リ・エスティーゼ王国の帝国側にある都市エ・ランテル近郊の開拓村の一つに、カルネ村という名前の村がある。
昨日まで貧しい暮らしなりに平和だったこの村は、つい数刻前まで悲鳴と恐怖に満ちていた。
突如として出現した帝国兵――正体はそれに偽装したスレイン法国の秘密工作員――によって、村人たちが虐殺されたからだ。
虐殺が止まったのは村人が全滅したからではなく、旅の魔法詠唱者によって兵士たちが退治されたからだ。
魔法詠唱者は、自らをアインズ・ウール・ゴウンと名乗った。
全身の露出をローブと仮面などの装備で隠し、肌どころか目さえ完全に隠した如何にも怪しい男である。しかしいくら怪しい男でも村人にとっては命の恩人であるため、顔を見せてくれとも言えない状況だった。
実は、アインズ・ウール・ゴウンなる男の正体は、アンデッドである。
皮も肉も一切ない、骨だけの身体だ。普通の人間に見せられるわけがない。具体的な種族は、オーバーロード。ぱっと見はスケルトンと変わらないのだが、能力は段違いだ。魔法を使う系統のアンデッドの中では最高峰の種族である。オーバーロードより遥かに格下のエルダーリッチすら見たことがない村人相手には、刺激が強すぎるため、アインズの対応は正しいと言えた。
更に言えば、アインズはこの世界に元からいた存在ではない。
数日前に「ユグドラシル」という世界から謎の転移によって、この世界にやって来た異邦人だった。
彼だけではなく、彼がいた「ナザリック地下大墳墓」というギルド拠点やそこにいたNPCと呼ばれるシモベだちも一緒だ。
ちなみに、アインズ・ウール・ゴウンというのは本来彼の名前ではなく、彼のいた組織――ギルドの名前であり、彼と彼の仲間を含めた四十一人の名前なのだ。このアンデッドの本当の名前はモモンガという。四十一人の最後のひとりである彼は、新天地とも言うべきこの世界で、自分の名前ではなく、自分たちの名前を使うことを決めた。この世界にいるかもしれない仲間や同類に伝わるように。かつてはユグドラシルに知らない者はいなかったこの名の威光を取り戻すために。
「それにしても、農民、か」
帝国兵らしき者たちに襲撃された村の有様を見て、アインズはふとある集団のことを思い出す。
農民を騙りながら、下手な戦闘系ギルドよりも攻撃的だったあの連中のことを。
ギルド「ラグナロク農業組合」。
アインズ・ウール・ゴウンがギルドランキング第九位にいた時期、十一位から二十位をウロウロしていたギルドだった。
モモンガやギルド「アインズ・ウール・ゴウン」として関わったことはほとんどなかったため、覚えていることは少ない。ギルド長は天使でワールドチャンピオンのライフ・イズ・パンダフル……いや、悪魔で魔法剣士のパレットだったか。
基本方針は、畑泥棒殺して良し。
ギルド拠点「ホシゾラ立体農場」への侵入者は殺す。ギルドメンバーがPKされたら犯人を見つけ出して殺す。狙っていた素材やアイテムを横取りされたら必ず殺す。相手がワールドチャンピオンだろうが上位ギルドの所属だろうが殺す。必ず殺す。殺し尽くす。滅ぼす。殺意の権化にして敵意の化身。血に飢えていた草食動物。それでいて妙に引き際を心得ていた。敵が多かったアインズ・ウール・ゴウンに対して、敵も味方も多いギルド。
生産系ギルドの皮を被った戦闘狂の集まり、というのがアインズの記憶にあるラグナロク農業組合だ。基本的にやられたらやり返すスタイルであり、自分たちからは大きな戦いを仕掛けることはなかったため、蝗の群れというよりは蜂の巣という評価が正しい。
ペロロンチーノやぶくぶく茶釜はギルド拠点に何度か遊びに行っていたはずだ。ついて行ったことはないため、どのメンバーとどういう風に仲が良かったのかは知らない。聞いたことはあるのかもしれないが、記憶には残っていない。農場の中がどのようになっているのかも同じだ。
