断章の大嘘吐き   作:292299

5 / 6
グレーテルだらけの童話

異形を討伐する時槻ちゃんの妨害を行った結果、ボクは罰を受けた。

他の地域にある秘密結社もといロッジに出向して、奉仕活動だ。

各地へ飛ばされて、やっと帰ってきたら、10日も経っていた。

ここぞとばかりに酷使されて、しばらく休みたい気分だ。

でも、次の話が終わっていたら悲しいので、ボクは神狩屋へ向かう。

大きくて重い旅行鞄を引きずって、看板の横にある出入口を通った。

 

接客用のテーブルに座っているのは、店員である颯姫ちゃんだ。

それと、その横に客らしい見知らぬ学生服を着た少女も座っている。

この神狩屋は古物商の看板を掲げているけれど、結社としての役割もあった。

世界に浮かび上がる悪夢から人々を救う、互助会だ。

 

「こんにちは、球磨川さん! 10日ぶりですね! お仕事の方は、どうでしたか?」

『え?』『颯姫ちゃんと会うため、毎日来てるのに?』『忘れちゃうなんて寂しいぜ』

 

「もー、そんな訳ないじゃないですか。大丈夫です。ちゃんと思い出してますよ」

『ところで颯姫ちゃん』『こっちの御客さんは、どっちの御客さんかな?』

 

古物商としての客か、秘密結社としての客か。

 

「心霊現象にあって、その相談に来られたそうです」

 

もちろんボクらは霊能力者ではない。

神狩屋の店長に至っては、霊どころか神の存在すら否定している。

神の悪夢は自動的で、亡霊を見たとしても、そこに死んだ人の意思はない。

でも世間に対する言い訳として、霊能力者の設定は有用だった。

 

『そうなんだ』『ボクは球磨川禊』『協力者の1人さ』

「初めまして。時槻さんの同級生で、媛沢遥火です」

 

と言うことは、今回はヘンゼルとグレーテルだ。

森に捨てられた兄妹が、お菓子の家で魔女に捕まる話だ。

まあ、ヘンゼルとグレーテルの役は複数いるけどね。

そこへ店の奥から現れたのは、時槻ちゃんと白野くんだった。

 

「間違いなく人の骨らしいわよ」

 

時槻ちゃんの差し出した封筒は、小さく膨らんでいる。

中に入っているのは、媛沢遥火に送り付けられた幼児の骨だ。

その封筒を眺めつつ、ボクは舌を噛む。

あまりの激痛に床を転げ回り、それでも舌を噛み切ろうと足掻いた。

 

「きゃあああああ!?」

 

媛沢遥火の悲鳴を気にする余裕もなく、ボクは死んだ。

そして一瞬の幻だったように、すべては無かった事になった。

唯一の変化は、テーブルの上に現れた幼児だ。

サービスで生前の服も着せてある。

 

『死んだという事実を』『無かった事にした』

「何をーーしているの、球磨川!?」

 

うっかり敬称を付け忘れる時槻ちゃん。

異形を討伐する時槻ちゃんの妨害を行った時くらい怒っている。

あの時はカッターナイフを没収した結果、右ストレートで殴られたのだ。

白野くんと颯姫ちゃんは突然の展開に付いて行けず、反応は遅れていた。

 

突然にテーブルへ現れた幼児だ。

媛沢遥火は、それは何であるかを理解する前に恐怖する。

かつて媛沢遥火が見捨ててしまった幼児に恐怖を覚えた。

生き返ったからと言って、単純に喜べるものではない。

 

『褒めてくれても良いぜ』

「どうして不用意に生き返らせたのか。理由を聞かせてくれる?」

 

『重要そうなアイテムだったからさ』『見た瞬間、ピンと来たね!』

「貴方は今、存在してはいけないものを作り出したのよ」

 

『いけなかったのかな?』

「この子の命に、どう責任を取るつもりなのかしら?」

 

颯姫ちゃんと同じ、戸籍の存在しない幼児だ。

 

『もちろんボクの責任で、いらなくなったら処分するさ』『安心しなよ!』

「ーー殺すわよ」

 

時槻ちゃんはボクの首元を持って、吊り上げる。

首を絞められて、ちょっと苦しい。

でも、舌を噛み切ることに比べたら軽いものだ。

もしも時槻ちゃんの断章が気軽に使えたら、ボクは灰になっていた事だろう。

 

「それは、なに?」

 

ようやく声を出せたのか、掠れた声で媛沢遥火は聞いた。

時槻ちゃんはボクから手を放し、媛沢遥火へ向き合うと困った顔になる。

 

「颯姫ちゃん、おねがい」

「はい!」

 

颯姫ちゃんの耳から這い出た赤い蟲は、辺りへ広がる。

断章保持者ではない媛沢遥火は、その蟲を目視する事もできない。

これは人の精神に作用する効果、田上颯姫の断章である〈食害〉だ。

ただし、この断章によって颯姫ちゃんは自身の記憶を喰われ続けている。

 

