大悪魔の農場   作:逆真

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階層守護者と十二天星2

 では、これより第三回『ホシゾラ立体農場NPC作成会議』を開始しまーす。

 

「いえーい! 拍手です!」

 

 ん。ハイテンションなノリありがとう、すぱきゅー。

 

「いえいえ、それほどでもないですよパレット先輩!」

「すぱっちゃん。別にギルマスは褒めてないと思うよ。褒めていたとしてもそんなに過剰に喜ぶほどではないと思うよ」

「ギルマス~、さっさと始めようぜ」

 

 そうですね。じゃあ、前回までの会議のおさらいから始めましょう。前回いなかった人もいますし。

 

 我らラグナロク農業組合のギルド拠点、ホシゾラ立体農場のNPCは五段階の階級に分けることが決定しました。まあ、ゲームシステム的には階層守護者、領域守護者、その他のNPCで三段階なんですけどね。皆さん、フレーバーテキストにちゃんと書き忘れないようにお願いします。フレーバーテキストと言っても、神は細部に宿りますので。そのあたりに思い入れの差が出るものです。

 

 ああ、NPCの作成においてはこの会議で決まったこと以外は好きにしてもらっていいので。種族も職業も性別も装備も各個人のお好みでお願いします。最低限、アカウントをBANされない程度の常識は守ってくださいね。

 

 まず、一番上が階層守護者。階層ごとのエリアボス。うちは全部で七つ階層がありますので、各階層に一体ずつ。レベルは七体とも百で統一ってことで。

 

「一体で複数の階層を担当する場合もあるけど、うちはなし?」

「あー、それな。同じような内容の階層が複数ある場合ならいいけど、うちは各階層ごとに内容がバラバラだからな。あんまり映えないんだわ」

「一つの階層で何体かのNPCを階層守護者にするパターンもあるけど、うちは人数多いから、レベル百NPCを必要以上に増やすリソースないしねー」

「前回の会議で、誰がどの階層守護者を作るか決めてんだっけな」

「第一階層がやっちーさんで、第二階層が一平さん、第三階層がパレットさんで、第四階層が抹茶爺さん、第五階層がリリートンさんで、第六階層がアッチッチ・コッチッチさんで、第七階層がテラ・フォーミングさんだっけ?」

「どういうチョイスなんですか?」

「推薦とくじ引き」

「ちゃんと考えてきたかい、脳無しスライム。君みたいに気持ち悪いスライム作って貯水池を汚染させないでくれよ」

「てめえこそいかした奴を作ってんだろうな、変態オーク。役立たずの番犬なんざ作るんじゃねえぞ」

「何だって、この尊厳破壊フェチの腐れ外道」

「うるせえぞ、ロリコンペド野郎!」

「何でよりによってこの二人になっちゃったかなぁ!」

「しゃーねえだろ。リリートンさんも一平さんもギルドの貢献度高いからな」

「むしろ同じにしないとこじれる……」

 

 ん、静粛に。

 

「おまえのせいで怒られただろうが!」

「はあ? どう考えても君のせいなんですけど?」

 

 静粛にって言ったよな? 

 

「だってこの変態が」

「だってこの異常性癖者が」

「そりゃおまえだって言ってんだろうが!」

「やんのか、古典オタク!」

「あぁん!? 無理して取り繕った口調がはげてんぞ、無節操ミーハー!」

 

 黙れクズども……! ぶっ殺すぞ!!

 

「……ごめん」

「……悪い」

 

 一発目で聞いてくださいよ。そのへん、妹さんたちの方が聞き分けいいですよ、まったく。

 

 普通は次に領域守護者となるんですが、うちのNPCはこの領域守護者を三段階に分けます。まず、十二天星という黄道十二宮星座をモチーフにした領域守護者たち。レベルは九十から七十くらいで考えています。配置としては第七階層に六体で、他の階層に一体ずつですね。どの星座をどの階層に置くかはこれから考えていきまーす。

 

