オルクス大迷宮。
ここはまだ表層だが、ハジメと友奈にとっては因縁のある場所だ。
かつてハジメはここでクラスメイト達を助けて裏切られ、友奈と共に奈落の一歩手前まで落ちた。
そして今日、またクラスメイト達を助けるために、奈落の数歩手前まで潜る。関係改善のためゆっくりと交流を持つことさえ出来ていないから、また裏切られる可能性もある。だがそれはそれ、とりあえず助けようと、ハジメと友奈は迷いなく進んだ。
「……でどうやって下りるんですぅ? 普通に攻略してちゃその間に死んじゃいますよぉ?」
足取りが重いのはどちらかと言うとシアだ。能力はあるが戦闘経験が薄く警戒心が先立ち、恩人二人に危険を冒させたくないと思っていた。
「30階層から70階層まで転移する魔法陣があるから、それ修理して転移するよ。そこまでの道はショートカットで進む」
「えっと、南雲、俺結構しっかり壊したんだけど」
不安そうなのは遠藤だ。転移の魔法陣はただの紋様に見えて、その実土台も含めて高度な技術が用いられたアーティファクトだ。修復には高い技術と長い時間が必要なはず。
だがハジメは平然と返した。
「迷宮自体に修復機能はあるし、武器で壊した程度ならソレを補助する形で“錬成”すればすぐ出来るよ。こういうのが“錬成師”の本領なんだから」
さらっと言ったが転移は神代魔法であり、それを付与したアーティファクトの修理は簡単に出来ることではない。生成魔法を習得していたとしても、それだけだと空間魔法の分野まではカバーしきれないからだ。雑に修復しようとすれば、迷宮の自己修復機能を阻害してしまいかえって時間がかかる事すらある。それをただの“錬成”で修理できるのは、チートスペックを一分野に極振りしていることと、ミレディとの訓練で何度もやっているからだ。ライセン大迷宮には魔力を使わないトラップばかりだったが、魔法系の機構もそれなりにあったのでとてもいい訓練になっていた。
戦闘系天職の遠藤にそこまで詳しいことはわからない。ただハジメが当然のように言うので、そういうものかと受け入れるのだった。
「じゃあそろそろ急ごう。ここで時間縮めないとマズいだろうからね。
高嶋さん先導で、シアさんと遠藤くんは後ろから付いて来て」
指示を出しながらハジメは友奈に後ろから抱き着き、友奈は自然にハジメの足を持って背負う。照れの感じられない、とても自然な動きだった。実際にライセン大峡谷で調査を始めたばかりで未熟な頃、魔物の群れから逃げるために友奈がハジメを背負うのはよくあったので慣れてしまっているのだ。
こうすることでステータスの低いハジメが大迷宮ショートカットのための作業に集中することが出来るようになる。
ショートカットと言ってもすることは単純、迷宮の床に穴を開け、階下の魔物が出現しないエリアに繋ぐだけだ。それだけだが、かなりの高難度な作業でもある。
ハジメは来る前の準備で階層ごとの地図は暗記してきたが、上下の距離までは書かれていないし、誤差もそれなりにある。そこまで詳細な地図など探索では必要ないから作られていないのだ。だから“鉱物系探知”などが発動しない空洞=通路と見做して探しつつ、リアルタイムで駆け下りやすいように角度と足場を調整して錬成しないといけない。他の錬成師に同じことをしろと言えば「ふざけんな!」と殴られること間違いなしの頭おかしい神業だ。
それをハジメは難度を遠藤に誤認させるほど自然に熟し、友奈はハジメが自分の足場を作ってくれると信じてほぼブレーキなしで駆け抜ける。シアは友奈の動きを固有魔法と義眼で先読みすることで無理なく合わせ、遠藤はハジメを信じきれずブレーキをかけ最終的にシアに担がれて移動することになった。
そのまま魔物を一体も見かけることなく30階層に到達。
宣言通り、ハジメは苦も無く転移魔方陣を修復して見せ、70階層へと転移した。
「ッ、ひどい……」
そこにあったのは地獄絵図だ。
腹が裂け、手足が千切れ、それでも戦っていたことがわかる騎士たちの死体がそこら中に転がっている。迷宮の魔物に殺されたなら死体は食われて残らない、魔人族に殺され必要ないから放置されたままだったのだ。
「アランさん、皆……クソッ、魔人族どもぶっ殺してやる!」
「そこ、落ち着く。今は生きてる人の事優先ですぅ。敵討ちとか弔いとかは後ですよぉ」
彼らがどうなるか理解していたとはいえ、現物を見て怒りを抑えられない遠藤。そんな彼をこの世界でずっと生きてきたシアは嗜める。この辺は慣れの差だ。
