城壁は鐘の音が聞こえてきた時と同じかそれ以上の緊張状態にあった。
竜を連れた謎の一行はゆっくりと、緩慢な足取りで近づいてくる。まるで此方の反応を待っているかのようだ。城壁全体への通達に余裕ができるのは有利だが、うすら寒いものを感じないでもない。全ての兵士が固唾を飲んで一行の一挙一動を監視する。
「射ちますか?」
「止めろ。しかし、射線は取れるように移動を開始しろ。そして俺からの命令を待て」
そんな兵士のひとり、パベルは過去の経験や知識から亜人らしき者たちの分析を試みる。
並びの順番は、白い服を着ている者を先頭に、翼付きの少女と毛玉、そして竜とそれを引く少女といった具合だ。
丘陵地帯を迷った一団が命からがら城壁に助けを求めに来た、という風情には見えない。あまりにも足取りに余裕がある。
人数は四人と一体と数えるべきなのか。それとも、三人と二体と見るべきか。
悩むのは翼を持つ毛の塊だ。あれが果たしてモンスターなのか亜人なのか微妙なところではある。無論、どちらにしても聖王国の敵には違いないのだがモンスターと亜人では知性や特殊能力などに差がある。このような差は思わぬところで勝負の行く末を左右するものだ。
一行の中で最も目が行くのは、やはり最後尾にいる黒い竜か。
パベルも竜など滅多に見たことがない。家族旅行で行ったリムンで遠目に「海の守り神」と言われるシードラゴンを見たことがあるくらいだ。竜を初めて見た娘がその偉大さに圧倒された記憶は鮮明だ。そして、あの黒竜はシードラゴンよりも確実に上にいる。パベルは自分の人生で見てきたあらゆる生物の中で最も強いと断言できた。オルランドの言葉ではないが、個人ではなく軍隊で戦うような存在だ。
あんなバケモノ、人が戦うべきものではない。あるいは、伝説に語られる十三英雄ならば話は違うのかもしれないが。
竜は最後尾を歩いているが、手綱を引いている少女に大人しく従っているようだ。少女はパベルの娘と同年代の人間の少女のように見える。しかし他の亜人たちに無理やり従わされている様子ではない。
時折、竜は少女にじゃれつくように頭部を擦り付ける。手綱に引かれる姿も相まって、よく人に慣れた馬のように思えてしまう。あの懐き具合がマジックアイテムによるものなのか、それとも餌付けなどで本当に慣れているのかは判別がつかない。
あれほどの竜を従えているのならば何かの噂で聞いているはずだが、それはない。無論、表舞台に出て来ることのない裏社会ならば可能性はあるが、こうして多くの兵士に姿を晒している以上それはない。
先頭を歩くのは頭部が黒く、白い服を来た者だった。あれが顔なのか仮面なのかは分からない。しかし、どうにも作り物っぽい感じがする。顔だけではなく頭全体を覆っているようだし、仮面というよりは兜に近いのかもしれない。あまり防御力があるようには見えないし、白い服も鎧ではないようだが。
しかし、白い服も注目すべき点がある。遠目から見ても仕立てがよく、文化レベルの高さを窺わせた。これは竜を率いている少女や翼付きの少女も同じようだ。文化レベルの高い亜人は厄介であることを、パベルはよく知っていた。
……そして、ある意味で最も注視すべきなのは翼付きの少女だった。最初はハーピーかセイレーンなのだと思っていた。しかし、近づくにつれ、彼女の頭上に光輝く輪が見えてくる。輝く輪に、純白の翼。
(あれではまるで、物語に語られる天使だ)
パベルは魔法で召喚された天使を見たことがあるが、もっと無機質な存在だった。しかし、此方にやってくる少女はまるで人間のようで、それでいて人間には有り得ない美しさを放っている。天使なわけがないと思考を切り替えようとするが、心のどこかで引っかかる。
自陣の空気は揺らぎに揺らいでいた。恐怖、動揺、不安。
城壁まであと五十メートルといったところで、離れた場所で大声が発せられた。
「そこで止まれ! ここより先は聖王国の領土である! 貴様ら亜人どもが来てよい場所ではない! 早急に立ち去れ!」
この大砦の責任者、聖王国に五人しかいない将軍位につく男だ。彼の声は下腹にまで響く。
亜人の一行は何やら話し合った後、先頭の仮面白衣が一歩前に出る。
「おーい!」
若い男の声だった。これだけの距離があるのにパベルの耳にもはっきりと届いた。別に大声で話しているわけではない。だが、どういうわけか男の声はすぐ正面で会話しているかのように明確に聞き取れる。