仲間たちが残してくれた他ギルドの記録は残っているため、それらの資料を漁ればある程度の情報はあるはずだ。しかし、他にやることがある以上、優先的にやるべきことではない。他のギルドについて復習するならむしろ自分たちと同格だった上位10位ギルドについて思い出すべきだ。
ギルド長だったと思うプレイヤー、パレットの人格もよく知らない。あるいは、覚えていない。あの姉弟との他愛もない会話であったような気もするし、他ギルドの分析をやっていた頭脳担当たちが何か評価していたような気もするが、如何せん、どちらも何年も前の話だ。こうしてあのギルドの存在を思い出せただけでも奇跡に等しい。こうして思い出したことさえ一時間後には忘れてしまいそうなほど、興味のない存在だ。
無論、あのギルドがこちらの世界に来てたらまた話は違ってくる。
あまり敵に回したくないギルドの一つであることは間違いない。味方にしたいかと言われたら、微妙なラインなのが困ったところなのだが。しかし、ユグドラシルにいたギルドは大体そんな感じだ。
仲間、それこそ交流のあったペロロンチーノたちがいれば、話は違うのだろう。しかし、今は自分しかいない。
ナザリック地下大墳墓には自分しかいないのだ。
■
ホシゾラ立体農場には自分しかいないという認識が転移してからいつまでも頭にあるパレットではあったが、この数日の間にNPCたちへの印象が変化したことは間違いない。
初対面の顔見知りから、信頼すべき仲間へと変わる。
「パレット様。此方、ナッツ様がご提案されている農場外の発酵蔵の建設予定図になります」
現在、パレットは第六階層の自室にいる。大企業の社長か貴族が使うような立派な机の上には、山のような書類が積まれている。
NPCたちが調査してくれた情報や開拓計画に関する提案、実験結果の報告などが書かれた書類を眺める日々である。ほとんど流し読みでおおまかな情報を掴むだけにしている。如何せん、脳みその出来がそれほど良いわけではないのだ。丁寧に読み上げていたら増えるペースに追い付かない。
パレットの自室には現在、守護者統括のソラと十二天星リーダーのハヤに、手伝いとしてメイドが五人ほどいた。
ちなみに、ホシゾラ立体農場のメイドはギルドメンバーに合わせて総勢八十八名にも及ぶ。これはメイド好きなメンバーが多かったためだ。八人が十一人ずつ作った。種族は様々で、人間、人魚、獣人、植物系、悪魔、ハーピーなど多種多様だ。
そして、八十八人のうち五十九人はパレットが外装を作った。提案書を見た時、おまえら数だけ作ればいいもんじゃねえぞ、と本気でキレた。パレット自身もメイドマニアでなければ最後までやれなかっただろう。
美しい外見のメイドも多いが、如何にも異形といった外見のメイドが大半だ。性癖が屈折した者が多かったというより、色んな性癖を曝け出したといった具合だった。人物画は美人よりもブスの方が面倒臭いと言うが、それは異形においても同じだ。肌が青黒くて首や手足が関節一つ分長くて目が七つあって顔が獣の悪魔娘を頼まれた時は筆が止まった。
ヴァイン・デスのメイドが差し出してきた書類を手に取り、パレットはその書類に目を通す。
「ん。許可出したの昨日なのにもうできたのか。転移するより前から考えてたのかもな」
一部のNPCの脳みそが自分よりも立派であることは認めざるを得ない現実のようだが、ここまで具体的な図面を一日でよこすのは無理だろう。五穀衆豆組のナッツにはそこまで賢い印象はない。
「そうかもしれませんね。建築は第四階層の職人がやることになるでしょうが、何人ほど派遣いたしましょうか?」
「ん。すぐには厳しいかもな。確か建造担当の職人は半分くらい出払っているんだったか? 発酵食品の需要が農場での供給で間に合っているからな。緊急性は低いか? 他にも作らないといけないもんが多い、でも発酵食品が色々できたら後々なぁ……」
