大悪魔の農場   作:逆真

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PVN2

 時を少しだけ巻き戻す。

 

 その情報は、農場内に震撼をもたらした。

 

 ――ネハン・オフィウクスが処刑される。

 

 当初は何の聞き違いかと思った。あまりにも都合の良い幻聴かと思った。

 

 このユグドラシルではない未知の世界に転移してから、最も歓びに満ちた知らせであった。二番目はパレットの農地拡大計画である。あれだけの罪を犯しながら何故かユグドラシル時代は処刑が一度も検討されることのなかったネハンがようやく処刑されるかもしれないのだ。農場のNPCたちは盛り上がっていた。

 

「ぬひふ、きふっふふふふっふ……!」

 

 戦闘という名の処刑の開始を今か今かと待つ観客席の片隅で、その魔女は歪な笑い声を上げる。笑い慣れていないことが明らかな、不自然な笑い方だった。

 

 絶世の美少女と呼んで差し支えない外見だが、やたらと血色が悪いエルフだった。古典的な魔女装束と左右で色の違う瞳。大皿に山盛りのピーナッツを一心不乱にボリボリと食べていた。小豆色と大豆色の目は、偉大なる御方と憎悪すべき囚人に向けられている。

 

 この魔女エルフこそは、ホシゾラ立体農場第一階層所属、五穀衆がひとり、豆組ナッツだ。

 

「本当、まさかよね。ネハンが処刑されるなんて……。ユグドラシルでは一度もこんなことはなかったのにパレット様もどういう心変わりなんだが……。まあ、いいわ! パレット様万歳! 流石は私の創造主の次に偉大なる御方!」

「こんな時だけでも出てくれて嬉しいですね、ナッツ」

 

 母親のようなことを言うのは、リザードマンの癖にどこか蛙っぽい五穀衆筆頭の米組マイ。

 

 創造主にそうあれと設定された彼女は、米こそ最強の食べ物だと信奉しており、今回のような試合観戦じみた行為の飲み物は清酒を始めとした米を原材料とした酒に固定されている。つまみはその日の気分次第(本日は鮪の刺身)だが、シメはおにぎりかお茶漬けと決めていた。

 

 お猪口に注がれたぬる燗をちびりちびりと堪能しながら、しみじみと言う。

 

「普段は発酵蔵から出て来ない貴女がこうしてイベントに出てくれるなんて、五穀衆筆頭としては涙が出ますよ」

「う、うるさいわね、マイさんは。私が蔵から出てこないようになったのは、ネハンが納豆菌をばらまいた事件がきっかけなんですから、その犯人の処刑を見るのは当然じゃないですか」

「そうダス。ビールが美味しいダス」

 

 ナッツの隣には、農婦姿のオークがいた。五穀衆麦組コムギである。

 

 少量の清酒をのんびり飲むマイに対して、コムギは大ジョッキのビールを豪快に一気飲みするスタイルである。なお、ナッツは下戸であり酒は飲めない。

 

「今日ほどビールが美味しい日はないダス。何杯飲んでもすぐに空になってしまうダス。おっと、おつまみも食べちゃうダス」

 

 フライドポテトを素手で豪快にまとめて掴み、そのまま口に放り込む。三回ほど噛んだら、また大ジョッキのビールを煽り、ポテトを胃へと流し込む。

 

「ぷはー」

「相変わらず豪快……」

「体に悪そうな食べ方でもありますね」

「余計なお世話ダス。今日くらいは好きに食べさせて欲しいダスねー。あ、お刺身ちょっとちょうだいダス」

「構いませんよ。その代わり、貴女のポテトもいただきますよ」

「いいダスよ。あ、ナッツ、枝豆はないんダス?」

「ちゃんとありますよ」

 

 五穀衆の女子たちが酒と食事を楽しむ一方で、男子たちは眉をひそめて考え事をしていた。

 

「むむむ。やはり賭博は成立しそうにねえか。そりゃそうだな。誰も彼もネハンが負けることを、いや死ぬことを祈ってんだから」

 

 まず、五穀衆粟組アワワ。不真面目かつずる賢い猿猴だ。今回、彼はネハンの処刑が試合形式であると聞き、賭博を開こうとした。しかし、オッズが滅茶苦茶であり賭けとして成立しないため、断念するしかなかった。上手くいけば一ヶ月ほど三食が豪華になるはずだったのだが。

