ホシゾラ立体農場第七階層『展望台』領域『メインホール』。
「ワンペアっす」
「スリーカードである」
『ノーペア』
「ストレートフラッシュだぜ!」
演劇用の舞台の上で、四体の天使がトランプゲームに興じていた。別に演劇の一幕でゲーム中の演技をしているわけではない。素で、好き好んで、ゲームをしていた。
天使と言っても、四者四様の姿をしている。初見で四体ともが天使であると見抜くことは難しいだろう。
「はあ!? もう、リン姐さんはこの手のゲームに強すぎるっす! イカサマはしてないんだろうけど、運よすぎっすよ! むきーっ!」
甲高い声を上げるのは、銀髪ツインテールの少女。外見年齢は人間でいえば十代前半。背中から生えた鳩のような白い翼と頭上に輝く光の輪が彼女が天使であることを分かり易く主張している。服装は純白のワンピースであり、彼女の無垢さを強調していた。
ホシゾラ立体農場十二天星のひとり、『やぎ座』チョーカ・カプリコーン。職業、司祭。得意分野は結界など魔法による防御。
彼女が天使であるのを見抜くことは容易だ。この場にいる四体の中どころか、あらゆる種族の中に放り込んでも、相手が『天使を知らない』場合を除いて、彼女が天使であることを見抜けない者は非常に珍しいだろう。
「チョーカ、落ち着くのである。そんなに喚いても良いカードは来ないのである」
苛立つチョーカを宥めるのは、「へのへのもへじ」が書かれた布で顔を隠した奇妙な天使だった。少女の身体をしているチョーカと違い、成人男性並みの体格をしている。だが、翼は鳩というよりも飛行機のような機械的なものだった。翼だけではなく身体全体から生物性を感じない、人形のような天使だ。人によってはゴーレムのような印象を受けるだろう。
チョーカと同じく、十二天星の『てんびん座』スケア・クロウ・リブラ。職業は魔術師で探知特化。探知を併用した遠距離へのピンポイント攻撃も得意とする。
「スーさんは落ち着きすぎっす!」
『しゃっはっは! そうだぜ、スケの字。もうちょっと悔しがらねえとリンだって甲斐がねえだろうぜ』
脳内に直接響く笑い声を上げるのは、巨大な球体だった。顔も手足も翼もない。紐で吊るしているわけでもなく棒で支えているわけでもないのに、空中に浮遊している。大きさは直系二メートルほど。表面の色は白であり真珠のようだが、頂上部分に人間の拳大の孔がある。
十二天星の『みずがめ座』ドブロク・アクアリウス。職業は秘術師。広範囲攻撃魔法を多数使用可能で、雑な殲滅戦を得意とする。
「そうでもねえよ、暇つぶしなんだからさ」
目つきの悪い美女だった。胸にさらしを巻いて、特攻服を羽織っている。髪はぱっと見は金髪だが、下手くそに染めたかのように黒髪が混ざっている。天使の象徴である白い翼も持っているが、平時は収納しているため、奇抜な服装と斑模様の髪を除けば、普通の人間の女性にしか見えない。加えて、服に刺繍された『喧嘩上等』と『天上天下唯我独尊』の文字が天使らしさから著しく乖離していた。
十二天星『しし座』リンカ・レオ。修行僧であり、肉弾戦を得意とする。純粋な格闘型というわけではなくウェポンマスターの職業も持っており、武器の使用も可能だが、鉄バット(種別は剣)を愛用する。
総括すると、この場にいる天使らしい天使はチョーカだけだった。
「それより、おっさん。酔っぱらいすぎじゃねえ?」
『酔っってねえよ! ひっく』
ドブロクの浮遊している下には、何本もの酒瓶が転がっていた。球体の身体でどうやって飲んでいるかと言えば、上部にある孔から流し込むようにして飲酒しているのだ。
『それと、おっさん言うな、小娘! 天使だから年齢の概念なんざねえんだよ、うぃ~』
「それを言ったら、私だって小娘じゃねえよ」
酔っぱらいの戯言には付き合いきれないとでも言いたげな態度のリンカ。ちょうどカードが切れたため、全てのカードを拾い集め、シャッフルする。
「チョーカの言う通り、私に流れが来すぎだからな。勝ちすぎると暇つぶしにもならねえ。ここらでゲームを変えて空気を変えようぜ」
