大悪魔の農場   作:逆真

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PVN1

 中央要塞にある一室で、ケラルト・カストディオは頭を抱えた。

 

 同室には、姉のレメディオスがいる。副団長を含めた部下や要塞の関係者には席を外してもらっていた。

 

「思っていたより重大な事態のようです。正直、判断を誤ったことは否めませんね」

 

 あの『農場』なる建造物について、聖王国の上層部の認識は甘かったと言わざるを得ない。しかし、ケラルトは事態への姿勢を改めることを決意した。

 

「そうなのか? 駄目だぞ、ケラルト。頭を使うのがおまえの仕事なのだから。カルカ様のお力になるようにしっかり考えなければならない」

「姉様……」

「おっと、私は悪くないぞ。私だってカルカ様の護衛やモンスター退治、自分の仕事はしっかりやっている。適材適所ってやつだ!」

 

 それはその通りだが、釈然としないものを感じる。この何も考えない態度に救われたこともあるため、不満を口にする気はないが。

 

「しかしだ。今回、私は亜人と戦うために来たのに、何もせずに帰るとはどういうことだ」

「姉様、そういう認識だったんですね……」

 

 しかし、ここで言っても仕方がないため、話しあいを進めることにした。もっとも、レメディオスが頭を使うとは思えないため、これはケラルト自身が自分の中にあるものを整理するための行為だ。つまり、ほとんど独り言である。

 

 王城のカルカに報告するための、事前準備と言ってもいい。

 

「まず、一度王城に戻る理由ですが、事前情報と実態が大きく異なっていることがあります。あの建物……自称住人たちがそう呼んでいるようなのであえて『農場』と言わせてもらいますが、あれがあそこまで巨大であるということを私は知りませんでした」

「そうだったのか?」

「……はい。何せ『城壁から見える場所に亜人たちが要塞を作ったらしい』というのが私を含めた聖王国上層部の認識のはずです。ですから、平野入口に物見やぐらほどの建物を作ったのだろうと思っていました」

 

 だから、第一報が中央に届いた時は『何をそんなに大げさに騒いでいるのだろう?』という印象だった。否、正確にはその第一報はカルカやケラルトといった上層部には届いてすらいなかったのだ。途中で『大した情報ではない』と留まっていたのだ。

 

 ケラルトが農場の存在を知ったのは、農場が出現してから三日後のことだ。カルカやレメディオスも同じである。あの時は間違いなく、今ほどの緊張感はなかった。

 

「カルカ様もそれ以外の上層部も、出発前の様子から、もう私たちが問題を解決したとすら思っているかもしれません」

「誰かが情報を改ざんしたのか?」

「珍しく頭を使ってもらって申し訳ありませんけど、今回に限っては違いますね。中央に届く前に誰かが情報を意図的に歪曲というよりは、人から人に伝わるにつれて認識と情報の食い違いが大きく変わったと言うべきでしょう」

 

 当たり前の話だが、特殊な場合を除き、伝令役からの情報がそのまま聖王女や最高司祭に届くことは有り得ない。何人かを通じて単語のニュアンスなどは変わっていく。書面ならばともかく今回は魔法による通信であったこともある。魔法による連絡は過去の事例などもあり信頼性が低いのだ。

 

 ここにカストディオ姉妹が揃っていることさえ異例の対応だった。城塞の軍関係者からの中央のあまりの対応の遅さから来る、癇癪さえ混じった要請のためだった。実際はそれでも不足していたのだが。頭を落ち着かせたらすぐに中央に戻り、国家総動員令を発動させることを勧めるべきかもしれない。

 

 無論、実際に国家総動員令が発動することはないだろう。農場からの攻撃らしい攻撃がないため、反カルカ派の王族や貴族たちが反対するに決まっている。農場自体、城壁の近くにあるわけではないのだ。亜人の襲撃の恐れもある丘陵地帯を進んで、竜が複数体いることが判明している王城より巨大な建造物に攻め込むというのはあまりにも現実的ではない。相手からの襲撃に備えるにしても同じことだ。

