大悪魔の農場   作:逆真

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開拓計画1

「それじゃお送りさせてもらうぜ、カンパーノさん」

「オルランドでいいって言ってんだろ、ジュウの旦那」

「旦那って呼ばれるような歳じゃねえよ」

「そうかい。でも、俺は俺より強い奴には敬意を払いたいんでね。この農場には俺より強い奴はたくさんいるみたいだけど、アンタは特別に思うぜ、旦那」

「だから俺は弱いんだって。二番目に強いグループの中で一番下だ」

「俺がそう思いたいだけだから気にしないでくれ。あ、そうだ。落ち着いたらまたここに来てもいいか? 草むしりでも獣の世話でもするから武者修行させてくれよ」

「あー、日雇いってことでいいのか? 別にいいけど。うちは来る者拒まず、去る者追わずがモットーだから。その辺りの制度の確立、親父にも提案しとくか」

「最後に聞きたいんだけどよ、アンタの種族って何だ?」

「何だよ、気づいてなかったのか? 人間だよ、人間。この農場には五人しかいねえ人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 パレットはホシゾラ立体農場第六階層にある自室にいた。

 

 思えば、この自室に入るのも随分と久しぶりだ。ここ数年はギルド拠点維持費を稼ぐだけのルーチンワークが続いており、費用を稼いで管理施設に放り込んだらすぐにログアウトするような日々が続いていた。そうでなくとも、仲間たちがいた時期もあまり部屋に来ることはなかった。必要がないからだ。休みたいのならば現実世界にログアウトする。メンバーと話すのならばもっと趣向をこらした領域に行けばいい。部屋の内装の自慢など一回で終わる。模様替えも年に一回か二回で十分だった。

 

 現実化したベッドは異様に柔らかかった。天使に抱かれるような寝心地とはこのことだとばかりに。しかし、眠るわけにはいかない。頭の中を整理しなければならない。

 

 城壁の向こう側に広がっているローブル聖王国。周辺にある大きな国家はスレイン法国、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国。評議国の竜王たち。都市国家や竜王国。

 

 プレイヤーらしき存在、六大神、八欲王、十三英雄。

 

 この世界はユグドラシルではない。自分が生きてきた現実世界でもない。しかし、現実として存在する世界だ。どういうわけか、ゲームでの姿と力と拠点もついているが。

 

 食事の後、オルランド・カンパーノには気持ちばかりのお土産を渡し、ジュウに城壁に送り届けさせた。何かあればすぐに連絡が入るようにはなっているが、パレットの中では城壁――ローブル聖王国への警戒度は著しく下がっている。

 

 油断と言えば聞こえは悪いが、余裕ができたのは確かだ。身体と精神にゆとりがある。思考の海に集中できる。

 

 オルランドとの会話は大変有意義なものだった。少なくとも、パレットには意味があるものだった。

 

「ん、何というか、考えるべきことだらけだぜ」

 

 考えることだらけと言うより、考えることしかないと言うべきか。

 

 分からないことが多い。知るべきことが多い。持っていないものが多い。何より問題なのは、自分たちが余所者で、目立ちすぎているということだ。

 

 他にプレイヤーがいるのかどうかも定かではない。

 

 しかも、この世界の基準で言えば自分たちは強いらしい。それも常識では考えられないほどに。

 

「身の振り方を考えないとな。聖王国の傘下に入るか? 亜人たちにも強者はいるが、部族をまとめているだけで、国家を持っている者はいないって話だ。どうせ巻かれるなら長いものがいいわけだが……ん、待てよ。近場で済まそうとするのは早計か。バカが、ちゃんと考えろ。政争にでも巻き込まれたいのか……いや、そのあたりのこともちゃんと考えないといけないか。誰かに権利を保障してもらわないと、ただの不法滞在者だ……ここはどこかの国の持ち物ではないんだっけ? 聖王国がどういう主張をしているのか分からないな……国連とか成立してないっぽいしな。評議国がそれに近いのか? 文明レベルは魔法抜きだと中世っぽいけど、倫理観や社会情勢もそんなレベルなのかな。でも全く同じってわけではないよな。文字通り種族が違う国があるわけだし。人間と食人種じゃ対話は不可能だな……。うちには食人種も人間もいるけど、仲はどうなのかな。仲が悪いのは嫌だな。悪かったら、どうするかな。仲良くしろっていうのは簡単だけど、無能な教師みたいで嫌だな」