「あ! じゃあ、うちは七並べがいいっす!」
「吾輩はポーカーを推すのである」
『俺ぁ大富豪かな』
「どれも飽きるほどやったしなぁ。ババ抜きにしない?」
『それこそ飽きるほどやったじゃねえか。何なら最初に飽きたじゃねえか。他にねえのか?』
「うーんっす」
「特に思いつかないである」
この四体の天使、早い話が暇をしていた。
「……侵入者が来た時のために、前口上の練習でもしとくか?」
「必要っすか? このホシゾラ立体農場の第七階層『展望台』まで来れるような奴なんていねえっすよ」
「油断大敵である」
『そうだぞ、チョーカ。第一階層の長老、第二階層の船長、第三階層の軍師殿、第四階層の棟梁、第五階層の番長、第六階層の旦那。あいつらが突破される可能性だって零じゃねえんだ。それに、この第七階層の姉御だっているしな』
「その言い方だとドブさんも夢にも思ってないみたいっすよー、ぷぷぷ」
『違いねえ! そもそもこれまでの侵入者の半分も、長老を倒すことができなかったんだからな! 崇高なる御方々の創造されたこのホシゾラ立体農場が突破されるなんて万が一にも有り得ないぜ!』
完全な球体であるドブロクだが、その声の調子から笑っていることは間違いなかった。
「つっても、そのあたりのこともちゃんとしてねえと、あの優等生がうるせえ」
「あー、ハヤ姐さんっすね」
「それは同意である」
『一応、あいつは俺たちのリーダーだからな。言われたらちゃんとしねえとよ』
「ちっ。何で私があいつの下なんだ」
「御方が決めたことだかしょーがないっすよー、ぷぷぷ、あだだだだだ!」
小馬鹿にしたような笑い声を上げたチョーカに対して、リンカは本気めのアイアンクローを使う。
「笑ってんじゃねえよ、このボンクラ!」
「暴力反対っす!」
たっぷりと愛の鞭を受けているチョーカを肴にして、ドブロクは新しい酒瓶を開ける。手足のない身体でどうやって開けているかと言えば、魔法だ。あるいは、特殊技術の念動力を使用する。酒瓶を頂上の孔に突っ込む。
『ごくごく……。さっきの話だけどよ、侵入者随分と来てねえよな。この階層に、じゃなくて、このホシゾラ立体農場によ』
「来て欲しいのであるか? 不敬である」
『欲しくねえと言えばウソになるな。第一階層の長老や五穀衆だって退屈してんだろうよ。侵入者の相手をしたことねえ俺たちが言うのも何だけどな』
「全くである。これでは忠誠を示せないのである」
「だから、私らはこうしてトランプで遊んでんだろうよ」
「あだだだだだ! 姐さん、そろそろ開放して欲しいっす!」
「――――騒がしいですわね」
四人ともが声のした方向――メインホールの扉の方を見る。
「また貴方たちはサボって……全く、真面目にしてほしいですわ」
そこにいたのは、ウェーブのかかった亜麻色の髪をした美女。外見年齢はリンカとほぼ同じ。しかし、醸し出す雰囲気も服装の系統もリンカとは正反対である。リンカの過激な特攻服に対して、彼女が来ているのは上品なドレス。垂れ目が柔和な表情を作り出し、虫も殺せない令嬢の品格を整えていた。しかし、背中に背負う大弓と腰に差した矢筒が彼女にはミスマッチではあった。
十二天星『いて座』ハヤ・サジタリウス。職業は狩人であり、弓の名手。面に対する範囲攻撃ではドブロクの方が上だが、距離のある点への攻撃では十二天星どころか階層守護者にも後れを取らない。十二天星のまとめ役でもある。
「真面目にだぁ? はっ、聞いたかよ、野郎ども。真面目に、だとよ。この生真面目ちゃんに何か言ってやれ、チョーカ」
リンカとハヤは仲が悪い。しし座といて座。近距離肉弾戦と遠距離狙撃。不真面目なムードメーカーと真面目なリーダー。何から何まで正反対の二人なのだ。所属が違えばそうでもないが、同じ第七階層所属の十二天星。顔を合わせる機会も多く、衝突は日常茶飯事だった。
「あの、うちに振らないで欲しいっす」