 

「平野入口どころか丘陵地帯の奥にある以上、現在の装備や人員では到着するのさえ困難でしょう。また、この距離感であの存在感ということは相当巨大なはずです。少なく見積もっても、王城よりも高いですね」

 

 それはつまり、聖王国よりも高い技術があることを意味している。住んでいる住人と建造した者が別である可能性もないではないが、ここまで正体不明だとそれは注目する意味はない。

 

「近くに行けば実物は案外小さいかもしれないぞ? 魔法による幻覚かもしれない」

「近くに行けないから困っているんですってば。正確に城壁から何キロの場所にあるか把握できていないんですからね? 魔法による幻覚の可能性は私も考えましたが、これほど長期間、大人数相手に通じる幻術などそちらの方が脅威ですね。これまでの証言から考えると、あの建物がただ巨大であることや、中の住人たちが弱いということはまず考えられませんしね」

 

 聖王国九色を一瞬で無力化する謎の仮面。天使かもしれない亜人。七体の竜に、それを従える少女。そして、それらを束ねる存在。

 

 ……あの場所がどういう場所なのか、住人たちがどういう存在なのかを理解する必要がある。

 

 あの隕石の事情も分からない。流石に自然現象だと片付けるのは無理がある。

 

 正直なところ、あの農場に行こうと思えば行けるのだ。現在、九色の四人がこの要塞にはいるのだ。その内のひとりはレンジャーの能力に長けているため、丘陵地帯は詳しいだろう。安全には難しいかもしれないが、確実に到着することはできるはずだ。

 

 ケラルトがそれを選択しない理由は、未知の危険性もあるが、政治的な理由が主だ。自分たちがここに来るのに踏んだ手続きは『亜人の討伐』だ。『謎の勢力との交渉』ではない。実際に農場内部に招かれたオルランドの話を参考によれば、比較的文化的な集団のようだ。つまり、交渉が可能な相手であるため、何らかの取引をしたいところだが、聖王女の名代として来ているわけではないため、そんな権限はない。聖王国の貴族をどういうというより、竜を何体も従えているような集団を怒らせるのも得策ではないため、安易な契約はできない。

 

 これが何も分からない状態であったならば、無理も通しやすかったのだが、いくらか明らかになっている部分があって、それが悉く問題を伴っているため、事態が複雑化している。

 

 相手のスケールが想定を大きく超えている。流石に自分一人で考えて行動していいレベルの話ではない。カルカにも現実を知ってもらって、二人で考えるべき事案だ。レメディオスは勘定に入れていない。戦闘になれば頑張ってもらおう。

 

「そういえば、ケラルト」

「何です、姉様」

「例の――神がいるかもしれない、などという発言はどう思う? 天使のような亜人についてもだ」

「そうですね……」

 

 荒唐無稽な話ではあるが、そもそもあの農場の存在自体がこれ以上ないほどに荒唐無稽であるため、安易に否定できない状態だった。

 

 それを含めてあそこに行きたいのだが、そう言えば説明が面倒なので、煙に巻くことにした。

 

「神様がいるなら、カルカ様に良い殿方との出会いを与えて欲しいものですけど」

 

 自分や姉を含めこれまで男性とのそういう話がないため、『聖王女と聖騎士団長と最高司祭はただならぬ関係である』という噂には辟易しているのだ。

 

 聖王女の伴侶となるに相応しい男性など、色々な意味でそう簡単にいるとは思えないが。

 

 

 

 

 

 

 アインズは自室のベッドに突っ伏した。酒にでも溺れたい倦怠感を伴って。

 

「ふぅ。アインズ様っていう奴はすごいな、デミウルゴス。そんな賢い奴がいるなら是非紹介して欲しいもんだよ。俺みたいな凡人にはそういうヒトがいてくれた方がだいぶ楽になる……はは、どうしてあんな誤解してんだろう、あいつ」

 