「初めまして、えーと、軍人様? 私はあそこに見えるホシゾラ立体農場を支配するラグナロク農業組合にお仕えしているジュウと申します。そこからで良いので話を聞いてもらえませんでしょうか?」
もしかしたら建造物とは無関係かもしれないという懸念はこれで晴れたが、別の疑問と対面することになった。
「ラグナロク農業組合?」
どう考えても個人の名前ではなく集団の名称だ。それが彼らの所属している組織であり、あの建造物の主人なのだろう。聞いたこともない組織の名前だ。しかし、問題なのは既知か未知かではない。未知である可能性は考慮していたし、欺瞞である可能性もあるからだ。
だが、「農業組合」とは何だ。「農場」とは何だ。まさかとは思うが、あの建造物の中には巨大な畑でもあるというのか? 箱を積んでいるような形状である以上、太陽の光など入りようがないはずだ。
「話だと? では、貴様らは何のためにここに来た!」
「情報収集ですかね。いや、私たちとしてもこの場にいることは意味不明な事態でして。本来、ホシゾラ立体農場はミズガルズのラカノン樹海にあるはずなんですよ」
ミズガルズ。ラカノン樹海。おそらくは地名なのだろうが、やはり聞き覚えのない場所だ。しかし、話半分に聞いておくべきだろう。依然として、出まかせの可能性は高い。
「信じられないでしょうが、謎の転移に巻き込まれたというわけでして。それで、先に聞いておきたいんですが聖王国というのはユグドラシルのどこにあたるんでしょうか? ここもミズガルズのどこかですか?」
察するに、ユグドラシルは国名で、ミズガルズは地方の名前で、ラカノン樹海というのはその名の通り樹海だろう。もしもあの男の言うことが本当であった場合の話だが。
「ここはローブル聖王国! そのような地名に覚えはない! 再度繰り返す。早急に立ち去れ!」
「ローブル聖王国、ね。確かに覚えた」
その相槌から、本当にローブル聖王国の名前を知らなかったことを理解する。それだけでは正体など分からない。もっと会話であの建造物の情報を引き出して欲しいところだが、あの将軍にそのような腹芸ができないことは分かっている。
万が一にも竜が暴走しても被害が出るだけだ。ここは大人しく帰ってもらうことが最善である。大人しく将軍の言葉に従うとも思えないが。それこそ、いざとなれば護国の意志を見せつけるだけだ。
そんなパベルの、あるいは城壁にいる兵士全ての心を見透かしたように、男は言う。
「じゃあ、帰りますね」
周囲から、え、という声が漏れる。パベル自身の口から出たわけではないことは確かだが、気持ちは分かる。
それどころか、男の周囲にいる者たちでさえその言葉が心底意外だという表情をしている。それでも反対意見を出すような素振りはしない以上、あの男があの集団のリーダーだと考えて良いだろう。それも、明確な決定権がある。
「ああ、最後に一つだけ 私の父から伝言です」
この状況で父親という言葉が出た以上、その男はあの建造物の支配者――先程出た「ラグナロク農業組合」なる組織の統率者であり、この男はその息子ということになる。トップの子ともなれば決定権があるのも必然。また、こうして接触を任されたのも立場あってのことなのだろう。
「『昨晩は騒音を響かせて申し訳ありません。鐘の音は止めておきます。謝罪はまた後日正式に』だそうです。それでは今度こそ」
それだけ言うと、男は踵を返す。どうやら本当に帰るようだ。他の亜人たちも後に続くが、時折此方に振り返って、不承不承の様子だ。
このまま帰して良いのか、矢を放つべきか、パベルは迷う。本当に帰るのだとしても、帰しても良いのかどうか。戦闘を避けるのならば帰すべきだ。情報収集の必要性がある。急所を外す形で射り、捕獲するべきだ。盾も鎧も持っていない以上、パベルの腕前があれば命中させることは簡単だ。
しかし、考慮すべきはやはりあの竜だ。マジックアイテムで使役しているにしろそれ以外の手段で支配しているにしろ、下手に攻撃すれば竜で反撃を受けるかもしれない。飛行が可能な以上、城壁に意味はない。城壁の強度も竜の攻撃に耐えられるとは思えない。
