大悪魔の農場   作:逆真

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交渉1

 アーグランド評議国永久評議員、『白金の竜王』ツァインドルクス=ヴァイシオン。最強の竜王の一体。通称、ツアー。

 

 彼――正確には彼が能力で動かしている鎧――の姿は、アベリオン丘陵地帯にあった。

 

 ツアー本人は動くことができない。とあるマジックアイテムを守らなければならないからだ。それに、今回の主な目的は偵察であるため、潰しがきく鎧の方が都合が良い。

 

 現在生き残っている竜王の中でも特に精力的に動いている彼であるが、その行動目的はスレイン法国やぷれいやー、即ち異世界ユグドラシルに関する事項が多い。

 

(竜帝たる父は間違ったことをした。慈母たちも間違っている。だから、だからこそ私が世界を守る。私が、世界を守るのだ)

 

 ツアーの元に法国の最強部隊、漆黒聖典が動いたという情報が届いた。行く先はトブの大森林。六大神の残した遺物も使用する可能性が高いのとこだった。

 

 トブの大森林と言えば、あそこには滅びの魔樹たるザエトルクワエが封印されている。二百年前も根っこの一部が封印から放たれて、十三英雄と交戦した。ザエトルクワエの封印が解けた可能性もある。人類の危機となる前に倒すか再封印するつもりなのか。それとも、別の何かをするつもりなのか。

 

 今後の展開が世界にとってまずい事態になることを懸念したツアーは、現在と同じように鎧で出動した。しかし、そこで遭遇したのは謎の吸血鬼。確実に悪に分類されるもの。ツアーが操る鎧よりも強いが、ツアーの知る限り、あのような吸血鬼は聞いたことがなかった。かつての仲間にも難度の高い吸血鬼はいるが、確実に彼女よりも強い。あの吸血鬼は二百年前の魔神たちよりも強い。

 

 百年の揺り返し。ぷれいやーを始めとするユグドラシルから来訪者がやってくる時期になったのだ。

 

 あの時は撤退したため、彼女の正体や目的は分からなかった。だが、ツアーには悠長にしている暇はなくなった。聖王国近辺に出現した『農場』のことを知ったからだ。

 

 今回のぷれいやーは六大神や八欲王のように拠点ごと転移してきたようだ。それも、多くの人の目に触れるような場所に。

 

 拠点があるということは、ほぼ確実に従属神もいるだろうが、問題なのはぷれいやーの数と性質だ。

 

 異邦者なりに世界やツアーたちに歩み寄ったぷれいやーはいた。人類救済を選び、ツアーと取引を交わした六大神がその筆頭だ。魔神たちと戦った十三英雄の何人かもぷれいやーだ。海上都市で眠る彼女も、此方側になるだろう。『口だけの賢者』も制度や技術の改革に手を出したが、世界を乱したというほどではない。

 

 反対に、世界を乱す側のぷれいやーもいる。特に、八欲王によって竜王を始めとする数多の種族が大打撃を受けた。そのため、ぷれいやーを「竜帝の汚物」と呼ぶ竜王もいる。ツアーもぷれいやーの襲来は好ましく思っているわけではないが、無条件で排除するほどではない。取引により大人しくしてもらえるならば、それで構わない。

 

 果たして、今回のぷれいやーは善と悪のどちらなのか。悪であっても交渉が可能ならば問題がないし、善であってもスレイン法国に味方するならば敵対は必至だ。六大神はともかく彼らの思想を受け継ぐ法国は、手段を選ばれない。あくまでも人類存続のために戦っている彼らではあるが、ツアーの視点から見ればぷれいやーの次に世界を乱す存在なのだ。

 

(あの建物のぷれいやーは、あの吸血鬼と関係があるのか?)

 

 今のところはそれほど過激な行動をしているわけではないようだから、評議国を通じて正式に国家として接触する選択肢はあった。だが、ツアーは単独で農場との接触を選んだ。理由は、先日の吸血鬼だ。あれが農場に所属する者ならば方針は排除になる。転移時期が近いならば関係者である可能性もあるが、それだけで行動を決めるのも愚かな判断だ。

 

 それこそ、あの吸血鬼の討伐を農場のぷれいやーにしてもらうのが最善なのだから。ユグドラシルからの異邦人を相手にするのに、ぷれいやーが仲間ならば心強いというものだ。

 

