断章の大嘘吐き   作:292299

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シンデレラと偽りの魔女

悪夢の被害者による互助会、その1つこそ神狩屋という古物商だ。

世話役の本名は鹿狩雅考だけど、神狩屋と覚えておけば問題ない。

神狩屋で覚えているから、たまに本名が出ても誰の名か分からないのだ。

 

その神狩屋の奥に、夏木夢見子は保護されている。

泡禍という悪夢の災害を予言するとされている、心の壊れた少女だ。

 

神の悪夢は泡のように湧き上がり、人の悪夢と混ざる。

そうして悪夢の源泉となった人物を中心に、世界へ流出する。

その瞬間から世界は、恐怖劇の舞台となるのだ。

知らぬ間に人は役割を課せられ、無意識の内に操られる。

Fateなどの型月的に例えて言えば、抑止力が敵に回ったようなものだ。

その干渉を跳ね退け、舞台を破壊できる存在こそ、断章保持者だった。

 

今回、夢見子ちゃんによって予言されたのは、灰かぶりだ。

指を切り落として靴に詰め込み、目玉を鳥に突つき出される、あのシンデレラだ。

これは悪夢が童話を原型としている訳ではなく、童話が悪夢を原型としている。

だから悪夢の原型となる童話が分かれば、演目が分かるという物ではない。

この恐怖劇の真の演目を知っている者は、悪夢を見た神様しかいなかった。

 

まあ、ボクは原作を知っているから分かるけどね。

とは言え、原作と違うなんて、よくある話だ。

オリジナル主人公を立てるために、どこからか敵を持ってくるとか。

チート主人公を苦戦させるために、わざわざチートな敵を持ってくるとか。

 

それにボクが最も信用していない相手こそ、ボク自身だ。

見回りを行っている時槻ちゃんを巻き込みたくはなかった。

だって、もしも原作と違っていたら恥ずかしいじゃないか。

まあ、でも、調査の状況は共有しておくべきだろう。

 

『この悪夢の中心とボクが見ているのは、杜塚眞衣子だよ』『白野くんと同級生で、異形と化した黒磯夏恵の従姉妹さ』

「一応聞くけど球磨川さん、その根拠は何?」

 

『それは教えられないね』『時槻ちゃんの判断に余計な影響を与えたくないんだ』

「そうね。私は白野君の世話で手一杯だから、球磨川さんの面倒まで見れないわ」

 

説明しないボクに力は貸せないのだろう。

時槻ちゃんはボクよりも優秀だから、時槻ちゃんは自力で考えた方がいい。

と言っても、この世に存在する人の多くはボクよりも優秀だ。

この世でボクにとって、最も信用できない人間は、ボク自身だった。

 

『じゃあ、ボクが白野くんを預かって、時槻ちゃんは自由に動いてもらおうか?』

「恐怖劇の索引ひきに引っ掛かっている私と白野くんは、まとめた方がいいわ。でも球磨川さんは、そうではないでしょう?」

 

夢見子ちゃんの予言に、ボクは引っ掛かっていない。

恐怖劇の舞台に役者として招かれていないのだ。

そういう訳でボクは単独行動となり、独り寂しく神狩屋を出発した。

 

さっそくボクは、杜塚眞衣子の住んでいるマンションへ向かう。

母親を介護するために学校を休み、平日も杜塚眞衣子は自宅にいる。

ただし前日は登校し、白野くんと会って、護衛の時槻ちゃんを見てショックを受けたはずだ。

2日前、白野くんが入れたようにマンションのセキュリティは甘く、開放的だった。

杜塚眞衣子の部屋まで行くと、ボクはインターホンを鳴らした。

 

『こんにちは!』『ボクは白野くんの友達で、球磨川禊だよ!』

「え? はい?」

 

『白野くんから杜塚ちゃんの事を聞いてね!』『杜塚ちゃんを手伝いに来たんだ!』

「白野くんから? あの、白野くんとは、どういう関係ですか?」

 