これが単なる亜人の軍勢が相手であれば話は違うのだ。数には数で対抗できるし、指揮官を仕留めれば動きは鈍くなり連携は瓦解する。無論、パベルやオルランドのような実力者がいる部隊の活躍が前提となった話になるが。民間から徴兵された兵士では人間より能力の高い亜人相手には勝てない。そして、あの竜は一体で亜人百体の群れよりも強い。
仮に竜と戦闘になった場合、パベルが狙うべきは翼だ。試してみなければ分からないが、鱗に矢が通るかは難しいところだろう。ならば、飛行能力を奪うべきだ。空中から炎で攻撃されれば、多くの兵士たちでは対応のしようがない。オルランドのような凄腕の戦士でも刃が届かなければ意味がないのだから。流石にいくら竜が頑丈と言っても、パベルの矢に耐えうる翼を持つとは想像しづらいが――
ドスン、という音がしてパベルは思考の海から意識を戻す。音のした方を見れば、オルランドが城壁の外にいた。おそらく飛び降りたのだろう。ゆっくりと立ち上がる。
「おいおい、突然やって来て『用事が済んだから帰ります』はねえだろう!」
パベルが悩んでいる時間はほんの二三秒だったが、オルランドは考える前に行動してしまったといったところか。その行動力に呆れつつも、部下たちにオルランドの支援を指示する。砦にいる全員がオルランドの一挙一動に固唾を飲む。
亜人の一行はぴたりと足を止め、両手に剣を抜いたオルランドに振り返る。
「いや、だって、『早急に立ち去れ』とか言われちゃったし……。親父からも一回帰って来いって……」
白衣の男は若干困ったような口調で告げる。先程の取り繕ったような喋り方ではないため、素のようだ。どうやら本気で帰るつもりだったらしい。というか、オルランドの言動にかなり困惑しているようだ。
「……しゅこー、しゅこー。何だよ、引き留めやがって。殺す気なら無言で背後から狙えばいいだろうが。そうしてくれた方が、こっちも遠慮なくやれるんだけどさ」
「生憎、俺はそういうことができねえ男でね。それより、おまえ
オルランドが右手に持った剣の切っ先を白衣の男に向けて言う。
それはパベルも思っていたことだ。最大の脅威は巨大な竜であり、それを従わせる少女、天使のような少女、謎の羽毛玉といった面子の中では最も目立たないが、あの白衣は強い。理屈ではなく何百という亜人を射殺してきた戦士の勘である。
「ん。何言ってんだ。俺は弱いよ」
肩を竦めて白衣は否定する。短い言葉であったが、そこには自嘲があり自虐があった。しかし同時に自負も感じられた。
「少なくとも、同じ階級の連中と比べたら最弱だぜ」
「はっ! おまえで最弱ならその連中はどんだけ強いんだろうな! まあ、俺が言いたいのはだ。――帰る前に俺と戦っていけよ!」
「ん? 一騎打ちのお誘いってことか。いいよ」
先程までの言動から断るかと思ったが、白衣はすんなりと承諾する。ぐるぐると両肩を回しながら、拍子抜けしたオルランドに歩み寄っていく。
「意外だな。おまえみたいなタイプは一回断るかと思ったが」
「よく言われるんだが、意外と血の気は多くてね。せっかくだから、俺が勝ったら、おまえを親父のところに連れて行くぞ。先に喧嘩を売ったのはそっちだ」
「やってみろ!」
■
三十分後、ホシゾラ立体農場第六階層『住居』領域『応接室』。
「で、連れて来たわけか」
「ダメだったか?」
「初手で大勢の目の前で捕虜確保はちょっとなー。分かってやっただろ」
「うん。てへぺろ。しゅこー、しゅこー」
「このバカ息子☆」
「ぐへー」
「…………なあ、あんたら一体何なんだ?」
つい先程目を覚ましてこの部屋に連れて来られたばかりのオルランドからの質問に、ジュウにチョークスリーパーをかけているパレットは答えた。
「ああ、大変申し訳ありません。お客様の前で失礼でしたね。私は――」
「無理に丁寧な対応をしてもらわなくてもいいんだぜ? 俺は戦って負けてここにいるんだから捕虜みたいなもんだからな。逆に気遣ってもらう方がむかつくってもんだ」
それこそ、オルランドの方が無礼千万な話し方ではあったが、パレットは気にせず、咳ばらいを一つした。
「俺の名前は、パレット。ラグナロク農業組合ギルド長にして最後のひとり。そして、このホシゾラ立体農場の、えーと、代表取締役ってところかな」
「俺はオルランド・カンパーノだ。……なあ、あんたがここじゃ一番強いってことか?」
「少なくとも、貴方の視界にいる中では」
