IS学園の生徒会室。そこでは書類に埋もれている更識楯無が壊れかけのゼンマイ人形のように押印を続けていた。
「……はい、承認、承認……これも承認、承認、承認………」
小気味よく押印されるたびになる音に余計に楯無は機械的に作業を続けることになる。そもそも、この最新技術満載の学園でなぜこういった手続き絡みが未だに書類なのか楯無は理解に苦しむ…が、ちゃんと理由あってのことで納得できないが、納得するしかない。
「記録抹消しやすいからって馬鹿じゃないの…こんな生徒の申請一つ一つまで…」
誰もいない生徒会室の中で楯無の声が虚しく響く。彼女の従者はとっくに引き上げているし、その従者の妹にして、楯無の妹の従者はそもそもサボり。他の役員も今日は上がってしまっている。時計は20時を指しており、少なくとも学生がこんな仕事で残る時間ではない。
「……しぬ、つかれた、ひもじい、ねむい……うぅ、あしたはロシアの馬鹿が定期ヒアリングでくるし、簪ちゃん…あいたいよぉ…」
最愛の妹が脳内では可愛らしい笑顔で姉を迎えてくれているが現実はそんなことはありえず、まず会ったとしてもジト目で睨まれるだけである。別に姉妹仲がこじれているわけではない。楯無以外の家族とはこじれているが、姉妹の間は問題ない。
問題ないのだが、その関係は本当に普通の姉妹だ。近すぎず遠すぎず、特段、仲が良すぎるわけでもない。むしろ、一方的に楯無がスキンシップをとるためウザがられているぐらいである。
「飛鳥ちゃんに頼んだ写真は送られてこないし…というか部屋忍び込んだらゴミ箱に捨てられてたし……どうして…」
飛鳥マコト。妹のルームメイトにして、妹の同級生。確かな情報筋から簪とは仲がいいと聞き依頼をしたが結果は失敗だった。なお、そもそも頼んだのはつい一昨日で、そんな即日で結果がでるはずもなければ、そもそも簪によって件のカメラは捨てられている。
「くぅ、諦めないんだから…お姉ちゃんは」
変なことをしなければいいのに、と簪は思っているが残念なことにこの姉には伝わっておらず、楯無は次なる計画を考える。
が、そんな極まった思考を中断するかのように生徒会室の扉がノックされた。
「……ん?こんな時間に……となるとあの子か。どうぞ」
扉が開き、書類越しに楯無はその姿を認める。見慣れた姿で、できればもっと早くからこの部屋にいてほしい存在だった。
「仕事を手伝いにきた…ってわけじゃないわよね」
入ってきた“彼女”は肯く。楯無はため息をつく。それが“彼女”の素であり、最大の武器。人の懐にするりと入り込む才能だ。
「……お疲れ様。じゃあ、教えてちょうだい」
楯無は席をたち、先ほどまでの疲れた表情などまるで演技だったかのように消し、口元で扇子を開く。
「——飛鳥マコト、レイラ・デュランダル。二人の関係」
そこにいたのはただ後輩のことを知りたいという意味で言っている学園の生徒会長ではなく………まるで、人間を駒としか見ていないような冷たい、機械のような存在だった。
「初めまして簪さん!私はイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットですわ!よろしくお願いしますわ!」
「……よろしく………」
代表決定戦の翌週の昼、マコトはセシリアとレイラにも簪を紹介していた。が、簪の人見知りはそのままなのでまたしても簪の心が死んでいた。声が小さいことにセシリアは何を勘違いしたのか「もしやお加減が…」と心配してしまい、余計に簪は居心地が悪くなった。
「セシリア、彼女は少し、人との距離感をとるのに慣れていないだけですから、今は」
「あら、そうですの。ごめんあそばせ」
「友が失礼を。名字で呼ばれるの苦手とのことで、簪さんと。初めまして、レイラ・デュランダルです。よろしくお願いします」
察しのいいレイラの言葉が簪にトドメを刺しており簪は沈んでいた。マコトはまあいつものことだろうとそんな簪を放っておく。
「いやしかし、こうして昼一緒に食うの初めてだな、セシリア、レイラ」
「えぇ、一夏さん」
「そうですね。食事は楽しくとったほうがおいしいですから」