 聖王国には一度だけ接触しており、それ以後は不干渉を貫いているようだ。ギルド拠点近辺に生息している亜人たちは手当たり次第に制圧したようだが、大きな被害を受けた部族はいないようだ。喧嘩を売られる前に力を示したという意味では、むしろ穏便な行為の部類だ。性質を見極めるには情報不足だ。

 

 不用意に近づけば警戒網に触れる可能性もあるが、ツアーは接近を試みた。見つけてもらえるならばそれでいい。問答無用に攻撃する相手ならばそういう相手だったというだけだ。腹の探り合いをするまでもなく、方針が決められるのは悪いことではない。

 

 そんな決心をしたツアーの認識内に、何やら猛スピードで近づいてくる気配があった。

 

(早速お出ましかな?)

 

 

 そして出現したのは、巨大な全裸だった。

 

 

「え?」

 

 思わず素の声が出るツアー。

 

 呆然としそうになる自我を切り替えて、此方にやってくる相手を見る。

 

 まず、全裸だった。ツアーを含めたドラゴンも基本的には服や鎧など着ず、着けても装飾品の類であるし、そういった種族も少なくはない。だが、目の前からやってくる相手はそういった種族ではないように見えた。

 

 身体の形は人間やエルフといった人間種に近い。全裸である故、性別が雄であることは確認が容易だった。しかし、ある二つの特徴が人間種であることを否定している。

 

 一つ目の特徴は、巨体であることだ。全長は三メートルを優に超えている。高いだけではなく、厚みもある。筋肉をこれでもかと強調された肉体であり、鋼鉄の鎧のようにあらゆる攻撃を弾くだろう。筋肉のたくましさが、肉体を身長以上の巨体に見せていた。

 

 これだけでならば亜人の一種である巨人かと思えるが、もう一つの特徴が彼の種族を教えてくれた。

 

 背中から生えた純白の翼である。ただ白いだけではなく淡い光を放っている。鳥の翼――より厳密には鳩のそれに近い形状をしている。肉体に比例して巨大であり、人間の大人ひとりよりも大きいのではないか。

 

 この二つの特徴が、あれの正体が天使であることをツアーに教えてくれる。翼を持つ亜人種や異形種は他にもいるが、肉体の巨大さ――もっと言えば身体の異質さも合わせて考えると、天使とするのが妥当なのだ。

 

 天使。法国を始めとして神の使いだと考える者も多いが、ほとんどの国の神官はただの召喚モンスターの一種だと断じている。

 

 しかし、あの天使はツアーの知る召喚天使たちとは一線を画す異質さがある。あれからは召喚モンスターよりもぷれいやーに近い何かを感じる。

 

「むおおおおおおお! いちにっ! いちにっ! おのれ、ネハンめ! パレット様に処刑されながら死なないとは何たる不敬! 大人しく死んでいればいいものを、あの筋肉否定派の陰険ネクロマンサーめ!」

 

 大きな掛け声を上げながら全力疾走で此方に近づいてくる全裸の巨大天使。翼があるのに何故地面を疾走しているのかは分からない。別段、翼を負傷している様子もないのだが。もっと言えば、全裸である理由も分からない。

 

(着ていた服を何者かに奪われて逃げている……? いや、そんな感じじゃないか)

 

 おそらくツアーに接触しようとしているのだろうから、このまま近づくのを待つことにした。やけに迫力満点で走ってくるが攻撃の意志は見受けられないため、ツアーも極力構えないようにした。

 

「うおおおおおおおおお! これこそは次回処刑時のための祈りの走り……! 我が疾走を偉大なる父にして筋肉神、アブラオオメ・ニクマシマシ様に捧げる! おおっ……真っ裸ーニバル!」

 

 何か言っている。

 

 と思ったら、ツアーの横を通り過ぎた。

 

「え?」

 

 横切られる瞬間に強烈な風を受けながら、またも呆然と声を上げるツアー。それを聞いて、巨体天使は急ブレーキをかけ、砂塵を巻き上げながら反転して、ツアーと対面した。

 

「むっ! 全力で風を感じていて気付かなかった……。何者だ、貴様! ここをラグナロク農業組合新農地開拓予定地と知って……む? このあたりの亜人ではないな? もしや聖王国の者か?」

 

 ビシっとツアーに指を突き付ける巨大全裸天使。糸一つ纏わぬ肉体を見られても一切羞恥心を感じた様子もない。森の奥地に生息する野蛮なゴブリンですら腰巻をつけているのに。