 そして、五穀衆。これは第一階層『農場』の領域守護者ですね。レベルは六十から五十ってところかな? 米、麦、豆、粟、黍をモチーフにお願いします。やっぱり農業組合なんて名乗っているギルドで農場なんてギルドホームですからね。第一階層には特に手を入れたいってことになりまして。あ、ちなみに発案者は秋田小町さんです。

 

「どもどもー。私と一緒に田植えしないかい?」

「米担当は小町さんで決定でしょ」

 

 ん、今回の議題はそこじゃないですけど、そこはもう決めちゃってもいいですかね。反対意見がある方は次の会議までに小町さんを超えるお米愛を掲げて来てくださいねー。

 

 その次に普通の領域守護者、そして領域守護者以外のNPCと続きます。

 

 今回の会議では、十二天星について色々決めたいと思います。誰が作るかもそうですけど、どの星座をどの階層に置くか。それから造形についても話し合いたいとは思うんですよ。

 

「造形?」

「ほら、同じグループで属性が被ったらまずいってこと。異形種ばっかりの中に人間が一人だけいたら異質じゃん」

「成程」

「でも十二星座なら、そのポジションにへびつかい座を置くのはありだろ」

「それいいな。おい、弟。前ギルマス権限でそれ採用してくれ。俺が作る。ついでに容量を割いてそいつを階層守護者以外の唯一のレベル百にしよう」

 

 相変わらず横暴だな、このクソ兄貴は……。まあ、面白そうだからいいけどさ。せっかく決めてた内容色々とぶち壊すのやめてくれない? テラさんからも何か言っておくれよ。

 

「え~、そんなライフも好きだからね、私は」

「俺も愛しているぞ」

 

 ん、それはご馳走様。アンタらが惚気る分、俺が苦労するんだってことは認識しておいてくださいね。俺がギルド長になったのもそのあたりがあるんだから。

 

 他に意見がある方は挙手を――

 

「はい、はいはいはい!」

 

 ……鉄人女さん、どうぞ。

 

「ショタ! ショタ作ろうよ、ショタ! 美少年! 美少年こそ世界の宝なんだよ! 笑顔がえげつないくらい可愛いタイプのゲキマブショタ作ろうよ、ねえ、むしろ作ってよ! パレットさんの腕なら私好みのショタだって作れるでしょう! 貴方の天才的な絵のセンスはこのためにあったんだよ。お肌ピチピチ、膝小僧つるつる、髪の毛ふわふわ、お目目キラキラ! 出来れば天使とか悪魔みたいな不老不死な種族でお願い! そして私にプレゼントしておくれよ! 美少年ぺろぺろさせておくれよ! ぽんぽんをすりすりしてあんよをくんくんしてほっぺをれろれろして耳をはむはむして鼻をがじがじして目玉をちゅーちゅーしたいんだよ! 現実でやったら犯罪だけど仮想現実だったら合法でしょ! むしろ仮想現実なら合法ショタ作れるじゃん私って天才かよ!」

「ひえ」

「早口すぎる」

「天才じゃなくて変態の間違いでは?」

「きっしょ」

「きもいっていうか、普通に怖いです」

「チューなら分かるけど、ちゅーちゅーって何だ。吸うな」

「しかも目玉って」

「歴史に名前を残す殺人鬼の発想やん」

「うへえ……」

「通報した」

「何でこの人、垢BANされてないんダス?」

「糞運営は仕事しろー」

「世も末だにゃ」

「やっぱ変態の妹は変態だな」

「星座ってことはギリシャ神話でしょ? ギリシャなんて美男子と主神の浮気の物語なんだから、星座をモチーフにしている以上は美少年でいいじゃん! むしろ十二体全員美少年にしようぜ! 星座戦隊美少年ズだよ!」

「ネーミングセンスひでえな!」

「あ、でも十二体で何かを統一させるのは面白いかも」

「被せるのを避けていたけど、逆に、みたいな?」

「ライフさんがへびつかい座を作るから、十二体には共通点があって、へびつかい座だけ仲間外れにしたらコンセプトとしては楽しくない?」

「ああ、いいな、それ! ギルド長、この案でどうでしょうか?」

 

 悪くないですね。反対意見あります? ……ないみたいなので、採用ということで。

 

