアよりもどこかの姫と言っていい容姿のレイラに周囲は見惚れてしまうが、何故か一夏はセシリア相手の時とは違いなんの反応も返さなかった。一部の1組生徒たちの中で「一夏、イロモノ好き説」が生まれた瞬間だった。
一方でセシリアは固まっていた。レイラが一夏に興味を失ったと思い込んでいたからだ。
「れ、レイラ、彼のことをお認めになるので?」
「認めるも何も、彼のことは好ましく思っていますが」
三角関係誕生。そんな勘違いが出来た。
「レイラ!?あなたはデュランダル家次期当主!こんな極東の殿方など!」
「セシリア、落ち着いてください。何を勘違いして」
「いけません!いけませんわ!一夏さん!レイラに手を出せば、どうなるかわかっていますか!?」
「い、いや、そもそも手を出すも何もしないが…」
「信用できませんわ!男は皆羊の皮を被った狼!父もそうでした!いつもはヘコヘコと母の顔色を伺っている癖に大変なときばかり格好つけて母を骨抜きにして!信用できませんわ!」
「オルコット、お前自分の両親のことそんな暴露していいのか?」
「別に構いませんわ!最期に会った時も私の前でイチャイチャと…!とにかくっ、一夏さん、レイラ!私の目が黒いうちはそのような不埒な関係、絶対に許しませんわ!レイラ、行きますわよ!」
「……わかりました」
暴走するセシリアにレイラは呆れたような顔をしてついていく。残された生徒たちは呆然とその姿を見送った。
静まり返った教室の中で箒が呟いた。
「あいつはデュランダルの姉か母か何かか?」
その呟きはあまりに全員の気持ちを代弁していた。
その後のパーティーは順調に行われ、お開きが近くなった頃、マコトは一度食堂を抜けて、食堂から程近い小さな噴水のある休憩所までやってきていた。夜のIS学園はその立地上風が気持ちよく、僅かな磯の香り混ざる。
パーティーの高揚感で熱った体を冷やすにはちょうどよい環境だった。
「……それで、いつまでそうしているつもりですか」
マコトは尾行されていることにすぐ気がついた。幼い頃は束からいきなり背後から抱きつかれる可能性があり、そのせいで妙に背後からの視線に敏感になっていた。
「気がついていましたか」
「やるわね、あなた」
「え?」
思わずマコトは振り向いてしまった。彼女が感じていたのは「一人だけ」の気配だった。が、呼びかけて出てきたのは一人ではなく二人である。休憩所の入り口にいたの一人はもう見慣れたクラスメイトであるレイラだった。
「……誰……?」
「あら、入学式の時、挨拶したの忘れられちゃったかしら」
水色の髪をした学園の上級生と思しき少女が扇子を口元で広げて言う。扇子には「失礼千万」と書かれている。
入学式、と言われてマコトは思い返す。二週前の出来事である。すぐに思い出せた。
「……更識生徒会長?」
「正解、おめでとう」
今度は「ご名答」と扇子に書かれていた。どういう仕組みなんだ、と思いながらもマコトはそれよりも何故ここにレイラはともかく、この学園の生徒会長…更識がいるのかわからず、警戒する。
「いやぁねぇ、そんなに警戒しないでちょうだい。私の名字、あなたも普段から聞いてるでしょう?」
「普段から?生徒会長に面と向かって会うのはこれが初めてですが」
「私、そんなに似てないのかしら……あの子と…」
よよよ、と嘘泣きをする更識にマコトは毒気を抜かれてしまう。普段から聞いていると言うが、どこで聞いているのだろうか。それよりも、誰と似ているのだろうか。マコトはこれもちょっと考えてみればわかった。
「まさか、簪さんのお姉さんなんですか?」
「またまた正解。そうです。私が簪ちゃんの最愛のお姉ちゃん、更識と…楯無よ」
更識楯無、と強調するように扇子に表示して彼女が目元を笑わせる。なるほど、言われてみればとマコトは楯無が簪にそっくりであることがわかる。性格はどこかおちゃらけている楯無と静かな簪とでは似ていないが、容姿は簪をちょっと大人っぽく勝気にしたらこうなるだろうという印象だ。
「それで、その簪さんのお姉さんがあたしに何か…?」
「ごめんなさいね、尾行しちゃって。ちょっと簪ちゃんの様子を聞きたくって」
「本人に聞けばいいのでは?」
「生徒会長って多忙でね……ほとんど缶詰なのよ、生徒会室に」
嘘か本当かはわからないが、楯無は同じ学内にいるのに簪には会えないらしい。食事の時ぐらいは会えるのではとマコトは聞くも、それも生徒会室でとっていると聞きよほど忙しいのだろうとマコトは思うことにした。
「今も休憩時間にこっそり抜け出してきてね、あんまり時間がないの。長く空けると生徒会の役員たちが私を…また、あの地獄に…」
