赤銅色の地獄。
【グリューエン大砂漠】はそう表現する以外にない場所だ。砂自体が赤銅色なだけでなく、大火山から常に吹き続ける暴風が砂を巻き上げ空も赤銅色に染め上げられている。どこを向いても赤銅色一色で、少し離れればもう何があるかわからない。そのくせ太陽光はすんなり通して砂塵が光っているかのように眩しく、砂が熱を溜めこむ性質も持っているために昼夜を問わず高温で下がらない。そしてそんな環境に適応した魔物が大量に生息している。
旅人にとっては最悪の環境だ。こんな所を通るのは、この砂漠で生まれ育った者が、この砂漠だけに適応した技能と装備を揃えた場合くらいだろう。よほど切羽詰まった者か後ろ暗い者以外だと普通は迂回して進む。
しかしここに「そっちの方が近いから」だけで突っ切る者もいた。
「景色が変化しないのでわかりづらいが、やはり速い。もっと多く作れないのか?」
「燃費が悪いので作っても動かせないと思いますよ? とんでも魔力が複数人いても魔石結構消費してますし」
車両を作る機械になるのを避けるため、物流革命が起きるのを防ぐため、あえて残した欠陥を説明するハジメ。魔力を動力に走行・温度調整・防塵・防衛を全て行う馬なし馬車で快適に砂漠を踏破していた。
隣に座っているのはアンカジ公国の領主の息子、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン。公国より教会まで砂漠を横断してきた
「うまい話はないものだな。コレで水を運べればと思ったのだが」
「オアシスの水を浄化できれば必要なくなりますから。気にしなくてもいいようにしますよ」
「是非それで片付いてもらいたいな。民に苦労を掛けなくて済む」
ビィズが教会まで来ていた理由は、アンカジ公国を救うためだ。
アンカジ公国は砂漠にある領地で、ハイリヒ王国にとって物流の要所でもある。そんな重要な土地のアンカジ公国でオアシスに毒を放り込むというインフラテロを起こされたのだ。
当然ながら砂漠にある国にとってオアシスは生命線である。警備、維持、管理は非常に厳重だ。それをすり抜けてオアシスに毒を流し込むなど不可能と言っても過言ではないはずだった。
だがインフラテロを起こした者はその上を行った。
アンカジ公国は毒の症状である魔力の暴走に苦しむ者であふれ、ストックしていた安全な水もどんどん減っていく。このままでは滅ぶのも時間の問題だった。
だからビィズは教会へ水と解毒が行える魔法使いの支援を求めてやってきたのだ。
なおビィズ自身も毒にやられて本調子とは程遠かったが、毒の症状を抑える“静因石”―――魔力を鎮める効果のある鉱石。大迷宮【グリューエン大火山】で採取でき、錬成すると液体にできる―――を服用して無理矢理動けるようになって強行した。たまたま滞在していた凄腕の冒険者が大火山の麓まで行って取ってきてくれたらしい。
「ティオ殿にはいくら感謝しても足りん。彼女がいなければ教会に辿り着くことも出来なかっただろうし、それがなければ貴殿らに来てもらうことも叶わなかった」
「冒険者なら仕事でしょうし、終わったらちゃんと報酬で答えてあげてくださいね」
「もちろんだ。南雲殿たちにもな。我々は恩知らずではないぞ」
「僕らは教会から報酬出てるんですけど……貰える物は貰っておきますね」
「ははは、そうしろ! 貴殿なら金はあればあるだけ活用できるだろう」
ハジメが運転しながらビィズの接待をこなしていた時、女性陣は動力室で魔力を注ぎながら談笑していた。
「え、友奈勉強してるの!? どうやってッ!?」
「南雲くんが教えてくれてるんだ。教科書貰ったらすぐに全部暗記してるんだって」
雫が驚きの声を上げる。
答えたのは友奈。香織に余計な情報を渡さない方がいいとは思っているが、これからも帰還後に備えた勉強はやめるつもりはないので隠し続けられない事は話していた。
なおこの間にトータス現地人最高位より少し魔力が高い程度の雫と、素だと雫より多少多い程度の友奈は交代で車に魔力を注いでいる。香織とシアの魔力チート二人はずっと魔力を供給し続けて疲れも見せない。チート級スペックでも得意分野で差は出るため、ハジメの技術を見せないための代用品として香織は割と役立っていた。
