鎖をくれ、二個しかない
ホシゾラ立体農場には意外と娯楽施設が少ない。
その一つが、このスタジアムなのだ。無論、警備担当のシモベ以外がこの施設に足を踏み入れること自体、ユグドラシルの頃には一度も許されなかったことだ。
何が変わったのだろう。世界が変わったのか、パレットが変わったのか。これから自分たちも変わるのだろうか。変わるとしても、それは良いことなのだろうか。
普段は第六階層『住居』で掃除を担当しているメイドのひとり――エレーナは空っぽの瓶の整理をしながら答えを求めずに考える。
スタジアムの片隅には、調理用のスペースがある。食堂ほど専門的な料理はできないが、観戦の御供に好まれるような簡単な料理ならばここで作られるようになっている。枝豆やポップコーン、唐揚げ、フライドポテトなど、品数は少ないが定番どころは抑えている。
飲み物は定番のビールは勿論、日本酒やワインも出せるが、保存用のスペースが小さいため、先程から酒蔵やワインセラーの往復で忙しい。専門的な料理も頼めば出してくれるが、食堂の方から取り寄せるため若干時間がかかる。
この手の労働の担当は第六階層に所属しているNPCだ。しかし、スタジアムの処刑観戦の対応など初めての経験であるため、慣れない動きを見せる者も多かった。普段の給仕とは勝手が違う。次の機会があれば第一階層のメンバーにも手伝いを要請したいところだ。
しかし、次回似たようなことがあっても、今回のケースはあまり参考にできないのが難しいところだ。次回の公開処刑もネハンである場合は別だが、今回処刑されて欲しいためあえて考えないようにしている。
エレーナの種族は人間である。
現在のホシゾラ立体農場には、エレーナを含めて人間は五人しかいない。かつてはギルドメンバーの中にもいたのだが、その方々は姿を見なくなって久しい。ネハンはその五人の内のひとりだ。そして、ネハンのせいで農場内では人間への印象は悪い。厳密には、エレーナを含めた三人にも原因があると言えばあるのだが、ほぼネハンの責任だと言っても過言ではない。
農場に所属する者は種族で仲間を差別することはないが、それはそれとして自分の種族が仲間内から悪印象を抱かれているのは非常に居心地が悪い時がある。居心地の悪さに気づかれた時の気まずさも嫌いだ。何より、自分を創造してくださった御方に申し訳がない。自分の全てを誇れないなど。ジュウはともかく他の二人も同じ意見のはずだ。
「実際のところ、どうなんですか?」
ふと、エレーナは疑問を口にした。
「何がだね?」
メイドの質問を向けられた対象が自分であることを理解した第六階層守護者の芥山はそう返す。察しているのに敢えて訊ねたのか、本当に気づいていないのかは不明だ。彼の表情からは感情が読みにくい。元より、五つの顔を物理的に持つドッペルゲンガーだ。顔から心を読み取ろうろするなど滑稽だろう。
只今の外装は筋肉隆々としたニューハーフだった。ぱっと見は大柄な女性なのだが、声が低く、よく見れば肩幅が広いため、ある程度接していれば男性と気づく。
「パレット様はネハンを殺してくださるんですか?」
パレット。偉大なる御方。農場の統率者たる大悪魔。崇高なる八十八人の代表で、唯一残られたヒト。
ワガママで、考えなしで、怒りっぽくて、無責任で、適当で、それでも優しい御方。
その慈悲はとても尊きものであるが、ネハンにだけは向けて欲しくないものだ。しかしながら、あの御方の愛には例外がない。最も大切な何かはあっても、大切ではない何かはない。だからこそ、あの御方だけがこの農場に残られたのだ。
他の御方々が価値がないと判断し放棄した我々如きの為に、残ってくださったのだ。
エレーナの疑問は彼女だけのものではない。この場にいる者だけではなく、観客席で見ているシモベの半数以上は大なり小なり同じような疑問を抱えているはずだ。
パレットはネハンを本気で殺すつもりで戦ってくれるのだろうか、と。
「御方の言葉を疑うべきではないよ」
階層守護者としては模範解答以外の何物でもない言葉だ。しかし、それで終わらないのが芥山というNPCである。
「しかし、まあ、ネハンがちゃんと処刑されるかどうかと言われたら微妙なところだけどね」
