異形を討伐する時槻ちゃんの妨害を行った結果、ボクは罰を受けた。
他の地域にある秘密結社もといロッジに出向して、奉仕活動だ。
各地へ飛ばされて、やっと帰ってきたら、10日も経っていた。
ここぞとばかりに酷使されて、しばらく休みたい気分だ。
でも、次の話が終わっていたら悲しいので、ボクは神狩屋へ向かう。
大きくて重い旅行鞄を引きずって、看板の横にある出入口を通った。
接客用のテーブルに座っているのは、店員である颯姫ちゃんだ。
それと、その横に客らしい見知らぬ学生服を着た少女も座っている。
この神狩屋は古物商の看板を掲げているけれど、結社としての役割もあった。
世界に浮かび上がる悪夢から人々を救う、互助会だ。
「こんにちは、球磨川さん! 10日ぶりですね! お仕事の方は、どうでしたか?」
『え?』『颯姫ちゃんと会うため、毎日来てるのに?』『忘れちゃうなんて寂しいぜ』
「もー、そんな訳ないじゃないですか。大丈夫です。ちゃんと思い出してますよ」
『ところで颯姫ちゃん』『こっちの御客さんは、どっちの御客さんかな?』
古物商としての客か、秘密結社としての客か。
「心霊現象にあって、その相談に来られたそうです」
もちろんボクらは霊能力者ではない。
神狩屋の店長に至っては、霊どころか神の存在すら否定している。
神の悪夢は自動的で、亡霊を見たとしても、そこに死んだ人の意思はない。
でも世間に対する言い訳として、霊能力者の設定は有用だった。
『そうなんだ』『ボクは球磨川禊』『協力者の1人さ』
「初めまして。時槻さんの同級生で、媛沢遥火です」
と言うことは、今回はヘンゼルとグレーテルだ。
森に捨てられた兄妹が、お菓子の家で魔女に捕まる話だ。
まあ、ヘンゼルとグレーテルの役は複数いるけどね。
そこへ店の奥から現れたのは、時槻ちゃんと白野くんだった。
「間違いなく人の骨らしいわよ」
時槻ちゃんの差し出した封筒は、小さく膨らんでいる。
中に入っているのは、媛沢遥火に送り付けられた幼児の骨だ。
その封筒を眺めつつ、ボクは舌を噛む。
あまりの激痛に床を転げ回り、それでも舌を噛み切ろうと足掻いた。
「きゃあああああ!?」
媛沢遥火の悲鳴を気にする余裕もなく、ボクは死んだ。
そして一瞬の幻だったように、すべては無かった事になった。
唯一の変化は、テーブルの上に現れた幼児だ。
サービスで生前の服も着せてある。
『死んだという事実を』『無かった事にした』
「何をーーしているの、球磨川!?」
うっかり敬称を付け忘れる時槻ちゃん。
異形を討伐する時槻ちゃんの妨害を行った時くらい怒っている。
あの時はカッターナイフを没収した結果、右ストレートで殴られたのだ。
白野くんと颯姫ちゃんは突然の展開に付いて行けず、反応は遅れていた。
突然にテーブルへ現れた幼児だ。
媛沢遥火は、それは何であるかを理解する前に恐怖する。
かつて媛沢遥火が見捨ててしまった幼児に恐怖を覚えた。
生き返ったからと言って、単純に喜べるものではない。
『褒めてくれても良いぜ』
「どうして不用意に生き返らせたのか。理由を聞かせてくれる?」
『重要そうなアイテムだったからさ』『見た瞬間、ピンと来たね!』
「貴方は今、存在してはいけないものを作り出したのよ」
『いけなかったのかな?』
「この子の命に、どう責任を取るつもりなのかしら?」
颯姫ちゃんと同じ、戸籍の存在しない幼児だ。
『もちろんボクの責任で、いらなくなったら処分するさ』『安心しなよ!』
「ーー殺すわよ」
時槻ちゃんはボクの首元を持って、吊り上げる。
首を絞められて、ちょっと苦しい。
でも、舌を噛み切ることに比べたら軽いものだ。
もしも時槻ちゃんの断章が気軽に使えたら、ボクは灰になっていた事だろう。
「それは、なに?」
ようやく声を出せたのか、掠れた声で媛沢遥火は聞いた。
時槻ちゃんはボクから手を放し、媛沢遥火へ向き合うと困った顔になる。
「颯姫ちゃん、おねがい」
「はい!」
颯姫ちゃんの耳から這い出た赤い蟲は、辺りへ広がる。
断章保持者ではない媛沢遥火は、その蟲を目視する事もできない。
これは人の精神に作用する効果、田上颯姫の断章である〈食害〉だ。
ただし、この断章によって颯姫ちゃんは自身の記憶を喰われ続けている。
『先に言っておくけど』『その子の記憶を消しても、ボクは無かったことに出来るぜ』
