「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」
右手は赤熱化した籠手、左手は鎖付きの鉄球―――モーニングスターを装備した、全長20メートル近い巨大甲冑から女性の声でやたらと軽い挨拶がされる。
迷宮の随所に刻まれた煽りは確かにこんな感じだったが、本体も同じノリなのは流石のハジメもこの空間との雰囲気の落差で困惑するはずだった。なのに苛立ちが先に来る振る舞いだ。
だが細かいことは気にせずすべきことを成せる者もいる。
「初めまして! 高嶋友奈です!」
「っ、初めまして! 南雲ハジメです!」
ハキハキと挨拶を返す友奈に、つられてハジメも挨拶を返す。
巨大甲冑は不満げに肩をすくめため息までついた。
「はぁ~、素直に挨拶返されちゃいじり辛いよ。空気読んでよ~。
私が人を弄るのが生きがいなのは散々アピールしたでしょ? もっと人に好かれることしなよ。馬鹿なの?」
相手がなんと返そうが煽り倒すつもりだったのだろう。相手をイラつかせることを目的とした言動だ。
細やかな所作も合わせ、人を苛立たせるための言動を続けている。こんなのに普通に対応できるものは友奈以外だと早々いないだろう。
「うぇっ!? ごめんなさい、やり直していい?」
「いやもう遅いし。
と言うか何? なんの用でこんなとこに来てんの? 盗掘に来たなら殺すけど」
自分で迷宮の入り口に看板設置しておいてこの言い草である。
友奈に代わり、ハジメが事情を説明する。
オルクス大迷宮のチュートリアル100階層にたどり着いたこと。他の試練に挑んでから来いと書かれていたこと。何かあるらしいと言い伝えられているから、とりあえず来やすい所に来たことを話した。
「行動雑~。もうちょっと警戒心とかないの?」
「こちらにも事情があったので。今来なくてもそのうち来ることにはなってたと思います。実際、思った以上のモノがいましたし」
「まぁ間違ってはなかったね。でも事情持ちか、内容によっては好都合かも。そっちに事情があるように、こっちにも事情があるからね。
というわけで! これから最後の試練を受けてもらいまぁすっ! これを突破できない程度のやつはい~らない♪」
ミレディは唐突に話を切り上げ、モーニングスターをハジメたちに叩きつけた。聞きたいことは聞けたから、自分が話すのは試練を突破出来た者にだけということだろう。
「もう一発……あれ?」
モーニングスターを引き戻すが、肝心の鉄球が消失している。ハジメたちの方を見てみれば、鉄球は地面に同化し取り残されていた。
攻撃を“錬成”で作った壁で緩和し、次に鉄球ごと“錬成”して地面に固定したのだ。鎖を繋いだままにしなかったのは、力任せに足場ごと引き抜かれるのを警戒してだろう。
「このブロック自体に自由に飛ぶ機能はない! 決まった軌道上で浮かんでるだけだ! 足場に出来るよ!」
「わかった!」
武器の消失を悠長に確認している隙に、ハジメは浮かぶブロックの性質を解析し、友奈はブロックへと飛び移りミレディに肉薄する。
友奈の装備に左目を覆うように取り付けられたパーツがある。
ハジメ製装備のコレがただの飾りなわけもなく、魔力を視認できるという機能がある。トラップや魔法の解析までは無理だが、奇襲に備えるには十分な戦闘用アイテムだ。これがあればミレディがブロックを操作しようとしても、その前に察知し他のブロックに逃れることができる。
「武器一個壊した程度で調子に乗ってちゃ死んじゃうぞ~」
鉄球が取れてただの鎖を放り捨てると、今度は巨大甲冑には振り回しやすそうな槌が下から落ちてきた。近づいた友奈を迎撃するための装備だ。
軽やかにブロックの上を跳びはねる友奈を槌を振るって牽制しながら、ミレディは密かに
ライセン大迷宮は【解放者】―――現代のトータスの民は【反逆者】と呼ぶ―――の想定では「最初に挑む大迷宮」だ。魔法こそ使えないものの、それ以外はオルクス大迷宮チュートリアルの延長であり、他の大迷宮のように過酷な環境に囲まれていない。まず挑むとすればライセン大迷宮になるように設計されているのだ。
そして最初の大迷宮の役割に、攻略者の選別がある。
人格や立場に問題がなさそうなら、適度に試練を与えて神代魔法を勝ち取らせ次へ挑ませる。まだ弱くとも見込みがあれば、力を与えて今後に期待を持たせる役割だ。逆に問題ありと見たら、逃がさず潰して神代魔法の情報の拡散を防ぐ役割も持っている。
ハジメと友奈は『合格』だ。
特に友奈はミレディ的に高得点。是非とも他の大迷宮に挑ませたいと思っている。
ライセン大迷宮はトラップで精神を削るとともに、「魂に作用する魔法」を併用した嫌がらせで平常心を奪い、ミスを誘発する作りになっている。その効果は魔力耐性が低いほど有効だ。魔法を使わない物理一辺倒の脳筋はライセン大峡谷には対応できるが、ライセン大迷宮にはカモにされるようになっているのである。
