大悪魔の農場   作:逆真

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交渉2

 ホシゾラ立体農場の統率者、パレット。

 

 ツアーが彼に抱いた印象は、「凡人」だった。

 

 この男は、ただの人間だ。

 

 底が浅く、器が小さく、考えなしで、誇りもなく、無力で無能なくせに傲慢で、生きることに懸命なくせに怠惰な素振りをして、自分にも他人にも現実にも理想にも激怒し、自らの器に入り切れないほどに欲しがり、無駄だと理解していることに時間を費やし、小のために大を捨てることに躊躇い、必要以上に群れたがり、自らの正義を疑わず、不慮の事故を恐れながら警戒心が浅く、個人ではなく集団の中に孤独を覚え、信頼を謳いながら誰も彼もを疑い、美徳を掲げながら醜悪に生きる。そんな矛盾を多く抱えながら強い振りをしているだけの弱者極まる、ぷれいやーどころかこの世界にも割とよくいる人間だ。

 

 別段、ぷれいやーでは珍しくもない人間性だ。というのも、ツアーを含めてほんの数人しか知らないことであるが、ぷれいやーの大半は「一般人」なのだ。

 

 この世界では上位の竜王に匹敵するほどの強大な力を持っていても、ユグドラシルでは全体的に見れば強くはないという話はよくあった。まして「リアル」なる世界では、上級階層によって不可逆の支配される側であったとも言っていた。

 

 だが、中身が平凡であろうと、この世界では神か魔王と名乗るべき能力を持っていることには違いない。従属神たちは祀り建てる。竜王たちは汚物だと呼ぶ。あらゆる生命から特別視される。そんな重圧に耐えかねて死を選ぶぷれいやーや世捨て人になるぷれいやーもいた。

 

 だからこそ、生きるにしても死ぬにしても、この世界への影響は最小限にしてもらいたい。ぷれいやーの存在は、父たる竜帝の罪そのもの。

 

 そして、ツアーがパレットに出した結論は、「保留」である。

 

 この男も、この農場にいる従属神たちも、強い。六大神や八欲王並みの戦力がある。ぷれいやーが一人だけなのがせめてもの救いか。ツアー本体が出てきても、他の竜王の協力が得られても、果たして勝利を収めることができるかどうか。

 

 この男の攻撃性は低い。本人が言うように、家族と呼ぶ従属神たちが危害を受けない限りは過激な行動は控えるべきだろう。積極的に敵対する理由はない。

 

 パレットの人間性を理解したツアーは興味の対象を変えた。

 

 先日の吸血鬼と関係があるのかどうか、だ。

 

「――お呼びでしょうか、我が君」

 

 ツアーの問いに対してパレットが出した答えが、新たに部屋に入ってきた吸血鬼だ。

 

「うちの吸血鬼と言えば、こいつが代表だけど」

 

 竜の価値観では生気を感じないといった具合だが、人間との付き合いも長いツアーには、人間の視点では彼が美しい部類なのだと評価する。

 

 着ている装束は大陸の南方で着られる「キモノ」や「ワフク」、「ユカタ」と呼ばれるものに酷似している。腰に佩いている剣は「刀」と呼ばれるものだ。南方にはぷれいやーの広めたものが多いが、この衣服や武装もその一つだ。

 

(あの吸血鬼とは違う、か)

 

 トブの大森林で遭遇した吸血鬼は女性型だった。武器も衣装も違う。目が赤いこと以外の共通点は見られない。強いことには強そうだが、職業も違うように思える。

 

「ガンリュウ。うちにおまえ以外の吸血鬼って何人くらいいたっけ?」

「我以外ですと、四人といったところでしょうか。我の部下――ガーリックとシルバー、メイドのカーラ、それから第一階層の墓守のひとりのヨミだったかと。全員年増なので詳しいことは覚えていませんが、他にはいなかったかと。名もないシモベには、確かいなかったはずです。アンデッドという括りならばもう少しいたかと」

「ん、ありがとう。それでアガネイア殿、答えとしてはこれで満足か?」

 