「やっぱり、パレット様は手心を加えるおつもりで?」
「それはちょっと違うね」
芥山は人差し指を立てた。そして、左右に振るう。
「パレット様は愛に溢れた御方だ。そして、その愛は特にご家族――ライフ・イズ・パンダフル様やテラ・フォーミング様に向けられている。ジュウやソラ、ネハンも同じだ」
振るっていた人差し指がぴたりと止まった。
「ただ、手心を加えるかと言われたらそれも微妙なんだよ」
「と言いますと?」
「何せ、あの御方はジュウの創造主だ。君も知っているかもしれないが、我らが軍師殿は骨の髄まで戦闘狂なんだよ。まして、その性質はパレット様から受け継いだ様子だからね。我が神たるアッチッチ・コッチッチ様もよく嘆かれていたよ。『ギルマスは戦いに夢中になると作戦忘れちゃうから困るにゃ』とね」
苦笑しながら、芥山は言う。
「つまり、手心を加えようという発想が最初にあっても、戦っている内に忘れてしまうのさ」
「それ、ただの馬鹿なんじゃないですか……?」
エレーナからの問いに、芥山はキョトンとした。そして、真顔で訊ねる。
「そうだよ? 知らなかったのかい?」
それを受けて、エレーナも真顔で答えた。
「いえ、知ってますけど」
「だからパレット様はサポートを主体とした能力構成なのだよ。戦いに夢中になり過ぎないようにね。そして、仲間との連携がない一対一の戦いならば、必ず我を忘れる」
「ですがそれだと……」
エレーナがその後に何を言おうとしたのか、芥山には分からなかった。そして、エレーナ自身も意識には残らない。
スタジアムが大きく揺れた。
■
戦闘という名の処刑が開始されてから、既に十分が経過していた。しかし、状況は一進一退であり、中々決着はつかない。それでも、会場の熱気は下がることを知らない。
「《
ネハンはまたしても《
「《ジャンケンポン!》」
パレットの取得している職業のひとつ、ジャンケンオウ。その名の通り、ジャンケンの能力である。相手とジャンケンをし、その勝敗によって発動する効果が異なる。
魔法の発動を強制的に停止し、パレットとネハンはお互いに右手を前に出した。
パレットが
「負けちまったか。ネハンがパーで勝ったから、おまえが回復か!」
パレットが発動した《ジャンケンポン!》はタイミングさえ合えば魔法や特殊技術の中断に使えるのだが、デメリットがやや大きい。ジャンケンに勝てば問題ないどころか自分を強化できるのだが、相手が勝ってしまうと相手を有利にしてしまうのだ。
パレットがグーで負けた場合、即ち相手がパーで勝った場合、HPを回復する。
確かに第十位階の発動を阻止できたのは大きいが、そのために発生したダメージの回復は決して妥当な代償とは言い難い。
この戦いで《ジャンケンポン!》を使用した回数はすでに五回。パレットが勝った回数は一回だけであり、三回負けて、一回引き分けた。もしも一度も使用しなければ、すでに勝敗が決していた可能性がある。
「ありがとうございます。いえ、これも貴方の計算の内だとは思いますが――」
「くっだらねえこと喋ってんじゃねえよ。白けるだろうが!」
何やら妄言を吐き出しているネハンに対して、パレットは剣を振るう。しかし、盾として召喚していたアンデッドによって防御される。構わず、二撃目を振るう。アンデッドは倒されたが、ネハンは攻撃範囲の外まで退避していた。追撃を行おうとするが、ネハンの魔法による牽制で阻止された。
「くひひ、ききき、かっかっかっか……!」
楽しそうだった。
「やっぱり楽しいな、愉しいな、面白いな! 一対一の戦いは!」
実際に楽しいのだ。
パレットという男にとって、転移してから今日までは暇だった。
否、暇だったのはもっと前からだ。ユグドラシルの頃からだ。皆がいなくなってから退屈だった。皆に捨てられてから億劫だった。皆に忘れられたと気づいた瞬間から、死んでしまいたかった。生きることが面倒になった。
ユグドラシルが終わるはずだったあの瞬間、誰も彼も死んでしまえとと思った。死んでしまおうかとすら脳裏に浮かんだ。
なのに、自分は今日こんなにも生きていたいと思っている。自分以外に誰も彼も生きていて欲しいと願いながら、狂喜をばらまいている。