 

「ぬぬぬ。処刑の後はお祝いの言葉をかけるべきか否か。いや、やはりパレット様からしてみれば、あのネハンも甥っ子……。そのようなことは避けるべきなのか。ぬぬぬ」

 

 演劇派のオーガである五穀衆黍組キビタロウ。ネハンの処刑が『無事』に終了した際に、パレットにどのような言葉をかけるか悩んでいた。

 

「しゃーねか。おい、キビ。俺たちも酒盛りを始めようじゃねえか。今日は何やっても無礼講で済みそうだし、好きに飲もうじゃねえか」

「しかしですね、アワワさん。貴方と違って拙者には――」

「じゃあそのポップコーンはいらねえってことだな。もらうぞ」

「あーっ! 誰もそんなこと言ってないじゃないですか!」

 

 その時、笛の音色が響いた。

 

 ついに待ちに待った処刑の開始である。

 

 

 

 

 

「超位魔法――――」

 

 パレットの周囲に数多の魔法陣が展開される。

 

 超位魔法。

 

 ユグドラシルでは魔法は第一位階から第十位階まであるが、更にその上にあると設定されている魔法だ。魔法に分類されているが、どちらかと言えば特殊技術に近い性質を持つ。

 

 発動するためには魔法陣を展開してからの準備時間が必要であり、発動した後にも冷却時間があるため、連続で超位魔法を使用することはできない。冷却時間はどのような手段でも短縮することはできないが、発動時間の方はアイテムで省略可能である。

 

 パレットが取り出した砂時計がそれに該当する。ユグドラシルでは課金をすれば比較的楽に手に入るアイテムであるが故に、この世界ではもう入手が不可能に近いものだ。

 

 また、超位魔法は準備中に一定のダメージを受ければ解除されるという特性がある。

 

「《龍雷(ドラゴン・ライトニング)》!」

 

 故に、パレットが砂時計の効果を発動する前にネハンが攻撃を仕掛けるのは当然の対応であった。

 

 パレットの周囲に展開されていた魔法陣は消えた。

 

「失敬。ですがパレット様。いくら僕でも超位魔法を受けるわけにはいかないので」

「だよな。おまえならそうすると分かっていたよ」

『おーと! パレット様が超位魔法を使おうとしたけど、ネハンの攻撃で中止されてしまったのさ!』

『そりゃこれ見よがしにあんな変な魔法陣を展開されたらな』

 

 何が起きたかを理解した観客席からブーイングの嵐が起こる。ネハンが大人しく処刑されないこともそうだが、御方の玉体に躊躇いなく攻撃したこと、御方の最強の魔法を中断させたことなど、他のシモベであったら考えられない行為だ。これだけで極刑に値する。

 

 しかし、当のパレットには苛立ちなど皆無だった。

 

「どうされました? パレット様にしてはあまりにも無防備な――」

「ん、おまえたちも超位魔法に関する知識はあるわけだ。でも、俺の能力についての情報は知らなかったみたいだな」

「はい?」

「戦いはまだ始まったばかり。いきなり上位の魔法は仕掛けてこない。カウンターを狙っているかも、と警戒するしな。それに、この距離だ。確実に規定値のダメージを入ることを優先すべきだから、詠唱がすぐに済む名前の短い魔法――つまりは下位の魔法を使ってくると思っていたよ」

「ま、まさか――」

「ん。仲間からもよく言われたけど、俺はバカなんでね。戦法はいくつも考えらない。だから、このパターンはまあ、鉄板というか十八番なんだよ」

 

 それは凄惨な笑みだった。普通の人間と大差のない形態でありながら、魔王と呼ぶに相応しい邪悪な笑い方だった。

 

「痛みは鍵、傷は門、肉体は監獄。何が出るかはお楽しみ……! 特殊技術、《ブラッド・オブ・ゴルゴーン》+《アンリミット・ソウル》+《サモンスロット》+《魔血解放》!」

 

 ダメージをトリガーに複数の特殊技術を重ねて発動する。

 

 ネハンの雷撃を受けてパレットの身体にできた小さな火傷が、ぐちゃりとグロテスクな音を立てて大きくなっていく。傷が大きくなっているのではなく、肉として、物体として巨大になっていく。