「天星ってネーミングだし、種族を天使に統一とかどうよ?」

「個人的には精霊の方がいいかもだけど、天使の方がバリエーション作れるか」

「そうなると、ライフさん担当のへびつかい座は悪魔とか?」

「いや、そこは人間だな」

「……相変わらず、ライフさんは癖のあるチョイスを……」

「とりあえずショタは私が作る!」

 

 却下で。ギルマス権限で却下で。

 

「何で!?」

「これほど残当がふさわしい状況があっただろうか、いや、ない」

「俺、この前あったわ。リリートンさんで」

 

 あれは嫌な事件でしたね……。

 

「その話、詳しく聞かせるな」

「嫌な意味で似た者兄妹すぎるぜ」

「自由度高いと逆に決まらなくない? 大まかなコンセプト以外は自由にしていいって言うけどさ、割と重要なポジションのNPCが決まらないと他の細かい配置とかも決まらないんだけど」

「と、背景担当が申しております」

「トラップ担当も同じ意見です」

「どうせ何人かはギルド長にデザイン描いてもらうんだし、さっさと決めちゃおー。待たせると悪いよー」

 

 ……そうなりますか、やっぱり。いえ、いいんですけどね。でも俺に描いて欲しい人はできるだけ早くしてくださいね。俺も自分の分とか仕事とかありますんで。

 

「了解です!」

「天使なぁ。ゲームじゃ定番だけど何思い浮かべる?」

「やっぱり癒し系かな。看護師とかどうよ? 白衣の天使って言うし」

「なら服は白で統一しちゃおうか」

「私はむしろ死神って印象が強いかな。クールビューティーな子が欲しいかな」

「ちくわ大明神」

「球体はどうだろう? 何かの漫画で見た」

「和製天使ってことなら、天女作ってみたい」

「そもそも天使の外装の自由度ってどのくらいだ? 悪魔とかもそうだけど、結構いけたはずだよな」

「内臓っぽいのもロボっぽいのも大丈夫なはず」

「中世の宗教画だと基本全裸じゃね?」

「ちゃんと着てるのもありますよ」

「原典の聖書だと、サンダルフォンとかメタトロンってめっちゃでかいのな。限界まででかくしてみようや」

「皆は受胎告知で有名なガブリエルは男派? 女派? 天使には性別なんてない派?」

「それを聞いてどうするつもりですか、三日ナイトさん」

「いやいや、これは宗教的にも長年真剣に討論されてきた議題なわけでさ」

「待って。何かおかしなの混ざってなかった?」

 

 ん、んん、く、くくくく。

 

「どうした、愚弟。何を笑う?」

 

 いやさ、こうして皆がいると本当に嬉しいなって――

 

「しゅこー、しゅこー。何で緊急事態に熟睡してんだ、クソ親父! この熱々おしぼりを顔面で受け止めやがれ!」

「あづぁ!」

 

 

 

 

 

 

 ラグナロク農業組合ギルド長にして最後のひとり、パレットは、現状に混乱していた。混乱しすぎて逆に冷静になるほど混乱していた。混乱を表に出す余裕がなかった。時間差で脳みそが悲鳴を上げることが確定的なほど、事態は意味不明を極めていた。

 

 場所はホシゾラ立体農場第六階層『住居』にある領域『会議堂』。写真やテレビで見た国会議事堂を参考にして作った、ギルドに関する様々なことを会議するための場所だ。ギルドメンバー専用の部屋ということで、領域守護者は設定していない。NPCの巡回ルートにも入っていなかったはずだ。

 

 ギルドメンバーがログインしなくなってから全く使わずにいた、存在さえ忘れかけていたような部屋の議長の席に、パレットは座っていた。この椅子に座るのも随分ぶりだ。最後に座ったのは、あるいは最後に会議を行ったのは何年前だろうか。

 

 そして、椅子にも座らず床に跪く十九体のシモベを見る。議長用の席は高い場所にあるため、自然と彼らを見下ろす形になる。一部身体のサイズの関係で見下ろす形になっていない者もいるが。

 

