帰還用と説明書きまでついた魔法陣を発動させ、ハジメと友奈の視界は光に包まれた。
オルクス大迷宮に入ってから一日と経っていないが、もうずいぶん長い間洞窟の中でいたような気さえする。
やっと外に出られる。そんな思いがこみ上がり、やがて光が収まった視界に写ったものは……
洞窟だった。
「なんでやねん」
魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった。めちゃくちゃガッカリしていた。
友奈も同じようで、まだここから出るために何かしないといけないのかとさすがに疲れ切った顔になっている。
だがその思いは杞憂だった。転移先はただの帰還用の部屋であり、そこを出れば一階層だ。出口はすぐそこである。
二人は疲れも忘れ、受付の静止を振り切って、外へと駆け出した。
「外だ!」
「外だね!」
「「帰って、来れたーーーーっ!!!」」
恥じらいも忘れて二人抱き合い喜びを分かち合う。そして疲れを思い出してぶっ倒れた。
「あ、あはは。もう動けそうにないや」
「僕も。気が緩んじゃうともう無理だよね」
トータスは日本ほど治安のいい場所ではない。路上で寝ていれば盗まれたり攫われたり剥がれたりと危険だ。特に友奈は美少女なので危険さは増す。
そのまま寝てしまいたいほど疲れていたが、どちらともなく体に力を入れて起き上がろうとする。しかしハジメは失敗して転びかけ、友奈に支えられてどうにか立ち上がった。身体能力と道中した無理の差である。
「宿まで戻ろっか。私はベッドで休みたいし」
「そうだね。これからのことは休んでから考えよう」
支え合って歩く二人を、受付から連絡を受けてすっ飛んできたメルド団長が回収した。締まらない話である。
翌日、友奈は遅い時間に目を覚ました。
「ふぁ~~~。まだ眠い……」
もうひと眠りしようかとベッドの上でぽやぽやと悩んでいると、部屋の扉がノックされた。
「高嶋さん? 起きてる?」
「ふあっ!? お、起きてるよ!?」
「あはは、起きたところっぽいね。また後で来ていいかな? 話がしたいんだ」
「わ、わかった! 準備してる!」
扉の外から声をかけたのはハジメだった。
驚きながら咄嗟に返事をすると、2時間ほどしてまた来ることになった。昨日は迷宮から帰ってすぐ寝たので色々と汚れているし、おなかだって減っている。風呂は流石にないので体を拭いて着替えて、遅い朝食をとってハジメを待つ。
ハジメは宣言通り、2時間してからやってきた。
「ごめん、急かしちゃったかな?」
「余裕あったし問題ないよ。それで、話って何かな?」
「それなんだけど、僕はこれからクラスの皆からは離れて旅に出るんだ。メルド団長からの指示も出た。他の大迷宮の入り口を探して、出来れば探索する感じになるって」
爆弾が投下された。
トータスは地球に比べて危険の多い世界だ。裏方としてはともかく、単純戦闘能力では現地人並か、経験不足のせいで劣るハジメが安全に過ごせる環境ではない。むしろ裏方としては飛びぬけて優秀な分、狙われやすくて危険まである。
だというのにいきなりの旅立ち宣言だ。友奈でも何言ってるのか理解できず呆けた。
「な、なに言ってるの!? 危ないよ! そんなことしなくても―――」
「今回の誤射、絶対わざとだし。犯人見つけても、ここにいたらまた似たようなこと起きそうだからさ。身を護るなら理由つけて別行動するしかないかなって。メルド団長も賛成してくれてて、いざこざが起きないようにすぐ離れた方がいいだろうってさ」
友奈が愕然とした表情になる。だが否定はできない。誤射ではなく故意だということは理解できていた。
なにせ前を走る友奈を避けて、回避しようとしたハジメに追尾して命中しているのだ。火魔法を得意とする者が狙って撃たなければこうはならない。
そして犯人を見つけても再発するというのも否定できない。今回やらかした相手の候補からは外れるが、やらかしそうなやつもいる。結局、ハジメがクラスメイトから嫌われている現状が問題なのだ。一旦距離を取るというのは間違いではなかった。
なんとか止められないかと唸りながら考え、ハッと妙案が思い浮かんだのか友奈が顔を上げる。
「なら裏方に専念すればいいんじゃない!? 南雲くん錬成師なんだし!」
「それも提案したんだけど、もう無理みたい。今回やりすぎちゃった」
「あうう……」
本来なら「そこそこ自衛できる」程度で済ませる予定だったのだ。だがベヒモスの足止めをメインで達成し、下層に落下しても生還。これで後方勤務は通らない。クラスメイト同様前線勤務は避けられないだろうと言う話だ。
だが緊急時の対応力は見せたので、他の大迷宮調査と言えば上層部も説得できる。オルクス大迷宮同様に資金源になるかもしれないし、そうでなくても何かしら隠されていそうなのは昔から語られていたからだ。
ここまでが前振り、ハジメも緊張を隠しきれず、心臓もベヒモスの足止め時以上に激しく脈打っていた。