ナッツが作りたい発酵食品は彼女の担当を考えれば醤油や味噌だろうが、酒やチーズを好むNPCも多い。ユグドラシルの技術や素材に由来しない銘酒が出来れば特産物になる。
酒の名前はそのままラグナロクにしてしまおうか。それともボジョレーヌーボーにあやかってラグナロクヌーボーとでも名付けようか。……北欧神話の用語とフランス語をごっちゃにするのはまずいか。
それこそ酒にでも逃げたい気分だが、耐性があるせいで酔えない。耐性を切ることは可能だが、切ったら最後、もう立ち直れない気がする。
仕事がひと段落したら浴びるように飲んでやると決意したが、いつになったら落ち着くのだろう。
「仕方ねえ。他の建築予定と同じように、第四階層の職人の誰かを担当者に任命して、ナッツと相談の上で場所とか素材とかを決めさせておくか」
「では、そのように」
「えっと、バヌは今どこに――」
「パレット様、どうやら、そのバヌがお目通りを求めているようです」
ソラからの言葉に、パレットは思い出す。朝食を取りながら聞かされた、彼の今日の予定を。
異形となり頑丈になったはずの精神と肉体が頭痛を訴えてくるが、無理矢理無視して、バヌの入室を許可する。
メイドの一人が扉を開け、入室してきたのは巨大な赤いバケモノ。ヴォルケーノ・トロールのバヌ。耐性があるためダメージは入らないはずだが、その肉体を見るだけで熱気を感じてしまう。
「偉大なる御方、パレット様。第四階層守護者バヌ、只今戻りました」
「……うん」
寛大な言葉で迎えるべきなのだろうが、簡単な相槌しか出てこない。
「パレット様にあられましてはご機嫌麗しく思います。本日は晴天であり風も穏やかで、絶好の農耕日和でありますな!」
「…………そうだね」
農耕日和かどうかというのは、おそらく農場所属のNPCにとっては定番の挨拶なのだろう。このところ毎日、あらゆるNPCから聞かされている。ギルドメンバー間でそのような言葉を交わした覚えはないのだが。ユグドラシルの天候など話題になるわけもないし、リアルの天気など仮想現実で口に出したくもない。
「あまり御方のお時間を戴くのも申し訳ないので本題に入らせてもらいます」
「………………うん、お願い」
「はっ! 昨日、北にいる
誰がそんなことをやれと言った、俺は敵が出来たら容赦なく潰せと言ったが敵になる前に潰せと言った覚えはないぞ、と叫びたいがやってしまったことは仕方がない。ここで叱責するのは簡単だが、それで部下のやる気を削ぐのは違う。そういうレベルの問題ではないことは承知しているが、これまでの人生でそういうレベルの問題にしか直面してこなかったため、そういう対応しかできない。
「………………………………ご苦労様」
そう絞り出すだけでやっとだった。
「勿体なきお言葉でございます。なお、教育に関しては先日の
「いいんじゃないかな?」
バヌの本職は鍛冶場の頭領だ。亜人には金属製の武器を扱う種族もいるが、加工を得意とする他種族からもらったり奪ったり拾ったりが多いようであり、鍛冶仕事ができる種族は限られる。
鍛冶に適性がないのならば農作を手広く担当しているガジュマルの方が良い仕事を与えてやれるだろう。ガジュマルはガジュマルで忙しいので、五穀衆の誰かに任せることになるだろう。人手を欲しがっているマイかコムギになる可能性が高い。
命令も許可も出していないのに亜人たちを支配下に置いてくる部下たちには頭が痛いが、ある程度の種族を支配下に置いてしまった時点で、勢力図を広めることは決定事項になってしまった。
領地が増えることは悪いことではないし、喧嘩を売られる前に此方の実力を示しておくことも悪いことではない。労働力も知識も欲しいのだから、メリットの方が大きい。制圧と言っても比較的平和的な方法でやっているようなので不要な敵を増やすこともないだろう。