 

 巨大な肉塊はやがてパレットの身体から離れ、一個の生物を形成していく。

 

『おおっと! パレット様の身体の一部が膨らんだかと思ったら、それが分離して鶏になったのさ! ちなみにトサカが大きいから雄鶏なのさ』

 

 そして、完成したのは、紅蓮の炎を纏った巨大な鶏だった。人間一人なら背中に楽々乗れるほどのサイズで、全体的に色合いが派手で孔雀に近い。その身体から発する熱は観客席まで届くほどだが、最も近くにいるパレットは平気そうだ。悪魔である彼には炎に対する耐性があるため当然だ。

 

紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)か。上等上等。――行け」

 

 怪鳥は翼を大きく広がると、弾けるように飛び出し、目の前のネハンに対して嘴攻撃を繰り出した。

 

「《転移(テレポーテーション)》」

「《次元封鎖(ディメイショナル・ロック)》」

「ならば、身体強化をさせてもらいましょう」

 

 ネハンは怪鳥から距離を取るために転移魔法を発動させようとするが、パレットは素早く転移妨害で対応する。しかし、ネハンは身体能力を上げることで回避を選択した。無論、パレットはそれを上回るように紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)に強化魔法を付与する。

 

 紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)は物理攻撃だけではなく、炎による攻撃も行うが、ネハンは防御魔法を発動する。

 

『鶏ちゃん、強いのさ。よし、ネハンをボコボコにしちゃうのさ! ジュウちゃん、解説!』

 

 放送席のポッポがジュウに解説を促す。

 

『ん、俺もここで御方々が練習試合をしているのをちらりと見たことがある程度でよくは知らないんだが……』

『何それ、いいな!』

 

 根本的にホシゾラ立体農場はダンジョンであるため、全エリアが戦場と言えばその通りなのだが、住人であるギルドメンバー同士が戦う場所は限られる。その限られた場所に第一階層は含まれていないため、ポッポは御方々の戦いなど見たことがない。御方々が侵入者であるプレイヤーを倒す場面は何度か目撃したことがあるが、支配者同士の戦いはそれとはまた違った魅力があるはずだ。逆に、第三階層には滅多に侵入者が到着しないため、ジュウにはその経験はない。

 

『その練習試合の時に親父がよく使う手だったよ。親父にはダメージを受けた時に発動する特殊技術を複数持っていて、それを同時に発動させるんだ。ダメージがトリガーとなってモンスターが召喚される。相手の使用した魔法やダメージ量も影響しているみたいなんだが、運が大きいみたいだな』

『ほうほう。運とは?』

『どんな核となっている能力が最初からそうなのか、それとも重ねている補助のデメリットなのか知らないけど、あれ、どんなモンスターが出てくるかは親父にも分からないみたいなんだ。ルーレットを回すみたいに、ランダムで決まるみたいでな』

『使い勝手悪すぎなのさ!』

 

 例えば、防御力が高いモンスターが必要な場面で、隠密能力に秀でたモンスターが召喚されても仕方がない。炎耐性が高い種族を相手取っている時に、炎しか出せないモンスターが出ても意味がない。一見、あらゆるメリットをデメリットが上回ってしまうように思える。そして、その印象は正しい。

 

『親父は支援特化の魔法剣士。相手の攻撃が激しいならば防御役(タンク)を担い、罠が予測されれば探知役(シーカー)に徹し、仲間が傷つけば回復役(ヒーラー)に回り、攻め手が欠けるならば火力役(アタッカー)を補う。役回りが多い分、一つの能力の精度は落ちる』

 

 それは、個としての最強を諦める道でもあった。万能は難しい。ユグドラシルではほぼ不可能と言っていい。最上位に君臨するプレイヤーは自慢の一芸を持つ超火力型ばかりだ。

 

 無論、そんな能力構成でもパレットはプレイヤーの中では比較的上位に位置付けられているため、間違いなく強いのだが。人望や運だけで上位ギルドのギルド長を務めていたわけではない。

 

『それを補うための、ギャンブル構築ってわけだ』

『成程なのさ。いや、サポート要員が運任せってそれ大丈夫なのか?』

『運任せって言っても、賭けに負けることを含めて考えられたかなり複雑なビルド構築みたいだからな。ん………………器用に頭を使わないといけない戦い方、何でするかね』

 