この場にいるのはマコト、箒、一夏、セシリア、レイラに加えて簪である。簪だけ組が違うが、つい先日の流れでそれからずっと簪はマコトに連れられて1組の席に混じっている。マコトの誘いを断らないあたり、満更ではないようだが。
「それで今日からクラス代表ってわけだけど特に何にもかわらなかったな」
「クラス委員長のようなものだろう?思えばクラス内の委員も決めていないからな。それが決まってから本番だろう」
「千冬姉に聞いたら4月の間はお試し期間みたいなもんで、5月からクラスのそういうのとか決めていくんだとさ」
「なるほど」
クラス代表となった初日の午前中、一夏はこれといって何かが変わることもなかった。むしろ、それ以外のことで喜ばしいことがあった。
「それよりもだ。ようやく俺に外出許可が出た」
「うむ、耐えたかいがあったな」
「よかったね、一夏」
「ありがと、箒、マコト。早速週末地元に帰りたいと思う。家も心配だしな」
一夏の外出が許可された。それが何よりも一夏にとって嬉しい知らせだった。白式を受領したことにより最悪の場合ISの展開をすれば身を守れるというためだった。専用機所持者か教員の同伴が必須ということであるが。
幸いなことに千冬か真耶を連れていくのは容易なため、一夏は大してその条件は気にしていなかった。
「まぁ、一夏さんは外出が禁止されていたのですか?」
「まぁな。ほら、俺一応男性操縦者だし」
「一応…って…」
簪が一夏の曖昧な態度に呆れる。どれだけ自分が希少な存在なのかわかっていないのかといった具合だ。だが、マコトはそう思うのも致し方ないと思う。
「まぁ、1組って女尊男卑の風潮ないし、みんな中学は男女共学でそういうのなかったみたいだからね」
「……一人も?」
「うん。オルコットさんやレイラもね」
「人の価値はその人が何を為したかで決まるのですから当然でしょう」
「私も、セシリアと同じです」
「………」
珍しいものを見るかのように簪は二人を見る。貴族といえば女尊男卑主義者もど真ん中なはずなのにこの姿勢である。驚きながらも、小さな違和感を感じる。
「…1組は特殊なんだと思う。他のクラスはそうでもない」
「どういうことだ?」
「……織斑くんは私たちのクラスもまだそこまでじゃないけど、3組とか、5組とかの生徒からは……」
「それはあの睨んでいる生徒たちのことか?」
箒が、簪の言う3組、5組の生徒なのかと食堂のある席からこちらを時折睨んできている生徒を指差して言う。簪は慌てて箒の手を握って下げさせる。その力は容姿相応に小動物のようで、箒は少しキュンとした。
「……ダメだよ…!指差しちゃ」
「お、おう、そうなのか。しかし、あんなもの気にする必要もないだろう」
「そうだな。中学ん時もあぁいう感じの女子グループっていたぞ」
「あの人たちは、そんな生易しいものじゃないよ…」
「簪さん、どういうこと?」
マコトは気になったので簪に彼女たちが一体どういう存在なのか聞く。簪は言い淀むが、声のトーンを少し下げて話す。
「……あの人たちは、一夏くんの退学を狙ってる……」
「……そういうイジメをするやつ、学校によってはいるって聞いたことあるぞ」
「……あぁ、いるな。私も遭遇したことがある」
「……まぁ、どこの国にも卑怯な方がいるのですね」
「……政界では日常茶飯事ですね」
一夏の退学を狙っていると聞いてマコト以外のものたちが口々に思い思いのことを言った。一夏本人にすれば取るに足らない話で、箒はそういった類には正々堂々と叩き潰すことを心情としている。セシリアやレイラは大人の社会に触れているせいで、子供のそれはまさに児戯に等しい。
マコトはそういったものに遭遇したことはないが、他人をそうやって害すことには腹が立つ。というより、実際中学生の頃に鈴音を巡って一夏と大立ち回りを演じたことがあるため、許せないと強い気持ちがある。
「一夏」
「なんだ、マコト」
「鈴音と似たようなこと自分がされたらどう思う」
「………ぶっ飛ばしてぇな」
「けど、反抗したら?」
「今の社会だと俺がしょっぴかれちゃうのか」