「あら。まるで私が間違っているような言い方ですわね。そんなことありませんよね、チョーカ」
「だからうちを巻き込まないで欲しいっす!」
リンカには凄まれ、ハヤには意味深に微笑まれ、チョーカは泣きそうになった。チョーカは案山子と球体に助けを求めるように視線を送るが、どちらも巻き込まれたくないとばかりに目を逸らした。チョーカは脳内で助けを求めた。具体的には「大姉御」と慕う第七階層守護者のソラ・ゾディアックに。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン
そんなチョーカの祈りが聞き届けられたのかは分からないが、空気を壊すように室内に鐘の音が満ちる。
崇高なる八十八人の御方々が集めた秘宝の中でも最上級のアイテム。究極の財宝。至高のワールドアイテム。『天の神鐘』。
この魂にまで染み渡るような神秘的にして神聖なる音が、このホシゾラ立体農場に響くようになって久しい。この神聖なる音の妨げになるような口喧嘩をするなど言語同断であるため、リンカとハヤだけではなく他の三名も静かにその音を聞き届ける。
やがて鐘の音が止まると、リンカが盛大に溜め息を吐き出した。創造主の叱責を受けたような気分になって、白けたのだろう。
「……日付が変わったな。今日はお開きにするか」
「それがいいっす!」
いい笑顔を浮かべたチョーカに、スケアとドブロクも続く。
「であるな」
『同感。俺ぁ自分の領域で飲み直すわ』
「……まあ、構いませんわ。ただし、あまり今後はこういうことは控えて――」
ハヤは堅物リーダーらしい諸注意をしようとした。意味がないとは分かっているが、言わなければ気が済まない。何より、自分はそういう風に作られたのだから、そうあるべきなのだ。
だが、最後まで口にすることはできなかった。
『聞こえますか、第七階層の十二天星たち』
脳内に響く声。ドブロクの念話ではない。通信の魔法の一つにして基礎、《
声の主は第七階層守護者のソラ・ゾディアック。つまり、ここにいる五体の天使全員の上司だ。彼女が《
『聞こえていたら応答を願います』
「はい、長官殿。こちら十二天星のハヤ・サジタリウスですわ。十二天星リンカ・レオ、チョーカ・カプリコーン、スケア・クロウ・リブラ、ドブロク・アクアリウスも同じ場所に」
ハヤが応じる。このことに、リンカを含む全員に異存はない。こういう時に最初に反応を示すのがリーダーの役割なのだから。
『緊急事態です』
端的な発言だったが、天使たちの反応は劇的だった。ハヤは表情を険しくし、リンカは凶暴に笑み、チョーカは肩を震わせ、スケアは肩を回し、ドブロクは酒瓶を片付けた。
『大至急、鐘の下に来てください。緊急事態です。見てもらった方が早いので』
「畏まりました。ただちに参りますわ」
『あと、ジャクチョはどうしました? その場にはいないようですが』
十二天星はその名の通り、十二体の天使によって構成されている。第七階層に六体、第一から第六階層までに一体ずつという内訳で配置されている。この場にはトランプゲームに興じていた四体にハヤが追加されて五体。一体不足している計算になる。
「さあ? しかし緊急事態というのでしたら人手は必要ですわね。スケア、悪いのですけどジャクチョを探して来てくれませんの?」
ハヤはこの場にいない天使の捜索をスケアに頼んだ。探知能力に優れている彼ならばすぐに見つけて、後から合流するのも早いと考えたわけだ。
しかし何故か、スケアは首を横に振るい、人形のような無機質な指を天井に向けた。
「上である」
スケアの言葉と指に従って、ハヤだけではなくその場にいた天使全員が天井を見る。
「え?」
「うわっ!」
メインホールの天井には、全身をミイラのように包帯で覆われた怪人がヤモリのように張り付いていた。
「何やってんすか、ジャクチョ! いつからそこに!?」
チョーカが怪人の名前を呼ぶと、ミイラ怪人は天井から降りる。ただ自由落下に身を任せるのではなく、背中の白い翼をバサバサと羽ばたかせてだ。そして、そっと着地する。
