大悪魔の農場   作:逆真

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今年のFGO夏イベ、水着ランサーパイセンが配布だってよ!
鬼ランドの年はキャスターばっかり配っていたような気がするけど、今年はランサーの年だな。槍年だな。


開拓計画3

 人間たちが丘陵地帯の端に築いた長い壁。

 

 その壁の少し離れた場所に、その『塔』は突如として現れた。大地の果てまで響くような鐘の音とともに。

 

 塔の主人である魔王は、丘陵地帯の亜人にこう告げた。

 

 ――選べ。

 ――服従か、抵抗か。

 ――服従するならば、安全と食料を与えよう。

 ――抵抗するならば、えーと、そうだな。

 ――マジでどうしようかな……。まあ、

 

 

「どうでもいいや」

 

 

 

 

 

 崇高なる八十八人の御方が座すホシゾラ立体農場の朝は早い。

 

 特に第一階層に所属する者たちは早起きだ。流石に転移初日はてんてこ舞いだったが、一週間が経過し、生活も落ち着いた。

 

 ホシゾラ立体農場では、第七階層に所属する十二天星などの例外を除いて、種族問わず休息が義務づけられている。疲労無効であろうと睡眠不要であろうと関係ない。食事も同じだ。

 

 十二天星ポッポ・ディスコ・ロック・ヴァルゴは天使であるため、睡眠も食事も不要であるが、創造主に与えられた設定に基づき、三食・おやつを食べるし、昼寝もする。

 

 ほぼ全員が飲食不要・睡眠不要・疲労無効な天使で構成されている十二天星の中で睡眠を取るのは、ポッポの他にはマクラ・アリエスとミシェル・キャンサーだけである。他のメンバーは昼寝すら取らない。

 

 逆に、食事は全員が取る。身体的に必要がなくとも精神的に渇望する。同じ天使と言っても、スケア・クロウ・リブラは身体の構造的に食事ができないため、わざわざ変身のアイテムを与えられている。シモベ如きに美味しいものを味わって欲しいという御方々の慈悲には感謝しかない。

 

 そのため、今後の補給や消費の事情が分からない状況下ではあるが、飲食が禁止・制限されていることはない。唯一残られた御方であるパレットの許可はある。むしろ、パレットこそがそのままにしておくように言ったほどだ。慈悲故なのか、単純に先のことを計算していないのかは判断に困るところだ。

 

 夜勤明けのゴーレムやアンデッドたちを横目に、おとめ座の歌姫は第一階層の畑道を歩いていく。

 

 本来であれば、この時間には鐘が鳴っているはずだ。世界一つに匹敵する価値を持つ鐘楼から、朝の六時を知らせる神々しい音が響いているはずなのだ。しかし、現在、農場の屋上に配置されている鐘は鳴らないようになっている。これは聖王国や周辺の亜人への配慮のためだ。

 

 許しがたい屈辱だ。

 

 ジュウが主導して亜人の制圧が進んでおり、国を作る計画が進んでいるが、国の面積は最低でも鐘の音が届く範囲のはずだ。つまり、いずれ聖王国は削る。聖王国全ての土地などいらない。ただし、鐘の音が届く範囲は全てもらう。これはパレット以外の農場に所属する者全ての共通認識と言えた。

 

 周囲を見れば、多種多様な姿の農民――NPCやPOPモンスター、傭兵モンスターが第一階層の田畑の手入れをしているはずなのだが、少しばかりまばらだ。

 

 パレット発案による開拓計画のためだ。現在、ホシゾラ立体農場の外の土地は誰の所有物というわけではないらしい。つまり、未開拓の土地。そこで我らが耕して畑にしてしまおうというわけだ。

 

 もっとも、この計画が農場全体に行き渡った後、パレットの下には開拓計画の提案書が殺到してしまった。畑が増えるのは大前提だが、畑の他にも欲しい施設が色々とあるのだ。

 

 例えば、五穀衆ナッツは前々から発酵蔵を増設して味噌の種類を増やしたいと言っていた。競馬場や人工湖を作って欲しいという案もある。ホシゾラ立体農場は崇高なる御方々の理想を形にした聖地だ。その聖地の有り様に文句や不満などあるはずもない。しかしながら、自分だけの施設を妄想するNPCは決して少なくないのだ。

 