「どうして、そうするのか、聞くだけ無駄でしょうね」
『え?』『聞きたい?』『それなら答えてやらない事もないぜ』
「ごめんなさい、颯姫ちゃん。やっぱり、止めておくわーーそれと、委員長」
「ーーうん」
「今のは、いわゆる超能力よ。この球磨川さんは、性格は最悪だけど、人の死を無かったことにできるの」
「じゃあ、そうなんだ。その子は、あの時の、私が見逃したーーあの子」
「ええ、そうでしょうね」
あの幼児は数年前に、炎天下の車内で熱っせられて死んだ。
その前に媛沢遥火は通りかかって、車の中にいる幼児を見ていた。
その後、幼児は死んで、その母親は媛沢遥火の責任を追求する。
もちろん自分の責任を転化した、母親の不当な要求だ。
執行猶予を受けた母親は、媛沢遥火に脅迫文を送り付け、禁固刑が執行された。
そして数年経った今、刑を終えたのであろう母親は、媛沢遥火に骨を送り付けた。
『よしよし、いい子いい子だぜ』
時槻ちゃんから解放されたボクは、泣き始めた幼児を抱き上げる。
持ってきた旅行鞄を開けて、詰め込んだ育児グッズを広げた。
それを見た時槻ちゃんは、元気を抜かれたように疲れた表情を見せる。
ボクに子供は居ないのだから、他に育児グッズを持ち歩く理由はなかった。
「颯姫ちゃん、球磨川さんが変な事をしないように見張ってくれる?」
「はい!」
「私と白野くんは、媛沢さんを家まで送るわ」
『それならボクも行くぜ』
ボクは幼児を抱いたまま、そう言った。
すると時槻ちゃんに、無言のまま白い目を向けられる。
『時槻ちゃんと白野くんは夜まで出歩けないだろう?』『その点、ボクは外泊しても問題ないのさ』
「その子は、どうするのよ」
『もちろん連れて行くさ』
「迷惑でしょう。諦めなさい」
そこでボクは聞く相手を変える。
『でも媛沢さんは、どうかな?』
「私はーー」
「委員長、貴方の家族に迷惑をかけてしまうわ」
幼児を見捨てられない媛沢遥火。
その言葉を断ち切ったのは、時槻ちゃんだった。
「でもーー」
「これを貴方の責任と感じるのは勘違いよ。これは球磨川さんの責任なの」
『家族に迷惑なんて掛からないさ』『あとで記憶を無かった事にすれば良いんだ』
「こんな奴に頼るくらいなら、最初からいない方が、まだ良いわ」
「それなら、その子だけでも、いいかな?」
媛沢遥火は、幼児を連れて帰りたいと言う。
ボクらの話を聞いているようで、話を聞いていなかった。
媛沢遥火の意識は幼児へ集中し、それから目を逸らせない。
「家族に心配を掛けたくないのでしょう?」
死んだ幼児の母親から、脅迫文が送られた時のことだ。
両親の心配と不安、そして媛沢遥火の母は仕事を辞めてしまった。
だから媛沢遥火は今回の件も、両親に知られたくなかった。
『訳ありで子連れの友人が、家へ泊まりに来るんだ』『おかしな事はないぜ』
「おかしな所しかないでしょう」
すると、媛沢遥火は声を震わせながら告白する。
「目を離したら、また起こってしまいそうで、怖いの」
目を離した間に死んでいるかも知れない。
それはボクらが断章を解放する時に似ている。
その血の気の引いた顔は、心に負った傷と向き合う時に似ていた。
熱で変色した幼児の、力の抜けた体が、悪夢のように浮かび上がってくるのだ。
どれほどの苦痛に媛沢遥火が耐えているのか、ボクらは共感できる。
「分かったわ。私と白野くんで委員長を家まで送って、その子と球磨川さんを付けましょう」
そういう訳でボクらは一緒に、媛沢遥火の家へ移動する。
学生服の異なる男女4人に加えて幼児という、目立つ組み合わせだ。
重い旅行鞄を持っているボクは、媛沢遥火に幼児を預けていた。
すると白野くんが、ボクに寄ってくる。
「球磨川さん」
『なんだい、白野くん?』
「この悪夢の中心は、誰と思ってる?」
『媛沢遥火だぜ』
「どうしてか、教えてくれる?」
『それは教えられないね』『白野くんの判断に余計な影響を与えたくないんだ』
「杜塚さんの時も、雪乃さんに同じことを言ったよね」
シンデレラの少女だ。
白野くんの心に爪痕を残して、飛び立って行った。
白野くんは勘違いしているけれど、白野くんが初めて殺した相手だ。
最初に死なせてしまった相手を白野くんは、幼馴染の溝口葉耶と思っている。
「でも僕は、球磨川さんを信じられると思っているよ」