「…………」
「いや、何か言えよ!」
リンカの言葉に対しても、ミイラ男は無反応である。
彼こそが第七階層に配置された最後の十二天星、『さそり座』ジャクチョ・スコルピオ。職業、暗殺者。気配を殺し、毒と殺意の込めた技で殺しにかかる。一撃の殺傷能力という観点では、彼は十二天星の中でも上位になる。
基本的に喋らず意味不明な行動も多い彼は十二天星の中でも不気味な部類である。
「ま、まあ、全員揃ったことですし、長官殿の下に参りますわよ」
「そうっすね」
六体の天使はソラ・ゾディアックがいる場所、ホシゾラ立体農場最終領域『大鐘の間』へと向かう。扉の前に到着すると、探知と素の頑丈さに優れたスケアが先頭に立つ。その後ろに、防御が得意なチョーカが続く。リンカとジャクチョは拳を鳴らし、ハヤは弓矢を構えた。ドブロクはどのような事態にも対応できるように、使うべき魔法を脳内にピックアップする。
「開けるのである」
そう言うと、スケアは扉をゆっくり開ける。扉型の転移装置の先には、いつもの『大鐘の間』とは違った光景が広がっていた。
「へ?」
チョーカが間抜けな声を上げる。声にこそ出さないが、チョーカ以外の天使たちもおよそ同じ感想を抱いていた。
まず、彼らの目に入ったのはワールドアイテム『天の神鐘』。これはいい。いつも通りだ。
次いで、ソファ。これはおかしい。この領域にはそのようなものなどなかったはずだ。そして、そのソファには二つの人影があった。ひとりは階層守護者ソラ・ゾディアック。彼女がここにいることに問題はない。むしろいない方が問題である。そして、もうひとりは崇高なる八十八人の御方々のまとめ役にして最後まで残られた慈悲深き御方、パレット。
彼らが目撃している状況の中で最も大きな問題というのが、ソラがソファに座り、パレットがソラの膝に頭を置いた状態で眠っていることだ。
つまり、膝枕をしていた。
その光景を見て、六体の天使は混乱状態に陥った。僅かに冷静な部分が「これは確かに過去最高に緊急事態だ……」と変に納得しながら。
「流石、皆早いですね。緊急事態とは見ての通りです」
ソラが天使たちに視線を送る。いつも冷静沈着な彼女の顔が幸福感に満ち足りてやや赤くなっているのは気のせいなどではないだろう。
「こ、これは……」
混乱から最初に立ち直った天使は、ハヤ・サジタリウスだった。そのあたりは流石十二天星の代表ということだった。
「これは実質交尾中と言っても過言ではないのではありませんわ!? 露出プレイですわー! 破廉恥ですわー! きゃー!」
どうやらまだ混乱しているようだ。
「どう考えても過言だろうが!」
「過言っす」
「過言である」
『過言だなぁ』
「……過言」
「ジャクチョが喋ったっす!?」
リーダーの爆弾発言によって、他の五体の天使は正気に戻った。滅多に言葉を発しない暗殺者が一言だけとはいえ発言するほどに。
「あと、交尾って言い方やめろよ。何か生々しいんだよ」
直後、引っぱたかれた。普段のリンカならこの距離で遠距離アタッカーの物理攻撃など回避できないはずもないのだが、混乱から回復した直後というのもあり隙があった。
「何を言っているのですか、このバカチン!」
「いま何で私は殴られたんだ……?」
「生々しい言い方の方が興奮するでしょうが!」
「この変態は何を言ってんだ……?」
「リン姐さんが怒りのあまり状況を飲み込めていないっす。立ち直った時に時間差でぶち切れるやつだから避難するっす」
「同感である」
銀髪少女と案山子と球体とミイラ男は、特攻服女とドレス女から距離を置いた。そして、守護者と支配者の下へと馳せ参じ、跪く。
「十二天星、チョーカ・カプリコーン。御身の前に」
「同じく十二天星、スケア・クロウ・リブラ。御身の前に」
『同じく十二天星、ドブロク・アクアリウス。御身の前に』
「同じく十二天星、ジャクチョ・スコルピオ。御身の前に」