『白野くんは神狩屋っていうアンティークの商店に通っているんだよ!』『そこへボクも通って知り合ったのさ!』

 

古物って言うより、アンティークって言った方が、受けは良いよね。

 

「そうなんですか?」

 

杜塚眞衣子は白野くんに片思いをしている。

杜塚眞衣子はシンデレラで、白野くんこそ王子様だ。

 

『立ち話も何だから、中に入れてくれないかな?』

「え? いえ、でも、ちょっと待ってください」

 

インターホンから杜塚眞衣子の声が消える。

杜塚眞衣子にとって唯一の家族である、母親の下へ行ったのだろう。

杜塚眞衣子に煙草を押し付け、火傷の痕を付けた母親だ。

もちろん配役は、シンデレラを虐待した継母だ。

すでに動き始めている、この恐怖劇の原因と言える。

 

「ごめんなさい。今日は用事があって」

『そうだったんだね!』『でも少しで良いから話したいな!』『扉の外じゃダメかな?』

 

「え? でも」

『どこかへ出かける訳でもないし、扉の外なら大丈夫だよ!』

 

「ええ?」

『大丈夫だよ!』

 

杜塚眞衣子は困惑している。

ここまで人の話を聞かない人物は初めてなのだろう。

でも、ボクは扉を開けるまで諦めない。

杜塚眞衣子が異形と化すまで、あと5日だろう。

母親が死ぬまで、今日も入れて3日だ。

 

『ちょっと顔を見せてくれたら、すぐに帰るよ!』

「分かりました。じゃあ、ちょっとだけ」

 

チェーンロックの掛かった扉から、シンデレラは姿を見せる。

母親の介護で、疲れて見えた。

 

『改めて初めまして!』『ボクは白野くんの友達で、球磨川禊だよ!』

「白野くんの同級生で、杜塚眞衣子です」

 

『じゃあ、眞衣子ちゃん!』『ボクの事は親しみを込めて、禊ちゃんって呼んでね!』

「え? はい。えーと、禊ちゃん?」

 

『うん』『これで眞衣子ちゃんと友達になったから、敬語も止めてほしいな!』

「ええ?」

 

『え?』『ボクは眞衣子ちゃんと友達になったつもりだったのに』『違ったのかな?』

「友達、ですか?」

 

『眞衣子ちゃんも白野くんの友達なんだから』『友達の友達さ!』

「私はーー白野くんの友達じゃ、ないですよ」

 

そう言う眞衣子ちゃんは苦しそうだ。

 

『そうなの?』『でもプリントを持って行く仲って聞いたぜ』『まるで幼馴染みのシチェエーションじゃないか』

「あれは先生に頼まれたんですよ。白野くんは誰にでも優しいから」

 

『誰にでも優しい理想の王子様じゃないか』『この機会にガンガン行こうぜ!』

「勝手なことを言わないでください」

 

ボクの軽々しい言葉に、眞衣子ちゃんは苛立ちを覚える。

シンデレラは王子様に恋をしているけれど、それは出来ない。

眞衣子ちゃんの感情は次の瞬間、空気が抜けるように消えてしまった。

我慢したのではなく、これは諦めだ。

どうしようもないと思って、感情を投げ捨てた。

 

消極的で、積極的ではない。

積み重ねられ虐待に対する防御反応が、身に染みている。

だって母親に逆らったら、眞衣子ちゃんは死んでしまうのだから。

 

『怒って良いんだぜ』『君は悪くない』

「何なんですか。本当に白野くんの友達なんですか?」

 

『嘘は言ってないぜ』

「それは嘘を言ってる人の言葉だって、私は知ってます。もう、帰ってください」

 

扉の隙間にボクは足を差し込んだ。

 

『それは出来ないぜ』『なんたってボクは、悪い魔女だ』

「警察を呼びますよ」

 

『あれ?』『良いのかい?』『虐待が明らかになるぜ?』

「そんなこと、ありません」

 

