大悪魔の農場   作:逆真

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接触1

 折角なので、ソラをモデルに絵を描くことにした。

 

「まだ平仮名を全部書けないくらいガキの頃、両親が離婚した」

 

 麦わら帽子を被って、白いワンピースを着て、ベッドにうつ伏せに倒れてもらう。寝ながら日記を見る構図だ。アングルは真上から。あえて表情を見せないことで見る側の想像をかきたてるように。

 

「理由は親父の浮気だよ。ああ、これ笑い話なんだけど、母さんは割とすぐに相手を見つけて、一年くらいで再婚したんだよ。でもあのクソ親父は母さんと別れてから再婚どころか女遊びをすることさえなかったそうなんだ。傑作傑作。じゃあ最初から浮気するんじゃねえよ、と言うのは簡単だけど人間はそんなに簡単なもんじゃねえよな。再婚しなかったのは、いつでも母さんとよりを戻せるようにってことらしいけど」

 

 コンセプトは避暑地の散歩後。タイトルは「夏への期待」だろうか。もう少し捻った方が面白そうだ。

 

「兄貴は親父が、俺は母さんが引き取った」

 

 モデルが綺麗というのは実にいい。描いていて楽しい。兄と義姉以外をモデルにして絵を描くのは随分と久しぶりだ。心底から嫌う父親と甥っ子を描いたのはもう三年も前だ。そして、兄と義姉の絵も一年以上は描いていない。

 

 この一年は大昔の資料映像を引っ張り出して、想像で大自然の絵を描くという行為ばかりしていた。思えば、仕事以外では、人物画というか生物の絵すらも描いていなかったような気がする。ユグドラシルのキャラクターメイクで飽きるほど描いたからだろうか。

 

「個人的には寂しいとか辛いとかより、助かったって感覚が強かったのを覚えている。我ながら気色の悪いガキだったと思うよ。でも仕方なくねえ? だって、あの兄と比較されることなく生きられるんだから安心するのが人間ってもんだよ」

 

 絵具や筆、紙にいたるまで上級品だ。現実世界では決して手に入らないものばかり。金額もあるが、それ以上に入手ルートが確保できない。デジタルで事足りるため、無理に手に入れる必要がなかった。

 

 生まれて初めて、油絵具の匂いを嗅ぐ。ユグドラシルでは味覚や嗅覚は再現されていなかったため、これがゲームではなく現実なのだと改めて感じた。

 

「優秀な兄だった。物心ついた瞬間から劣等感に苦しむだけの人生だった。そりゃ年齢差もあるから兄貴の方が優秀だって話もあるだろうさ。だけど、そういう言葉で片付けるにはあまりにも離れた差があった」

 

 絵は好きだ。

 

 幼少期、絵が上手いと兄に褒められたことが切欠だった。ちなみに、兄は滅茶苦茶下手くそだった。パンダだけはやたら上手だったが、他の動物は犬が鹿に見えるほどだ。あの兄よりも上の何かがあるという自尊心が、絵を続ける原動力になった。

 

「母さんの再婚相手には連れ子がいた。姉だった。あの兄よりは劣っているはずだから劣等感なんて覚えることはないと思っていた。実際、そうだったんだけど…………まあ、この話は割愛しよう、うん。一言だけ言うなら、弟ってのは姉の奴隷らしいぜ、うん」

 

 姉からも絵が上手いと言われた。思い返せば、あれが血の繋がらない姉に対しての距離感を一気に縮めた出来事だったのかもしれない。

 

「兄貴と再会したのは十二年前……ユグドラシルのヘルヘイムだった。義姉さんがPKに嵌まっていてな。あの頃は異形種狩りが一番盛り上がっていたっけな。はは、悪い時代だ。まあ、ワールドチャンピオンを二人がかりでPKしようとして返り討ちにされちゃったわけだ」

 

 最初は兄だとは気づかなかった。声変わりもしていたため、話しても分からなかった。ライフ・イズ・パンダフルなんて名前だからまさかと思って聞いてみたが、最悪なことにドンピシャだった。

 

「やっぱり俺は兄貴に勝てないんだと思ったよ」

 

 不出来な弟だと痛感した。

 