「リンカ・レオ、ハヤ・サジタリウスもあちらに。御前をお騒がせししている無礼、両名に代わりお詫び申し上げます」
御方は熟睡しているようだが、関係ない。階層守護者であるソラには呼ばれたが、御方に呼ばれたわけでもないのに持ち場を離れ、こうして姿を現したのだ。こうして忠義を示さねば恰好がつかない。
「それで、ソラの大姐御、どういう状況っすか?」
「私にもよく理解できません。だから助けを呼びました」
ソラが言うには、日付が変わる少し前の時刻にパレットがこの『大鐘の間』に来た。しばらく夜空を眺め、鐘の零時の鐘を聞いた後から様子がおかしくなったという。突然寝ると言い出したため、冗談半分で膝枕を提案したら承諾され、現在に至るらしい。
「理解したのである」
『つまり長官様はめっちゃ嬉しい状況だけど嬉しすぎて意味分からん状況なんだな? 本当は御方の寝顔を独占したいけど、恐怖が独占欲に勝ったってか?』
「その通りです。お願いします。情けないことを承知で言います。助けてください……! 私は、私はどうしたらいいんですか!?」
泣く一歩手前の守護者を見ても、十二天星の面々はソラを情けないとは思っていなかった。
ソラは元々、パレットの伴侶になるために作り出された部分がある。だが、今日まで彼女が御方の寵愛を受けたという話は聞かない。つまり、ようやく自分の本懐が遂げられそうになったのだ。嬉しさと戸惑いとその他の感情がぐちゃぐちゃになって整理しきれないのだろう。
「とりあえずご尊顔にちゅーはしたっすか?」
「ちゅー!?」
少し離れたところで交尾だの性行為だのと騒いでいるのに、成熟した人狼が口づけ一つで狼狽するのも滑稽ではあった。
「え~? いまならちゅーし放題っすよ~? 大丈夫、大丈夫。姐さんたちがこれだけ騒いでも起きないところを見るに熟睡しているっす。ちゅーくらいなら起きないっす。デコやほっぺにちゅっちゅするっす。はりーはりー」
「そ、それは流石に不敬なような……」
「こんな隙だらけのパレット様が悪いっす」
『いや、これはむしろパレット様は誘い受けを狙っているのでは?』
「実は起きているのであるか?」
「……それはない。爆睡しておられる」
「ジャクチョがまた喋ったっす!? 明日は槍が――《
突然、チョーカが防御魔法を発動する。魔法によって、流れ弾ならぬ流れ矢や流れ衝撃波が弾かれた。
「槍が降るかは分からないであるが、現在進行形で矢と拳が荒れ狂っているである」
『あのバカども、場所を弁えろよ』
彼らの視線の先では、リンカとハヤが戦闘を開始していた。
「死ねこの変態天使!」
「うるさいですわ、暴力天使! 貴女なんてキャラメルマキアートとフラペチーノで掛け算でもすればいいのですわ!」
「お願いだから私が怒れるように挑発してくれ! バカにされていることは伝わっても意味が分からないから感情が迷子なんだよ!」
戦闘と言ってもお互いに本気ではない。リンカはハヤの矢に当たらないように動き回り、ハヤはリンカを懐に入れないように飛行と牽制の矢を繰り返す。
「あー、姐さんたちー、そのへんにしといた方が――」
「――ハヤ・サジタリウス、リンカ・レオ」
ソラは笑っていた。少なくとも口は笑っていた。犬歯をむき出しにした恐ろしい笑みだった。目はこれっぽちも笑っていなかったが。
「あ、ね、姐さん……」
「ちょちょ、長官殿……」
「ここは、御前ですよ」
十二天星の中であれば、ハヤとリンカは強い方どころか遠近でそれぞれ最強の立場にいる。だが、相手は階層守護者――レベル百。しかもソラは階層守護者の中では二番目に強い。魔法攻撃力という点で考えると、ホシゾラ立体農場のNPCでは最強になる。
ホシゾラ立体農場の最後の階層と最終の領域を任されているのは、伊達でも酔狂でも余興でもない。彼女がこの場を守護するにふさわしい『怪物』だからこそなのだ。
そんな怪物から笑顔を向けられるなど恐怖でしかない。『笑う』という行為は威嚇が起源だという説があるが、その考察に説得力を生む状況だった。
「いや悪いのはこいつで……」