 

 困惑しつつ、ツアーは名乗る。

 

「……リク・アガネイアと言う」

 

 流石に、この段階で正体を明かすわけにはいかない。十三英雄のリーダーのように、世界の安寧に与する側ならば本当の名前や正体を明かしても問題はないかもしれないが、現段階では「変人がいる」以上のことは分かっていないのだから。

 

 アガネイアという性に意味はないが、「リク」というのは古い知人の名前だ。忘れるわけにはいかない、ひとりのプレイヤーの名前だ。

 

「アーグランド評議国永久評議員ツァインドルクス=ヴァイシオンの使者として参った。確認なのだが、貴殿はあの建造物の所属する者と言うことで間違いないか?」

「如何にも」

 

 全裸の巨大天使は胸を張って首肯した。

 

 そして、堂々と――必要以上に堂々と自らも名乗る。

 

「私の名はジャンボマン・タウラス。崇高なるラグナロク農業組合にお仕えする十二天星の一星にして第四階層守護者補佐なり」

「成程。その物言いから察するに、貴殿はぷれいやーではなく従属神――えぬぴーしーか」

 

 従属神。ユグドラシルでは『えぬぴーしー』と呼ばれていた存在だ。『ぷれいやー』よりは力が劣るが、この世界にとっては驚異的な力を持つ者も多い。十三英雄の伝説で語られる魔神とは、従属神が堕ちた結末なのだ。

 

 従属神はぷれいやーを神の如く絶対視しており、ぷれいやーに仕えることこそ至上の喜びとしている。

 

 拠点ごと転移してきた場合は従属神がいる場合が多いため、ツアーは特に驚くことはなく受け入れる。だからこそ、その性質を問題視する。

 

 ジャンボマンと名乗った天使も、ツアーの言葉に対して警戒心を抱いたようだ。

 

「ぷれいやー、に、えぬぴーしーだと? 貴様、何故その単語を知っている? 軍師殿もその単語は口にしていないはず……もしや同郷か?」

「いいや。私はこの世界の住人だ。貴殿もすでに知っているかもしれないが、六大神や八欲王はぷれいやーであり、魔神とはえぬぴーしーのことだ」

「何と……」

 

 この世界に来てから一週間ほどのはずだが、六大神や八欲王のことは知っていても、彼らがぷれいやーであるという確信はなかったようだ。現在彼らが持っている情報量を推測し、ツアーは一歩踏み込む。

 

「我が主ツァインドルクス=ヴァイシオンは貴殿たちを見定めたいと思っている。あそこにぷれいやーがいるならばお目通り願いたい」

「承った」

 

 拒否された場合は後日評議国の議員の誰かを代行として遣わすことも考えていたが、従属神はすんなりとツアーの要望を受け入れた。

 

「本当に永久評議員の使者とやらであることを確認してからご案内すべきなのだろうが、生憎、私たちは評議国に関しては名前しか知らない。そのため、何らかの手段で身分を証明されても信頼することはできない。よって農場内では常時監視の目がある。私個人としてはお客様としてもてなしたいが、これは農場に所属する者として最低限の義務である。それはよろしいか?」

「構わない」

 

 ぷれいやーの存在を確認できただけでも御の字なのだ。拠点内に入りぷれいやーと直接会話できるのならば、これ以上の収穫はない。監視の目があるなど、むしろ何の問題にもならない。

 

「此方から申し出ておいて何だが、ぷれいやーに確認もせずに大丈夫なのか?」

「問題はない。あるはずがない。何故ならば、あの御方が、評議国の使者などと面白そうな存在を拒否するはずがない」

 

 ジャンボマンは無意識なのだろうが、「あの御方」と言った。複数形ではなく単体を差す言葉で、ぷれいやーを表現した。つまり、ぷれいやーは一人であるか、ぷれいやーのひとりが絶対的な上位に立っているかのどちらかと考えられる。

 

「問題が起きた時はその時だ。軍師殿が大体なんとかしてくれる。それでは我らが農場にご案内しよう。お好きな食べ物はあるだろうか? 農場には野菜や果物だけではなく肉や魚、海藻まで幅広く取り揃えてある。飲み物も豊富だ。酒だけでも様々な種類があるぞ。オススメはプロテインコークハイだ」

「いや、歓迎の意志は嬉しいが、飲食物は不要だ」

 