 シモベ。NPC。かつてこの地を支配した同胞たちの置き土産。ただのデータであったはずの彼らが動き、話しかけてくる。処理しきれない感情を向けてくる。

 

「では皆、偉大なる御方に忠誠の儀を」

 

 ソラ・ゾディアックがそう取り仕切ると、端にいた三メートル近い巨体の老婆が声を上げる。

 

「第一階層『農場』階層守護者ガジュマル、御身の前に」

 

 ガジュマル。彼女が口にしたように、第一階層『農場』の階層守護者だ。種族はドライアード。職業は森司祭だったか。露出している部分は首より上だけで、袖や裾の長い貫頭衣で手足の先まで隠している。確か、手足は木の枝や根っこになっているはずだ。配置と能力の関係で、この中では最もプレイヤーを殺したNPC。そして、最も早くに完成したNPCであり、「長老」という呼び名がある。

 

(こいつ、第一階層だとフィールドとのシナジーもあって滅茶苦茶プレイヤーキラーなんだよな~。相性は悪くないけど生理的にあんまり戦いたくない相手だ)

 

 ガジュマルに続くのは、彼女の背後に控えていた少女。

 

「第一階層守護者補佐兼十二天星ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴ。御身の前に」

 

 十二天星の『おとめ座』。職業は吟遊詩人。コンセプトデザインは天女であり、中華圏の姫っぽい恰好をしている。「植物に音楽を聞かせると良く育つ」という豆知識によって、第一階層の配置が決定した。

 

(年齢は十代後半ってとこか? ガジュマルの近くにいると小さく見えるから正しい身長が分からん。いや天使に年齢の設定とかあんまり関係ないかもだけど)

 

「第二階層『貯水池』階層守護者ジャックス・ゴール。御身の前に」

 

 身長二メートルの強面の男。種族、自動人形(オートマトン)。顔は傷だらけで、右手はフック付きの義手、左足は義足。羽織っている真っ赤なジャケットの背中には、巨大な髑髏。武装はカトラスとピストル。見ての通り、海賊である。

 

(一平の奴、海賊好きだったからな。あ、そういえばあいつがオススメしてくれた『聖典』最後まで読んでなかったな。図書室の漫画コーナーに全巻揃っているはずだし、余裕があったら読むか)

 

「第二階層守護者補佐兼十二天星ニゲラ・ピスケス。御身の前に」

 

 十二天星の『うお座』。半透明の身体に内臓が透けて見える奇妙な生物だった。スライムの亜種と思われるかもしれないが、こんな見た目でも天使なのだ。数十年前に絶滅したクリオネという生物をモデルにしていた。職業は神官で、拘束系や転移系の魔法に長けている。

 

(クリオネって貝の仲間なんだよな? 別名が裸貝とかそんなだったし。クラゲとかなら分かるけど、どこらへんが貝なんだ……。いや、こいつは天使なんだけど天使にも見えねーわ)

 

「第三階層『獣舎』階層守護者ジュウ。御身の前に」

 

 白衣とガスマスクの青年。職業は指揮官系をベースに、医者(ドクター)魔獣使い(ビーストテイマー)を混ぜてある。この場にいる中では唯一の人間種であり唯一の人間。

 

 パレットにとっては最も特別なNPCだ。何故ならば、彼こそがパレットの作成したNPCなのだから。つまり、息子とも言うべき存在だ。つい先程、ソラの膝枕で眠っているところを熱々のおしぼりでたたき起こされた関係でもある。

 

(もっと穏やかな起こし方もあったはずだろー。文句を言うつもりはないけど。俺も同じような方法で兄と義姉を起こした経歴があるからな)

 

「第三階層守護者補佐兼十二天星マクラ・アリエス。御身の前に」

 

 十二天星の『おひつじ座』。毛玉だった。別に毛玉型の天使というわけではなく、毛玉としか表現のしようがないほどに髪の毛が長い天使だった。足元まで伸びているどころか、身長より長く床についている。顔どころか手足さえ髪の中に隠れていて、視認できない。髪以外で確認できる部位は翼だけだ。そのため、正確な身長も分かりづらい。種族は神官だが、ニゲラとは方向性が異なり、回復特化である。

 