「私は真理を説こうとしただけで……」
この期に及んで言い逃れをしようとする二人を見て、天使四人は「あちゃー」と言いたげに額を抑えた。ドブロクは手も額もないが気持ちは同じだった。早く謝っておけばそれで終わったのに。
「喧嘩をするなとは言いません。貴女たちは御方々からそうあれと創造されたのですから。むしろ仲良くする方が気持ち悪……もとい、おかしいですから」
「いま気持ち悪いって言いかけたっす」
『しっ。いま大事な話しているから』
「しかしながら、ここは崇高なる八十八人の御方々がすべての領域の中で最も重要視した場所の一つ。まして、唯一最後まで残られた御方たるパレット様がお休みになられているのに貴女たちは一体何を騒いでいるのですか?」
「ごめんなさい姐さん!」
「お許しを、長官殿!」
「静かに」
自分の口を押えてこくこくと頷くハヤとリンカ。あくまでも上位の領域守護者である十二天星と、階層守護者では勝負にならない。
「では、話を戻しましょう。ハヤとリンカも話に加わりなさい」
思ったよりもソラが怒りを引きずらなかったことに感謝しながら、ハヤとリンカも皆の下に駆け寄る。
「うっす」
「畏まりました」
他の十二天星と同じように寝たままのパレットに名乗りを上げようとしたが、ソラはその時間を与えずに話を始める。どうやらまだ怒っているらしい。
「さて、どこまで話しましたかね。このホシゾラ立体農場がラカノン樹海とは別の場所に転移された模様であることは話しましたか?」
「初耳っす!」
それを聞いて、天使たちは初めて周囲の景色がラカノン樹海とは全く違うものになっていることに気づいた。そんな異常事態に気づかないほどに、膝枕事件の衝撃が大きかったとも言える。
最後まで残られたただ一人の御方、パレット。他の御方が御隠れになってから久しいが、彼が特定のシモベに対して特別な何かをしたことはここ数年なかったことだ。
四六時中この立体農場にいるわけではない。毎日のように来てくれるが、滞在時間はある時期から格段に少なくなった。だが、シモベたちはそれで良かった。ただいてくれるだけで良かった。そんな御方が寵愛を与えたのだ。他の異常が認識の外にあるは必然だった。
「言われてみたら、ラカノン樹海とは似ても似つかないですね。向こうには人工物も見えますけど、何ですかね、あれ?」
リンカの言う通り、彼女の視線の先には人工物が見える。見えると言っても、数十キロは離れているが。
「城壁かしら? やけに横に長いですわね……。どうやら向こうの方々もこちらに気づいたご様子。早急に対策を立てた方がよろしいのでは?」
遠距離攻撃を主体とするハヤは視覚強化の特殊技術も多数取得している。そのため、これだけ距離が離れていても障害物が見えなければ視認が可能だ。
「階層守護者の皆さまもお呼びするべきだと進言するである」
『じゃあ他の十二天星も呼ぶか?』
「…………」
「だから何か言えよ! せめてジャスチャーでもしてくれ! 『俺、何か言いたいです』みたいなオーラだけ出してんじゃねえ!」
「姐さん落ち着くっす!」
この謎の現象が何者かによる攻撃なのかは不明だ。パレットがソラに出した指示を考えるに、御方のご意志ではないことは間違いない。しかし、放置を選んだということは危険度は低いと見るべきだろうか。否、迎撃を視野に入れていたことを考えれば緊急性がないだけで危険性はそれなりにあるべきだとする方が正しい。
「パレット様は先方から仕掛けてくるまで放置とのことですが、一応の通達と情報収集と警戒はしておいた方が良いでしょうね。私はこの通り動けませんので、現場指揮はジュウにでも頼みましょうか。ハヤとスケアとドブロクはここに。リンカとジャクチョとチョーカは各階層にこの事態を報告、階層守護者および補佐の十二天星を招集しておきましょう。御方が目覚められた時に、迅速にことに当たれるように準備しておくべきです」
ソラからの指示に、天使たちは異口同音に了解の意を示すのだった。