マコトは肯く。つまり、一夏にはなす術がないのだ。勿論、世界で唯一の男性操縦者である一夏を退学にまで追い込もうものなら、とんでもない責任をやった側がとらされることになるだろうが、リスクと感情を天秤にかけて、感情を優先するものがかならずいる。そういった本物の“馬鹿”に一夏が反抗すればそれだけで彼女らの勝ちなのだ。
釣り針、または生贄。それが来るのを待っている。陰湿すぎて、一夏は余計に腹が立った。
「セシリアみたいに正々堂々戦えってんだ」
「そう言って頂けるのは嬉しいですが、誰しもがそうとは限らないでしょう。力無きものが群れ、囁き合うのは集団の常です」
「簡単に言うと?」
「…そうですわね。弱いものイジメをするものたちはもっと弱いやつらの集まりということですわ」
「なるほど、わかりやすいな。サンキューセシリア。気にしないことにするわ」
「それでこそ、ですわ。一夏さん」
まぁ、一夏なら気にしないだろうなとマコトも箒も、レイラもそれ以上は何も言わなかった。簪は「本当に大丈夫なの?」となおも食い下がるが、一夏が「平気だ」と言い切ってしまったので話はそこで終わった。
マコトは簪の今の行動に、友達想いで、優しい子なんだなと彼女の認識を深める。そもそも、マコトは簪とそういった話を一切部屋でしないが彼女の私物の殆どが“戦隊ヒーロー”や“ロボットアニメ”のDVDである。ちらりとマコトも見たが、勧善懲悪なものが多く、簪の正義感もそこそこ強いのだろう。
「むしろ、簪。私はお前が心配だぞ」
「し、篠ノ之さん…?」
「そんな一夏といるがお前は大丈夫なのか?」
「確かに……簪、大丈夫か?」
「そうだよね…簪さん、大丈夫?なんか被害にあってない?」
箒、一夏、マコトからいきなり身を案じられ簪はビクッとしてしまうが、彼女は「大丈夫」と答えた。本当なのか、と箒が問えば納得するしかない答えが返ってくる。
「そもそも私、代表候補生で所属先もただの企業じゃなくて半官…国が絡んでる企業だし、お姉ちゃん…姉はここの生徒会長だし」
「楯無さんだね」
「うん」
人見知りで、静かな簪だがその立場はセシリアと同じく国家代表候補生であり、後ろ盾である所属企業も日本ではトップのIS関連企業、倉持技研である。おまけに、姉である楯無はこの学園の生徒会長。
手を出せばどうなるか、嫌でもわかるはずだ。
「そういうわけで、私の心配は必要ない。むしろ、もっとも危ないのはマコトさん、あなただよ」
「え?あたし?」
「篠ノ之さんみたいに、篠ノ之束博士の妹かもしれないとか「妹だぞ」……私と同じように代表候補生でそもそも外国のVIPのオルコットさんやデュランダルさんと違って、マコトさんには何にも後ろ盾がないでしょ」
言われてみれば、とマコト以外が思った。束とのコネクションを知らない人々から見ればこの中でマコトがもっとも危険だった。
「あたしをダシにして、一夏が何かされるかもしれないってこと?」
「うん」
「ふざけんな……そんなこと、俺も千冬姉も、きっと束さんも許さねぇぞ」
「あぁ。私も許さん」
幼馴染み二人は本気で怒りを覚え、そう言った。マコトはなんとも頼もしいものだと思ったが、どうにも束の存在のせいで危機感が湧かない。
「…もし、マコトに手を出すのでしたら、私はその者を許さないでしょう」
「レイラ……」
レイラがゾッとするような表情でそう言い、一夏も箒も、簪も息を呑んだ。セシリアは「レイラは友達想いですからね」と微笑んでいる。
「まぁ、そういうことですわ。簪さん。そこらの有象無象など取るに足りません。このオルコット家当主、セシリア・オルコットといれば問題ありませんわ」
「………じゃあ、いっか……」
「えぇ、万事お任せくださいませ。ということで一夏さん。よろしければ週末のお出かけ、私が同伴致しましょうか?」
「え?いいのか?忙しいと思うぞ。俺の友達の家に行ったり、実家の掃除とか」
「それぐらいお付き合い致しますわ」
「悪いな」
「なら、私もお供しましょう、一夏さん」
「レイラもか?」
「えぇ。セシリアだけだと不安ですので」