 此度の異変はその妄想を現実に変える絶好の機会であるため、このような事態になった。第四階層の建築職人は忙しく、各施設の打ち合わせは順番待ちの状態だ。そのため、周囲の亜人を支配下にするために動いていたバヌは本来の役職に戻されたほどだ。

 

 周囲の目立つ亜人たちはほぼ支配下に入れたため、これからはやや離れた場所の亜人たちを制圧するための遠征を行う予定だ。ある程度の国民が揃えば、国を名乗る準備を進めることになるだろう。

 

 遠征部隊は二つ創設され、各指揮官は船長ジャックス・ゴールと番長ガンリュウ。仲が悪いことで有名な海賊ロボットと武人吸血鬼だ。必然的に競争になるため、丘陵地帯の統一は早く済むかもしれない。あの二人では敵わない強敵がいたら話は別だが、あの二人は強い。ギルドメンバーには遠く及ばないが、シモベの中ではトップクラスだ。

 

 必ずや御方の希望に沿う結果を出すはずだ。

 

 それに、あの二人が離れて行動するというのは賛成だ。呼吸するように喧嘩を起こすため、セットでいて欲しくない組み合わせなのだ。ジュウならば簡単に収めてくれるのだが、彼以外では難しい。煽り合いで終わればいいが、すぐに真剣な殺し合いを始めてしまう。争いは同レベルの間でしか起こらないというが、その通りだ。あの海賊と武人は理念も性癖も戦闘スタイルも違う癖に、思考回路が似通っているのた。

 

「だーかーらーよ、キビタロウは俺の部隊に入れるって言ってんだろうが!」

「阿呆。貴様のような愚連隊が未来ある若き武人を部下にしようなど恥を知れ。海賊なんぞ悪影響しか与えられんだろうが」

「おまえみたいな変態に預ける方だって心配なんだけどよ!」

 

 だからこんな風に、遠征部隊に取り入れる人材を巡って衝突があるなど、簡単に予想できたことだった。

 

「ポッポさんじゃないですか」

 

 回れ右をしてひっそりと離れたいところだったが、取り合いをされている張本人、五穀衆黍組キビタロウに挨拶をされてしまった。

 

「おはようなのさ、キビタロウ」

「おはようございます。……ぁ、キビを愛するキビタロウ!」

「それって挨拶なのか?」

 

 五穀衆黍組キビタロウ。種族は人喰い大鬼(オーガ)、職業は剣聖。レベル五十六。守護する領域はそのまま「黍畑」。好物はキビ団子と桃。配下のモンスターは猿、鳥、犬系のモンスターに偏っている。普段の農作業時はモンペ姿だが、現在は戦闘装束に身を包んでいた。

 

「ジャックスやガンリュウもおはようなのさ。キビタロウの取り合いなのか?」

 

 口論に集中していたジャックスとガンリュウだったが、ここでポッポに気づく。

 

「おう、ポッポ。朝からこのペドフィリアを視界に入れるとか災難だな」

「突然自己紹介を始めるな。ポッポも困惑しているぞ、ガラクタ」

「あーん? この場にいる変態はおまえだけだと思うんだけどなぁ、異常性癖者。あ、そういえばこいつのストライクゾーンからちょっと離れてて良かったな、ポッポ」

「黙れ。同族と人間種以外は最初からNGだ」

「狭い特殊性癖だな、トラウツボ。そんなんで亜人と上手くやれんのか? 俺たちはただ勝てばいいんじゃねえんだぞ?」

「それは貴様の方だろう、骨董品。おまえがない頭を使ってもどうせ失敗するのだからキビタロウもアワワも我に譲れ」

「このへんの奴らは高くてもレベル三十だぞ? どうやったら失敗なんてできるんだよ」

「その慢心は足をすくわれるぞ? あ、すまない。貴様は片足だったな。三歩歩けば勝手に転ぶか」

「おまえの足も今すぐ切り取ってやろうか!」

 

 偉大なる御方と農場の名において遠征する以上、敗北など許されない。それは大前提だが、今回の場合、指揮官を担当する二人にはもう一つの部隊よりも大きな戦果を挙げるという命題がある。

 

 両名とも創造主を含む御方々から専属のシモベは与えられている。しかし、念には念を入れて戦力を増強していると言ったところか。農場の守護がある以上、与えられた部下を全員連れて行くわけにもいかないし、場合によっては戦闘以前の交渉でどうにかできるパターンもあるのだから。

 