オルランドは沈黙する。そして、周囲を観察する。猪突猛進を絵に描いたようなオルランドにしては珍しく色々と考えていた。考えるしかなかったとも言う。
それほど大きくはない部屋だ。他の特徴としては窓がない。部屋にある机や長椅子、絨毯、花瓶に至るまでありとあらゆる家具がその手の知識に興味もないオルランドでも分かるほどに高級品であることは分かる。棚に置いてある小物ですらオルランドの武器よりも価値がありそうだ。そこらの貴族どころか王族の屋敷さえ上回るのではないだろうか。
室内にはオルランド以外は三人。
オルランドをぶちのめしてここまで連れてきた男ジュウ。頭部か被り物か分からなかったが、どうやら被り物だったようだ。相変わらずつけたままだが。
次に、先程名乗ったパレットという男。ジュウの父親らしいが、それにしては若く見える。ジュウの素顔を見ていないので確かなことは言えないが、親子という年齢差があるとは思えない。下手をすればオルランドより年下だ。贅の限りを尽くしたようなローブを着ているが、腰には剣――鞘に収まっている状態でもかなりの上物だと理解できるほどの一品――を佩いている。おそらくは剣士か、魔法剣士。
最後のひとりは、オルランドをこの部屋に案内した独特な衣装を着た少女だった。そこらの貴族令嬢が裸足で逃げ出すような美少女である。城壁に現れた竜を連れていた少女とも翼と輪のあった少女とも違う。手にはこれまたオルランドの知らない弦楽器。彼女は扉近くの壁に寄りかかり、考え事でもしているのかじっと宙を見つめていた。
「なあ、俺をどうするつもりだ?」
パレットは面倒臭そうに頭をかく。本当に困ったような顔をしていた。
「本当はこのまま帰ってもらってもいいけど、気絶させて連れて来てそのまま帰すのも悪い。軽く世間話に付き合ってくださいな。あ、お腹減ってます? ご馳走しますよ」
「……ああ、せっかくだから頂くぜ」
「ではそのように。ポッポ、そういうわけでお客様に食事を。あ、何か食べたいものあります?」
「任せるよ。何か注文つけられる立場じゃねえからな」
毒入りの食事を出す気ならばこのような対応は最初からしていない。それに、これだけ贅沢な調度品を持っている者たちだ。それなり以上のものを食べさせてくれるだろう。強者と戦って自分が強くなることにしか興味がないオルランドではあるが、食欲に関してはまた別の話だ。兵士用の腹を満たすためだけの食事以外のものもたまには食べたいものだ。
楽器持ちの少女が退室すると同時に、オルランドは気になっていたことを訊ねることにした。
「なあ、俺はどう負けた後、どうなった?」
覚えていないわけではない。確認のためだ。
謎の建造物の方角からやってきた謎の(おそらく亜人の)一行。実際に建造物の所属だと名乗り、将軍と少しの会話をして帰ろうとした。オルランドが城壁から飛び降りて戦うことにしたのは、勿体ない気がしたからだ。正直、自分がしくじれば竜によって兵士が殺戮されるかもしれない、なんて考えはなかった。だからこその一騎打ちの申し込みだった。
思い出すのはあまりにも明確な敗北。
オルランドは両手に剣を持ち、ジュウに斬りかかった。オルランドはジュウが強者であることは体幹や殺気に微動だにしていないことで分かっていたが、どのような戦い方をするかまでは見抜けていなかった。だからこそ、初撃は様子見の回避されることを前提の攻撃だった。
だが、ジュウは避けなかった。オルランドに斬りつけられて流血した。最初は自分の見込み違いかと思った。しかし、直撃したにも関わらず全く手応えのないことがそれを否定した。そして、ジュウの口から失望とともに放たれた一言。
――この程度か。残念だ。
わざと受けたのだ。聖王国九色に数えられる自分の攻撃を、たとえ本気ではなかったとはいえ「この程度」だと断じたのだ。
その発言を撤回させてやると刃を振るったが、剣を素手で受け止められた。最初の一撃とは違い、自分の実力を示すための本気を込めた刃が、五本の指だけで止められた。一応、ジュウの手には防具がつけてあったが、金属どころか布でできたものであり、それ自体に防御力があるようには見えなかった。
あまりの次元の違いに笑ってしまうところだった。頭が現実についていけないうちに、一撃をもらった。否、身体中に痛みが走ったため、本当は一瞬で数発受けたのかもしれない。とにかく、格が違った。その格の違いを頭や身体で理解する前に意識が堕ちた。