 パレットはツアー(リク)にそう訊ねる。顔にはツアー(リク)の質問の意図が分からないと書いてあった。

 

 確かに、ピンポイントで吸血鬼の存在を質問するというのは、ツアーが同じ立場だったら少し困惑するかもしれない。吸血鬼は世間一般ではモンスターとして扱われているが、それ単体で興味を持つことはあまりない。アンデッドという広い括りならば、生きる者全ての敵ということになる。だが、何か思案するような間があったことから、そういう問題ではないとは察する。

 

 ツアー(リク)には、吸血鬼という種族に注目する理由がある。あるいは、目当ての個体がいる。そこまで思い至って、そこから先を考えないのがパレットがパレットである所以である。

 

 ソラは色々と考えていたが、パレットが特に何も言わないので口を開かないことにした。別に「頭悪いくせに懸命に考えてあがくパレット様、めっちゃかわいい。一生見てられる」などとは考えていない。

 

「すまない。この農場に来る前に、非常に邪悪な吸血鬼に遭遇したものだからね」

 

 一方のツアーも、とぼけている可能性を考えつつも、此方の意図を探るような口調から、あの吸血鬼と農場の関係性は薄いという結論を出した。

 

「ん。左様か。まあ、アンデッドって普通は邪悪なものだからな……。それで? わざわざ聞いてきたってことは強かったのか? この世界じゃ有り得ない――ユグドラシル産であると考えた方が自然なくらいには強かったってことだよな?」

「ああ。心当たりがあったら教えて欲しい。出会った場所はここから離れたトブの大森林という場所だ。吸血鬼の特徴は――」

 

 ツアーはあの吸血鬼の特徴を口頭で説明する。聞き終えたパレットは天井を仰ぎながら、ぶつぶつと独り言を漏らす。

 

「銀髪の女吸血鬼、ねえ? 珍しくもないけど、なんか頭に引っかかるような……。どっかの上位ギルドのプレイヤー……。でも、吸血鬼なんてユグドラシルじゃ有り触れた種族だし、何かのイベントのNPCかも? それを模したプレイヤーの可能性もあるからそうなると特定は不可能かな」

 

 記憶を探るように頭を揺らすが結果は変わらないようだ。その様子に、ツアーは本当に知らないようだと判断した。演技かもしれないという疑惑を頭から消さないようにしつつも、彼の考え方は所作で十分に伝わってきた。

 

 あまりにも自然体だった。隠し事や嘘を警戒するのが馬鹿らしいほど、明け透けな態度だ。

 

「もふ。もっふもふもふ」

 

 毛玉――マクラが何か言う。

 

「ああ、そうか。三日ナイトが吸血鬼だったか」

 

 パレットには内容が理解できたようだが、理解できたが故に、やるせなさそうに首を振るった。

 

「でも、あんまり可能性としては低いかな。……アガネイア殿。確認なんだけど、こういう吸血鬼の情報はないのか? 読書が好きで、騎士で、男装の女吸血鬼だ。口癖は『萌える』『エモい』『いとおかし』『尊みがやばい』『すこすこのすこがすこ』だ」

「寡聞にして聞かない」

「そっか。残念」

 

 大して残念ではなさそうにするパレット。後ろの天使たちの方がよほど残念そうだ。

 

「パレット殿。貴殿からの質問もあるだろうが、もういくつか質問を許して欲しい。この質問に答えてもらえるなら、ツァインドルクス=ヴァイシオンは貴殿らの味方になると誓おう」

「うん。いいよ」

 

 拍子抜けするほどに、あっさりと首肯するパレット。普通、もう少し疑うなり構えるなりするはずだが。善性に満ちているのか、知性が足りないのか。

 

「貴殿は世界の敵にならないと言った。私の敵になることを我慢すると言った。その言葉に嘘はないと信じよう」

 

 少なくとも言葉の上だけは。

 

「では、貴殿は何をするつもりだ? この農場周囲の亜人たちを制圧していることに関してとやかく言うつもりはない。その程度では世界は乱れない」

 