「レイラ、どういう意味ですの」
「チェルシーから毎日電話が来ているセシリア一人に護衛を任せるのは不安ということです」
「なっ、そ、それは」
「チェルシー?」
聞いたことのない名前にマコトが反応する。「セシリアの秘書を兼任している家政婦…メイドさんです」とレイラが応える。
「へぇ、セシリア、メイドさんいるのか」
「えぇ。当然でしょう。そもそも、こんな長期で屋敷を離れるのはこの学園に在籍している間だけですから普段は彼女たちと過ごしていますわ」
「本当に当主なのだな……ご両親はどうされているのだ?もう隠遁されているのか?」
箒の何気ない質問に、レイラがあっ、と口を開いた。箒はすぐにまずいと思った。その反応でだいたい何がどうなっているのか察したからだ。
「レイラ、そんなに気にする必要もなくてよ。箒さん、私の父と母もうこの世にはいませんの」
「……っ…そうか、すまない。失礼なことを聞いた」
「まさか、そんなことはありませんわ。もう気持ちの整理もついておりますし、私には使用人という家族もまだ残っていますの。悲しんでいる暇もありませんわ」
おーっほっほっ、とまたしても高笑いをあげるセシリアに本当に気にしていない様子が見て取れ、箒は安堵した。ここで話を切ればよかったものを一夏が余計にも口を開いた。
「そうなのか。俺も実は両親いなくてさ」
「そうなんですの?」
「あぁ。物心つくころには千冬姉しかいなくて、千冬姉は『家族はお前と私たけだって』ずっと言われててさ」
とんでもない厄ネタに全員が口を閉ざした。あの千冬が本気でそう言っているのが簡単に想像でき、そこまで言うということは相当なことがあったと察してしまう。
「……ま、まぁ、一夏はほら、千冬さんどころか近所のみんなに見てもらえたし、寂しくなかったよね」
「そ、そうだな。姉さんや、五反田の家族。あと話に聞く鈴音というやつもいたんだろう」
「おう!ほんとあの町ってみんな親切だよなぁ。束さんも受け入れてたし」
なんとか空気を元に戻し、マコトと箒はため息をつく。一夏の家族関係の話はタブーであり、いつもこうだった。
「あら、そろそろお昼休みも終わりますわね」
「そうですね。皆様、食事はお済みで?」
セシリアとレイラの呼びかけに全員が時計を見てもうそんな時間なのかと気がつく。5人はそのまま食器を片付け、それぞれの教室へと戻っていくのだった。
あっという間に時間は過ぎ、その日の放課後、一夏は教室に残って談笑していた。
「それにしてもまさか校庭にクレーターってそんなボコボコできるもんなんだな」
「あれは隕石降ってきたみたいだったね」
午後の授業で、整備課の見学を行う際に途中で通った学園の校庭が小規模なクレーターでボコボコになっているのを一夏たちは見たのだ。真耶がそのクレーターの原因を笑顔で生徒たちに回答しており、その内容は「学園の整備課で授業がてら作っている機体の飛行試験の結果ですね!」というものだった。アリーナにも負けていない大きさの校庭の三分の一がクレーターだらけな時点で、その試験機に乗っていた人間が生きているのか疑うレベルだ。
「まぁ、その後の整備課もすごい施設でしたわね。さすがはIS学園といったところでしょうか。最新の機器が満載でしたわ」
「セシリアの言う通りですね。イギリスの研究機関でもないようなものがほとんどでした」
IS学園の整備課はそれこそ全世界のIS関連施設の中では最高峰の設備が用意されている。それこそ、量産型コアを利用した整備用のIS。EOSと呼ばれるISに代わる陸上専用パワードスーツも整備用に利用されていた。他にもISを安置する整備用ハンガーにはISを置いただけでスキャンする機能がついていたり、簡単な損傷であれば自動的に整備班がやらなくても修理してくれるハンガーなどもあった。
マコトはそのほとんどが束の研究所で見たものであり、おそらくこっそりと束が協力しているのだろうと察した。
「そういえばさ、あの奥にあった水色の打鉄っぽいのはなんだったんだ」
「ありましたわね、そういえば。あれも学園の機体なのでしょうか」