ハジメは彼らの死体から追加で情報が得られないかと、諸々の感情を棚上げにして検分していた。友奈もハジメだけにさせるわけにはいかない、と意志の力で感情を押し殺して手伝ったが、残念ながら敵に関する追加情報は得られなかった。
代わりに一つ、味方に関する不幸中の幸いを見つけることが出来た。
「メルド団長がいないよ? どこ行っちゃったんだろう?」
「……死体で持って行ったか、生きたまま連れて行ったかかな? 多分人質だろうし、生きてる可能性の方が高そうだね」
死体を見せつけて脅すより、生存者を助けてやると譲歩を見せた方が交渉はまとめやすい。だからこその推測だが、もしそうなら魔人族はまだクラスメイト達を勧誘する姿勢を変えていないことになる。その場合は殺して反感を買うことはしないだろうし、クラスメイトの生存率はグッと上がるはずだ。間違いなく朗報ではある。
「ここから先は慎重に進もう。クラスの皆は相手の作戦通りに追い込まれたみたいだけど、僕らはイレギュラーのはずだ。勧誘じゃなく殺しに来られるかもしれないし、相手より先に見つけて奇襲するよ」
『高嶋だってそうだ! 俺が南雲を排除してやろうとしたのに、無駄に助けていなくなりやがって!』
「清水くんが犯人だったか。目立つ事しないキャラだったし候補からは外してたな」
現在89階層と88階層の中間でハジメたちはクラスメイトと魔人族の交渉を盗聴していた。
魔人族の捜索中、急に膨れ上がった聖剣の力を感知して、急いで駆けつけてきたのだ。到着したころには戦闘は終わっており、今は奇襲を仕掛けるタイミングを見計らっていた。
「……なんであんなことやっちゃったんだろうね」
「そりゃ、まぁ、嫉妬じゃねぇか?」
「そうじゃないですぅ。友奈さんもそこはわかってますよぉ。
殺しにかかったらもう敵ですから。対処しないって選択はないですし、あの荒れてる人の今後を案じてるんですぅ。ざまぁwwwって笑えばいいのに、優しいって損な性分ですよねぇ」
「まぁそこは僕がいい感じの落としどころ考えるよ。高嶋さんに負担かけたくないし、恨まれたままじゃ面倒は残ってなんの得もないしね」
話してるうちに清水が両腕を魔人族に引き千切られ、ハジメたちも奇襲を仕掛ける態勢に入る。
交渉を続けていたから、最後の決断を迫る瞬間などの隙を伺うつもりだったが、攻撃もするならこれ以上怪我人が増えないうちに倒しておくべきだ。一人二人なら殺していいかと判断し、扱いが雑になる前に仕掛けないと万が一があり得る。
そこでハジメが取り出したのは
それもただの魔石ではない。ホルアドにて予備として貯蔵されていた魔石を“錬成”して高密度高純度に加工した超高品質な魔石だ。あらゆる外傷を癒す神水を出すという神結晶ほどではないが、天然物ではまずあり得ない量の魔力が内包されている。
これは30階層まで下りるのにも使用したが、まだ使い切っておらず、同等品もいくつか残せていた。
これを“錬成”しオリジナルの土魔法を魔力が尽きるまで放つだけの魔法具に加工する。
元となった魔法はクラスメイトも大打撃を受けた土属性上級魔法“落牢”だ。石化というのは鎮圧性能は高いし、傷は余程抵抗しないと負わないし、後で治療が出来ると味方も巻き込んで敵を倒すのにはうってつけなのだ。
改造点としては発動してから石化効果をまき散らすまでのタイムラグの削除、脆く壊れやすい石ではなく壊れづらい金属への変換が挙げられる。魔力消費量は跳ね上がったし、自分で撃つと自分も石化するという欠点も増えた。だが魔力は魔石から消費し、発動も道具から放出なハジメには関係ない。
今回使用する魔石なら、魔力ステータスが20000近い“土術師”が放った“落牢”と同程度の石化(金属化)強制力が出せるだろう。魔人族の女が情報からの予測通り“土術師”だったとしても抵抗は出来ないはずだ。
「魔法の発動が終わったら大穴開けるから三人で飛び込んで。魔法を吸う亀がいるみたいだし、そいつが遮った分生き残りは出そうだから。
大型は高嶋さん、小型はシアさん、クラスのやつの保護は遠藤くんがやってね」
三人が頷いたのを確認し、階下に繋がる小さな穴に魔石をはめ込み“錬成”して魔法の道具として完成させる。
途端に89階層に金属化効果を持つ鉄粉の嵐が巻き起こり、クラスメイトも魔人族も別なく覆い尽くしていく。そして発動はすぐに終わり、通り抜けやすい大穴が開いた。