 今回の目的はあくまでも「支配」。報復などの理由があるわけでもなく殺し尽くす意味はない。労働力や情報源として活用するにはできるだけ生かしておく方がいい。

 

 では、誰を自分の部隊に入れるかという話になる。

 

 パレットは論外だ。理由は語るまでもない。

 

 他の階層守護者や十二天星はダメだ。レベル百近い相手がいるならばともかく、レベル三十程度の亜人に引っ張ってこれるほど暇な者は余っていない。二人とも副官は万が一のために担当の階層に留守番させておくつもりだろう。

 

 ……厳密にはネハン・オフィウクスには時間があるのだが、最終手段だ。彼を使わなければならないような状況など有り得ない。

 

 そうなれば、次は必然的に五穀衆に注目することになる。

 

 しかし、筆頭であるマイや次席のコムギは無理だ。現在、開拓計画の中で最も大きな水田と麦畑の開発があり、担当は当然の如くこの二人なのだ。なお、この二人はガジュマルの推薦で制圧した亜人たちの教育係にも任命されている。とても遠征に行く余裕などない。

 

 豆組のナッツは発酵蔵に集中している。それに奴は基本的に引きこもりだ。頼んでも泣きながら断るであろう。

 

 そうなれば、余っているアワワとキビタロウに声がかかるのはあまりにも当然の帰結だった。粟や黍は米や麦に比較すると需要が少ない。

 

「……ポッポ、粟組と黍組以外で暇している連中いねえの?」

「ジャックス、君たちの遠征の重要性は理解しているのさ。でも外の開拓準備が出来上がったから、これから忙しくなるのさ。本当はキビタロウもアワワも連れて行って欲しくないくらいなのさ。人手が余っている階層なんて第二階層と第五階層だけなのさ」

 

 第二階層『貯水池』。七つある階層の中で、第一階層に次いで大きな階層。しかし、その中は水で満ちているというか水しかない。移動手段は水上部分にある浮き島や岩場を足場にするか、船を使うしかない。一応、水中にはテトラポットや網などが張り巡っていて『区切り』はされているのだが、細かい領域は存在しない。所属するシモベは水上戦または水中戦を得意とし、水上戦艦『夢の欠片号』の船員である。

 

 第五階層『倉庫』。七つの階層の中で、第一階層に次いで殺傷能力が高い階層。大小様々な部屋から構成される迷宮であり、初見では必ず迷うと言われるほどである。食糧庫や冷蔵庫、衣装タンス、金庫の役割を持つ領域もある。階層守護者ガンリュウを筆頭に、強力な倉庫番が待ち受ける不可侵の領域だ。罠も強力なものが配置されているため、この階層を突破した侵入者はいない。

 

 遠征部隊にこの二つの階層の守護者が選ばれたのは必然だ。戦力的にも守護者の性能的にも適性があるが、一番の理由は暇だからだ。

 

 農作物を作る第一階層。家畜の世話をする第三階層。生活用品の生産や食料の加工が行われる第四階層。家事全般を担う第六階層。それらと比べると、第五階層は侵入者がいない限りは本気で仕事がない。帳簿をつけるくらいだ。

 

 第二階層も水の管理という重要な仕事があるのだが、そんなに人手が必要な仕事ではない。魚や貝の養殖が行われているが、専門性が高すぎて船長の出る幕はない。

 

 水源を確保する意味でも、遠征は必要になる。雨など天候操作の魔法でいくらでも呼べるが、そこから連鎖的に環境が破壊されるのではないかとパレットは心配しているのだ。御方が憂慮されている以上、それを考えるのがシモベの役目である。

 

「じゃあ何かいいアイデアねえか? 長老にも相談したんだけど、あいつも忙しそうでな」

 

 何せ大所帯の第一階層のトップだ。必然的に受ける連絡や報告も多くなり、日光浴の時間さえ少ないと言う。

 

「ジュウちゃんは?」

「流石にあいつにばっかり頼るのも悪いだろ。……ジュウもだけど、そろそろパレット様のストレスも限界値を超えるかもな。ちょっとピリピリしてんだよ」

「パレット様はストレスがたまりすぎると暴走するからな。そも、あの御方は事務仕事とかあまり好きではないだろうし……。そろそろ派手に発散させないとまずい。突然叫んで全裸で走り出すかもしれん」

「露出狂はジャンボだけで間に合ってんだろ。精々、自分の小指切り落とすくらいじゃねえか?」

「うーむ。周囲の者に斬りかかるよりはマシ、なのか?」

 