 スレイン法国など、秘密工作部隊を使って丘陵地帯の亜人の討伐を大々的に行ったことがあるほどだ。それに比べたら、力ずくであっても極力殺さない方針で支配下に置くのは穏便な態度ではあった。

 

 だからこそ、不気味なのだ。縄張りを増やしたり亜人を支配下に置いて何をするつもりなのか。聖王国に攻め込むならとっくにやっているだろう。ツアー(リク)の前にいる者たちだけで、聖王国程度ならば簡単に滅ぼせる。

 

「ん、畑でも作ろうかなって」

「畑?」

 

 予想外すぎる言葉にオウム返しになるが、パレットはそれを笑うこともなく、至極真面目な顔で繰り返す。

 

「そう、畑。いや、厳密には畑だけじゃなくて田んぼや牧場、果樹園、人工湖なんかも作りたいんだけどさ」

 

 子どものように無邪気に瞳を輝かせて、男は語る。大それたとまでは言わないが、それなりにスケールの大きな計画を。

 

「我らはラグナロク農業組合。俺たちの行動理念は農業、酪農、漁業、林業などの第一次産業だ。働かざる者食うべからず! 皆で美味しいものを作って皆で食べる。食べ物を作って美味しく食べて楽しく遊んで安らかに寝よう! 人生なんてそれに尽きるだろう?」

 

 つくづく単純な男なようだ。単純というより簡単というべきか。やはり『凡人』という評価は間違っていない。

 

「あ、でもどっかの国の下につくのは御免なんだわ。できるだけ自由にしたいから。そのために国でも興そうかって話になっていてね。亜人たちを集めているのは、国を名乗る準備かな。おたくら評議国を真似る形になるけど」

「身元を証明できていない相手に、そこまで喋って大丈夫なのか?」

「むしろ身元が分からない相手だからこそ全部喋ってんのさ。へへ、うちの子たちすごいだろ?」

 

 国興しに自分は何の力になっていないと恥ずかし気もなく伝えてきた。自分の配下の有能さを自慢するためだけに、無能を公開するなど本末転倒ではないかと思えたが、それが彼らしさなのだろう。

 

 ツアーとしても丘陵地帯に亜人が国民の国ができるというのは、スレイン法国の牽制という意味では悪くない情報だ。法国と協力関係にはならない可能性が高いことも、手を貸しやすい。

 

「丘陵地帯全体を支配するつもりならば、スレイン法国との激突は必至だが。パレット殿、貴殿にとって人間とは何だ?」

 

 その質問に、パレットの目の色が変わる。浮かべている表情からも明るい色が消え去る。

 

「農場の統率者としては家畜としての価値を語るべきなんだろうが、あんたが聞きたいのはそういう話じゃないんだろうな。スレイン法国のことは前振りなんだろうし。……はっきり言うと、人間という種に価値はない」

 

 人間至上主義のスレイン法国を、その基礎となった六大神の人類救済を真っ向から否定する発言だった。この場に法国の人間がいれば殺されると分かっていてもパレットに殴りかかったであろうほどの暴言だった。

 

「だが、それはあらゆる生命に共通している。だって、あらゆる生命は平等なんだから」

「……どういう意味だ?」

「ゴブリンの赤子も、人の王も、老いた竜も、俺の前では平等に一つの生命だ。味方ならば守ろう。敵ならば滅ぼそう。家族ならば愛そう。無関係なら無視しよう。それだけだ」

 

 不遜極まる発言だ。

 

 つまり、彼はゴブリンの赤子のために竜王さえ敵に回せると言ったのだ。正体を知らないとはいえ、最強の竜王たるツァインドルクス=ヴァイシオンに対して、遠慮も容赦もなく言い放ったのだ。

 

 そこまで考えて、ツアーは自らの思考に待ったをかけた。

 

 この男は本当に、気づいていないのか? 自分はこの男を見定めたと思ったが、本当にそうなのか? 測られていたのは――謀られたのは、自分の方なのではないのか?

