トータスには誰もが知る大峡谷がある。
西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡【ライセン大峡谷】だ。
長さだけでなく、深さは平均して1.5キロメートル、幅は900メートルから8キロメートルという大きさもある。
そしてなにより特徴的なのが、断崖の下ではほとんどの魔法が使えず、強力で凶悪な魔物が多数生息していることにある。古代より処刑場としても利用されてきたこの世の地獄だ。
そんな人が生きていける環境では到底ないはずの谷底を、ハジメと友奈は歩いていた。
「「「「「グルゥアアアアアアッ!!!」」」」」
魔物の群れが本能に従って人間に襲い掛かる。
身を護る力を振るうことさえできないはずの人間は、慌てることなくスマホ―――“錬成”でバッテリーを充電された状態に変えた。細かい構造までは把握できていないが、技能に大事なのはイメージである。そこさえ出来てれば無理も通せた―――で魔物を撮影しつつ迎撃態勢を取った。
「奇襲できるのに吠える、野生じゃないのかな? 高嶋さん、データ優先で」
「オッケー! 勇者、弱パンチ!」
友奈が魔物を殴る。谷底では魔法は使えないが、身体能力は落ちない。単純だが早々用意できない対策だ。
また武装も打撃が命中した瞬間に風の魔法が噴き出し、距離を取らせるものを使用している。ゼロ距離でなら魔法の道具も効果を失わないのだ。これも言うは易し、実行するとなると出来る者は限られる手段である。
魔物たちは群れで襲い掛かるも、スペックで上をいかれ一体ずつ弾き飛ばされた。だが不自然にダメージが少ない。即座に立て直し包囲してくる。
「毛皮が硬くなってたよ! たぶんアレが固有魔法! あと弾力が結構あった!」
「了解! 固有がわかったなら情報はもういいから倒しちゃって」
ハジメが杖で友奈の籠手を叩く。
すると籠手が変形し、別の魔法具へと組み替えられていく。“錬成”による改造をその場で、戦闘中に隙を作らないほど高速で行っていた。
ライセン大峡谷では基本魔法や魔法系技能が使えない。何故使えないかというと、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。
だが練度の非常に高い“錬成”は物体内部で完結し、魔力系技能ながら周囲の影響を受けずに使えるのだ。“錬成”特化のチートスペックを、脇道に逸れずに真っ直ぐに伸ばしたから出来ることである。ただし気体を対象に含んで範囲拡大した“錬成”は魔力が分解されてしまうため、魔法陣を刻んだ杖や靴で対象に触れる必要がある。
「ありがとう! 勇者チョーップ!」
殴打用の籠手が手刀用の物に切り替わっている。武具に刻まれた風の魔法も、薄く鋭く噴出し切り裂く物に改造されていた。
打撃には強かった魔物も、斬撃には対処できず順番に撃破されていった。
「他の魔物の奇襲もなしか。高嶋さん、怪我はない?」
「大丈夫だよ! でも魔物が変な感じだったな。強いけど、なんだろ、単調?」
「それはいい知らせだね。今回はちょっとペース上げていこうか」
「お疲れ様。データまとめるから先に休憩してて」
「はーい。あ、お湯は沸かしてるね」
地面に穴掘って休息を取るハジメと友奈。
“気配感知”や“気配遮断”などの技能を持たない二人にとって、谷底は魔物が奇襲を仕掛け放題な空間だ。だから何もない地下に潜り、完全に身を隠すのが最適解。地下を行く魔物の存在も考えたが、振動感知機能を付けた硬い壁の中に籠ればそっちは対処できると判断した。
ちなみに穴を掘ったのはハジメの“錬成”。空気穴は危険なのでなく、空気を吸い込み内部で二酸化炭素を酸素に変える【ライセン大峡谷】対応の魔法具―――嵩張るのでこの場でハジメが作った―――で対応。食材は持ち込んだが、水を出す魔法具は“錬成”できるし、休憩と食事のための道具もこの場でハジメが作った。どこでもいれば便利なのが“錬成師”である。そこに魔力を割く分、戦闘ではかなり友奈に頼っていた。