 その言葉を誰も否定しないことから、彼らがパレットに抱く印象がうかがえた。

 

「長官様の尻尾でもモフらせたらどうなのか?」

「ダメだ。お手を煩わせるがパレット様から言ってくださらないと。ソラは思いついても提案しないぞ。何故なら奴はヘタれる」

「あいつ、余裕があるように見せて内面は滅茶苦茶ヘタレだからな」

 

 呆れたように吐き出すガンリュウとジャックス。基本的に意見を同じにしないこの二人の見解が共通していると言うことは、およそそれが真実であることを意味していた。

 

「そんな時こそ歌があるのさ。歌はすごいのさ。アスパラベーコンなヘタレ女にも勇気をくれるのさ。聞いてください、リサイクルボトル様作詞作曲『待ちなマリー』」

「今歌ってどうする」

 

 気持ちは分からないでもないが。

 

 パレットに最も近い女性はソラだ。様々な理由から、彼女こそが相応しい。ホシゾラ立体農場に所属するシモベの総意であり、御隠れになって久しいテラ・フォーミングの願いだ。パレットも満更でもないようだ。しかし、問題なのはソラのスタンスだ。命令されればどのようなプレイでもする覚悟はあるようだが、反面で自分からは言い出さない。

 

 パレットは連日の業務で疲れているのだから、それを癒す名目で動くべきなのだ。これだけ外堀が埋まっているのだからソラにはもっと積極的にアプローチをしてもらわなければ困る。

 

 こんな状況だからこそ、分かり易い吉報が欲しい。流石にすぐに御子を授かることはできないだろうが、『そういうこと』が行われているだけでも安心感が違うのだ。

 

 どうあっても燻るのだ。パレットも他のギルドメンバーのように、自分たちを置いていくのではないかという不安と恐怖が。

 

 それはそれとして、扱いは変わらないが。

 

「ライフ・イズ・パンダフル様とテラ・フォーミング様の婚姻にはパレット様が尽力されたそうだが、今も似たような状況なのかもしれん」

 

 ライフ・イズ・パンダフルはパレットとは実の兄弟だと聞く。具体的に何をやったのかは想像するしかないが、お二人の兄弟愛には感動するばかりである。

 

「あー、何だっけ? ライフ様とテラ様に気ぶっているパレット様は最萌? とか何とかどなたかがおっしゃっていたような気がするな」

「御方のお言葉が朧気とは。記憶メモリが摩耗で使い物にならなくなってきたか、ポンコツ」

「悪いな、おまえの知らない記憶でよぉ。自慢になっちまったな。死肉野郎」

「……あの、それで拙者はお二人のどちらについていけばよろしいので?」

 

 キビタロウからの言葉に、ここがどこだか思い出すジャックスとガンリュウ。

 

「そうだったな」

「すっかり忘れていた」

「おい、なのさ」

 

 本末転倒な犬猿に呆れていると、別の方から大きな声が聞こえてきた。

 

「はい注目!」

 

 ハキハキとした女性の声だ。

 

 ポッポだけではなくジャックスもガンリュウもキビタロウも其方を見る。

 

 声の主は少し離れた場所で、木箱の上に立っていた。此方には気づいていないようだ。畑の野菜に向かって何やら叫んでいる。

 

「ホシゾラ立体農場第一階層所属、五穀衆筆頭マイである! 今日からおまえらに御方の偉大さと農場の素晴らしさとお米のおいしさを叩きこんでやるからよろしく! お米万歳!! お米万歳……万歳……違うな。えっと、次は何だったかな?」

 

 途中までは威勢が良かった声は突然失速した。歯切れが悪そうな調子でぶつぶつと呟き、手に持っている紙を見る。

 

「あ、そうだった。復唱せよ、お米万歳! 声が小さいぞ、なめてんのか! お米万歳! もっと腹から声出せや、お米万歳! できるのなら最初からやれ、お米万歳! お米……お米万歳ばっかり言うのも芸がないかな。いやむしろ、白米万歳の方がいいかな? でも玄米も美味しい……」

「何やってるのさ」

 

 突然ポッポから声をかけられて、その女性はびくっと驚く。どうやら全く気付いていなかったらしい。この距離になるまで気づかなかったのは、集中し過ぎではないかと心配になるが。

 

 爬虫類特有の縦に割れた瞳孔が四人を捉える。 

 