それでも意を決して思いを告げる。
「それでお願いなんだけど、僕と一緒に来てくれないかな?」
「…………ほえ?」
ハジメの言葉に友奈が面食らう。
まだハジメを留まらせることが出来る方法を考えていたのだ。わざわざ自分なんかを誘う展開になると思っていなかった。
「正直、旅に出るの怖い。僕の常識なんか通じないところを転々とすることになるわけだしさ。それに行先だって他の大迷宮で、今回みたいなトラップがあるはずなんだ。ううん、オルクス大迷宮はチュートリアルっぽいし浅い階層のトラップだったから、あれより過酷なのが普通なのかもしれない。本当のところ、行きたくない。
でも行かないって選択もできないんだよ。クラスのやつは信用できないし、また同じこと繰り返されたら不和の原因の僕の方が悪いってなるかもしれない。まだ自分で挑めるだけマシなんだ。
でも高嶋さんと一緒なら、何だって乗り越えられるし、何だって楽しめると思うんだ。
まだ僕には返せるものは何もない。でも、絶対見つけて見せるから。
だからどうか、付いて来てほしい」
子供のような懇願だった。
ハジメに友達が出来たことはない。趣味に生きる両親に育てられた結果、他人に合わせることはせず、他人に合わせてもらうことも期待しないからだ。無理をせずとも趣味や嗜好が合う相手と、趣味や嗜好の合う分野でだけ交流を持てばいい。日本ではそれで十分な知己が得られたし、いなくなっても代わりは見つけられた。
だから誰かにいてほしいと願ったのは、友奈が初めてなのだ。
友人関係の経験値で言えば、ハジメはその辺の小学生にすら劣っている。だから全部ぶつけることしかできなかった。
「えっと、その」
友奈にしてみれば展開が急すぎる。こんなに一度に感情を叩きつけられて、重大な選択を迫られては流石の友奈でも困る。
だが困っているだけだ。友達の真剣な願いを粗雑に扱う友奈ではない。真剣に考えて、きとんと答えを出すだろう。
しかしハジメは友奈の戸惑いを見て、勝手に納得し、勝手に感情を引っ込めてしまった。
「やっぱり無理だよね。変なこと言ってごめん」
「は?」
「困らせる気はなかったんだ。高嶋さんには僕と違って他に友達もいるのはわかってるし、そっちを放置できないのもわかってる。友達だって言ってもらって舞い上がってたけど、半月もないくらいの期間だし、ダメで元々だってこともわかってて、言わない方がいいってのもわかってたんだけど、言わずにはいられなくて……
今のなし! ていうかもう全部忘れちゃって!
僕はもう行くから。また会ったときは遊んでくれたら嬉しいな。じゃあね」
一方的に言いたいことだけ言って、ハジメは去っていこうとする。高校生活で培った、感情を横に置いておいて無視する技術がハジメにはある。友奈と一緒にいたくても、どれだけ不安があっても、その気持ちを無視できるからこその行動だろう。
友奈からすると堪ったものではない。日本でいた頃、イジメられるハジメの立場がこれ以上悪化しないよう、無視する事だって結構なストレスだったのだ。なのに一度助けておいて、また見捨てるなどやりたくない。罪悪感で友奈の方が参ってしまう。ハジメにそんな意図はないだろうが、もはや自身を人質にした脅迫だ。自分が感情を無視できるせいか、人の心がまるで理解できていない。
「ふざけないで!」
「!!??」
「そういう言い方、ズルいと思う! 私に選択肢、ないもん! ついていくしかないもん!」
「いや、無理強いするつもりh」
「私が選んだって責任押し付けてるだけだよ! ちゃんと最後まで助けてって言って! そしたら私も助けるから!」
流石の友奈も感情のままにキレる。
普段の友奈がこのように怒ることはまずない。聞き上手な長所と表裏で、人と言い争ったり気まずくなるのを避けて自分を出せないからだ。天然を演じて周囲を和ませ、良い方へ転がるよう周囲を誘導したり、個人にフォローを入れたりするのが常である。
ここまで言えたのは、オルクス大迷宮の底で言い争いを既に経験していたこと。そしてハジメがここまで言わなきゃわからないし、言っても問題ないとある意味信用されることが出来ていたからだ。ここまで重ならなくては友奈は我を出せなかったりする。
「…………いいの?」
「いいの! 半端な方が困る!」
相変わらず子供のように表情を伺うハジメ。
しばしまごついて、ようやく言葉を紡いだ。
「僕のことを、助けてほしい。お願いします」
「友達同士の助け合いに敬語はいらないよ。今回は私が助ける。私が困ったときは助けてね。約束」
「! わかった! 約束する!」
一気に明るくなるハジメに、友奈の顔もほころんだ。
「それで、出発はいつになるの? 準備とかもあるんでしょ?」
「高嶋さんが付いて来てくれるならすぐにでもだよ。バレたら絶対邪魔されるし、旅の準備は移動した先でもできるし。メルド団長に頼んでくる!」
「ちょ、南雲くん!?」