嬉しすぎて、どうして自分がネハンと戦っているのかなど全く覚えていないほどだ。
殺したくないと思っていたような気もするし、殺さなければならなかったような気もする。
分かっていることは、戦いたいように戦っていいというだけだ。
「あはははははははははははははははははは! いぃぃぃぃやっははははははははあ! はっはっは、はっはー! 最高の気分だぜ!」
ネハンの魔法を防御も回避もせず、自らの肉が焼ける匂いや血が流れる感覚に、パレットは興奮していた。全身が上げる苦痛という悲鳴に歓喜していた。思考が鈍るほどの激痛に感動していた。
「ああ、生きているって素晴らしい!」
およそ作戦だの戦略だのが見えてこないほどの、無鉄砲な戦い方だった。知性の欠片もなく、品性など粒ほども見えず、理性など塵に等しかった。獣の方がまだ秩序を感じる。
『ジュウちゃん。パレット様が狂ったのさ』
『心配するな。元からだ』
『ジュウちゃん。そんなパレット様を見て、長官殿がうっとりしているのさ』
『報告するな。あの女の趣味は俺には理解できん』
もはや、放送席の二人も実況と解説を諦めている様子だ。
観客席のNPCの多くも、「パレット様が楽しいそうだからいっかー」というテンションで、何となく楽しんでいるだけだ。
「なんか、ぐだって来たな」
観客席の一画、巨躯故にひとりで三人分の席を占拠しているジャックス・ゴールは、巨大な骨つき肉を噛み千切りながら漏らした。
「何つうか、パレット様、純粋に楽しんでねえ? これがネハンの処刑だってこと頭にねえだろう」
肉の余韻をビールで流し込みながらの意見ではあったが、それを否定する者は周囲には一人としていなかった。ジャックスの意見が正しいというのもあるが、彼の周囲にいたのが直属の部下、即ち第二階層に所属する海賊団のメンバーだったからというのもある。
立場の上下関係は勿論のこと、ジャックスの恐ろしさを船員たちはよく知っている。ネハン・オフィウクスという例外を除けば、農場で最も趣味の悪い海賊のおぞましさは、骨肉に刻まれているのだ。仲間に対して冷酷な振る舞いをしないことは百も承知だが、それを差し引いて考えてもやはり凶悪な男なのだ。
海賊船の船長とは絶対的な畏怖の象徴でなければならない、とジャックスの創造主である一平の思想であるからだ。
しかしながら、その船長が問いかけたのだ。それが誰ともなしに向けた呟きと言えど、無視するわけにもいかない。だが、下手なことを言って怒らせるのも良い案ではない。
階級が同じ階層守護者ならば、仲の悪いガンリュウを除いて、余程なことを言わない限りは悪い展開にはならない。しかし、この周囲に階層守護者はいない。各自、自分の階層の住人たちと同じエリアにいるからだ。放送席のジュウや食事の手配をしている芥山のような者もいるが。
階層守護者がいないとなると、必然的にその下の階級である十二天星の出番というわけになる。そして、第二階層には十二天星はひとりしかいない。
「それはそうだヨ、キャプテン」
クリオネ型天使、海賊団副船長『うお座』ニゲラ・ピスケスだ。ジャックスに負けず劣らず残忍な面のある天使だが、非常に陽気なことでも知られる。愉快犯的な思想もあるため、喧嘩を煽るようなこともしばしばあるのは問題だが。……ジャックスとガンリュウの喧嘩が発生した場合、本気で止めようとするミシェルに対して、ニゲラは適当な態度なのがその証拠だ。
「何せ、パレット様は戦闘狂だからネ~。見る分には楽しいけど、味方にいたら迷惑なタイプの。しかも、自分が勝っても負けても大して気にしないっていう御方だヨ」
「そいつはちょっと違うぜ、ニゲラ」
「ヨヨ? どういうことだヨ、キャプテン」
ジャックスはすぐには答えず、持っていたジョッキを空にする。そして、スタジアムの真ん中でアンデッドを魔法で吹っ飛ばす主君を見ながら、凄惨に笑った。
「パレット様は強欲な御方だ。勝利も敗北もどっちも欲しいんだよ。勝敗を度外視している? ちげえな。あの御方にとって、勝敗はポジティブな意味で同価値だ」
しめちゃば様の受け売りだけど、と言いながら大きなハンバーガーを丸飲みする。
「意味が分からないヨ! トンチ?」