 

 ラグナロク農業組合は自分だけなのだ。ここには、自分しかいないのだ。

 

「俺にはここしかないんだ。……ってわけでもないんだろうけどさ。捨てようと思えば簡単に捨てられる、のかもしれない。でも、そうなったらあいつらはどうなる?」

 

 あれほど愛した仲間たちの子らが、データでしなかったNPCたちが生きて、動いている。随分と誰も口にしてくれなかった“パレット”の名前を呼んでくれる。

 

 ジュウだけではない。ソラやネハンだけではない。このホシゾラ立体農場に存在する全ての子らは、友人たちの息子や娘だ。ならば、パレットにとっても家族に等しい。

 

「家族を守るためならば、俺は世界の全てを敵に回す。世界の危機なんざ勇者様がどうにかしてくれ。俺は魔王だ。魔王は勇者を殺して平和を脅かすと相場が決まっている」

 

 ――害虫死すべし。害鳥死すべし。害獣死すべし。畑泥棒、殺して良し!

 

 ラグナロク農業組合の基本理念の一つ。此方が余所者だろうが新参者だろうが関係ない。好きで来たわけではないのだ。世界から理不尽をされたなどと寝言をぬかすつもりはない。しかし、だからこそ、どんな無茶を通してでも守らなければならない。

 

「兄貴。義姉さん。戻ってきてくれとは言わないよ。アンタたちはアンタたちで真っ当に幸せになってくれ。俺は終わると思っていた夢の続きを見て、ヘンテコな幸せをつかんでみせるさ」

 

 これまでの人生の大半は、あの二人で構成されていた。

 

 これからの人生のほとんどを、この農場で築いていこう。

 

「よし、思いついたら吉日だ。《伝言》。ソラ、聞こえるかー?」

『これは、パレット様。どうされましたか?』

「畑だ。畑耕すぞー! ホシゾラ立体農場の周囲一面を開拓して見渡す限りの農作地に作り変えてやろう!」

 

 皆が、帰還の目印にできるくらい広い畑を作るぞ!

 

『畏まりました』

「ん、まるで予想していたかのようなクールな対応だな。ちょっと困惑するわ。もっと、こう、盛り上がってくれてもよくない?」

 

 ひどく寂しい気分になってしまうパレットであった。

 

 

 

 

 

 

 第六階層『会議堂』。

 

「ではこれより、第一回異世界開拓計画会議を開始する!」

「いえーいっす! 拍手っす!」

「ノリノリな対応ありがとう、チョーカ」

 

 簡潔にではあるが心の底から感謝を述べるパレット。先程のソラのリアクションの薄さがまだ響いていた。山椒の粒の如きちっちゃい男である。

 

 チョーカの製作者であるすぱきゅーによく似たリアクションであった。似ているどころかそのままなような気もするが。

 

 スーパーキュートで、すぱきゅー。超可愛いで、チョーカ。

 

 そんなネーミングセンスで分かるようにお調子者なナルシストだった。ギルドメンバーの中では最年少で、ギルドの年長組は皆で可愛がっていた。最年少ではあるが比較的初期からのメンバーであるため、後発組からは「先輩」呼びを強制していた。そんなところも愛されていたが。彼女がもしこの場にいたならば、チョーカをどのように接していただろう。

 

(“見てください、パレット先輩! 私の娘、チョーカワイイです! いやー、名前の通りですね。我ながらナイスネーミングセンス。私と同じくらいカワイイです!”……とか言いそう)

 

 会議に参加できる資格を持つ存在は少ない。

 