『先に言っておくけど』『その子の記憶を消しても、ボクは無かったことに出来るぜ』

「どうして、そうするのか、聞くだけ無駄でしょうね」

 

『え?』『聞きたい?』『それなら答えてやらない事もないぜ』

「ごめんなさい、颯姫ちゃん。やっぱり、止めておくわーーそれと、委員長」

 

「ーーうん」

「今のは、いわゆる超能力よ。この球磨川さんは、性格は最悪だけど、人の死を無かったことにできるの」

 

「じゃあ、そうなんだ。その子は、あの時の、私が見逃したーーあの子」

「ええ、そうでしょうね」

 

あの幼児は数年前に、炎天下の車内で熱っせられて死んだ。

その前に媛沢遥火は通りかかって、車の中にいる幼児を見ていた。

その後、幼児は死んで、その母親は媛沢遥火の責任を追求する。

もちろん自分の責任を転化した、母親の不当な要求だ。

執行猶予を受けた母親は、媛沢遥火に脅迫文を送り付け、禁固刑が執行された。

そして数年経った今、刑を終えたのであろう母親は、媛沢遥火に骨を送り付けた。

 

『よしよし、いい子いい子だぜ』

 

時槻ちゃんから解放されたボクは、泣き始めた幼児を抱き上げる。

持ってきた旅行鞄を開けて、詰め込んだ育児グッズを広げた。

それを見た時槻ちゃんは、元気を抜かれたように疲れた表情を見せる。

ボクに子供は居ないのだから、他に育児グッズを持ち歩く理由はなかった。

 

「颯姫ちゃん、球磨川さんが変な事をしないように見張ってくれる?」

「はい!」

 

「私と白野くんは、媛沢さんを家まで送るわ」

『それならボクも行くぜ』

 

ボクは幼児を抱いたまま、そう言った。

すると時槻ちゃんに、無言のまま白い目を向けられる。

 

『時槻ちゃんと白野くんは夜まで出歩けないだろう?』『その点、ボクは外泊しても問題ないのさ』

「その子は、どうするのよ」

 

『もちろん連れて行くさ』

「迷惑でしょう。諦めなさい」

 

そこでボクは聞く相手を変える。

 

『でも媛沢さんは、どうかな?』

「私はーー」

 

「委員長、貴方の家族に迷惑をかけてしまうわ」

 

幼児を見捨てられない媛沢遥火。

その言葉を断ち切ったのは、時槻ちゃんだった。

 

「でもーー」

「これを貴方の責任と感じるのは勘違いよ。これは球磨川さんの責任なの」

 

『家族に迷惑なんて掛からないさ』『あとで記憶を無かった事にすれば良いんだ』

「こんな奴に頼るくらいなら、最初からいない方が、まだ良いわ」

 

「それなら、その子だけでも、いいかな?」

 

媛沢遥火は、幼児を連れて帰りたいと言う。

ボクらの話を聞いているようで、話を聞いていなかった。

媛沢遥火の意識は幼児へ集中し、それから目を逸らせない。

 

「家族に心配を掛けたくないのでしょう?」

 

死んだ幼児の母親から、脅迫文が送られた時のことだ。

両親の心配と不安、そして媛沢遥火の母は仕事を辞めてしまった。

だから媛沢遥火は今回の件も、両親に知られたくなかった。

 

『訳ありで子連れの友人が、家へ泊まりに来るんだ』『おかしな事はないぜ』

「おかしな所しかないでしょう」

 

すると、媛沢遥火は声を震わせながら告白する。

 

「目を離したら、また起こってしまいそうで、怖いの」

 

目を離した間に死んでいるかも知れない。

それはボクらが断章を解放する時に似ている。

その血の気の引いた顔は、心に負った傷と向き合う時に似ていた。

熱で変色した幼児の、力の抜けた体が、悪夢のように浮かび上がってくるのだ。

どれほどの苦痛に媛沢遥火が耐えているのか、ボクらは共感できる。

 

「分かったわ。私と白野くんで委員長を家まで送って、その子と球磨川さんを付けましょう」

 

そういう訳でボクらは一緒に、媛沢遥火の家へ移動する。

学生服の異なる男女4人に加えて幼児という、目立つ組み合わせだ。

重い旅行鞄を持っているボクは、媛沢遥火に幼児を預けていた。

すると白野くんが、ボクに寄ってくる。

 

「球磨川さん」

『なんだい、白野くん?』

 

「この悪夢の中心は、誰と思ってる?」

『媛沢遥火だぜ』

 

「どうしてか、教えてくれる?」

『それは教えられないね』『白野くんの判断に余計な影響を与えたくないんだ』

 

「杜塚さんの時も、雪乃さんに同じことを言ったよね」

 

シンデレラの少女だ。

白野くんの心に爪痕を残して、飛び立って行った。

白野くんは勘違いしているけれど、白野くんが初めて殺した相手だ。

最初に死なせてしまった相手を白野くんは、幼馴染の溝口葉耶と思っている。

 