 どのみち、この鎧だけの状態では飲食は不可能だ。当然本体ならば飲食は可能だが、彼らから提供された物を食べるかどうかは、これからの交渉次第といったところだ。ちなみに、ツアーには「ぷろていんこーくはい」なるものがどのような飲食物か分からなかった。

 

「そうか、残念だ……」

 

 本当に残念そうにするジャンボマン。どうやら社交辞令で言ったわけではなく、本心から歓迎したかったようだ。ツアーと初対面である以上、単純に来客をもてなすのが好きな性質なのだろう。

 

「ああ、そうだ。一つだけ質問しても良いだろうか?」

「何だろう?」

「……その、貴殿は何故、裸なのだ?」

 

 問を向けられた途端、ジャンボマンはきょとんとした。そして、何かを察したようにどこからともかく兜を取り出して被った。

 

「申し訳なかった。お客様に対して無礼な姿を見られてしまったな。失敬」

「いや、違う、違うから。上じゃなくて下を隠して欲しいんだけど」

「む? 何故だ? 私のこのパーフェクトボディを隠さなければならない道理などどこにある?」

 

 こんなぷれいやーや従属神ばかりだったら嫌だなぁ、と足を重くしつつ、ツアーはジャンボマン案内の下、農場に足を踏み入れることになった。

 

 

 

 

 

 

 

「なーにーが、パーフェクトボディだ、この露出狂が!」

 

 農場に帰還し、リク・アガネイアの訪問をパレットやジュウに伝わるように手配した後、リクの案内はポッポが引き継ぐことになった。

 

 そして、手が空いたジャンボマンはと言えば、話を聞いて駆け付けた十二天星からボコられていた。

 

 と言っても、この場に集まることができたのはリンカ、ドブロク、ニゲラだけだ。

 

 ポッポは先の通り、リクの案内があり、チョーカとマクラとジャクチョとは万が一の対応のためにパレットの警護、ハヤとスケア、ミシェルは農場周囲の警戒をしている。ツインカーメンはスタジアムの清掃中だ。

 

 本来ならばこの三人も何かしらの仕事が振られて然るべきなのだが、ジュウからの命令である。曰く、「ジャンボマンをちょっと折檻してこい……!」とのことだ。

 

「アホか! いや、本当、アホか!?」

「内臓全部締め上げてやるヨ!」

『おまえマジやってくれたな! 農場が露出狂の変態集団の集まりだと誤解されたらどうするんだ!』

 

 命令を出したジュウもかなりお冠であったが、折檻を任された三名にしたところでかなり怒り心頭だ。怒りというよりは羞恥心の方が正しいかもしれないが。ネハンほどではないが、何故こいつが自分たちの同僚なのだと考えると頭が痛くなる。

 

 ニゲラが魔法で空中に吊るした状態で、リンカが殴ったり蹴ったりしている。巨人サイズのジャンボマンと通常の人間サイズのリンカではかなり身長差があるため、ドブロクの頭(?)に乗せてもらってちょうどいい場所を殴っている。

 

「ぐふッ……どうしたというのだ、皆よ……この程度の罵倒と体罰で私にダメージが入るとでも思っているのか? これではご褒美ではないか!」

「しまった! こいつマゾだった。おまえ、そんなんだからチョーカから呼び捨てにされるんだからな!」

 

 チョーカは『やぎ座』を担当しながらも犬属性である。自分が設定したヒエラルキー構造に忠実な天使だ。早い話、この筋肉至上主義の露出癖のマゾはかなり下に設定しているため、ごく自然に呼び捨てにする。

 

 ちなみに、十二天星の中でチョーカに呼び捨てにされている者は、ネハンを例外とすると、ジャンボマンとジャクチョ、マクラである。また、チョーカは五穀衆以下のシモベは例外なく呼び捨てにするし、逆に彼らから呼び捨てやちゃん付けされることを激しく嫌う。

 

「ふっ。チョーカのような美少女からゴミのような目で見下されるなど。最高ではないか」

「マゾってこえーな!」

 

 生理的な嫌悪感のあまり、リンカは自分を身体を抱き締めるようにした。

 

『やめとけ、リンカ。おまえのその言葉も反応もこいつを喜ばせるだけだ』

「こいつ無敵じゃないかヨ!」

『もう木にでも吊るして放置しようぜ』

 

 投げやりなドブロクの提案に、他ならぬジャンボマン本人が一番大きく反応した。

 