先頭はシア、次いで友奈、一拍遅れて遠藤が穴から飛び降りる。
89階層には金属像が林立していたが、一部像が出来ていない箇所があった。そしてその手前には六本足の亀の像。魔法を吸い込んだのはいいが、吸い切れずにアブソド自体は金属化してしまったのだろう。その奥にギリギリ生き延びた魔物がいるのが丸わかりだった。
「小型は黒猫5匹だけ。楽でいいですねぇ」
とはいえシアと友奈には透明化の固有魔法も意味はない。その姿はハジメ製の義眼と兎人族の聴覚によってしっかりと捉えられている。
大型を狙う友奈の邪魔にならないように、シアは落下しながら義手から極細の鋼糸を伸ばして魔物に突き立てる。ハジメ特製、魔力で自在に操作できる鋼糸だ。そのまま黒猫の体内をずたずたに切り裂いた。これでシアの仕事はお終いである。
シアは性格的に大型の鈍器などを好むが、適正的にはこういった暗器を得意としていた。シアというより兎人族共通の適性と言うべきかもしれない。一応切り札を隠すために多数の短剣も装備しているが、そちらを使うのは人目があるときくらいだ。
確実に強くなっている実感に充足を感じつつも、やはり不満が拭えないシアだった。
「楽でいいですけど、爽快感が足りないですねぇ。大きい武器もやっぱり作ってもらいたいですぅ」
大型の魔物はブルタールモドキが三体と味方も含めて透明化するキメラが一体。こちらも黒猫同様まだ隠れられていると思って身動きは取っていなかった。
「皆に当てないようにしっかり狙って……勇者、パンチ!」
友奈の通常攻撃にして必殺技、勇者パンチ。高いステータスと優れた技術、臆することのない精神力から繰り出される拳は単純ながら強力な攻撃だ。
しかしハジメ製の魔法具がそれだけでは終わらせない。拳を構えるとともに風の弾丸を周囲に複数形成、拳の動きに合わせて動きパンチと同等の威力で敵を打ち据える。魔力が拡散してしまうライセン大峡谷では使用できなかったが、乱戦なら多数の敵を同時に打ち倒し、一対一では同時に別方向から何十発と打撃を打ち込める汎用性の高い攻撃手段だ。
これとセットで拳に巨大な空気の籠手を纏わせ、大威力の範囲攻撃なども出来るようにもなっている。しかし今回は壊してはならない金属像が多いため、狙い打てる方を選んだのだ。
友奈の拳と風弾が大型の魔物たちをまとめて殴り飛ばし、周囲から強制的に距離を取らせる。
「勇者、キーック!!」
空中の魔物たちに対して、友奈の蹴りと共に空気の大斬撃が放たれる。
イメージは〇NEPIECEの嵐脚だが、これも打撃に変えたり、数を増やしたり、針のように鋭くして狙い打ったり、空気を踏んで空中ジャンプしたりと応用が利く。ライセン大峡谷では機能を絞り魔力消費を抑えていたが、ハジメが作った友奈の装備は、扱いづらいが使いこなせば多彩な動きが出来る物が多かった。
気合いと根性で負担を無視して出力を上げてぶん殴るのは、機転と工夫で手持ちの札を駆使してやるだけやった後からでいいという判断だ。ただし友奈のことを考えて作った武装ではあるが、ハジメは戦士ではないせいか籠手も脚甲も使用難度がかなりの無茶ぶりだった。無茶ぶりに答えて使いこなしている友奈もすごかったと讃えるべきだろう。
ともかく斬撃は魔物たちをまとめて両断し、あっさりと勝負はついた。
「よし終わり! 先手取れると楽だね」
なおブルタールモドキもキメラもタフで強力な魔物だ。クラスメイトだと一対一でも苦戦するし、奇襲を仕掛けても倒しきれるのは数人。それを相手にしても友奈には余裕があり、数が増えても手間がかかるだけで済む。ライセン大峡谷という特殊な環境での生活は大きな成長として表れていた。
「南雲くーん! 終わったけど次どうしたらいいかなー!?」
「敵と味方で像分けておいて! 範囲回復で解呪するから巻き込まないように! 僕も解呪準備終わったら降りるよ! そっちでやって魔物の金属化解いたらマズいし!」
「はーい! じゃあシアちゃん、遠藤くん、像を動かそうか!」
戦闘というより作業。この二次創作のハジメは戦士じゃないので、相手次第じゃ塩試合以下になります。
ハジメが魔石だけを材料に作るマジックアイテムは基本的に使い捨て。
使い切る前に“錬成”して魔石に戻せば再利用は可能ですが、魔力を全て吐き出した時点でボロボロに崩れてゴミになり解析もさせない仕様です。