「えぇっと…そうなんですね」
「だから!一言でもいいの!教えて頂戴!簪ちゃんは元気!?」
「はい、元気ですよ。ついこの前から一緒にご飯食べるようになりましたし」
「いっしょに、ごはん!?」
「よく笑うようにもなりました」
「よく、笑う!?」
「ただ、たまに夜更かししてるみたいで、朝起こすのが大変です」
「朝、おこすぅぅぅぅっ!?」
マコトは直感した。あ、この人面倒臭い人だと。
なお、この間レイラはただただ固まっている。
「飛鳥マコトさん!」
「はい?」
「命令です!簪ちゃんの可愛い姿、これに納めて今後送って頂戴!」
「うわっ」
いきなり楯無が懐からマコトに投げたのはインスタントカメラだった。
「いや、いきなりルームメイトに写真撮られ出したら簪さん引くと思います」
「大丈夫!あなたなら!……ハッ!?殺気!じゃあ、そういうことで!よろしく!撮ったら生徒会室に送って頂戴!」
「え、ちょっと待ってください!やるなんて一言も!」
「さよならっ!」
そのまま楯無は嵐のように去っていく。楯無が消えて数秒後、遠くで「いたぞ!」
「連れ戻しなさい!」といった声が聞こえてきた。マコトはカメラを持ったままどうするんだこれはと呆然とした。
「………コホン。嵐のような方でしたね」
「あ、いえ、ごめんなさい。デュランダルさん、待たせちゃって」
「いいえ。そもそも勝手についてきたので」
気を取り直して、レイラがマコトの前に立つ。マコトは見れば見るほど、綺麗な少女だと思った。金髪碧眼で、整った顔立ち。王族、なんて言われてしまえば信じてしまいそうな容姿だった。
「それで、なんであたしを尾行したんですか」
本来の目的はレイラとの会話。マコトはカメラをポケットに入れながらレイラに聞く。彼女はマコトを見つめたまま、応える。
「——ミネルバ。あなたはこう言われて、なんて応えますか?」
息を呑む。マコトは、ミネルバと聞かれれば二つの意味がすぐに出てくる。
一つはローマ神話のミネルヴァ。あまり神話に興味のないマコトでも名前ぐらいは聞いたことがある。
そして、もう一つは。
「……ミネルバ級惑星強襲揚陸艦の1番艦、ミネルバ。そうでしょう、“レイ”?」
「…やはり、あなたなのですね“シン”」
前世の親友との再会に、マコトもレイラも、大きな感情の波は不思議と起こらなかった。それは確信めいたものがあったのか。それとも、もはや、二人の中で“シン・アスカ”と“レイ・ザ・バレル”の関係は過去のものとされてしまったのか。
「どうしてここに?」
「それはこちらのセリフですよ」
「それに完全に女の子になってる」
「それも、こちらのセリフです」
だが、聞きたいことはある。それは同じだった。
「……あたしは、“シン・アスカ”はあのとき、キラ・ヤマトに負けて、気がついたらこの世界のあたしになっていた」
「…私も同じです。あなたが討たれ、私は満身創痍のフリーダムと相討ちになりました」
「仇、とってくれたんだね」
「当然です。……あなたは前世で、唯一の友だったのですよ」
微笑む彼女に、マコトは前世の親友を幻視する。あぁ、この儚げな笑顔は間違いない。レイ・ザ・バレルだと。
「そうして、私はこの世界にレイラ・デュランダルとして生まれた。前世のよく似た他人の娘として」
「デュランダルってやっぱり、そういうことなの?」
「そういうことです。といっても、前世と似ても似つかない家庭環境に出生。加えて、セシリアという幼馴染みの存在……シン、いいえ、マコト。あなたが今世の飛鳥マコトとして生きているように、私も今はただのイギリス生まれの少女、レイラ・デュランダルとして生きています」
「そっか…」
どこか、それは寂しいような、嬉しいような。戦争に明け暮れて、最後には死んだ親友が今は一先ずは平和に生きている。お互いに、思うところがあった。
「…けれど、だからといって、あなたとの関係をなかったことにするのは……いいや、なかったことにするというのは、あまりにも薄情だろう。シン」
少し声を低くして、レイラは、否、レイはマコトではなくシンに言う。
「…あぁ、そうだな。レイ。俺も、お前と、まだ友達いたいよ」
「フッ…あの頃はそんなこと、言う暇もなかったな」
「あぁ、必死で、休むまもなく戦ってさ」
「それが今では、ISなんてものがあるがあの世界と比べれば遥かに平和だ」
「こういう世界に、したかったな」
「……そうだな。ギルの目指した世界でも、近い平和は実現できただろうさ」
欲しかった平和は今ここにある。二人は感慨深く、空を見上げる。過去、二人が飛んだ星々の彼方。最期を迎えた月。今は向かうことができない、遠い場所。