「放置プレイか! 悪くない」

『ダメだ。勝てねえ。すまねえ、軍師殿』

 

 眼球と言える部位を持っていないドブロクであるが、今だけは涙を流せそうな気がした。こんな感情になったのは、ネハンがミシェルに怪我をさせたと聞いた時以来だ。つい最近どころか数時間前の出来事だった。

 

「今日び野良のゴブリンやオーガだって服着てるわ! 蛮族以下かてめえは! 大国の使者相手どころかそこらへんの亜人に見られても問題だわ!」

「それを言うなら、ドブロクやニゲラは私と同じで全裸ではないか」

 

 その言葉に心底心外だとばかりに、ニゲラとドブロクは物申す。

 

「おいらたちは元々こういうデザインの種族なんだヨ!」

『そうだ、そうだ! 同じ天使でも人間型のおまえと違って隠さないといけない部位がないから服を着ないし、着られないんだよ!』

 

 片やクリオネ、片や球体。天使にも様々な種族があり、飲食が不可能な種族もあれば、装備の数が制限されている種族もある。この二人はそういう種族なのだ。装備ができないデメリット分の種族ボーナスはあるため、マイナスであるとも言い難いのだが。

 

 そして、ジャンボマンは二人とは違って種族的な制限は一切ない。リンカのような修行僧ならばともかく職業は聖騎士であるため、装備をしないメリットは皆無である。

 

「私には隠さなければならないような恥ずかしい部位はないぞ」

「こいつマジで言ってるからヤなんだよ!」

 

 まるで極寒の吹雪に襲われているかのようにがくがくと震えるリンカを一体誰が責められるだろうか。

 

『もうなったら軍師殿から授かった最終手段を使うか』

「ほう? 軍師殿の? いいだろう。農場最高峰の頭脳が与えてくれる苦痛に、胸が高鳴るような期待が……」

『心の底から反省の言葉を言わないと、おまえのことを「ネハン予備軍」って呼称させるぞ』

「はは、そんなことで私が……悪かった! すまない! 私が悪かったです! だからネハン予備軍だけはご勘弁を……!」

 

 手のひらを返したように平謝りするジャンボマンを見て、三人の天使たちも顔色を変える。

 

「うん……。いくらなんでもそれは言い過ぎ」

「ちょっと気の毒だヨ」

『うん。いくら軍師殿の提案だからって実行した俺も悪かった。すまん』

 

 ドブロクが身体を少し斜め前に傾ける。球体であるために分かりづらいが、人間の頭を下げる仕草に似ている。それを見て、ジャンボマンは頭を振るった。

 

「いや、皆にそこまでさせた私が悪いのだ……。重ねてすまない。少しばかり調子に乗っていた。全裸で走る解放感は少しばかり最高すぎてな。いや、ネハンの死刑が失敗に終わったという事態を言い訳にすれば、バレても誰も怒らないかな、などと考えてしまってな……」

『気持ち分かるぜ。俺も酒蔵から大吟醸を拝借したからな』

「ドブさん、その話詳しく。場合によっては芥山さんとバヌの親分に報告するぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 第六階層の応接室が正しい意味で使われるのは、今日で二度目だった。これは異世界に転移してから二度目というわけではなく、ユグドラシル時代を合わせても二度目という意味だった。

 

 大きなギルド拠点には珍しくない話だが、作るだけ作って使う機会のなかった部屋というのはそれなりにある。特に応接室には固定配置しているNPCもいないため、ギルドメンバーでも装飾してから立ち寄った回数などたかが知れている。少なくとも、パレットはユグドラシル時代に応接室に入った記憶はない。どういう内装をしているかは覚えているが、制作班の見取り図を見ただけで実際に入ったかどうかは定かではない。

 

 メンバーが友達のプレイヤーを招く時もわざわざこの部屋を使うことはない

 

 そんな部屋をこんな短期間で二回も使うことになるとは、奇妙な話だ。

 

 しかし、ホシゾラ立体農場には他に来客の相手ができそうな場所がない。宴会を前提とした無駄に広いホールはあるが、一人と相対するには不向きだろう。パレットの方が落ち着かない。逆に、狭すぎる部屋だと失礼だ。

 

 パレットを社長と考えた場合、パレットの自室も候補には上がった。スペースは合格ラインだが、色々と見せたくないものもあるし、応接室があるのにあえて自室に案内する意味はない。大体、初対面の国家の大使を自分の部屋に案内するなどどんな拷問だ。