 ジュウのセリフの妙な間には「馬鹿の癖に」という含みが込められていたことを、ほぼ全員が察した。

 

『重いデメリットを飲み込んでも、強いモンスターを召喚する能力が必要なのさ。特に単騎戦だとな。完全異形形態なら話は別なんだが、人間形態だと補助しかできねえから。新戦法の練習相手には程よいみたいで、よく御方々とボコり合いしてたけど』

『パレット様もパレット様だけど、その他の皆様も皆様なのさ』

 

 しかしその光景を見てみたかったと内心で思っているのはポッポだけではなく、この場にいる全てのシモベに共通する感想だった。第三階層に所属するNPCの何割かは目撃経験があるため、密かに優越感を覚えていた。

 

『あと、何つうか、一対一の戦いだと安定が嫌いなんだよな、親父。運試しも含めて、根本的に戦いを楽しむための能力をしているっていうか……。パーティー戦だとあのスロット召喚とかのギャンブル能力は使わないで、徹底的に仲間の皆様の補助に回っているみたいだし』

『パーティー戦で主役になれないストレスを、一騎打ちで発散しているだけのようにも思えなくはないのさ』

『ん、かもしんねえな。おっと、状況が動くみたいだぞ』

 

 紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)は嘴や翼、炎などで攻撃するし、それは確かにネハンにダメージを与えているが、決定打にはならない。かなり高レベルのモンスターであるが、所詮は召喚モンスターだ。レベル百のNPCの相手には不足がある。パレットの補助があるからこそ戦闘になっていると言っても良い。

 

 しかし、決定打こそ受けていないものの、ネハンは攻撃に移れないでいた。転移は封じられたため、《飛行(フライ)》と身体強化の魔法を併用することで攻撃を回避し続けているが、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。

 

 動いたのはネハンの方だった。

 

「いつまでも防戦一方では面白くありません。第九位階魔法《心臓掌握(グラスプ・ハート)》」

 

 第九位階の、対象の心臓を握りつぶすという即死魔法だ。ネハンはネクロマンサーであるため、死霊系魔法に通じている。初見だがタフネスの高いモンスターのようなので、火力で倒すよりも即死魔法の方が手っ取り早いという判断だ。

 

「グエェ……!」

 

 短い断末魔を上げ、紅炎闘鶏(プロミネンス・ファイティングコッコ)は絶命した。高い耐性があるはずの闘鶏に即死が入ったということは、ネハンが特殊技術などで即死成功率を上げたということだろう。また、《心臓掌握(グラスプ・ハート)》には即死に抵抗された場合、朦朧状態になる追加効果がある。そのため、即死に失敗した場合でもパレットに攻撃する隙が出来るというわけだ。

 

「続けていかせてもらいますよ。《隕石落下(メテオ・フォール)》」

 

 壁となったモンスターが消えたことで、ネハンは距離を取りながら、素早く攻撃を仕掛けた。それも威力の高い第十位階魔法で。

 

 だが、パレットには焦りの色もない。

 

「ん、俺も《隕石落下(メテオ・フォール)》っと」

「なっ!」

 

 防御するでもなく、回避するでもなく、新たなモンスターを召喚するでもなく、相手と同じ広範囲・高火力の魔法を選択したパレット。

 

 二つの隕石はスタジアムに立つ二人の頭上にそれぞれ落下し、爆発と衝撃波を起こす。観客席のシモベたちはあまりの光と熱に顔を庇った。

 

 光と熱が収まり、スタジアムを見ればそこには同程度の傷を負ったパレットとネハンの姿があった。加えて言うならば、パレットが人間形態から半異形形態になっている。

 

 パレットは複数の形態を持つ悪魔であり、人間形態・半異形形態と完全異形形態では大きく性能が異なるそうだ。NPCの多くは今日まで異形形態どころか半異形形態すら見たことがないため、実際にどのような違いがあるかは知らず、またどのような姿であるかも知らなかった。

 

 その半異形形態姿のパレットがそこにいた。完全異形形態でないと判断したのは、身体のサイズがそれほど変化していなかったからだ。また、半異形形態を経ずに完全異形形態になるのは処刑という体裁であっても、勝負においては無粋な行為だ。あの美学の塊のようなパレットが低俗な行為をするはずがないという奇妙な信頼であった。