「それにしても、今じゃ、昔の口調で話すほうが違和感あるよ。あたし」
「…ふふっ、そうですね。慣れというのは怖いものです」
二人はふっ、と力を抜いて言う。シンとレイ、彼らはもういない。だが、彼らから地続きの彼女たちがそこにいる。
「まさか同じクラスになるなんて思わなかったね」
「えぇ。あなたを初めて見た時、まさか、とは思いましたが」
「あたしも。意外とわかるもんなんだね」
「そこは、友情の為せる技、と思っておきましょう」
「オルコットさんと幼馴染みなんだよね」
「えぇ、両親の付き合いで。そういうあなたも、織斑先生の弟や、篠ノ之博士の妹と幼馴染みではありませんか」
「それも偶然、昔近所だったんだ。それ言ったら、篠ノ之博士…束姉さんとも仲良いよ」
「まぁ、それは国家代表候補生である私に言ってもいいのでしょうか」
「レイラなら大丈夫でしょ、信じてるから」
「全く、相変わらずあなたは人を信じすぎるきらいがありますよ、マコト」
あははっ、と二人は笑い合う。
「ねぇ、レイラ」
「なんですか、マコト」
「この世界、守りたいね」
「…えぇ、そうですね」
「今のあたしたちは、あたしたちそれぞれの人生があって、もう違う世界に生きてる。あたしはただの小娘で、レイラは外国のお嬢様。けど、それでも、また同じものを見れるって信じてる」
「勿論。言ったでしょう、あなたとの関係は終わらないと。マコトの言いたいことはわかります。この世界は薄氷のうえに平和を置いている。ISの登場や、女尊男卑の蔓延。そんなものは大したことではありません」
「…なにか、知ってる?」
「それは…あなたであっても、まだ言えません。でも、この世界には“あの世界”と同じぐらい悪しき人の業が重ねられている。それは今も。これからも。それだけの業を重ねていけば、ヒトはいずれ滅ぶでしょう。滅ぶべくして」
「それは、嫌だな」
「えぇ、私もいやです。今の世界を、父上を母上を…そして友を失うなど、考えたくもありません」
レイラは一度言葉を切り、目を閉じる。マコトは続きを待った。
「私は戦います。この世界の、レイラ・デュランダルとして、私自身の意志で」
「あたしもだよ。あたし自身の想いで、この世界を守りたい。守って、夢を叶えたい」
「夢?」
「あぁ、そうだ。これ、束姉さんと千冬さんにしか言っていないもんね。特別に、レイラにだけ教えてあげる。あたしの夢」
「それは、嬉しいですわ」
「あたしの夢、それは——」
「——争いのない、平和な世界で、インフィニット・ストラトスでどこまで飛んで行きたい。それがあたしの夢」
両腕を広げて、マコトは星空を見上げながら言う。レイラはその姿に、驚く。かつては復讐に身を焦がし、最後には灰にまでなって、伽藍堂となっても剣を取り続けた姿を…いや、そうさせたのを知っているから。
だから、彼女は、今はもうしがらみもなく、ただのクラスメイトとして、友人としてその夢にこう言った。
「…素敵な、素敵な夢をお持ちですね、あなたは」
優しい笑みを浮かべて、レイラ・デュランダルはシン・アスカが、飛鳥マコトとしてこの世界に生きていると実感する。それはとても…嬉しく、レイラの心を暖かくさせた。
「そのためにも、頑張って生きないといけませんね」
「うん。もちろん、レイラも」
「えぇ。私も、今世はちゃんと、天寿を全うしたいですわ」
自然と、二人は歩み寄って握手し笑みを交わす。再会と出会いを二人はようやく果たし、今度は確かに自分たちの足で未来へと進み始めたのだ。
「さて、会場戻ろうか。後片付けもあるだろうし」
「私、パーティーの後片付けをするの、初めてですわ」
「嘘つかないの。アカデミーでやったでしょ」
「あかでみー?はて、なんのことやら」
「あっ、まさかサボるつもり?」
「さぁ、どうでしょう。セシリア次第ですよ」
「ちょっと、レイラ、待って!」
「待ちませんよ」
レイラが駆け出し、食堂へと戻っていく。マコトも慌てて彼女の後を追う。あとに残されたのは澄み渡る星空と、静かに水音を立てる噴水だけだった。
「そういえば、レイラって一夏のこと好きなの?」
「人間的には好きですね」
「そっかー。ちなみに、今まで告白されたことは?」
「それなりに。ただ、どの殿方も特に惹かれませんでしたので」
「一夏は?」
「あぁそう言う意味ですか…全く惹かれません」
「それ、早めにオルコットさんに言った方がいいよ」
「そのうち治るでしょう。私は気にしてませんので、あなたもお気になさらず」
「そこらへん全然っ変わってないね!」
「??」