 早めに訂正しておかないと彼らにとっての「至高の支配者」像はどんどん大きくなるのではないかという不安に襲われる。

 

「それにしても、聖王国の聖騎士団や神殿を扇動して、ホシゾラ立体農場に戦争を仕掛けさせるか。妥当と言えば妥当なラインだな」

 

 デミウルゴスによれば、農場は周辺の亜人を支配下に置いているが、聖王国側はそれに気づいていないらしい。聖王国はプロパガンダの一環で亜人の多くを邪悪と定めているそうなので、それを理由に衝突させるのだ。ドッペルゲンガーや悪魔を使って事件を起こせば簡単に暗躍できる。

 

 聖王国からの攻撃にどのような対応をするかでナザリックは農場に対する行動指針を決めればいいというわけである。温和な対応ならナザリックも安心して接触できる。逆に過激な対応をした場合だと、聖王国の味方をするのもありだ。無論、ナザリックより戦力が下であることが絶対条件だが。

 

 最悪の場合、つまりホシゾラ立体農場の戦力がナザリック地下大墳墓より同等以上であった場合、聖王国にはそのまま滅んでもらう。国を滅ぼした存在ならば、当然、周辺国家からは危険視される。その隙を狙って、ナザリックは各国の内部に干渉するというわけだ。

 

「俺の目的に沿うって言っていたけど、確かに暗躍がバレなければたっちさんは喜んでくれそうだよな」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの名前を正義の味方として売り出せる。農場側を魔王――悪に仕立て上げることができるし、国家に借りを作ることができる。問題は、農場がアインズ・ウール・ゴウンの名前にどう反応するかだ。サービス史上最大の連盟による侵攻を受けたアインズ・ウール・ゴウンを知らないプレイヤーなどにわかでもない限りいないと思うが、プレイヤーがいない場合、NPCはアインズ・ウール・ゴウンを含めた他のギルドについて知らないかもしれないのだ。

 

 上手くいけば、農場や聖王国の戦力を観測できるだけではなく、この世界にいる他の強者もおびき寄せることが可能だ。シャルティアを洗脳した犯人に直接繋がるかは微妙だが、ヒントくらいは手に入るかもしれない。

 

 デミウルゴスやアルベドはまだ何か考えているようだが、アインズには分からない。当の本人たちはアインズが自分たちより先を考えていると思っているため、非常に始末が悪い。

 

「アンデッドにするための死体を集めたいけど、エ・ランテルの墓地から集める感じでいいかな。近くの湿地帯にリザードマンが大勢いるらしいけど、わざわざ殺す意味もないしな。農場みたいに、どこにユグドラシルのプレイヤーがいるかわからないんだし。まあ、墓地の死体を回収し終えて、プレイヤーの影がなかったら集めに行くか。ああ、種族で差が出ないなら森のゴブリンやオーガもいいな。でも近場で狩りすぎるとモモンの依頼も減るかもしれないしな。安定して死体が手に入るルートが確保できたらいいんだけどな」

 

 ユグドラシルでは、モンスターなどの死体を特殊技術などでアンデッドにしても一定時間が経過すれば消えた。しかし、この世界では『素材』がある場合は一定時間が経過しても消滅せずに永続的に存在し続けるのだ。無論、様々な条件はあるようだが、それは実験中である。

 

 アインズは生粋のネクロマンサー。一日の使用回数に制限はあるが、死体をアンデッド化させる特殊技術を持つ。つまり、死体があればあるほど、ナザリックの戦力を上げることが可能なのだ。しかも半永久的に。雑魚アンデッドしか増やせないのが玉に瑕だが、何も増やせないよりは遥かにいい。

 

「あ、そうだ。ラグナロク農業組合の資料でも読み返しておくか。あれはどこにしまったっけな……」

 

 アイテムボックスの中を探しながら、アインズは自分の脳内にあるラグナロク農業組合の情報を整理してみる。しかし、覚えている情報はそれほどない。あまり接点のないギルドだったこともあるが、それ以上に時間の経過が大きい。自分の仲間の情報さえ霞んできているのだ。他のギルドについて覚えていることなどそんなものだ。