 

(やっぱり、危険なのか?)

 

 だが、この危機感こそが思い過ごしである可能性の方が高い。そして、可能性の段階でこのホシゾラ立体農場と敵対するのはあまりにもリスクが高い。しかし、いざ世界やツアーの敵になった時に倒せない状況にあってはまずい。今、この瞬間ならば、あるいは――

 

 ぱん、と手を打つ音がした。思考の渦から我に返ったツアー(リク)に、パレットが手を差し出していた。人間が持つ習慣の『握手』だと理解する。

 

「ん。つまりな、アガネイア殿。簡単に言うならば、俺たちは何物も拒まない。農場に害ある者以外、あらゆる者を受け入れるのさ。早い話、またのお越しをお待ちしております。次の機会では竜王ご本人もご一緒くださいってな」

「……ああ。考えておく」

 

 ツアー(リク)と鎧越しの握手を交わすパレット。彼の心中にあるのは、交渉がようやく終わりそうだという安堵だった。

 

(あー、超緊張した。最後の方とか何言ったか自分でもよくわからねえーや。それにしてもジュウの奴、結局どこに行ってんだ?)

 

 

 

 

 

 

 ホシゾラ立体農場近辺、ゴブリンの村にて。

 

「これ、まずくない?」

「まずいですわ」

「非常にまずいである」

 

 竜の騎手ミシェル・キャンサー。ドレス姿の射手ハヤ・サジタリウス。警報案山子スケア・クロウ・リブラ。

 

 三名の天使がまずいまずいと連呼しているが、別に試食会をしていてご飯が美味しくなかったという話ではない。その「まずい」ではない。

 

 農場周囲の警戒をしているという名目で農場の外に出ている彼らは、目の前の光景に対して焦燥の念に駆られていた。

 

 ゴブリンの村に流れる血の匂いに辟易しながらも、この光景を主人が見た場合どうなるかを想像するだけで背筋が凍る。

 

 自分たちは別に何も思わない。ユグドラシルでは有り触れた光景であり、被害に遭ったのは農場に住まう同胞でもなければ、立場が同じ同盟者でもない。『近くに住んでいた』からという理由だけで支配下に置いたゴブリンだ。家畜という認識すらない。

 

 だが、主人は違う。重要性が低くても、日数が浅くても、実際に見たことがなくとも、農場の下に入った以上はゴブリンだろうがスライムだろうが農場の財産だと認識する。向ける愛の形は犬や鶏に向けるそれと大して変わらないだろうが、愛を向けていることには変わりない。そして、パレットは自らの財を奪われたり穢されたりすることを凄まじく嫌う。

 

 あの御方は転移初日に言っていたではないか。

 

 ――畑泥棒殺して良し、だ

 ――此方からは仕掛けることは厳禁だが、喧嘩を売られた時には言い値の倍にして買ってやれ

 ――この世界で明確に『最初の敵』になった連中は徹底的に潰せ

 

 報復は絶対だ。ラグナロク農業組合はずっとそうしてきたのだから。蜂の巣の如き苛烈な反撃こそが、八十八人の御方々がユグドラシルで高名であった理由の一つである。

 

 だが、この世界はユグドラシルではない。

 

 ユグドラシルと同じ対応をするのが最善とは限らない。まして、八十八人いたはずのプレイヤーはいまやパレットひとり。無論、パレットや自分たちが有象無象に後れを取るはずがない。だが、それもまた絶対ではない。

 

 そんな状況下で、外部のゴブリン如きのために、御方が不要な敵を増やすなど有り得ない。そして、有り得ないと分かった上で、あの御方は徹底的にやる。戻ってくるはずがない八十七人に恥じぬように、必要以上に残虐に振る舞うだろう。

 

 そんな悲しい未来は阻止すべきだ。

 

 しかし主人が絶対にやると言われたらやるしかない。そのためのシモベだ。だからこそ、自分たちの忠義はそう言わせないことであるとミシェルもハヤもスケアも考えている。ここにはいない階層守護者も十二天星も五穀衆も同じ考えのはずだ。