気が付いたらベッドの上で、この部屋に案内されて今に至る。
オルランドの質問にはジュウが答えた。
「アンタを気絶させた後のことか? アンタを夜刀丸に乗せて帰ろうとしたんだけど」
「やとまる?」
「黒い竜がいただろう? あの子の名前だ」
竜をあの子呼ばわりとは。幼少期からこの連中が世話を見ていると考えて良いのだろうか。マジックアイテムで支配している可能性は低いかもしれない。
「で、帰ろうとしたんだけど、矢は飛んでくるわアンタの部下らしき奴らはアンタを奪い返そうと次々城壁から降りてくるで大変だったんだぜ」
「そうかい。そりゃ嬉しいね。あいつらや旦那が俺の身を案じてくれたわけだ」
そうなってくると問題なのは彼らの安否だ。オルランドの考えを察したのか、ジュウは勿体ぶることもなく告げる。
「誰も殺してねえし、誰も傷つけてねえ。こっちも誰も怪我してねえ。そのくらいの実力差はある」
「そうはっきり言われるとショックだね」
「あぁ?」
オルランドの軽口に反応したのは、パレットだった。それまで静観していた時とは一変して、目に剣呑な色が宿る。歴戦の戦士であるオルランドをして、震えが止まらなくなるほどだ。
「ショックを受けられていることにショックだな。てめえ、俺の息子たちを舐めてんのか? 俺たちとアンタでどんだけレベル差があると思ってんだ。身の程を弁えろ」
「……一応、俺は聖王国じゃ名の通った戦士なんだけどね」
自分より強い戦士がいることは理解しているつもりだった。聖王国内だけでも、パベルだけではなく、聖騎士団の「白」や最高司祭といったオルランドより強い者はいる。他国で言えば、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフや噂で聞く秘密工作部隊の六色聖典。人間以外でも、豪王バザーに圧倒された経験がある。しかし、その認識でもまだ甘かったということか。自分が知っていたのは、小さな井戸だったということか。
「そう、それが聞きたかったんだ。ローブル聖王国だっけ? アンタ、国内でどんだけの地位にいるんだ? 社会的な地位と実力的な地位の二つで答えてくれ」
「聖王国九色の一色を先代聖王から戴いた男だよ、俺は。まあ、あんたらには何のことか分からないんだろうけどさ」
「……え、もしかして、この国だと上位九人に入る実力者なのか? その程度で? それとも、九色ってのはそれほど意味がない地位なのか?」
九色には芸術の才能や王家への忠誠心でその称号を与えられた者もいるため、厳密にはその認識は誤りなのだが、オルランドに訂正する気力はない。オルランド自身、聖王国内に限ればその地位にいる自負はあるのだから。こんな怪物相手にしてもしょうがないが、見栄もある。
「驚かないでくれよ。本気で凹む。社会的な地位って言うと、聖王国軍の班長だな。下から数えて、訓練兵、兵士、上級兵士、班長、隊長、兵士長……って感じだ」
「ん? 実力者だってさっき言ってなかったか?」
「俺は命令違反や暴力事件の数が多くてね。十回は降格させられた。まあ、俺に命令するなら俺の背を地面につけてからにしろってことだ」
「成程。なら、アンタの地面を背につけた俺の言うことには大人しく従ってもらうぜ」
「別に構わないって言ってんだろ。ああ、でも戦った――なんてとても言えないが――あの時のことで、一つだけ聞きたいことがある」
「何だ?」
「どうしてアンタ、俺の最初の攻撃を受けたんだ? 避けることもできただろうし、二回目の時みたいに素手で防げばよかったじゃないか」
ジュウは首を傾げた。何でそのようなことを質問されたのか心底分からないといった仕草だった。被り物をはがなくてもきょとんとした表情を浮かべていることは明白だ。
「折角の一騎打ちだぜ? 一撃目は受けねえと損だろうが」
完敗だ。舐められているわけですらなかった。おそらく自分と同格が相手であっても一撃目は無防備に受けるという姿勢だった。
戦士としてではなく戦闘狂としても負けた。
「パレット様、ジュウちゃん、お客様のご飯が届いたのさ」
いつから戻っていたのか、壁際の少女が言う。
「サンキュー、ポッポ。さ、飯にしようぜ、カンパーノさん。話は食事をしながらにしよう」
「おう、そうさせてもらうか」
食事の味は、およそ想像を遥かに超える美味だった。