二人が【ライセン大峡谷】にいるのは失伝した七大迷宮の捜索のためだが、ここが選ばれたのにはわけがある。
一つ目はざっくりしすぎだが一応場所は示されていること。
二つ目は現地の騎士には相性が悪いが、友奈とハジメなら問題なく戦闘可能だろうとメルドが判断したこと。
そして三つ目が最大の理由。
魔人族との国境が【ライセン大峡谷】であることだ。
今は未開の地でしかないが、ここを把握できれば敵国に攻め込めるかもしれないし、攻め込まれるとしてもルートを絞ることが出来る。戦争をするうえで最重要となりうる場所なのだ。
だからこそハジメと友奈は正確に報告する気はない。戦争は大陸の端での小競り合いで済ませ、自分たちやクラスメイトたちが戦場に投入されるまでの時間を引き延ばすつもりだ。
しかしあからさまにサボればバレる。ゆえに地図は杜撰に、魔物については脅威
そしてその「余計な情報」には、本命である七大迷宮も含まれる。
「……やっぱりこの辺りの魔物の行動パターンはオルクス大迷宮のに似てるな。当たりを引けたのかもしれないね」
ハジメたちが七大迷宮に挑まなければならない切羽詰まった理由はない。通り越して戦力を送り込むのは無理という結論を出させるだけなら、ほどほどに魔物の調査だけやっていればよかった。
だがあからさまに何か秘密があるようだし、地球への帰還方法も探さないといけない。ゆえに二人で話し合い、隠れて七大迷宮を攻略すると決めたのだ。
ハジメたちは神代迷宮の位置に当たりを付けて行動していた。
その方法は「遥か昔から変わることなく谷底に降りられる場所」から谷底に降り、その近辺を探索することだ。
オルクス大迷宮の存在から、【反逆者】は迷宮に挑んでほしいのが伺えた。ならただ広いだけの場所にノーヒントで入り口設置して無駄に時間かけて探せとは言うとは考えづらい。目印か決まった道筋があるのだろう。
【ライセン大峡谷】に谷底まで降りられるルート自体はいくつもあるが、普通のルートは魔物が暴れたりして通れなくなることも多い。だが昔から存在しており通れなくなったことがないなら、それは何らかの対策が施されているということになる。おそらくその中のどれかが正規ルート。候補を絞って谷底に降り、迷宮を隠す魔物か、普通の魔物かを見分ければ大迷宮の入り口を見つけられるだろうと予測していたのだ。
そして予想通り、野生とは思えない行動を取る魔物
より強い魔物がいる方に進めば、さらなる手掛かりも期待できそうだ。
「(今回の探索で入り口を見つけられたら、一回街で補給に戻って準備整えてから挑戦。入り口を見つけるのに時間がかかり過ぎたら、近くの降下出来る場所からこの辺りに向けて調査、かな。あんまり長時間ここばかり調べてたら何かあるって言ってるようなものだし。効率よく探索できるように、調べる方向と順番も考えておかないとなあ)」
「南雲くん、ちゃんと休まないとダメだよ。お茶入ったし、一緒に飲もう」
「うん、わかった。ちょっと待って」
「南雲くんのちょっとは長いからダメ。ほら、こっちこっち」
この二次創作での独自設定
魔物肉ブーストについて
原作でハジメは魔物の肉を食って体を崩壊させ、神水でそれ以上の速度で回復させてステータス爆上げ、各種技能を獲得しました。
ただ魔物を混ぜて、雑に治してメリットだけとは思えないので、“錬成”の適性が低下していると想定しています。イメージとしては下の数値くらい。
魔物肉なしハジメ
“錬成”1000 他技能合計50 ステータス10
魔物肉ありハジメ
“錬成”500 他技能合計750 ステータス10000