「意味なんてねえからな。パレット様の行動理念は、何つうか単純すぎて意味不明なんだよ。さっきのネハンの戯言じゃねえけどよ」
追加のビールに口をつけながら、ジャックスは続ける。
「早い話、あの御方は戦いを愛しているのさ。まあ、これはパレット様だけじゃなくて御方々皆さまの半分くらいがそうだったみたいだけどよ」
「確かにって、キャプテン! 何か状況が動きそうだヨ!」
ニゲラの言葉に、ジャックスは思わず立ち上がる。
「おっ! ついに死ぬか? 死ぬか、あの納豆野郎! 死ねよ生ごみが!」
「肥料になる分だけ生ごみの方が上等だヨ!」
「馬鹿、おまえ、忘れたのか? ネハンの野郎が第二階層の生け簀に生ごみ捨てやがったことを! あのせいで養殖の稚魚が全滅しちまったんだぞ」
「忘れてないヨ! でも忘れていたかったヨ!」
スタジアムの中心には、お互いに同じ程度にボロボロのパレットとネハンがいた。
ネハンが召喚したアンデッドたちは全滅している。代わりに、青電を纏う大蛇がいる。話に集中していて見逃したが、先程の鶏と同じようにパレットが特殊能力で召喚したモンスターだろう。
大蛇はパレットを中心に大きくとぐろを巻いている。パレットが台風の目になっている図だ。鎌首をもたげて、ネハンに対して威嚇の声を上げる。
ネハンのデスナイトのように、大蛇は壁モンスターとして機能している。それをパレットの僅かに冷静な部分が驚きと喜びで見る。この大蛇は本来、防御役ではなく探知役としての役割が大きく、このように召喚者を守るような指示を出すことはユグドラシルでは出来なかった。
ゲームが現実化したことで、同士討ちの解禁を始めとした様々な仕様が変わった。特に、召喚モンスターに出せる指示の自由度の高さが便利だ。パレットのようにモンスター召喚を戦いの主軸にしている者にとっては、戦い方が大きく変わる変化だ。
「成程。パレット様はこの状況を作り出したかったわけですか」
「ん? いや? これは適当に戦っていたらこうなっただけだ。ひとりでキャンパスと睨めっこしてんじゃねんだ。狙った通りの展開なんて描けるかよ」
げらげらと笑いながら、農場の大悪魔はそう宣う。
「ん、今度こそ発動させてもらうぜ、ネハン。状況は最高だ。今度は止められねえぜ……!」
その手には、処刑開始直後と同じように砂時計が握られていた。
「《混沌大地》起動。一から十まで踏みにじれ、原初の槌……!」
パレットの手に握られた砂時計が握りつぶされる。
「超位魔法――《
その瞬間、世界が割れた。
超位魔法《
効果は単純明快。使用者を中心とした円形に繰り出される、防御無視・耐性無視・無効化不能の無属性攻撃である。
それを、自分の壁として存在する大蛇も巻き込んで、ネハンに放った。
スタジアム全体が攻撃の衝撃を受けて、大きく揺れる。
『あっはっはっはっはっは! パレット様ってばこんなド派手な攻撃をしてくれるとは驚きなのさ!』
『あの、バカ親父。スタジアムぶっ壊す気かよ』
爆笑するポッポとフィールドの心配をするジュウ。
魔法による振動が収まると同時に、ソラが笛を吹いた。
それは制限時間の十五分が経過した合図だった。
そして、パレットの超位魔法を受けたネハンは――――――。
■
一時間後。第七階層『展望台』領域『メインホール』。
「ライフ・イズ・パンダフル様のばーか! アホっす!」
創造主から『超かわいい』を意味する名前を与えられたチョーカは、その可愛らしい顔を可愛らしく膨らませて、しかし可愛げもない言葉でここにはいない崇高なる御方に罵倒を吐き出した。
『チョーカ。不敬だぞ』
チョーカを窘めるドブロクであったが、彼の足元には大量の酒瓶が転がっていた。揚げ足を取る言い方をすれば完璧な球体であるドブロクに足はないし、彼の下には酒瓶が転がっているのは日常的な風景であったが、その本数がいつもの三倍はあった。
身も蓋もない言い方をすれば、やけ酒の成果だった。
「だーって、ネハン、ライフ様から持たされていた蘇生アイテムのおかげで死んでなかったんすよ!? あれがなかったらパレット様の超位魔法で死んでたはずなのにー!」
「蘇生アイテムが発動した時点で一回死んでんだろ。それで溜飲を下げとけ」