「でも僕は、球磨川さんを信じられると思っているよ」

 

信じる。

そう言われると気持ち悪い。

その聞こえの良い言葉で、心に重石を載せられたようだ。

 

『悪いけど、君の信じるボクを、ボクは信じていないぜ』

 

白野くんを拒絶して振り切る。

この世で最も信用できないのはボク自身だ。

だから、ボクを信用する人なんて、信用できない。

 

 

媛沢遥火の家へ到着する。

そうして何事もなく媛沢遥火を送り届けると、時槻ちゃんと白野くんは帰って行った。

2人を見送って家へ入ろうとしたボクらは、しかし呼び止められる。

 

「ハル。ちょっといい?」

「あれ? 麻智?」

 

小学校の頃から付き合いのある仲のいい友達である、横川麻智だ。

なんて紹介してみたけれど当然、ボクは初対面だった。

 

「そいつ、だれ?」

『ボクは球磨川禊』『訳あって泊まる所のない、子連れの女の子だぜ』『よろしくね!』

 

「う、うんーーねえ、ハル。この人、大丈夫なの?」

「えっと、たぶん?」

 

あまりにも自信のない様子に、横川麻智は不安を覚えたようだ。

球磨川禊に対する不審も隠さないまま、媛沢遥火を問い詰める。

 

「登校する時、時槻さんと一緒だったでしょ。なにか言われたんじゃないの?」

『その事ならボクも証言できるぜ』『さっきも、この子を連れて行くことに反対されてたんだ』

 

「あんたには聞いてないけどーーえ? どういうこと?」

『媛沢さんは赤ちゃんを連れて帰りたかった』『でも、時槻さんに反対されてたんだ』

 

「いや、待って。その赤ちゃんってーー誰の子?」

『それは、とてもボクの口からは言えないぜ』

 

「ねえ、ハル。嘘でしょ?」

 

媛沢遥火は答えられない。

ここで違うと言えば幼児は、どうなるのか。

当然、警察へ届ける流れになるだろう。

今の媛沢遥火は幼児に執着していると言っても良かった。

 

「許せない! ハルに手を出したのは誰よ!」

『落ち着いて欲しい』『媛沢さんは、まだ両親に知られたくないんだ』

 

すると横川麻智は、慌てて口を押さえた。

ここは媛沢遥火の、家の前だ。

 

『今はボクの子供という設定なんだ』『それは分かってほしい』

「最近、ハルは元気がないって、そう思ってたんだ。まさか、そうだったなんて」

 

そういう事になった。

 

『君は媛沢さんの親友と見たけど』『どうかな?』

「もちろん! ハルの親友よ!」

 

『だったら君も泊まって欲しいな』『ボクなんかよりも適任さ!』

「そうね! どうせ私の親は今日も帰って来ないから、そうするわ!」

 

『媛沢さんは、それで良いかな?』

「ちょっと待ってね。両親に聞いてみるから」

 

両親の許可を得て、ボクらは家へ上がった。

横川麻智は外泊のために、自宅へ荷物を取りに行く。

ボクは旅行鞄を置くと、幼児を預けた媛沢遥火へ言った。

 

『媛沢さん、赤ちゃんを頼むよ』『ボクは横川さんと一緒に行くから』

「え? どうして?」

 

ボクは雲に覆われた空を見上げた。

光は遮られて、いつもより暗い。

 

『もう夕闇も深い』『1人で出歩くなんて危険だぜ』

「いや、平気だよ。すぐ近くだから」

 

『それに横川さんも、ボクに言いたい事があるだろ?』

「ーーそうね」

 

ボクと横川麻智は出発する。

そうして媛沢遥火の家から離れると、口を開いた。

本当に言いたい事があったのはボクで、媛沢遥火の前で言えない話だ。

 

『横川さんは親友だから、車内で熱死した赤ちゃんについて聞いているかな?』

「もちろん」

 

『あの母親は昨日、媛沢さんへ幼児の骨を送り付けたんだ』

「幼児の骨って、まさか?」

 

『今日、その鑑定に行って、結果は本物の骨だったよ』

「そうだったのね。でも時槻さんは、どういう関係?」

 

時槻ちゃんと媛沢遥火は同級生だ。

当然、この横川麻智も時槻ちゃんを知っている。

時槻ちゃんの評判は凄まじく悪く、横川麻智は良く思っていない。

横川麻智は、そんな人間が親友に近付いて欲しくないのだ。

 

『ボクにとっては同僚かな?』『こういう奉仕活動をやってるんだよ』

「時槻さんが? 奉仕活動?」

 

『時槻さんも色々あったからね』『まあ、性格がネジ曲がってる事はボクも認めるぜ』

「ははっ、たしかにね」

 

そうして何事もなく、横川麻智の自宅へ着いてしまった。

そうして何事もなく、媛沢遥火の自宅へ戻ってしまった。

 

『やれやれ、そうなるとボクらは全員』『これから暗い森の中で休む事になる』

 

グレーテルの役である横川麻智は、魔女に襲われるはずだったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告