 ギルドメンバーはパレットしかおらず、一人だけで会議などできるはずがないので、必然的にNPCの上位者を呼ぶことになる。ソラを含む七人の階層守護者、ネハンを除く十二天星、五穀衆。総勢で二十四人といったところだ。全盛期のギルドメンバーが八十八人いたことを考えれば少し物足りない。

 

 しかも今回は警備の関係で更に少なくなる。第一階層の守護者であるガジュマルや第六階層の守護者である芥山はどうしても人員の配置変更もあるため、場を離れることができないのだという。転移後、パレットが未だに顔を合わせていない五穀衆も同じだ。ガジュマルと五穀衆の代理でポッポが、芥山の代理でツインカーメンが出席しているが。

 

 広範囲の『目』を持つスケアも同じだ。監視網という意味では、彼の右に出るNPCはいない。彼が最も広い第一階層に配置されていないのは、ユグドラシルで設定できるAIの性能では微妙だったからだ。癖の強いビルド構築のNPCなど、ほとんどお遊びのフレーバーなのだ。こうしてゲームが現実化した世界では話が違ってくるが。

 

 十二天星の中では他に、ニゲラとジャクチョとマクラとリンカが不参加になっている。彼らも仕事があるとのことだ。三名に関しては心当たりがあるが、リンカに関しては謎だ。ハヤと顔を合わせたくないだけではあるまい。むしろ彼女の意見が通らないように難癖をつけるべきなのだから。

 

 つまり、現在この場にいるのは十二人である。いずれもう少し参加人数を増やして賑やかな会議にしたいものだ。あまり人数が多くても会議が進まない可能性があるが、ギルドの最盛期はその遅々とした進行を楽しんでいた。

 

「まず、俺たちがユグドラシルではないどこか別の世界に転移してしまったことは各員承知していると思う。そして、仲間たちがいないことも理解してくれていると思う」

 

 重たいほどの沈黙。物理的な重圧さえ感じるほどだ。ユグドラシル時代では、二つの意味で決して有り得なかったものだ。NPCが動くことはなかったし、仲間たちとの間にはこのような空気などなかった。

 

 その沈黙に込められたものを理解した上で、パレットは口を開く。

 

「――畑だ」

 

 口に出した以上は後戻りはできない。するつもりは毛頭ないが。

 

「畑を作る。この周囲一帯を俺たちの新しい畑にする。異論があるものは挙手しろ」

 

 農業を含めた第一産業。それこそが、ユグドラシルという世界を堪能するためにラグナロク農業組合が選んだ道だ。絶対的にして根源的な行動理念。いと尊いギルドの原点。

 

 手は上がらないかと思われたが、ひとりだけ手を挙げる者がいた。第一階層守護者補佐のポッポだ。

 

「お言葉ですが、パレット様。その意見には賛成しかねるのさ」

「……え? マジで」

 

 素で聞き返すパレットだが、本気で驚いていた。この意見に関しては反対意見など出ないと確信していたからだ。この会議は畑を作る是非ではなく、どのようにして畑を作るかを決めるための会議だと思っていたくらいだ。

 

「理由を聞かせてもらえるか、ポッポ」

 

 精一杯感情を出さないように我慢しながら問うと、ポッポは鷹揚に頷いた。

 

「勿論なのさ。先に言っておきますけど、これは私の意見ではなく、マイの意見なのさ」

「マイって、五穀衆の?」

 

 五穀衆。

 

 五穀にちなんだ五人のNPCたちの総称だ。全員が第一階層の領域守護者であり、各領域内の権限は階層守護者のガジュマルに並ぶ。また、彼ら自身も独自の権限で動かせる部下を持っており、かなり特殊なNPCだ。

 

 ポッポが挙げた米組マイを始めとして、麦組コムギ、粟組アワワ、豆組ナッツ、黍組キビタロウによって構成されている。

 

 マイは五穀衆の筆頭でもあり、彼女が守護する『水田』は一つの領域としてはホシゾラ立体農場最大の広さを誇る。ちなみに、二番目は僅差で『麦畑』である。

 

 現在最も忙しい階層は第一階層であるため、ガジュマルだけではなく五穀衆全員がいないのは当然であるが、どうやら彼らは自分の意思をポッポに託していたようだ。

 