そう言うリンカであったが、彼女自身納得がいっていない様子なのは誰が見ても明らかだった。
何故ならば、彼女もやけ酒ならぬやけコーラ中だったからだ。酒を飲んでいないのは下戸だからである。天使であるが故に耐性を外さない限りは酩酊にならないのだが、どんなに気分が悪くても酔っぱらいにはなりたくもないのがリンカという天使であった。
「もふもふ」
いつものように何を言っているのか分からないマクラであるが、言葉が分からないなりに不機嫌そうではあった。長い髪の隙間から手を出して、ビスケットを食べている。口も目も見えないため、植物モンスターのような特殊な生物に見えてくる。
「ふぅ。リンカの言う通りですわね。どうせまた脱獄するでしょうけど、再投獄になったのですからそれで納得するしかないですわ。あとは、マクラきゅんでも見て癒されますわ」
不可思議な姿でビスケットを貪るマクラを見ながら、十二天星リーダーのハヤは紅茶を啜る。絶世の美女であるが、その顔はかなり気持ち悪かった。視線を向けられているマクラは気にしていないが、リンカはドン引きしていた。他のメンバーは面倒くさいので無視していた。
「…………」
しばらく任務で農場を離れていたジャクチョは無言でパンケーキをゆっくりと食べていた。彼は誰にも話しかけないし、誰からも話しかけられない。基本的に彼は不干渉を貫く。久しぶりの農場の空気に歓びは感じているが。
「荒れてんな、ここも……」
ジュウが重々しく言う。
ジュウの言う通り、現在農場の空気はお世辞にも良いとは言い難い。ネハンの処刑がそれだけ望まれていたとも言える。パレットの戦闘が見れたというだけで満足してくれているNPCもそれなりにいるのだが、だからこそネハンが死んでくれたら最高だったという意見も少なくはない。
何より問題なのが、当のネハンが全く反省していないことだ。自分が間違っていることくらいは認めて欲しいし、嫌われていることも自覚して欲しい。
「おまえら、ネハンのことも良いけど、親父の――」
露骨に話題を逸らすことで空気を変えようとするが、先にチョーカが話を振ってきた。
「ところで、兄御」
「ん、何だ。人の顔をマジマジと見つめやがって。何かついてんのか?」
「ついているどころか、あるはずものがないっす」
「あん? あ……」
ジュウは自分の顔を撫でて、普段のガスマスクをつけていないことに気づいた。そういえば、ネハンが捕まって会議堂に連行された時に外して、そのままにしているのだった。
「やべ、会議堂に置いたままだ」
どおりで、今日は呼吸が妙に楽だったはずだ。それに、やたら仲間たちから顔を見られていると思った。ネハン関係のことかだと思っていたが、それにしては抗議めいた色がなかったため違和感はあった。別に隠しているわけではないため同胞たちは素顔を知っているが、ジュウがガスマスクを外すのはかなりレアな光景であるため、見てしまうのだった。
物珍しさというだけではなく、非常に美しいというのもあるのだが。人の視線を自然と集める絶世の美男子である。階層守護者のガンリュウも美しい顔立ちをしているが、吸血鬼の彼とは違って温かみのある顔をしている。
「それにしても、兄御は顔がいいっす」
「そうそう。とにかく顔がいいよな」
『人間の社交界? に出ればモテモテだろうな』
「もふもふ」
「眼福ですわ。出来ればもっと幼い姿のドクターも見てみたいですけど」
その言葉を、ジュウは無感動に受け取る。ジュウの顔は偉大なる父が手ずから作り上げたものだ。自分が美しいのは太陽が眩しいくらい当然である。無論、御方々に褒められれば謙遜くらいはするが。
「入るのである」
農場外の警備状態を確認に行っていたスケア・クロウ・リブラが戻ってきた。
一口に天使と言ってもユグドラシルには様々な天使がおり、その中でも彼の種族は飲食ができない種族だ。そのため、スケアは創造主から与えられた指輪を使って一時的に人間化し、飲食を取る。食事によるバフを考えても人間化による弱体の方が大きいため、完全に娯楽だ。
「スーさんも早く飲むっす!」
チョーカがラムネの瓶を掲げるが、スケアはそれを手で制す。
「そうしたいのは山々であるが、そうも言ってられないのである」