「いや全部暗記って―――南雲君はテスト平均点くらいだったでしょ? それにうちの学校レベル結構高いのに資料もなしに教えるなんて無理じゃない?」
ハジメ達が通っていた学校は、
だがハジメはいわゆる天才側の人間だったのだ。香織はその辺を理解していた。
「雫ちゃん、ハジメくんって授業中ずっと寝てるんだよ。帰って勉強すると思う?」
「あー、そういえば……確かにあの性格でするわけないわね。やるとしても逆に授業中だけ集中して残り遊びそうだわ」
「でしょ? 一年生の一回目以外テストで平均点も狙ったみたいにとるし、本当に狙って平均点取ってるんじゃないかな。高得点一回取ったら期待されちゃってめんどくさそうだし、受験の時だけ高得点取れれば困らないもん。
それに帰った後は部屋に明かりはついたままなことが多いし、ゲームしたり作ったりで睡眠時間もあんまり取ってないみたい。学校には世間体と寝るために来てるって感じだったんじゃないかな。それでクラスメイトの学力とテストの難度から平均点予測してずばり当て続けられるんだからすごいよね! さすがハジメくん!」
「あはは……」
あまりにズバズバと早口でハジメの実態を元々知っていたように語る香織に、友奈はもう笑うしかない。
この調子で潜伏されたまま不意に急所を突かれていればハジメも危うかった。あの時暴発させられたのは幸運であり、これからこのモンスターから目を離すべきではないと見せつけられているようだったのだ。
そして香織は変わらずモンスターらしい貪欲さを友奈に見せつける。
「そうだ、恋バナしよう! せっかくの女子会だしこれは外せないよね!」
「いきなりどうしたのよ香織? 二人に何時間も一方的に南雲君トーク聞かせるのはやめてあげなさい」
「前触れなくテンション跳ね上がって怖いですぅ」
香織の言動に三人ともビビるが、勢いに押されてなぜか言う通りに恋バナをすることになった。恋敵を洗脳して狂信者に変えて思い人の盾にする白崎一族の女だけあって、違和感があろうが押し切る話術は受け継いでるのだ。
「じゃあ私から言いますぅ。でも今は相手がいませんねぇ」
「ふむふむ。じゃあシアちゃんの好みの相手は? そっちはあるでしょ?」
「故郷の樹海じゃ普通ですよぉ。強くて、味方を大事にして、敵には容赦しない人ですぅ。自分の女にちょっかい掛けてきた男は、殺すのは厄介事が増え過ぎるので場合によりますが、タマ潰すくらいは暴れられる人がいいですねぇ。そのくらい横暴を押し通せる意志と力が理想ですぅ。逆に優柔不断で誰にでも優しい、敵にも手を差し伸べるのとかはダメダメですぅ! 雄としてはないですねぇ」
亜人族は被差別種族だ。弱みを見せれば叩かれる立場にいる以上、舐められたら殺して自身の脅威を示さないといけない。具体的に言うと大迷宮で覚醒した魔王に族長がやられれば、勝率ゼロでも魔王に報復しにいかないとダメだと考えるのが大多数なのだ。掟で諦める基準も決まっており、族長になる連中はリスクリターンも考えるが、下はそんなもんである。
そして暴力を直接振るえば反撃にあう。それでも勝って帰って来れる強い雄がハルツィナ樹海の亜人族では評価されるのだ。例外はそこまでしなくてもいい程の圧倒的な力を有している場合だろうか。ともかくハウリアは樹海の亜人族としては例外的な思考をしていたが、聴覚が飛びぬけて高いシアは他種族の情報も仕入れて亜人族らしく成長していた。
「確かにハルツィナ樹海の亜人族の人たちってそんな感じだったよね。南雲くんみたいな人は半端者で、助けてくれた恩はあるけど、これはないって風に」
「文化がちがーう! でも面白い話聞けたね! 次、雫ちゃん!」
「……まぁ香織に語らせるよりマシかしら? 好きな相手はいないけど、好みは私を大事にしてくれる人よ。私も経験ないしこんなものでしょ」
雫があっさりと言い切って流そうとするが、香織がにんまりと悪そうな顔をした。雫は嫌な予感がするが止められず、香織が色々と暴露し始める。
「それだけじゃないよね。雫ちゃん」
「か、香織? 何話す気?」