「うわ、ポッポか。急に後ろから話しかけてこないで。あ、船長や番長、キビまでいますね。どもども、おはようございます」

「おう、マイ。おはようさん」

 

 ジャックスが呼んだように、この女性の名前はマイ。五穀衆筆頭のリザードマンである。鱗は薄緑色で、どこかぬるっとしている。蜥蜴というより蛙の表皮を思わせた。

 

「何故、発声練習などしていたのだ? 次の祭典では貴様も歌うのか?」

 

 ガンリュウからの質問に、マイは決まりが悪そうに頭をかく。 

 

「えっと、私さ、亜人たちの教育係をすることになったじゃないですか。私が教育した分は私の好きなように使っていいって話なんですね? パレット様から農場の外に大きな田んぼ作っていいって言われたのはいいけど、こんな状況だから人手不足で、亜人の件は渡りに船だったんですけど。いざやるってなると緊張しちゃって練習をしていまして」

 

 この場でやっていた理由は、野菜を亜人たちに見立てていたようだ。手に持っている紙は指導のメモか。

 

「はっ。農場産じゃねえ亜人相手に何で緊張するかね」

「阿呆。貴様と違ってマイは繊細なのだ。それを汲んでアドバイスの一つも言えんのか、単細胞」

「ああん? 亜人どもは力を重視する種族が多いんだから一発ぶん殴ればそれでいんだよ。頭使って言葉で説得しようとするのが時間の無駄だ」

「呼吸するように喧嘩しないでくださいよ」

「マイ。緊張する時は手のひらにヒトデを描いて飲み込むといいのさ。私はいつも歌う前にそうしているのさ」

「ポッポさん、それは何か違います」

 

 実際にやっている以上は効果があるのだろうが、ただのプラシーボ効果だろう。元々そういうものだと言われたらそれまでだが。

 

 マイは自らの腹部をさする。

 

「お腹が痛くなります。船長や番長がこれから連れてきた奴らも私とコムギが教育するんでしょう? 早く田植えがしたいです……」

「流石に教える人数が増えたら教導者も増えるとは思うがな。いや、その場合は部族の代表者にだけ教育して、それを部族全体に広める形になるか?」

「じゃあそれまでに何らかのノウハウを得ないといけませんね。はあ、水田が完成するまでの辛抱ですかね」

「え? 開拓の準備ってできたんじゃないのか?」

「測量と環境調査が終わったばっかりで、まだ整地の段階ですよ。これから邪魔な木を切ったり岩をどかしたりして、地面を耕してですね……。水田もゆくゆくは見渡す限り作りたいですが、まずは試験的に一畝、三十坪くらいです」

「結構のんびりしてんだな」

「これでも急いでいるんですけど。始めての土地開発にしては急ピッチなんですけど」

 

 何せギルドメンバーがあらかじめ作ってくれた農場内を耕した経験しかない。新しく土地を開いて農地にする経験などシモベの誰も持っていないのだ。図書室にある本をひっくり返して、それらしい能力と設定を持つシモベで話し合い、手探りでやっている現状だ。

 

「地道にやるしかないのさ。心配しなくても地面は逃げないのさ」

「季節は逃げていきますけどね。急がないと冬が来てしまいます……! 最悪の場合、田植えが来年に延びてしまう可能性も……! ああ、偉大なる我が創造主にして米の女神、秋田小町様、どうか貴女様のご加護を……」

「……秋田小町様、そんな神格を持っていたのか?」

「知らねえ。初耳だ」

「あの御方なら持っていても不思議ではないがな」

「今度、パレット様にうかがってみましょう」

 

 その後、キビタロウの配属先で揉めていた二人の喧嘩が再開された。ガジュマルが駆けつけ、二人を農場から放り出したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「久々の、というか転移してから初のお休みだー!」

 

 腹の底からそう叫びながら、パレットは自室のベッドにダイブした。

 

 第六階層『住居』にギルドメンバーの部屋はある。ギルド拠点を手に入れた時の人数は七十人ほどだったはずだが、増えることも予想されて部屋数は百作ってある。結局二十三は手付かずの状態で放置してあるが。

 

 初期デザインは中世ヨーロッパ風の貴族の部屋をイメージして作ってある。完全な和風に改造しているメンバーもいるが、パレットの部屋は洋風を貫いている。ただ、額縁に飾ってある世界の名画が部屋の壁を埋め尽くしているのは他のメンバーの部屋にはない趣である。パレットが好きな絵を適当に配置しているため、時代も地域も作者もバラバラで、美術館というよりはホラーハウスのようでさえある。

