響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。
そして瓦礫と共に奈落へと落ちてゆくハジメ。
そこまでならまだいい。いや、メルドとしては全く良くないが、他のクラスメイトにとっては許容範囲内だ。
ハジメは「クラスの仲間」ではない。一緒に転移してきただけの異物だ。精神ダメージは騎士たちに犠牲が出た場合と変わらない程度で済む。
だが許容できない事態が起きた。
高嶋友奈が南雲ハジメを助けに行って、戻ってこれず共に落ちてしまったのだ。
それを見て、真っ先に光輝が暴走し奈落へ駆け出そうとした。
「落ち着け光輝! お前まで死ぬ気か!?」
「放せ龍太郎! 友奈を見捨てる気か!」
隣で暴走する香織を押さえ付ける雫と同様に、暴走する光輝を龍太郎が押さえ付ける。
どちらも止める側が腕力で勝るため食い止められているが、クラスの中心人物達が完全に機能停止していた。
当然、クラスメイトたちも統制が取れなくなる。泣き出したり呆然とするものはまだマシで、光輝につられて「友奈を助けるんだ」と邪魔する龍太郎を後ろから殴ろうとしたものもいた。
無限湧きするトラウムソルジャーという脅威は未だ健在だというのに、この調子では本当に全滅してしまうかもしれない。
「いい加減にせんかっ!!!」
メルドが光輝の頬を殴りつける。
その程度で折れる光輝ではなく、メルドを睨みつけるが、意識を引き付けることには成功した。また光輝につられていた者達もメルドの行動に驚き、足を止めている。
「暴走している場合か! このままでは全員死ぬぞ! 他の者にとってはもうお前だけが頼りなんだ! それを自覚しろッ!!」
「ッ、!」
「今出来ることは何もない! 落ちた者を助けるなら、まず生き残ってからだ!」
ベヒモスが現れた時、褒めて伸ばす方針を後悔はした。だがいきなりは変えられないし、現状に合わせてどうにかするしかない。
光輝を認め、光輝の自尊心を傷つけず、光輝の正義を曲げさせるわけでもないと思わせる言い方。こうすれば光輝は反発しないし、十分に実力を発揮する。そのはずだと短い付き合いから推測しての言葉選びだ。
その思惑は上手くいき、光輝に落ち着きが戻る。
「皆のこと友奈に頼まれたでしょ! 早く撤退するわよ!」
そこへ雫の援護が入り、光輝の意識が切り替えられる。
しかし行動を起こす手前で雫に背負われた香織が目に入った。
「香織はどうして気絶してるんだ?」
「あまりに暴れるから騎士の人が寝かしてくれたわ。あのままじゃ香織が持たなかったけど、私には出来なかったから。
それより早く皆をまとめる! 今は時間が敵よ!」
「ああ、わかった!