(髪の毛の中身はショタだったっけ? それともロリだったっけ? とにかく、ちっちゃい事は覚えているんだけどな。鉄人女さんが興奮してたから多分ショタだろ)

 

「第四階層『工場』階層守護者バヌ。御身の前に」

 

 生きている火山とでも言えば良いのか。火山地帯に適応したトロール、ヴォルケイノ・トロールだ。特殊技術は解除しているはずなのに、パレットは彼から膨大な熱量を感じる。身に覆う鎧も彼の防御のためというよりは周囲への熱対策のように見えて仕方がない。大槌は建築物を破壊するための破城槌だ。

 

(何気に、この場にいる亜人種はこいつだけだよな。バヌとジュウを除いた全員が異形種になるんだよな、俺も異形種だけど。NPC全体的に見ると亜人種や人間種もそれなりにいたよな。五穀衆は亜人種ばっかりだったはずだし)

 

「第四階層守護者補佐兼十二天星ジャンボマン・タウラス。御身の前に」

 

 十二天星の『おうし座』。名前の通り、巨大な天使だった。トロールのバヌと比較しても遜色がないほどで、ガジュマルを除く全員が小さく見えるほどだ。全身鎧を纏う聖騎士。その背中から出ている翼も、心無し他の天使よりも筋肉質に見える。

 

(こいつに関しては何かひどい設定があったような覚えがあるんだけど、何だっけ? 覚えてないってことは他と比べてそんなに印象的じゃなかったか、よっぽどひどかったかになるんだけど……。うん、気にしないようにしよう)

 

「第五階層『倉庫』階層守護者ガンリュウ。御身の前に」

 

 本差と脇差、着物に下駄の和風の青年。血が引いたような白い肌に、血走ったような赤い瞳。彼が人間ではなく、吸血鬼たる証明だ。足元には畳んだ和傘を置いている。

 

 ジャックスの製作者一平とガンリュウの製作者リリートンは仲が悪かった。ことあるごとに喧嘩して、そんな二人を仲裁したものだった。この場に集まった時も、お互いを一瞬にらみ合ったことをパレットは見逃さなかった。

 

(ぶっちゃけ、この場にいる中では一番の正統派イケメンだな。他の男は顔を隠している奴とバケモノと色物しかいねえや)

 

「第五階層守護者補佐兼十二天星ミシェル・キャンサー。御身の前に」

 

 十二天星の『かに座』。カジュアルな現代風服装の少女の手には、不釣り合いな長い槍。コンセプトは「人の世にまぎれて魔を討つ美少女天使」だったか。基盤となっている職業は飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)

 

(地味に名前で揉めたんだよな。ミシェルってミカエルのフランス読みだから。かに座にその名前を背負わせるのはどうなのって。結局、兄貴の『他の十二天星には天使っぽい名前の奴がいないんだから良いだろう』って鶴の一声で片付いたんだけど)

 

「第六階層『住居』階層守護者、芥山(あくたやま)。御身の前に」

 

 スーツ姿の恰幅の良い壮年男性。第一印象は社長。ただし、これは彼の持つ姿の一つでしかない。正体は、物理的な意味で五つの姿を持つ二重の影(ドッペルゲンガー)。職業は精神系魔法職の五行使い系で、各外装は五行に合わせたものになっている。

 

(他の外装は確か……ショタと青年とニューハーフと仙人だっけ? 濃すぎるぜ)

 

「「第六階層守護者補佐兼十二天星ツインカーメン・ジェミニ。御身の前に」」

 

 十二天星の『ふたご座』は、二つの口で同時に名乗る。彼は首から上の顔が二つあり、片方は若い黒髪の老人で、もう一つは金髪の青年。十二天星の中で唯一の四枚二対の翼をもつ。四本ある手の内、二本は片手剣を、もう二本は杖を持つ。対悪魔・アンデッドを得意とする魔法剣士。

 

(こいつが一番バケモノ感というか忌避感が強いな。顔が二個あるのと腕が四本あるのを除けば普通の天使なのに。完全な非人間型より怖いのは人形の恐怖に近いものがあるな)

 

「守護者統括ソラ・ゾディアック。御身の前に」

 

 美しき人狼。いまのパレットには少々顔を合わせるのは気まずい相手だった。夢だと思ってやったことの恥ずかしさを顔に出さないようにするので精一杯だった。

 

(クッソ。改めて超好みの美女。……そりゃそうだよね! いま思い出したけど、あの義姉、俺の秘蔵コレクションを参考にしてこいつの外装作ったんだった! 義弟のパソコンを勝手に見るな!)