信じる。
そう言われると気持ち悪い。
その聞こえの良い言葉で、心に重石を載せられたようだ。
『悪いけど、君の信じるボクを、ボクは信じていないぜ』
白野くんを拒絶して振り切る。
この世で最も信用できないのはボク自身だ。
だから、ボクを信用する人なんて、信用できない。
媛沢遥火の家へ到着する。
そうして何事もなく媛沢遥火を送り届けると、時槻ちゃんと白野くんは帰って行った。
2人を見送って家へ入ろうとしたボクらは、しかし呼び止められる。
「ハル。ちょっといい?」
「あれ? 麻智?」
小学校の頃から付き合いのある仲のいい友達である、横川麻智だ。
なんて紹介してみたけれど当然、ボクは初対面だった。
「そいつ、だれ?」
『ボクは球磨川禊』『訳あって泊まる所のない、子連れの女の子だぜ』『よろしくね!』
「う、うんーーねえ、ハル。この人、大丈夫なの?」
「えっと、たぶん?」
あまりにも自信のない様子に、横川麻智は不安を覚えたようだ。
球磨川禊に対する不審も隠さないまま、媛沢遥火を問い詰める。
「登校する時、時槻さんと一緒だったでしょ。なにか言われたんじゃないの?」
『その事ならボクも証言できるぜ』『さっきも、この子を連れて行くことに反対されてたんだ』
「あんたには聞いてないけどーーえ? どういうこと?」
『媛沢さんは赤ちゃんを連れて帰りたかった』『でも、時槻さんに反対されてたんだ』
「いや、待って。その赤ちゃんってーー誰の子?」
『それは、とてもボクの口からは言えないぜ』
「ねえ、ハル。嘘でしょ?」
媛沢遥火は答えられない。
ここで違うと言えば幼児は、どうなるのか。
当然、警察へ届ける流れになるだろう。
今の媛沢遥火は幼児に執着していると言っても良かった。
「許せない! ハルに手を出したのは誰よ!」
『落ち着いて欲しい』『媛沢さんは、まだ両親に知られたくないんだ』
すると横川麻智は、慌てて口を押さえた。
ここは媛沢遥火の、家の前だ。
『今はボクの子供という設定なんだ』『それは分かってほしい』
「最近、ハルは元気がないって、そう思ってたんだ。まさか、そうだったなんて」
そういう事になった。
『君は媛沢さんの親友と見たけど』『どうかな?』
「もちろん! ハルの親友よ!」
『だったら君も泊まって欲しいな』『ボクなんかよりも適任さ!』
「そうね! どうせ私の親は今日も帰って来ないから、そうするわ!」
『媛沢さんは、それで良いかな?』
「ちょっと待ってね。両親に聞いてみるから」
両親の許可を得て、ボクらは家へ上がった。
横川麻智は外泊のために、自宅へ荷物を取りに行く。
ボクは旅行鞄を置くと、幼児を預けた媛沢遥火へ言った。
『媛沢さん、赤ちゃんを頼むよ』『ボクは横川さんと一緒に行くから』
「え? どうして?」
ボクは雲に覆われた空を見上げた。
光は遮られて、いつもより暗い。
『もう夕闇も深い』『1人で出歩くなんて危険だぜ』
「いや、平気だよ。すぐ近くだから」
『それに横川さんも、ボクに言いたい事があるだろ?』
「ーーそうね」
ボクと横川麻智は出発する。
そうして媛沢遥火の家から離れると、口を開いた。
本当に言いたい事があったのはボクで、媛沢遥火の前で言えない話だ。
『横川さんは親友だから、車内で熱死した赤ちゃんについて聞いているかな?』
「もちろん」
『あの母親は昨日、媛沢さんへ幼児の骨を送り付けたんだ』
「幼児の骨って、まさか?」
『今日、その鑑定に行って、結果は本物の骨だったよ』
「そうだったのね。でも時槻さんは、どういう関係?」
時槻ちゃんと媛沢遥火は同級生だ。
当然、この横川麻智も時槻ちゃんを知っている。
時槻ちゃんの評判は凄まじく悪く、横川麻智は良く思っていない。
横川麻智は、そんな人間が親友に近付いて欲しくないのだ。
『ボクにとっては同僚かな?』『こういう奉仕活動をやってるんだよ』
「時槻さんが? 奉仕活動?」
『時槻さんも色々あったからね』『まあ、性格がネジ曲がってる事はボクも認めるぜ』
「ははっ、たしかにね」
そうして何事もなく、横川麻智の自宅へ着いてしまった。
そうして何事もなく、媛沢遥火の自宅へ戻ってしまった。
『やれやれ、そうなるとボクらは全員』『これから暗い森の中で休む事になる』
グレーテルの役である横川麻智は、魔女に襲われるはずだったのだ。