ありふれた職業でも桜の勇者と共に   作:ぬがー

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トラップ

 魔物を蹂躙しながら快進撃を進める。

 過去の冒険者が作った地図と、厄介なトラップを発見・処理してくれる騎士団。そしてチートスペックのクラスメイトにより、苦戦することもなく二十階層に到達した。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 魔物の強さや種類どころかAIまで階層によって違うらしい。本当に訓練用に作られたとしか思えない迷宮だった。

 二十階層は鍾乳洞のようにツララ状に壁が突き出していたり、逆に溶けて足場がなくなっていたりと一つ上と比べて格段に複雑な地形をしていた。せり出す壁のせいで道幅も狭く、横列を組めないので縦列で進んだ。

 

 先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルド団長の声でバレたことを悟ったのか、前方の壁の一部が突如変色しながら跳び上がった。壁と同化していた体は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩き威嚇(ドラミング)を始める。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 戦闘にいた光輝チームが対処に動く。

 龍太郎が壁となり、飛び掛かってきたロックマウントを弾き飛ばす。そのまま光輝と雫で囲んで仕留めようとするが地形が悪くて移動しづらく、逆にロックマウントは自在にせり出した壁を伝って回避された。

 ロックマウントの方も龍太郎という壁を越えられず、迂闊に突っ込めば袋叩きにされると悟って後ろに下がる。

 仕切り直しかと光輝チームが陣形を立て直そうとしたタイミングで、息を大きく吸ったロックマウントが吠えた。

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

「ぐっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 全身にビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる効果がある。

 前衛が全員硬直した隙に、ロックマウントが見事な砲丸投げのフォームで傍らの岩を後衛へと放り投げる。

 驚きはしたが、ただの岩なら恐れるに足りず。“威圧の咆哮”の射程範囲外だった後衛たちは、準備していた魔法で迎撃せんと杖を構えた。

 

「「「ッ、ヒィ!?」」」

 

 投げられた岩が擬態を解き、ロックマウントになる。

 しかもタダノロックマウントではない。鼻息も荒く、目を血走らせてル〇ンダイブで飛び込んでくるロックマウントだ。この迷宮にはちょくちょくいる気持ち悪い奴である。

 香織も恵里も鈴も思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

「す、すいません!」

 

 割って入りロックマウントを切り捨てたメルド団長。香織たちは不注意を謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ顔が青褪めていた。

 

 そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 彼女達を怯えさせるなんて! となんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応して彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 メルド団長が止めるが、時すでに遅し。聖剣が振り下ろされ、光の大斬撃が放たれる。

 逃げ場も残さない極太な斬撃がロックマウントを蹂躙し、それだけでは止まらず奥の壁を破壊しつくしてようやく消えた。

 

「ふぅ、もう大丈b、へぶっ!?」

 

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 イケメンスマイルで香織たちに声をかけようとした光輝に、メルド団長の拳骨が降り降ろされた。

 メルド団長のお叱りに声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。活躍したことはしたが、仕方が悪かったせいですごすごと隊列に戻ることになった。

 さすがに少し可哀そうと思い、鈴が慰める材料を探していると、崩れた壁の中にキラリと光るものを見つけた。

 

「アレ何かな? ちょっと見てきていいですか!?」

 

「ん? まぁいいぞ。離れ過ぎるなよ」

 

 メルド団長の許可を取り、瓦礫の山を崩していく。

 鈴が見つけたのはグランツ鉱石という宝石の原石だ。加工する前から煌びやかで美しく、求婚の際に選ばれる宝石としても名高い。鈴はそこまで知らないが、こんな綺麗な物が出てきたことを伝えれば光輝のやりすぎも結果オーライで元気づけられるのではと考えての行動だ。

 

 だが、好意で行った行動が良い結果を齎すわけではない。今回もそうだった。

 

「え、何? 何なの!?」

 

 鉱石に触れた瞬間、鉱石から魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。

 ただの罠なら騎士団も気づけた。しかしこれは違う。壁の深くに埋め込まれていたため今まで一度として発動したことはなく、トラップがあったとしても光輝の天翔閃で壊されているとしか思えない。それらの事情が重なって騎士団の警戒をすり抜けてしまった。

 

 誰も反応できないまま魔法陣は部屋全体に広がり、白く輝き宝に惹かれた愚か者たちをどこかへ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あだッ!?」

「きゃぁっ!?」

「―――ッ!」

 

 低いが空中に放り出され、ハジメたちはドスンと音を立てて床に叩きつけられた。突然の事態と物理的な衝撃に混乱し、状況を理解できておらずキョロキョロと周囲を見渡していた。

 友奈や光輝、雫などの一部前衛職とメルド団長以下騎士団団員は転ばないか即座に立ち上がって周囲を警戒していた。神代の魔法でしか為せない現象を起こすようなトラップだ。ただ移動させるだけなはずがない。ここから悪辣な仕掛けか殺意にあふれた脅威が襲ってくるに決まっていた。

 

 ハジメ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。

 転送場所はその巨大な橋の中間。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見えた。

 

 それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばす。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 何か起きる前に撤退できればとかすかな希望に賭けての逃走だが、予想を裏切ることなくそれを許す程度のトラップではなかった。

 

 階段側の橋の入り口に小さな魔法陣が複数現れ、そこから大量の魔物があふれ出す。

 同時に通路側にも大きな魔法陣が現れ、そこから一体の巨大な魔物が姿を現した。

 

 通路側の魔物の出現に騎士団がざわめく。どうやら無数の魔物より一体の巨獣の方がヤバいらしい。

 

「――まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 六十五階層に君臨する魔物。伝説として語られる現地人類最強の冒険者ですら歯が立たなかったという化け物がそこにいた。

 

 


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