 

 新たに召喚されたモンスターではない。この距離で崇高なる御方を召喚モンスターと見間違えるなど、どのように忠誠心のないシモベでも間違えない。

 

「あれが、パレット様の半異形形態であるか」

「は、初めて見たっす」

「かっけえなおい!」

『ザ・悪魔って感じじゃねえか』

「なんて凛々しいお姿でしょう!」

 

 一言で言うならば、それは『悪魔』だった。

 

 あまり目が良くない者でも、観客席から闘牛の両角、蝙蝠の翼、蛇の尾を確認できる。目が良い者は、顔つきや手の形状が人間ではなくなっていることを発見した。更に観察眼がある者は、手足が長くなっていることや口から牙が生えていること、瞳の色が赤くなっていることにも気づくだろう。

 

 悪魔らしい外見になったパレットは、盛大に口を歪ませて笑う。

 

「……ん~、いいねえ。第十位階だとこんなに痛いのか。はっはっは! 痛みってのは実にいい! 自分が生きているんだって実感できるってもんだ! ん、でもマジいてえな」

 

 上機嫌だった。ひたすらに上機嫌だった。最初の雷撃には大した痛みはなかったが、流石に隕石が直撃した時は死ぬかと思った。現実世界の肉体強度ならば最初の雷撃にかすっただけで死んでしまうだろうが。

 

 ダメージの計算式がユグドラシルと同じで、ネハンのスペックも変わっていないのならば、パレットのHPは十分の一より少し多いくらいが削れたはずだ。コンソールが出ないため、体感では分かりづらい。情報系魔法で調べることは可能だが。

 

 これの十倍の威力ならば自分を一撃で殺せるのだと、頭と体に叩き込もうとするが、ネハンはもう動き出した。

 

「《万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)》!」

 

 単体相手ならば雷系魔法では最上位の魔法だ。悪魔であるパレットは種族由来の炎耐性を持つが、雷系魔法への耐性はあまりない。本当は聖なる力に連なる魔法に弱いが、死霊系魔法に特化したネハンはその手の魔法は覚えていない。

 

 巨大な豪雷がパレット目掛けて襲い掛かる。

 

「ん、《ダメージ・ダイス》」

 

 天上に人間サイズはある巨大なサイコロが出たかと思えば、パレットの真正面に落ちてきた。出目は六だった。一瞬、雷を防ぐための壁かと思われたが、特に減衰された様子もなく、パレットは雷に貫かれた。

 

「ぐがあああああっ!」

 

 だが、次の瞬間、膝をついたのはネハンの方だった。何故か、雷撃を放ったはずのネハンが落雷を受けたような姿に変わり果てていた。

 

「そして、まさかの《藁人形》」

 

 対して、パレットには大したダメージが入った様子はない。それどころか、先程の隕石で受けたはずの傷がほぼなくなっていた。否、現在進行形で傷が徐々に小さくなっている。

 

『……ジュウちゃん、解説!』

『ん、親父とネハンが《隕石落下(メテオ・フォール)》を打ち合ったのは皆も理解していると思う。で、その後に何があったかって話なんだが……。まず、親父が半異形形態になった理由だ』

『え? そんなの、ネハンが簡単に死なないからじゃないのか?』

 

 完全異形形態ほどではなくとも、人間形態から半異形形態になればスペックは上がる。変身することによるボーナスは、複数の形態を持つ者の利点だ。

 

『そっちじゃなくてな。親父は形態変化において、条件がついてんだよ』

『条件?』

『そうだ。別段珍しいことじゃないらしいぜ? 例えばリサイクルボトル様も、おっと、この話はまた別の機会だな。とにかく、親父は自分の好きなタイミングで好きな時間だけ半異形形態や完全異形形態になれるわけじゃない』

『ふむ、なのさ。それで、その条件とは何なのか?』

『――召喚したモンスターの死亡だ』

 

 それを聞いたポッポは、にやり、といやらしく笑った。観客席の何割かも同じ表情を浮かべている。小さく噴き出した者までいる。

 