 

 ラグナロク農業組合。ネット掲示板などでの通称は「酪農」。構成人数はアインズ・ウール・ゴウン(四十一人)よりは多かった。上位ギルドの一つではあったが、十大ギルドに数えられたことはないはずだ。ワールドアイテムはあったような気がする。

 

 ギルド拠点はホシゾラ立体農場。場所はヘルヘイムではないどこか。

 

 著名なプレイヤーは、たっち・みーとも互角の強さだったワールドチャンピオンの『純白と漆黒の天使』ライフ・イズ・パンダフル。そして『神災天魔』テラ・フォーミングとパレットのコンビ。

 

「お、あったあった」

 

 アインズの手には一冊の本があった。アインズ・ウール・ゴウンの諸葛亮、ぷにっと萌えを始めとした頭脳陣が監修した上位ギルド対策マニュアルである。何冊か作ってあるため、これにはラグナロク農業組合の情報は載っていない可能性もあるが、そうなればまた探せばいいだけの話だ。

 

「えーと、目次目次。お、良かった。これに載っているみたいだな、ラグナロク農業組合」

 

 該当のページを開き、仲間たちの残してくれた情報を見てみる。

 

「やっぱり交流のあったペロロンチーノやぶくぶく茶釜さんからの情報が多いみたいだな。何々……」

 

 ・ぶくぶく茶釜の場合

 鉄人女ちゃんがリアルで声優仲間なんで時々お邪魔してる。

 拠点はホシゾラ立体農場。全部で七階層あって、上に行くほど狭くなるって変な造り。

 下から順に、農場、貯水池、獣舎、工場、倉庫、住居、展望台。

 ナザリックで言うところのスケルトンやゾンビみたいな下級POPモンスターは蟲系と植物系。耐性ない人は毒対策必須。

 攻略するには、第一階層でどれだけ疲弊しないかが鍵。ここで脱落するプレイヤーがほとんど。特に階層守護者のおばあちゃんには要注意。フィールドとのシナジーがえぐい。

 逆に、第二から第四はダンジョンとしての難易度は低め。階層守護者戦を除けば、ここら辺で脱落するのはほぼ誤差。ギミックも面倒臭いってより面白い寄りなので楽しめる。

 これを書いている時点では第五階層より先は攻略されていない。それだけ第五階層には戦力が集中してある。課金に物言わせて火力上げて罠仕掛けている感じ。ナザリックで言う第八階層に近いかな?

 第六階層がナザリックの第九階層みたいに生活空間になっている。第七階層も込みで、あんまり特別なギミックはないよ。教えてもらってないだけかもしれないけど。

 ギルド拠点の維持資金を外で稼がなくても農場でできる食材アイテムをシュレッダーにぶちこんだら賄えるって。自給自足すごい。

 各階層の色んなところに、『牢獄』って領域に飛ばされるトラップあるから気をつけてね。

 ギルド長のパレットさんはおバカなところあるけど真面目だし身内に優しいし面白い人。

 客観的に見て、ギルメン内にある「パレットさんは私/俺の面倒を見るのに忙しいんだから皆ちゃんとしようよ」みたいな空気はだいぶやばい。あいつら、パレットさんが引退したらやっていけんのかな。

 それと、前ギルド長のライフさんはクズ。そりゃ第四位以下の幹部全員からリコールされるわ。少し話しただけだけど、私も嫌い。

 一刻も早くお亡くなりになって欲しいな☆

 テラちゃんは男を見る目がない。

 

 ペロロンチーノの場合

 姉ちゃんが拠点のことばっかり書いているので、メンバーのこと書いてくね。

 メンバーはこれを書いている日だと、八十八人。戦闘職が四十人くらいで、残りは生産職。

 掲示板とかじゃ戦闘狂のイメージもあるけど、やっぱり本業は農業って感じ。

 俺が一番仲いいのは、リリートンさん。元々はクラン『白百合同好会』のリーダー。姉ちゃんの後輩の鉄人女さんの兄でもあるんだって。ギルドメンバーの中では重鎮呼ばわりされてる。聖騎士のオーク。げきつよ。姉ちゃん級に硬い防御役。酪農じゃ一番硬いと思う。