 

 ソラに続いて、第七階層に配置されている十二天星が順に名乗る。

 

「十二天星、チョーカ・カプリコーン。御身の前に」

「十二天星、スケア・クロウ・リブラ。御身の前に」

『十二天星、ドブロク・アクアリウス。御身の前に』

「十二天星、ジャクチョ・スコルピオ。御身の前に」

「十二天星、リンカ・レオ、御身の前に」

「十二天星、ハヤ・サジタリウス。御身の前に」

 

 結界を張る銀髪ロリ、探知機な案山子、広範囲破壊兵器の球体、暗殺者なミイラ男、ステゴロ特攻服、弓矢使いの令嬢とバリエーションは豊富だ。

 

(あ~、懐かしいわ。皆と試行錯誤してNPCを作った日々を思い出す。……同時に、皆から色々と協力させられた日々を思い出すぜ。特にハヤとリンカ。製作者同士がやたら張り合って大変だった……)

 

「『牢獄』領域守護者ネハン・オフィウクスを除き、各階層守護者および十二天星、御身の前に参上仕りました」

 

(流石にネハンはいないか。兄貴の子だから会っておきたかったんだけど。あいつ、『牢獄』の守護者だけど囚人って設定なんだよな。しかも犯した罪のせいで皆から嫌われているっていう。もし設定通り嫌われているなら我が甥ながら不憫だな……)

 

「我ら、御身への忠義と敬愛を此処に誓います。どうかご命令を、我らが王パレット様」

 

 十九の頭が一斉に下げられる。

 

 そこに込められた感情を一身に受けて、当のパレットは泣きたくなっていた。

 

(兄貴、義姉さん、ギルメンの皆……助けて! こいつら、重いよ! 俺だけにこんな苦行を味わわせないで! 何でこいつらは俺にこんなクソデカ感情向けてくんだ! ログアウトしたいけどできねえし!)

 

 このような経験、現実世界ではあるはずもない。空気が物理的に重いような気さえしてきた。彼らが主人として仰いでくる以上はふさわしいように振る舞うべきという使命感の一方で、小市民的な部分が逃亡ルートを模索していた。

 

(現状として一番に認識すべきなのは、ゲームが現実化したって点だ)

 

 有り得ない。有り得ないことだが、どうやらその有り得ないことが現実であると認めなければならないようだ。実際にそうなっているのだからそこに思考を挟む意味はない。

 

 どうやらあの時――あの日付が変わって聞けるはずのなかった鐘が鳴っていたあの瞬間、すなわちユグドラシルが終わるべきだったあの瞬間から、ゲームは現実化していたようだ。

 

 NPCたちはプログラムでは説明がつかないほどの言動をし、仮想現実では有り得ないはずの明確な痛覚や嗅覚が機能している。コンソールは出ず、強制終了もできない。GMコールもできない。勿論、ギルドの仲間や知り合いのプレイヤーたちとの連絡も取れない。……これに関しては仲間たちがこの世界にいないだけなのか、連絡を取るのに条件が必要なのか検証の必要がある。

 

 しかも、どうやらこの場所は本来ホシゾラ立体農場があるべきはずのラカノン樹海とは全く違った場所のようだ。下手をしたらユグドラシルではない可能性もある。

 

 この場に転移してきたのが誰かの思惑なのか。何の目的があるのか。分からないことだらけだ。そんな中で呑気に美女の膝枕で寝ていたらそりゃ息子に乱暴な起こされ方もする。むしろ熱湯を直接かけてこないあたり温情だろう。

 

(こうなったら、今やるべきことは、現状の把握だな。これに尽きる。というか、この場をさっさと解散させてこいつらを仕事場に戻した方がいいよな、絶対)