 二度と出会いたくなかったが、義姉が続けろと命令してきた。実際、ゲーム自体は面白かったため、兄に会わないように気をつけて続けた。

 

「どうもあの二人、あの件を切欠に、俺に関する情報交換って名目でちょこちょこ会ってたみたいなんだよな」

 

 気づいたら相思相愛になっていたそうだ。……弟をダシにしてくれたわけだ、あの実兄と義姉は。

 

「気づいたら兄貴と義姉さんの恋を応援していて、気づいたら兄貴とは違う自分を許せていて、気づいたら、二人のことが大好きになっていた。あの二人が楽しそうにしていると、こう、胸の奥に奇妙な興奮が宿るんだ」

 

 このことはギルドメンバーの中でも古参にしか話していない。だが、大体すごい引かれる。一平は『ブラコンとシスコン拗らせすぎだろ……』と言い、リリートンは『君のそういうとこ、本当に怖いよ』と言っていた。三日ナイトは『は? きぶりかよ。萌えるね』と言っていた。

 

 余談だが、この三人の共通点は元クランのリーダーだということだ。付き合いも長かった。自分や身内の話題を話せる程度には仲が良かった、はずなのだ。

 

「二人が結婚するってなった時、親父はクソ猛反対してな。まあ、当然だな。親父の視点じゃ妻を奪った男の娘が、今度は息子まで奪おうってんだから」

 

 被害者面も甚だしい。我が父ながら何と愚鈍なのか。あの二人の愛は実に美しいものだ。美しいものは守らなければならない。

 

「御父上には逆らって結婚されたのですか? それとも最終的にご結婚の許しは得られたのでしょうか?」

「うん。長引いても面倒くせえから、俺が親父に『二人の結婚を許さないとパパとは一生口きいてやんねえぞ?』って脅したらすぐに了解してくれたぞ」

「そのやり取り、すっごい聞き覚えがあるんですけど!?」

「動くな! 絵のモデルやっているって自覚あるのか!」

 

 

 

 

 

 ローブル聖王国の城壁近くは、平野からやってくる亜人の侵攻を見逃さないために、木が伐採されるなどの工事が行われている。

 

 中央拠点近くの平野入口の一角に、新しく整地された場所がある。それは聖王国が工事を行ったわけでも亜人が平野を開いたわけでも自然現象で変化したわけでもない。

 

 城壁から視認できる巨大な建造物の住人の仕業である。

 

 整地された場所は城壁から丸見えであり、幅奥行き共に百メートルほどだ。中央には槍を持った美しい少女が気だるげな表情で立っていた。

 

「退屈」

 

 その少女は言葉の通り、心底退屈そうに欠伸をもらす。

 

 名をミシェル・キャンサー。ホシゾラ立体農場に所属する天使のひとりである。

 

「眠い……。天使の身でアレだけど、強烈に眠い」

 

 あの城壁を眺める役割も飽きた。

 

 長い城壁だ。本当に長さだけはある。高さも硬さも厚さも足りないが、その長さだけは評価してやってもいい。無駄な労力だとは笑うまい。少なくとも、自分たちに「目障りだ」という不快感を与えることには成功しているのだから。

 

 初日はそれなりに興奮した。農場の外に出て仕事を与えられるなど始めての経験だったからだ。それが御方でも直属の上司でもないジュウからの指示であったとしても、新鮮な経験であった。

 

 しかし、新鮮さなど一日で消えた。ただただ退屈な時間。おそらく自分は今、この世界の誰よりも無駄に時間を消費している。

 

「何で私がこんな役目なのかな。ドクターは私以外に適任がいないって言っていたけど、誰にでもできる仕事だよね。やりがいも二枚貝もないよ。ねー、夜刀丸、チャンチャン、ちくわ、レックス、ブルー、ポチ、ゴンべ」

 

 名前を呼ばれた『彼ら』は空の果てまで届くのではないかというほど巨大な咆哮で応じる。

 

 名前を呼ばれたのは七体のドラゴン。創造主たちから与えられた、ミシェルにとっては家族とも言うべき存在。

 