 

「よし、偉い、偉いぞ、俺! 褒めて、義姉さん! あ、兄貴も義姉さんもいねえんだった! はははははははは! うへへへ! よくも苦手な書類とこれだけ連日連夜の長時間向き合った。しばらくは活字を見たくねえ。判子を持ちたくねえ。椅子に座りたくねえ。あー、一週間くらい自堕落な生活に溺れたい、もう働きたくねえ……! ……でも何したらいいんだろうな」

 

 かつて生活していた現実世界での休日を思い出してみる。一週間ほどしか経過していないのに遠い昔のようだ。

 

 ユグドラシルで遊んでいたら貴重な休日が終わったなんてことはよくあった。ゲーム以外ならば、趣味の絵の練習をすることが多かったが、家族(兄や義姉、両親)と過ごす、本(ジャンル問わず)を読む、録画していたドラマやアニメを見るなんてことも多かった。

 

 兄や義姉はいなくとも息子はいるし、友達の子どもたちはいる。本も映像作品も著作権切れのコピーが図書室や専用の倉庫に山ほどあるはずだ。しかしながら、生活が一変した今、現実世界と同じような過ごし方で良いのだろうかという疑問がある。

 

 自分が横たわっているベッド一つにしても、一生縁がないような超高級品である。顔を突っ伏しているだけで眠たくなってくる。寝て休日が終わるのはもったいない気がする。

 

 社長や専務はどういう休日を過ごすのだろう。何となく、金持ちはゴルフをしているイメージがある。あるいはバーベキュー。どちらも保護区以外の自然が壊滅している現実世界では金持ちの道楽以外の何物でもない。

 

「ジュウでも呼び出して親子の会話を……あ、駄目だ。あいつ、ジャックスとガンリュウの手伝いで忙しいんだった。二人とも遠征に行くんだっけ?」

 

 暇ならば仕事を受け取れ、とばかりに任命された二名である。遠征だの亜人の掌握だのは完全にジュウに任せてある。医者でもあるが、本質は軍師だ。悪いようにはしないだろう。自分と違って、あの自慢の息子は大変頭がよろしいらしい。バカな父親が口出ししても邪魔になるだけだろう。

 

「この一週間だけで丘陵地帯の勢力図を随分と変えたみたいだからな。下手に停止するより突っ走った方が安定するのか。最終的に国にする予定なんだっけ? そのうち、聖王国にも戦争を仕掛けたりしてなー」

 

 笑えない冗談だ。

 

 あくまでも部族・種族単位のコミュニティで完結している亜人と、人間という種族の中で枠組みの一つとして存在している聖王国とでは敵になった意味が違う。

 

 それでも喧嘩を売られたら全力で買うつもりだが。というより、亜人たちを束ねて国を名乗るというのは聖王国を煽ることにならないだろうか。そのあたりについても考えている節があるため、あの自慢の息子に任せておいた方が良さそうだ。それにしても、何を考えているのかさっぱり分からない。

 

 何とも情けない父親だ。

 

「親になるとしたら、あのクソ親父みたいにはならないようにするって決めてたのにな……」

 

 兄は鳶から生まれた鷹だが、自分は蛙から生まれた蛙だった。

 

 考えないようにはしているが、どうしても兄や義姉の顔が浮かぶ。ここにいるのがあの二人のどちらかだとしたらもっと上手くやれているはずなのに、と。いや、あの二人でなくとも自分以外のギルドメンバーならば問題なかったのではないかと思う。

 

 冷静に考えてみたら、異世界に来て初日に畑を作るぞと言い出す自分は一体何なのだろう。ギルドメンバーの誰かが残っていたら真剣に止めていたであろうことは想像に容易い。

 

「俺にしかできないことってのはあんまりないよな」

 

 今のパレットのビルド構築は魔法職に比重を置いた魔法剣士。もっと言えば、サポートを目的としたバランス型だ。防御役(タンク)探索役(シーカー)回復役(ヒーラー)を疑似的に一人で担える。ユグドラシルプレイヤーとして見た場合、決して強いとは言えない。ユグドラシルにおいて、強いプレイヤーとは一点特化型がほとんどだった。

 

「いや、一応、俺にしか使えない特殊技術(スキル)もあるにはあるんだけどな……」

 