それでも、厄介な相手が敵になった時はその時の話だが。
「いよいよ聖王国にも攻撃を仕掛けますかな?」
何でだよ。
いよいよとは何だ。この世界に来てからまだ三日ほどしか経過していないんだぞ。
「やめとけ。丘陵地帯の亜人と違って人間たちは他国との繋がりを持つ。王国だの法国だのが動いたら面倒臭い。まだ水田が実験段階だからな。耕作可能な農地を増やさないとガジュマルたちがうるさい」
「ではそのように。このような些末事に御方のお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「いいよ、別に。報告・連絡・相談はちゃんとしてくれた方がいいからな」
可能ならば制圧を始める前にやって欲しかったのだが。
「ん。話は変わるけど、第四階層の職人……建造物に詳しい奴をひとり、ナッツのところに派遣してくれないか? あいつの主導で発酵蔵を作ることにしたんだ」
「畏まりました。手の空いているものとなると……レンガとテッコツのどちらにしましょうか?」
素材の話かもしれないが、バヌの言い方から察するにNPCの名前だろう。そもそも発酵蔵の素材に通気性や熱伝導を考えれば鉄骨など論外だ。
こうして指示を出す立場になってつくづく理解させられるが、思った以上にNPCの名前や役職を憶えていない。何割かはパレットが外装を描いたため、それなりに覚えているはずだという自負はあった。全員を覚えているという自信はあるわけもなかったが、予想以下な記憶力だった。
……もっとも、農場のNPCは優に百体を超えるため、ギルドメンバーと合わせて覚えるにしてもほぼ不可能に近い話なのだが。ユグドラシル時代に完成した瞬間しか見ていないようなNPCも多い。特にメイドたちはシリーズとして見ているため、一体一体の名前など全く覚えていなかった。おかげでNPC同士の会話に聞き耳を立てて盗み聞きをするしかなかった。何と情けない話だ。
「レンガにしとこうか」
「はっ!」
「上であんまり指示を出すと現場でやりづらいこともあるだろうから、細かいところは二人で決めるように言っておいてくれ」
現場の苦労は現場にしか分からないものだ。下手に上から言っても反感を買うだけだろう。パレット自身忙しいため、そこまで細かい指示が出せるわけもないのだが。今後経過報告をされても右から左に聞き流す自信がある。
「はっ!」
「苦労をかけるな」
「滅相もありません! 代わりと言っては何ですが、亜人たちの教育の件、重ね重ねお願い申し上げます」
「それはガジュマルや五穀衆の方に言ってやってくれ。俺は判子押すので忙しいから何をしてやれるわけでもないんだからな」
「御方の貴重なお時間を戴き、大変ありがとうございました。このご恩に報いるため、更に身を粉にして励ませていただきます」
そんな必要事項の確認と要望を言いに来ただけで畏まられても此方が困るのだが。
「ん、そうだ。近隣の亜人は支配下に入ったんだよな? 亜人たちの教育が落ち着いたらだいぶ仕事も減るだろうし、そうなったら一回慰労を兼ねてパーティーでもやるか?」
「素晴らしい!」
「それはよろしいかと!」
バヌとソラが手を合わせて喜んでいると、メイドたちも追従する。
「早速階層守護者の皆様にも通達しておきましょう!」
「司会は勿論、ポッポちゃんですよね~」
「ポッポとミシェルとのデュエットはありますよね? サイン色紙用意しとこ」
「貴女たち、気持ちは分かりますけど仕事中」
彼女たちの盛り上がりを見てパレットは微笑む。
こんな風に仕事が楽しいと思ったのは、いつ以来だろうか。
「ん、頑張りますかね」
そう言って、パレットは仕事の山と向き合うのだった。
■
ホシゾラ立体農場第三階層『獣舎』。
階層守護者であるジュウは、自室として与えられている『研究室』でバヌから届けられた資料を読んでいた。