 

「いや、おまえらが考えている十倍はまずい状況だからな?」

 

 しかしこの三名、こんな状況でもジュウに任せておけば大体なんとかしてくれると思っている。

 

「だから言ったのである。確実に面倒くさい案件だと」

 

 他人事のように言うスケアを、ジュウは睨む。ちなみに、ガスマスクは被っていない。外していたことに気づいたはいいが、それを回収する暇すらもない状況なのだ。

 

「本当に面倒くさい案件を持ってくる奴があるかっ。つうか、もう、何でこうなるんだよ。こうならないように人員を配置していたはずだよな?」

 

 この村にNPCが直接担当せず、POPモンスターか傭兵モンスターが配属されたはずだ。人格が設定されているNPCと違って、それらのモンスターは命令以外のことができないため、勝手に持ち場を離れるなど有り得ない。倒されたならばもっと早くに連絡が入るはずだ。

 

「文句ならネハンの奴に言って欲しいのである」

 

 その言葉でジュウは理解する。ここに配置していたはずのシモベは、ネハンの処刑を見たいNPCが持ち場を離れたことで、代わりをするために外されたのだと。所詮はゴブリンの村であるため、重要度は低い。現場の判断で勝手に配置が変更されてしまったのだ。

 

「何でもネハンのせいにすればいいと思ってんじゃねえよ!」

 

 配置を変更するならばジュウに一言言って欲しかった。否、その程度のことにも気が回らなかった自分のミスだ。

 

「一応聞くけど、ここの担当者って誰だっけ?」

「五穀衆のアワワである」

「あのエテ公!」

 

 五穀衆粟組アワワ。五穀衆の中では一番不真面目な猿である。

 

 他の四人は方向性が違うとはいえ真面目すぎるきらいがある反動かもしれないが、あの猿はとにかく適当なのである。第一階層に配置されているNPCの中では最も仕事に対して不誠実かもしれない。創造主にそうあれと求められたと言われたらそれまでだが。

 

「それで、あの猿はいまどこにいやがる? 報連相もできねえ駄猿はどこにいやがる?」

「つい先程まで第一階層でマイたちと飲んだくれていたそうである。切り上げて大急ぎで此方に向かっているそうであるが……」

「そうか。折檻はジャックスにでも頼むとしよう」

 

 第二階層守護者たる海賊の名前が出た途端、三人の天使は顔をひきつらせた。……スケアは表情筋がないため、ひきつらせた気分だけであるが。

 

「うげ。船長とか、可哀想に」

「お気の毒様ですわ」

「自業自得である」

 

 申し訳ないが庇う気はない。本気で激怒しているジュウの相手など、下手な拷問より恐ろしい。ミシェルなど涙目だった。

 

「ねえ、リーダー。ドクター、結構ブチギレてない? やばくない? 逃げたいよ、私」

「仕方ありませんわ。問題そのものはドクターが解決してくれるはずですから、それまでの辛抱……」

「状況を確認する。十二天星筆頭ハヤ・サジタリウス!」

「はい!」

 

 ミシェルとのひそひそ話を中断して、即座に反応するハヤ。

 

「今回の下手人は判明しているのか?」

「山岳地帯に住む亜人の一種、バフォルクですわ」

 

 間違いない情報だ。何せ『生き残り』の証言だ。村に残っている足跡や体毛からも特定された。

 

「外見は……バフォメットに近いですわね。山羊の如き健脚が特徴で、戦士型の種族ですわ。体毛が長く剣などで切りつけた場合はまとわりつく性質があるようですわ。他の情報としては、この丘陵地帯のバフォルクは複数の部族がありますけど、『豪王』という亜人王によって完全に統一されているようですわね」

「上出来だ」

 

 ひとりの王によって統一されているのならば話は早い。その王が膝をつけば、手順も時間もかなり省略できるというものだ。

 