一夏が言ったISはこの場にいる五人が見たものだった。水色の打鉄に近いシルエットをしたISで、ただし打鉄にしてはスッキリとした印象でどちらかといえば欧州、欧米製のISのような機能的な形状を持っていた。
マコトはあの機体に心当たりがあった。それは簪の語っていた彼女の開発が難航しているという専用機。打鉄の改良型と呼ばれている機体だ。何故学園にあるのかはわからないが、設備からして進んでいるこちらのほうが開発をしやすいからなのだろうか。
「わかないものをあれこれ言ってもしょうがないだろう。それよりも一夏。来週にはクラス代表戦だぞ。大丈夫なのか?」
箒が話を切って一夏にそう告げる。彼は困ったような顔をして応える。
「いや全然準備できてない」
「何をやっとるんだ」
「しょうがないだろ!全然アリーナの予約とれないんだよ!」
これは一夏の言う通りで、彼が予約を入れようとすると何故か決まってアリーナの使用時間が全て埋まっているのである。おかげで未だに彼が出来ているのはイメージトレーニングだけだ。
「一夏さん。白式には搭載されていませんでしたの?イメージトレーニングモードは」
「なかったよ。というか、倉持技研だっけ?白式作った。そこに聞いたら白式は零落白夜をそのまま継承させるために零落白夜でいろんな容量食い潰してて、制御系のシステム以外は雪片しか詰めてないんだと」
「なんというか……ひどく実験的なISですね…」
レイラが残念なものを見るような目で一夏の左腕についている白いガントレット…白式の待機状態を見た。なお、マコトは知っているが実際には零落白夜を隠蓑に白騎士から暮桜までのデータを全部内包していて容量がなくなっているのである。つまり、単純に3機分のISのデータが白式の中にはあるのだ。
流石の規格外である白騎士コアも、3機分の膨大なデータを内包するには容量が足りなかった。
「困ったね、これじゃあ一夏が全然ISに乗れない」
「授業で乗っても一瞬だしな」
「千冬さんには相談したのか?」
「あぁ。けど申請があってアリーナは予約されてるし、いっぱいになったらしょうがないんだと」
「むぅ……」
箒がうなるのも止む無しで、現状打開策がない。
「………いっそのこと、セシリアの訓練時間に混ぜてしまうのはどうでしょうか」
レイラの提案にセシリアが「なるほど」と手を叩いた。
「どういうことだ?レイラ」
「一夏さん。セシリアが代表候補生でかつ、試作機の運用を任されていることはご存知かと思います」
「あぁ、そうだな」
「ですから、セシリアには特別な訓練…テスト運用の時間が学園より与えられています」
一夏や箒がおぉと声をあげる。マコトはレイラのそれは妙案だと思ったが、気になったことがあった。
「レイラ、それ一夏が……というより、“日本”のIS乗りが参加していいものなの?」
「確かに…レイラ。私の時間内では試験装備の使用もあります。一夏さん個人はともかくとして、彼の所属は他国です。難しいと思いますが」
「マコトとセシリアの懸念は最もです。ですが、予定ではこの先三週間は現状の装備の慣熟訓練だけです。そして現状の装備は先週土曜の模擬戦で使用した第二種兵装。既に公開しているものですから…」
「あぁ…それならば、可能性はありますわね」
機密に抵触しないものであれば問題ない。戦闘機動やビットのことは機密だが、それらは学園に入学した際サインする機密保護の包括書に含まれるレベルのもので、現時点なら一夏の訓練参加が許される可能性が高い。
何より、レイラの“任務”としても男性操縦者のデータを取ることは彼女のことを突いてくる本国の連中を向こう半年以上は黙らせられるぐらいの価値がある。
「(マコトには悪いですが、戦闘データぐらいはいずれ世界に流れるでしょうし早いか遅いかの違い。それに、最終的に参考にならないというのがオチでしょう。彼の機体が『織斑千冬』と同じコンセプトな時点で)」
「そうと決まれば早速問い合わせましょう!」
「え、ここでか」
「えぇ、即断即決。これが大切なのですわ」