『君の母親は人生の最後を、犯罪者として過ごす事になるぜ?』

「止めて、ください」

 

『警察を呼ぶのはボクじゃない』『で、どうするのかな?』

 

眞衣子ちゃんは血の気が引いて、なにも言えない。

もしも虐待が知られたら、もっと母親は悪く言われるだろう。

それは眞衣子ちゃんにとって、異形へ変質するほどの恐怖だ。

 

『ボクと眞衣子ちゃんは友達なんだ』『部屋に入れてくれるよね?』

 

扉を開ける事も、閉める事もできない。

眞衣子ちゃんは今、自力で判断できない状況に陥っていた。

 

「眞衣ーー子!」

 

怒気を含んだ、苦しそうな声だ。

部屋の奥から聞こえるのは、もうすぐガンの末期で死ぬ母親の声だった。

 

「お母さんが呼んでるから」

 

それを理由に眞衣子ちゃんは、ボクを追い払おうとする。

しかし、大きく空気を吸ったボクは、辺りに響き渡るような大声を上げた。

 

『すいませーん!』『警察の者です!』『この家で虐待が行われていると通報がありました!』

「やめて!」

 

『扉を開けていただけますか!』『杜塚眞衣子さんの、お母さん!』

「違います!」

 

もちろん母親は、友達として訪れたボクの声を聞いていたはずだ。

だから、この声を聞いて欲しい相手は、マンションの住人だった。

意地の悪いことで有名な母親の評価は、どれほどか。

やっぱりね、なんて言われる程度だろう。

 

「おねがいです。止めてください」

 

眞衣子ちゃんは泣きそうだ。

どうしようもない状況に涙は溢れ、前も見えない様子だった。

 

「うるーーさいーー!」

 

それに比べて、眞衣子ちゃんの母親は元気そうだった。

粘液を喉に絡めて、それでも怒鳴り声を上げている。

あっちは眞衣子ちゃんと違って、他人の評価なんて気にしていないのだ。

だって社会から関係を絶たれて、今にも独りぼっちで死ぬ寸前なのだから。

赤子のように泣いて叫ぶことしか知らない。

 

『じゃあ、近くの公園で話そうか』『ここで話していると、聞かれたくない話も聞かれちゃうぜ?』

 

そうして、ついに眞衣子ちゃんは扉を開けた。

恐怖で震える眞衣子ちゃんを抱き寄せ、強引に連れて行く。

マンションの近くで植木も少なく、数えられる程度のハトしかいない公園だ。

 

『ハトは排泄物を撒き散らす害鳥なんだ』『あれを平和の象徴なんて言っている奴の気が知れないぜ』

 

自身の昼食代からハトのエサ代を捻出している眞衣子ちゃんに、そう言った。

いずれハトの一部を生やした異形となる、眞衣子ちゃんへ。

 

『それは兎も角、白野くんの話だ』『白野くんは普通の日常を愛している』『知ってたかい?』

「知りません」

 

知らなくとも、だいたい察していたはずだ。

しかしボクから顔を背けて、眞衣子ちゃんは言った。

よほどボクの事を嫌いになったらしい。

 

『まあ、要するに、美少女と好んで付き合うはずはないのさ』『目立つからね』

「そう、ですか」

 

眞衣子ちゃんは帰り道で、白野くんと時槻ちゃんを見たはずだ。

時槻ちゃんが泡禍の探索を行って、今日から白野くんも同行している。

白野くんと一緒に帰っていた時槻ちゃんを見て、眞衣子ちゃんは自分と比べてしまった。

綺麗なドレスを着た姫様と、灰に塗れたシンデレラだ。

 

『一緒にいて普通と思われる事が重要だ』『だから、まずは友達から始めるべきだね』

「何が目的なんですか?」

 

眞衣子ちゃんは恐ろしい物を見るような目で、同時に困惑していた。

どうして急に恋愛相談が始まったのか分からない様子だ。

 