『じゃあネハンのアホは自分からパレット様を強くしてしまったわけなのさ。とんだ間抜けなのさ!』

『ん、普通なら最善手ではあったけどな。親父の基礎攻撃スペックは物理も魔法も決して高くないし、召喚モンスターを出されたままにしておくのも面倒だ。普通、あの手の上位モンスターを召喚する特殊技術は何度も使えるもんじゃない。剣であり盾であった鶏を倒しておくのは下策とはならないんだよ、普通』

 

 やたらと『普通』を強調するジュウ。言外にパレットが普通ではないことをポッポ含めた全員に伝えていた。無論、ジュウに言われるまでもなく、この場に集まっている全員はそれを承知しているが。自らの創造主を含めた八十八人の代表であるパレットが、普通なわけがないのだ。

 

『次に、爆炎が消えるなり、ネハンは雷撃を放った。第九位階魔法の《万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)》。ネハンが使える魔法の中じゃ強い魔法の一つだな。あいつの使える第十位階魔法はほとんど死霊系で、悪魔でプレイヤーな親父には利きが悪い。時間停止もあるけど、親父なら普通に対策しているだろうからMPの無駄だ。となると、《万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)》が最適解になるわけだな』

『で、パレット様が出したあのサイコロは何なのさ?』

『詳しい効果は知らないんだけどな。どうもダメージを減らすみたいだぞ。数値はサイコロの目に応じてランダムってところか? パーティー戦でも使ってたから、自分だけじゃなくて複数人対象にできるみたいだな』

 

 ジュウの分析に、パレットは心の中で拍手を送る。

 

 能力の名称を《ダメージ・ダイス》。パレットの取得している職業の一つ、メイガス・オブ・ダイスの特殊技術だ。ジュウの分析通り、サイコロの出た目に応じてパーティー全体が受けるダメージを減らすというものだ。六の目が出ればダメージを百パーセントカットできるが、一の目が出れば防御力が下がるデメリットもある。

 

 この能力の利点としては、再使用までの冷却時間がかなり短いことだ。また、他にも『HP以外では、ダメージ処理は本来の数値が適応される』点が珍しい。

 

『じゃあ、ネハンが雷に打たれたみたいになっているのはどういうことなのか?』

『そこはほぼ回答が出てんだろう。受けたダメージをカウンターで返した……いや、違うな。受けるはずだったダメージを反射したって感じか』

『受けるはずだったダメージ?』

『ああ。どうやらあのサイコロによる防御、実際にHPが受けるダメージと、それ以外の部分で処理される数値とは別物みたいだな。せこい』

『むむ? よく分からないのさ』

『後で改めて説明するから、今は詐欺したとでも思っておけ』

 

 人を嘘つきみたいに言いやがってと憤るパレットだったが、反論できるほど自分が誠実な人間ではないことは自覚しているため、目の前のネハンに集中することにした。

 

 ネハンは回復手段を持っていないのか、傷を癒やす様子はなく、代わりに壁となるモンスターを召喚している。ネクロマンサーの代名詞的な特殊技術、アンデッド作成だ。召喚しているのは死の騎士(デス・ナイト)。レベル三十五程度の中位アンデッドだが、優秀な能力を持っているため、ユグドラシルのネクロマンサーたちが前衛として愛用されていた。

 

『パレット様の傷が時間の経過とともに回復しているのは種族由来の特殊能力なのか?』

『ありゃ親父の、というか親父の体内に封印されているモンスターの能力だろうさ。不死鳥か人魚でも取り込んでんじゃねえの?』

 

 その言葉を聞いた途端、ポッポとギャラリーが急に固まった。突然の静寂に、パレットとジュウは困惑した。ネハンは構わず魔法で低位のアンデッドを並べていた。ソラは半異形形態のパレットに見惚れていた。

 

『…………ジュウちゃん、今なんて?』

『ん? 親父の体内に不死鳥か人魚が封印されてんじゃねえかって話か?』

 

 ジュウの推測はほぼ正しい。パレットの自動再生能力は種族や職業の特殊能力ではなく、能力で取り込んだ不死鳥の能力だ。訂正するべき点があるとすれば、『封印』ではなく『同化』であるということか。

 

『え、そうなのか!? そんな話、初耳なのさ!』

 

 大げさに驚くポッポ。否、ポッポからしてみれば大げさな驚き方などではないし、すでに事情を知っていた面々以外からは妥当な反応だと認識されていた。

 