 逆に、攻撃特化なのは一平さん。リリートンとはたっちさんとウルベルトさん級に仲が悪い。おっぱい星人なので俺とは趣味が合わない。修行僧のスライムだけど、うちのヘロヘロさんとは真逆。武器破壊じゃなくて武装や防御バフを貫通してくる。リリートンさんとは仲が悪いくせにコンビネーションばっちりなんだよな。

 ギルド長のパレットさんは戦闘職ではあるけど支援特化。悪魔の魔法剣士。あの人、メインアタッカーがして欲しいこと全部できるんだよ。悪く言ったら器用貧乏だけど、敵にいたら厄介すぎる。パーティー戦だと最初に落としておかないとやばい。職業がギャンブル要素の塊に見えるけど、勝っても負けても問題ないようにしてんだよな。あの人にとってデバフは実質バフ。やるなら大火力で速攻。

 パレットさんも『弟』なんで兄姉の苦労話で気が合う。あと絵が上手い。リアルでプロらしいからロハだと頼めないけど。

 サブマスのテラ・フォーミングさんはワールド・ディザスターの精霊。この人の強さは割とパレットさんのサポートで成り立っているので、単騎だとウルベルトさんの下位互換だと思ってもらっていいよ。

 姉ちゃんも書いてるけど、ライフ・イズ・パンダフルはマジクソ。くたばれ。

 戦闘能力はたっちさんといい勝負だけど、人格は話にならない。実力はあるからって人間ができているわけじゃない見本。

 

 

「……何があったんだ、二人とも。ライフ・イズ・パンダフルなんて愉快な名前のプレイヤーと一体何があったんだ!」

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の第六階層にアンフィテアトルムがあるように、ある程度の大きさのギルド拠点には似たような闘技場が作られているものだ。規模や内装、配置してあるモンスターにこそ差はあれど、伝統あるコロッセウムタイプの施設に対する憧れは普遍的に存在するものだ。

 

 ホシゾラ立体農場もその例に漏れず、第三階層『獣舎』に闘技場が作られている。正式名称は『モンスタースタジアム』。様々な魔獣同士を戦わせて見るという設定であるため、建造物自体があらゆる攻撃に耐えられるように強度の高い領域だ。ギルドメンバー同士の練習試合などもこの場所で行われた。

 

 古代ローマのコロッセウムというよりは、近代的な野球スタジアムに近い作りをしている。これは設計を担当したメンバーのひとりが野球ファンだったためだ。

 

 かつては第一階層の農場に作ろうという案もあったのだが、畑を作り過ぎたせいで場所が余っていないため却下された。第六階層や第七階層の案も出たが、ホシゾラ立体農場はその性質上、上の階層ほど狭いため、これまたスペースの都合で却下された。

 

 他の領域と同じく、侵入者が来ない農場では久しく使用されていなかった領域の一つであった。しかし本日、久方ぶりにその真価を振るおうとしていた。もっとも、対決をするのはジュウ配下の魔獣ではない。侵入者でもない。ギルドメンバー同士でもない。ギルドメンバー、崇高なる御方々の代表であるパレットと、十二天星十三位のネハン・オフィウクスである。

 

 替えの利かない仕事をしているNPC以外はほぼこの場所に集まっていると言っても過言ではなかった。

 

 会場の真ん中には、その二人が向かい合っている。

 

 放送席にて、ひとりの天使がマイクを手に叫ぶ。

 

『盛り上がってるのかー!? 私の可愛いソラマメちゃんたちー!』

 

 十二天星ポッポの呼びかけに、集まっているNPCたちは声になっていない歓声で応じる。

 

 歌姫として創造されただけあって、こういった集まりでは進行や実況は彼女が担当することになっている。

 