ハジメは“錬成”特化ゆえに魔力・魔耐はともに高めだが“精神攻撃耐性”系統の技能を持たないこともあって、ライセン大迷宮で平常心を保つにはまだまだ足りていない。彼一人でライセン大迷宮に挑めば、平常心を失い簡単なトラップも見落とし死んでいただろう。
ハジメが最初から最後まで平常心を保ち、トラップどころか大迷宮の組み替えまで気付いて対応できたのは友奈の補助があってこそだ。友奈が適切に声をかけ、気分を和ませ、元気づけていたからこそ、ここまでスムーズに迷宮を攻略できたのである。
【解放者】たちの目的―――悪辣極まる神を殺すために、彼女のような精神的支柱になり得る存在は非常に重要だ。ただ戦う力だけ強くても神には勝てないのだから。
「(だからこそちょっときつめの試練を用意してあげないとね♪)」
巨大甲冑は友奈が倒せるように最高硬度の物は使っていないが、今の甲冑でも攻撃力は下がっていない。
槌と赤熱化した籠手で友奈を牽制しながら、足場に使っていないブロックをハジメに向かって複数飛ばす。
「(この物量は“錬成”じゃ防げないよね~。庇うために下がったらジリ貧で共倒れだよ~。さてさて、勝つために味方を見捨てることは出来るかな?)」
ハジメも友奈の隙を埋めるPTメンバーとしては合格ラインだ。だから殺す気はない。怪我させて生き埋めにして、後で治せばいいだろう。
ただし友奈が下がって負けようものなら、教訓としてハジメの手足を一本か二本は潰しておく。“錬成師”なら手足がなくても戦力はあまり下がらないし、お仕置きとしては適切だろう。
ただちょっとこれはミレディにも予想外。
「うそぉっ!?」
“錬成”で地面から伸ばした棒にブロックが接触すると、ぶつかる間もなく変形、地面へと吸い込まれるように消えていく。ブロックを混ぜた分地面が盛り上がっただけで、ハジメはノーダメージだ。
ステータスプレートの技術の応用により、ミレディは迷宮内の人物のステータスを確認できる。そのうえでハジメの魔力ではこの物量は防ぎきれないと判断して攻撃したはずなのだ。ステータスに現れない技量に長けているとしても、この結果は明らかにおかしい。
実際の所、ミレディの見立て自体は間違っていなかった。万全の状態でも10回やれば9回は物量に押し切られ生き埋めになる。迷宮踏破で疲れが溜まっている今ならなおさらだ。
それを覆されたのは、
友奈は優しいが甘くない。そうするしかないという状況になれば、心の中でどう思っていようが行動する。
ゆえに躊躇したのはほんの僅かな間のみ。チラリと視線を向けて、すぐに感情を抑え込み、ミレディに立ち向かった。
たったそれだけの仕草で、ハジメの心に火をつけた。
オルクス大迷宮ではハジメは無理して死にかけ、友奈を泣かせた。泣いてもらえたこと自体は嬉しかったが、泣かせてしまったのはクソだ。もう同じ展開には絶対したくない。今回は友奈は精神的に楽な「ハジメを助けにいく」という選択すら我慢して行動させているのだから尚更である。
その意思が極限の集中力を発揮させ、見事猛攻を凌いで見せたのだった。
「“錬成”!」
そしてそれだけでは止まらない。
今までの足場は脆い材質だったが、飛んできたブロックは頑丈だ。引き絞られた弩を錬成し、一斉に大きな返しとワイヤーの付いた矢を放つ。
矢はブロックを原料としたことで重力を無視し、ミレディに向かって一直線に飛んだ。
「(コレ絶対何か仕掛けてるやつ~! こっちの子の相手してる場合じゃない、避けなきゃ!)」
最高硬度ではないとはいえ、巨大甲冑は頑丈だ。普通に殴ってもそこらに浮いてるブロックは壊せる。
だからブロックを材料にした矢ごときでは傷つかない。それでも攻撃したのだから、何か仕掛けがあるとみるべきだろう。
その読みは外れておらず、矢が巨大甲冑に引っかかれば、ワイヤーを杖の代わりに“錬成”を発動させ、巨大甲冑をただの鉄塊に変形させられた。回避優先は間違った選択ではなかったのだ。
だが読みがあっていても凌ぎきれるとは限らない。
「奥義、発動!
千回ぃぃ! 連続勇者、パーンチ!」
勇者の拳が巨大甲冑を打ち据える。
一撃なら耐えきれても、高速で殴られ続ければヒビが入り、割れ、砕けていく。
そのまま巨大甲冑の胴鎧を完全に粉砕し、内部に隠されたコアをもぎ取った。
七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮の最後の試練が確かに攻略された瞬間だった。
千回連続勇者パンチはハジメ製装備ありきの技
肘から風を放出して加速、拳から風を放出して威力強化+引き戻しを繰り返す。
その機能に友奈が振り回されず、加速と攻撃にタイミングを合わせようと我慢する必要もないよう、装備には微調整を施されている。
代償に魔石を大量に消費するし、タイミングがずれると変な動きになって殴れないどころか自傷するリスクもある。使いどころが限られるロマン技です。
あと書き溜めが尽きました。
次回からの更新は不定期になりますが、流れは決めてるので出来るだけ間隔を開けずに投稿したいと思います。