 

「アーグランド評議国永久評議員ツァインドルクス=ヴァイシオンの使者リク・アガネイアだ」

 

 パレットは机を挟んで座る鎧騎士を観察する。

 

 探索役の役目もこなせるパレットであるが、目の前の鎧騎士には気配らしい気配を感じていない。専門職ならば違うのかもしれないが、この場合は彼が気配を消している理由を考えるべきだろう。

 

 あるいは、気配を消しているのではなく最初から「ない」のかもしれないが。

 

 兜も鎧も脱がず、椅子に座っている。これは素顔を晒せないほど此方を危険視しているためか、それとも素顔なんてものがないからか。

 

「ん。こいつはご丁寧に。ラグナロク農業組合ギルドマスター、パレットだ。一応、このホシゾラ立体農場の統率者をやっている」

 

 口調をどうするか一瞬悩むが、相手に合わせることにした。下手に取り繕っても意味がある状況には思えなかった。

 

 隣に立つソラも、背後に並ぶチョーカ、ジャクチョ、マクラの三名も何も反応しないため、これで間違いはないのだろう。多分。ジュウがいれば何かしらアドバイスをしてくれたはずだが、どういうわけかこの場にはいない。

 

 何だかんだ、息子のことは頼りにしているのだが。彼に『農場最高峰の頭脳を持っている』と設定した過去の自分を褒めてやりたいくらいだ。……その頼りになる自慢の息子がいない以上、自分でやれるだけのことはする必要がある。あまり優秀な脳みそはしていないのだが。

 

 部屋の外にはガンリュウとジャックスが待機しており、何かあればすぐに突撃できるようにしている。喧嘩が多いらしい二人を同じ場所に配置して大丈夫なのかという不安はある反面、二人の創造主も仲が悪いなりに戦いの呼吸は揃っていたため、安心の材料になる。

 

「先に確認しておくけど、口調はもうちょっと取り繕った方がいいか? あんまり育ちが良くないんで、期待してもらったら悪いけど」

「いや、その必要はない。自然体で大丈夫だ。此方もそうさせてもらう」

 

 先方の了承も得られたことで、パレットは話を進める。

 

「久しぶりのお客様だ。紅茶とクッキーを嗜みながら茶飲み話でもしたいところだが、お互いにそういう余裕はなさそうだ。無駄話は省略しよう」

「構わない」

 

 ここで好きな食べ物を聞くというボケをかまそうかと魔が差しそうになったが、流石のパレットにもそこまでの度胸はなかった。

 

「だが、大前提は確認しておくべきだよな」

 

 真面目な会話は苦手だ。基本的にふざけた人間なのだ、自分という人間は。

 

 イラストの著作権など仕事の料金の交渉以外で真剣な話し合いなど人生では滅多にしたことはなかった。まして、この「パレット」の姿で真面目な交渉など初めての経験だ。ゲーム内で真面目なことをやるなんて馬鹿な真似できるはずがない。馬鹿なことを真面目にやるからゲームなのだ。

 

 しかし、これは現実だ。ギャルゲーのように誰かが選択肢をくれるわけでもなければRPGのように道筋が決まっているわけではない。トランプのように相手の手札が此方と同じ枚数でもないし、チェスのように駒の戦力が同じわけでもない。

 

 有利なのは相手なのか、此方なのか。

 

 だが、それこそどうでもいい。

 

 問題なのは、どうすれば楽しいかだ。

 

「貴方が本当に評議国の竜王の使者なのかは信頼できない」

「当然だ。証拠を出せないわけではないが、この世界に来て日の浅い貴方たちには意味がないものだ。信じてもらうしかない」

「貴方が竜王と関係があるのだとしても、貴方がここにいることが竜王の意志なのかは判断できない」

「道理だ。ツァインドルクス=ヴァイシオンとリク・アガネイアは別個の存在なのだから。私の言葉の全てがツァインドルクス=ヴァイシオンのものだと思ってもらう必要はない」

「貴方が竜王の意志に従っているだけなのだとしても、白金の竜王の意志が評議国にどこまで影響を持っているのかは知らない」

「それも当然だ。永久評議員はひとりだけではなく、王のように絶対的な権力者でもないのだから」

「白金の竜王の意志が評議国の意志とほぼ同一なのだとしても、評議国がこの世界でどのような立場でいるかを把握していない」

「それも道理だ。世界は広い。ユグドラシルも広大だったようだが、この世界も決して狭くはないのだ。この地方も、大陸全体から見れば中心というわけではない」

「愚かさを晒す覚悟で、貴方を信じ、貴方に問う。――貴方がたは、俺たちにどうして欲しいんだ?」

 

