「明日から実戦訓練? ずいぶん急だね」
「私も思った。聞いてみたら「急な出撃は良くあることだから、慣れるため」だって」
異世界転移から二週間。
最近のハジメは友奈と指導に来る錬成師以外誰とも接触せずに過ごしていたが、ついに外で動きがあったそうだ。【オルクス大迷宮】という場所に遠征に向かうらしい。
【オルクス大迷宮】は七つの大迷宮―――所在が失伝していないのは三つ―――の一つで、前100層から成ると言い伝えられている。特徴としては階層を下る事に魔物が強くなるため、魔物の強さを測りやすい事。地上の魔物に比べて良質な魔石―――魔法の道具を使うための燃料―――を得られる事が挙げられる。冒険者や傭兵の稼ぎ場として、そして新兵の訓練場として非常に人気のある場所だ。
そこに戦闘班の他のクラスメイトだけでなく、ハジメも行くように指示が出たらしい。
「愛ちゃん先生は完全に戦闘に無関係だけど、南雲くんは武器の整備とかで前線に行くこともあるから同行だって。大丈夫! 騎士団の人もいるし、私も南雲くんを守るから!」
「あはは、ありがと。そこは心配してないよ。それより急いで高嶋さんの装備仕上げないと。半端な出来のを使わせるわけにはいかないからね!」
こっそり昨日徹夜で練習してハイになっていたことと、制限時間が出てきて追い込まれた事でハジメのテンションが上がっていく。移動が始まれば工房の設備は使えない、つまり翌朝までがタイムリミット。それまでに完成させ、移動時間を調整に使うのがいいだろう。
ハジメは錬成師としての訓練を受けたことでレベルも8まで上がり、国お抱えの錬成師(レベル50)と同等の数と質の派生技能を獲得している。やってやれないことはないはずだ。
「え、そこまでしなくてm」
「ダメだよ! 高嶋さんが使うなら、今用意できる最高の物じゃなきゃ! 納期までには絶対仕上げるから待ってて!」
職人魂に火のついたハジメは止められない。宣言通り出発までの時間を今できる最高傑作製作に費やし、移動時間に調整。迷宮に挑む者たちのための宿波町(宿場町?)【ホルアド】でもあれば便利なマジックアイテムを製作しようとして、友奈に叱られ疲れを取るマッサージで眠らされるまで暴走を続けたのだった。
騎士に先導され【オルクス大迷宮】を進む。
【オルクス大迷宮】の脅威は魔物とトラップだ。魔物は実力に合わせた層で活動することで危険性は制御しやすいが、トラップは致死性のものも多く浅い層でも脅威となる。
今回はただの戦闘訓練とするため、それらのトラップは騎士団が対処する。メルド団長からも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われていた。
そして進むことしばし、天井の高さが8メートル位のドーム状に開けた場所に着くと、壁の隙間から灰色の何かが目の前に飛び出してきた。
「まずは光輝たちが前に出ろ! 他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
ラットマンの名の通り、二足歩行のネズミだ。ただし筋肉ムキムキで八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。
正面に立つ光輝達―――リーダー光輝に、幼馴染の龍太郎、雫、香織。それに加えてメガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴の親友コンビの計6人―――特に女性陣唯一の前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり気持ち悪いらしい。
とはいえ気持ち悪くて腰が引けている程度で手間取るほどの相手ではない。
光輝が聖剣と呼ばれる純白に輝くバスタードソードを振るえば数匹まとめて吹っ飛び、天職が“拳士”の龍太郎が衝撃波を出す籠手と脛当て型アーティファクトで拳撃と脚撃を放てば後衛への攻撃を許すことはない。“剣士”である雫が曲刀を振るえば一瞬で敵を切り裂き、前衛三人が稼いだ時間で詠唱を終えた後衛が魔法で残党をまとめて焼き尽くす。波乱が起きることはなく、広間のラットマンは全滅した。
「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。圧倒的な力で雑魚に無双するのは楽しいものだからだ。気持ちもわからなくはないし「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。
「それと今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」
焼き尽くしては魔石を回収することはできない。メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。
「次、友奈たちが出ろ! 協力はいるか!?」
「大丈夫です!」
光輝と並んで“勇者”である友奈チームが前に出る。チームと言ってもクラスメイトはハジメの敵ばかりなので、友奈とハジメの二人だけだ。香織は入りたがったが、ハジメの風当たりが悪化するので友奈と雫がどうにか止めた。
少し進んでまた開けた場所に来たところで、同じように魔物が飛び出してくる。なお後続が来るとまた同じように飛び出すらしい。原理は不明だ。
「“錬成”“錬成”」
ハジメが錬成の魔法陣を刻んだ靴を使い、魔物の着地前に床を液状化に錬成する。着地したが元の固体に戻す。それだけで無力化はほぼ完了した。工房に籠って錬成ばかりやってた成果である。
「高嶋さん、止めはお願い」
「オッケー! 勇者、パンチ!」
二度目の錬成でついでに作った石の柱を友奈が殴る。砕けた石が散弾のように降り注ぎ、魔物を半壊させる。二本目の柱で全滅させた。これなら魔石回収も可能だ。
「ああ~、うん、よくやった、ぞ? これなら魔石も回収できるし、消耗も少ない。でも錬成師ってこんなことできたか?」
「出来ると思いますよ? 教えてくれた人も工房の改築とかデカいアーティファクトの修理で使うって“錬成範囲拡大”の派生技能は覚えてましたから。でもコレ高嶋さんのパワーありきで、無しだと普通に土魔法で一掃するとかした方が効率いいですし意味ないんじゃないかと」
「なるほど、私達では普通にやった方がマシか。驚かされたが、言われてみればその通りだ。よし、次のチームと交代だ。下がって休め」
指示通り、ハジメと友奈は下がる。すると真っ先に香織が駆け寄ってきた。
「今のすごかったね! アレどうやっt」
「ふふーん、すごいでしょ! この籠手、石を上手く壊せるように改造してるんだ! あとねあとね……」
ハジメの所に突撃しようとした香織を友奈がインターセプトする。話している内容はハジメの技術自慢だが、この話題でないと香織は釣れそうにない。これなら女子同士で会話しているだけだから、ハジメへのヘイトを少しでも減らせると考えての対応だ。
だが相手が悪かった。
「そうなんだ! じゃあ南雲君、解説お願い!」
友奈の手を引いてさらにハジメに迫る。
白崎香織の行動は考えるより突撃、突撃、また突撃。たまに考えることはあっても、出す結論は突撃だ。止めた程度で止まりはしない。悪意や脅威に立ち向かう勇気や強さはあっても、善意や恋路の邪魔が出来るほど友奈は器用ではないのだから上手くいくはずもなかった。
結果、美少女と突き抜けた美少女がハジメを褒めてばかりという構図になってしまった。ヘイト爆増である。
「(最近会ってなかったから油断してた。せめて何も起きないでくれよ……)」
ハジメが工房から出てこないので『月下の語らい』はスキップ。