てっきりすぐに指輪の力を使って人間化して飲み食いに参加するかと思われたが、通常の機械天使の姿のままジュウの前に立つ。
「軍師殿。報告が二つあるのである」
「……親父には?」
「これからである。少しばかり予想外のことが起きたため、パレット様の前に軍師殿に聞いてもらおうと思った次第である」
「悪くない判断だ」
佇まいを直し仕事モードに切り替えたジュウに、スケアは問う。
「最初に聞きたいのであるが、面倒臭そうな報告と確実に面倒臭い報告、どっちを先に聞きたいであるか?」
機械の二本指を立ててそう質問してくるスケアを見て、ジュウは強烈に嫌な予感がしてきた。良い予感という奴は滅多に当たらないが、悪い予感はやたら当たるものだ。
「じゃあ先に、面倒臭そうな報告から聞こうか」
ジュウは『面倒くさそうな報告』とやらが、すでに制圧した亜人たちの反乱か、まだ支配下に置いていない亜人たちの接触あたりだと予測した。聖王国や他の国家からの接触であれば『確実に面倒臭そうな報告』に入るはずだからだ。
亜人たちはシンプルな思考の種族が多い。武力によって黙らせるのも手だが、食料の供給などで懐柔するのも楽な方法だ。飴と鞭は使い分けるタイミングが重要なのだ。農場最上位の頭脳を持って生まれてきたジュウにとって、亜人たちの支配など容易い。
しかし、スケア・クロウ・リブラからの報告はジュウの予測を遥かに超えていた。
「アーグランド評議国の永久評議員ツァインドルクス=ヴァイシオンの使者リク・アガネイアを名乗る者が開拓中の土地に現れ、パレット様に謁見を求めているのである」
「確認だけど、それが確実に面倒臭そうな報告じゃねえんだよな!?」
「比較的、ではあるが」
案山子の天使が頷くのを見て、ジュウは天井を仰いだ。
「もし本当に竜王の使者だとしたら、最悪に近い事態かもしれねえな」
「ちなみに、最悪の事態は?」
「人間至上主義を掲げるスレイン法国からの宣戦布告」
「あー。なーる」
「天使を神の使いだって信じているらしいっすし、うちたちが一発入れてきましょうか?」
「やめろ。天使によく似た亜人扱いされるのがオチだ。それに……十二天星にはもっと天使らしい仕事を用意しているからな。出番まで待ってろ」
『何だよ、期待させちゃってくれるな、軍師殿は!』
「まあ、今はアーグランド評議国だな」
アーグランド評議国。人間も少しは住んでいるが、国民のほとんどは亜人の国らしい。他種族国家という意味では、現在ホシゾラ立体農場が作ろうとしている国のモデルケースである。
永久評議員を務めている竜王たちを警戒はしていたが、距離もあるため、接触があるとしてもあと二週間は先だと思っていた。だからこそ、ジュウは偽物の可能性を疑う。潜在的な敵国であるスレイン法国の者が騙っている可能性も、僅かながら存在する。
リク・アガネイアとやらが本当に竜王の使者であった場合、ツァインドルクス=ヴァイシオンの行動は少しばかり早急に思う。元々フットワークが軽いと言われたらそれまでだが、このような行動を取らせた理由は何なのか。
農場が過激な反応を見せても対処できる余裕があるのか。それとも、何か予想外の事件でも起きて焦る必要が出来たのか。
兎にも角にも、話をしてみるしかない。上手くいけば評議国を味方にできるが、失敗すれば戦争開始だ。問題なのは、統率者であるパレットを会談の場に出すかどうかだ。最高責任者である以上は出るべきなのだが、あまり簡単に此方のトップを動かせば下に見られる可能性もある。しかし、相手から侮っていると憤られても困る。
その見極めは重要だ。
まだ丘陵地帯掌握の目処も立っていないのに、どうしてこうも問題が次々に起きるのか。
「ちなみに、接触したのは外を全裸で疾走していたジャンボマンである。先方に誤解されている可能性もあるため、軍師殿にはそのフォローも頼みたいのである」
「おまえら、俺の胃に穴でも開けてえのか?」
パレットの修得している他の超位魔法は『花見』『海水浴』『ハロウィン』『クリスマス』がモチーフになっている。効果が微妙なネタ系ばかり。
……ただし、ネタ扱いしていいのはユグドラシルでの話であり、モモンガの『蝗』のように、転移後世界ではどれも絶大な力を誇る(殺傷能力はほぼ皆無)。