 ふと思い出す。ユグドラシル時代ではほとんど使ったことのない特殊技術(スキル)。プレイヤー全体で見てもあまり持っていないであろう稀有な能力。同時に、ユグドラシルにおいては全く価値のないと言っても過言ではないカス能力。

 

特殊技術(スキル)発動。ギャンブル・フルーツ」

 

 手のひらを天井にかざすと、手の上に光が集まり、やがてそれが収束していく。光が完全に消えた後、パレットの手には林檎が握られていた。

 

 パレットは何の躊躇いもなくその林檎を一口かじる。ゆっくりと噛んで飲み込む。しばらく待っても自分の体に変化がないことを確認すると、残った林檎をヘタや種も取らずに丸飲みした。

 

「むしゃむしゃ。美味いだけだな……。世界が変わったことでレベルキャップが開放されて、レベルアップできると思ったんだけど、無理だったか。後で色んな奴に食べてもらって効果がないか実験してみるか。ユグドラシルと仕様が変わってなかったら、マジで意味のない能力だな」

 

 自虐的な笑みを浮かべているとドアをノックする音が聞こえた。ベッドから起き上がって佇まいを直す。もうかなりみっともない場面を見られているような気はするが、一応の格好つけは必要だ。

 

 入室を許可すると、現れたのはソラだった。義姉の子。美しい人狼。

 

 何故か浴衣姿だった。旅館や夏祭り会場ならば似合っただろうが、ここは洋風の部屋であるため若干ミスマッチだった。それが些細なことに感じるほど、彼女は美しかった。童貞にはチラリズムは目に毒だった。

 

「パレット様、お加減いかがでしょうか?」

「上々だな。何か用か? 仕事か? 緊急の仕事が発生したのか?」

 

 折角の休日がパーになったのかと心配になったが、ソラは噴き出した。パレットのあまりの必死さが可笑しかったらしい。

 

 そんな所作ですら魅力的に映るのだから、どうやら思っていた以上に彼女にほれ込んでいるらしい。義姉のくだらない悪戯に救われた形だ。我ながらちょろいなぁ、とは思う。

 

「いいえ。仕事の件ではありません。ただ、パレット様が万全な休日をお過ごしできるように何かお手伝いできることはないかと思いまして」

「ふむ。つまり、今日という休日を一緒に過ごしてくれるって意味か?」

「はい」

 

 この場合、彼女は仕事になるのか休暇になるのかそれが問題だ。気があるとはいえ上司と過ごすのだ。緊張してしまわないか。しかし、目の前の彼女に緊張しているような様子はない。むしろどんなことでも言ってくれと言わんばかりに期待に満ちた目をしている。

 

「じゃあお願いしちゃうかな?」

「はい! 畏まりました!」

 

 表情を喜色で満たすソラを見て、パレットも顔が綻ぶ。

 

 設定だろうが何だろうが、彼女が自分を愛してくれているのは確かなようだ。これが演技だというのなら騙された自分が悪いのだ。真実を突き付けられるまで騙されていよう。

 

「とりあえず、いつまでも立っているんじゃねえよ。おまえもこっち来い。ベッドにでも座れ」

 

 自分の横をポンポンと叩く。言ってから女性にこの誘いはちょっとデリカシーに欠けていたことに気づく。やはり経験不足は否めない。訂正しようと思ったが、ソラの様子がおかしいことに気づいた。固まっていた。

 

 ひょっとしてキモがられているのかと心配するが、それにしても反応がない。

 

「……ふっわ!?」

 

 ワンテンポ遅れて素っ頓狂な声を出したかと思えば、顔を真っ赤にして体の前で手を振り出す。

 

「い、いえ! 此方で大丈夫です、はい! その、肉体関係はまだ早いと思うのです、ええ! 主に私の心の準備がまだですので!」

「今、はっきりと痛感したわ。おまえ、義姉さんの子だ」

 

 まさか、こんな形であの日の兄の気持ちを理解するなんてことがあるとは夢にも思っていなかった。




転移の舞台を聖王国近くにした理由は、ナザリック側に原作崩壊を起こさせやすいからですね。
流石にプレイヤーが近くにいるのが分かっているのに、両脚羊牧場作れないでしょうし。別の場所には作るかもしれないけど。
wikiで確認しましたところで、デミウルゴスがスクロールの素材を探して出立したのが転移から九日目かそこらなので、接触はそろそろかなと。
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