「マイは言っていたのさ。『もしもパレット様が畑を作ろうと言い出したら反対してくれ』と」

「その心は?」

「『畑より田んぼを作るべきだ!』らしいのさ」

「良かった……。農場周辺の開拓に反対なわけじゃないのか」

 

 反対意見にどきまぎしていただけに、反動で一気に安堵するパレット。

 

 五穀衆・米組マイ。ギルド一の白米至上主義である秋田小町のNPCだ。「銀シャリこそがこの世で最もおいしい食べ物」と断言していた。その情熱をマイも受け継いでいるということだろう。

 

 つまり、麦組のコムギも同じ可能性がある。パンこそ神の食べ物だと主張して止まなかった。豆組のナッツはともかく、粟組のアワワと黍組のキビタロウはそれほどないと思う。彼らの創造主は粟も黍もどういう食べ物なのかちゃんと知らなかったはずだ。食べたことがあるかさえ怪しい。

 

 パレットは現実世界では食事には金を使うタイプだったが、特別な時に奮発するだけだ。それ以外の普段の食事は液体飲料やサプリで済ませていた。あの世界においては珍しいことではなく普通のことだった。所謂ちゃんとした料理など、最後に食べたのはいつ以来か。

 

「ちなみに、五穀衆を始めとして第一階層の皆からは似たようなことばかり言われているのさ。パレット様、どうするのか? 一般のNPCや普通の領域守護者たちはそうでもないけど、五穀衆はあれで頑固だから自分の希望が通らないと働かないのさ」

 

 働かないと言われた。はっきりと、働かないと。機嫌を悪くする、ストライキをするなどではなく、働かないと。

 

 しかし、主食となる米や麦の栽培は必須事項だ。穀物は消費しやすく、保存に適していて、飼料にもなる。どれだけ増やしても困るということはない。ならば、彼らの意見を採用することは悪いことではない。パレットとしてはトマトやナスなどの野菜もちゃんと育てて欲しいところだが。貧しい土地で育つ作物と言えばジャガイモが思い浮かぶが、あれは地面の栄養を吸い過ぎるという欠点がある。

 

 第一階層にどんなNPCがいたか朧気な部分も大きいが、トマト担当やナス担当、ジャガイモ担当のNPCはいたはずだ。トマト畑やナス畑があったはずだから。そのあたりの制作について、パレットは誰よりも労力を割いたため覚えている。ギルド長であると同時に、ギルドで最も絵が上手だったからだ。

 

「うーん、そういうことなら、どうせだから全部作ろうぜ。幸いにして半径三十キロが未開発な土地なんだ。いくらでも耕せるだろ?」

 

 それを聞いて、ポッポの顔が明るくなる。見れば彼女だけではなくその場にいたほぼ全てのNPCの顔色も良くなる。空気が良くなることが肌で分かった。

 

「わーお、頭の悪いお言葉ありがとうなのさ、パレット様。その言葉を待っていたのさ! 貴方様なら確実に言ってくれると信じていたのさ」

「はっはーん? ジュウだけかと思ったけど、さてはおまえら全員、俺の扱いが雑だな?」

 

 あの忠義の誓いは何だったのだろうか。神社の初詣の賽銭を入れた時だけ信心深くなるやつと同じだろうか。

 

 しかし、この雑な感じが仲間たちを思い出して居心地が良いのは事実だ。

 

 ラグナロク農業組合はまだ終わっていない。ここにあるのだ。

 

 俺たちはここにいる。

 

「扱いが悪いだぁ? 親父。被害妄想も甚だしいぞ」

「そうですよ、パレット様。烏滸がましい」

「くだらないことに時間を割いてないで、さっさと会議を続けていただけますかな?」

「悪魔だって悲しかったら涙を流すんだからな?」

 

 この忠実なるシモベたちはしんみりもさせてくれないらしい。

 

 それから、悪魔になっても辛いものは辛いようだ。他人との距離感など、兄と義姉以外は気にしたことがなかったはずだが。

 