■
ホシゾラ立体農場第六階層『展望台』領域『メインホール』。
十二天星の内、十人が顔を合わせていた。集まった理由はずばり、先程の出来事についてである。階層守護者相手には各階層守護者の補佐がこの後伝えることになっている。
「……というわけっす。質問のある方は挙手を願うっす」
『じゃあ俺から』
挙げる手を持たないため、ドブロクは身体の高度を上げる。
『おまえら、何でその人間がジュウを攻撃するのを黙って見てたんだよ。別に反応できない速度だったわけじゃねえんだろう?』
責めるような口調であったが、逆に三人の天使の方が不満そうに反論する。
「無茶言わないで欲しいっす」
「そうだよ、ドブさん。一騎打ちだって言っていたからね。あれ、人間たちにじゃなくて私たちに言ったんだと思うし。知っているでしょ? ドクター、軍師の癖に戦闘狂だから。一騎打ちの邪魔なんてしたら冗談抜きで半殺しにされるよ……」
「もふもふ」
「ぶっちゃけ一番問題なのって、先生がパレット様を止めていなかったら、パレット様が同じことをしていた可能性があるところなんだよな」
「止めた本人が実行したのでは本末転倒ですわ」
『そうなんだけどよぉ。だったらそうならないようにするのがおまえらの役目だろうに』
「その場にいないドブさんは何とでも言えるっす!」
「そうだよ。ドクターがあっさり帰るって言ってくれた時、私たちがどれだけ安心したか。それでも不安に思っていたらあの人間が……! これだから人間なんて嫌いなんだ」
苦虫を潰したような顔でミシェルが吐き捨てる。
「「この場で確認しておきましょう。皆さん、人間や亜人に対してどのような印象を持っていますか? ちなみに不肖私ことツインカーメン・ジェミニは人間も亜人も善であり悪であると考えています。要は個体差があると言った具合でしょうか」」
ツインカーメンの言葉に、天使たちはあるいは顔を見合わせ、あるいは億劫そうに溜め息を吐き出し、あるいは鮮烈に笑い、あるいは優雅に微笑んだ。
チョーカ・カプリコーンの発言。
「人間とかどうでもいいっす。亜人もどうでもいいっす。御方か、あるいは農場の役に立つかどうかっす。害になるなら殺すっす。御方々も『畑泥棒殺して良し』と言っているっす」
続いて、スケア・クロウ・リブラ。
「吾輩は人間にも亜人にも良い感情は抱いていないである。積極的に攻撃するほどではないであるが。それこそチョーカではないが、畑泥棒なら殺すだけである」
そして、ドブロク・アクアリウス。
『俺ぁ人間も亜人もそれなりに好きだぜ。特に酒好きな種族や酒作りが上手な種族はいいな。信用できる。酒を愛する者に間違いはねえ』
更に、リンカ・レオ。
「私は、困っていたら助けてやろうって気はあるかな。ああ、強いて言うなら子どもは好きだぜ。そこの変態とは違って真っ当な意味でな」
ハヤ・サジタリウス。
「この私を変態呼ばわりしていることはさておいて、まあ、私も助けを乞われたら助けてあげなくもないですわよ。その者が助けるに値するならば、ですけど。勿論、小さな男の子は種族を問わず大好きですわ!」
ニゲラ・ピスケス。
「おいらは人間も亜人も価値がないなら殺すべきだと思うヨ。下等生物なんて肥料にして少しでも農場の役に立てるべきだヨ」
マクラ・アリエス。
「もふもっふもふもっふ」
「ごめん、なんて?」
「兄御がいないから解読不可能っす……」
ジャンボマン・タウラス。
「人間は良い。実に良い種族だ。何故ならば体毛が少ない。亜人でも毛がないものは良い種族だ。無論、剛毛の種も良いものだ。服を着る習慣がなければもっと良い!」
ミシェル・キャンサー。
「嫌い。人間もそうだし亜人も嫌い。この農場の皆以外は、全部嫌い」
この場にいないジャクチョ・スコルピオ、ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴ、ネハン・オフィウクスの答えはそのカルマ値から聞かずとも分かっているため、特にそのあたりについての会話はなかった。
「それで、行動指針はどうなってんの?」
「パレット様待ちかな。それまでは各領域で待機でしょ。私たちも大人しくしてよ。あー、今頃人間如きがパレット様と食事をしていると思うと腹が立つ」
『落ち着け。その件で一番キレてんのは長官殿だ』
「うへえ……」