皆! 今は生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」
クラスの中心が再起動したことで、クラスメイトもまたノロノロとではあるが動き出す。今の精神状態でトラウムソルジャーと戦うのは無理だが、既に階段は確保しているのだ。戦う必要はなく、ただ歩いて逃げるのをやめないことが必要になる。
光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞する。
上階への階段は長かった。先が見えないほど上まで続いており、ゴールが見えない逃走はクラスメイト達の心を削る。
幸いにしてただ長いだけでトラップもなく、必死に上るだけでよかった。それでも30階層分は上ることになったが、休憩なしで大きな魔法陣が書かれた壁まで駆け抜けることが出来た。
一向に変化しなかった景色に唐突に表れた魔法陣。それにクラスメイト達も生気を取り戻すが、これが追撃のトラップではない保証はない。
メルドは細心の注意を払って調べるが、ただ壁を扉として機能させるためだけの物のようだ。
問題なしと判断し、魔法陣を起動させて壁を超えると、元の20階層の部屋にたどり着いた。
「帰ってきたの?」
「戻ったのか!」
「帰れた……帰れたよぉ……」
クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。
しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。
メルドは休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。
「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」
少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをいかつい顔で封殺する。
光輝もメルドに同調し、最後の力を振り絞って歩みを再開させた。道中現れた魔物は騎士団員たちが撃破し、一気に地上へと駆けて行く。
そしてついに正面門の大広場まで辿り着いた。
オルクス大迷宮に潜って一日も経っていないが、永い間見えていなかったような空が見え、クラスメイト達の緊張も緩む。これ以上歩くことも出来ず、その場で座り込んだり、倒れこんだりしていた。
そんなクラスメイト達を横目に、メルドは受付に帰還の報告をしに行っていたのだが、離れているうちに雲行きが怪しくなっていた。
「友奈ちゃん……置いてきちゃった……」
誰かがポツリと呟いた。
それを皮切りに、危地を脱した解放感が、危地に仲間を置き去りにした罪悪感に取って代わる。
謝る声が増え、安堵や解放感が浮かんでいた顔が曇っていく。
そして罪悪感から逃れるため、ついにこの事態を起こした原因を求め始めてしまった。
「南雲の奴、高嶋の足引っ張りやがって……! あいつさえいなけりゃ高嶋は……ッ!」
悪者探しをした場合、真っ先に上がるのはハジメだ。
クラスのほぼ全員に敵視されるくらい評価が低く、転移してからは一人だけ工房と専属講師を与えられるなど特別扱いを受けていることに嫉妬していた。そして「死人に口なし」と言うように、悪者にしても反論されない。クラスメイト達の罪悪感を解消するための、絶好の捌け口だった。
直前にベヒモスの足止めで活躍していたなど関係ない。アレは同行していた友奈の功績にカウントできるからだ。
また魔法に当たったことだって「ハジメが射線上に入ったせい」だと皆は考えた。「誰かがハジメを狙って撃った」と今いる仲間を疑ったり、「自分が誤射した」と疑われ自分が悪者になるよりも、ハジメに全責任を押し付けた方が丸く収まるからだ。特にトラップを発動させ全員を死地に連れて行ってしまった鈴は、親友である恵理の誘導もあって、自身の心を守るため熱心にハジメを責めていた。
ハジメを庇う香織は眠り続けており、基本的に香織の意見に賛同する雫もそれどころではない。
止める者がおらず、集団で意見が一致したことで、さらにハジメに責任を求める声は加速していった。
「(……これは無理だ。私ではもうどうしようもない。すまない、坊主)」
メルドが報告を終え、戻った時には手遅れだった。
もうクラスメイト達の中で、悪いのはハジメで意見が統一されている。今更なにを言っても聞かないだろう。
本人も自覚する通り、もはやメルドに出来ることは何もない。
“勇者”を失ったことで騎士団の団長という地位からも追われるだろう。起きたことをそのまま報告して、それで終わりだ。この後、転移者たちを完全に懐柔するため、貶められるであろうハジメの名誉を守ることもできない。