『もちろん魔女の役目は、シンデレラを舞踏会へ連れて行く事さ』

「そうじゃなくて現実の問題として、白野くんと私を付き合わせる理由は何ですか?」

 

『じゃあ正直に言うと、君の従姉妹だった黒磯夏恵は死んだ』

「え?」

 

『もうすぐ君の母親も死んで、その葬儀に集まった親戚も死んで、君も死ぬ』

「そんな事あるわけない」

 

眞衣子ちゃんは強く否定する。

しかし異形となった黒磯夏恵のように、みんな異形となって死ぬのだ。

 

『黒磯夏恵と母親の死は、もう変えられない』『でも君が変われば、未来は変わるのかも知れない』『だって、これは君の悪夢なのだから』

「あなた、おかしいですよ」

 

ボクの説明は上手と言えないからね。

これでもボクなりに頑張っているのだけれど。

声を震わせる眞衣子ちゃんの目は、正面の狂人を映していた。

 

『君が成長しない限り、もう未来は来ないんだ』『変わらない限り、今の時間に囚われる』『君と関係なく時間は流れ、いつか置いて行かれる』

「知りませんよ、そんなこと」

 

『このまま母親の死と共に学校を退学し、誰とも繋がっていない時間へ置き去りにされる』『そうなれば君は永遠に未来へ追い付けなくなるんだぜ?』

「もう、止めてください!」

 

『君は母親が死んでも、母親と過ごした時間に、子供のまま閉じ込められるんだ』

 

母親を捨てられない。

だから今、変わらなければ間に合わない。

たとえ、その先に未来はなく、死んでしまうとしても。

 

「いいんです。王子様に会えなくても、今のままでいいんです。もう、きっと、学校には行けないから」

『嘘だね』『君は飛び立ちたいと願っている』『母親を切り捨てて飛べないから、一緒に支えてくれる誰かを願っている』

 

「もう、いいんです!」

『いいや、良くないね』『ボクは悪い魔女だ』『シンデレラを舞踏会へ連れて行く』

 

その時、どこからか壊れた歌が聞こえ始めた。

公園を歩いていたハトが、羽ばたいて飛び立つ。

 

「私、帰らないと。お母さんが待ってる」

 

自治体のスピーカーから流れるのは、音の割れた時報だ。

どこかで聞いたような夕刻を告げる曲だった。

赤く染まった空を見上げれば、鳥の影がある。

公園の段差を一段、ボクは下りた。

 

『なるほど』『シンデレラは帰る時間だ』『じゃあ、また明日』

 

空から鳥の影が降ってきた。

異形と化したハトが、ボクの目玉を突っつく。

硬いクチバシで目玉を咬み、そのまま目玉を引き出した。

目玉の後ろに繋がっていた糸のような繊維は、伸びた後に千切れる。

そのままハトは飲み込み、ボクの目玉で喉を盛り上げた。

 

頭の中で聞こえるのはハトの鳴き声だ。

空洞となった目は痛く、ズキズキと鼓動する。

鳴き声は頭の中で膨らみ、コツンコツンと音を立てる。

割れるような痛みに頭を押さえると、頭の中で動く物があった。

クチバシで卵を割るように、ボクの頭からハトが生まれる。

白と黒の混じった羽で、割れた頭蓋を擦り上げた。

 

かゆい、かゆい。

体を引っ掻くと、肌の下を動くものがある。

それはピンク色の細い歪曲した爪や、硬く白いクチバシだ。

それらは肌は破って生えると、周囲の肌を傷付ける。

すると汚染されたように、そこから新たな爪とクチバシが生えた。

まるで寄生虫のような歪さで、肌の上を覆い尽くし、増殖する。

 

「きゃああああああ!!」

 

眞衣子ちゃんの悲鳴は遠く離れ、やがて小さくなる。

ボクは頭から生えたハトを掴むと、握り潰した。

丸く見開かれた、ハトの目が、転げ落ちた。

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