 いや、あるにはあった。それこそ、ギルドメンバーとの仲だ。このユグドラシルだけが、家族以外の唯一の例外だったのだ。

 

 使い捨ての人間関係のはずだった。使い切るべき人間関係のはずだった。自分以外はそうしたはずだ。自分だけがそうできなかった。おかしいのはパレットで、みっともないのもパレットだけだ。百人が百人ともそう答えるはずだ。

 

 ユグドラシルというゲームを去っていた。ラグナロク農業組合で過ごした時間を忘れていた。ホシゾラ立体農場の思い出を捨てた。パレットという友人を、切り捨てた。

 

 ならば、ここにいる『俺』は誰だ?

 

「馬鹿なこと言ってねえでさっさと進めろよ、親父」

「ん、了解」

 

 考えても仕方がない。あの天才肌の兄とは違って、自分はあまり頭がよろしくない。ならば、考えるだけ時間とカロリーの無駄だ。答えなど簡単には見つからないし、見つかったところで意味はない。ならば、この思考に価値はないのだ。

 

 いま自分がするべきことは、NPCと農場を守ること。そして、農場を広げておくことだ。

 

 皆が帰ってきたとき、あるいは他のプレイヤーがやってきた時、自分の積み重ねたものを自慢するために。捨てることも忘れることもできなかったものを、ちゃんと愛するために。

 

「ごほん。田か畑か、何を植えるかも重要ではあるが、まずはこのあたりの土壌の調査だよな。群生している植物や水源の調査は基本だろう。気候風土はどうなってんのかねえ? 米作りなら雨が多い地域だといいんだけど」

 

 パレットの日本人の本能が、マイの要望通りに水田を作れと言っているような気がしないでもない。

 

 しかし、水田を一から作ろうとなればかなりの重労働である。魔法があってもそれは変わりない。

 

 日本人は古来より米文化であるが、これは日本が米を作り易い立地が揃っていたことが大きい。当然の話と言えば当然の話だが。

 

 水田を作るとなれば一番の問題は水だ。水源自体は魔法やマジックアイテムでいくらでも都合できるが、ここで考えるべきはむしろ排水の方である。魔法の存在――特に創造系魔法は質量保存の法則を否定しているが、作ることより壊すことの影響の方が大きいと考えるべきだろう。

 

 天候を自在に操る魔法があるため、雨や晴れの割合をコントロールすることは容易なのだが、天候を人為的に弄った場合、周囲の天候にどのような影響を及ぼすかは考えるべきだ。自然を人間の都合が良いように操ろうとした結果が、パレットの知る現実世界の末路なのだから。

 

 あの世界はもう終わっている。この世界の人間は他種族との闘争の果てに滅ぶ可能性が高そうだが、あの世界の人間は自殺に近い形で滅ぶ。星を食い荒らそうとすれば、星から見捨てられる。当然のことだろう。人類は自分たちの愚かさに気づきながらも目を逸らし続け、滅びの日を迎えることになる。

 

 別に、これは特別な話ではない。規模が星というだけで、生物の歴史ではよくあることだ。身の程を弁えず環境を変えてしまったせいで滅んだ生物は、人間だけではないのだ。過去に絶滅した生物の何割かは、暴食の果てに環境を破壊し、自滅に近い形で滅んでいる。繁殖し過ぎて食料が足りず、結果的に滅ぶなんて有り触れた話なのだ。

 

 そうなるのは御免だ。

 

 まして自分たちは外来種。在来種との生存競争は必然であるが、だからこそ自然環境には配慮しなければならない。土地開発は慎重かつ丁寧にしなければならないのだ。正直面倒臭いが、そういう手間を楽しむだけの余裕はあるわけなのだから。

 

「向こう一ヶ月は調査に使った方がいいのかな。聖王国だけじゃなくて周囲に亜人もいるんだろう? 上手に共存しようとは言わないが、できるだけ喧嘩のないように共生したいものだ」

 

 必要とあれば暴力も賄賂も用意しよう。ラグナロク農業組合らしからぬ行動ではあるが、文字通りの意味で世界が変わったのだ。その程度の行動の変化は許されて然るべきだろう。