 一口に竜と言っても姿は様々だった。翼が四枚二対のもの、蛇のように手足がなく身体が長いもの、前足よりも後ろ足が異様に巨大なもの、獣のように毛深いもの、鰐のように巨大な口を持つもの。いずれも共通するのは、この世界の一般的な人間どころか英雄でさえ勝てぬほどの威容を放っていることだ。

 

 元気の良い竜の返事に僅かに微笑むミシェルであったが、再度城壁側に視線を戻し、欠伸を重ねる。退屈で退屈で死んでしまいそうだ。

 

 滅多に侵入者が到達しない第五階層の守護も間違いなく暇であるため、景色が広い分、此方の方がマシかもしれない。

 

 何より、ここにはガンリュウがいない。ジャックスと会うこともない。素晴らしい。あの小児性愛者と極悪海賊の喧嘩に巻き込まれることがないだけでも、この場にいる意味があるというものだ。何もすることがないのだけは勘弁して欲しいが。

 

「人間、攻めて来ないかなぁ。ドクターも何か曖昧なこと言ってたけど、あっち側から接触があってもよくない?」

 

 人間は嫌いだ。人間は理解できない。

 

 農場の素晴らしさを理解できぬ者に生きる価値はない。自発的に殺す価値はもっとないが。

 

 害虫死すべし、とは思うが、畑に影響を与えているわけではない虫など殺してもカロリーの無駄だ。ただでさえ無駄な時間を過ごしているのにカロリーまで無駄に消費するわけにはいかない。天使の自分にその理論がどの程度適応されるかは分からないが。

 

「私も早く農場に戻ってポッポかマイかコムギの手伝いでもしたいんだけどさ。何もしないってのは実に非生産的だ」

 

 彼女の直接の上司であるガンリュウが聞けば眉をひそめるであろう発言だ。本来の彼女の役職は倉庫番。暇であるべき職業なのだから。

 

 自分が閑職に回されたことに凹む主人を慰めるように、竜たちはミシェルに顔を摺り寄せたり舌で舐めたり甘えた声を出したりする。自分たちも退屈なので遊ぼうという意思表示でもある。竜を駆る天使であるミシェルには当然、その意志が理解できた。

 

 今日は相撲でもさせるとしようとミシェルは決め、背伸びをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 城壁側からも、竜たちがぶつかり稽古を始めたことは確認できた。

 

 しかし、兵士たちに慌てた様子はない。警鐘が鳴ることもない。自分たちよりも圧倒的に強い生物が視界の果てで暴れているのに恐怖を微塵も感じていないようだった。

 

 当然である。似たような光景を一週間続けて見ていれば誰だって嫌でも慣れる。

 

「今日はただのぶつかり合いか?」

「みたいだな」

「どれに賭ける?」

「そりゃおまえ、やっぱりあの黒くてデカい奴だろ。火を噴くのもあいつが一番強いみたいだし」

「じゃあ俺は蛇みたいなのだな」

「大穴狙いじゃねえか」

 

 あの衝撃的な接触から九日が経過した。

 

 ずっとあの少女と七体の竜はあの場所にいる。聖王国への示威行為以外には考えられない。

 

 建造物が現れた日の朝、黒い竜一体だけでも全軍が必要かと思われていたのに、同じような竜が六体もいたのだから笑うしかない。笑う以外何ができるのか。諦める以外にどうしろと言うのか。仮にあの竜全てが城壁を襲撃した場合、一分死守できるかどうかだろう。……というか、城壁を壊さなくともあの翼で壁の向こうに飛んでいけるのだ。矢も魔法も届かない高さまで飛ぶことも容易いはずだ。

 

 だからこそ、初めて現れた時はパニックになった。しかし、城壁を攻める気も飛び越えていく気もないと分かると兵士たちの緊張も解けた。時折いまのように暴れているが、戦闘というよりは訓練をしているようだった。最初の頃はこの距離でも伝わってくる威容に怯んでいたが、今では竜の暴れる様子を見ても慌てる兵士はいない。どの竜が勝つか賭け事をしている兵士さえいる始末だ。

 

 逆に、今日余所から来たばかりの兵士や冒険者などは腰を抜かしている。おそらく話が大げさに誇張されていると思っていた輩だろう。そして、怯える者を初日からいる兵士たちは過去の自分を棚に上げて笑う。この一週間で毎日見ているため、見飽きた光景の一つだ。