『実況は私ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴと、解説は農場の知恵袋ジュウちゃんでお送りするのさ!』

『ん、よろしく。ところでポッポ、人をお婆ちゃんみたいに言ってんじゃねえ』

『ご愛敬なのさ!』

 

 二人のやり取りにどっと沸く会場。箸が転がっただけで笑えるほど上機嫌なのである。

 

『早速選手の紹介なのさ! 受刑者もとい挑戦者、ネハン・オフィウクス。以上』

 

 ネハンの名前が出るなり、会場のあちこちからは強烈な野次が飛び交う。殺意さえ込められていた。

 

 しかし当の本人はそれを聞いても何食わぬ顔であった。

 

『対するは、我らが崇高なる八十八人の代表! ホシゾラ立体農場の統率者にしてユグドラシルに威光を轟かせた大悪魔! 世界樹に君臨する魔王の一柱、神災天魔の片翼、パレット様ァ!』

 

 その紹介を受けて、パレットは心底複雑そうな気持ちになるが、顔には出さないように努めた。会場の雰囲気が先程と打って変わって盛り上がっているのもある。

 

『さあ、始まるのさ。この日をどれだけ待ったことか……! 本日、ついにパレット様が決定されたのさ、ネハンのドクズの公開処刑を! おめでとう、皆! よくぞ今日まで耐えたのさ!』

 

 この場にいるほぼ全てのNPCがポッポの言葉に同調する。元から高かったボルテージは上がり、興奮の渦は止まることを知らない。感極まって隣の同胞と抱き合う者やハイタッチを決める者が多数見受けられる。祝い酒をする者までいる始末だ。

 

「兄貴の引退の時並みに盛り上がってやがる……。いや、兄貴の時とは事情が違うんだけど……。異世界転移して最初のイベントがこれってやだな」

 

 本当は止められるかと思っていたのだ。『いくらネハンでもそれはダメです』とか『また馬鹿なこと言ってないで真面目にやってください』とか言われるかと思っていたのだ。しかしソラとジュウを除いたNPC全員から賛成されてしまった。当のネハンも「そういうことですか。理解しました」の一言で納得していた。

 

 従兄弟の嫌われぶりを再確認したジュウは眉間を押さえながら訂正する。

 

『ん、厳密には違うからな? 処刑じゃねえからな?』

『水を差さないで欲しいのさ、ジュウちゃん!』

 

 ポッポの抗議に追従するように、観客席からジュウに対してブーイングの嵐が起こる。こうなることが分かっていたジュウであったが、後悔はない。創造主の言葉を捻じ曲げるなど、親愛なる同胞相手でも決して許されることではないからだ。

 

『ん、ネハンのことが嫌いなおまえらの気持ちはよく分かる』

『嫌いじゃないのさ。大嫌いなのさ。憎いのさ』

『だが、親父の言葉を自分本位に歪曲することは許さん。それは大罪だ。親父は――あの御方は農場に唯一残られた。その意志は絶対であり、その言葉は絶対である。ならば、その言葉を曲げていい道理はねえ』

『いやいや、転移初日にパレット様に物申したジュウちゃんが言っても説得力ないのさ』

『それとこれとは話が別だ』

 

 実際、転移初日にパレットが城壁に出かけようとしたことを諫めたのはファインプレーだ。それはポッポだけではなくNPC全員が承知していることだ。誰かがやるべきだったことであり、ジュウにしか出来ないことなのだから。だからこそ、ポッポは精一杯茶化すように言うのだ。

 

『まったく。ジュウちゃんもいい性格をしているのさ』

『よく言われる。ありがとう』

『褒めてないのさ!』

 

 再び沸く会場。沈みかけた会場の空気は持ち直したと言って良かった。

 

『じゃあ改めて解説するぜ。ネハンのアホがつい今朝方、また脱走しやがったっ』

『ジュウちゃん、言葉の所々に苛立ちが見えるのさ。ジュウちゃんも激おこなら怒っていいのさ。いつまでもあんな奴の肩を持たなくてもいいと思うのさ』

 