「ちなみに、この村に『飴』として与えた食料は全てなくなっていますわ。これは立派な泥棒、というか強盗ではないかと」

「ならば俺たちがやることは?」

「バフォルクを一匹残らず滅ぼすことですわ」

「ちげえよ、バカ! 親父にそれをさせないために俺が出てきたんだろうが。俺たちが全滅させたら話の着地点が同じなんだよ! 俺たちが勝手にやったから親父は無関係ですとか、通らねえからな?!」

 

 ハヤが淑女でなければ拳骨でも落としていたところだ。

 

「普段の振る舞いが粗野なのはリンカの方だが、思考回路が残虐寄りなのはおまえの方だよな。あいつは暴力的ではあるが、暴力以上のことはしねえし」

 

 リンカ・レオは属性が極悪であり、ハヤは極善だったはずだが。

 

「あら? 天使とは苛烈かつ冷酷に、それでいて優雅に華麗に、神の御心に従う者だと認識しておりますが?」

「それもある意味では正論なんだけどな……」

 

 神か悪魔か、善か悪かなど視点によって変わる。この世に絶対的な正義はないのだ。逆に、この世に絶対悪がないかと言われたら否である。誰にとっても有害な存在はある。誰が評価しても邪魔な者はいる。

 

 果たして、現在の農場に正義があるかと言われたら否であろう。

 

 何せ、突然巨大な城ごと出現して、丘陵地帯の一画を不法占拠した悪魔とそのシモベたちだ。元々この近くで生活していた聖王国や亜人たちにとっては危険分子でしかない。

 

 しかしながら、ホシゾラ立体農場はユグドラシルに戻る方法がない。何せどうやって来たかが分かっていないのだ。理屈も道理も何もかも不明だ。

 

 また、最高統率者であるパレットがユグドラシルに戻ろうという姿勢を全く見せていない。まるでユグドラシルに戻ることを拒絶しているような――戻ろうとしても意味がないと言いたげな態度なのだ。そうでなければ呑気に畑を作りたいなどと口にはしないだろう。

 

 だからこそ、ジュウたちシモベがやることなど決まっているのだ。

 

 この世界でパレットが生きることに文句を言う連中を、一人残らず黙らせる。

 

「ん、方針は最初から決まってんだ。さっさと行動を開始するか。山羊どもを農場の支配下に置くぞ」

「む? 盗人など仲間にしてよいのであるか?」

「種族ぐるみ、あるいは部族一同でやったってわけじゃねえだろう。そうであって欲しいっ」

「種族や部族が農場に敵対するつもりならば、パレット様のお耳に入らないように証拠は消さねばなりませんものね」

「だから全滅させたら一緒だろうって言ってんだろうが! もうちょっと上手くやる方法を考えてから口を開いてくれ」

「それでドクター。全滅させずに支配下に置く意味は? 力を見せつけて大人しく従ってくれるなら楽だけど、そうじゃなかったら結構面倒だよ」

 

 ミシェルからの質問に、ジュウは答える。

 

「ん、ネハンの件もそうだけど、あくまでも内輪もめなら親父もそんなに怒らねえんだよ。怒れないって言う方が正しいかな。あれで権力者である自覚は多少あるからな。あまり出しゃばらないように心がけてんだろうさ」

 

 あの悪魔は根が支配者って柄でもない。あくまでも、自由人だった八十八人のまとめ役という貧乏くじを引いただけの男だ。だから、あまり物事を深く考えないし、身内を疑わない。

 

「……だから報告の順序を逆にする。俺たちは決して報告の順番を変えるだけで、虚偽は一切ない。そして、支配下に置いた亜人同士で『小競り合い』があった。攻撃を仕掛けた側には罰を与えた上で、今後このような事案が発生しないように教育は徹底する、という話でいいな?」

「詭弁じゃん」

「ミシェル。何か言ったか?」

 

 ジュウは白衣のポケットから針がついた筒のような物体を取り出す。

 

「な、何も。何も言ってないから、その注射器をしまってよ、ドクター! いや、いやだ、私に変な薬を使う気なの? ソルトブックみたいに!」

 