 

 農場に乗り込んでやろうという蛮勇な冒険者もいる。だが、そういう輩は予想以上に遠く大きな建造物に圧倒され、平野入口で大地を揺らすようにじゃれ合う竜を見て、心が折れる。竜がいる場所を迂回して丘陵地帯に入った者もそれなりにいるようだが、帰ってきたという報告は聞かない。

 

「嘆かわしいな」

 

 聖王国九色にして兵士長パベル・バラハは要塞内に満ちている空気を感じ取って、溜め息を吐き出した。

 

「緊張感で動けなくなるのもまずいが、非常事態に慣れすぎるのも考え物だな」

「そうは言いますがね、パベルの旦那」

 

 同じく聖王国九色にして班長オルランド・カンパーノは、パベルの言葉に物申す。もっとも、兵士たちを庇うつもりなど一切なく、感情の半分近くを諦めが占めていた。

 

「大河の近くに住んでいる人間が毎日洪水を警戒して生きるわけにはいかんでしょう」

「分かっている」

 

 別に味方でもない竜が視界に入ることが日常化するなど、恐ろしい話だ。一ヶ月前の自分が聞けば一笑に伏していたはずだ。それが現実としてそこにある。

 

「まあ、竜の存在なんて英雄譚で聞いただけの連中がほとんどです。それが七体もああやって飼い慣らされているんです、現実味ないですって。俺だって似たようなもんだし、旦那だってそうでしょう?」

「……戦闘の経験はないが、数年前、家族旅行で海の守り神と呼ばれるシードラゴンを見たことがある」

「ほう? 家族旅行ってことは例の奥さんと娘さんとですか?」

 

 酒の席ですら微動だにしないパベルの頬が動く。その意味を理解しているオルランドは自らの失言を後悔した。パベルに対して妻や娘の話を振るのはまずい。パベルが妻子を嫌っているわけではない。むしろ逆だ。

 

「そうだ。今思い返しても楽しい旅行だった」

 

 始まった。始まってしまった。こうなることを何度も経験していながらどうして同じ轍を踏んでしまったのか。

 

「とはいえ、遠目ではあったんだがな。それでもかなり幸運なことらしいぞ。娘はもっとよく見ようと必死に目をこらしてな。私譲りで目はいいはずだが、その表情は私に似て本当に可愛い、いや、私に似てと言うのは可哀想――。海に身を乗り出して危なかった――。子どもの好奇心故だとは思うが妻は怒ってな――。娘どころかちゃんと注意しない私も叱られて――。聖騎士故の厳しさだとは思うが……いや、そういうところも魅力的で――。娘はシードラゴンを間近で見たがっていたが、あの子はそもそもイモムシが怖いと泣くような――。改めて、どうして聖騎士になろうとしているのか――」

 

 長い。長すぎる。毎度のことながらうんざりする。家族旅行とやらの話は初耳のはずだが、パベルの家族自慢はいつも右から左に聞き流しているため、ひょっとしたら聞いたことがあるかもしれない。適当に相槌を打って終わるのを待つが、気づかれたようだ。

 

「おい、聞いているのか?」

「聞いていましたよ。本当に幸せそうな家族ですね」

 

 正直に「聞いてねえよ」と言えば「ならばもう一度」となった経験があるオルランドは、そう返しておくのが正解であると知っていた。パベルの顔が悪鬼羅刹の如き顔になるが、照れているだけだ。正直、最初に竜が城壁近くに来た時との差があまりない。

 

「それで、旦那。そのシードラゴンとあそこにいる七体のドラゴン、どっちが強いんですかい?」

「考えるまでもない。あの時の海の守り神様も遠目で見たからこそ、だからこそ断言できる。――あそこにいる七体の方が圧倒的に強い」

 

 声は震えていない。冷や汗も流していない。動揺の欠片も感じないのは、彼の中で何度も考え尽くされた末の結論だからだろう。戦っても勝率がないことは、認めるしかない現実なのだ。

 

「あそこにいる竜だけで城壁にいる軍どころか聖王国が滅ぶ。……法国や評議国の援助があれば話は違うかもしれなんが、他国の軍隊が介入するのはほぼ無理だろう。自国すら本格的に動いていないのだから」