「――しゅこー、しゅこー。周囲の亜人はほぼ制圧したか。聖王国の城壁を攻めるのは親父から止められたみたいだから、必然的に亜人たちをどんどん支配下に置くことになるか。聖王国近くだけあってこのあたりには住処を追われた弱小種族が小さな村落を作っているだけみたいだからな。少し奥に行けばそれなりに大きな部族の集まりがあるか。流石に都市みたいなのを作れている種族はいねえみたいだが」
「ジュウよぉ、おまえ、ちょっと慎重すぎるんじゃねえか?」
挑発するようなことを言うのは、第二階層守護者のジャックス・ゴールである。
知能で御方の補助をしているソラとジュウ、農作の統括をしているガジュマル、亜人たちの支配を任されたバヌ、生活面の変更で忙しい芥山。
ジャックスともう一人の階層守護者はこの立体農場の警備という栄えある仕事を命じられたものの、侵入者などいないため、非常に暇だった。
「阿呆。この世界は我々にとって未知に溢れていることを忘れたか。慎重に越したことはない。ブリキのガラクタに相応しく脳みそは空っぽらしいな」
ジャックスに悪態をつくのはもう一人の暇な守護者、ガンリュウである。
「あぁん? やんのかよ、穀潰しが」
「今、おまえも似たような立場だと思うがな」
「うるせえな。俺はおまえと違って水の管理とか魚の養殖とかもあるんだよ」
「部下に丸投げしているくせにか? これだから戦闘しか能がないポンコツは」
「戦闘能力全振りなのはおまえも一緒だろうが!」
仕事がない苛立ちがいつもの言い合いをいつも以上にヒートアップさせているのか。ガンリュウは腰の刀に手をやり、ジャックスもカトラスを抜こうと身構える。
しかしその瞬間、机を叩く音が部屋に響く。
「いい加減にしとけよ、おまえら! ぶっ殺すぞ!」
「……悪い」
「……すまん」
友人のガチ切れに、流石の犬猿の仲の二人も頭を下げた。
「喧嘩すると分かってて呼んだ俺も俺なんだけどさ、もうちょっと取り繕ってくれよ。あと、今本気で斬り合いしようとしただろ? ここ、俺の部屋なんですけど。壁に傷の一つでもつけていたら、この話はハヤとリンカにでも持っていくからな」
「悪い悪い。で、何なんだよ、その話って」
「二人さえ良ければ親父に提案しようと思ってんだけどよ、遠征やってみないか?」
「「遠征?」」
うわ、こいつとハモってしまった、と思いながら先程のやり取りを思い出し、ぐっと堪えるジャックスとガンリュウ。しかしお互いに向けあう殺気は隠せていないので、ジュウはため息を重ねる。
「そろそろバヌを通常業務……第四階層の職人のまとめ役に戻したいと思ってな。そもそも、階層守護者の中で唯一亜人種だって適当な理由で亜人との対話役をあてがわれたからな。別の誰かに代わっても問題ねえだろ」
厳密には、種族以上に分かり易く怪物じみた外見が重視されたのだが、これからする話のためには余分な情報であるため、あえて歪曲する。
「ん、先に共通認識として言っておくんだけどさ、俺の親父ってバカでダメ悪魔じゃん?」
「……ジュウ、おまえ何言ってんだよ」
「全くだな」
階層守護者の中でも武闘派の二名が珍しく態度や意見を共通させる。
「パレット様がバカなんて皆知っているぞ?」
「御方がダメ人間ならぬダメ悪魔なんてシモベ全員が承知している」
もしもパレットがこの場にいたら夜逃げするレベルの現状がそこにはあった。もしもパレット以外のラグナロク農業組合のメンバーがいれば腹を抱えて笑っただろうが。
「勘違いするなよ? 俺だってパレット様が偉大なる御方であることは理解しているんだ。俺の創造主たる一平様の次くらいには。でも、バカなのも間違いない」
「我が神たるリリートン様の次に崇高なる御方であることは明白である。だが、それを差し引いて余りあるほどにダメ悪魔なのだ」
「ん、そこまでは言ってねえからな?」