 

 幸いにして、この農場のNPCたちは優秀だった。自分が惰眠を貪っている間に警備体制は出来上がっており、敵襲があった場合にはすぐさま対応が可能だという。こうして各階層の責任者と副官が現場を離れていられるのもその甲斐あってのことだろう。正直、緊急事態なのに責任者と副官が同時に会議室にいるのは何のために副官を置いているのか分からなくない? とは思わないでもないのだが、パレットにそれを突っ込む資格はないだろう。あまり無責任なことばかり言うと息子から愛の鞭が飛んでくる。

 

「頭を上げな」

 

 ドラマや漫画で見た『支配者』の像を思い起こし、必死にそれらしい行動を取ろうと努力する。

 

 パレットが言うなり、まるで練習をしていたかのように一斉に顔を上げる階層守護者と十二天星。その真剣な眼差しがパレットに集中する。その圧に怯みかけるも、どうにか取り繕う。

 

「まず、こうして集まってくれたことに感謝させてもらう」

「感謝など不要でございます。我ら御方の手足となること、我らの存在意義ならばこそ。至極当然のことでございます」

 

 何それー、大げさー、とおどけたくなる衝動を堪えて、パレットは続ける。

 

「では、各員の認識を共有させておこう。いま、このホシゾラ立体農場に起きている『異常』がどのようなものなのか……そうだな、チョーカ。おまえはどう認識している?」

「え、うちっすか?」

 

 突然の名無しに狼狽するチョーカ。周囲の空気が微妙に変わる。その変化に込められたものが何かはいまいち不明瞭だが。

 

 悪いことをしたかな、とは思うパレットだが、自分の思う『異常』と彼らの考える『異常』に差があった場合、その差に注意することは重要な課題になってくる。現在は彼らは自分に攻撃の意思はないようだが、これからもそうだとは限らないのだから。地雷はどこに埋まっているか分からない。ここにいる全員、こちらをよく知っているだけの、初対面の他人なのだから。

 

 チョーカを選んだのは、単純に話しやすそうだったからだ。コンセプトが「舎弟」なだけはある。

 

「えっと、そうっす……そうですね。まず、本日零時前後、このホシゾラ立体農場はラカノン樹海とは別のどこかに転移しました。理由は、その、申し訳ありませんが不明です」

「ふむふむ。いや、分からないなら分からないでいいんだぞ? 自分が何を分かっていないかを理解することは問題解決の一歩だ。……それで、他に何か昨日までと違っていることはないか?」

「も、申し訳ありません。うちには分からないです」

「重ねて言うけど、別にそれでいいんだぞ。……ちなみに、チョーカはそのあたりの時間帯、どこで何をしていた? 誰かと一緒にいたりしたのか?」

「リン姐さん……リンカの領域である『メインホール』に。スケアやドブロクと一緒にいました。あ、ちょうど鐘が鳴る頃にはハヤもいました」

「ん。参考になった。ありがとうな」

「滅相もありません!」

 

 やはりと言うべきか、NPCたちは昨日から急に自分たちが動けるようになった、とは認識していないようだった。一つの階層内を巡回するように設定されたNPCは何体かいるが、チョーカもスケアもドブロクもハヤもこの中には含まれない。全員、自らの守護する領域から離れることはできないはずだ。

 

 哲学じみてくるが、彼らと自分では認識している世界線が違うのだろうか? イデア論の部類だ。そのあたりに詳しかったギルドメンバーのうんちくをもっと真剣に聞いておくべきだったか。

 

「ちなみに、ここがどういう場所なのかは分かってはいるのか?」

「不明です」

 

 ソラからシンプルに返答された。

 

「強いて言うなら、件の城壁には人間しか確認されていませんので、あの城壁の向こう側には人間の国が広がっているのではないかと予測されています。また、城壁の反対側に丘陵地帯が広がっています。丘陵地帯の中には、いくらかの亜人の群生地が確認されました」

「亜人?」

「はい。蛇身人(スネークマン)小鬼(ゴブリン)人喰い大鬼(オーが)洞下人(ケイプン)など多種におよびます。御身の許可をいただいてからと思いまして、本格的な調査はまだでございますが……」