セシリアは一夏の困惑をよそに、もう本国へ衛星電話をイヤーカフスになっている待機状態のブルー・ティアーズを使用してかけ、繋がると流暢なイギリス英語でレイラの提案した内容を伝える。マコトは前世の公用語が英語に近いものであったためなんとなく内容がわかったが、箒と一夏は何もわからなかった。日本の受験英語はIS学園の日本人向けテストにも採用されているせいである。
「——よし。一夏さん、許可が取れましたわ」
「あっさりいったな」
「レイラの読み通りでしたわ。今装備しているものは近いうちに公開するそうですから、それまでクラスの皆さんが黙って頂ければただの先行公開程度だそうです」
「よかった。これで一夏も訓練できるね」
「あぁ。時間もないし、悪いけどセシリア、いろいろ教えてくれると助かる」
「いいでしょう。ただし、私はスパルタですわよ」
「臨むところだ」
一夏は厳しい指導に慣れているためセシリアの言葉にむしろやる気を見せる。ただ、実際には別の意味で“過酷”になるのだが、今の一夏はそんなこと全く考えていない、肉体的に辛いのだろうと考えていた。
「あとはセシリアと一夏さんが頑張ってどこまでいけるか、というところでしょうか」
「そうだね、レイラ。オルコットさん、一夏のこと、お願い」
「セシリア、私からも頼む」
「えぇ、お任せください。最低限代表候補生に必要なものは叩き込んで差し上げますわ」
「………それ、二週間でいけるもんなのか」
「厳しいの、お望みなのでしょう?」
一種サディスティックともいえる微笑みに一夏はゾクっとするも強がるように笑みを浮かべる。レイラはセシリアの“教え方”を知っているためこれはフォローした方がいいだろうと思った。
マコトと箒はセシリアに任せておけば大丈夫だろうと判断して、ひとまずは安堵した。
そのまま放課後を過ごして、夜。就寝前にいつものようにマコトは簪に今日の出来事を話していた。すると、一夏のアリーナのくだりで簪がある可能性をあげた。
「その、一夏さんが予約出来ない理由、例の3組とかの生徒のせいかも」
「え?どういうこと?」
「……トイレにいるとき聞いたんだけど、この時期は本来空いてるらしくて、アリーナの予約はとりやすいらしいの」
「そうなの?でも、一夏はいっぱいだって」
「うん。だから、今はクラス代表しか予約できない一年生じゃなくて、二年生に予約を取らせてるんだと思う」
マコトは簪の推測にまさか、と枕元にある学内情報用の端末を起動させ、アリーナの予約状況を見る。確認すれば本当に二年生からの予約が多かった。だが、1組以外のクラス代表の予約時間はまるで「そこだけ空けられている」かのように入っている。
「あれ…でも4組の予約もないよ?」
「……私も、これのターゲットにされてるみたい」
「えぇ!?簪さん、嫌がらせはされないって」
「これぐらいなら“偶然”で片付けられる。いや、苦しいけどさ。ルール上はなんにも間違っていないわけだし」
マコトは歯噛みする。ふざけるな、と。彼女の中の既に死んだはずの“怒れる瞳”が蘇りそうになる。
「私の場合はそもそも機体調整がどう足掻いても代表戦当日まで間に合わないから予約が取れようが取れまいが関係ないんだけど」
「そうなんだ……でも、やっぱりこれ、あたしは許せないよ」
「ここは我慢すべきだと思う。それに、一夏さんはオルコットさんと一緒に訓練できるんでしょう?彼をハメようとしてた連中からすれば青天の霹靂だと思う。なにせ、代表候補生が教導してくれるんだもん」
結果的に、現役で試作機を任せられるパイロット…もといIS操縦者と訓練をともにできるのだ。マコトから見てもいい環境を用意できていると思う。であれば現状は問題ない。だが、既に釣り糸が垂らされ、針が漂っているのは間違いない。
「……こういうの、ここからエスカレートするよね」
「……たぶん……マコトさんも、気をつけて」
「気をつけるけど、何をされるやら……」
陰謀の類は前世から不得意で、こういったものはレイ…レイラの得意とするところだ。マコトは明日、レイラにこのことを相談してみようと思い、眠りに落ちるのだった。
一体何ほんさんなんだ…。