閑話休題、とジュウは『この話は置いといて』のジェスチャーをして話を戻す。
「親父は言った。『最初に喧嘩を売ってきた相手を滅ぼせ』と。しかし、親父はバカだから分かっていない。――――今の俺たちには喧嘩を売られる要素しかないってことに」
「だな」
「新参者だからな」
「滅ぼすのは簡単だけど、そうなると敵が増えるからな。聖王国の人間だけじゃねえよな。敵が増えると戦争になる。戦争になると農作の時間が減る。俺も家畜の世話をする時間や魔獣の研究をする時間が減る」
「俺は戦争は大歓迎だけどな。何せどれだけ奪っても責められないんだから」
「阿呆。平和が一番だろうよ。我らのような者は、暇に限るのだ」
会話にちょっとした隙を見せることを許さない二人を見て、ジュウは今後は絶対にこの二人を相手に話し合いはしないと決意する。
「だが、崇高なる御方である親父の言った言葉を否定するわけにはいかない。だから、喧嘩を売られないように力を示す必要がある。同時に、冷徹さを見せてやる必要もある」
別段、喧嘩をしても問題はないのだ。
問題は、その喧嘩の買い方だ。
パレットはきっとトマトやナス一つを盗んだだけで、その種族を滅ぼすまで殺し尽くす。必要以上に残虐に、過剰なほどに徹底的に、執拗なほどに悪魔的に。
それが余計な敵を増やすと理解してもやり抜く。
残虐性が最大の防御だと信じているからだ。それは事実でもあるが、幻想でもある。過ぎた残虐性は防御力どころか他者の結束を強める力になってしまう。
「だろうな」
「だからこそ、バヌに亜人たちを制圧させたのだろう?」
「ああ。でも、バヌにやってもらったのは奴隷と実験動物の調達みたいなもんだ。これからは本気で勢力図を広げる。労働力だけじゃなくて権力を手に入れる。二人にはそれをやってもらいたい」
それを聞いて、二人は待っていましたとばかりに頷く。
「承知」
「いいぜ! あ、先に聞いておきたんだけど、反抗的な種族に見せしめはやっていいのか?」
「構わないがやり過ぎは厳禁だぞ」
「はいはいっと。四肢切断くらいにしとくよ」
「この人体破壊フェチが……! ジュウ、医者として何か言うことはないのか!」
「ねえよ。ん、強いて言うなら、貴重な種族はあんまり壊すんじゃねえぞ。俺だってやりたいことは山ほどあるんだからな」
「これだからカルマ値が低い連中は……!」
「アンデッドのセリフじゃねえぞ! てか、てめえも高い方じゃねえだろうが!」
「極悪のおまえよりはマシだ!」
「いちいち脱線させてんじゃねえよ、バカども。それで、現時点での目標なんだけどな」
ジュウは珍しくガスマスクを外し、素顔を晒す。意外なことに二人が驚いていると、更に驚きの計画を告げた。
「ある程度の亜人を支配下に置いたら、このホシゾラ立体農場を一つの国家にする。元首、国王はもちろん親父だ。あの人――人じゃなくて悪魔――だけど、判子すらも似合わない。親父が筆だけ持って好きな絵を描けるようにしてやるさ」
仲の悪い海賊と武人も、こればかりには心から同意するしかなかった。
アインズから見たパレットや農業組合は「そういえばそんなプレイヤーやギルドいたな」程度の認識
パレットから見たモモンガやアインズ・ウール・ゴウンは「やべえ奴ら」と聞いて最初に思い出すほど。大侵攻には参加しなかったけど第八階層のあれらはネットの映像で見ただけでトラウマ
ナザリック地下大墳墓のNPCは「アインズ様超賢くて超強くて超慈悲深い! マジ端倪すべからず~。そんな偉大な御方に仕えている私たち幸せ者! 永遠の忠誠を誓います!」なのに対し、
ホシゾラ立体農場のNPCは「は~、パレット様って本当にアホなんだから。私たちがいないとダメダメですね! 直接は言わないけど。絵を好きなように描いているだけでいいんで、いつまでも農場にいてくださいね」って感じ。