「雫ちゃんって見た通りにすっごく女の子で、でも苦労性だもん。自分を守ってくれる人がいい。でも必死に守ってくれるんじゃ心が痛むから、苦にも思わないくらい強い人。でもそんな人の愛を一人で受け止めるのは重いよね? 愛人のまとめ役として補佐も出来るってポジションが雫ちゃんの理想なんじゃない?」
「なっ、そんなわけないじゃない!? 何言ってるの香織!」
「えー、合ってると思うんだけどなぁ。雫ちゃんとならハジメくん共有しても楽しそうだし、そうしたいんだけど。腕っぷしじゃないけどハジメくんは日本にいた頃から強かったよ?」
「それは知ってるわよ! 散々聞かされたもの! 次、友奈よ! 早くッ! 香織がこれ以上喋る前にッ!!」
鬼気迫る表情で雫が急かす。
彼女の危機感に間違いはなく、友奈が黙っていれば赤裸々に雫の嗜好を香織は話し続けるだろう。雫はこれ以上ダメージを受けないために友奈に喋らせる他なく、友奈も雫を見捨てたくなければ話すしかない。直接香織が友奈を急かせばのらりくらりと躱して話を逸らし、香織にハジメの話でもしゃべらせ続けて終わらせた。だがこれでは話さないといけない。
「えーと、私も経験ないからよくわからないかな。あ、でもちょっと面食いかもしれない。相手男の人じゃないけど」
「へー誰? アイドルグループの誰か?」
「Cシャドウ! 初めて動画見た時にビビビッて来たんだ。宣伝してたゲームとか出来るだけ買い集めてたし、動画の更新チェックは日課だったなぁ」
「私も見たことあるわね。南雲君の家の会社だし、香織に教えてもらったわ。香織は信者がどうとか言ってたけど、ゲームの腕も凄いし雰囲気のある美人だったわね」
Cシャドウの容姿は、香織や雫のような人間離れしているのに万人受けする美貌とは違う。確かに美人だが誰をも魅了するモノではなく、しかし一部の相手にとっては香織や雫よりも深く刺さる。友奈はその一部の人で、ネットには熱心な同士が結構いた。
同性相手だが、まぁ初恋と言えばそうなのかもしれない。雫はその気持ちが多少は理解出来ると感じていた。
このままアイドルトークへと移行させようとする友奈。しかし蛇の如き眼光の香織は逃げを許さない。
「ハジメくんは?」
「南雲くんは友達だよ。大事な、友達」
現状の友奈とハジメの関係としては言葉通りだ。距離はかなり近いしお互い独占欲的なモノもあるが友達である。
友奈にとってハジメは遠慮しなくていい、意識しなくても遠慮せずにいられる唯一と言っていい相手だ。仲良くなった経緯とハジメの自儘な性格が良い方向に作用したおかげで、人に気を使ってばかりで自分を出せない友奈も遠慮する必要を感じない。自分のことだって言いたいことは話せるし、言いたくないことは詮索しないでいてくれる。ひたすら居心地のいい関係だった。
だからこそそれを変えたくない。良い方向へ変わるとしても、変化する以上は今の良さがそのまま残るとは限らないのだ。友奈は変化を恐れている。
今を壊そうとする脅威に立ち向かう勇気は持てても、今を変えたいと欲を持つことが出来ないのが高嶋友奈という少女だった。
「そっかー♪ うんうん、友達って大事だよね! 友奈ちゃんとハジメくんがずっと仲良しでいられるよう応援するよ!」
そんな無欲さが、香織にとっては何より都合がいい。
友奈をハジメから引き離そうと争えば、香織が負けることは確定している。だから争わない。
代わりに友奈が進みたがっている逃げ道へと進みやすいよう、背中を押してあげるのだ。敵対すれば脅威になるというのなら、味方をしてしまえばいい。
血の本能がなした業か、言った言葉に悪意はなく、それどころか善意で言っていた。香織の邪魔にならないなら、相手が望む幸福を享受できるようにと願う思いに偽りはない。
「あ、ありがとう……?」
嫌な気配を感じつつ、それでも香織を拒絶は出来ない友奈。敵の悪意には強くとも、味方の善意に弱い弱点をまんまと突かれている。
この怪物をどうにかできるか、それはハジメの行動に掛かっていた。
「んー、とりあえず一発シバいておきますぅ?」
「なんで!?」
「なんとなくですぅ」
訂正。ハジメとシアに掛かっていた。
恋愛力クソザコな高嶋友奈。天敵は「戦えない敵」もしくは「悪質な味方」な勇気をもって戦う者。
あと原作ヒロインの理想の相手は魔王ハジメ。香織以外はフラグが立つのも覚醒後となっています。