『最初に出した鶏だって、便宜上召喚したって言ったけど、普通の召喚モンスターみたいに異界から来たわけじゃなくて、親父の体内に封印されていたモンスターだからな?』

『あれ、そういうシステム!? あ、だから血肉を媒介に召喚されたってことなのか? 道理でレベルが高いとはいえ面倒な手続きが必要な召喚能力だと思ったのさ。むむ? そうなると、その封印されていたモンスターが死亡することがパレット様の半異形形態化のスイッチだとすると……うん、これ以上は考えるの面倒だからやめるのさ!』

『おう。皆、知らなかったみだいだな……。これも後で改めて説明する』

 

 解説を聞きながら、パレットは改めてNPCたちの知識がかなり偏っていることを知る。パレットの能力だけではなく様々なことを勉強会と評して教えるのもいいかもしれない。しかし、パレットは他人に上手く物事を説明ができる自信がないため、ジュウやテラといった頭脳陣に任せることになると思うが。それに、教えていいことと教えてはいけないことの線引きも難しい。

 

 しかし、先程のポッポの発言から考えるに、農場のNPCたちはパレットの種族――即ち混合王魔(キマイラ・デーモン)について知らない可能性が出てきた。戦闘開始前の『ウス=異本』の話から現実世界に関する知識が著しく欠如していたり間違って覚えていたりするようだが、ユグドラシル内の知識でも知らないことがあるのだろうか。

 

 そうこう考えている内に、ネハンは随分と大量のアンデッドを召喚していた。しかし、パレットの回復もかなり進んでいた。数を揃えたネハンに対し、ほぼ万全の状態に戻ったパレット。ダメージがある分、ネハンの方が無理に思われた。

 

「流石はパレット様。僕など所詮、貴方の肩の上で遊ぶ子どもですか」

「普通は手のひらの上で踊るんじゃないのか……?」

 

 肩の上で遊ぶなら、じゃれているだけだ。本当にただの子どもではないか。自分たちの関係は叔父と甥なわけで正しいと言えば正しいのかもしれないが、現在は殺す王と殺される罪人だ。そんな感想は色々な意味で間違いだと思われるのだが。

 

「ふふふ。まあ、そういうことにしておきましょう」

「え……?」

『こら、ネハン。意味不明どころか意味のないことを言って親父を困らせるな』

 

 しかし暖簾に腕押し。あるいは糠に釘。それとも蛙の面に水と言うべきか。

 

「では、パレット様。第二ラウンドと行きましょう!」

 

 勝手に仕切り直そうとするネハンに対して、親子はツッコミを入れる。

 

『マイペースにも程があるぞおまえ!』

「おまえ本当、あのクソ兄貴の子だな!」

 

 しかし、当のネハンには通じるわけもない。

 

「おお、パレット様。これ以上ないほどの褒め言葉でございます!」

「くっそぅ。こんな場面でなければ本当に褒め言葉として使ってんだけどな」

 

 パレットは悪態をつきながら剣を抜く。

 

 ネハンは純粋な魔法詠唱者だが、パレットは剣も魔法も使える魔法剣士。総合的な数値はパレットの方が上だが、魔法に関する数値はネハンの方が上回っている。更に言えば、切り札の切り易さはネハンの方が上だ。しかし、プレイヤーであるパレットの方が戦闘経験は圧倒的に多く、選べる手段も多い。

 

 完全異形形態になれば話は別かもしれないが、パレットの完全異形化は条件がやや厳しい。弱い相手だと条件を満たす前に勝ってしまい、逆に強すぎる相手だと条件を満たす前に負けてしまう。ネハンは微妙な塩梅だ。まして今回は制限時間がある。それを考えると――。

 

「勝負の分かれ目は、超位魔法を使えるかどうか、だな」




・混合王魔(キマイラ・デーモン)
 悪魔から派生する最上位種族のひとつ。
 モンスターを吸収する特殊能力を持ち、吸収したモンスターの特殊能力を使用可能になる。
 強いモンスターを吸収しても素のステータスに影響はない一方で、弱点は反映される。例えば、竜を吸収した場合、竜特攻の対象になる。
 ダメージを受けてモンスターの召喚する能力はまた別の種族スキル。
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