「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」
光輝たちの参戦によりトラウムソルジャーの包囲網を押し切ったクラスメイト達。
これで逃げられると何人か安堵の表情を浮かべたが、その者たちは橋と通路を遮ろうとする骸骨を蹴散らす光輝に訝しげな顔を向けた。目の前に逃げ道があるのだから、早く逃げたいと思うのは当然だろう。
だが事情を知る者はまだ安堵できない。
「馬鹿! まだ高嶋さんがあの化け物の足止めしてるんだよ! 天之河がこっち来た分、足止めする奴必要だから!」
言われて、顔を上げて橋の方を見る。離脱時の声が聞こえていなかった者も、光輝と並ぶ“勇者”高嶋友奈ならそれくらいしそうだと納得した。誰も足止めに向かったことを疑っていない。
だがいざベヒモスの方を見てみると、少し困惑するような光景が目に映った。
「……あの化け物、埋まってねえか?」
「高嶋さんがやったんならボコる感じだよな? 何アレ?」
上半身が床に埋め込まれたベヒモスがそこにいた。体勢も前傾になりすぎ、後ろ脚での踏ん張りも利かなくなりつつあるように見える。
「南雲君だよ! 友奈ちゃんと一緒に足止めに残ったの!」
「そうだ! 坊主たちがあの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! ベヒモスのパワーなら全身埋めてもまだ出てくる! 二人が撤退するとき、一斉攻撃であの化け物の足止めをするぞ!」
腹の底まで響くような指示に気を引き締め直すクラスメイト達。ハジメはともかく友奈はクラスメイトに好意を持たれている。彼女を助けるためなら逃げたい気持ちを抑えられる者が多かった。
だが、全く違う理由で逃げたい気持ちを忘れた者もいた。
「(南雲なんかが活躍できるわけがない! 高嶋に寄生しやがって!)」
高嶋友奈は心優しい少女だ。香織と同様に、人助けをすることは多い。だが香織ほど知られているわけではない。それはなぜか。
理由は助け方にある。
香織は気になれば突撃し、溢れるカリスマで周りにも助けさせ
対して友奈は、自分の負担は無視して全力で助ける。助けはしても助けを求めることはないから、関わる人は減り香織ほど知られてはいない。だが他人にあまり知られたくない問題から助けられた相手には特に慕われていた。
そんな背景があって、ハジメは友奈の優しさに付け込んでいると一部の者は考えていた。オルクス大迷宮に来てからの活躍も、タカった高性能アイテムによる強化のおかげだろうとも。
地球で香織に構われているから嫌われていたのと同様に、これも嫉妬が根本にある。ハジメが悪いという結論ありきの思考である。
だが光輝を中心に作られた「ハジメなら理屈をつけて叩いていい」という空気で過ごしたクラスメイトにとっては自然な考えだ。さらに友奈のためという理由で武装して、正義を執行できる愉しみに歪んだ笑みを浮かべた。
ベヒモスの足止めをしながら、チラリと通路側の様子を伺う。
どうやら全員無事に撤退出来たようだ。自分たちの退路も確保し、隊列を組んで一斉攻撃のための詠唱をしているのも見て取れた。
ベヒモスは相変わらずもがいていて、床に上半身を埋め込んでいるというのに数秒も放置すれば出てきてしまいそうだ。ベヒモスのパワーに対して床の強度が足りていない。
それでも援護と合わせて階層から逃げ出せるくらいの時間は稼げる
タイミングを見計らい、友奈に合図を出して最後の錬成。ベヒモスを一際きつく拘束して一気に駆け出した。
友奈はハジメの前を走り、クラスメイトをすり抜けて退路にトラウムソルジャーが出てくるという事態を警戒する。
予想を裏切らず、ベヒモスは数秒で拘束を破り息苦しい思いをさせた怨敵を探すが時すでに遅し。階段前に陣取ったクラスメイトから放たれた、あらゆる属性の攻撃魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっていた。
いける! と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走るハジメ。すぐ頭上をチートスペックの本気の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしなかったが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。
しかしその直後、ハジメの表情は凍りついた。無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。
「(なんで!?)」
疑問や困惑、驚愕が脳内を駆け巡り、反射的に回避しようとする。だが火球の追尾性能は高く、躱しきれず命中、爆発した。
熱と衝撃が体を打ち、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。錬成ばかりを鍛えたおかげか、魔力と対魔ばかりが上がっていたのでまだ立てる。どうにか逃げようとするが、悪いことは重なるモノだ。
怒り狂ったベヒモスが跳躍し、頭部を赤熱化させて降ってくる。オルクス大迷宮に来て、間違いなく最大火力の一撃だ。
死が迫る状況が限界を超えた錬成を発動させ、足元を大きく変形させ退避する。ベヒモスの攻撃は外れ、橋に大きな亀裂が走る。
そして遂に、橋が崩壊を始めた。
度重なる強大な攻撃にさらされ、内部でベヒモスが暴れて亀裂を広げられた石造りの橋が限界を迎えたのだ。
「グウァアアア!?」
悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。
ハジメもなんとか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。錬成も一度無理した反動か、上手く発動することが出来ない。
「(ああ、ダメだ……)」
諦めが浮かんだその時、視界に信じられないモノが映り込んだ。
「南雲くん!!」
友奈だ。
崩れる足場を飛び跳ね、ハジメを担いで上に戻ろうとする。だが友奈一人なら可能でも、ハジメを担いでいては厳しい。崩落の速度の方が早く、岸まで戻れない。
「なんで戻って……高嶋さんだけでも」
「友達を見捨てたりなんか、絶対しない!!」
ハジメの言葉を遮るように友奈が叫ぶ。
しかし気合いと根性で解決するには状況が悪かった。込めた力が足場を砕き、必死の思いがから回る。
友奈は自分の行動は棚に上げ、せめてハジメだけでもと思い、ハジメを抱えて瓦礫から庇いながら落ちていった。