 会場の皆もポッポの諭すような意見に頷くが、ジュウは無視した。内心で思うところは多分にあったが。

 

『脱走して空を適当に飛んでいたら、ネハンは謎の蛙頭を見つけた。これがどうもこの周辺じゃまずいなかった高レベルだ。で、ネハンはそいつを倒そうとして魔法を使ったんだが……それが運悪くミシェルに流れ弾しちまったんだ』

『運じゃなくて、ちゃんと下方確認しないネハンが悪いのさ。ネハンの位置から普通にミシェルは見えたはずなのさ。十対ゼロでネハンの責任なのさ』

『正体不明の存在を逃がした責任、仲間を怪我させた罪により、ネハンは親父と試合をすることになった。制限時間は十五分。その間に死ねば死刑、生き残れるか親父を瀕死に追いやれば再投獄だ!』

『ひゃっほー! パレット様、ネハンをぶっ殺してくださいなのさ! ウス=異本のように!』

 

 最後の部分を聞いて、パレットは思わず噴き出した。NPCが知りそうにない単語が出たこともそうだが、使い方が間違っている。

 

『……ところでジュウちゃん、ウス=異本って何か知っているのか?』

『意味の知らない単語を口にするなよ。……いや、俺も知らないんだけどな。リリートン様や鉄人女様がやたら口にしていたような気がするんだけど……? 異本って言うくらいだから何かの魔術書っぽいんだけど、それにしては複数冊あるみたいな言い方だったような』

『私はリサイクルボトル様や三日ナイト様が言っているのを聞いたことがあるのさ。あ、秋田小町様も言っていたような気がするのさ』

『んん? そのメンバーに共通点だと……ダメだ、分からん』

『答えを知っている人がいたら、お便り待っているのさー』

 

 そのまま永遠に分からないままでいてくれと祈るパレットは現実逃避の意味も込めて眼前にいるネハンを見る。何故か余裕いっぱいに笑っていた。

 

「ふふ、パレット様もお人が悪い」

 

 妙に含みのある言い方である。何故このタイミングで言うのかも合わせて、パレットは首を傾げるが、自分なりの言葉を返した。

 

「おいおい、俺は悪魔だぞ? 性格が悪くて当然だろう」

「謙遜なさらなくとも良いでしょう。パレット様ほど慈悲に溢れた悪魔など存在しません」

「慈悲なあ? 俺には理解できない概念の一つだな」

「パレット様ほどの御方でも分からぬことがあるとは……! このネハン、驚きを禁じ得ません。いえ、違いますか。貴方様ほどの御方ならば慈愛と慈悲など意識することなく発揮できるというわけでございますね」

「何のこっちゃだぞ、おまえ」

 

 パレットにはネハンの発言は一から十まで意味不明だった。言葉だけ見るならば嫌味か世辞と受け取っただろうが、声音や表情が本心なのだと伝えてくる。

 

「まあ、とにかく、そういうわけだ。俺も同レベルとのガチバトルにはブランクがあるからな。慣らしに付き合うと思って――――全力で殺しに来い」

「――成程、そういうことですか。パレット様のお考え、確かに理解しました」

「え、ごめん、何が?」

 

 その一連のやり取りは周囲の皆も聞き耳を立てていた。ネハンの発言など不快感を増すだけだが、主人が相手ならば話は別だ。一字一句聞き逃してみるものかと神経をとがらせていた。放送席のジュウも同じだった。

 

『皆、いま親父が滑ったのは聞かなかったことにしてくれ』

「何だよ、ジュウ! いや、そりゃ確かにかっこつけて『全力で殺しに来い』なんて言ったのに、意味分からん返答されてこっぱずかしくはあるけどよー!」

 

 風格も威厳もないパレット。穴があったら入りたいとはこのことだった。

 