憂鬱な気持ちを顔に出さないようにすることすら失敗し、溜息を吐くことも出来ず渋面を浮かべるメルドだった。
「団長! 迷宮の受付から、高嶋様と南雲様が帰還したとの報告がありました! どうしますか!?」
「はぁ?????」
予想外過ぎる吉報に戸惑いながら、二人を回収。
今のクラスメイトに気付かせるのは悪手と考え、騎士団員に傷の治療をさせてまずは一晩休息を取らせた。
「―――とこんな感じです」
「…………よく生きてたな。普通何度も死んでいるぞ」
翌朝、ハジメの方だけ起こして話を聞いた。
誤射だと思った魔法が、まず間違いなく意図的に放たれたモノだったということも含めてだ。
それを聞き、益々ハジメをクラスメイトと合流させてはならないと確信したメルド。ハジメもそうなっていることは予想できたようで、意見に賛同した。
「なら前線から離れて後方勤務とかできませんか? 天職“錬成師”なわけですし」
「……もう、無理だ。オルクス大迷宮の未踏破階層から帰還して後方勤務は通らない。坊主たちが落ちたという情報は他に知られているから、隠すこともできんしな」
ただでさえクラスメイトは全員戦闘系なのだ。最初からあからさまに後方支援タイプだった愛子ならともかく、実戦で成果を上げた者を後方支援要員とは思ってもらえない。
そして前線勤務ならクラスメイトはある程度まとまって行動することになる。ばらけさせいくつかの戦場で戦わせるよりも、“勇者”の旗印のもとで神の使徒が団結して戦うという構図の方が神殿の上位者には好まれるからだ。
そうなればハジメはまた味方からの『誤射』を受けて、今度こそ死ぬようにされるだろう。
「何か、何か手はないですか……?」
「……一応ないこともない。だが危険だ。ここに留まって状況が改善するのを祈るのとどっちがマシかはわからん」
「聞かせてください」
「他の大迷宮への挑戦だ。
【反逆者】達が創ったと言い伝えられるのと合わせて、何か眠っているとも伝えられている。あるいは危険な何かを封じているとな。それの調査なら認められるだろう。事後承諾でも問題なく、だ」
「でもそれって」
「いきなり深い所まで潜れというわけじゃない。浅い所での調査だけなら危険は低いはずだ。
……上がどの程度の成果を期待するかわからんのが、この手段の欠点だな。現場を理解せず高望みされれば危険だ。探索自体はもちろん、報告の出し方も考える必要がある。
だが坊主がここから離れられて、問題にもならない手段と言うと私にはこれしか思いつかん。文官どもならそういうのに詳しいだろうが、私は叩き上げだからな」
クラスメイトから離れるだけなら簡単だ。こっそり行方を眩ませればいい。ハジメがいなくなっても(友奈と香織以外)誰も追わないだろう。
だがそうすると「紛れ込んだ神の敵が“勇者”抹殺に失敗し、正体がばれて逃げ出した」みたいな扱いになる可能性すらある。そうなれば人族の国に居場所はなくなってしまう。そうでなくとも神の使徒であるクラスメイト達とは完全に決別だ。何かあれば即座に敵認定を受けることになるだろう。
しかし大迷宮調査は危険こそ伴うが、国と神殿を味方に付けられる。孤立を避け、クラスメイトとの敵対を防ぐ抑止力に使えるはずだ。
何を選ぶのが正解かはわからない。生き残れるかどうかは選んだ後の行動と運次第なのだから。
ハジメはしばし悩んだ後、メルドに一つ質問をした。
「高嶋さんに」
「ん?」
「高嶋さんに同行を頼んでも、問題ないでしょうか?」
「合意があるならいい。だがその場合リーダーは“勇者”、上からの期待は重くなるぞ。
―――それとハイリヒ王国騎士団長として言う。“勇者”の死は認められん。死んでも彼女は生きて返せ」
「そこは勿論、そのつもりです。
お願いだけしてみます。その後は、大迷宮調査に向かいます」
「わかった。準備はやっておこう」
ふらふらとハジメが部屋を出ていく。
まだ友奈が起きているかも不明だし、答えが出るまで時間はかかるだろう。とはいえ友奈が了承した場合は、クラスメイトに見つかる前に出ないと面倒になる。メルドは生徒達に見つからないよう、こっそり迅速に行動を始めた。
「(できれば付いて行ってやってほしい。高嶋が残っても、この空気では馴染めんだろうしな)」
加害者が何食わぬ顔で混じり、全員で被害者を叩く集団。そんな所に実情を知る友奈を入れても、良いようにはならないだろうとメルドは思い、ハジメのお願いが上手くいくことを願っていた。
この日のうちにハジメと友奈は旅に出ました。
クラスメイトには旅立った後に説明。香織は原作通り5日間寝てて、全部終わってから起きます。
恵理が鈴を誘導してたのは、犯人が絞れなかったので、香織を孤立させて排除するため。ハジメも友奈も生きてて無駄になったけど。