 パレットの精一杯格好つけた「おまえ何を言いに来たの?」という質問に、リク・アガネイアは本音と建前を混ぜて回答した。

 

「世界の敵にならないで欲しい」

 

 リクから簡潔かつ曖昧な要望を聞いて、パレットは大仰な動きで椅子の背もたれに体重を預けた。

 

「……ん、よくわかんねーな。世界の敵? んー、世界な、無理だ。いきなりスケールの大きな話になってきやがった」

「パレット様、真面目にしてくださいっす」

「うるせーな。俺は怠惰なんだよ。んー、半分くらい挑発だし、半分くらい脅迫だよな、それ。ん、いや、マジでそう願っている部分もあるのか。面倒くせえ立場にあるよな、お互い」

 

 背もたれから背中を離して、姿勢を正し、感情が一切見えてこない鎧騎士を見据える。

 

「リク・アガネイア殿。いや、ツァインドルクス=ヴァイシオン殿」

 

 正体を見抜いわけではなく、使者としてここにいるリクに全文伝えてくれという意味で、パレットは竜王の名前を呼んだ。ツアーもそれを理解した上で、頷いて応じる。

 

「貴方の話はこれからなのだろう。世界の敵の説明をしてくれるのだろう。俺は芯が弱い人間だから貴方がこれからする話で、心変わりするかもしれない。馬鹿なので難しい話をされても理解できずに、混乱するかもしれない。だからこそ、最初に、俺は俺の愛に基づき今の俺の言葉で俺の意志を伝える」

 

 悪魔は、鎧を越して、竜王に告げる。

 

「おまえらこそ()()()()()()()

 

 息を飲む音が聞こえた。もしかしたら自分かもしれないな、とパレットは緊張を自覚し、虚勢を張って精一杯狂人として振る舞う。

 

「本来、俺は戦うことが大好きだ。もしも身軽な状態で転移していたら、その日の内に評議国に戦争を仕掛けたってくらいにはな。だが、俺には農場がある」

 

 交渉とは、冷静さと狂気の張り合い。

 

 いつだったか、ギルドメンバーの一平が言っていた持論だ。話に応じる冷静さを見せた上で、話が通じない狂気を見せつける。相手のペースをどうやってぶっ壊すかが重要なのだという。相手が折れることができるポイントを決して間違えるな。

 

 戦闘狂を演じつつも、冷静な統率者として振る舞う。

 

「俺にとってこの農場は家であり、そこにいるNPCたちは家族のようなものだ。家族がいる限り、俺は自分の中の獣を黙らせる道を選ぶ。俺の一瞬の欲望よりも、永遠の愛を選択する。何より――俺は俺の家族を傷つけるものを許さん」

 

 我ながら臭いこと言ってんなと思うパレットだが、ソラたちから歓喜の感情を読み取る。顔を見なくても分かる。声を聴かなくても分かる。

 

「だから、おまえが俺の敵にならない限り、世界が俺の敵にならない限り、俺はおまえや世界の敵になることを我慢してやる。頑張って、世界の害にならないように生きてやる」

「理解した」

 

 リク・アガネイアの声には動揺も憤怒も見えない。隠してるのか、感じていないのかはパレットには見抜けない。やはり顔が見えないことが大きい。見えたところで、竜王の使者を名乗るくらいなので腹芸はパレットより上だろうから意味は薄いかもしれない。

 

 だから、リクが出した言葉の意味を咄嗟には理解できなかった。

 

「ならば、パレット殿。貴殿の部下に吸血鬼はいるか?」

「うん?」




ツアーもぷれいやーの相手をやって長いので、パレットの性格は大体把握しました。

基本的に、今後パレットと接触する権力者はパレットの人間性をすぐに理解します。海千山千の王族貴族神官を相手に腹芸できるほど、パレットは器用じゃないのです。

元一般人のギルドマスターという条件はアインズと一緒なんですが、彼と違って表情もあるし感情は抑制されないし。人間形態だと普通の人間なのもあります。あと、「さすアイ」みたいな技が使えないのも大きい。
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