「ん。それでいい」

 

 つまり、城壁側の人間からも丘陵からの亜人からも接触はないということだろう。この規模の建造物が突然出現したのだ。気づいていないということはないだろう。転移してきたのは夜中だが、すでに夜は明けて太陽が出ている。

 

 そして、プレイヤーからの接触もない。近くにギルド拠点のようなものもないということか。あの万里の長城の如き城壁は違うだろう。あそこまで横に極端に長いギルド拠点などあったら話題になるはずだが、覚えがない。

 

「都市のど真ん中とかに出現しなかっただけ良かったと考えるべきかな」

 

 そうなったら都市に駐在している軍隊やそれに準ずる組織と一戦交えていたかもしれない。流石に人死にが出たらまずい。落としどころが一気に悪いところに傾く。……否、この考え方は危険だ。こちらが勝てる前提で思考するべきではない。

 

「……実際、戦ったらどうなるんだ?」

 

 自分たちはこの世界においてどの程度の立ち位置にいるのか。ユグドラシルであれば、自分は上位の下の方にいた。だが、上には上がいる。上位ギルドのガチ勢には勝てないだろう。まして、ラグナロク農業組合は自分しかいない。NPCも自由に動けると言っても、その条件は自分以外にも当てはまる。

 

 パレット自身も合わせて、レベル百は七人の階層守護者+1の九人。例えばワールドエネミーのようなレベル百が三十六人いても勝てるか分からないような怪物に襲撃されたら、勝ち目はない。傭兵モンスターなども駆使すればある程度なら撃退できる自信があるが、人数にも回数にも時間にも限界はある。比較的籠城戦向きのホシゾラ立体農場ではあるが、援軍が全く期待できない状況下でどの程度戦えるか。

 

 まさか、かの『大侵攻』のような大群の襲来があるとは思えないが――。

 

「ん、考えても仕方ないか。おい、ソラ」

「はっ!」

「あの城壁の方にコンタクトを取ってみたいと思う。準備しておいてくれ」

「なっ!? 御身御自らですか?」

 

 ソラだけではなくその場にいたほぼ全員が驚いた。しかし、それが最善だ。正直なところ、NPCたちに交渉を任せても不安なだけだ。彼らの能力も人格もまだ信用できるほどに彼らを知らないのだから。まして、プレイヤーと交戦になった場合、彼らが最善の選択をできるとはどうしても思えないのだ。

 

「ダメか?」

「御身に何かあれば、いえ、しかし、それが御身のご意志ならば……」

「――ダメに決まってんだろうが、このクソ親父。考えてから物を言え。しゅこーしゅこー」

 

 ……ソラが苦悩しながら言葉を選んでいると、ジュウがぶっきらぼうな口調でそう進言してきた。ガスマスクのせいで話しづらいのか最後に変な呼吸音が混ざっていたが。

 

「やめろよ、バカ息子。可愛い息子からそんなこと言われたらパパ落ち込んじゃうぞ!」

 

 偉そうな口調で取り繕うとしたが、色々と堪えていたものが溢れ出した。所詮、庶民の生まれである。被支配階級で二十年以上生きてきた男である。美人や怪物たちから重すぎる忠誠心を向けられて演技を続けるのにも限界があった。

 

 知らない他人ではある。だが、同時によく知った息子だ。血は分けていないが、実の子だ。未婚の童貞状態でまさか息子ができるとは思っていなかったし、つい先日まで絵に描いた餅だったはずだ。だが、ひとたび会話すれば愛着も生まれる。

 

 早い話、「クソ親父」呼ばわりが思ったよりダメージになった。ポーカーフェイスも限界を迎えた。

 

「うるせえ。しゅこー、しゅこー」

 

 ばっさりだった。

 

「俺が行く。いくら親父でも文句は言わせない。いいな?」

「言わせないじゃなくてな――」

「いいって言わないとパパのこと嫌いになっちゃうぞ?」

「任せた! もう全部任せた! あ、先に言うけど、そういうの、今回だけだからな!?」


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