「パレット様ー!」

「大丈夫ですよー!」

「我々は何も聞いていませーん!」

「忘れます!」

「聞いていないことにするので、ネハンは死刑でお願いしまーす!」

「ぱれっとしゃま、がんばえー!」

「ねはん、しねー」

「こら、女の子がそんな言葉遣いをしてはいけませんわ」

「あーい。おなくなりあそばされろー」

「おまえが焼いた私の花畑のように焼き尽くさやがれ!」

「パレット様、私のチーズの仇をお願いします!」

「精々派手に散って俺たちの溜飲を下げさせろ、クズ野郎が!」

「パレット様の雄姿の生贄になれー!」

 

 こんなに嬉しくない声援は生まれて初めてだった。声援を受けた経験が稀な人生であったが、これ以上ないくらい複雑な気持ちになる経験などもっとない。何故、声援を受けているはずの自分がやりづらくて、野次を飛ばされているネハンの方が誇らしげなのだろう。

 

「おう……、兄貴、兄貴はどこだ? 助けてくれ。義姉さんでもいい。一平、リリートン、三日ナイト、いないのか? やっちーでも真珠貝でものんびりステーキでもマリーゴールドでもハマちゃんでもおにぎしでもアッチッチ・コッチッチでも抹茶爺でも七草粥でもすぱきゅーでもライスカレーでも反骨ラーメンでもシュガーバターでも秋田小町でもしめちゃばでも牛金時でもいい。ネハンがあんななのは皆の悪乗りが原因なんだから、俺だけが胃痛に襲われるのは間違いだと思います……!」

 

 何故、自分はここにいる。何故、自分は残ってしまった。何故、自分だけが農場に残ってしまった。何故、自分だけがこんな目に遭っている。何故、自分以外はここにない。どうして、どうして俺だけが、こんなに苦しまなければならない――!

 

 思っていた展開と違いすぎる。

 

「手加減するつもりは最初からなかったけど、お茶の濁しようがないなあ、これ」

 

 そもそも自分の性能ではネハンに負けることはないが、十五分で殺すことは難しい。万が一の可能性はないと思うが、そこは兄の最悪傑作の能力を信じるしかない。

 

 殺してしまった時は――、一緒に死んでやろう。

 

「ん、じゃあさっさと始めてくれ」

 

 開始の合図の笛を構えているソラに手を振るう。

 

 ソラはこの場に来る前、ネハンがまた問題を起こしたと聞いてから何も言わない。言えないでいた。お互いの創造主が伴侶である以上、姉弟と呼ぶにふさわしい間柄であるため、どちらかと言えばパレットやソラと同じ立場にあるためだ。迷惑をかける同胞たちに申し訳ないやら、問題ばかり起こすネハンが腹立たしいやら、結局パレットやジュウに動いてもらうばかりで自分が情けないやらで、彼女もいっぱいいっぱいなのだ。

 

 ソラは、この刑罰の結果がどちらに転んでもいいと思っている。薄情かもしれないが、農場の今後を思えばネハンはこの場で死ぬべきだ。一方で、不肖の弟には生きていて欲しい。

 

 だから、パレットの好きなようにしてもらって構わなかった。ソラはその結末を受け入れる。パレットがネハンに負ける可能性については最初から考えていない。これは信頼や願望の問題ではない。ただの現実だ。創造主と被造物というだけではなく、パレットはもっと特別な存在なのだ。

 

 愛しいヒトができるだけ傷を負わない形で終わることを祈りながら、ソラは笛を吹いた。

 

 次の瞬間、パレットの手にはどこからともなく出現した砂時計が握られていた。それはショップがないこの世界ではもう手に入らないであろう課金アイテムの一つ。

 

「初手でやるのは悪手なんだけどよ、開幕ブッパはロマンだ」

 

 一度やってみたかったんだ、とパレットは凄惨に笑った。

 

「超位魔法――」




アインズは洗脳を解除するために心を砕きながらNPCを殺して、パレットはお仕置きとしてヤケクソ気味にNPCを殺す! そこに何の違いもありゃしねえだろうが!
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