「ですな。そして、農場の戦力はあの竜たちだけじゃない。ほんの一部でしょうな」

「おまえがそう思っているだけ、と言えたら楽なんだがな。国はそれを実際に見るまでは認めるわけがない」

 

 事態が発生してから一週間経過しても、聖王国で何か変わったかと言われたら、何も変わっていない。城壁に人が集まっていることは間違いないが、それでも事態の緊急性から考えると遅々とした速度だ。

 

 何せ、話が荒唐無稽すぎるのだ。

 

 遥か遠くに見える巨大建造物の存在も、彼らがこことは違う世界からやって来たなんて話も、あそこで訓練のように取っ組み合っている七体の竜も、パベルやオルランドも現場にいたからこそ信じることができる。現場以外では、建造物の出現も半信半疑なのだろう。建造物の出現を信じた者にしても、その巨大さは大げさに誇張されているだけだと思っているはずだ。竜の強さなど、実際に被害が出ない限りは書面にも書かれないのではないか。

 

「それこそ、実際にあの建造物の中に入ったおまえがすぐに戻って来なければ緊急性も増したんだろうがな。おまえの部下たちなど独断で特攻しようとしていたのに、酒樽と一緒に帰ってきてしまえば白けるというものだ」

「将軍に証拠品として没収されちまいましたけどね」

「……おまえがあまりにもあそこで食べた料理が美味いと自慢するから、酒樽の中身は将軍たちが飲んだのではないかなんて噂が立っているそうだが?」

 

 それを聞いて、オルランドは形ばかりの申し訳なさを浮かべて頭をかいた。

 

「しょうがないでしょう。軍隊の飯なんざ比較するのも失礼なくらい美味かったんですよ。……前も言いましたけど、この状況が落ち着いたら俺は軍隊をやめて、あの農場に武者修行しに行く予定ですんで」

 

 農場から帰ってきたオルランドは軍の聴取から解放された後、パベルに告げたことをもう一度言う。妻子の話題以外では滅多に表情を変えないパベルが僅かに動いたことを、戦士として洞察力に優れたオルランドは見逃さなかった。

 

「……おまえは軍士ではない。法が権利を認めている以上、それを止めることはできない。だが、飯の美味さだけが理由ではないだろう?」

「そりゃね。……俺はね、旦那。結構ショックなんですよ。戦士ですらない、自称軍師な奴に何をされたかも分からないような負け方をしたことが」

「…………」

 

 それはパベルも同じだ。オルランドが敗北し、気絶させられ連れ去られようとした時、自慢の矢で攻撃したが全く効いていなかった。効いていなかったし、利いていなかった。防御しているというよりは、軽くあしらわれているという感じだったのだ。

 

「いや、あの農場の統率者だって言う男から言わせたら、ショックを受けることすら身の程知らずだって言われたんですがね」

 

 そして、自分を倒したジュウですらあの農場の中では弱い方らしい。弱いと言っても、二番目に強いグループの中で一番弱いそうなので、あまり参考になる目安ではないが。「最弱のオリハルコン級冒険者」と言われても、金級や銀級よりはずっと強いように。

 

「下働きでも何でもやって、強さの秘訣を盗んできますよ。他の連中はともかく、ジュウの旦那は人間らしいんでね。種族が一緒なら、多少は参考にできる部分はあるでしょう」

「軍を抜けずに、『調査』という名目で行くことは可能だと思うが?」

「それじゃあまずい部分も色々ありますので。それに、事態が事態だから先延ばしになっちゃいますが、降格はほぼ確定ですからね。俺みたいな厄介者が去って清々する連中だって少なくはないでしょう」

 

 流石にオルランドもこの話をしているのはパベルと自分の班の部下にだけだ。最初に聞いた時も、今も、パベルは説得の言葉を探そうとするが見つからない。

 

 オルランドは無敗の戦士というわけではない。パベルも試合に勝ったことがあるし、豪王バザーという亜人王には精神的敗北を味わっている。九色の中にもオルランドより強い者は複数いる。しかし、今回の敗北はそれらとは一線を画す。オルランド・カンパーノという男に大きな転機をもたらしたようだ。