 

「それがよろしいかと」

「周囲の木の伐採等も控えた方がいいですね」

「じゃあ雑木林でも作りますか?」

 

 雑木林。確か、広葉樹で構成された人工林のことだ。薪などに使用する木材の生産場という面があり、古い時代の人の生活を支えていた場でもあったそうだ。

 

「その前に周辺の植生を調査しねえとな。育てる植物の選定は必要だろ」

「希少種がいたら保護しないとねー」

 

 希少種という言葉に目ざとく反応したのはジュウだ。

 

「珍しい魔獣がいたら『獣舎』に回せ。俺が調べる。しゅこー、しゅこー。最低でも同じ種族が十体は欲しいところだ。一体は剥製、一体はホルマリン漬け、一体は骨格標本、一体は解剖用……ああ、これは雄雌で一体ずつやりたいところだな。いや、幼体と成体の比較もしたいから更に二体ずつか。ああ、それから実験用と繁殖用もいるから……」

「ジュウちゃん、マッドなところが出てきているのさ」

 

 その言葉に、パレットはジュウに与えた設定の一つを思い出す。

 

 魔獣マニアにしてマッドサイエンティスト。しかしながら、その性癖に愛はなく慈悲はない。彼が魔獣に持つ感情はあくまでも知識欲であって愛情ではない。骨の髄まで研究者。

 

 自分に似ている部分が多いとは思っていたが、そういうところはむしろ設定の通りの人格のようだ。

 

「生態調査もいいけどさ、カワイイのがいたら欲しいな。あ、そうだ。スピアニードルみたいなのがいたらちょうだい」

「既知の種族でも一応は調べた方がいいんだがな。俺たちが知っているスピアニードルとは全く違う生態をしている可能性だってあるんだ」

 

 現実世界においても、似たような姿をしていても全く違う動物というものはあったらしい。オーストラリアにいた固有種のフクロモモンガは、名前の元ネタであるモモンガと同じ姿をしていても、生物学的には全く違う生物だったそうだ。

 

「それこそ、聖王国にいた人間がユグドラシルの人間と同じ生物と言っていいかは分からないんだぜ? 見た目や機能が同じだけで、厳密には違う生物かもしれない」

 

 それを言うならば、パレットの生まれ育ったあの現実世界の人間とは違うだろう。オルランド・カンパーノから得た情報を考えるに、あの世界の人間とこの世界の人間はきっと違う生物なのだ。

 

 だって、この世界の人間は魔法を使える。しかし、あの世界の人間は使えなかった。使えなかったはずだ。仮にあの世界の人間がこの世界に来ても覇を唱えることができたかは微妙なところだ。文明レベルはあちらの方が高いようだが、基礎的な生物としての機能の差は埋めがたい。逆に、この世界の人間があの世界に行けばあっという間にあの世界の人間を淘汰してしまうだろう。

 

 弱肉強食。強い方が正しいのだ。弱い方が悪いのだ。どんな世界でもそういう風にできている。優しさで世界を救えるような主人公はどこにもいない。いたとしても、それはパレットではない。

 

「……皆、最初に言っておこう」

 

 話し合いに熱中していたNPCであったが、パレットがそういうと一斉に口を閉じ、此方に注目してきた。話の腰を折られた不快感らしきものは見えていないが、視線に込められた重い感情には気が滅入る。

 

 それでもパレットは言う。

 

「畑泥棒殺して良し、だ。此方からは仕掛けることは厳禁だが、喧嘩を売られた時には言い値の倍にして買ってやれ」

 

 草食動物の一部は同じ地域の肉食動物よりも凶暴だという。その理由は、凶暴さこそが防御力だからだ。割に合わない痛みを味わわせることで、戦いを起こさせない。奪われないために、殺されないために、殺し返すほどの暴力を示すのだ。

 

 ――報復は絶対だ。

 

「この世界で明確に『最初の敵』になった連中は徹底的に潰せ」

 

 俺たちはずっとそうしてきたのだから。

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