 本気ではなく冗談で怯える演技をするミシェル。ジュウにもそれは伝わっていたが、怪訝な顔をした。

 

「ん? 塩の本って何だよ。料理本か?」

「あ、あれ? 違った? いつだったか、ママがリリートン様相手に言ってたんだけど……」

 

 ほとんど勢いで言ったため、ミシェルも深くは考えていなかった。それを見て、ハヤが口を挟む。

 

「ドクター、ミシェル。それはたぶん、ウス=異本の別名である『ソリッドブック』ですわ」

「何だよ、ハヤ。おまえ、ウス=異本について知ってたのか?」

「私が知っているのは名称だけですわ。創造主が度々口にすれば嫌でも覚えますわよ。……まあ、意味は分からないし、実物は見たことがないのですけど」

 

 御方々が度々口にしていた謎のアイテム、『ウス=異本』。ルルイエ異本のような魔術書かとも思われているが、正体は不明である。どうも一点物の特別な本ではなく量産・販売されているようなのだが、御方々にとっては非常に特別な物であるようなのだ。そのため、数多の財宝を所持する御方々が有り難がるほど貴重な物が気軽に売られているのはおかしいのではないかと、ジュウは頭を悩ませている。

 

「ウス=異本。またはソリッドブック。謎が深まったのである……」

 

 うーん、とその場にいた全員が悩まし気に唸る。

 

「ん、この議題はまた今度だな。よし、ミシェル。おまえのシモベであるドラゴンを全員連れて来い。山羊どもを全力で脅すぞ」

「了解。大人気のない恐喝タイムだね」

「馬鹿言え。大人気なかったら問答無用で皆殺しだっての……ん?」

 

 スケアが空を見ていた。顔に書かれたへのへのもへじの間抜けっぽさが増している気がした。

 

 つられてジュウも上を見る。だが、そこには雲いっぱいの青空が広がっているだけだ。青空だけはどんな世界でも同じらしい。強いて言うなら、雲の形状は違うかもしれない。

 

「どうした、スケア」

「……視線を感じたような気がしたのであるが……。気のせいだったようである」

「物語の伏線っぽい気のせいですわね」

「気のせいなら無視しろ。ちょっと急ぐぞ。リク・アガネイアとの交渉がどうなるか分からないんだ。ソラがいる以上、俺がいなくても大丈夫だとは思うんだが……」

 

 ソラからの連絡がない以上、リク・アガネイアとの交渉はまだ続いているのだろう。ならば、その交渉が終わる前に全てを終わらせる必要がある。急いでいるのに、なんとなく感じた視線になど構っている暇はなかった。

 

 スケアは胸にざわつくものを感じながらも、ジュウの言葉に従い、感じたかもしれない視線のことは忘れることにした。

 

 

 

 

 

 

「い、いま気づかれた? いや、そんな感じじゃないよな……? うん、どっか行っているし、違うみたいだな。昔タブラさんが勧めてくれたホラー映画を思い出すな。映像の中の男が突然こっちを見るやつ。あれ、結構怖かったんだよなぁ」

 

 周囲に誰もいないためか、そのアンデッドは鏡の前で独り言を続ける。

 

「でも本当にあったな、ホシゾラ立体農場。資料にもあったのと同じだし、間違いない。今の連中はプレイヤーかNPCか……。流石に所属プレイヤー全員の情報はないしな。ゴブリンか何かの村で何してたんだか」

 

 仲間たちが残してくれた記録の中にあったラグナロク農業組合所属のプレイヤーの情報は七名。パレット、テラ・フォーミング、ライフ・イズ・パンダフル、一平、リリートン、三日ナイト、鉄人女だ。先程見かけた四人は、この七名の誰とも該当しない外見だった。

 

「よし、気合を入れ直せ、アインズ・ウール・ゴウン。おまえはユグドラシル最高のギルドの名前を持つ者。相手が誰であろうと、負けるはずがない」




バフォルクの一件はナザリックとは特に関係ありません。
起こるべくして起きた『害獣』の発生です。
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