 

「……つい先程聞いた話だが、白色が今日の昼にでもこの要塞に来るらしい。最高司祭や桃色も一緒だそうだ」

「ほー。そりゃまた急な……いや、あの女にしちゃ随分とのんびりしていた方ですか。てか、ちゃんと正しい情報伝わってんですかい?」

 

 目の前の男が変わったことを、パベルは実感する。これまでのオルランドであれば、歴代最強の聖騎士団長の白色が来ると知ればどのようにして手合わせを取り付けるかを考えていたはずだ。しかし、その表情に興奮の色は見られない。アンバランスだと言われている小動物のような目には、闘志が宿っていない。

 

 同時に、冷静な意見には同感だった。あの女は間違いなく聖王国最強であり、聖王女の剣として相応しい聖騎士だが、知識や考慮に欠けた面が大きく、不安要素が強い。二人の副団長の胃が荒れながら苦労するわけだ。

 

「正しく伝わっていても、白色がちゃんと理解しているかは分からんがな。白色はともかく陛下を始めとして周囲の者は色々と考えているのだろうさ。今回のこと、上手く動かねば聖王の座が代わる可能性さえあるのだから」

 

 現聖王国元首、聖王女カルカ・ベサーレス。外見の美しさと信仰系魔法の素質によって、歴代唯一の女性の聖王である。優しすぎるという不満はあるものの、大きな失態もなく国を治めてきた。しかし火種は燻っており、王族には彼女を蹴落とそうとする者は多いとの噂である。

 

 今回の件は、亜人侵攻とは比較にならないほどの大問題なのだ。内容の荒唐無稽さもあるが、聖王一族のそういった事情もあって、事態は進まないのだろう。慎重にならざるを得ない。意味が分からなさすぎて正解など誰にも分かるわけがない。

 

 そういった視点で考えなければ納得できないことも多い。未だに国家総動員令が発令されていないし、聖騎士団や神殿勢力の代表者が正式に要塞を訪れることもない。話を聞きつけた貴族や商人、冒険者が観光気分でやって来て、冷や汗をかきながら帰るのもお馴染みの景色になってしまった。

 

 どうしようもないくらい現場とそれ以外の人間の温度差があり過ぎるのだ。聖騎士団や神殿勢力という国家のトップと密接な関係にある組織が正式に危険度を理解してくれなければ、この状況はいつまでも続くだろう。

 

 

 パベルは祈る。聖騎士の妻は難しいかもしれないが、聖騎士見習いの娘が何らかの形であの農場に関わってこないことを祈る。オルランドのように変な影響を受けても仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 相撲とは名ばかりの体当たりを開始した七体の竜と、それを見ても緊張感が出ない要塞。それらを上空から観察するひとつの影があった。

 

「――破壊黒竜(デストロイ・ブラックドラゴン)を始めとするレベル七十前後の竜が七体ですか。しかも、それを天使が率いている、と。装備もこの世界の物とは趣向が異なりますし、どうやら我々と同郷――ユグドラシルの者と見て間違いありませんね」

 

 魔法を使っているのかマジックアイテムの効果なのか、その者の存在を認識できる者は竜たちにも軍人たちにもいなかった。

 

 蛙の頭、皮膜のような黒翼、三つ揃えのスーツ。溢れ出す邪悪なオーラ。誰がどう見ても善なるものに仇なす存在がそこにいた。

 

 ホシゾラ立体農場と同じ日時の同じ時間、違う場所に転移したアインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点、ナザリック地下大墳墓第七階層守護者、デミウルゴスである。

 

 炎獄の造物主の異名を持つ悪魔であり、ナザリック地下大墳墓においては頭脳の一画を担う。

 

 そんな彼がこの場所に来ているのは、元々スクロールの材料を探すためであった。ユグドラシルとこの世界では様々な法則が異なり、スクロールの製作方法もその一つだった。《伝言(メッセージ)》のような魔法は便利であるが取得していないNPCも多い。そのため、それらを補うためのスクロールの開発は急務の一つであった。デミウルゴスはスクロールに使えそうな材料を探すため、研究所を兼ねた牧場を作ろうと、このアベリオン丘陵にやって来たのだった。

 

 まさか同郷の存在を見つけることになるとは、嬉しい誤算だった。スクロールの材料の発見よりも大きな成果だ。これを敬愛する主人に報告すればどのようなお褒めの言葉を戴けるか、考えただけで気分が高揚してくる。

 

「さて、問題はこのまますぐにアインズ様にご連絡するか、もう少しばかり探ってから報告するか、ですか」

 

 逸る気持ちを抑えて、デミウルゴスは思考する。

 

 デミウルゴスの主人は現在、人間に偽装してエ・ランテルという都市に潜入している。情報収集、名声・立場を得る、金銭の確保などが理由だ。本来であればそのような些事はシモベが行うべきだが、自らが率先して動く主人の勤勉さには頭が下がる思いだ。その神算鬼謀の頭脳を持って、人間たちの全てを見透かしているに違いない。

 

 すべては、あの星空で口にした世界征服のために。

 

 そんな主人に報告する以上、報告できる情報はできるだけ多い方がいい。ユグドラシルにどのようなギルドがあったかはナザリックの外に出たことがないデミウルゴスは知らない。故に、どうしてもアインズの知識に頼ることになる。アインズの頭脳を持ってすれば最低限の情報だけでギルドの名称や能力まで特定が可能であろうが、より詳細な情報があった方が良いに決まっている。

 

 デミウルゴスとしては最低でもプレイヤーの有無を確認しておきたいところだ。あの栄光あるナザリックとは比べる価値もない雑な建物にはプレイヤーがいるのか。いたとして、何人いるのか。実力はどの程度なのか。

 

 しかし実際に中に入るのは危険だ。ナザリックには遠く及ばないだろうが、あれがプレイヤーのギルド拠点である以上、これ以上接近するのも危うい。

 

「やはり、明らかにユグドラシルからやって来た存在を確認できただけでも良しとしましょう。この情報を一刻も早く御方にお伝えしなければなりません。とはいえ……」

 

 デミウルゴスは、プレイヤーのギルド拠点らしき建造物を見る。箱を段積みしたような雑な建物だ。やはり偉大なる御方々が作り上げたナザリック地下大墳墓とは比較するまでもない。箱の数が階層そのままだとしたら、全部で七階層。ナザリックよりも三階層も少ない。

 

「どのようなプレイヤーかは知りませんが、偉大なる御方の敵でないことは間違いないでしょうね」

 

 デミウルゴスや彼の同胞にとってそれは真実以外の何物でもない。ナザリック地下大墳墓を支配する四十一人の御方々こそが最も偉大なる存在である。かつてナザリックに侵入してきた愚か者どもを始め、他のプレイヤーが、御方より上など決して有り得ないのだ。

 

 世界征服のため、あの建物もそこにいるプレイヤーやNPCも御方が支配することになるだろう。竜が複数体いるならば、スクロールの問題も解決するだろう。ナザリックにもドラゴンはいるがあれらは御方々から与えられたものだ。家畜のように消費するなど有り得ない。

 

 転移してこの場を去ろうとするデミウルゴス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、

 

「――――――――おい、そこの両生類」

 

 ぽん、と。

 

 彼の肩に、誰かが手を置いた。蛙の顔を振り向かせるより先に、デミウルゴスの肩に置いた手が万力のように力を強めた。

 

「おまえ、とりあえず死ね」

 

 いきなり殺害宣言をしてきた男の名はネハン・オフィウクス。五人しかいない人間のひとりであり、NPCほぼ全員から嫌われている男である。




原作十三巻のヤルダバオトによる侵攻と比較して、聖王国の対応は鈍いのは、条件が違い過ぎるから。
「王国で暴れていたから事前情報があったた」「城壁を一撃で破壊する強大な魔法を行使した」「亜人の軍を率いて侵攻していた」「明確な悪意が見える言動をしていた」などで、脅威性を理解できたけど、農場の件はそうじゃないから。国が本腰を入れるための被害がまだ出てない。
不明な部分がヤルダバオトより多くて、情報の真偽さえ疑われている状態。
むしろ、国家的には聖王の権力争いに利用できるかどうか程度の扱いでしかない。
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